8月24日 多くのコロナウイルスと反応する抗体の誘導(8月19日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文)
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8月24日 多くのコロナウイルスと反応する抗体の誘導(8月19日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2021年8月24日
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今回Covid-19に関する研究を眺めていて感じるのは、様々なワクチンや治療手段が前臨床研究から臨床治験に至るまで迅速に論文として発表されている点だ。とはいえ、全く論文を発表せずEUとFDAの承認を得たモノクローナル抗体薬がsotrovimab(VIR-7831)で、ベンチャー企業Vir Biotechnologyが開発、GSKが製造販売している(https://jp.gsk.com/jp/media/press-releases/2021/20210604_gsk-and-vir-biotechnology-announce-sotrovimab/)。

この抗体について最初に知ったのは治験結果をレポートした3月のNature記事で、なんと2003年にSARSからの回復者から分離してきた抗体薬であること、そしてδ株を含むほとんどのCoV-2に高い効果を示すことが書かれていた。

残念ながらsotrovimabについてはその後も論文は発表されていないが、7月31日に紹介したワシントン大学からの論文(https://aasj.jp/news/watch/17067 )では、1)Covid-19から回復した36歳男性から、Sarbecovirusに属するほとんどのコロナウイルス(変異株も含めて)に反応するsotrovimabと良く似たモノクローナル抗体が分離できたこと、2)このような広いスペクトラムの反応性は、抗体が認識しているRBD領域がSarbecovirus共通に保存されているスパイク分子内に隠れている部位であること、3)抗体の結合はACE2との結合を直接阻害するのではなく、抗体結合によりスパイク自体の構造が変化し、スパイクS1領域が乖離してしまったpostfusion formができてしまうことで、正常な膜融合の確立を下げていることを示した。

おそらく上に書いたスパイクの変化はほとんどの方には理解不能だと思う。これは、スパイクを用いてウイルスが侵入する過程が極めて複雑で、一般に説明されているようなACEとスパイクが、鍵と鍵穴となってウイルスが侵入するといった話とは全く違うためで、これに興味ある学生さんはScience Museum Groupの提供している解説を読んでほしい(https://www.sciencemuseumgroup.org.uk/blog/coronavirus-the-spike/)。

いずれにせよ、sarbecovirus全体に反応できる抗体が人間で誘導できることは明らかになったが、どの程度の確率でこのような抗体が誘導できるのかについてはわからなかった。

今日紹介するシンガポール国立大学医学校からの論文は、以前SARS-CoV1に感染既往のある人にファイザー/ビオンテックmRNAワクチンを注射すると、ほとんどのケースで同じようなsarbecovirus全体に反応する抗体が誘導できることを示した面白い論文で8月19日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。

この研究では、SARS既往のある人、Covid-19回復者、コロナウイルス既往歴のないワクチン接種を終えた人、Covid-19回復者でワクチン接種を終えた人、そしてSARS既往者でワクチン接種を終えた人、それぞれの血清を、δ株を含む様々なCoV2, センザンコウウイルス、コウモリウイルス、そしてSARS-CoV1ウイルスの感染実験(実際のウイルス感染ではなくpseudo-中和試験)系で調べている。

結果は驚くべきもので、ワクチンや感染はウイルス特異的な抗体だけを誘導するが、SARS-CoV1感染者がCoV2のスパイクに対するmRNAワクチン接種を受けると、ほぼ全員ですべてのウイルスに対する中和抗体が誘導される。さらに、この結果を確かめるために、真性のウイルス中和試験も行い、SARS既往者がワクチン接種を受けたときだけ、すべてのウイルスに対する中和活性があることを示している。

結果は以上で、誘導された抗体がワシントン大学の論文が明らかにしたスパイク部位を認識しているのかどうかはまだわからない。しかし、変異株も含めsarbecovirus全体に強く反応できる抗体がヒトで誘導できること、しかも抗原を工夫することで、ほぼ100%の確率で同じような抗体を誘導できる可能性が示されたことから、今後起こるsarbecovirus感染も含めてカバーできるワクチンの開発が可能になったことを示している。

すでに多くの人がワクチン接種した現状でも、同じようなクローンを引っ張ってこれるのか、まだまだハードルは高いが、パンコロナ抗体とパンコロナワクチンの可能性を示唆する驚くべき論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