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7月2日:上咽頭がん治療薬をゲノムから探る(Nature Genetics6月22日号掲載論文)

2014年7月2日
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上咽頭がんは一種風土病とも言えるがんで、東南アジアや中国に多いが、我が国にはまれながんだ。噛みタバコの習慣と深く関わり、またウィルス(EBウィルス)の関与が早くから指摘されて来た病気だ。この様な欧米に少ない病気のゲノム研究はどうしてもアジアで行う他なく、この研究もシンガポールを中心とするグループにより行われた。うれしいことに、がんゲノムに関しては我が国の第一人者京大の小川さんもしっかり参加している。世界中から頼りにされているのだろう。「The genomic landscape of nasopharyngeal carcinoma(上咽頭がんのゲノム)」とタイトルがついた論文は6月22日号のNature Geneticに掲載されたもので、一言で言うと上咽頭がんのゲノム研究だが、治療薬を探そうと言う強い意志を感じる研究だ。研究では、上咽頭がん128例のエクソーム、全ゲノム、必要に応じて発現しているRNAを調べ、上咽頭がんの原因になる遺伝子変化を同定するとともに、その結果をもとにがんの生物学を行っている。まず、このがんでのウィルスの関与は、例えば子宮頸癌のパピローマビールスなどとは全く異なるメカニズム、即ち遺伝子発現調節に関わる染色体構造調節を通して関わっているようだ。これとパラレルにエピジェネティックスに関わる様々な遺伝子の変異が認められる。結果として、mycと呼ばれるがん遺伝子の発現が上昇している。さらにこの研究の特徴は、発見した個々の遺伝子の機能をしっかりがん細胞の遺伝子操作を通して確かめている点で、ARID1A, BAP1などの欠損ががん発生に重要であることが証明されている。これに加えて、化学化合物が既に開発されている様ながん増殖に関わるシグナル経路を変異遺伝子から探索することも行っている。この結果、ERBB2/3分子とその下流のシグナル、及びオートファジーに関わるATGファミリー分子、細胞分化に関わるSYNE1, Notchなどの遺伝子変異がこのがんの増殖に関わる可能性が高いことを示している。この論文のうれしいのは、幾つかの経路についてどこまで薬剤開発が進んでいるかも一目で分かるように示している点で、この論文を読む医師やその患者さんには朗報になること間違いない。これまでのがんゲノム研究から一歩進んだ、お手本になる研究だと思う。何度も繰り返すが、がんゲノムを知ることは戦う相手を知ることだ。我が国の医療機関で患者さんががんを知って戦える日が一日も早く来る様努力したいと決意を新たにした。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月1日:悲しいレポート(Biological Psychiatryオンライン版掲載論文)

2014年7月1日
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我が国でも子供への暴力、育児拒否、低所得など子供を取り巻く問題は深刻だ。この様な環境による子供への影響を私たちは精神的問題として考えがちだが、脳は生後も長期にわたって成長を続ける。当然脳自体の発達障害につながる可能性は大きい。この問題を調べたのが今日紹介するウィスコンシン大学からの研究で、Biological Psychiatryオンライン版に掲載された。タイトルは「Behavior Problems After Early Life Stress: Contributions of the Hippocampus and Amygdala (幼児期のストレスに起因する行動異常、海馬と扁桃体の寄与)」だ。研究では幼児期に様々なストレスにさらされた128人の子供の脳の扁桃体と海馬の大きさを12歳前後の時点でMRIを使って調べている。128人は3つのグループに分けられている。第一グループは親の育児拒否のため施設で生活をしている子供達、低所得過程に育った子供達、そして家庭内暴力の犠牲になっていた子供達だ。対照には中流階級に育った子供が選ばれている。どの程度のストレスにさらされたのかは聞き取り調査で点数化し、また検査時の行動異常の有無についても調べている。結果は予想通りだが悲しい結論だ。まず、右の扁桃体へのストレスの影響はほとんどないが、ストレスを受けた子供達の左の扁桃体の大きさは対照と比べると大きく低下している。特に低所得環境で育った子供達に低下が激しい。海馬になるとストレス群は全て左右で発達が低下している。ストレスを点数化して扁桃体、海馬の大きさに対してプロットすると、スコアが高いほど発達が阻害されているのが明らかになった。また、この大きさは検査時の問題行動とも相関すると言う結果だ。個人的に驚いたのは、暴力や育児拒否より、低所得が続くことの方が発達障害が著しいことだ。ストレスにより戻ることのない脳の発達障害が起こることがわかる。海馬は記憶に関わり、扁桃体は社会性に関わる脳領域だ。この結果から予想される将来の社会コストはおそらく大きいはずだ。是非政府も全ての子供の健全な育成を図るため、育児拒否、家庭内暴力防止だけでななく、安心して子育てが出来る所得を保証する政策をとることが、将来の社会コスト抑制への道であることを理解して欲しいと期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

