今日紹介するオランダライデン大学とハーバード大学からの論文は、口内の常在菌で歯周プラーク内に存在する Corynebacterium matruchotii (C.m) の分裂の不思議な様式を示した研究で、9月3日米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Tip extension and simultaneous multiple fission in a filamentous bacterium(糸状細菌で見られる先端の伸長と同時に複数の箇所で起こる分裂)」だ。
『5-Formylcytosine is an activating epigenetic mark for RNA Pol III during zygotic reprogramming(5-フォルミルシトシンは胚のリプログラミング時に RNA Pol III を活性化するエピジェネティック標識として働く)』とタイトルを見て驚いた。ゲノムのシトシンメチル化、あるいはハイドロオキシメチル化は知っていても、フォルミル化とは初耳だった。
早速調べてみるとメチル化されたシトシンがまず Tet により酸化されてハイドロオキシメチルになるが、これがさらに酸化されるとフォルミルシトシンになる。すなわち、メチル化を外す Tet の作用で出てくる中間体で、最終的には thymine DNA glycosylase により修飾を受けないシトシンに戻す過程で発生する。
そこで メチル化DNA、ハイドロオキシメチル化DNA、そして 5fC をそれぞれ免疫沈降すると、Pol III はほとんど 5fC だけと共沈することから、Pol III により転写されている場所を指示する標識になっていることがわかる。
Pol III は tRNA や 5S rRNA など小さな RNA の転写に関わることが知られているが、どのゲノム領域がフォルミル化され Pol III 作用の標識になっているのか、フォルミル化された領域を抗体で精製した調べると、tRNA が並んでい短い領域が集中してフォルミル化されており、DNA修飾ではまだメチル化されているものの、ヒストン標識ではすでにオープンになっている領域であることがわかった。
以上のことから、発生初期元々 DNAメチル化により転写が抑えられているとき、母親の mRNA から胚自体の mRNA へのスイッチが起こり、このとき Tet が発現しメチル基を除去しにかかるが、thymine DNA glycosylaseの発現がまだ起こらないため、メチル基が完全除去に進まないギャップ時期に、特に翻訳に必須の Pol III による tRNA の転写を急いで進めるための特異的な機構として進化したといえる。
最後にマウスの初期発生でも Pol III と5fC の局在が一致することを示して、この現象がアフリカツメガエルだけではなく、哺乳動物でも存在すると結論している。
今日紹介する米国ペンシルバニア大学からの論文は、CARTが抗原に出会って最初に分裂したときに発生する細胞運命の非対称性に注目した研究で、8月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Fate induction in CD8 CAR T cells through asymmetric cell division(CD8CART細胞は非対称分裂により運命が決定される)」だ。
Single cell RNA sequencing を行い、遺伝子発現をそれぞれの細胞で調べると、ガン側と反対側で転写因子の発現、細胞表面分子の発現ではっきりと分かれており、それぞれの発現は非対称分裂時に非対称に分布した分子と非対称分裂の結果転写自体が変化して発現パターンが異なった転写因子の両方が存在する。
昨日に続いてアルツハイマー病 (AD) 論文を紹介する。今日紹介するイスラエルヘブライ大学と米国コロンビア大学からの論文は、亡くなった AD患者さんの465例の脳標本から核を単一レベルで取り出し、単一核毎に発現 RNA を解析して AD への軌跡を明らかにしようとした研究で、8月28日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cellular communities reveal trajectories of brain ageing and Alzheimer’s disease(細胞コミュニティーにより脳老化とアルツハイマー病への軌跡が明らかになる)」だ。
AD標本の single nucleus sequencing (snRNAseq) についてはおそらく何編も論文が発表されていると思う。ただ、ほとんどの場合アルツハイマー病でどの細胞集団が上がっているといった結果を提出するので終わっている。一方、この研究では snRNAseq データをまず AD の時間経過と対応させたあと、今度は一人一人のデータをこの軌跡に重ねることができる解析方法を開発し、AD の病気の経過を再定義しようとする研究で、AD への軌跡を求めるという意味で包括的で新しい。
