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10月15日 一人の人間の脳を133日も記録し続ける(10月8日 Plos Biology オンライン掲載論文)

2024年10月15日
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私のように高齢になっても、脳は変化し続けており、今日の脳は昨日の脳と違っている。例えばニューラルネットを基盤した AI は、ある時点でネットワークの結合様態をフリーズできるかもしれないが、私たちにはそれは不可能だ。この日々変化する脳を捉えることができるか、ともかくやってみようと計画されたのが、今日紹介するフィンランド Aslto 大学からの研究で、10月8日 Plos Biology にオンライン掲載された。タイトルは「Longitudinal single-subject neuroimaging study reveals effects of daily environmental, physiological, and lifestyle factors on functional brain connectivity(一人の人間の脳イメージを長期間とり続けることで、毎日の環境や生理状態、そして生活スタイルの脳の結合性に及ぼす影響が明らかになった)」だ。

この研究のハイライトは、一人の人を19週間、週2回 MRI をとり続けて、脳の変化を調べたことだ。もちろん脳全体の変化を調べるのは簡単でない。そこで前頭前野内の結合性 (PFC) 、前頭側頭ネットワーク (FPN) 、デフォルトモードネットワーク (DMN) 、Cingulo-opercularネットワーク(CON) 、体性感覚運動野 (SM) など重要な回路に絞って結合性を「調べている。

被験者は、様々なウェアラブルモニターを装着し、毎日の心拍数や呼吸数の変化、睡眠の質などを調べるとともに、毎週質問に答える形でそのときのムードなどを調べている。

こうして得られた様々なデータの間での相関を徹底的に調べたのがこの研究だが、結果自体は少しわかりにくく、また驚きはなく、なるほどと納得するものだった。いくつかの例を以下に示す。

  1. 睡眠の質、特に睡眠中に動きが止まらない場合、注意を維持する課題を行っているときのDMN、SM、CONなど多くのネットワークの結合性が低下する。
  2. 睡眠の質や日常の活動性が一定しない場合、記憶課題を行っているときのDMN、FPN、CONの結合性が低下する。
  3. 睡眠の質とともに、心拍数など自律神経系の状態が振れる人は、安静時のDMN、FPNの結合性が低下する。
  4. 以上の相関は全て、脳内ネットワーク結合性に長期的効果を及ぼす。
  5. 一方で、書くネットワークの結合性の状態は、生活での活動性に強く影響し、結合性が低い場合、活動性が低下する。
  6. 自律神経系の変化は、特に安静時の結合性の変化につながる。

個々でそれぞれのネットワークの機能について、誤解を恐れず簡単に紹介すると、DMN は脳を自己に統括する機能、PFC は記憶や計画実行、FPN は認知と感情の調節、CON は注意や行動調節、そして SM は感覚と運動調節に関わるが、単純に決めつけない方が良い。従って、それぞれの結合性が低下していること、また短期や長期の効果があることの意義については、まだまだわからない。

結局、ともかくやってみることで、毎日脳は変化することを実感したというのがこの研究だろう。しかし面白いことを着想するものだ。被験者は33歳の健康な女性ということだが、よく協力してくれるものだ。

一見馬鹿げた研究だが、実際には人間の研究が進むべき方向を示しているように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月14日 膵臓ガンとガン周囲線維芽細胞間相互作用の分子組織学(10月8日 Cell オンライン掲載論文)

2024年10月14日
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ガンや炎症でエピジェネティック変化が起こり、それまで抑制されていたトランスポゾンなどの反復配列の一部が転写され、それが自然免疫を刺激し、ガンの増殖や免疫に大きな影響があることが知られている。例えば、新しいガン抗原ができて、自然炎症を起点にガンに対する免疫反応が起こると、ガンの進行抑制に働くが、最近ではガンの上皮間葉転換を促し、浸潤や転移を促進することも報告されている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、内容としてはこれまで示されてきた反復配列転写によるガンとガンの環境変化を扱っているが、組織レベルでがんと周囲組織を調べたという点では全く新しい研究で、10月8日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Disruption of cellular plasticity by repeat RNAs in human pancreatic cancer(ヒト膵臓ガンの反復配列由来RNAは細胞の可塑性を破壊する)」だ。

