なかでも中絶胎児の中脳細胞移植は、スウェーデンで1980年代後半から200例以上行われ、少なくとも一部の患者で著効を示したことが報告されている。これらの例は細胞治療の可能性を示す証拠として、その後の多能性幹細胞を用いる治療の拠り所となってきた。中絶胎児中脳移殖自体も、効果を確かめるため長期にわたって中断されていたが、最近全ヨーロッパ規模の共同国際治験として再開されている。
今日紹介する胎児中脳移殖の総本山とも言えるスウェーデン・ルンド大学からの論文は1989年に大樹中脳移殖により劇的な回復を見せた一人の患者の死後解剖所見で、米国アカデミー紀要に掲載予定だ。タイトルは「Extensive graft-derived dopaminergic innervation is maintained 24 years after transplantation in the degenerating Parkinsonian brain (変性したパーキンソン病の脳に移殖した細胞はドナー細胞由来のドーパ作動性の広域にわたる神経結合を移植後24年間にわたって維持し続ける)」だ。
この患者さんは50歳で発病、52歳からL-dopa治療を受け始めたが、変性の進行が急速でl-dopaの効果が失われて症状の制御が困難になっていたため、59歳(1989年)時点で4体の中絶胎児からの中脳細胞を3箇所に移殖された。この患者の症状は移植後3年間、目覚ましい改善を続け32ヶ月でl-dopaを中止、64ヶ月で免疫抑制剤も中止している。その後7年目からは低用量のl-dopaを再開、12年目まで症状は安定していた。しかし、12年後から症状が悪化し、14年以降はパーキンソン病を超えて、脳全体の萎縮を伴うシヌクレイン症が進行し、24年目に心不全で亡くなった。
死後行われた解剖から2つの重要な所見が得られている。
まず何よりも、移殖されたドーパミン陽性細胞が24年経った後もドーパミンを作り続け、周りの組織との結合を維持し、機能し続けていたことだ。周りに炎症もなく、組織適合性とかかわらず拒絶反応は起こっていないことも重要だ。これまでも移植後10年にわたってドーパミン産生細胞がホストで機能し続けたという結果が報告されており、胎児中脳に存在するドーパミン産生細胞と同じステージの細胞は治療に確実に使えることを示している。この結果は細胞移殖を計画している研究者にとって大きな励みになるだろう。
ただ、ドーパミン産生細胞がいくら維持されても、全身でシヌクレインが蓄積する場合、細胞移殖でそれを食い止めることはできないことも明らかになった。また、このシヌクレイン蓄積により、この患者でも移殖した細胞の10%以上にレビー小体が見られ、宿主の異常が移殖細胞へも波及することを示している。
明暗が混じった結果だが、細胞移殖によるドーパミン産生細胞の補充とともに、シヌクレインの蓄積を抑える方法の開発が重要であることを改めて示している。連携のとれた研究の推進を期待する。
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