細胞膜が偽足を伸ばして他の細胞とつながるトンネルを形成し、例えばミトコンドリアや小胞を輸送するのに使われていることはよく知られている。神経細胞はそんなことをしなくともアクソンや樹状突起を伸ばして他の細胞とコミュニケーションできるのだが、それでも細胞体からは義足が伸びることが知られている。
今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、これに加えて神経の樹状突起から偽足が伸びて他の樹状突起とコミュニケーションできるトンネルが形成されるという話で、10月2日号の Science に掲載された。タイトルは「Intercellular communication in the brain through a dendritic nanotubular network(樹状突起のナノチューブネットワークを介する脳内での細胞間コミュニケーション)」だ。
2週間ほど前、ヨーロッパにいるときに目を通していたが、そのときはこの手の話は結構ガセネタも多いので今回はスキップと思っていた。日本に帰ってから整理していたとき、ふっと著者を見直すと、なんと東大の岡部さんが共著者になっていた。とある会社のアドバーザリーボードでご一緒しており、実験に対する厳密な態度と、私のように簡単に信じてしまわない厳しさにいつも感服していたので、岡部さんが共著者ならやっぱり紹介することにした。
この研究は最初から樹状突起が偽足を伸ばしてコミュニケーションするのではと仮説を立て、その検討から入っている。まず既に発表されている電子顕微鏡データを調べ直し、樹状突起から偽足が飛びだし、それが他の樹状突起に接していることを確認する。面白いのはトンネルと言っても融合していない点で、シナプスとは異なる細胞膜同士の接点ができている。これをDNTと名付けている。
チュブリンや中間フィラメントが存在する通常の神経突起と異なり、DNTはほとんどアクチンの再構成で形成され、ATP依存性で、サイトカラシンでアクチン重合を止めると形成できない。重要なことは、細胞膜同士の融合はないが、カルシウムを隣の細胞へ輸送することができる。この時ギャップ結合分子阻害剤で輸送を止めることができるが、明確なギャップ結合は認められない。
ここまでは培養細胞での実験なので、実際の脳でDNTが形成されているか、GFPラベルと超高感度顕微鏡、そして画像解析技術を用いて、脳の中でも一本の樹状突起から多くのDNTが形成されていることを明らかにしている。
次にDNTの機能を調べるため、アミロイドの神経間伝搬とDNTについて調べている。これまでアミロイドβやTauは細胞から細胞へプリオンのように移行する事が知られているが、DNTがこの伝搬に関わると仮説を立て、細胞内にAβを注入してビデオで経時的に調べDNTをゆっくりAβが移動するのを捉えている。
あとはアルツハイマーモデルで、DNT形成に異常がないか調べている。面白いことに、培養系でAβに神経を暴露すると、低い濃度だとDNTの形成が上昇し、高い濃度になると今度は低下する。次に、モデルマウスを用いて調べると、初期にはDNTが上昇し、その後低下することを観察する。さらに、初期ではDNTの数にばらつきが多いことに気づいている。
以上の結果から、Aβの蓄積が始まるとDNTが形成され、Aβが局所にたまらないようにする防御効果が存在するが、細胞ごとにDNT形成がばらつくため、徐々にAβ分布に偏りができ、最終的に高濃度に達した細胞では神経が死ぬというシナリオを書いている。
実際のアルツハイマー病でのAβの広がりに即してこの仮説を検証していく必要があると思うが、可能性としては面白い。