この研究のハイライトは、膵臓ガン組織を CoxMx と呼ばれる in situ hybridization を何度も繰り返して細胞レベルで転写を調べる方法で、LINE、ORF、HSAII など数種類の反復配列由来RNAとともに、他の転写RNAを調べ、反復配列がどこで発現しているかを克明に調べた実験で、膵臓ガンが反復配列転写レベルが最も高いこと、線維芽細胞や血液系の細胞では大体半分程度しか検出できないことを示している。

このような反復配列転写物はエクソゾームを介して回りに伝搬されることが知られているが、実際膵臓ガンを中心にその検出レベルが低下するパターンが観察される。そして、LINE を反復配列転写物の指標として、ガン周囲線維芽細胞の転写を調べると、反復配列の高い線維芽細胞は、筋繊維型から炎症型へシフトすることを示している。

あとは、これまでの研究と同じで、エクソゾームを介した膵臓ガンとガン組織の線維芽細胞との相互作用を、主に試験管内の実験で調べている。

まずほとんどの反復配列転写物は筋繊維型線維芽細胞を炎症型に変化させる。ただこれだけで止まらず、膵臓ガン周囲の線維芽細胞の培養上清を膵臓ガンに加えると、膵臓ガンの上皮間葉転換を誘導することができる。このように、ガン組織でガン細胞と周囲線維芽細胞が相互作用を行い、悪性化を進めている。

さらにエクソゾームの中に反復配列転写物が存在することで、一種のウイルスに対する反応が誘導され、これにより誘導されるインターフェロン反応が、線維芽細胞だけでなく、膵臓ガン細胞にも影響を及ぼす。

これまで、いくつかのグループにより膵臓ガンの上皮間葉転換を誘導できるのは、2重鎖をとりやすいセントロメア付近の反復配列であることが知られている。従って、反復配列転写物の中で2重鎖をとりやすい HSAII などは、膵臓ガンと線維芽細胞で異なる反応を誘導し、インターフェロン反応と協調してより複雑なガン組織を形成してしまう。

本来なら、この点こそ組織学的に調べてほしかったのだが、データはあるはずなのに詳しい組織学的解析はできておらず、上皮間葉転換が起こったガンで HSAII が高いという従来の結果を確認するのにとどまっている。他にも、同じ反復配列転写物に対して、膵臓ガンと線維芽細胞では使っているシグナル経路が異なっていることも示している。

いずれにせよ、反復配列転写物の出所が膵臓ガン自体だとすると、このシナリオはなかなか理解しがたい。このような研究を組織レベル、単一細胞レベルでできるようになったのは素晴らしいので、組織データに絞った解析をしてほしかったと思う。しかし技術は着実に進んでいる。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月13日 気になる抗体治療2題(10月8日 Cell オンライン掲載論文他)

2024年10月13日
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今日は将来有望と思われる抗体治療論文2編を紹介する。

最初は、ロッシュ社研究所から論文で、パーキンソン病でプリオンのように働いて神経細胞を傷害する凝集シヌクレインに対する抗体を用いた治験で10月8日Nature Medicine にオンライン掲載された。

アルツハイマー病で現在使われている抗体はアミロイドβのように細胞外に蓄積する分子なので、抗体さえ届けば進行を遅らせられることはわかるが、Tauやシヌクレインは細胞内で作用すると考えられ、抗体治療の可能性は少ないと考えられていた。しかし、Tauでも抗体が細胞内で分解を促進したりすることがわかってきており、当然シヌクレインに対する抗体も、神経細胞間の伝搬だけでなく、神経を保護する可能性も十分ある。

実際、凝集シヌクレインに対する抗体を用いた小規模治験が行われており、効果が見られている。この研究はその延長で、厳密にコントロールされた第二相治験での症状に関する効果を中間報告したもので、4年の経過を調べている。この研究の特徴は最初から抗体治療を受けた人と、最初は偽薬で、1年目から抗体治療にスイッチした患者さんでの効果を調べている。

