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創薬研究の施策と活動への希少難病患者の期待

2016年5月12日
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『新薬候補、譲渡成立ゼロ』との見出しで4月末一部の専門紙に、日本医療研究開発機構(AMED)が運営する「創薬支援ネットワーク」が、2013年から大学での創薬研究から新薬に結びつきそうなテーマを採択して実用化を支援しているが、成果の主要指標である製薬企業への譲渡件数については、初年度として筋ジストロフィー治療研究の1件にその可能性が残されたのみであった、との記事が小さく出ていた。

AMEDは、44テーマについて有望と判断して資金や技術の援助をしたとしており、これらは同ホームページで『創薬支援ネットワークの支援テーマ(3月末現在)』 (http://www.amed.go.jp/program/list/06/theme_list.html ) として公表されている。製薬会社への譲渡で最も期待されたのは、具体的な化合物にまで絞られたテーマと思われるが、大学での限られた研究資源や化合物ライブラリーの範囲からの無理矢理な選別で、さらに研究当事者自身の判断に拠るものであって、緩い基準に基づいて選ばれた化合物と見做されるのが普通である。

現在までの支援テーマは、どれも精々前臨床段階にあるが、今後ともAMEDとしてこのような支援を継続するのであろうか?製薬会社に提示したときに、「興味深いが今の段階では導入可否の判断ができない。ヒトでのPOC(概念実証)が得られたら改めて連絡ください。」などと無責任に臨床第II相程度の治験の実施が必須とのごとく要望されることが多かったと思われる。しかし、薬物の治験(臨床研究)は、動物での安全性と有効性が確立し、確固たる市場性、経済性や承認の見通し立った候補化合物に限ってその研究者や組織の全責任で行うものであって、単に薬理学的推論の効果の立証を目的として、濫りにヒトを実験台にしてはならないことは言うまでもない。一般論として、公的資金での薬物の治験の実施は、極限られた場合や代替方法が絶無でのみ可能と考える。

全く新しい薬理、原理、メカニズムなどに基づく薬物治療法やスクリーニング方法などに科学的や第三者の理解や評価を得るには動物実験で十分であるし、有効な特許の取得も可能で、この段階で研究成果や技術として製薬会社への導出も十分に可能である。従って、大学では更に進めて一般的な新薬の創出を目指しての化合物スクリーニングや臨床研究を行うことは非効率であるし無駄な行為でもある。大学では、動物実験レベルで成果を纏めて国内外の企業に導出することとして、リード化合物の選定や至適化、非臨床試験などその後の開発作業は、そのライセンスを受けた製薬企業でなされるべきである。

AMEDの創薬支援ネットワークは、上記の惨めな現状に対して「企業のニーズの事前把握が不十分だったことを反省点とし、改善した上で大学での革新的新薬の創出活動(事業)の支援を続ける」としている。AMEDは、発足当初から国税600億円以上を既に本ネットワーク事業に投入していることになるが、それら投資の結果として何か具体的な成果を残せたのであろうか?反省点が前記で全てであって、改善点が明示されないまま、また具体的な改革策を示すことなく、本創薬支援ネットワークを当初の計画に沿ってこのままで継続させることが、許されるとは思えない。

一方、上記AMEDからのテーマ進捗表『創薬支援ネットワークの支援テーマ(3月末現在)』の末尾部に、熊本大学発生医学研究所の江良択実教授の『ニーマンピク病C型(NPC)治療薬の開発』が本創薬支援テーマに採択され、前臨床段階にあることが公示されている。

NPCは、ライソゾーム病の一種で、乳幼児からも発症し進行性であり国内の患者総数が50名程度の希少難病であって、指定難病である。細胞内コレステロール輸送障害による疾病で、肝臓、脾臓の腫れと神経症状が徐々に進行し重篤化する。ごく最近になって、厚労省未承認薬検討委員会発足により、唯一スイス国発のミグルスタットが早期承認されたが、症状改善は一応期待されるもののまだまだ満足する治療効果には程遠く、また根治は期待できない。

第2番目のNPC治療剤としてヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(HPBCD)が米国で 臨床開発中であるが、上記のとおり熊本大では2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン (HPGCD)という別個の関連化合物が、AMEDからも支援を受けてNPC治療剤として研究開発が進められている。

γ-CD体は、β-CD体に比べて、水に対する溶解性が高いためか、生体にはより安全とされており、コレステロール他被排泄(包接)物質に対する親和性や包接能も相互に異なるはずで、薬効の多様性が期待される。

