以下に掲載する記事を寄稿してくれた上田俊吾さんは、私がサンスターの研究所のアドバイサーをしていたとき、若い研究者との様々なミーティングをアレンジしてくれた研究員で、個人的な付き合いも長い。そんな上田さんから、私の病気の回復祝いとして、以下に掲載する私が書いた論文ウォッチの13年を振り返ったまとめ記事を送って貰った。私が書くより素晴らしいまとめなので、全記事5001回目として掲載することにした。 論文ウォッチ5000回は順調にいけば来年の5月31日日曜日で、誕生日の三日前になるので、そのときはZoomで他の方にも集まって貰って、13年の生命科学を振り返りたいと思っている。 では上田さんの25ページにわたる力作を是非お読みください。
西川伸一先生が記録している「生命科学の 13 年とその思考の系譜」
AASJ 論文ウォッチ(2013 年 8 月〜2026 年 8 月 18 日:継続中)から
上田 俊吾
はじめに
西川伸一先生は、2013 年 8 月から最新の生命科学の論文を読み、その解説を書き続けておら れる。ほぼ一日も欠かさず、2026 年 8 月 18 日までにおよそ 4,940 回(※2)。本書は、その全体を俯瞰、レビューし、二つの流れに整理してみたものである。
第 1 章は、先生が紹介された論文の側から見た「生命科学の推移」である。ゲノムを読むこ とから始まり、書き換え、患者に届け、細かく測り、そして設計するところまで来た 13 年を 追う。
第 2 章は、先生ご自身が繰り返し書かれてきた「考えの推移」である。論文の読み方から始 まった問いが、科学者の世界、制度、市民との関係、そして思想へと広がっていく道筋を追 う。二つは別々の流れではない。先生の稿では、ある論文の評価と、科学とは何かという問いが、 いつも同じ文章のなかに置かれている。二章に分けたのは読みやすさのためであり、実際に は一本の線である。これは現時点での整理であり、先生の連載は今日も続いている。
2 第1章
読むことから、設計することへ― 生命科学は何ができるようになったか
なぜ「できるようになったこと」で並べるのか
13 年分の論文解説を整理するには、いくつもやり方がある。分野別に分ける、雑誌別に分け る、話題になった発見を並べる。しかし西川先生の稿を通して読むと、先生ご自身が論文を 評価するときの基準が、そのどれとも違うことに気づく。
典型が 2013 年 12 月 31 日である。CRISPR を使った実験の論文を紹介して、先生はこう書い た。
「CRISPR といい iPS といい、世紀が変わって、新しいハブが急速に発展している実感を 持っている」
ハブとは、多くの分野をつなぐ結び目のことである。先生はこの技術を「面白い新発見」と してではなく、周りの分野に何をもたらすかで測っている。同じ姿勢は 13 年間ほとんど変わ らない。だから稿を並べ直すときも、「何がわかったか」(発見の名前)より「何ができる ようになったか」で並べるほうが、先生の見方に沿うと考えた。
そう並べてみると、13 年はきれいな順序になる。読む → 書く → 届ける → 測る → 設計する。 以下、この順で追う。(図 1)
図1

4 読む ― カタログが治療につながった瞬間
2013 年、ゲノムのうちタンパク質を作る領域をすべて調べる「全エクソーム検査」が一般の 検査になったという報告が紹介される。がんの遺伝子の傷を癌腫ごとに書き出す作業が、 次々と埋まっていった時期である。
だが先生が重く見たのは、目録そのものではなかった。2013 年 11 月 8 日、メラノーマの BRAF 遺伝子について、2002 年に変異が見つかり、2012 年に薬が実用化し、2013 年に薬が効 かなくなる仕組みが解明された、という 10 年の流れを示したうえで、患者が注目すべきは 個々の成果ではなく「研究のスピードだ」と書く。そしてすぐに条件をつける。
「ガンも進化するから、そう簡単に負けていないだろう」
がんを、進化していく集団として見る視点である。薬が効かなくなるのは失敗ではなく必然 だ、という認識がこの時点で示され、以後 13 年ぶれない。
