このブログでもX染色体不活化についての研究は何度も紹介してきた。ザクッとまとめると、2本なるX染色体のうちXistと呼ばれるlong noncoding RNAの転写が片方で始まると、Xistはその染色体を包み込んでクロマチンの不活化を誘導する。逆にもう片方ではXistの転写が完全にメチル化で封印される。しかし、マウスとヒトでは多くの点でメカニズムが異なり、染色体不活化の全貌を理解するのはなかなか難しい。
今日紹介するオーストラリアのクイーンズランド大学と米国ワシントン大学からの論文は、我々のゲノムの中で今も活性化されるとコピーを他の染色体に挿入するL1レトロトランスポゾンが、なぜX染色体で多く挿入されているのかと言う疑問に向き合うことで、X染色体不活化の生物学を教えてくれる研究で、8月3日Scienceに掲載された。タイトルは「X-chromosome inactivation draws L1 mutagenesis to the human X chromosome(X染色体不活化がX染色体のL1による変異の原因になる)」だ。
L1トランスポゾンは我々のゲノムの20%近くを占め、今も転写して他のゲノム部位に挿入を繰り返すレトロトランスポゾンだ。この論文を読むまで、L1は常染色体と比べるとX染色体に2倍以上存在することは知らなかった。この理由を調べたのがこの研究だが、読者としてはこれまで考えもしなかった視点からX染色体不活化について学べることになる。
さて、L1の活性化と挿入を調べようとすると、安定的に不活化が維持され、L1の移行が観察できる細胞株が必要になる。もちろん生きた個体の発生過程で調べればいいのだが、ヒトでは簡単ではない。ES細胞なども利用できるのだが、培養すると不活化が不安定になる。この研究では卵巣の生殖細胞由来の腫瘍細胞株PA-1が安定に不活化を維持し、歴史が明確なクローン細胞でL1の移行を調べることが可能であることを示すところから始めている。即ち、最適の細胞株を得たことがこの研究の成功の一つになる。
次の疑問はX染色体のうち、不活化された方か活性化された方のどちらにL1が多いかだ。PA-1は一個の細胞からのクローンで調べられるので、この実験が可能になる。そして、ゲノムやエピゲノムなど様々なマーカーを用いて明確に活性化X(Xa)と不活化X(Xi)を遺伝子配列解析で区別出来ることを確認する。
こうしてXaとXiを分けてL1トランスポゾンを調べると、L1の数はXiでXaの2倍に達することが明らかになった。
では何故このような差が生まれるかだが、L1はDNA複製で発生するreplication fork と呼ばれる分裂が進行している場所に挿入することが知られており、細胞内での分裂の時間経過がこの差を生んでいるのではないかと考えた。即ち、Xiは他の染色体と比べると分裂時期が遅れるが、これがL1が挿入しやすい原因でないかと考えた。この可能性を、Repli-seq等様々な手法を駆使して追求し、Xiは最も遅く複製を始める染色体であることを確認している。また、Xaでも複製開始が早い場所と遅い場所に分けることが出来、L1は遅い場所に挿入されることがわかった。即ち、L1は同じ細胞の中で分裂が遅く始まるゲノム領域に選択的に挿入されることがわかった。
さらに重要なことは、L1は通常不活化されるが、XaはL1が活性化されやすい条件が整っており、結果Xaから転写されたL1レトロトランスポゾンが、分裂時期が遅くreplication forkが多く残っているXiに挿入されることが繰り返すことがわかる。
他にもこの過程に関わる分子基盤について研究を行っているが、割愛していいだろう。X染色体でL1挿入の結果起こる遺伝病が知られているが、て変異の発生メカニズムもかなり明らかになるのではないだろうか。X染色体不活化の複雑な作用について新しい学びが得られた。