西川代表のインタビュー記事(「ライフプラン情報」誌)

2014年6月30日
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「ライフプラン情報」2014年7月号(公益財団法人 神戸いきいき勤労財団発行)に西川代表のインタビュー記事が掲載されましたので、転載いたします。

140630_AASJ記事(ライフプラン情報誌)

カテゴリ:メディア情報

6月30日:魚の発電装置(6月27日号Science誌掲載論文)

2014年6月30日
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電気ウナギ、電気ナマズ、しびれエイは知っていたが、今日紹介する論文を読むまで魚類の発電機構が進化上で6回も独立に発生しているとは知らなかった。事実しびれエイと電気ウナギは種として5億年前に分離している。6月27日号のScience誌にミシガン大学から発表された論文「Genomic basis for the convergent evolution of electric organ(電気装置進化のゲノム基盤)」は、この独立した進化にメカニズムの共通性があるかどうかを調べている。研究では、先ず電気ウナギの全ゲノム解析を行い、ゲノム遺伝子構成について決めている。この結果に基づき、次に発電を行うelectrocyteと呼ばれる細胞が集まる発電装置特異的に発現している遺伝子を、電気ウナギ3種及び電気ナマズ、elephant fishで網羅的に調べている。全ての種で電気装置は筋肉が変化して起こる。6回も独立して筋肉細胞から進化することから考えると、電気装置の進化に共通の分子機構があることが予想される。予想通り、ほとんどの電気装置で発現が変化する遺伝子は共通だ。この研究から見えるシナリオは次の様なものだ。先ず筋肉分化の早い段階で筋肉への分化を抑制する転写ネットワークが生まれる。こうして出来た特殊な細胞に絶縁のための特殊コラーゲン、電気を貯めるための電圧依存性のイオンチャンネルの発現が上昇し、電池としての機能を構成する。平行して筋繊維の収縮に関わるカルシウムチャンネルを抑制し、電池細胞自体に形態の変化が起こらないようにする。さらに、インシュリン様増殖因子発現を上昇させ細胞のサイズを増大させ、電池機能を高める。よく出来たシナリオだと感心する。とは言ってもかなり複雑な過程が進まないと電池は出来ないようだ。これら分子発現の変化をもたらすゲノム上の変化は何か、これらのプロセスはどの順番で起こったのか、何が選択圧として働いたのか、疑問は尽きない。しかし次世代シークエンサーが確かに時代を変えている。もうすぐ日本進化学会が高槻で行われるが、我が国でこのツールがどれほどの拡がりを見せているのか調べてみたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月29日:耳鳴りの効用(Brain Research7月号掲載論文)

