2019年11月、早期にアルツハイマー病(AD)が発症するプレセニリン遺伝子変異を持っているにもかかわらず、さらに脳にはアミロイドプラークが蓄積しているにもかかわらず、ADを発症しない70歳の女性が発見され、ADが抑制される理由がAPOE3のChristchurch型変異にあることを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/11677)。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、この変異をマウスに導入してAD抑制のメカニズムを詳しく検討した研究で、12月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「APOE3ch alters microglial response and suppresses Ab-induced tau seeding and spread(APOE3chはミクログリアの反応を変化させAβにより誘導されるTauの播種と伝搬を抑制する)」だ。
マウスAPOE3にChristchurch型変異を導入し(APOE3ch)、Aβが沈着しやすいように遺伝子改変したマウスを掛け合わせると、人間のケースと同じようにAD発症を抑えることが出来る。すなわち、症例を再現することが出来る。そこで、このマウスを詳しく調べて、APOE3chの作用を解析したのがこの研究になる。論文はマウスでの現象を解析し、細胞レベルの異常へと落とし込むことでメカニズムを明らかにするというスタイルになっているが、最初から結論を知った方がわかりやすいので、結論から述べる。
結論だが以下のようにまとめられる。
ミクログリアはアミロイドβにより活性化される異常Tauを貪食するのだが、TauとAPOE3が同じ受容体を使っているので、正常マウスの場合Tau取り込みが抑制される。勿論Tau異常症が起こらなければ問題はないが、Tau沈殿が始まるとこの問題がはっきりする。しかし受容体と結合力が低い変異を持つAPOE3chの場合、ミクログリアはより強くTauと結合できるので、Tau処理が適切に行われ、AD発症が遅れる。
この結論を頭に置いて、モデルマウスを見てみよう。まず、患者さんと同じで血中コレステロール異常が見られ、vLDLが上昇している。これは脂肪キャリアーを形成するAPOE3chが白血球のLDL受容体との結合力が低いため、コレステロールが血中からクリアされにくいからと説明できる。
次に、ヒト異常TauをAβ変異マウスの脳内に注射してTau異常症を誘導する実験を行うと、AβもTauもともに蓄積を強く抑制することが出来る。これはミクログリアの異常蛋白質処理能力の上昇で説明できる。実際、APOE3chマウスではアミロイドの周りのミクログリアの数が増え、活性化マーカーが発現している。
ただ、完全に説明できないのが、Aβ異常の存在するときだけ、異常Tauへの反応が高まっている点で、もしAPOE3chのLDL受容体への結合力低下だけなら、Tauだけでも処理して良いはずだ。おそらく、アミロイドによりミクログリアが活性化されることが異常Tau処理を活性化するからと考えられる。
事実、異常Tau貪食は骨髄白血球でも観察でき、またこの貪食はAPOE3を加えると抑制できる。すなわち、異常Tauの白血球への結合はAPOE3と同じレセプターを使っている。そして、APOE3の阻害活性はAPOEchでは強く低下しており、ミクログリア、APOE3、そして異常Tauの関係を再現できる。面白いのは、骨髄白血球のTau取り込みもアミロイドβの存在により活性化される。
また、アミロイドβで活性化された白血球の細胞内でのTau処理能力は強く、その結果、処理できずに遊離された異常Tauが病気を拡大させる危険性も減じる。
以上が結果で、ADではアミロイド、Tau、そしてAPOEが複雑に絡み合って発症することがよくわかる研究だ。いずれにせよ、ミクログリアを活性化し、Tauとの結合力を上昇させることで、AD発症を抑えることが出来ることが示されたことは新しい治療へとつながる。