この見立てが確かめられるのは、13 年後である。2026 年 8 月 13 日、先生は膵臓がんの新し い抗 RAS 薬について、その耐性がどう生まれるかを追った論文を取り上げた。血液中を流れ るがん由来の DNA を継続して調べると、耐性が生じた例の 62 パーセントで、変異した RAS 遺伝子そのものが増えていた。しかも投与量が多い患者ほど、その頻度が高い。——2013 年 に書かれた一行が、13 年後、別のがん遺伝子で確かめられた形である。しかもそれを実時間 で捉えたのは、この 13 年のあいだに育った「血液からがんを読む」技術だった。この論文に は、第 2 章の終わり近くでもう一度戻る。
2015 年 1 月 30 日、この時代の本質が一行で言い当てられる。肺がんで、ある薬の組み合わ せが BRG1 か EGFR に変異のある患者にだけ効く、という報告に対して——
「ゲノムを調べずこの治療を受けてしまうと、ガンがより増殖してしまう」
ゲノム検査は「効く人を選ぶ」ためだけでなく、「害を受ける人を外す」ために必要になっ た。読むことが治療の前提条件になった瞬間である。
5,届ける ― 2017 年、治療が患者の手元に来た
2017 年は、先生の記録のなかで明確な区切りとして現れる。CAR-T 細胞療法(患者の免疫
細胞を作り変えてがんを攻撃させる治療)が米国で承認され、脊髄性筋萎縮症で 2 歳まで生 きるのが精一杯だった乳児が歩き、走った。遺伝子を入れた培養皮膚で、遺伝性の皮膚病の 少年の皮膚が再生した。そして、がんの発生した臓器を問わず、遺伝子の特徴だけで薬を承 認するという史上初の判断が下される。
2019 年 11 月 6 日、嚢胞性線維症に 3 種類の薬を組み合わせた治験を紹介した回の筆致は、 13 年で最も明るい。
「全ての患者さんが、全てのテストで、しかも 2 週間目から劇的に回復し、24 週まで回復状 態を維持」 「医学は着実に発展しているという実感を持つ」しかもこれは遺伝子を入れ替えず、壊れたタンパク質を小さな薬で働かせた成果だった。先 生はその点を見逃していない。
一方、2017 年から稿のなかにまったく新しい主題が入る。値段である。11 月 17 日、1996 年 から 2012 年に承認された注射用の抗がん剤の価格を追った調査を紹介し、批判が集中した 1 剤を除いてすべてが値上がりし続けていたと述べたうえで——
「末期で選択肢のなくなった患者さんに対して効果がある場合は、強気で売れると解釈する しかない」
翌 2018 年には日本の制度を名指しする。脊髄性筋萎縮症の薬スピンラザ、1 バイアル 932 万 円、年間 2,796 万円。「新薬創出等加算の優遇」が「異常な高薬価」を生んでいる、と。治 療が届いた年から、届け方の問題が始まった。
6, 測る ― どこまで細かく、どこまで大きく
読めるようになったゲノムを、次はどれだけ細かく、どれだけ大きな規模で測れるか。2018 年前後、その両端が同時に桁を変えた。測り方そのものが変わったのである。
2018 年、Science 誌が選ぶ年間の最重要成果の第 1 位は、細胞ひとつずつの遺伝子発現を読 む技術だった。先生はこの転換を、8 月 15 日の回の題そのもので言い表している——「変わ る蛍光抗体染色:見るから読むへ」。顕微鏡で見る時代から、配列を読む時代へ。組織を測 る原理そのものが変わったのである。
翌 2019 年には位置の情報も加わる。6 月 24 日には「顕微鏡を一切使わず、細胞の構造を DNA の配列データだけで画像化する」研究が紹介される。「読んで、見る」段階への到達で ある。
同じころ、規模の側でも桁が変わった。英国バイオバンクが 50 万人規模で成果を出す時期に 入り、すでに 1,000 編を超える論文の土台になっていた。先生がこの論文を「バイオバンク 作りの手引き」と評価した理由は、その考え方にある。
「完全を求めると失敗する」——全ゲノムの解読は最初から狙わず、まず試料とデータを集 め、後の技術の進歩に対応できる余地を残す 「一旦始めたら、それを発展させるために、より大きなコストを払う覚悟がいる」
