道路標識は様々な情報をドライバーに提供し、本来は交通事故や違反運転を抑止するためにあるのだが、その効果が科学的に検証されているのか、あまり考えたことはなかった。しかし、このような生活の中での当たり前を、「本当?」と一度問い直すことは重要だ。
今日紹介するミネソタ大学からの論文は、この当たり前を疑い、道路での情報提供のあり方に一石を投じた研究で、4月23日号 Science に掲載された。タイトルは「Can behavioral interventions be too salient? Evidence from traffic safety messages(行動制限のための指示はドキッとさせてもいいのか?交通安全メッセージからの証拠)」だ。
以前は目にした記憶がはっきりあるが、最近利用する道路では交通事故や死亡数を示してドライバーの注意を促す掲示板を見た記憶がない。ただ、米国では州ごとの年間交通事故死を電光掲示することが行われており、この数字を見たドライバーが、より注意深く運転する行動変容が期待されている。
勿論数字を見たドライバーの意識は変化する可能性があるが、その結果事故は減るのかどうかをさらに確かめたのがこの研究だ。
といっても、事故死亡数掲示の影響を科学的に調べるのは簡単ではない。幸いテキサス州では、事故死亡数を月のうち1週間だけ表示するという変則的掲示が行われており、同じ領域で死亡者表示の有り無しを比べることが出来る。
この研究では、死亡者数表示期間に、電光掲示板から10km以内で起こった交通事故数を、電光掲示板以前の10km以内、あるいは掲示のなかった月と比べ、死亡者数を掲示することの効果をまず確かめている。
さて結果だが、交通局真っ青といえる結果で、表示のなかった週と表示のあった週で、同じ区間の事故数を比べると、表示区間の事故数は2.5%近く上昇し、表示から離れるほどその頻度は低下することがわかった。また、表示が10km以内で繰り返し掲示されると、その区間では事故数増加が維持されている。
すなわち、事故死者数を見た記憶が鮮明であればあるほど、事故につながるという結果になる。著者らは、この原因が事故死者数を知って驚いた結果、運転への集中が途切れ、事故が増えると考えて、これを裏付ける証拠を集めている。
一番強い証拠として、表示される数字が高いほど事故が多いことを示している。交通事故死者数は年ごとに変化するが、表示を見た後で見られる事故の増加は、死者数の多い年ほど増加しており、逆に死者数が平均より半減していた年では、表示区間での事故数は低下している。
さらに、テキサスでは前の月までの死者数総計が表示されることになっており、1年分が蓄積した12月の数字が最大になるが、これは1月に掲示される。そして、2月には1月の累計が表示される結果、数は大きく減少することになるが、事故数は1月が最も高く、2月が最も低い。この2種類の結果は、要するに数が大きい(驚きが大きい)ほど事故が増えることを示している。
さらに面白いのは、同じ事故でも車同士の事故が増加することで、単独事故のような大きなエラーではなく、小さなエラーにつながる運転能力への影響が大きいことを示している。
結果は以上で、死亡者数にとどまらず、要するに脅しでドライバーの注意を喚起し、行動変容を促そうとする手法自体が間違っていることを示している。しかし、この結果を国や自治体はどのように受け止めるのか、注意してみてみたい。