結果は極めて有望で、運動機能障害の進行を抗体投与により強く抑制できると結論している。ただ、ドパミントランスポータSPECT検査では、脳画像上の改善は見られていない。従って、今後さらに長期の経過が調べられる予定だが、有望だと思う。

次は Vir Biotechnology とワシントン大学、ユタ大学からの論文で、Covid-19の原因ウイルスSARS-CoV-2(CoV2)は言うに及ばず、なんとほぼ全てのコロナウイルスの感染を抑制できるモノクローナル抗体の開発で、10月8日 Cell にオンライン掲載された。

これまでも、突然変異体も含めて多くのコロナウイルスをカバーできる抗体の開発が進められてきた。この研究では、最初の武漢株ワクチンを受けた後、オミクロンに感染した患者さんから分離したB細胞が分泌している抗体遺伝子を分離、それを Cov2、CoV1 を含む様々なコロナウイルスパネルと反応させ、広く反応する抗体を選び、これを酵母に発現させて変異を誘導し、その配列を機械学習で選択することで、最終的に調べたほとんどのコロナウイルスに反応できる VIR-7299 を選んでいる。

たしかにコウモリに存在するいくつかのウイルスの中には反応しないものもあるが、現実的にほぼ全てをカバーできると言っていい。

また、多くの変異体について調べても、これまで知られているCoV2変異体はほぼ全てカバーできている。さらに、VSVウイルスを用いた感染システムで、抵抗性の変異体の出現を見ても、これまでの抗体と異なり、ほとんど抵抗性の変異が現れない。

なぜこのような特徴を持つに至ったかを、構造的に解析している。詳細を省いて、わかりやすく言うと、まずウイルスの受容体結合部位に、抗体の3つの可変部分全てを使って結合し、しかも結合部位の構造を決める分子の骨格に直接結合して、抑制を行っている。この骨格は感染に必須であるため、変異が起こりにくい。さらに、多くのアミノ酸と水素結合を形成していることから、親和性も高い。

結果は以上で、明日からでも治験を行って、将来の新しいコロナパンデミックの備えとしてほしいものだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月12日 体細胞突然変異の統合失調症への寄与(10月11日 Science 掲載論文)

2024年10月12日
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統合失調症の遺伝性は高く、一卵性双生児の場合5割の一致率がある。またゲノム研究から、100を超すコモンバリアントがリスク多型として特定されており、これに加えて病気の発症を強く後押しする希な遺伝子変異も特定されている。しかし、ガンと異なり体細胞で新たに生じる突然変異の研究はほとんど行われていない。これは、ガンと異なり変異が細胞の増殖につながらないため、検出が難しいので、脳組織で体細胞突然変異を特定できても、それは発生の早い段階で起こり、細胞のモザイク構成につながる変異に限られる。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、61人の統合失調症の解剖で得られた脳から特定の神経細胞を集めて、そのゲノムを詳しく解析し、体細胞突然変異を特定し、統合失調症でみられる特徴を探った研究で、10月11日 Science に掲載された。タイトルは「Somatic mosaicism in schizophrenia brains reveals prenatal mutational processes(統合失調症で見られる脳細胞のモザイクは発生前の突然変異を明らかにする)」だ。

統合失調症の脳細胞から核を取り出し、50万個から100万個の核から得られるDNAを、平均239カバー率で全ゲノム解析し、一塩基変異や、コピー数の変異などを特定している。繰り返すが、突然変異はあらゆる細胞で起こっているが、ガンのようにその細胞が増殖しない限り、検出するのは難しく、200カバーレートから発見できるのは、変異が発生した後、細胞が一定期間増殖する発生時期に限られてしまう。そして、このような変異は、病気にかかわらず誰でも持っている。

実際、統合失調症と正常人の脳を比べても、検出できる一塩基変異の数はほとんど変わらない。しかし、変異の場所を遺伝子発現調節因子の結合サイトとの距離でプロットしてみると、統合失調症では結合部位に近い場所の変異頻度は正常の数倍にも上昇する。すなわち、転写調節サイトに近い体細胞突然変異が発生期に生じると、統合失調症になりやすいことを示している。