そして 2022 年 6 月 27 日、Perturb-seq。約 5,000 の遺伝子を細胞ひとつにつき 1 つずつ壊し、 その影響を、特定の目印ではなく遺伝子発現の全体で読む手法である。
「バイアスなしにここまでわかると今後の細胞研究は加速する」
7 境界が溶ける ― 2019 年の「再統合」
2019 年 4 月、先生は自ら「生命科学は量的に進展するだけでなく、革命的変化を遂げてい る」と書き、その中心を「人間の科学を中心に置く生命科学の再統合」と表現した。この前 後、分野の壁が次々に崩れていく。
2015 年 6 月 4 日、「脳にはリンパ管がない」という 100 年来の常識が覆る。先生は「常識が 覆った例として長く語り継がれるだろう」と評したうえで、リンパ管を見分ける目印はすべ て揃っていたのに「全く疑われず現在に至る」ことに驚き、自分を「一番常識的な人間」と 書いている。
2016 年 12 月、腸内細菌がパーキンソン病を進める。2019 年 6 月には、腸内細菌がパーキン ソン病の薬 L-ドーパを分解してしまうことが示される。腸内細菌が薬の効き目そのものを左 右する段階への到達である。
2019 年 9 月には、脳腫瘍が神経の活動を利用して増え、脳に転移した乳がんが神経細胞とつ ながりを作ることが報告される。がんが神経を「配線として使う」——それまでの、血管・ 免疫・周囲の組織という枠になかった視点だった。この線は 2025 年、2026 年まで続く。
神経の病気も性格を変えた。2016 年に補体(免疫の一部)、2017 年にミクログリア(脳の 免疫細胞)が主役になり、2026 年にはクローン性造血——血液の細胞に起こる変異が、アル ツハイマー病の発症や脳の免疫細胞の入れ替わりに関わることが示される。「神経の病気」 が「免疫と代謝の病気」として読み直された 13 年だった。
そして 2022 年 1 月、長く原因不明だった多発性硬化症について、EB ウイルスが引き金であ ることが示される。
8 老化が「病気」になった 10 年
2016 年、老化した細胞を取り除くと寿命が延びるという報告に、先生は「素朴な発想の勝 利」と書き、こう付け加えた。
「生物だけでなく、私たちの社会でもこの問題を真剣に考える時がきている」
2018 年 9 月には、老化の仕組みが 4 つ(慢性の炎症、細胞内のストレス、幹細胞の機能低下、 細胞の老化)に整理され、「老化を防ぐ」から「老化してから治す」へ主張が移ったことを 「本当は大きな転換点」と評価する。2021 年には抗老化のサプリメントが実際の臨床試験に 入り、2020 年 12 月には山中因子のうち 3 つで視神経が若返るという報告が出た。2022 年に は「若い個体の脳脊髄液が老いた個体の認知機能を活発にする」——2014 年に紹介した「体 液説」が、8 年を経て戻ってきた。
9 過去を読む技術が、歴史学になった
古代ゲノムは 13 年を通じて高い比重で扱われ続けた、数少ないテーマである。2014 年に先 生が書いた一節が、その理由を語っている。
「研究は恐ろしい速度で進展している。ゲノム情報と数理を駆使して新しい歴史が書かれて いるとおもうとわくわくする」
読める分子が段階的に増えていった。DNA(2013 年〜)、次に古いタンパク質(2015 年、 コラーゲンの配列で絶滅した動物の系統を決める)。2019 年には、DNA が取れない骨から コラーゲンだけでデニソワ人を見分け、さらに DNA のメチル化のパターンから骨格を推定 する研究が出る。2025 年には凍ったマンモスから古い RNA が取り出され、2026 年、ハルビ ンで出土した完全な頭蓋が骨のタンパク質に残る 122 か所のアミノ酸の違いから 15 万年前の デニソワ人と確定した。ついに顔が見えたのである。
9 2022 年 8 月 30 日、地中海の 1 万年・700 体の古代ゲノムが、古代ギリシャの歴史の記述と驚 くほど合致することを示した研究を、先生は「文理融合の手本」と評している。
