3月26日 Rett症候群の神経症状は発症前の訓練で軽減するかもしれない(3月24日 Nature オンライン掲載論文)
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3月26日 Rett症候群の神経症状は発症前の訓練で軽減するかもしれない(3月24日 Nature オンライン掲載論文)

2021年3月26日
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3月5日、テキサス・ベーラー大学のZoghbiさんの研究室から、より人間に近づけたMECP2重複症モデルマウスを使って、アンチセンス・オリゴヌクレオチド治療を実施するにあたっての問題点を調べた論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/15105)、一ヶ月もしないうちに、今度はRett症候群の発症前の訓練が、神経機能を回復させられるかも知らないという論文をNature に発表した。タイトルは「Presymptomatic training mitigates functional deficits in a mouse model of Rett syndrome (発症前の訓練がRett症候群のマウスモデルの機能的欠陥を改善する)」だ。

この論文を読んで、Zoghbiさんたちが、MECP2重複症や、MECP2機能不全によるRett症候群の治療方法開発のために、あらゆる方面から取り組んでいることがよくわかった。すなわち、現在全力をあげて遺伝子治療の開発に注力しているZoghbiさんたちが、遺伝子治療とは別に、早期診断後の訓練により、神経機能を取り戻すためのメカニズムの研究も行っていることを知り、あらゆる手を尽くしてなんとか治療したいという気持ちが伝わり感銘を受けた。

研究は単純だ。マウスRett症候群モデルで症状が検出できるのは十二週かららしいが、8週間目から水迷路で訓練を行うと、同じ水迷路試験テストの記憶力低下を抑えることができることを実験的に示している。一方、発症後から訓練を行っても、その効果は全く見られない。ただ、この効果は水迷路試験能力だけで、他の記憶テストについては、水迷路訓練は効果がない。すなわち、Rett症候群の場合、訓練すれば、訓練した能力については維持することができることがわかった。

あとは、神経科学的に、これが訓練で一度活性化した神経が生理学的にも、解剖学的にも、訓練による変化を維持できているからであることを、光遺伝学や、細胞学、生理学的テストを駆使して明らかにしているが、一般の人にとってはメカニズムの詳細は問題ないだろう。ただ、神経レベルの実験で、行動実験の結果がしっかり裏付けることができることは知っておいて欲しい。

具体的実験だが、訓練で一度活性化した神経細胞を、一過性に発現するFos遺伝子座を利用して、標識したり、遺伝子発現させたりする、Fos-Trapと呼ばれるシステムを用いて、

  • 水迷路で訓練した神経細胞が、水迷路試験でも再活性化され、またその数は訓練することで増加する。
  • 水迷路訓練で活性化した細胞を特異的に抑制すると、水迷路試験の記憶は失われる。ただ、正常マウスではその後の訓練で記憶を回復させられるが、Rettマウスの場合は、最初の訓練で活性化した細胞が抑えられると、その後新しい記憶細胞を生成することは難しい。
  • Rettマウスでも、一度活性化した神経を光遺伝学的に刺激することで、記憶を維持できる。
  • 訓練により、シナプスの形態変化が誘導され、さらに抑制性、興奮性のポストシナプス興奮が高まる。
  • 重要なことは、これらはMECP2が欠損している神経でも認められることで、訓練がMECP2の機能とは無関係に効果を示すことを明らかにした。

以上の結果は、Rett症候群の子供を、できるだけ早く診断し(Zoghbiさんは生後すぐに遺伝子を調べるべきと主張している)、早くから様々な訓練を続けることで、様々な機能を保全できる可能性を示している。ぜひ、我が国でも早期診断に基づく訓練プログラムを作成して欲しいと思う。

また、初期の訓練がMECP2の発現に関わらず効果を持つなど、神経科学的にも極めて重要な結果が示されており、今後の治療戦略にも多くの示唆を与える重要な力作だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