7月26日 腫瘍が自分のニッチを形成するメカニズム(7月17日号 Science 掲載論文)
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7月26日 腫瘍が自分のニッチを形成するメカニズム(7月17日号 Science 掲載論文)

2020年7月26日
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最も未熟な幹細胞から分化した細胞までの階層性を持つ幹細胞システムのように腫瘍にも階層性が存在し、化学療法が効きにくいのは、最も未熟な細胞がもともと治療抵抗性を持つようプログラムされているからだという概念は広く受け入れられており、この治療抵抗性の幹細胞を抑制してガンの根治を目指す治療法も開発されてきたが、まだ一般治療にまで浸透していない。

その中でぼちぼち使われ始めたように感じるのがTGFβ阻害で、免疫療法と組み合わせた治療法は治験段階にある(https://aasj.jp/news/watch/7964)。今日紹介するオレゴン健康科学大学、押森さんの研究室からの論文は、TGFβが薬剤抵抗性の腫瘍細胞のプログラムに関わるという可能性から、腫瘍細胞が特別なニッチを形成する分子メカニズムを明らかにした論文で7月17日号のScienceに掲載された。タイトルは「Tumor-initiating cells establish an IL-33–TGF-b niche signaling loop to promote cancer progression (ガンの幹細胞はIL-33とTGFβシグナル回路によるニッチを形成し、ガンの進行を促進する)」だ。

この研究ではRASを導入して発生させる扁平上皮癌がTGFβに反応した時、蛍光分子が誘導されるようにして、ガン細胞の中からTGFβに反応している細胞だけを精製し、これをTumor Initiating Cell(TIC)として、残りのガン細胞と比較するところから始まっている。

これまで知られているTICの特徴から予想される例えば抗酸化作用に関わる分子などの発現上昇が確認されるが、IL-33遺伝子発現がTIL で上昇していること、また組織内でTGFβがIL-33を誘導していることを確認し、これらのサイトカインのTILとその微小環境の成立への機能を追求している。

最近の傾向としてこのような課題にはすぐにsingle cell 解析などが使われがちだが、この研究ではオーソドックスな手法を用いて細胞と組織を行きつ戻りつしながら、一つのシナリオを紡ぎ出している。そのために多くの実験が示されているので、詳細は割愛して最終結論だけを紹介しよう。

  • 扁平上皮癌は何らかのきっかけでストレスを感知するとNRF2を介して、活性酸素防御プログラムが走り出すが、そのとき貯蔵されていたIL-33が周りに分泌される。
  • IL-33はST2受容体を介するNFκbシグナルを介して周りのマクロファージに作用し、TGFβを誘導する。この結果、IL-33-TGFβのシグナル回路が成立し、ガンと微小環境の関係が成立する。また、このTGFβの作用は扁平上皮癌の薬剤耐性を誘導する。
  • IL-33に反応してTGFβ分泌微小環境を形成するのは、Fcε受容体を発現したマクロファージのサブセットで、このことは骨髄由来のマクロファージを用いた試験管内実験系でも確かめられる。

他にも紹介しきれないぐらい実験で、シグナルや組織学的詳細を詰めているが、大枠は上のようにまとめていいと思う。

マクロファージに作用する分子IL-33が特定されたことで、単純にガンと微小環境の関係を超えて、免疫反応の調節も含めた総合的な治療法構築に寄与できたらと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