2014年6月29日
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実を言うと熊本大学にいた1990年前後から耳鳴りが始まり現在に至っている。といっても結局は耳鼻科に相談することもなく、現在まで放置して来た。ただ少しずつ聴力も低下を続け、今年はじめに補聴器を買うはめになった。考えてみると、40歳に入ってすぐからこの耳鳴りとつき合っていることになるが。持続的にキーンと言う音がする割には、コンサートも楽しんでいるし、眠りが妨げられるわけでもなく、なんとか付き合える。たとえ末梢にある有毛細胞の異常で音が発生しているとしても、聴覚中枢に連結するネットワークがなんとかバランスをとって気にならないようにしているのだろうと一人で納得して来た。生物学的には面白い現象のはずだが、この一年いろんな論文に目を通して来たが、耳鳴りについての研究を読んだのは今日紹介するイリノイ大学の研究が初めてだ。タイトルは「Alteration of emotional processing system may underlie preserved rapid reaction time tinnitus(感情処理システムの変化が耳鳴り患者の反応時間の迅速性維持に関わる)」で、Brain Research7月号に掲載された。研究では、正常人、耳鳴り患者、耳鳴りはないが聴力障害のある患者さんに気持ちのいい音、不快な音、あるいは感情に影響のない音を聞かせて、それに対する反応を自覚的、あるいは機能的MRIを使って調べている。詳しいデータがわかりにくい表で示されており、しっかり数字と付き合う忍耐力はないので、本文と図を見た上で理解出来た範囲で紹介する。この研究で感情に影響する音を選んで反応を調べているのは耳鳴りに感情に関わる脳の辺縁系が関わっていることを示唆する研究が既に数多く発表されているためだ。ただ、これまでの研究は辺縁系の一つ扁桃体の活動が耳鳴で高まると報告されて来た。しかしこの結果はこの研究で調べられた中程度までの耳鳴り患者では確認されていない。代わりに、全ての例で海馬傍回と島皮質の活動が上昇していることが検出されている。異常な音が持続して聞こえるなら脳のどこかが興奮するのは当たり前と言わず、もう少し聞いて欲しい。この論文を読んで一番感銘を受けたのが、耳鳴りのおかげで、聴力障害があっても不快な音、快適な音などの感情に影響する音に対する反応が正常人と同じレベルに保たれていると言う結果だ。一方、耳鳴のない同じ程度の聴力障害患者では、同じ音に対する反応が低下している。もちろん耳鳴り患者さんにも聴力障害はあるので、感情への影響のない普通の音を聞かせると、聴力障害の影響がそのまま現れ、正常人と比べると反応が遅い。即ち、感情に影響する音に対しては、聴覚の低下を耳鳴りが補っていてくれると言う結果だ。これまで耳鳴りを悪い状態としてだけ見て来たが、効用もあるようだ。これを私流に都合良く解釈して終わる。耳鳴りのおかげで、聴力が落ちても音楽などの感情的な音に十分反応できる。耳鳴りのおかげで、海馬傍回、島皮質などに新しい回路が開発され、少々の刺激に耐える強さが身につく。おそらくこの結果、世間から聞こえるブンブンうなる雑音には影響されないようになる。耳鳴りはありがたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月28日:1000人のお母さんに聞く(Food Quality and Preference誌7月号掲載論文)

2014年6月28日
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実を言うとNPO活動の一環として日本の若いお母さん達にエビデンス(証拠)がしっかりした情報を提供できる仕組みを考えている。一方個人的には21世紀について本を書いており、ちょうど哲学・科学を問わず絶対的「真実」が存在しないことを率直に認めた英国のデビッド・ヒュームの哲学について書いている所だ。両方に共通なのは、科学的エビデンスとは何か?如何にすれば科学者社会から生まれるエビデンスを大衆が共有できる情報(コモンズ)にするか?と言う問題だが、この問題を考えるため本や論文に目を通しているうちたまたま目に留まったのが今日紹介するコーネル大学からの論文で、Food Quality and Preference誌7月号に掲載されている。タイトルは「Ingredient-based fears and avoidance:antecendents and antidotes(食品添加物に対する恐怖と忌避:バイアスと対抗手段)。」だ。日本ではあまり騒がれていないが、コーンシロップとして様々な食品に甘みをつけるため添加される異化性糖は健康に良くないと言う意見がアメリカではネットに溢れている。実際googleでhigh-fructose corn syrup(HFCS)を検索すると、トップ10には全てHFCSが健康を害すると言うサイトで占められる。HFCSはトウモロコシなどからのでんぷんをブドウ糖へと変換してから、甘みの強い果糖に変換したもので、欧州と比べるとアメリカの糖需要の大きな割合を占めるようになっている。危険か危険でないか、どちらの意見についても私自身でまだ調べていないので今日は論文の紹介だけに留める。この研究では約1000人の子供を持つお母さんから聞き取り調査をして、HFCS添加について心配しているグループとあまり気にしていないグループについて調査を行っている。結論は、1)HFCSを避けているお母さんはその危険を誇張して伝える傾向にある、2)HFCSを避けるお母さんの情報ソースはテレビよりインターネットで、それも自分で決めた結論を支持する意見をインターネット上で探す傾向にある、3)自分の属するグループ(レファレンスグループ)からの影響は部分的、4)不健康な食品に入っている添加物が問題のない食品にも添加されていると、その食品の評価が下がる、5)HFCSの歴史や一般的な使用について説明を受けると不安は和らぐ、の5項目にまとめられる。他にも、HFCS添加を懸念するお母さんの多くが糖全般の添加について心配していること、アメリカのHFCSが遺伝子組み換えトウモロコシを利用していることに対する懸念、などが背景にあることも指摘している。その上で、開発の歴史を含む正確な情報を常に開示するしか懸念に答えることは出来ないこと、そしてリスクを議論する時にはそのメリットも同時に議論する冷静さが必要であると提言している。一面だけを取り上げて議論したがるのは我が国も同じで、私たちも大いに参考になる調査だ。私が一番興味を持ったのは2番目の結論で、インターネットが自分の好きな意見を探すための情報ソースになっている点だ。これはインターネットを使って情報提供をしたいと思っている私には重大な警告になる。ヒュームのようにそれが人間だと言って済まさないため「さてどうするか?」まだまだ考えなければならないことは多い。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月27日:細菌ダイエット(Journal of Clinical Investigationオンライン版掲載論文)