パンデミック ― すべての技術が一度に試された 3 年
2020 年、コロナ関連はおよそ 70 本。それでも全体の 2 割弱にとどまる。感染症は生命科学 の一部であって全部ではない——稿の配分そのものがそう語っている。先生が組み立てた病気の理解は明快だった。8 月 17 日の講演で——
「ウィルスが肺の病気を作っているのではなく、いろんな炎症反応が病気をつくっている」
ウイルスは「たった 10 個の遺伝子でできた」単純なもので、複雑なのは人間の側だ、と。そ して重症の人ほど抗体は多く作られており、鍵は抗体の量ではなくキラー T 細胞の充実度に ある、と整理する。
RNA ワクチンについての評価も、効き目ではなかった。
「RNA ワクチンの優位性は効能より、生産の迅速性にある」
配列が公開された 1 月から臨床試験開始の 3 月まで、わずか 3 か月。設計から試験まで走り 切る力こそが本質だ、という読みである。
同じ 2020 年 11 月 28 日、ヒトの受精卵では Cas9 による切断が染色体の大きな欠損を高い割 合で招くことが示され、先生は「Cas9 でそのまま切断するという戦略は決して受精卵に適応 してはならない」と書いた。
コロナ関連は 70 本(2020 年)→50 本(2021 年)→20 本(2022 年)と減り、3 年で通常の 研究テーマに戻った。
10 設計する ― そして AI が生命科学の言葉になった
2023 年、生成 AI が実際の研究手段になる。AlphaFold の 2 億の構造を分類する Foldseek、変 異が病気を起こすかを予測する AlphaMissense、細胞ひとつずつのデータから遺伝子のつな がりを学ぶ Geneformer。先生は Geneformer について「後期高齢者の心臓が止まるほどの変 化が起きている」と書いた。
2024 年、ノーベル賞は物理学賞がニューラルネットワークに、化学賞がタンパク質の構造予 測と設計に与えられる。2025 年、David Baker 研究室の蛇毒中和ペプチド——AI で構造を作 り、配列を出し、結合の強さを 842nM から 0.9nM へ高め、マウスでは毒を打った 30 分後の 投与でもほぼ 100 パーセント生き残った。先生が最後に書いたのは性能ではない。
大腸菌で安く作れる。「開発途上国で使われることを考えると、誰もが中和剤を携帯するこ とができる時代が来ることを示している」
2026 年 2 月、AlphaGenome が 100 万塩基のゲノムを 1 塩基の細かさで読む。先生は「大き な興奮に襲われた」と書き、進化そのものを学ぶ Evo と組み合わされれば「生物学が神の領 域に近づく」と述べた。そして同年 8 月 8 日、AI が作った配列から、実際に大腸菌に感染す るファージが 16 種類生まれる。
13 年で、できることは読む → 書く → 届ける → 測る → 設計すると変わった。だが先生の記 録では、どの段階でも次に立てられる問いは同じだった。それは本当に、仕組みを説明して いるのか。
11 第2章
科学は、社会に何ができるか― 西川先生の思考の系譜
最初に置かれた定義
約 4,940 稿のなかで、西川先生が繰り返し書いたのは論文の中身ではなく、科学とはどうい う営みかだった。その定義は、連載開始からわずか 2 か月半で示されている。
2013 年 11 月 5 日、参加者 500 人以上の大規模な臨床試験の約 30 パーセントが論文にならず、 登録機関にすら結果を報告していないものが 8 割近くに達するという報告。ここでの語気は、 13 年を通じて最も厳しいものの一つである。
「無作為化した大規模臨床治験は、自分に偽薬が来るかもしれない事をわかった上で、参 加」する 「うまく行かなかった治験も結果は結果だ」 「人間が参加したトライアルは公共のデータであり、全て査読に回して論文にすることが重 要」 「治験を行う限り社会の責任が優先すると覚悟すべき」
