脳の環境を厳密にコントロールするため、脳血管関門(BBB)が存在するてめ、脳内への薬剤などの移行がブロックされていることは広く知られている。基本的には、血管内皮間のジャンクションを高め、トランスサイトーシスなど細胞自体を通る輸送経路を抑えることでBBBが維持されていると考えられるが、そのためのメカニズムはまだまだわからないことが多い。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、これまであまり注目してこなかった血管周囲細胞が分泌するビトロネクチンがトランスサイトーシスを調節してBBB維持に寄与していると言う論文で3月15日Neuronにオンライン掲載された。タイトルは「Pericyte-to-endothelial cell signaling via vitronectin-integrin regulates blood-CNS barrier(ペリサイトから内皮へのビトロネクチン/インテグリンシグナルが血液中枢神経系のバリアーを調節する)」だ。
この研究では網膜の血管周囲細胞(ペリサイト)にビトロネクチンが強く発現していることに気付き、この意味を調べるためノックアウトマウスを用いて血管の透過性を調べたところから始まっている。
ビトロネクチンというと、身体中を満たしていると思っているので、このような局所の役割があるということ自体が不思議だ。しかし、ビトロネクチンノックアウトされたマウスでは、網膜血管および脳血管で、ペルオキシダーゼのような大きな分子が漏れ出ていることが観察される。すなわち、BBBに重要な働きをしている。
面白いことに、siRNAを用いて肝臓でのビトロネクチン産生をノックアウトしてもBBBはびくともしないことから、脳血管局所でペリサイトと内皮細胞間のビトロネクチンを介する相互作用の破綻が、BBBの破綻につながっていると考えられる。
事実、ビトロネクチンのインテグリン受容体結合部位を突然変異させると、BBBが破綻する。また、試験管内の実験でこの過程にはビトロネクチンの受容体α5インテグリンが関わることも確かめている。
残るは、ビトロネクチンとインテグリンによりBBBが維持されるメカニズムだが、血管内皮同士のジャンクションや、ペリサイトとの接着などはノックアウトマウスでも全く障害されていない。一方、細胞質内に分子を取り込むエンドサイトーシスによって生じる細胞質内の小胞の数が上昇しているのが観察される。また、試験管内の実験で、ビトロネクチンシグナルが抑えられると、エンドサイトーシスが高まることが明らかになった。逆に正常状態を考えると、ペリサイトにより分泌されるビトロネクチンが内皮のインテグリンと結合することで、エンドサイトーシスが抑えられることで、BBBが維持されることになる。
結果は以上で、エンドサイトーシスがビトロネクチンシグナルで抑えられるシグナルメカニズムなど残された課題は多い。内皮細胞をストローマ細胞上で培養していた個人的経験から言うと、ビトロネクチンなどにより細胞膜の運動が安定化する。これはジャンクションの維持に重要と思っていたが、もちろん安定化させてエンドサイトーシスを抑えることもできるのだろう。
使われた網膜血管や血管内皮など、個人的には懐かしい思いで論文を読んだ。