2014年6月27日
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昨年9月9日、このホームページで肥満と腸管の細菌叢に深い関係があり、細菌叢を変化させることで肥満を防ぐことが出来ることを示す論文を紹介した。最近のこの分野の進展は著しく、なぜ細菌叢の変化が代謝や食欲の変化につながるのか理解が急速に進展している。この進展を受けて、肥満のような生活習慣病に対して便移植による治療が行われていると聞く。この勢いを見ていると、いつか遺伝子操作を行った細菌を使ったダイエットが始まるのではという印象を持っていたが、案の定この可能性を試すバンダービルト大学の研究がJournal of Clinical Investigation誌に発表された。タイトルは「Incorporation of the therapeutically modified bacteria into gut microbiota inhibits obesity(治療目的で遺伝子操作したバクテリアを腸管細菌叢に導入すると肥満を阻止する)」だ。これまでの研究で、Nアセチルメタノラマイド(NAE)という代謝産物が食欲抑制効果を持つことが知られていた。この前駆物質(NAPE)は食事をとると合成が上昇する一方、高脂肪食をとると合成が低下することがわかっていた。この研究では、これを補うためNAPEを大量に合成できるよう大腸菌を改変し、マウスに投与して肥満予防効果があるか調べている。結果は、8週間水に混ぜてこの大腸菌を投与したマウスでは食欲が抑制され、高脂肪食をとらせても肥満にならないと言う結果だ。生きた大腸菌のおかげで、投与を止めても最低4週間は腸内細菌叢に住み着いて効果を発揮すると言う結果だ。また肥満のモデルマウスに投与すると体重増加を抑制できるので、遺伝的要因が疑われる肥満にも効果があると言う結果だ。この研究は全てマウスモデルで行われている。しかし予想通りの結果が得られており、前臨床研究としては期待できる結果だ。ではどのような条件が整えばこの様な治療の臨床研究が受け入れられるのか?遺伝子組み換え食物でも議論が続くことを考えると、ハードルは高い。今後他の病気に対しても腸内細菌叢を標的にする治療開発が進むはずだ。我が国でも早めの議論が必要だろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月26日:ポリプからがん(Nature Communicationsオンライン版掲載記事)