同じ年の 12 月 10 日、査読制度を扱った回でも同じ考えが繰り返される。科学とは、ほかの 人と合意を作っていく公共的な手続きである。論文は個人の業績ではなく合意のための公共 の財産であり、だから発表しないのは倫理違反であり、査読は透明でなければならない。以 後 13 年、この定義がすべての判断の出発点になる。
12 手続きが壊れたとき ― 2014 年
2014 年、日本の生命科学は大きく揺れた。その渦中で先生は、長く関わってきた研究機関の 公職を辞している。理由は明快だった。その立場にいる限り組織の側に立って発言する必要 がある。だから「自由に発言する意味でも」辞めることにした、と書いている。前年に掲げ た「科学は公共的な手続きである」という原則を、まず自分の身分に当てはめた形だった。
そしてその夏、先生は個々の論文ではなく、研究者の世界そのものについて書く。
科学者の世界が「科学者間の連帯が欠如し、むき出しの競争だけがある格差社会へと変貌し ていた」 「笹井さんも、そして私自身もこの様な格差社会成立に手を貸した一人だろう」 「ついにこの格差社会が牙を剥いた」 「連帯感がある時人は死なない」
大切なのは、自分を例外にしていない点である。誰かを責めるのではなく、その競争の仕組 みを作った側の一人として自分を数えた。そのうえで若い研究者に向けて、「競争はしても 連帯感が損なわれない新しい研究者コミュニティーを目指して欲しい」と託している。
この視点は、同じ年に研究不正を扱った回にもそのまま現れる。中国で 2011 年だけで捏造 1,170 件・汚職 530 件が報じられた事実を紹介し、原因を「行政の評価が論文数とインパク トのみに集中している」ことに求め、こう結んだ。
「対岸の話ではない」
不正を個人の資質の問題としてではなく、評価の仕組みが生む結果として診断する。この構 えは、翌 2015 年の「構造問題として分析できない社会は『子供の国』」へまっすぐつながっ ていく。
13 やり方が定まる ― 2015 年
2015 年 4 月 11 日、米国 FDA が問題を指摘した治験 421 例の調査。そこから出た 78 報の論 文のうち、指摘に触れたのはわずか 3 報。この事実より先生が重く見たのは、分析のしかた だった。
日本流の分析は「倫理の徹底と透明性」といった抽象的な提言で終わり、実現できる具体策 が生まれない 「構造問題として分析できない社会は『子供の国』」
以後、先生の批判の後には必ず提案が置かれる。2020 年、専門家会議を「科学者の職務放 棄」と批判した 2 日後に代替案の連載を始めたのが、その典型である。
同じ年 10 月 17 日、専門家の意見の使い方を論じた回では「この意見には 100%賛成」と明 言し、日本の現状を突いた。
政治家・官僚が「前もって落とし所を定め、それを裏付けるために専門家の意見を聴いてい る場合が多い」
順序が逆だ、と。そして「信頼できる科学政策のシンクタンク」という具体策を出す。
もう 1 つ、この年に現れた大事な姿勢がある。8 月 13 日、プレシジョンメディシンが公衆衛 生の予算を削るという批判的な意見をまとめて紹介したうえで、先生は自らを「推進派」と 規定し、「様々な人と対話を進めたい」と書いた。推進する側だからこそ、反対意見を自分 の手で紹介するのである。
14 市民との断絶 ― 2016 年
2016 年 6 月 26 日、論文ウォッチ 1,000 回。3 年間の自己評価(「一つの論文を、様々な分野 の状況との関わりで理解できる様になってきた」)を記した直後、先生は直前に起きた Brexit を論じる。
知識人の劣化、年寄りによる若者支配 「SNS の普及により、本来の知識を磨くことが放置され、世俗に同化してしまった」ことが 分断を招いた 「書を求めて書斎にこもろう」
寺山修司の言葉をひっくり返したこの一句は、知識人が世の中に迎合したことこそが問題だ という診断である。同じ年、トランプ当選を 3 度にわたって取り上げ、最大の心配を「科学 界との断絶」に置き、科学者の側の課題として「一般人との溝を埋める新しいアイデアが必 要」と結んだ。
「書斎にこもれ」と「溝を埋めよ」は矛盾しない。世の中に合わせるのではなく、知識を磨 いたうえで市民に向き合え、という主張である。
