5月11日 湿気と保湿(5月9日号Science Translational Medicine掲載論文)
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5月11日 湿気と保湿(5月9日号Science Translational Medicine掲載論文)

2018年5月11日
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60歳を超えた頃から、皮膚が乾いて湿疹のような痒みに悩まされるようになった。ローションなどで保湿を心がけると、ある程度症状は治るので生活の支障になるほどではないので、特に保湿以上の処置はせずに今まで来ている。確かに、熱帯地方で湿気が高いところではアレルギーの発生が少ないことが知られている。しかし、なぜ皮膚が乾くと湿疹が出てくるのか、あまり真剣に考えたことはなかった。

今日紹介するチューリッヒ大学からの論文は、この素朴な疑問になんとか答えようとした研究で、少し中途半端な研究だなという印象はあるが紹介することにした。タイトルは「Humidity-regulated CLCA2 protects the epidermis from hyperosmotic stress (湿気により調節されるCLCA2が上皮を高浸透圧ストレスから守る)」で、5月9日号のScience Translational Medicineに掲載された。

読んでいくと驚くほどの研究ではないので、素朴な疑問に正面から取り組んだ点が評価されたのだろう。この研究では、まずFGF受容体が皮膚のケラチノサイトから欠損することで、皮膚のバリアー機能が障害され、慢性湿疹が起こるマウスを用いて、この症状を湿気で防げるのか調べている。研究ではFGFR1/2がケラチノサイトで欠損して湿疹が起こるマウスの症状を、湿度を上げることで改善できるか、まず調べている。結果は予想通りで、湿度を40%に下げると、ケラチノサイトの肥厚と様々な炎症細胞が皮膚に浸潤する。ところが同じ実験を湿度70%で繰り返すと、炎症がおさまる。確かに保湿は効果がある。

この湿度が遺伝的な原因の炎症を防ぐという現象に関わる分子を調べる目的で、高い湿度により変化するタンパク質を探索すると、いくつかのリボゾームタンパク質、ケラチン16、そしてクロライドチャンネルと結合しているCLCA3A2(CLCA)が高湿度で低下することを発見する。また、この分子の発現上昇と皮膚のバリアー機能の低下が連動していることが知られていること、さらにこの分子の発現が低下すると、人間でも皮膚に湿疹が出やすいことが知られていることから、この分子の機能に絞って研究をしている。

この分子は、湿度を感じるというより、湿度が低下して皮膚の水分の浸透圧が上昇するストレスにさらされると、p38/JNKシグナルを介してケラチノサイトで発現が上がる。したがって、ソルビトールや高い塩濃度にさらすだけでも、マウス、人間共にケラチノサイトでの発現が上がる。これらの実験から、CLCAは皮膚が乾燥し浸透圧ストレスが発生すると、ケラチノサイトのアポトーシスを防ぎ、さらに皮膚からの水分蒸発を減らすよう細胞間接着を上昇させる、浸透圧ストレスから皮膚を守ることに関わる分子であることがわかる。

最後にアレルギー性の皮膚炎の患者さんでCLCAの発現を調べると、炎症によりケラチノサイトの肥厚が見られる部分に特に発現が上昇しており、人間でも重要な働きをしていることが示唆されている。

さて、全部読み通してわかるのは、炎症と湿度とCLCAの関係が単純でないことだ。もしCLCAの発現が皮膚をストレスによる細胞死から守り、接着を高めて乾燥を防ぐなら、保湿自体はこの反応を低下させることになって、保湿は悪いという話になる。もちろんそうではなく、湿度が十分ならCLCAは必要ないという話だ。ただ、CLCAと炎症との関係は、保湿でCLCAを低下させれば炎症が抑えられると考えないほうがいいように思う。

保湿の効果を真面目に調べるうちに、ケラチノサイトに対する高浸透圧ストレスに気づき、そのなかでCLCAが皮膚のバリアーを守る一つの分子であることがわかったという研究で、皮膚の乾きが常に問題になる高齢者の皮膚を理解するためには重要な切り口になるのかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月10日:細胞からプラナリアを見る(4月19日Scienceオンライン掲載論文)

2018年5月10日
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昨日に続いてプラナリアの研究を紹介する。それも、昨日と同じグループだ。昨日は、プラナリアを切ったり貼ったりして再生のルールを実験的に探る、いわば古典的手法の研究を紹介したが、同じグループが今度は、発生学に急速に導入が進む単一細胞の遺伝子発現を調べて、発生過程を細胞から再構築する、これまでとは異なる切り口の研究だ。この手法を用いた研究が、同じScienceにプラナリア、ゼブラフィッシュ(2報)、アフリカツメガエルと、なんと4報も掲載された。どれを取り上げてもいいのだが、昨日の研究との対比でプラナリアを取り上げることにした。