幹細胞研究の権威の江良教授のグループは、iPS細胞出現の当初から希少難病治療の研究手段としてそれの活用に取り組んでおられ、今回も化合物スクリーニングに、NPC患者iPS細胞由来の肝細胞が用いられている。希少難病治療方法の研究に集中的に取り組む我国では数少ない基礎医学者であり、対症療法の本件を手始めに今後も継続してNPCをはじめライソゾーム病の根治療法の研究に取り組まれるものとその成果は大いに期待される。

希少難病治療用薬剤の研究開発は、その緊急性と専門性から個々の疾患について基礎研究段階から臨床開発、薬事承認と一貫性と連続性が非常に重要である。また、その市場性から例え開発途中からといえども民間企業の参入は、これまでの例外的なケースを除けば、殆ど期待できない。

AMEDにおいては、大学発の創薬支援テーマの採択にあたって、希少難病治療用薬剤の研究を重点的に採用し、一貫性を持って患者に投与できるまで支援を続けてほしい。この施策により、各大学において整備されてきた治験のための組織と施設が生かされる。さらに大学で生まれた希少難病治療薬創出研究の成果は、広く創薬研究のための革新的な基盤科学技術となり、民間に技術導出され応用・活用されることを期待する。(田中邦大)

5月12日:気になる2警告(5月号JAMA Neurology+4月29日Scientific Reports)

2016年5月12日
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   私がまだ学生だった頃は、水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息など様々な公害病が我が国の深刻な課題だった。幸い、このような深刻な公害は影を潜めたが、それでも仕事や食品を通して、知らず知らずのうちに体が蝕まれているのではないか懸命に調べている研究者たちがいる。今日は、最近私の目に止まったこのような問題を扱う2編の論文を紹介する。
   最初はミシガン大学からの論文でALSの発症に殺虫剤に暴露されることが関わっていないか調べた疫学調査でJAMA Neurologyに掲載された。タイトルは「Association of environmental toxins with amyotrophic lateral scleraosis(ALSと環境毒素の相関)」だ。
   ALS発症に様々な環境汚染が関わる可能性はこれまで調べられてきた。この研究ではこれまで可能性が指摘されて来た殺虫剤暴露とALSの相関について156人のALS患者さんと、対照126人について比べている。暴露の可能性のある職歴についての聞き取り調査で相関を調べると、暴露歴があると発症のオッズ比が5.46と優位に高い。次に相関が認められたのは、鉛暴露によるオッズ比2.0、軍隊経験でオッズ比が2.20だが、やはり殺虫剤に暴露される職業が一番強い相関を示す。
   同じような結果は、これまでも報告されていたようだが、この研究ではさらに踏み込んで、患者さんと対照群の血液中の残留化合物を調べて、例えばcis-Chlordaneの残留が認められる場合はオッズ比5.74, PCB202では1.36-3.27と有意に殺虫剤の残留とALSの相関が見られることを示している。
     この研究だけでChlordaneが悪いと決めつけるのは早計だが、統計学的結果を無視することはもっと間違っている。特に、職歴と残留殺虫剤が必ずしも一致しないことは、環境暴露も可能性があるので、真剣に検討を続けることが重要だ。
   次の論文は天然甘味料として加工食品に広く使われているコーンシロップなど果糖を多く含む食品が、胎盤機能不全につながることを警告するワシントン大学産科学教室からの論文で4月29日Scientific reportsに発表された。タイトルは「Maternal fructose drives placental uric acid producition leading to adverse fetal outcomes (母体の果糖は胎盤の尿酸合成を高め、胎児に悪影響を及ぼす)」だ。
   ブドウ糖と異なり果糖は代謝経路が全く異なる。特に、インシュリン耐性を誘導し、2型糖尿病や脂肪肝につながることや、ATP分解を促し最終産物の尿酸の産生を高めることも知られている。この研究では、妊娠中毒症などの胎盤に関わる障害を誘導するのではないかと考え、妊娠マウスを用いて果糖投与による胎盤の変化を調べている。
  詳細を省いて結論だけをまとめると、
1) 高い果糖を含む食事は胎児の発達を阻害する。
2) 胎盤での尿酸合成を高果糖食により誘導される
3) 高果糖食は胎盤の脂肪蓄積と酸化ストレスを誘導する。
4) キサンチンから尿酸への経路に関わるキサンチン酸化酵素を阻害すると、胎盤の障害や胎児の発達障害を抑えることができる。
5) 人間の妊婦さんの血中果糖濃度と胎盤の尿酸濃度は相関する。
という結果だ。
  我が国の現状は把握していないが、米国ではコーンシロップなどの使用制限を訴える運動が進んでいると聞く。天然の物質も、人間の偏った意図に基づいて使われると、問題を引き起こす例といえるだろう。
  このような研究に常に耳を貸すことの重要性を実感している。
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