そして 12 月 14 日、誤った健康報道の構造を扱った回で、先生は自分を例外にしない。
「私自身もテストステロンは高リスクと誤認していた」
何が科学を強くするのか ― 2017〜2018 年
2017 年 9 月、先生は 1 週間のうちに 2 度、ドイツを論じる。投資額は日本より少ないのに論 文の引用は米国と並び、特許の取得数は半分未満(あえてそう選んでいる)、世界大学ラン キングの上位 200 に 22 校。
15 「ドイツの研究者になぜドイツの学術が花開いているのかと質問すると、誰もがメルケル首 相のおかげだと答える」
2012 年にベルリンでメルケル首相が「研究者の生の声を聞きに来ている」姿を見た経験を挙 げ、日本を批判する。
「生の声とデータに基づかず、ウケを狙う思いつきを政策にしてしまう」
1 週間後、ペーボの著書を扱った回では意外な角度に踏み込む。ペーボが自分の私生活を率 直に書いても辞任を迫る者がいない社会——その寛容さと科学の水準の高さは「無関係だと は思わない」。制度だけでなく、研究者を人としてどう扱うかが科学の強さを決める、とい う主張である。
同じ年 4 月、米国 NIH の助成研究の大規模な分析から「基礎研究も応用研究も、技術開発へ の貢献の度合いにほとんど差がない」ことを紹介し、こう結んだ。
「個人の興味の満足に研究費が出せない世の中では、若い研究者は育たない」
2018 年、主題はデータに移る。AI と医療の 4 回連載の結論は「結局 AI として機能させるた めには、学習させるデータが勝負になる」。その 2 か月後、この年で最も鋭い警告が出る。 民間の遺伝子検査サービスのデータから犯人を特定できる技術について——
最大の心配は「権力によるデータ改ざん」である 日本の「森友・加計問題に見られる政府のデータ改ざん体質」を考えれば 「当分は警察に使わせるわけにはいかない」
同じ年、アスペルガーについての通説が資料の発掘で覆った件では、「自分ならどうするか と考えると、到底非難できる立場にない」と自らを省みたうえで、オーストリアが安楽死さ せた子ども一人ひとりの記録を残していたことに感心し、「記録保管の重要性」と「人間の 証言がいかに虚偽に満ちているか」を教訓として引き出している。
16 反科学への答え ― 2019〜2021 年
2019 年 1 月、遺伝子組み換え食品への反対をめぐる研究。強く反対する人ほど自分の知識に 自信があるが、客観テストの点数は低い。先生の反応は勝ち誇ることではなかった。
「科学者にとって反対派をバカにして喜べるという話ではない」 反対派は「リテラシーを高める教育には見向きもしない」 「今まで通りの方法ではすれ違いを解消することは出来ない」
では何が要るのか。その答えが同じ年の 4 月に始まる。「生命科学の目で読む哲学書」連載 である。
「6 年前にあらゆる公職から身を引いた」。当初は批判を受けたが、今は「本当に良かっ た」 「あらゆる制限から解放され」、今は「人生のうちで論文を最も読んでいる時期」 生命科学の大きな変化の中心は「人間の科学を中心に置く生命科学の再統合」である
2016 年に「書斎にこもろう」と書いた先生が、3 年後に実際にこもった。そしてその成果を、 公開の連載として書き続けたのである。
2020 年 5 月 5 日、専門家会議の「新しい生活様式」を、先生は 13 年で最も強い言葉で批判 する。人類はゲノムの多様性でウイルスと戦ってきた、という生物学の認識から出発して ——
「統一的生活スタイル」の推奨は「習近平中国の政策と類似している」/「暗澹たる気持ち になった」 これは科学者の職務放棄である 科学者の仕事は「健康とともに文化の多様性を守るために科学ができることを提示するこ と」である
17 2021 年 7 月 20 日、先生は 2019 年の問いに答えを出す。ワクチン接種をためらう大学生の理 由が「これまで使われていないワクチンなので、もう少し様子を見たい」という理にかなっ た判断であり、その材料は前年の秋に専門家自身が発した一般論だった、と指摘したのであ る。
