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3月2日 40Hzの音と光でアルツハイマー病の進行を遅らせるメカニズム(2月28日 Nature オンライン掲載論文)

2024年3月2日
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アルツハイマー病(AD)モデルマウスに40Hzの光と音を1時間暴露するとアミロイドプラークの除去が促進され、認知機能の低下が抑えられるという驚くべき論文を紹介したのはちょうど5年前になる(https://aasj.jp/news/watch/9864)。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学の同じグループからの論文は、この現象が起こるメカニズムを詳細に検討した研究で、2月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Multisensory gamma stimulation promotes glymphatic clearance of amyloid(複数の感覚器へγ刺激を行うことでGlymphatic系によるアミロイドの除去を促進する)」だ。

タイトルにある Glymphatic は、脳内に形成された脳の老廃物を除去する脳脊髄液の循環系で、睡眠により促進され、またADでおこるアミロイド除去にも重要な役割を演じていると考えられている。同じグループの2019年の論文では、感覚神経を通して40Hzのγ波が中枢神経に発生すると、ミクログリアを活性することでアミロイドが除去される可能性が示されていた。しかし、最近になって Glymphatic の役割が明らかになったきて、ひょっとしたら40Hz刺激はこの系を活性するのではと着想したのだと思う。従って、この論文では最初から Glymphatic システムに焦点を当て40Hzの光と音の刺激の効果を調べている。

結果は期待通りで、40Hz刺激は脳脊髄液の流れを高め、アミロイドを除去する。そして、これが実際に Glymphatic システムに依ることを、液流をコントロールするアクアポリンノックアウトを用いて確認している。すなわち、Glymphatic が低下している場合、この刺激は効かない。また、この効果が80Hzでは全く出ないことも確認している。

さらに血管のライブイメージングを行うと、動脈の拍動の振幅が高まることで、さらに水の流れを促進していることを示している。

このように血管と Glymphatic をコントロール出来る脳細胞の候補は当然アストロサイトになるが、single cell RNA sequencing でアストロサイトの遺伝子発現を調べると、細胞膜上の蛋白質発現に関わる様々な遺伝子の発現が上昇し、その結果組織学的に Kcnk1 カリウムチャンネルが上昇するとともに、Glymphatic に重要なアクアポリン分子もアストロサイトの終足部への分布が促進されることを示している。

このようなアストロサイトの変化は勿論神経の40Hzの興奮に由来するので、最後に神経興奮とアストロサイトや血管の変化を綱部分子として、40Hz刺激で強く誘導される VIP と呼ばれる神経ペプチドが関わっていることを、ノックアウトや刺激実験で突き止めている。勿論、VIP だけではなく、40Hz興奮で様々な神経由来分子が分泌されると考えられるので、さらに検討が必要になる。

以上が結果で、半信半疑で紹介してきた研究も、メカニズムが徐々に明らかになると、かなり使えるのではと思えるようになった。

2019年の論文を紹介したとき、熊本の施設の看護師さんから、人間に使える可能性がないかと問い合わせがあった。ただその時は、人間での治験は全く出来ていないと伝えるしかなかった。

今回気になって人間への応用がどこまで進んでいるのか調べてみると、2編の論文が発表されていた。いずれも、3ヶ月は毎日1時間の刺激治療を問題なく受けることが出来、その結果、神経のネットワークが強まり、海馬の萎縮も遅らせることまで示されている。一編は同じグループだが、もう一編はジョージアテックからの論文なので、研究が拡がり始めた感がある。

最後にジョージアテックの論文で使われているシステムの写真を紹介しておく。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月1日 患者さんの反応するガンネオ抗原の発見を加速する(2月28日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024年3月1日
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自由診療でするとしても、我が国ではまだまだサービス体制が整っていないと思うが、ガンが蓄積した変異由来の新しい抗原を特定し、ワクチンや反応性のT細胞を使ってガンを征圧する、免疫学的に最もロジカルなテーラーメイドガン治療が、米国では少しづつ進んでいる。

ネオ抗原特定にはガンのゲノムを詳しく調べ、この中から抗原になりそうなペプチドを予測する必要がある。最近のアプリケーションの進歩で、状況は大分良くなってきたが、それでも後は運任せということも多い。というのも、予想したペプチド抗原に対する反応を全部調べるのは、実際の臨床では難しい。

今日紹介するサンディエゴの La Jolla 免疫研究所からの論文は、あらかじめT細胞が反応しそうな変異を、過去の患者さんのサンプルを用いて特定し、変異ペプチドのプールを作成しておいて、このプールに対する実際の患者さんの末梢血の反応を調べ、ネオ抗原を特定する可能性を示した研究で、2月28日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「A functional identification platform reveals frequent, spontaneous neoantigen-specific T cell responses in patients with cancer(機能的方法によりガン患者さんのT細胞反応を誘導する確率の高い自然変異を特定できる)」だ。

患者さん個人個人のガンから突然変異を特定する方法ではどうしても時間がかかる。そこで、多くのガンで発生しやすく、また多くの患者さんが反応するネオ抗原を前もって決めておき、プールしたそれらの抗原ペプチドに対する患者さんの反応をガン免疫の検査として使うというアイデアがこの研究のミソになる。

このために末梢血が凍結保存され、ガン組織のパラフィンブロックが得られる患者さんの保存サンプルの提供を受けている。そして、ガンのパラフィンブロックからエクソーム解析を行い、ガンだけに見られ、複数のサンプルで発見され、ガン細胞で発現している、など様々な条件にかなった変異を特定し、この変異をカバーする20アミノ酸からなるペプチドを、一つの変異について少しずらせた2本用意し、それぞれをプールして抗原として用いている。

この結果、機能的にも確認できるほぼ200種類のネオ抗原が特定され、この中からペプチドを選んでプールすることで、様々な患者さんのガンに対する反応を調べることが出来る。

こうして選んだネオ抗原ペプチドはトータルで754種類になるが、Ras 変異など、ガンのドラーイバー変異が多く含まれており、それぞれのペプチドに対する反応を確認すると、例えば Ras 変異に対してはCD8T細胞反応が誘導される一方、TP53 変異に関してはCD4 反応が誘導されることがわかった。

次にこうして前もって用意した754のペプチドに対する反応を13人の様々なガンの患者さんで調べると、血液が50ccあれば、ほぼ全ての人で反応する変異やペプチドを特定できること、そして754種類のうち199のペプチドのいずれかに13人の患者さんが反応したことを示している。

以上が結果で、754種類と最初からペプチドを絞り、それをいくつかのプールに集めて反応を見ることで、迅速にしかも機能的にネオ抗原を特定できることを示している。

具体的に臨床にどう使うか、ワクチンにするのか、T細胞を誘導するのか、これからの問題になるが、ネオ抗原は個人特有と考えてきた先入観を打ち破った点で大きく評価できると思う。ネオ抗原の利用に一歩近づいた。

カテゴリ:論文ウォッチ
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