次に、そのときの変異の種類を調べると、メチル化DNAが脱メチル化された後、再度メチル化を受ける発生初期に生じた変異のタイプが目立っている。すなわち、受精後いったん失われたDNAメチル基が細胞分化とともに再構成される着床期に起こった変異が、統合失調症のリスクを形成していることがわかる。

さらに、体細胞で検出できる一塩基多型は、各個人にユニークで、発ガンに関わる場合以外は繰り返して観察されることはないが、調べた統合失調症61人で、3回繰り返した同じ場所の同じ一塩基多型を発見している。この変異のタイプから、除去修復機構の異常が関わることが推察できるが、それ以上の解析はできていない。しかし、この部位の変異が統合失調症リスクとして関わることが強く示唆される。また、除去修復の低下が背景として統合失調症のなりやすさに関わる可能性が示唆される。

最後に細胞株にマーカー遺伝子を発現させる系で、変異部位の遺伝子発現調節活性を調べて、実際にエンハンサー活性が多型で異なることを機能的に確認し、今回統合失調症特異的として特定してきた一塩基多型の中に、確かに病気発症と関わるリスク変異が含まれていることを示している。

結果は以上で、大変な研究とはいえ統合失調症の理解に大きな光が差したというわけではない。しかし、特定の変異が統合失調症で選択されていることを見ると、ガンと同じで体細胞突然変異の寄与も調べることが必要だと実感する。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月11日 トリプルネガティブ乳ガンを殺す新戦略(10月9日 Nature オンライン掲載論文)

2024年10月11日
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PI3K は様々なガンの増殖に重要な働きをしていることが知られており、当然副作用が予想されるものの、乳ガンでは使用が始まっている。ただ、治療の方法が限られ予後が悪いトリプルネガティブ乳ガンでは PI3K 依存度が低いとされている。今日紹介するハーバード大学からの論文は、このイメージを覆し、トリプルネガティブ乳ガンでも PI3K のさらに下流にある AKT を標的にし、細胞の分化を促す阻害剤と組み合わせることで、殺すことができることを示した面白い論文で、10月9日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「AKT and EZH2 inhibitors kill TNBCs by hijacking mechanisms of involution(AKT と EZH2 阻害剤の併用は乳腺退縮経路をハイジャックしてトリプルネガティブ乳ガンを殺す)」だ。

EZH2 はポリコム遺伝子の一つでヒストンを抑制型にメチル化する酵素で、細胞の分化特性を決定している。この研究の結論は、EZH2 阻害剤で分化のエピジェネティックプログラムを変化させ、そこに PI3K シグナル下流の AKT 阻害剤を組み合わせると、さすがのトリプルネガティブ乳ガンも殺されるということだが、このときの細胞が死ぬまでの過程を克明に調べた点が最も面白い。

まず実際の臨床サンプルも含めてトリプルネガティブ乳ガン細胞の多くが EZH2 阻害剤、AKT 阻害剤の単独ではほとんど変化ないにもかかわらず、両方を併用すると死んでしまうことを確認した上で、阻害剤による転写の変化を調べ、両方の阻害剤が存在するときだけ GATA3 や ELF3 のような乳腺上皮への分化に必要な遺伝子が発現し、それまで間質細胞様形態をとっていたトリプルネガティブ乳ガンが乳腺上皮型に変化することを明らかにする。

一般的に EZH2 阻害によって細胞分化が変化するので、それだけで十分かと思うが、実際には AKT 阻害も必要になる。この原因を探っていくと、乳腺上皮への分化に必要な GATA3 のクロマチン構造が EZH2 阻害剤でオープンになるものの、この部位に結合して GATA3 遺伝子発現を誘導する FOXO1 が AKT によりリン酸化されていると、核内に移行せず、GATA3 の発現が抑制されたままになること、そして AKT 阻害によりこの抑制が外れ始めて GATA3 が誘導され、乳腺上皮型へと分化することを明らかにする。