「専門情報に納得して今もワクチン接種をためらう層は、決して SNS のデマに踊らされてい る層ではない」 複雑で刻々変わる知識の「断片だけを専門家の意見として上から目線で提供することがいか に危険か」
すれ違いの原因は市民の無知ではなく、専門家の語り方にある。
思想を支える科学 ― 2022〜2024 年
2022 年 10 月、ペーボのノーベル賞。先生が問題にしたのは、受賞報道が「役に立たない基 礎研究」であることを強調しすぎている点だった。そこから 19 世紀以来の思想の歴史へ話が 及ぶ。
その時代「個人と権威、また多様な権威同士がもろに衝突した」にもかかわらず「多様化し 深まる不協和を克服する思想は生まれなかった」 ウクライナ侵攻も同じ根にある 「欠けていたものの一つが、思想的試みを支える科学ではないか」
そして古代ゲノムが示す、確かめられる事実——「現代ヨーロッパ人のゲノムは、今まさに 戦争が行われている地域の古代人との交雑から生まれた」。だから「結局皆兄弟である」。
翌 2023 年、ChatGPT を哲学書連載の番外編で扱い、「経験のみで人間と同じ知性や理性が 形成できることを実験的に示す壮大な実験」と読んだ。経験だけで知性が育つのか、という 古くからの問いに、実際に手を出せるようになった、と。
18 2024 年 10 月、Google の「ハーバーマスマシン」——多くの人の意見を集め、批判も取り込 んで合意案を作る言語モデル。先生は AI が「グループ全体の意見を反映したまとめ」を作る 力は人間より優れており、意見の違う人どうしの「分断意識はかなり解消される」と述べ、 「プラトンの哲人王ではなく、ルソーの一般意志を探してくれる」と表現した。
2013 年に「科学とは他者と合意を作る公共的な手続きである」と定義した先生が、11 年後 に、その手続きを実際に動かす技術を見たことになる。(図 2)
19 図2

20 動かなかった 5 つの基準
対象は年ごとに広がり続けたが、評価の物差しは 13 年間ほとんど動いていない。
第 1 に、仕組みが説明できるか。2013 年の「プロの仕事」(専門家をうならせる厳密さ)か ら、2016 年の「生化学のプロとアマ」、2017 年の「現象論から因果論へ」、2025 年の「現 象論から因果性へ」まで一直線である。そして 2026 年 8 月 5 日、100 万人規模のデータでが んを予測する AI に対し、こう書いた。
「予測競争だけに終始して、経時的データから何がわかるのかの検討が皆無」 「黒い箱の診断ツール開発だけに使うことは、少なくとも医学研究としてはやめた方がい い」
第 2 に、着眼点。2014 年「このアイデアが全てだ」、2015 年「着眼点の勝利」、2018 年 「iPS を冬眠させる:着想に脱帽」、2021 年「膝を打った」。
第 3 に、患者に届くか。2013 年、新しさの乏しい高橋淳氏の論文を「何か新しい事がわかっ た訳ではない」としながら「是非報道して欲しい論文だった」と評したのが最初である。
第 4 に、地道な仕事への敬意。「地道」「手のかかる実験」「頭が下がる」が 13 年間繰り返 される。
第 5 に、自分を例外にしない。2015 年「一番常識的な人間」、2016 年「私自身も誤認して いた」、2018 年「到底非難できる立場にない」、2019 年「あまり人の意見を聞く方ではな い」、2025 年「全く門外漢で、殆ど理解できていない」。
この 5 つに加えて、2017 年から現れた値段への視線も動いていない。第 1 章で触れた 2026 年 8 月 13 日の回——新しい抗 RAS 薬の耐性を扱い、「全く新しい ras バイオロジーが始ま る」と評価した、その同じ回の最後に、先生はこう書き添えている。
21 「現存の ras 阻害剤のように月 100 万円を超す値段をよりアフォーダブルな価格に抑え てほしいと期待する。そのためには、特許の期間をもっと延ばしてもいいような仕組み が必要な気がする」