まず456人のコホート参加者の single nucleus 160万個を解析し、95種類の細胞集団に分けている。456人という大きな数だが、各個人では大体3000個の核に相当する。参加時点では全員認知症状はないが、64%が死亡後の組織検査で AD と診断され、そのうち36%は AD型認知症、そして26%が軽度認知症と死亡時には診断されている。
まず95種類の集団を AD のステージに改めて分類し直し、アミロイドβ 蓄積、異常Tau 出現、そして認知症状へと進む過程を、2種類のミクログリアと、1種類のアストロサイト、そして1種類のオリゴデンドロサイトで AD の軌跡を定義することができることを示している。すなわち、アミロイド蓄積が始まる前からミクログリア1が働き、蓄積が始まるとミクログリア2が上昇、その後異常Tau がたまり始めると、アストロサイト1が上昇、最後にオリゴデンドロサイト1が上昇すると認知症が始まるという軌跡だ。
一方 AD と診断されなかった集団には、認知症と診断されていてもこの3種類の細胞が中心となる軌跡は全く見られない。すなわち、老化に伴う2種類の軌跡があり、そのうちの一つが AD の軌跡で、この AD経路はこれまで研究されてきた AD の分子機構ともほぼ一致するという結果だ。
これは AD とそれ以外を層別化した結果だが、これらの軌跡をベースに個人レベルの single nucleus データを重ねる BEYOND という解析システムを開発し、2種類の軌跡の上に個人データをプロットできるようにしている。その結果、最初は脳のホメオスターシスを維持する細胞コミュニティーが老化とともに低下し始めるが、ここで APOEタイプに影響を受ける脂肪をためたミクログリア1へとスイッチすると、アミロイドの蓄積を防げなくなり、アミロイドがたまり始めるという、それぞれキーになる細胞の機能的側面も推定できるようになる。他にもミクログリア2が上昇すると、Tau とは無関係にアストロサイトが高まり、認知症へと進むことなども想定できる。
アルツハイマー病の新しい治療モダリティーの開発が急速に進んでいるように思える。いくつかについてはこの HP で紹介するとともに、Youtube で紹介した。このように様々なモダリティーのある中で、アミロイドβ を標的とする治療に続く最もストレートな標的は Tau だろう。ただ、Tau の場合基本的には細胞内で凝集して悪さをするため、遺伝子治療がまず穿孔しているように思う。例えば昨年4月に紹介した Tau アンチセンス治療は第一相治験に進んでいる(https://aasj.jp/news/watch/21969)。 細胞内に到達できない抗体治療も研究が進んでいる。というのも抗体と結合した細胞外 Tau 凝集塊は抗体と結合することで神経細胞内に取り込まれ、TRIM21ユビキチンリガーゼシステムを介して凝集 Tau を分解することが報告されたからだ(https://aasj.jp/news/watch/21828)。その結果、抗体を細胞内に取り込まれるナノ粒子に詰め込んで治療を行う試みがつい最近報告され紹介した(https://aasj.jp/news/watch/24763)。
今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、抗体もユビキチン系も全てまとめて遺伝子導入して細胞内の凝集 Tau を分解する治療法開発で、8月30日号 Science に掲載された。タイトルは「Aggregate-selective removal of pathological tau by clustering-activated degraders(病理的凝集 Tau 特異的に活性化されるタンパク分解システム)」だ。
これまで Tau に対する抗体が細胞内に入ると、Trim21 が集合体を形成し、これがユビキチン化され Tau にプロテアソームをリクルートすることが知られていた。そこで、この活性化に必要なドメイン (RD) に直接H鎖抗体(ナノボディー)を結合させ、凝集 Tau に結合したときに RD 同士が結合し、活性化、ユビキチン化される遺伝子を設計した。
元々数理が苦手なので私自身はどうしても敬遠する傾向にあるのだが、生命現象を力学系で説明する研究は多い。中でも小さな違いで大きな変化が起こるカオスの概念や、時間経過とともに一定の状態に収束するアトラクター概念は、我が国でもよく議論されていたのを覚えている。引退後、論文を通してだけ研究世界を見るようになってからは、私が敬遠しているせいか、ほとんどアトラクターについての論文を目にすることはなかった。ところがこの1-2週間、神経科学で Nature に2報、Cellに1報、ホルモンや神経ペプチドにより調節される行動の持続性をアトラクターで説明する論文を相次いで目にした。そこで苦手を顧みず、どんな研究が行われているのかカリフォルニア工科大学が8月27日 Cell にオンライン発表した論文を取り上げることにした。タイトルは「A line attractor encoding a persistent internal state requires neuropeptide signaling(神経ペプチドシグナルに必要な持続的内部状態はラインアトラクターによりコードされる)」だ。