ずいぶん昔になるが、昨年亡くなった岡田節人先生から、発生学で最も有名なシュペーマンは論文に一度も細胞という言葉を使わなかったと聞いたことがある。自分で確かめていないので、真偽のほどはわからないが、場所と時間を基礎に組織化された生物個体を考える発生学のことを上手く表現されたのだと、個人的には全面的に信頼している。すなわち、体の「何処に何時」を問わずして発生学はないという話だ。従って、単一細胞の遺伝子発現を網羅的に調べられるようになっても、「何処何時」というラベルをつけた細胞を取り出して調べられることが多かった。ところが、今日紹介するホワイトヘッド研究所からの論文は、まずプラナリアの体を完全にバラバラにして、場所とは切り離した後、それぞれの細胞を調べ、発生のプロセスを再構築する手法を用いており、これまでの古典的発生学とは正反対のアプローチが取られている(昨日の研究と比べるとそれがよく分かる)。タイトルは「Cell type transcriptome atlas for planarian Schmidtea mediterranea(Schmidtea mediterraneaプラナリアの細胞種の遺伝子発現地図)」だ。

昨日も述べたように、プラナリアではあらゆる組織が全能性の幹細胞から恒常的に新陳代謝しているため、細胞の分化過程が全て体内で起こっている。従って、卵からの発生過程を追うことはしていない。代わりに、プラナリアをバラバラにして得られた個々の細胞で発現しているmRNAを網羅的に調べ、細胞のデータだけから細胞分化過程を再構築しようと試みている。ただ、細胞が発現する遺伝子の中には、体の体制に応じて発現するものもあることから、幹細胞の多い咽頭とそれ以外の3領域に分けて解析を行っている。

このような手法を用いる時、すべての遺伝子についての発現量をそのまま用いるグループと、一部の遺伝子を選んで用いるグループがあるが、どちらでもいいだろう。原理的には、選んだ遺伝子が一つの次元を形成し、各次元の発現量を数値化して、多次元空間に分布させた後、見やすいように次元を圧縮して細胞集団を定義するのが基本的手法だ。

この研究では、5万個に及ぶ細胞を解析しているが、プラナリアはカエルなどと比べるとより単純なので、そのまま多次元空間の分布を見るのではなく、発現量に差がある遺伝子と、すべての細胞に発現している遺伝子群に分けて、2次元の主成分解析を行うことで、細胞集団を分けているが、結局は他の論文と方向性は同じだ。

この解析から、2次元空間に分布した細胞を44種類の明確な集団に分離できること、特徴的な遺伝子の発現から各集団の系統をほぼ特定できること、またこうして特定された細胞のプラナリアの体内での分布もほぼ予想通りなことを示している。すなわち、「何時何処」という情報がなくとも、かなりの精度で細胞の系列と分布を特定できることを示し、細胞からボトムアップでプラナリアを再構成することが可能であることを示している。

一種のデータベースができたわけで、あとはクエスチョンをもってこのデータベースを使えば様々なことが明らかになるだろう。論文でも、実に多くのクエスチョンが調べられている。主なところでは、

1) 幹細胞特異的な遺伝子を発現する集団だけ取り出してより詳しく見ると、これまでの研究で存在が想定されていた、最も未熟な幹細胞から各系列への分化方向が決まった中間段階への分化の階層性をほぼ完全に定義できる。
2) これまで特定できていなかった例えば腎臓の機能に相当する細胞集団の前駆細胞の特定や、消化管を上皮とゴブレット細胞に分けることができ、それぞれの前駆細胞も特定できる。
3) 神経系は24種類の集団に分離することができ、このうちの多くがこれまで定義できていなかったこと。
4) RNA干渉を用いて発現遺伝子をノックダウンすることで、細胞分化の階層性を明らかにできること。
5) 同じ筋肉細胞でも、ボディープランに応じて場所に関わる遺伝子の発現が異なっていること、
などだが、これ以外にも多くのデータを示している。

ただこのような詳細は、このデータベースの有用性を示す一例に過ぎず、細胞レベルから見ることで、プラナリアの細胞構築を再定義できることさえわかれば十分だろう。詳細についてはぜひオリジナル論文を読んで欲しい。

この論文を読んでいて、わが国の再生生物学の草分け、江口吾郎先生が独特の名古屋弁で、「西川くんは(形のない)「血(ち)」をやっとるから・・・」とおっしゃって、私の思考法が発生学からちょっと外れていることを意識させてもらったのを思い出した。しかし、プラナリアの研究がここまで「血」の研究に近づいたのをみて、一度熊本までどう思うか聞きに行きたい。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月9日:プラナリア臓器再生の法則性(4月27日号Cell掲載論文)

2018年5月9日
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CDB創立当時、新しい研究所を一般の人に認知してもらうためには「切っても切ってもプラナリア」の阿形さんの存在は大きかった。プラナリア再生の不思議については、神戸の子供達だけでなく、全国に知れ渡っていた。ある時知り合いの証券会社社長のMさんが東京から電話してきて、「子供がプラナリアの飼育にチャレンジしているのだが、うまくいかない」と聞いてこられた。早速阿形さんに連絡すると、水道水は一度沸騰させろとの指示があり、飼い方のマニュアルとともにMさんに送った。おそらく阿形さんのところには全国から多くの問い合わせがあったのだろう。Mさんの質問にも即座にしかし丁寧に対応するシステムができているのを知って本当に心強く思った。しかし、あれからずいぶん経ち、ゲノムを始め多くのことがプラナリアで明らかになった。それでも古典的な再生実験が生き続けているのがプラナリアだと思う。

