我々ホモサピエンスのゲノムに、発掘された骨から特定されたネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノムが存在していることはこのブログで何度も紹介してきた。これは発掘された骨からそれぞれのゲノムが解読され、それをレファレンスとして我々のゲノムを調べた結果だ。もちろんこれ以外の未知の人類がホモサピエンスと交雑していた第三、第四の可能性を否定できないが、これは第三、第四の人類が発見され発掘された骨などからDNAが解読できない限りわからない。
今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、レファレンスがなくてもゲノム各部位の系譜を作成することで、ホモサピエンス以外の人類との交雑の跡を特定できることを示した研究で、8月27日号のScienceに掲載された。タイトルは「Recovering signatures of archaic hominin introgression using ancestral recombination graphs(祖先の組み換えグラフを利用して古代人類の交雑の証拠を見つける)」だ。
レファレンスなしに古代人類との交雑を見つけるためにこの研究ではTRACEという方法を開発している。この方法は、昨年Nature Medicineに発表された、遺伝子各領域ごとにその系譜を再構成する方法(https://www.nature.com/articles/s41588-025-02317-9?utm_source=chatgpt.com)を基盤にしている。多くのゲノムを比べることができるようになったおかげで、一代づつ、他の個体からのゲノムが組み変わっていく系譜を明らかにすることが出来、しかも比べる領域のサイズを小さくすれば、15000代まで系譜を構成できる。こうしてできあがるゲノム各部の系譜は、ホモサピエンス同士の交雑の場合は分岐した後の枝の長さは同じだが、ホモサピエンスから別れた人類と交雑した場合は、枝が長くなり、その部位の組み換え率が落ちるため、長い部位がまとまって残りやすくなる。これを計算するのがこの論文のTRACEだ。
ただ、この方法では見つかった他の人類との交雑の痕跡がネアンデルタールか、デニソーワかはわからない。他の人類と交雑したかがわかるだけだ。そこでTRACEで明らかになった領域をレファレンスゲノムと比較して、これによって初めて、TRACEで見つかった領域のうちどれがネアンデルタールで、どれがデニソーワかを決定できる。結果はこれまでの研究とほぼ一致しており、この方法が期待通り使えることを示している。
驚いたことに、TRACEで明らかになった領域のかなりの部分がネアンデルタールやデニソーワのゲノムと一致しないこともわかった。元々ネアンデルタールやデニソーワ人類との交雑のないサハラ以南のアフリカ人にも、他の人類との交雑の痕跡がちゃんと存在している。そして分岐後のブランチの長さなどから約83万年前、ネアンデルタールやデニソーワ人がホモサピエンスから別れる前に分岐した未知の人類と、30万年前ぐらいに交雑が起こったと推察している。この論文ではこの人類をgohstと呼んでいる。
次にデニソーワ人との交雑の痕跡の多いオセアニア原住民のゲノムを調べ直し、デニソーワ人から流入したゲノムの中に、全く異なるゲノム断片が紛れ込んでおり、これがデニソーワ人との交雑でオセアニア原住民や我々東アジア人にも流入した可能性を示唆している。このゲノムの持ち主を超古代人と呼んで、おそらく170万年前に他の人類から分岐し、40万年前にアジアのどこかでデニソーワ人と交雑したと結論している。
他にもgohstや超古代人由来の遺伝子が我々にも有用で自然選択されている可能性等重要な結果が示されているが割愛する。以上、結論としてはゲノムにはまだまだ通常の系譜解析では説明できない、他の人類との交雑の痕跡が認められるということがわかった。しかしレファレンスゲノムのない状況で、それが本当に交雑の痕跡だと結論するには今後の研究が必要だと思う。
数理が交雑の可能性を予測し、今後その人類についての探索が進むとなると、考古学も物理学に近づいてきた。
