感染症やガンに対する免疫を解析する時、B細胞の反応する抗原を見つけるのは、受容体即ち抗体が抗原自体に結合するので、比較的簡単だ。実際、コロナの時どの抗原エピトープに対して抗体ができて来るのか調べるのは簡単だった。一方T細胞が反応するのは抗原自体ではなく、抗原がプロセスされてできたペプチドと MHC 抗原の結合した複合体なので、抗原に反応するT細胞が反応しているペプチドの特定は困難だった。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、T細胞が反応している短いペプチドを特定できる網羅的方法の開発で11月27日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「TScan-II: A genome-scale platform for the de novo identification of CD4 + T cell epitopes(TScan-II:CD4T細胞の認識するエピトープを新たに特定するゲノムスケールの枠組み)」で、今後この分野での大きな貢献が期待できる。
同じグループは、2019年 TScan-I を Cell に発表しているので、そちらでまず説明する。例えばコロナウイルスに反応していると思われるT細胞があると、CD8キラー細胞の場合、コロナに感染した細胞に反応すれば、免疫が成立していることはわかるが、どのペプチドに反応するかは、ペプチドを一個一個調べる以外に方法はない。これに対しTScan-I は、ペプチドに対応する DNAライブラリーを刺激側の細胞にバーコードと共に導入し、さらにこの刺激細胞がT細胞と反応した時、T細胞から標的細胞へと移行してくる Granzzyme に反応して標的細胞が発色する様にしておくと、反応するT細胞を刺激するペプチドを発現する細胞だけが発色するので、セルソーターで分離することができる。こうして分離した刺激細胞の発現するペプチド遺伝子は、次世代シークエンサーで特定できることになる。
実際には反応するT細胞は一つではないので、数千のペプチドライブラリーの中から20種類ぐらいのペプチドが同定できる。
以上がクラス I -MHC+ ペプチドに反応する CD8T細胞についての TScan-Iプラットフォームになるが、今回チャレンジしたのはクラス II MHC+ ペプチドに反応する CD4T細胞が認識するエピトープを特定する実験システムだ。クラス I の時と同じでいいのではと思われるかもしれないが、クラス II の場合ペプチドのロードされ方が違い、抗原を分解処理するリソゾームシステムが、マクロファージと同じ様な細胞を新たに設計して用意する必要がある。さらに、Granzyme による蛍光標識の活性化についても問題があり、一筋縄では行かなかった様だ。その結果、TScan-I から TScan-II まで、4年の歳月が経過している。
この様に苦労して完成させた TScan-II もパワフルで、例えばエイズウイルスに対するT細胞の反応ペプチドを29種類に絞り込むことに成功し、またこれらに変異を導入して、ウイルスの変異に対するT細胞側の反応を調べ、変異分子に対してもT細胞は反応することが可能であることなどを示している。今後この方法を用いてワクチンの設計なども行えると思う。
この方法をテストするため、HIV に対する反応をはじめ、さまざまな実験系が用いられているが、個人的に最も興味を引いたのは、膵臓ガンのガン抗原エピトープの特定実験だ。この実験では膵臓ガン患者さんの末梢血を膵臓ガンのオルガノイドで刺激、反応しているT細胞のエピトープを、膵臓ガンネオ抗原エピトープから設計したペプチドセットを発現する TScan-II でスクリーニングし、まだ機能がわからない分子由来の一つのペプチドが膵臓ガン抗原として働いていることを明らかにしている。
また、シェーグレン自己免疫反応に関わるペプチドの特定を試み、DDIAS および MTK1キナーゼ由来のペプチドを特定することに成功している。これらの分子は、唾液腺上皮に発言しており、さらに唾液腺上皮はクラス II MHC の発現が見られるので、これが自己光源として働いていることが明らかになった。
他にも口内細菌叢との関係など、面白い結果も示されているが、TScan-I および II の活用はこれからで、大きなブレークスルーになると期待している。