今日紹介するボストン・ホワイトヘッド研究所からの論文は、古典的な再生実験を基礎に、プラナリアの再生のルールについて調べた論文で4月27日Scienceにオンライン出版された。タイトルは「Self-organization and progenitor targeting generated stable pattern in planarian regeneration(自己組織化と前駆細胞の標的への誘導によりプラナリアが安定したパターンを再生する)」だ。

最近の研究をあまりフォローしていないためか、久しぶりに古典的再生研究に再会した気分になる論文だ。プラナリアでは脳も含めてほとんどの細胞が常に幹細胞から新陳代謝している。この定常的な細胞の動きは、すでに存在する体のパターンで制御されているが、体の一部を切ってしまうと、このパターンが狂う。この狂いが新陳代謝とは異なる、再生現象を生み出すことになる。この研究の売りは、目という小さな領域の再生と、頭を切り離したり、体の側面を全部切り離したりする大きな再生実験を組み合わせることで、幹細胞が適切な箇所に移動して臓器を作り直すルールがよりはっきりすると着想したことだ。

例えば目をくりぬくと、正常な目と同じ高さに前駆細胞が移動してきて、目が再生する。ただ、この実験だけだと元の高さに眼になる細胞を集める分子が発現しているとして話が終わってしまう。ところが、これに頭を切り離すという操作を組み合わせると、体を再生する過程が組み合わさり、再生とともに目の細胞を供給すべき標的領域は刻々変化する。このことから、再生眼はもう一方の眼の高さにまず形成され、体の再生とともに他の目と一緒に前の方に移動するのか、あるいはもう一方の眼の位置とは関係なく、体全体の再生ルールに従って新たに作られるかの2つの可能性が考えられる。

この研究では、実際に頭を切り離すと、元の眼の位置よりも前方に再生眼ができることを示し、場所決めが体の体制の影響があることを確認する。しかし、眼の一部を残して置くと、それが核となって元々の眼のあった場所に完全な眼ができることから、眼の細胞の組織的集合も重要な働きをすることも確認する。すなわち、体の体制に従って移動しながらある程度の細胞数が集まると、そこに再生眼ができるというシナリオに到達する。実際には、これまでの研究で前駆細胞を標識する分子マーカーや、この場所決めに関わる分子の可能性について、長い研究による知識が蓄積しているおかげで、実験結果の解釈は確実に容易になっている。要するに、

あとはオペレーションの規則が理解できると、自由自在に切断部分とその時間を変化させて、眼の高さを変えたり、目の数を思い通りに増やしたり、自由自在に眼の再生を操作できることになり、実際論文では、驚くほど様々なパターンの目の再生が起こった個体の眼の写真を示してくれている。

実際の実験の詳細はこれぐらいにして、これらの結果から考えられた臓器再生のルールを以下のようにまとめることができる。

1)一定数の前駆細胞が集まると自己組織化的に眼の形成が起こる領域が形成される
2)前駆細胞の集合と眼への分化を支持するフィールド(TAZ)が形成される、
3)TAZの中に前駆細胞が集まると、そこに自己組織化の核ができ、その場所に眼が形成されるTZになる。
4)TAZはWntとそれを阻害する分子の量できまる。
このルールさえ心得ておけば、再生の場所や数を人為的に決めることができるという結論になる。

ここまで、古典的実験といったが、同じグループはやはりScienceに単一細胞のmRNA発現を調べる最先端の研究も行なっている、高い実力を持ったグループだ。今後、古典的手法と先端手法を組み合わせて、プラナリア研究を新しい段階に引き上げるのではと期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月8日 フィリピン原人の痕跡(Natureオンライン版掲載論文)

2018年5月8日
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私が中学生の頃は世界各地で別々に人類発生が起こったように錯覚していた。最も古い人類として習ったのは、現在で言うエレクトスの仲間で、ヨーロッパではハイデルベルグ原人、アジアではジャワ原人と北京原人がそれを代表していた。その後の研究で、実際にはエレクトスもアフリカで誕生し、得意の二本足歩行で世界へと拡大したことが常識になっている。

今日紹介するパリの自然史博物館からの論文は、なんと大陸から離れたフィリピン群島にも同じエレクトスと思われる原人が生息していたことを示唆する論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Earkiest known hominin activity in Phillipines by 709 thousand yrars ago (フィリピンで70.9万年前までに生息していた最も古い人類活動の痕跡)」だ。

これまでフィリピンで最も古い人類の痕跡は、約7万年前の骨だった。日本で発見された現生人類の骨は3.4万年前なので、それよりは古く、だいたいオーストラリアへのホモ・サピエンスの移動時期とオーバーラップしている。この研究では2013年から始められていたGagyan渓谷の発掘現場から発見された土器と数多くの動物の骨を分析して、当時に生きていた人類の影を探っている。発見地層の水晶についての年代測定から約70万年前で、ジャワ原人の生息時期に近い。

