ヒトの大人のヘモグロビンはα鎖2本とβ鎖2本が4量体を作っているが、遺伝子レベルで見ると結構複雑だ。αもα1とα2の2つの遺伝子が存在するが、どちらから転写翻訳されてもほぼ同じαが造られる。余分に遺伝子を持っているということはそれだけ生命にとって重要な分子であることを意味する。発生の極めて初期に現れる卵黄嚢の赤血球ではαの代わりにζ鎖が使われる。ζとペアを組むのはεで、発生初期だけに発現するが、胎児期から成人まで、αはγ、β、δとペアリングする。胎児期にはα4γ4が多いが、α4β4も10%程度存在する。そして生まれてから、α4γ4からα4β4へのスウィッチが起こる。この機構については、タラセミア等の研究を通して例えばBCL11A遺伝子などが特定され、一部は遺伝子治療の対象になっている。
今日紹介する米国ハーバード大学を中心とする国際チームからの論文は、胎児型と成人型のバランスを大規模に調べることでこれまで知られていない制御機構を明らかに出来るはずだと、28279人の成人で胎児型の割合を調べ、それと相関するゲノム解析から、胎児型ヘモグロビンを制御する新しい機構を明らかにしたかなりマニアックな研究で、9月30日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Human genetics implicates a BACH2–NRF2 axis in fetal haemoglobin activation(ヒト遺伝学からBACH2-NRF2軸が胎児型ヘモグロビンの活性化に関わることが示される0)だ。
胎児型ヘモグロビンのレベルに関わる多型を3万人規模で調べると、91種類の多型を特定でき、これを遺伝子発現、クロマチンの折りたたみ構造、クロマチンのアクセシビリティー等を総合的に調べると、期待通りこれまで指摘されていない多型をBACH2遺伝子の近くで特定している。
BACH1遺伝子はヘモグロビン遺伝子調節因子としてよく知られているが、これまでBACH2遺伝子はリンパ球の機能に関わることが指摘されているが、ヘモグロビンに関わると言う指摘はないので、この遺伝子に絞って研究を続けている。
まずBACH2の発現に関わる多型rd1010474の機能をヒト血液細胞を用いて、クロマチン構造や、CRISPR/Casによる遺伝子ノックアウトを用いて調べ、この領域がBACH2遺伝子発現を調節するシス領域であることを確認している。
まず赤血球培養系にBACH2阻害剤を加える実験系で、BACH2が赤血球分化ではなく、胎児型ヘモグロビンの発現調節に直接関わることを確認している。後は、BACH2が結合する胎児型ヘモグロビン調節領域を特定し、転写のメカニズムを解析することになる。まず、結合解析から胎児型ヘモグロビン遺伝子からは少し離れたLocus control region(LCR)に結合し、同じ領域にこれまで胎児型ヘモグロビンの発現を高めることが知られているNRF2結合部位も存在することを発見する。即ち、BACH2がNRF2と競合して胎児型ヘモグロビンの発現を抑えている可能性が強く示唆された。実際、BACH2が欠損するとNRF2は胎児型ヘモグロビン遺伝子にリクルートされてくる。そして、BACH2とNRF2は直接結合していることも明らかになった。即ち、BACH2はLCRでNRF2と直接結合してNRF2の転写活性を制限する役割を持つことが明らかになった。
最後にLCRに存在するBACH2とNRF2の結合する部位の塩基を遺伝子編集して、BACH2やNRF2の結合が低下する変異を導入して、BACH2とNRF2が重なるLCR内の領域を競合して胎児型ヘモグロビンの発現を決めていることを明らかにしている。
以上が結果で、昔血液を研究していた個人的興味で選んだので、専門外の方々には少しマニアックすぎる論文だと思う。ただ、大規模なゲノム解析から、これまで全く知られなかったヘモグロビンの転写調節機構が明らかになるというのは、ヘモグロビン転写がいかに複雑化を物語ると改めて感心した。