2014年6月26日
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「え?ポリプ?ポリープの間違いでは?」と言われそうなタイトルだ。英語で書くとポリプもポリープも同じpolypで、語源も同じだ。ただ混乱を避けるためか、ポリプについてはヒドラと呼ばれることが多い。ヒドラはギリシャ神話の怪物が語源で、これだと胃や腸に出来るポリープと区別できる。ポリプの再生の研究は古い。1740年代、トレンブリーが部分だけではなくポリプ全体が部分から再生することを示し、カソリックも巻き込んだ大騒動に発展する。おそらく当時発展途上にあった自然史思想の形成に大きく貢献したことは間違いがない。歴史はこの位にして、今日紹介する論文は再生力にすぐれ無性生殖でほぼ無限に生きることが可能なヒドラにもがんがあるかどうかについて研究しているキール大学からの研究で、Nature communicationsオンライン版に掲載された。タイトルは「Naturally occurring tumors in the basal metazoan Hydra(最も原始的後生動物ヒドラに自然発生する腫瘍)」だ。トレンブリーの時代と同じで、この研究はがんの本質を問うポテンシャルがある。先ず単細胞動物にがんが存在するかと考えると、原理的に考えにくい。当然個々の細胞と個体の運命が分離した多細胞体性が生まれて初めて、個体とは無関係に増殖するがんと言う概念が成立する。ヒドラは多細胞体性が成立した後の最も原始的な生物と言えることから、ヒドラにがんが存在するかどうかは面白い問題だ。このグループは私たちのがんの原因になるがん遺伝子がいつ進化するかを調べ、後生動物には既に存在することから、ヒドラにもがんがあっていいと探していたようだ。期待通り、形の変わったヒドラを見つけ調べてみると普通の細胞とは異なる細胞の塊が見つかったことからこの研究が始まっている。一体この細胞はどこまでがんなのか?増殖、細胞死、浸潤性、遺伝子発現、起源などを調べている。結論としては、がんの正体は雌の生殖細胞の分化が途中で止まったことで増殖が促進した異常細胞で、高い増殖能、細胞死の抑制、浸潤性、正常細胞の増殖抑制能などからがんと言っていい結果だ。しかしがんの根本問題を問うならもう少し深い議論をすべきだと言うのが私の印象だ。まず、遺伝子変異が起こっているのかどうかが明らかでない。現在がんの発生素地として必ず遺伝子の変異があると考えるのが普通だ。しかし、生殖細胞など元々増殖能の高い多能性の細胞は遺伝子変異がなくても腫瘍形成能を示す。ES,iPSなどがテラトーマを造るのがその例で、この場合ゲノムの変異はない。そう考えると、ヒドラの腫瘍がどちらに属すのか、もう少し楽しい議論をして欲しいと思う。事実生殖細胞由来と言うのは意味深だ。多能性と腫瘍性、今大流行りの問題のルーツがここにあるかもしれない。ただ、がんを考えることで個体と細胞との関係が見えてくる。その意味でも、原始的動物でのがんの研究は重要だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月25日:食道がんの発生までの遺伝子変化(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2014年6月25日
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食道がんになったと言う話を周りでよく聞く。皮膚と比べても、食道は毎日の食事の入り口として常に強い刺激を受け続け、下からは胃酸など消化液の刺激にも耐え続ける必要がある。事実、慢性的な刺激と食道がんとの関係は古くから調べられており、奈良の茶粥と食道がんなどはその例だ。このことから、最終的な食道がんが出来るまでに、刺激に反応する前癌状態から始まる長い過程があると考えられていた。その代表が、バレット食道と言われる状態で、通常は表皮の様な構造をした食道粘膜が腸の様な上皮に変わる状態だ。今日紹介する論文はこの前癌状態、更に進行した高度の異型細胞形成、そして食道がんまでの過程で起こる遺伝子の変化を調べた研究で、ケンブリッジ大学を中心とした英国グループから報告されている。タイトルは「Ordering of mutation in preinvasive disease stages of esophageal carcinogenesis(前癌状態から食道がんまでのがん発生過程の突然変異の順序)」だ。食道がんのゲノム解析はこれまでも報告されているが、この研究でも先ず22例の食道がんの全ゲノム解析を行い、正常細胞とどこが違うのかを確認している。この中から食道がんで頻度が高い遺伝子変異をリストし、バレット食道細胞と食道がんでこれら遺伝子の変異に特定の違いがあるか調べている。先に述べたように、食道がんは刺激からがん化まで段階的に進むがんの典型と考えられている。しかし遺伝子で見ると、全く予想に反してp53,SMADと呼ばれる遺伝子以外の変異は全て前癌状態から見られることが明らかになった。前癌状態とがんの間に位置すると思われる異型性が強くなったバレット食道を比べると、異型性の低いバレット食道には見られなかったp53遺伝子が先ず変異を起こすことで、異型性の強い細胞が生まれ、そこにSMAD4と言う遺伝子の変異が重なると食道がんへと段階的に発展することが明らかになった。この遺伝子の変異パターンから、バレット食道状態は、一般的にがんに必須と言われる細胞増殖を促進するドライバー遺伝子により誘発され、そこに細胞死を抑制するp53が加わることで悪性への転換が進むようだ。重要なのは、細胞増殖促進と細胞死の抑制と言うがん化に必要な基本過程はバレット食道の段階で全て終わっている点だ。とすると、バレット食道の早期診断が重要になるが、この研究では食道全域から細胞をまんべんなく集めてくる食道スポンジと言う技術を開発し、内視鏡では見落とされる悪性化が始まったバレット食道細胞を早期に発見できないか調べ、この方法によって異型性が強くなった細胞に起こるp53突然変異の8割以上が診断できることを示している。ゲノム研究によってがん早期診断の可能性がまた一つ生まれた。残念ながら、今のところp53変異に対抗できる方法は一部の遺伝子治療を除いて開発されていない。とすると、出来ればバレット食道の初期に見られる変異を指標にして早期診断を行い。異型性転換が起こらないようにモニターしながら予防して行くのが最善の策かもしれない。いずれにせよ、がんを知って初めて戦略を構想できることがよくわかる仕事だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月24日:難治性ネフローゼ児に対するリツキシマブ治験(6月23日号The Lancet掲載論文)