次に、分化した細胞がどうして死んでしまうのかということのメカニズムを解析し、両方の阻害剤が存在すると、正常過程で乳腺が退縮するときに細胞死を誘導する BMF が発現し、細胞死が誘導されることを発見する。この過程をさらに探ると、EZH 阻害と AKT 阻害で、通常の乳腺退縮時に使われるシグナル、すなわち IL-6、JAK1、STAT3 シグナルが活性化し、BMF を誘導して細胞死を誘導していることがわかる。

最後になぜ EZH2 と AKT 阻害でこの経路が動くかをさらに探ると、おそらく EZH2 阻害により抑制が外れたレトロトランスポゾンが、細胞内炎症システム STING-TBK1 を活性化し、IL-6 を誘導する可能性を示している。この結果を受けて、両方の阻害剤が効かなかったトリプルネガティブ乳ガンに GATA3 遺伝子を過剰発現させ、STING を刺激してやると、EZH2 と AKT 阻害剤で殺せることを明らかにしている。

結果は以上で、細胞の分化は極めて複雑に調節され、それを完全に解明することで、ガンを正常の分化経路に乗せて殺すことが出来ることを示した重要な研究だ。これまで、白血病を分化させて抑える研究が広く行われてきたが、この研究によって、例えば卵巣ガンや前立腺ガンの悪性型も同じように制御できる可能性が生まれたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月10日 ALSの異常細胞だけで遺伝子発現を誘導する(10月4日 Science 掲載論文)

2024年10月10日
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ALS では RNA 結合タンパク質の一つ TDP-43 の軸索欠損が高い頻度で観察され、病気発症に深く関わることが知られています。TDP-43 はスプライスに関わり、例えばシナプスタンパク質や軸索伸長に関わるタンパク質のスプライシングの異常は、ニューロン編成を誘導します。さらに異常 TDP-43 はリン酸化され細胞質内で凝集して細胞毒としても働きます。従って、TDP-43 の正常機能を取り戻すことは ALS 治療の重要な課題ですが、例えば TDP-43 を遺伝子導入すると、正常細胞にも導入され、スプライシングが狂って異常の原因になります。

今日紹介するロンドン大学からの論文は、TDP-43 が欠損した細胞だけで遺伝子発現が起こる遺伝子導入システムを開発して、ALS を治療しようとす試みで、10月4日 Science に掲載された。タイトルは「Creation of de novo cryptic splicing for ALS and FTD precision medicine(ALS と前頭側頭痴呆を新しい隠れスプライシングを使って知慮する)」だ。

多くの遺伝子には cryptic splicing と呼ばれる、普通は除去される領域を含んだ mRNA ができることがある。これはスプライシング機構に様々な分子が異なるアンサンブルで参加するためで、TDP-43 が欠損すると、例えば AARS1 遺伝子クリプティックスプライシングにより異常タンパク質になってしまう。この研究では、まず AARS1 遺伝子のクリプティックスプライシングに関わる部位を逆に利用して、TDP-43 が欠損している場合だけ機能的な mRNA が形成され、遺伝子が発現されるシステムを完成させている。

次に、深層学習で cryptic splicing パターンを学習させ、TDP-43 欠損でだけ cryptic splicing が成功して遺伝子発現を誘導できる小さなカセットを完成させ、これをマーカータンパク質に組み込んだ遺伝子をアデノ随伴ウイルスベクターで TDP-43 をノックアウトした ALS モデルマウスに導入すると、異常が起こっている運動神経だけで導入遺伝子が発現することを確認している。

同じように、遺伝子編集に用いる CAS9 なども、TDP-43 が欠損した細胞だけで発現することを確認して、最後に TDP-43 機能を取り戻す実験を行っている。

ALS 細胞で TDP-43 機能を回復する目的で、現在 TDP-43 に、同じスプライシングに関わる RAVER1 遺伝子を融合させた分子を使う方法が有望視されている。これにより TDP-43 の正常機能が戻るだけでなく、TDP-43 を核内に再誘導することも知られている。ただ、これが正常細胞に導入されると当然スプライシングが狂う。

