過去記事一覧
AASJホームページ > 2016年 > 5月 > 22日

5月22日:肝臓ガン発生のシグナル(Cancer Cell6月号発行予定論文)

2016年5月22日
SNSシェア
   rasを始め発がん遺伝子の多くは、細胞内シグナル伝達経路の異常を誘導する。では現在ガンのシグナル経路の研究が盛んかというと、私の印象ではそれほどでもないようだ。一つの原因は20世紀後半に重要なシグナル伝達経路が詳しく研究され、イメージング研究以外になかなか新しい切り口が見つからないことだ。これに加えて、ガンに関してはシグナル経路の特定だけでなく、その経路がガンに関わるかどうかの生物学的意味が問われるため、遺伝子改変を組み合わせる複雑な発がん実験が要求され、一つの研究をまとめるのに時間がかかるようになったこともある。
  今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文はそんな苦労を厭わず発がんのシグナル伝達経路に取り組んだ研究でCancer Cell 6月号に掲載予定だ。タイトルは「p62, upregulated during preneoplasia, induces hepatocellular carcinogensis by maintaining survival of stressesd HCC-initiating cells (ガン発生前に発現が上昇するp62はストレスにさらされた肝ガン幹細胞の生存を維持して発がんを誘導する)」だ。
   この研究はシグナル研究の大御所Michael Karinの研究室からの論文で、どんな困難があろうとシグナル研究の老舗を守ろうという意思が感じられる。Michael Karinは現在活躍中の多くの日本人研究者を育てたが、この論文にも筆頭著者を始め多くの日本人が著者になっている。この研究ではオートファジーの際にミトコンドリアにユビキチンシグナルを結合させるアダプター分子で、多くの肝ガンで発現が認められていた。しかしmTORC,Myc,TERTといった遺伝子と比べると、この発現上昇の意味は研究されてこなかった。この問題に膨大な実験をつみ重ねて挑戦したのがこの研究で、p62を誘導するシグナル分子、p62が関わるシグナル分子をコードする遺伝子改変マウスとp62遺伝子改変マウスを掛け合わせた発がん実験、あるいはp62をアデノウイルスベクターを用いて肝臓に導入する発がん実験を組み合わせて、p62が様々な原因による肝ガンに関わっていることを証明している。詳細を省いて結論を述べると、 1) p62は脂肪肝やウイルス感染による炎症によりオートファジー機能が弱まった肝細胞で誘導蓄積する、 2) 誘導されたp62はガン予備軍細胞のNRF2,mTORC1,c-Mycを誘導してガン化を促進する、 3) NRF2経路活性化は、活性酸素に対する耐性を獲得し、ガン予備軍細胞に様々な遺伝子変化が蓄積するのを助ける、 などが総合して、肝ガン発生につながるという研究だ。    さらにザクッとまとめると、ガンの周りの環境因子により誘導・蓄積したp62が、細胞自身の様々なシグナル経路のコオーディネーターとなって、環境とがん細胞をつなぎ、発がんが進むことを示した研究で、シグナル伝達経路を扱い慣れているグループならではの研究だと強い印象を持った。最後に人のガンでもp62発現が高いと再発が高いことなどを示しているが、診断よりはp62を抑えるか、p62の作用を抑える方法を発見することがこの研究成果を生かす道になるだろう。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ
2016年5月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031