発見された石器は57個で、これらはあまり遠い距離を運ばれた形跡はなく、叩き出す技術も単純で、叩き出した後の石器にはそれ以上の細工の後がないことから、ホモ・エレクトスの制作による、いわゆるアシューリアン型と呼ばれるタイプであることがわかった。

残念ながら実際の原人の骨は出土していないが、石器があることは70万年前のフィリピンにエレクトスが存在していたことを強く示唆している。これ以外にも、加工されていないが人類が使っていたと思われる石が数多く見つかっている。

動物の骨は400個発見されたが、そのほとんどは一匹のフィリピンサイ由来で、全て関節が外され、3x2mの領域にバラバラに存在していたことから、空気中でバラバラにされた後、泥に埋まったと考えられる。重要なことは、骨に切れ目が入っていることで、石器で叩いて骨髄を取り出して食べた後と考えられる。この骨の年代を様々な方法で測定し、いずれの方法でも70万年以上前に殺されたと考えられる。

以上の結果から、フィリピン原人は70万年以上前に存在してた。問題は、2足歩行のフィリピン原人が、海も渡ってルソン島にやってきたのかだ。当時は海面が低く、ボルネオや台湾はユーラシア大陸と陸続きだった。しかし、どちらから渡るとしても、海を超えなければならない。ルソン島から出土する動物の骨と、他の島での動物の骨の分布から考えて、おそらく台湾の方向から渡ってきたと推定している。

もちろん肝心の人類の骨が出ていないため、エレクトスと結論することはできないが、原始的な石器で骨髄を取り出し、食べた痕跡などは私のエレクトスのイメージと完全に一致しており、エレクトスが70万年前に海を渡ったとすると、また人類史が大きく変わる。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月7日;オスだけ殺すバクテリア(Natureオンライン版掲載論文)

2018年5月7日
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論文を読んでいると、毎日毎日私の思いもかけないことを真剣に研究している人がいて、人類としての無限の知識が形成されているのを実感する。読んでいる論文が私のようにほぼ生命科学に限局されている場合、この知識の無限性は生命の進化過程の壮大さへの畏敬に直結する。種の起源の最後のセンテンスでダーウィンは、生命を進化の観点でとらえることを「There is grandeur in this view of life….(この生命の見方には壮麗さがある)」と言ったが、論文を読んではこの言葉を思い起こしている。

今日紹介するスイス・ローザンヌにあるEPFLに在籍する日本人研究者春本さんの論文も、まさに進化の壮麗さを感じる話でNatureオンライン版に掲載されている。タイトルは「Male-killing toxin in a bacterial symbiont of Drosophila(ショウジョウバエの共生細菌に発現するオスだけ殺す毒素)」だ。

昆虫と共生するバクテリアについては我が国の産総研の深津さんたちのゾウムシとボルバッキアの研究は有名だが、それ以外にもこのブログで昨年紹介した最も小さいゲノムを持つStameraもやはり共生細菌だ(http://aasj.jp/news/watch/7730)。

今日紹介する研究の対象はS.poulsoniiと呼ばれるスピロプラズマの仲間で、ショウジョウバエのメスを介して伝達される共生細菌だ。この細菌が特に注目されるのは、この細菌が感染しているオスの幼虫が選択的に殺されることで、この作用を持つ分子については明らかになっていなかった。この研究では、この細菌をショウジョウバエの体液に注入して継体しているうちに、オスの幼虫の半数が生き残る細菌株を発見し、遺伝子の比較からこの細菌がオスを殺す性質の原因分子Spaidを特定し、オス殺しの機能が失われた変異では分子が途中で途切れると同時に、789番目のアミノ酸が置換していることを明らかにする。

次に確かにこの分子がオス殺しの原因物質であることを証明するため、この遺伝子を今度はショウジョウバエで発現させ、1)spaidがオスの幼虫を殺す分子であること、2)その活性には分子内のアンキリンリピートと脱ユビキチンドメインが必要なこと、3)発生が進むとSpaidが神経以外の細胞死を誘導することを明らかにしている。

最後はもちろん、この分子が細胞を殺すメカニズムの解明だが、この研究ではSpaidがオスのX染色体の遺伝子発現をメスのレベルと同等にするために働くMSLの機能を阻害することで、分裂時にDNAの分断化を促進すると考えている。具体的な分子間相互作用までは明らかではないが、Spaidが発現すると、OTU領域を介して核内に移行し、アンキリンリピートを介してMSL-1の機能を阻害し、分裂時にX染色体を断裂化することで細胞死を誘導するとしている。事実、SpaidはX染色上に結合しているMSL-1と局在が一致していること、そしてMSLが結合しているX染色体のみが断片化し、クロマチンブリッジの形成が見られることから、一種のアポトーシスが起こっている。もちろんメカニズムに関しては、さらに詳細を明らかにできるだろうが、分子構造が決まったことで、あとは時間の問題だろう。