2018 年にスピンラザの年間 2,796 万円を「異常な高薬価」と書いてから 8 年。新しい薬が出 れば、必ずその値段を書く。しかもここでは、「高い」と嘆くのでも、特許を短くして後発 薬を急がせよという通り一遍の話でもない。特許の期間を延ばしてでも、月々の負担を下げ られる仕組みを作れないかという提案である。値段を、制度の設計の問題として考えている。 2015 年の「構造問題として分析できない社会は『子供の国』」が、13 年目の最終週にもそ のまま生きている。
最初の問いに戻る ― 2026 年 6 月 3 日
2026 年 6 月 3 日、78 歳の誕生日に、先生は右の耳下腺にできた唾液腺がんとリンパ節への転 移を公表する。5 センチを優に超える腫瘤で、「最近の大きくなり方から、かなりアグレッ シブだと覚悟しています」と書く。
そして続けた。
「これまで皆さんに伝えてきたように、ゲノムも含めて徹底的に調べようと決めており」 「主治医と患者だけでなく、病理やゲノム検査が統合されることで得られるデータに基づい て自分のがんを知り、納得して戦える新しい医療に貢献できたらと思っています」
顔面神経を切って作り直すことも覚悟しており、麻痺は避けられないため Zoom や講演は当 分中止する。しかし論文ウォッチは続ける。
「論文ウォッチはもう少しで 5000 回に到達します。そこまでは二人三脚で頑張ろうと話し ています」
22 2013 年に「人間が参加したトライアルは公共のデータである」と書いた先生が、13 年後、 自分の身体を公共のデータとして差し出した。最初に立てた定義に、最後は自分自身が入っ た形である。
6 月 15 日の手術のあとも、8 月 18 日まで一日も途切れていない。
累計およそ 4,940 回(※2)。5,000 回まで、あと 60 回ほどである。
23 あとがき
西川伸一先生とは、2019 年ごろから 2026 年 3 月まで、サンスター株式会社の研究部門でご 一緒させていただき、奇しくも 2026 年 3 月をもって先生がサンスターの研究顧問を退任する と同時に、私もサンスターを退職させていただいた。 先生からは「本物のサイエンスの考え方」をサンスターの経営や研究戦略に導入するため、 様々なご提言や多くのご指導をいただいた。本当に、先生の科学的な考察の深さに、ただた だ勉強させていただくばかりだった。 今回、退職後の時間を使って、先生の論文ウォッチを 2013 年から改めて俯瞰してみた。実に 13 年分で、累計約 4,940 稿(※2)もあった。 読み進めるうちに、気づいたことがある。先生が書いておられるのは、科学や技術の成果に ついての解説だけではない。その成果が社会に対して何をなしうるのかという問いが、いつ も同じ文章のなかに置かれている。むしろそちらが本題であって、論文はそれを考えるため の素材なのではないか——そう思うようになった。 そこで、一つの仮説を立ててみた。先生のこの 13 年の仕事を、ばらばらの 4,940 稿としてで はなく、ひとつながりの流れとして俯瞰したら、どう見えるだろうか。本書はその試みであ る。 先生がお読みになれば、おそらくこう言われるだろう。「これは違うで。もっと違う視点で 考えてみたら」「現象だけを並べても仕方がない。因果を考えなさい」。——お叱りを受け る覚悟で、ぜひご意見を伺いたいと思っている。 最後に。常々、先生は、5,000 回までは毎日やりきるとおっしゃっていた。5,000 回まであと わずかである。目標に届いたその日からは、どうか毎日でなくて構わないので、これからも 書き続けていただければと願っている。 2026 年 8 月 18 日 上田俊吾
24 注記 ― 出典と数え方について
(※1) 本書の引用はすべて、AASJ ホームページ(aasj.jp)に公開された「論文ウォッチ」および関 連する稿の本文によります。日付は掲載日です。
(※2) 累計回数は、西川先生ご自身の記述を基準としました。2025 年 6 月 3 日の稿に「論文ウォッ チもなんと 4500 回を超えました」とあり、そこから 2026 年 8 月 18 日までの 441 日をほぼ毎日更新と して加えた推計です。