そこで、TDP-43 と RAVER1 の間に TDP-43 欠損時の cryptic splicing により機能遺伝子ができるカセットを組み込んで TDP-43 機能回復が可能かを調べ、欠損により起こる cryptic splicing によって起こるいくつかの異常遺伝子の出現を完全に抑えられることを示している。

結果は以上で、スプライシングを理解していないとわかりにくい話だと思うが、ALS の遺伝子治療に向けた大きな前進だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月9日 Tuft 細胞の多様な機能(10月2日  Nature オンライン掲載論文)

2024年10月9日
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上皮の多様性の極みは何度も紹介した体中のタンパク質を発現できる胸腺上皮だと思うが、様々な臓器には、その機能を支えるべく多様な機能を発揮する上皮細胞が存在する。中でも免疫学から見たとき、腸上皮に埋め込まれた繊毛の束 (Tuft) を持つ Tuft 細胞は上皮とは思えない機能を有している。

まず、最も重要な機能は寄生虫などの外来病原体を感知して IL-25 を分泌する。このサイトカインは ILC2 と呼ばれる樹状細胞に働いて、2型アレルギー細胞を刺激する。しかも、2型アレルギー細胞から分泌される IL-4 や IL-13 は、Tuft 細胞に働いて増殖を誘導する。一方で、2型アレルギーは IgE 産生に関わり、マスト細胞を介して寄生虫除去に寄与する。このように、免疫システムを局所にとどめ、極めて巧妙な閉じた回路が Tuft 細胞と免疫系により形成されている。

今日紹介するユトレヒト大学、腸管幹細胞研究をリードしてきた Hans Clevers 研究室からの論文は、Tuft 細胞の分化と増殖を自由にコントロールする培養系を用いて、Tuft 細胞の知られざる幹細胞機能について明らかにした研究で、10月2日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Tuft cells act as regenerative stem cells in the human intestine(Tuft 細胞はヒト腸管の再生に関わる幹細胞として働いている)」だ。

この研究ではまず腸上皮細胞の single cell RNA sequencing 解析から Tuft 細胞の分子マーカー AVIL を特定し、腸上皮のオルガノイド培養を用いて、まず Tuft 細胞の分化に Wnt シグナルが必須であることを示し、Tuft 細胞が腸管幹細胞とともにクリプトに存在する理由を明らかにしている。

先に述べたように、Tuft 細胞は IL-4 / IL-13 シグナルで増殖することが知られているので、オルガノイド培養でこれを確かめるとともに、Tuft 細胞特異的表面マーカーとして KIT が使えることを発見する。そして、このマーカーを使って Tuft 細胞を分離し、IL-4 / IL-13 が Tuft 細胞に直接働いて増殖を誘導すること、そして Tuft 細胞が4種類のサブセットに分けることができることを示している。

免疫系から見ると、タイプ2 とタイプ4 の Tuft 細胞が重要で、タイプ2 細胞はプロスタグランジンやロイコトリエンなどの脂質を合成して炎症調節に関わり、タイプ4 が免疫系の調節に関わることがわかる。また、それぞれのサブタイプへの分化に関わる転写因子も特定しており、T細胞が転写因子により様々なタイプに分かれるのと同じように、Tuft 細胞も多様化することで様々な機能に対応できている。

そしてこの研究のハイライトは、一個の Tuft 細胞から腸のオルガノイドを形成することができることを示したことだ。これは IL-4 / IL-13 非存在下でも可能で、Tuft 細胞が幹細胞として機能できることを示している。

最後に、オルガノイドを放射線照射で傷害する実験系で、IL-4 / IL-13 により Tuft 細胞の増殖を活性化することで、回復が高まることを示し、IL-4 / IL-13 が免疫系だけでなく、腸上皮の損傷治癒にも関わっていることを明らかにしている。そして、急速に腸上皮が発達する胎児期にも、Tuft 細胞が幹細胞の働きをして、本来の幹細胞を助けていることを明らかにしている。