話は面白いし、同じような構造のタンパク質で機能が異なる分子がボルバッキアにも認められることから、なぜこのような不思議なタンパク質が進化したのかも、今後研究が進むと思う。この研究ではあまり議論されていないが、もともと昆虫の子孫へ自分の子孫を伝搬させるためには、メスの卵子に乗っている必要がある。これを実現するため、ボルバッキアや以前紹介したStameraでは感染した卵子がより選択的に生殖できる戦略を取っている。一方スピロプラズマでは、用無しになったオスの個体に乗ってしまったスピロプラズマをホストのオスの幼虫ごと消滅させるという、一種のアポトーシスに通じる戦略を取っている。この辺りは、クリスパー並みに面白く、生命の営みに対するGrandeurを感じさせる。

ただ、この分子の荘厳さだけでなく、クロマチンを標的にする分子戦略はがんの新しい治療戦略にもつながるのではと思ってしまうのは、医者の悪い癖だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月6日:CAR―Tを進化させる(5月31日号Cell掲載論文)

2018年5月6日
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CD19に対する抗体の細胞外部分と、T細胞受容体の細胞内部分を合体させた遺伝子を自分のT細胞に導入して、CD19を細胞表面に出しているがん細胞を殺す治療(キメラ抗原受容体T細胞治療:CART)をこのブログで最初に紹介したのは、2014年10月だった(http://aasj.jp/news/watch/2309)。もう手の施しようがなくなっていたリンパ性白血病の患者さんの半数が完全寛解したことを読んで私も興奮し、がんに対する免疫システムの力を確信した。実際、昨年ノバルティスはこの時報告されたCAR-T療法の認可をFDAから受けた。さらに米国では他の2社もT細胞受容体部分を少しづつ変えたCAR-Tに参入する賑々しさだ。

しかし、CAR-Tもまだまだ改善の余地がある。まず、がん特異性をさらに高める必要がある。さらに、固形がんに対する有効性を高めないと、治療は一部のがんに限られる。そして、キラー活性を必要ならオフにしたい、などなどだ。すでにがんに対する免疫系の力は示されたため、今や多くの研究室でこの課題解決の様々な方法が試みられ、論文に発表されている。

今日紹介するボストン大学からの論文はこの研究分野で進んでいる開発競争の典型で、5月31日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Universal chimeric antigen receptors for multiplexed and logical control of T cell responses(T細胞反応の多用途で論理的な調節を可能にする普遍的CAR-T)」だ。

現在使われているCAR-TはT細胞を活性化させる細胞内領域が、ガン抗原に反応する細胞外の抗体部分と直接結合したキメラ受容体を発現しているため、シンプルだが一旦キラー活性が発揮されると制御は全く効かない。この点を改善するため、ガン抗原に対するキメラ抗体と、T細胞に導入するキメラ受容体を切り離し、ガン抗原を直接T細胞の標的にするのではなく、がんに結合するキメラ抗体上に別の標的分子をのせて、それをT細胞が特異的に認識する方法が様々な研究室で開発されていた。この方法だと、もしキラー活性を抑える必要が生まれた時、T細胞が認識する標的抗原を抗体から切り離して注射すると、T細胞活性を中和することができる。

今日紹介する論文も、基本はガン抗原認識と、キラー活性を切り離して、制御性を上昇させるというこれまでのアイデアの点では全く同じだ。ただこの研究では、ガン抗原を認識する抗体と、T細胞上の受容体に、転写因子同士が結合するときに使われるロイシンジッパーをカセットとして用いたアイデアが最大の売りになっている。細胞外での分子同士の反応には細胞外の分子を利用しようと思うのが普通だが、代わりにロイシンジッパーをカセットにする考えついた時点でこの研究は完成したと言える。これにより、ロイシンジッパーカセットが、細胞外の分子と反応する心配はなくなる。
これまでの報告を凌駕する制御性が獲得できるということが結論になっている。では何が具体的にできるのか、いかに列挙しておく。

1) 抗体部分の特異性や親和性を変えることで、同じロイシンジッパーを用いてもキラー活性や特異性を変えることができる、
2) ロイシンジッパーのコンビネーションを変化させ親和性を変えてもキラー活性を変化させられる。
3) ロイシンジッパーの親和性を落とした抗体部分を使うと、キラー活性を中和することができる。
4) がん細胞上の2つの抗原に対して同時に攻撃できる。
5) 異なるガン抗原の発現パターンを選んでがんを殺すことができる。
6) T細胞受容体と、T細胞の補助シグナルを同時に活性化でき、がん細胞周囲でのサイトカイン分泌を制御できる。
7) CD4,CD8細胞を同時に調節できる。

など様々な免疫機能の操作が可能なことを、マウスモデルで示している。もちろん、ここのアイデア自身はそれほど画期的とは言えないが、ロイシンジッパーに思い当たったこと、そしてそれを用いてあらゆる可能性に一度に対応できる方法に仕上げた力が評価されたのだと思う。同じ方法をうまく使って、おそらくT細胞の浸潤を操作したりできるようになると、固形がんへの応用も進むと思うが、治療にかかるコストが無限に上昇するのではと心配にもなった。
カテゴリ:論文ウォッチ

4月5日:IgA欠損症の腸内細菌叢(5月2日号Science translational medicine掲載論文)

