今日から2回、臨床にも用いられている薬剤が思いも掛けない副反応を誘導する可能性を示した論文を紹介することにする。
最初の論文はロサンジェルスにあるCedars-Sinal Medical Centerからの論文で、なんと膨大な数の高血圧患者さんに服用されているアンジオテンシン転換酵素阻害剤が、白血球の細菌殺傷力を低下させ、感染抵抗性を下げるという研究で7月28日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「An ACE inhibitor reduces bactericidal activity of human neutrophils in vitro and impairs mouse neutrophil activity in vivo(ACE阻害剤は人間の好中球の細菌殺傷力を弱め、マウスでは白血球の活性が低下する)」だ。
ACE阻害剤は降圧剤として広く用いられており、アンジオテンシンIを分解して血圧を高める分子アンジオテンシンIIへ転換するタンパク質分解酵素だ。ただ、タンパク質分解酵素として他の基質に作用して、血圧を下げる以外の効果があることが予想される。
この研究グループは白血球でACEをノックアウトする実験から、この酵素で分解される何らかの分子が、白血球の細菌障害性に関わることを見出していた。
この研究はまず、ACE阻害剤(ACEI)と、アンジオテンシンII受容体阻害剤(ARB)を投与したマウスから白血球を取り出し、多剤耐性のMRSA、クレブシエラ、そして緑膿菌など、病院感染で問題になるバクテリアと共培養し、細菌殺傷能力を調べている。結果は恐ろしいもので、ACEIでは白血球の殺傷能力が強く阻害されるが、ARB投与群ではほとんど影響がない。すなわち、ACEはアンジオテンシンI分解とは全く異なる経路で、白血球の細菌殺傷機能を阻害することがわかった。
同じ実験を人間のボランティアでも行い、ACEIを7日服用することで、好中球の細菌殺傷能力が低下することを示している。人間の研究はここまでで、あとはマウスACEノックアウトモデルを用いてメカニズムなどの研究を行っている。
まず、こうして誘導した白血球機能低下が、マウスの細菌抵抗力を抑えるかどうかを調べるため、ACE―KOマウスにMRSAを静脈感染させ、細菌の除去能力を調べると、除去能力は強く低下する。また、ACEIを服用させたマウスも同じように抵抗力が低下している。
さらに、カテーテルで大動脈弁を傷つけたあと、少数のMRSAを投与するモデルで、弁への細菌の集積を抑える能力が、ACE-KOあるいはACEI投与群では強く抑制され、その結果は死亡率にまで反映されることが明らかになった。
以上のことから、ACEIは、少なくともマウスにおいて細菌感染症の抵抗力を低下させる。
この殺傷力の一部は、細胞内での活性酸素発生によることがわかっているが、ACEIがどの経路で細菌殺傷効果に関わるのか、そのメカニズムが問題になる。ARB阻害では同じ効果が得られないことから、アンジオテンシンI分解能とは異なる経路で効果が発揮されることになる。残念ながら、ACEが何を分解してこの効果が得られるのかは明らかにされていない。
しかし、様々な受容体下流で作用するp38シグナル経路を介するNOX2活性化が阻害されること、またACE活性が低下すると、白血球を局所に遊走させるリュウコトリエンの合成が低下し、白血球の寿命が短縮することなど、今後ACEの新しい標的を特定するために役立つデータを提供しているが、結局この現象の半分についてわかったという段階で論文は終わっている。
最も知りたいことが解明できなかったという点では不満が残るが、臨床上もう一度ACEIの副作用を調べ直すことが重要な課題となった。