今日紹介するノルウェー・オスロ大学からの論文は、他人のT細胞を使ってガン特異的抗原に対する反応を誘導し、その細胞から抗原に反応している受容体遺伝子を取り出し、ガン患者さんのT細胞に導入してガンを叩くという、さらに先を行く究極のテーラーメード医療で5月19日にScienceオンラン版に掲載された。タイトルは「Targeting of cancer neoantigens with donor-derived T cell receptor repertoires (第3者のT細胞から取り出したT細胞受容体を使ってガンのネオ抗原を叩く)」だ。
研究ではまずステージIVのメラノーマの遺伝子解析から計算される126種類のガン特異的抗原(ネオ抗原)から、HLA抗原と特に反応が強いと思われるペプチド20種類を選び、患者以外の人から採取したT細胞がこの抗原に反応するか調べている。この結果、1/4に当たる5ペプチドで反応がみられている。次に反応性のT細胞クローンを樹立して特異性や、ガンに対するキラー活性などを調べ、2つのペプチド抗原に対するキラーT細胞クローンを選んでいる。同じことを他のメラノーマ患者でも繰り返し、ほぼ期待通り患者以外の末梢血から、ガン特異的T細胞クローンが樹立できることを確認している。
次はこのクローンからT細胞受容体遺伝子を単離し、患者さんのT細胞に導入して、高い成功率でガン特異的反応を付与できることを示している。最後に一部のペプチドがネオ抗原になり、他は抗原性がないのはなぜかについても調べ、ネオ抗原になりうるペプチドは細胞内での安定性が高いことを明らかにしている。もしこの性質をコンピューター上で予測できるようになれば、より高い確率でガンを殺す活性の高いT細胞を得ることができるだろう。
以上をまとめると、抗がん剤の投与やガンの直接の影響でガンに対する免疫反応が安定しない患者さんの代わりに、第3者の末梢血からネオ抗原特異的キラーT細胞を誘導し、このT細胞受容体を患者さんのT細胞に導入してガンを叩く治療が夢物語でないことをこの研究は示している。ただこのためには、ガンのエクソーム解析、ガンに合わせたネオ抗原の特定、ネオ抗原に対するT細胞クローンの樹立とその抗原受容体遺伝子の単離、受容体遺伝子の患者T細胞への導入と移植が必要だ。このプロセス全部を大至急でやっても、半年はかかるような気がするし、これを厳しい安全性規制のもとで行えば、そのコストはかなりの額になるだろう。大富豪なら当然チャレンジすると思うが、一般の医療に仕上げるためにどこを改良してコストを下げられるのか、プレシジョンメディシンが大富豪のものでないことを示すためにも、研究は新しい段階に進む必要があるだろう。
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