多能性やリプログラムに興味があって、ES細胞やiPS細胞、さらには山中4因子(Oct2, Sox2, Klf4, Myc)については学んでいても、Nanogについて知っているという学生さんは少ないのではと思う。ただ、現役の後半、この分野の研究に注目してきた私にとっては、思い出の深い分子だ。
Nanog遺伝子は Ian Chambers グループと、山中グループにより同時に2003年Cellに発表されるが、Chambersも山中さんも当時から親しくしていたので、どのように発表するのかCDBシンポジウムで2人が一緒に話していたのも覚えている。最終的に、山中さんが折れて、ケルト神話での「常若の国」Tir na nog から名前がついたようだ。
その後、若返りのシンボル山中4因子の中にNanogが含まれていなかったことにも驚いたが、その後、当時ストラスブールにいた宮成さんが、Nanogが初期胚では片方の染色体からだけ転写され、その後、ground stateと呼ばれる最も多能性の段階に移ると、両方の染色体から転写されることを示した論文にも驚いた。
そして今日紹介するテキサス大学からの論文では、Nanogにプリオンのような凝集を促す配列が存在し、これが離れた染色体上のNanog結合部位を集めて転写を高めるのに働いていることが示され、またまたその不思議に驚いた。タイトルは「NANOG prion-like assembly mediates DNA bridging to facilitate chromatin reorganization and activation of pluripotency (Nanogのもつプリオン様の集合はDNAの架橋を媒介して染色体の再構成を促進し、全能性を活性化する)」で、4月28日 Nature Cell Biology にオンライン掲載された。
蛋白質科学のプロの研究で、私も知らない測定方法が満載の研究だ。プロの目から見ると、NanogのDNA結合部位に続く、トリプトファンフィピーとを持つ、まさにプリオンのような構造を持つドメインが気になるようだ。実際、この部分だけを取り出すと水にほとんど溶けず、NMR解析でもこのドメインがプリオンのように凝集しやすいことを明らかにしている。
そこで、様々な方法を駆使して、本当にプリオンと同じような挙動を示すのか調べ、試験管内でも、細胞内でも、Nanogはプリオンのような凝集傾向を示すが、トリプトファンリピートを欠如させると、この性質が消失することを明らかにしている。
そして最後に凝集能を持たない変異Nanogと正常NanogをDNA結合や、クロマチンとの関係で調べ、
1)Nanogは凝集能が存在して初めて、Nanog結合サイトへの特異性を示すこと。
2)Nanogの凝集能によって、Nanog結合サイトを持つDNAは凝集させられる。
3)この性質により、細胞内ではNanog結合サイトを持つゲノム領域が核内で集合して、スーパーエンハンサーのように転写活性を高める。
ことを明らかにしている。読んだ後、内容にも驚くが、使われているテクノロジーの多様性に圧倒される。ここまで出来ないと、論文にならないとすると大変だろうと思う。
要するにスーパーエンハンサーは相分離だけではなく、プリオン型の分子でも可能なことを示しており、Nanog進化の謎がまた深まった気がする。