過去記事一覧
AASJホームページ > 2026年 > 8月 > 28日

8月28日 新しいガン組織特異的ドラッグデリバリー(8月26日 Nature オンライン掲載論文)

2026年8月28日
SNSシェア

抗体に抗ガン剤を結合させてガン特異的に抗ガン剤を運ぶ治療=Antibody Drug Conjugates (ADC) が急速に進展している。ただ現在使われているほとんどの ADC は、抗体が結合してから細胞内のエンドゾームにとりこまれ、そこで薬剤が切り離される構造になっている。特異性の面では良いのだが、抗体と結合するとエンドゾームに取り込まれる標的は限られている。そのような標的の一つが乳ガンで発現が見られる Her2 で、私のガンでも発現がある。現在我が国では世界初の ADC カドサイラと第一三共のエンハーツが臨床に使われている。この二つを比べると、結合している抗ガン剤の種類の違いもあるが、エンハーツは Her2 がエンドゾームに取り込まれない場合でも、細胞外に存在するプロテアーゼで抗ガン剤が遊離され効果を発揮することが知られており、さらに抗ガン剤が細胞膜を自由に通り細胞外で切断されるため、Her2 陰性のガン細胞が発生しても同時に殺すという耐性の出にくい薬剤として期待を集めている。

今日紹介する北京大学からの論文は、最初から抗ガン剤を細胞外で遊離されるように設計して、さらに多くのガンに ADC と同じガン特異的薬剤デリバリーのアイデアを広げようとした研究で、8月26日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A binding-to-release strategy for targeted anticancer drug delivery(結合による薬剤遊離の戦略をガンへの薬剤デリバリーに用いる)」だ。

実際にはこの方法は ADC ではなく、ガン特異的に薬剤を運ぶ方法の開発になる。電子を多く持つ側鎖を持つアミノ酸によって、リンカー化合物の硫黄原子がフェノールに置き換わることで、自発的に薬剤が遊離されるように設計されたリンカーを用いて、ガン組織の線維芽細胞で発現する FAP と呼ばれる膜分子に対するリガンド FAPI と微小管阻害薬 MMAE を結合させている。

まず FAP を発現する線維芽細胞のガンを使って、MMAE が細胞外で切り離された後ガン内に侵入するかについて、同じ化合物だが細胞膜を通らない MMAF と比べている。結果はいずれの化合物も FAP に FAPI が結合すると切り離されるが、膜透過性の MMAE だけがガンに取り込まれる。

この実験系で、切り離しに必要が FAP の構造を調べると、FAPI と結合するポケットにチロシンを中心とする電荷を多く持つ側鎖が存在して薬剤を切り離していることを明らかにしている。

さらにこのリンカーの効率を高め、FAP ポケットに結合後3.5時間で切り離しが起こるよう改良した後、ガンを移植したマウスで効果を確かめている。この実験ではガン自体は FAP を発現しない膵臓ガンを使っている。FAP は正常組織には発現しないが、膵臓ガンでは線維芽細胞が強く発現していることが知られている。即ちこの治療は薬剤をガン自体ではなく、ガンの周りに集積させて治療することを目的にしている。結果は膜を通過する MMAE を結合させたときだけ見事な治療効果が発揮される。

以上の結果は FAPI と言う特殊な化合物以外のリガンドにも使えるかどうかを調べるため、現在はやりの環状ペプチド薬のライブラリーを用いて、環状ペプチドにこのリンカーを薬剤が遊離される条件を確かめ、最後に PD-L1 に反応する環状ペプチドにこのシステムを導入して治療効果を確かめている。PD-L1 は全くエンドゾームに取り込まれない表面分子だが、見事な抗腫瘍効果が示されている。

結果は以上で、FAPI リガンドを使った方法は膵臓ガンに使える可能性が高いが、他の表面分子に拡大できるかどうかは、まだ評価できない段階だと思う。いずれにせよ細胞外でも遊離される第一三共の ADC の成功を見て、新しい遊離リンカーを開発する意義は大きいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
2026年8月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31