2018年5月5日
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免疫システムは体内に侵入した病原体に対して働く専守防衛が原則だが、例外はIgA反応で、腸管などの体腔に分泌され、体外で働いている。ところが遺伝的にIgAが欠損しても、腸管などで激しい炎症が起こるというわけではなく、ミサイル能力はあまり意味がないのではと考える人もいた。ところが最近、腸内の細菌叢をIgAの結合している細菌と結合していない細菌に分けると、結合している細菌は病原性が高いことを示す論文が発表され、IgAの機能を再検討する必要が生まれていた。

今日紹介するソルボンヌ大学からの論文はIgA欠損患者さんと正常人の腸内細菌叢を調べ、この問題を明らかにしようとした研究で5月2日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Microbial ecology perturbation in human IgA deficiency(IgAの欠損した人の細菌叢生態の乱れ)」だ。

この研究では、まず20人の血中IgAが欠損した人たちを選んで健康状態を調べ、消化管の症状の程度がまちまちであることを確認する。すなわちIgAがないからといって、必ずしも消化管症状が出るわけではないことを確認している。

そこで腸内細菌叢が正常人と違っているか調べると、腸内細菌叢の多様性は正常人とほとんど違いはないが、IgAが欠損する人に共通に増える細菌種と減る細菌種があることがわかった。特に、抗炎症性のバクテリアは低下し、炎症を惹起するバクテリア種は増殖している。面白いのは、IgAが欠損する人では口内細菌が腸管に見つかる点で、今後重要な研究課題になるように思う。正常人の細菌叢はIgAを惹起する細菌と、惹起しない細菌に分けられるので、この差がIgA欠損症で増減する細菌と関係があるかを次に調べているが、確かにその傾向は認められても、これで決まりだという歯切れのいい結論にはなっていない。これは何千もの細菌種を扱う細菌叢研究の特徴で、大きな集団を相手にして最終的因果性を決めることの難しさを物語っている。IgA欠損という特殊な状態を調べた研究から決定的なことが学べるかと期待したが、そこまでのインパクトはなかった。

歯切れの悪さの原因の一つがIgA欠損をIgMが代わりをして、抗体の管腔内分泌が免疫原性の高い菌を抑える可能性も検討しているが、これも傾向は確かに見られるが、これで決まりと歯切れよく結論できない。結局細菌同士のネットワークが変化して炎症性の細菌が増加している点も加味して総合的に理解すべきとしている。

結局IgA分泌が炎症を抑えているかについては、IgAを分泌することで細菌叢のバランスが維持されてひどい炎症になるのを防ぐという結論に思える。IgA欠損症の細菌叢の包括的研究という意味では、重要な研究だし、例えば口内細菌の腸管への移行など面白い問題も見つかってはいるが、まだまだ群盲象を撫でるという印象が強い。今後、母親の抗体をミルクから供給する段階から、自分のIgAにスイッチした後での最近叢の変化を調べることも含め、さらなる研究が必要だと思った。

読んでいるうちに、専守防衛ではなく、敵地攻撃ミサイルも有効かなど、今の我が国での議論を見るような気がしたのは、連想がたくまし過ぎるか?
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5月4日 パーキンソン病の神経科学(Natureオンライン掲載論文)

2018年5月4日
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私たちのNPOはなぜかパーキンソン病の患者さんたちとの交流が多いが、付き合ってみると、再生医療でドーパミン神経を再構成させるという根本的治療だけでなく、もっと生理学や薬理学に基づいた、対症療法も大事なことがつくづくわかる。そしてそのためには、パーキンソン病でおこる神経細胞の変化を深く理解する必要がある。

一般的医学として習うパーキンソン病の生理学は、かなり大雑把なもので、「視床・皮質運動回路は、脳の様々な情報が集まる大脳基底核の調整を受けており、この調節はドーパミンが抑制性に、アセチルコリンが興奮性に働いてバランスを取っている。パーキンソン病ではこの抑制が外れるため、基底核が興奮して筋肉が緊張し、震えがくるため運動が障害される」と習う。この知識をやりくりして、患者さんと話したりしているが、患者さんの症状をこれだけで明確に説明できることはまずない。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、マウスの基底核の有棘神経細胞集団の興奮を長期間観察し続けてパーキンソン病の生理学の基礎を確立しようとした論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Diametric neural ensemble dynamics in parkinsonian and dyskinetic state(パーキンソンとディスキネシア状態での相反する神経集団の統一的動態)」だ。

運動の視床皮質回路を抑制的に調節している基底核は、2種類の有棘神経細胞によりバランスが取られている。一つは淡蒼球内節を介して直接視床に影響するdirect pathwayの神経細胞で、もう一つが淡蒼球外節・視床下核を介するindirect pathwayで、この2種類は互いに拮抗していると考えられている。この研究では基底核のdirectおよびindirect有棘細胞集団(dSPNとiSPN)を生きて活動しているマウスで、それぞれを区別して連続的に観察し、運動時、ドーパミンが欠乏したパーキンソン状態、ドーパミンが高まったディスキネジア状態など様々な条件で調べている。基本的には、神経を記録しただけに見える論文だが、多くの細胞を同時にモニターすることがどれほど大変かがひしひしと伝わる研究だ。しかし、この領域でのスタンフォード大学の貢献は群を抜いている印象がある。