2014年6月24日
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まだ現役の頃、神戸先端医療財団の井村先生から、The LancetやThe New England Journal of Medicineなどの臨床のトップジャーナルでの日本からの論文のシェアがかなり低いことを聞いていたが、現役を退いてから欠かさず臨床の雑誌にも目を通すようになるとそのとおりだと実感する。しかし治療を求めている患者さんがいる限り、様々な治療法の科学的検証は必須で、雑誌もいい論文が投稿されるのを待っているはずだ。一つの施設が大きくない我が国では、優れた臨床研究を行うためには多くの施設の協力が重要だ。今日紹介する論文は、神戸大学小児科を中心にした共同治験グループが6月23日号のThe Lancetに発表した論文で、難治性のネフローゼ症候群にリツキシマブ(抗CD20抗体)が効果があるかどうかを検討している。タイトルは「Ritsuximab for childhood-onset, complicated, frequently relapsing nephritic syndrome or steroid dependent nephorotic syndrome: a multicentere, double-blind, randomized, placebo-controlled trial(小児期に発病した難治性の再発を繰り返す、あるいはステロイドに依存性のネフローゼ症候群に対するリツキシマブの治験:多施設、二重盲検、無作為化、偽薬対照群を設定した治験)」だ。ネフローゼは小児期に多い腎臓疾患で、病理的にハッキリとした異常がないのにも関わらず高度の蛋白尿により、低タンパク血症や浮腫が起こる病気だ。半分以上の症例でステロイドホルモンがよく効き治癒するが、一部はステロイドホルモンから離脱が難しかったり、離脱しても再発するため、治療法の開発が求められていた。この研究では、この様な難治性の患者さんを厳格に選び、半分にリツキシマブを週1回、4回投与、もう一方には偽薬を点滴している。評価は再発が起こるかどうかで、再発した時点で患者さんは通常の治療に戻るように計画されている。多施設治験にしては最終参加者が全体で48人と少ないとは思うが、結果は明確だ。1年の経過観察で再発しなかったケースがリツキシマブ投与群では6/24, 偽薬投与群では1/24で、再発までの平均日数も267日に対して101日と大幅に改善し、また服用するステロイドホルモンも減らすことが出来る。ここからわかるのは、この治療では完治は困難かもしれないが、再発までの期間は大幅に延ばせることだ。リツキシマブ投与群で白血球減少などの副作用が強く見られているが治療に難儀すると言うほどではなさそうだ。ただ予想通り、この抗体を投与するとB細胞数がほとんど0になり、投与期間中そのまま続く。もちろんこの効果を期待しての治療なので当然なのだが、やはり感染には注意が必要だろう。残念ながら、投与を止めるとB細胞が増加を始め、それに合わせて再発例が出始める。事実19ヶ月までにはリツキシマブ投与例でも全員再発したと記載されている。現在リツキシマブは500mgが20万円と言う高価な薬剤だ。今後更に長期観察を行い、腎不全などを防ぐ効果があったのかなど調べられるだろう。しかしB細胞を消し去る力は絶大なので、今後投与の仕方の工夫など様々な可能性があると思う。残念ながらリツキシマブは米国で開発された抗体薬だ。次は是非我が国発の薬剤の治験についての我が国発の論文を読みたいものだ。
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