以上が結果で、神経や免疫系とも近いTuft細胞の幹細胞としての正確を明らかにする重要な研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月西川伸一のジャーナルクラブ:今年のノーベル医学生理学賞解説

2024年10月8日
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今年のノーベル賞はマイクロRNAの発見でアンブロスとラヴカンに授与されました。マイクロRNAについては、多くの研究者によく知られていると思いますが、発見に至る有名なドラマとともに、メカニズムや、現在の研究状況をまとめてみます。

10月14日 午後7時半からZoom開催、その後Youtube配信しますが、直接参加したい方は連絡ください。

カテゴリ:セミナー情報

10月8日 複雑な染色体構造変化の精神疾患への影響(9月30日 Cell 掲載論文)

2024年10月8日
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解読されたヒトゲノムの数は指数関数的に高まっており、最近では10万人以上を対象としたゲノム研究も珍しくなくなった。この背景には、long-read のようなハードウエアの発展だけでなく、大規模データ処理の様々な方法が次々と開発されてきたことが大きい。データ処理法の詳細をほとんど理解しない私にとって、この分野を理解するハードルは高くなったが、しかし詳細を飛ばして読んでいくと、ともかく面白い分野だと実感する。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、データ処理の中でも最難関の short-read データからゲノム上の複雑な構造変化を特定する方法を開発し、複雑な構造変化を大きな集団で調べることで、人間進化から病気に至るまで様々なことを理解できることを示した研究で、9月30日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Detection and analysis of complex structural variation in human genomes across populations and in brains of donors with psychiatric disorders(複雑なゲノム構造多様性を多くの人間集団と、精神疾患の脳で検出し解析する)」だ。

ゲノム上の重複、転座、欠失、挿入などは構造変異として、点突然変異から区別されるが、大きな領域に及ぶので、染色体を完全再構成する必要があり、困難な課題だったが、情報科学の進展により様々なタイプの構造変異が特定できるようになっている。この研究では構造変異の中でも、一つのストレッチの中のゲノム部分が切れて入れ替わったり、さらに重複や欠損が繰り返されたりした複雑な構造変異 (cxSV) を特定するための、生成AIモデル ARC-SV を開発している。

この方法のパーフォーマンスを検証したあと、4363人の世界中のゲノムを解析し、8493種類の cxSV を特定し、それぞれを分類、解析している。

cxSV は頻度が高い common cxSV とまれにしか存在しない rare cxSV に分けられ、rare cxSV の8割以上が一人の個人だけに存在する。このうち common cxSV はその集団の体脂肪や血液浸透圧に関わる集団の特異性を決める遺伝子と連関している。

一方、rare cvSV は重なる遺伝子に強い影響があるため、選択されてしまい集団内でほとんど維持できない。

cxSV が起こりやすいゲノム領域を調べると、これまで DNA 切断が起こりやすいホットスポットと強く連関している。これほど複雑な構造変異には何回も DNA 切断が必要なことを考えると当然だと思う。

これまでゲノム構造変異は進化への貢献度が大きいことが知られている。そこで、ボノボと人間で大きく変化した領域と、cxSV が起こる領域を比べると、特に rare cxSV が人間独自の進化を遂げた領域と重なる。cxSV 自身は生存可能性を低下させる変異が多いが、しかしこのような変化が人間独自の進化を促進してきた。

最後に、双極性障害や統合失調症の脳のゲノムから cxSV を抽出すると、特に rare cxSV はシナプス接合や神経投射に関わる遺伝子と重なる。一方、common cxSV ではこのような神経特異的な相関は見られない。そして、保存されている精神疾患の患者さんの脳から単一核を取り出し、single cell RNA sequencing や ATAC-seq を行って、cxSV の影響を調べると、精神疾患特異的 rare cxSV の多くが様々な形で、重なる遺伝子発現を低下させることを明らかにしている。

