Covid-19に対する基礎研究も、ある程度落ち着きを見せてきている。ウイルスに対する免疫機能や、重症化についての論文の数は増えているが、例えば夏前に読んだ論文と比べて驚く結果が続々という印象はない。一種の安定期に入ったと言えるのかもしれない。しかし、これまで期待してきたウイルスプロテアーゼなどに対する薬剤の開発はまだまだだし、次々世代型のワクチン開発なども、このような安定期から生まれるような気がする。
今日紹介する中国北京清華大学からの論文は、じっくり腰をすえて新型コロナウイルスのRNAの2次元構造を明らかにし、新しい治療法の開発へ道を開く、ウイルスを調べ尽くすという意味では重要な研究で、様々な分野の専門家がこのウイルスにチャレンジしていることを実感させてくれる。タイトルは「In vivo structural characterization of the SARS-CoV-2 RNA genome identifies host proteins vulnerable to repurposed drugs(SARS-CoV-2 RNAゲノムの細胞内での構造的解析は既存薬に感受性のホスト分子を明らかにする)」で、2月9日Cell にオンライン掲載された。
細胞内のRNAはよく教科書に出てくるように一本の伸びた鎖の形で存在するわけではない。実際には、相補的部分で結合しあうことで、複雑な3次元構造を形成している。そして、この3次元構造がホストの様々な分子と相互作用するのに重要な働きをする。このことは、クリスパーのガイドRNAの構造とCas9の相互作用を考えてもらうとわかるのではないだろうか。
この研究では、icSHAPEと呼ばれる約5年前に発表された方法を用いて、細胞中に存在するRNAの2次元構造を決めている。RNAはステムループと呼ばれる相補的二重鎖構造とその間の一本鎖構造が入り混じった構築をとるが、icSHAPでは細胞内のRNAの一本鎖部分にNAI-N3と呼ばれる化合物でラベルを入れ、細胞外に取り出してからビオチンへと変換、この位置で逆転写酵素の転写が止まることを利用して、一種のchain terminationのような過程で発生する逆転写されたDNA配列を読み取ると、RNAの1本鎖部分と2本鎖部分がマッピングできるという原理を用いている。
原理はわかるが、データから正確にRNAの2次構造を再構成するには、ソフトウエアだけでなくインフォーマティックスの能力が必要だろう。この研究では他にも多くのインフォーマティックスが駆使されており、能力の高さを窺わせる。また、細胞内だけでなく、細胞内から回収したRNAに試験管内で構造化させて比べるという念の入れようだ。いずれにせよ、CoV-2全長及び、派生した翻訳に関わる部分RNAの全2次元構造が決定された。
このような研究はこれまで発表されたことがないとすると、いくら複雑だといっても今ようやく発表されたということは、ほとんどチャレンジしようという研究室がなかったのではと推察する。
では、このように構造が明らかになって何がわかるのか?
- コロナウイルス共通の構造が明らかになり、ウイルス進化を考える上で、重要な情報となる。
- 全長から翻訳のために派生した部分RNA構造と、翻訳の効率の相関が明らかになった。
- 二重鎖構造を取らないRNA部分が明らかになり、アンチセンスRNAを設計しやすくなった。
- ウイルスRNAに結合するホスト分子をインフォーマティックスで42種類予想することができた。またこの予想に基づき合成したタンパク質の多くは、ウイルスRNAに結合した。このうちの一部は、薬剤によりRNAとの結合を阻害することで、ウイルスの増殖を抑えることができた。
- 構造化されたウイルスRNAの活性には構造をほどくヘリカーゼが必要だが、ウイルス自体のヘリカーゼ以外に、ホスト側のDDX42をハイジャックして使っていることがわかった。このヘリカーゼは、ガンに用いられているnilotinibやsorafenibのようなキナーゼ阻害剤によりATP結合が阻害されるが、実際ウイルスの増殖をこれらの薬剤で抑えることができる。
などを明らかにしている。今後、ウイルス由来タンパク質だけでなく、ウイルスRNAとそれに結合するホストタンパク質を含む大きな枠組みで感染を捉えることができるだろう。
私自身、細胞の中のRNAの構造を決定することができるようになっているとは夢にも考えていなかったので、きわめて新鮮な気持ちで読めた。