詳細を省いて結果をまとめると、
1) dSPNとiSPNはほぼ同じようなタイミングで活動しており、決して反応にずれはない。
2) ただ、運動が始まる前には、興奮するdSPN,iSPNが一つの領域に集中する。すなわち、抑制と興奮がまとまるように調節を受ける。この結果運動回路の抑制と興奮のバランスが取れる。
3) ドーパミンが慢性的に欠乏しつづけると、iSPNは運動時に興奮が正常化する。しかし、dSPNはそのまま変わらない。従って、急性期とは異なる運動バランス状態が成立する。
4) 急性のパーキンソンモデルでドーパミンの量が減ると、dSPNの興奮が低下し、iSPNの興奮が高まる。この結果、抑制が優位になり、不随意運動が高まる。
5) 一方、ドーパミンを投与されディスキネジアが起こるときは、dSPNが過剰に興奮する一方で、iSPNの活動が全般的に抑えられる。
6) パーキンソン、ディスキネジアのどちらの場合も、dSPNとiSPNの協調的な興奮は全く見られなくなる。
7) SPNの動態でパーキンソン病をモニターしたとき、治療効果が最も高いのはL-Dopaで、2種類あるドーパミン受容体の刺激剤はともにdSPNの活動を抑える。
などだ。

基本的にはこれまで言われていたように、dSPNとiSPNが拮抗的に働くという図式は同じだが、運動前に両方が限られた領域で協調するという現象を見出し、これがパーキンソン、ディスキネシアの両方の状態で分離してしまうことがこの研究のハイライトだろう。これにより、様々な症状をある程度説明できるようになる気がする。いずれにせよ、単純な興奮だけでなく、興奮のクラスタリングをモニターする方法は確立した。是非、ディスキネジア状態から改善するための薬理学に役立ててほしいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月3日:磁場を用いた難治性うつ病の治療(4月28日号The Lancet掲載論文)

2018年5月3日
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最近の人間の脳についての研究を見ていて驚くことの一つは、磁場や電流を脳の様々な領域に照射して、脳や病気をコントロールする方法の急速な進展だ。侵襲性が少ないことから正常のボランティアにも脳操作が行われ、記憶を促進したり、自分の性格を乗り越えたりする効果があることはこのブログでも紹介した。この方法はシナプスの結合を強める効果があると考えられているが、メカニズムを完全に理解できているわけではない。それなのに、記憶が高まるならと、一般用の機械まで販売される事態にまで至っている。ただ、論文を読んでいると、物理的刺激にも関わらず効果が長く続く。もしシナプスの結合に変化があるとするなら、複雑な脳内で何が起こっているのか完全に予測することは難しく、私は正常な人に使うのは当分控えたほうがいいと思う。

一方、これもメカニズムは完全に理解できたわけではないが、病気の治療への応用は目覚ましいものがある。中でも、お薬で治療が難しいうつ病の治療に対する経頭蓋磁場刺激(TMS)による治療法は、臨床治験を経てFDAにも承認され、わが国でも保健は適用されていないものの昨年薬事承認された。ただ、FDA に認可されている方法は(10Hzの磁場を6000回近く照射する)一回の治療に約45分はかかるため、治療できる人数が限られており、わが国だけでも100万人以上と推定されているうつ病の治療とし普及するにはもっと短いプロトコルの開発が必要だった。

今日紹介するカナダ・トロントにあるCenter for Addiction and Mental Healthからの論文は、FDAで認可されている10Hzの磁場を38分かけて照射する方法と、その後効果が確認されたTheta burst stimulation(TBS:50Hzの磁場を0.2秒間隔で3分間照射する)方法を比べた無作為化臨床治験研究で4月28日号のThe Lancetに掲載された。タイトルは「Effectiveness of theta burst versus high frequency repetitive transcranial magnetic stimulation in patient with depression: a randomized non-inferiority trial(うつ病患者さんに対するtheta burst法と高頻度反復性経頭蓋磁気刺激法の比較:無作為化非劣勢試験)」だ。

今回対象に用いた患者さんはハミルトン尺度と呼ばれる自己申告に基づく基準値が18以上で、一般の抗うつ剤の効果が見られなかった患者さん414名を無作為化して、FDAが認可したTMS法と、新しいTBSに振り分け週5日照射を4週間続けている。

TMSをうつ病治療に用いた治験論文を読むのは初めてだが、確かに驚くべき効果だ。TMSもTBSもともに、ほぼ半数に効果がみられ、3割が寛解している。ハミルトン指標も平均値で最初の24程度から、14程度に低下し、少なくとも効果は1週間続いている。これまで抗うつ病治療を続けていた患者さんであることを考えると、素晴らしい結果というほかない。ただこの研究の目的は、磁場治療自体の効果ではなく、従来のTMSとTBSを比較することで、この点については効果に差がないという結果だ。しかし、TBSが3分の照射で済むことを考えると、一台の機械で治療を受けられる人数は10倍近くに増やすことができる。こうしてみていくといいことづくめの経頭蓋磁場照射だが、頭痛が65%の人で起こるなど、副作用も間違いなくある。幸い、4週間の治療期間でドロップアウトするほどではなかったようで、なんとか耐えられるレベルの副作用だ。もちろん、抗うつ剤と比べても、だいたいコントロール可能な程度でおさわっているのだろう。