以上が結果で、最も進化の推進役となる、変異が起こりやすい場所で起こる複雑な変異が、人間への進化を推進するだけでなく、人間の精神の変化に大きく関わることがよくわかる面白い論文だ。おそらく、このような精神の多様性が、人間の進化を推進してきたのだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月7日 CDK9 キナーゼをガン抑制に利用する(10月4日 Science 掲載論文)

2024年10月7日
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タンパク質リン酸化を誘導するキナーゼは、発ガンにも大きく関与していることから、様々な阻害剤が開発され、分子標的薬の主流になっている。こうして開発されたキナーゼ阻害の化合物は、このブログで何度も紹介しているように、例えばタンパク分解システムを引き寄せて、キナーゼそのものを分解してしまうためにも使われる。とはいえ、基本的にはキナーゼの機能を阻害することが目的になる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、CDK9キナーゼ阻害剤を使って CDK9 を特定の領域にリクルートしたあと、同じ CDK9 を今度は本来の機能のキナーゼとして使うという、直感的にわかりにくい創薬の可能性を示した研究で、10月4日 Science に掲載された。タイトルは「Relocalizing transcriptional kinases to activate apoptosis(転写に関わるキナーゼの局在を変化させて細胞死を活性化する)」だ。

この研究が標的にしたキナーゼは CDK9 で、主に cyclinT1 と結合して RNAポリメラーゼのセリン2部位をリン酸化して、転写のスウィッチを入れる。この CDK2 を、転写が BCL6 により抑制されている部位にリクルートして、直接 RNAポリメラーゼを活性化することが、この研究の目的になる。このとき、転写を抑制している分子として選んだのが BCL6 で、B細胞白血病の一つのタイプ、びまん性大細胞型Bリンパ腫の原因遺伝子の一つで、細胞死に関わる様々な遺伝子を抑制することで白血病の増殖を助けている。

もし CDK9 を BCL6 結合部位にリクルートできれば、その場所でだけ RNAポリメラーゼを活性化して転写の抑制を外すことが期待できる。ただ問題は、これに使える CDK9結合化合物は現在のところキナーゼ活性阻害剤なので、BCL6結合部位にリクルートできても、阻害されたままだと利用できない。

この研究では、理屈は後にして、BCL6結合化合物とCDK9阻害化合物を結合させ、BCL6 を発現するリンパ腫を殺せる化合物を探し、CDK-TCIP1 と名付けた化合物を特定している。

生化学的に調べると、この化合物により BCL6結合部位に CDK9 とそれに結合する分子がリクルートされること、その結果その部位に存在する RNAポリメラーゼのセリン2 がリン酸化され、BCL6 によって抑制されていた転写が活性化されることを確認している。

この活性に CDK9 のキナーゼ活性は必須なので、BCL6結合部位にリクルートされてきた CDK9 の一部は阻害剤から離れて、そこで近くの RNAポリメラーゼをリン酸化し、転写を活性化していると考えられる。その結果、アポトーシスに関わる分子が転写され、細胞死が誘導されると考えられる。

最後にこうしてできた化合物の生体内での活性を調べている。まずこの化合物を、薬剤として使える様な修飾を加えた後、マウス腹腔に投与すると、見事にリンパ節の胚中心の形成を抑えることを示している。BCL6 は胚中心形成に必須の分子であることが知られており、この結果は免疫反応時に B細胞の細胞死が誘導され、免疫記憶が形成されないことを示している。

結果は以上で、残念ながら、生体内に移植したリンパ腫を阻害できるかどうかは示されていないが、胚中心阻害実験から、最初想定した機能を持つ化合物ができたことは間違いない。リンパ腫となると、CDK9 だけでなく、同じ機能を持つキナーゼも使われている可能性があるので、いくつかの化合物を合わせて使う必要があるかもしれない。いずれにせよ、BCL6結合部位特異的に転写誘導を起こすことから、CDK9阻害剤だけと比べると、副作用は少ない。また、胚中心阻害活性は、自己免疫病の阻害剤としても使える。

いずれにせよ、阻害剤を活性化剤として使うという面白い発想の研究だ。

カテゴリ:論文ウォッチ
2024年11月
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