3月30日 新型コロナウイルスにナノモルレベルで効果を示すプロテアーゼ阻害剤の開発(3月26日号 Science 掲載論文
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3月30日 新型コロナウイルスにナノモルレベルで効果を示すプロテアーゼ阻害剤の開発(3月26日号 Science 掲載論文

2021年3月30日
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新型コロナウイルス(CoV2)のRNAは細胞内に進入すると、ホストリボゾームに取りついて、まず2本のペプチドを合成し、これをプロテアーゼで裁断して、その後のRNA複製やホストの免疫抑制などに必須のnsp群を調達する。このことから、細胞内でのCoV2の増殖を止める最も有効なチャンスは、リボゾームに取り付く過程か、最初のプロテアーゼによるnsp調整過程と言える。実際、インフルエンザでは塩野義のゾフルーザはCap修飾過程に必要なヌクレアーゼを標的として、他の抗インフルエンザ薬と比べると、高いウイルス抑制効果を示している。もちろん、この過程をCoV2でも模索している論文は見かけるが、CoV2の場合、なんと言ってもプロテアーゼ阻害剤開発に焦点が当たっている。

というのも、C型肝炎やエイズウイルスで大きな成功を収めており、実際Lopinavir-ritonavirは最初の頃covid-19にも使われた。残念ながら、効果が限られていたため、早くからCoV2特異的な薬剤の開発競争が始まっていた。

幸い、世界中がプロテアーゼの構造を詳しく解析した。実際4月には中国上海のグループが構造解析を報告し、既存薬のスクリーニングまで行っている。ただ、一つだけ1μMを切る薬剤が見つかった程度で終わっている。

この後も論文は発表され続けており、トップジャーナルに発表され自分が目を通したものを拾ってみると、

などがいい例だが、いずれもμMレベルの親和性で終わっている。

ただ、10月にファイザー社から発表された論文では、ついにsub nanomolarレベルの薬剤が開発され、これは現在第1相の治験に進んでいるという。

重要なことは、これら全ての論文では、化合物の大規模スクリーニングではなく、プロテアーゼの構造に基づいて、様々な手法で化合物を設計している点だ。その結果、ファイザーの阻害剤は、CoV2プロテアーゼに対して0.27nM。一方、人間のカテプシンに対してはその500倍低い阻害活性しか示さない化合物を合成するのに成功している。

今日紹介する中国四川大学からの論文は、CoV2のプロテアーゼと、C型肝炎のプロテアーゼ阻害剤として開発されたboceprevir, telaprevirが結合した分子構造を出発点にして、新しい化合物を設計し、合成したという研究で、3月25日号Scienceに掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2 M pro inhibitors with antiviral activity in a transgenic mouse model(トランスジェニックマウスモデルで抗ウイルス活性を示す SARS-CoV-2プロテアーゼ阻害剤)」だ。

おそらく、2種類のC型肝炎ウイルスプロテアーゼ阻害剤を出発点としたのが良かったのだろう、nMレベルの阻害剤をいくつか得ることに成功している。このあたりの実験はまさにmedicinal chemistryの話で、実は私も完全にフォローできているわけではない。しかし、試験管内では1nMレベルの阻害剤MI-09、MI-30を合成し、ヒトACE2遺伝子を導入されたマウスの感染実験で、MI-09の場合は経口投与でもウイルスの増殖を抑え、肺の炎症を抑えることを示している。

まだ効果を示す投与量がKgあたり50mg-100mgと多く、そのまま臨床に移行できるかどうかわからないが、世界中で着々とプロテアーゼ阻害剤の開発が期待通り進んでいることがよくわかった。

日本のメディア報道を見ていると、正攻法の創薬の話は全く出ずに、専門家が見れば眉をひそめる研究内容の紹介が平気でレポートされているが、ファイザー社のディペプチドをはじめ、このように本命に迫る研究が進んでいることを読者もぜひ理解してほしい。ギリアドサイエンスをはじめ、多くのベンチャーが感染症分野で成功するのも、このように対象になる本命の分子がはっきりしているからだ。その意味で、この分野の中国のプレゼンスはますます高まっていることもこの論文を読んで実感した。我が国の研究者も、バカな報道に惑わされることなく、ぜひ日本でもCoV2阻害薬の開発が進むことを期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