とはいえ、効果のメカニズムが完全にわからないのはやはり気になる。TBSはともかく、TMSについてはかなり症例数も増えてきているはずだ。今後できるだけ早く、自殺率や再発の有無など長期的な経過とともに、MRIによる構造学的変化の追跡など、反応した人のゲノム解析などより踏み込んだ解析結果が発表されることを願っている。うつ病領域でもう一つのトピックスは、麻酔薬ケタミンが注射後24時間でうつ病症状を改善させるという結果だ。これについては、動物実験で少しづつメカニズムがわかってきている。ぜひ、この治療との比較研究も行い、最も安全で確実な治療法を開発してほしい。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月2日:体内代謝物イタコン酸には抗炎症作用がある(4月25日号Nature掲載論文)

2018年5月2日
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最近、体内で分泌されて炎症を誘導するTNF, IL-6, IL-17など様々なサイトカインに対する抗体療法が開発され、炎症治療は大きく変化した。しかし、それ以前はステロイドホルモンか、抗炎症剤と呼ばれる化合物が治療の中心だった。このうちの最も歴史が古い薬剤がアスピリンだが、この化合物は、体内で合成され炎症を誘導する物質で最も有名な分子はプロスタグランディンで合成を抑制することがわかっている。

アスピリンから抗体治療まで全て体内で分泌される炎症誘導物質の機能をおさえるのが炎症治療の中心だが、体内では炎症を抑える物質も合成されており、それを抗炎症剤として使えることを2016年ワシントン大学のグループが発表した。これがイタコン酸だ。この研究によると、イタコン酸はLPSなどによる刺激を受けたマクロファージで特に産生が高まり、TCAサイクルのコハク酸でハイドロゲナーゼを抑えることでコハク酸の合成を高めて炎症を抑えることが示された(Cell Metabolism 24:158, 2016)。すなわち、体内に備わった炎症のフィードバック機構になっている。

今日紹介する論文は2016年の研究の続きで、イタコン酸の作用はコハク酸の上昇だけでは説明しきれず、実際にはこれとは異なる新しい経路で抗炎症作用が発揮されていることを示した研究で 4月25日号のNatureに掲載された。タイトルは「Electrophilic properties of itaconate and derivatives regulate IκBζ-ATF3 inflammatory axis(イタコン酸とその発生物質の求電子的性質がIκBζ-ATF3を介する炎症経路を調節する)」だ。

この研究では、コハク酸による炎症抑制以外の経路を探索するため、イタコン酸を処理したマクロファージで誘導される分子を調べ、イタコン酸処理により求電性の物質や外来の化学物質により細胞がストレスにさらされた時の反応と同じ経路が活性化されていることに気づく。そして、このイタコン酸により誘導されるストレス反応の原因が、ストレス物質を中和するグルタチオン(GSH)にイタコン酸が結合して、GSHがストレス物質を中和するのを抑制するため、ストレスが上がってしまうことを明らかにしている。そして、求電性のストレス分子が蓄積すると、不思議なことにLPSによる刺激のメディエーターIκBζの翻訳が特異的に抑制され、炎症が抑制されることを示している。

あとは、なぜ求電性物質によるストレスが、炎症を抑えられるのか検討し、
1) イタコン酸処理によりストレスが上昇すると、マクロファージ内でATF3が誘導される。
2) ATF3の作用によりeIFαがリン酸化されると、IκBζの翻訳がなぜか特異的に低下する。その結果、LPSによる炎症反応は抑制される。
3) LPSなど自然免疫による炎症時にイタコン酸が合成されるのは、体内に備わった炎症を抑える自然のフィードバック機構になっている。
4) 同様の効果は、イタコン酸でケラチノサイトを刺激しても見られる。
5) イタコン酸はLPSだけでなく、IL-17のようにIκBζを活性化することで起こる炎症を抑える。
以上、なぜ翻訳が特異的に抑えられるのかなど明らかにならない部分も残っているが、イタコン酸を体が備わった抗炎症剤として働くメカニズムを理解した上で、TLR7/8 刺激によるマウスの乾癬モデルを細胞内に浸透できるイタコン酸の派生分子で治療できるか調べて、期待通り炎症をほぼ完全に抑えることを明らかにしている。

もともとイタコン酸は細胞内で産生されており、食品安全委員会などから安全と認可された分子だ。したがって、この論文の結果はすぐに実際の臨床現場で調べ直すことができる。おそらく当面は、動物モデルで有効性を示すことができた乾癬の治療に使われるのではと期待される。難治性の乾癬もサイトカインの抗体などで抑制できるようになってきたが、もし細胞の中にある単純な代謝物にこれほどの効果があるなら、新しいメカニズムの治療として期待できる。本当の意味で

自然治癒の仕組みをうまく利用した、安全な治療法の開発が成功するか期待を持って見ていきたい。
カテゴリ:論文ウォッチ