自閉症の科学23 iPSで自閉症の研究は出来るのだろうか?
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自閉症の科学23 iPSで自閉症の研究は出来るのだろうか?

2019年8月25日

iPSが約束したこと

図は山中さんのヒトiPS樹立成功の論文が発表された時、月刊誌Nature Review Molecular Cell Biologyに依頼され、米国の1型糖尿病財団の人たちと書いた総説( Nishikawa et al The promise of human induced pluripotent stem cells for research and therapy(研究や治療に向けたヒトiPSの約束)Nature Review Molecular Cell Biology 9:725, 2008)を日本語に直して転載した図だ。iPSのおかげで、これまで難しかったヒトの細胞が自由に利用できるようになり、ヒトに関して様々な研究が可能になったことを紹介してる。しかし実を言うと、この時私の頭にあったのは、ほとんどが心臓・腎臓・血液といった身体の病気で、脳発達についてはあまりにも複雑すぎて、iPSの出番はないだろうと思っていた。

自閉症を細胞レベルで研究できる?

自閉症は人間の最も高次な脳の多様性として捉えることが出来るが、その背景には必ず多くの分子の非典型的行動があり、それをベースに細胞レベル、発生レベル、脳構造レベル、神経ネットワークレベルと、非典型性が拡大した結果生まれる多様性だ。このため、最終的に症状として表れた行動と、その行動を支配する神経ネットワークの非典型性の関連を現象的には明らかに出来ても、はっきりとした因果関係を示すのは簡単でない。症状に最も近い神経ネットワークですらこの状態なので、細胞レベル、さらには分子レベルとなると、因果性をはっきりさせることなど、夢のまた夢に近い。

しかし、どんな複雑な組織構築も個々の細胞の性質を反映して形成されている。従ってどんなに複雑な精神症状でも、分子、細胞、組織と何とか統合的に理解しようと、研究者は膨大な努力を払っている。この時、iPS由来の脳細胞が使えれば、分子レベルと組織や発生をつなぐ研究が、普通は使うことができない生きた脳細胞を使って研究できる。

米国ソーク研究所の長期的視野での研究

自閉症に限らず、高次の精神疾患の細胞レベルの解析にiPSを積極的に使っているのがソーク研究所のFred Gageのグループで、創意に満ちた面白い研究を続けている。私が2008年の総説を書いていた頃、Gage達は、1)類人猿のiPSを樹立して、人間とサルの神経機能の違いを研究する、2)統合失調症をはじめとする高次精神疾患のiPSを用いて、病気の分子生物学的、細胞学的背景を明らかにする、と壮大な計画を建てて研究を始めていた。その時私は、「iPSは樹立できても、そう簡単に高次脳機能の理解に進むとは思えない」と見ていたが、その後10年を経ると、両方のプロジェクトで多くの成果が上がりつつあり、未来が見える優れた研究グループであることがよくわかった。

iPSを用いた自閉症研究

今日紹介したい論文は、このCageらがiPSを用いて自閉症を解析した研究で、実に様々な問題が扱われており、iPSを用いた細胞レベルの研究でもこれだけのことが可能なのかと感心した(Schafer et al, Pathological priming causes developmental gene network heterochronicity in autistic subject-derived neurons(自閉症では文化のタイミングの異常で発生のネットワークの時間の同期生が失われる)Nature Neuroscience 22:243, 2019)。

すでに私のブログでも2回紹介したが(2017,6.11&2017,2,18) 一部のASD患者さんはMRIを用いて生後1年までに診断が可能だ。すなわち脳の一部の体積の増大を指標に診断ができる。この研究はこの早期に診断された患者さんを追跡するプロジェクトへの参加者の中から、脳の構造変化がハッキリと見られ、ASD発症を発症した8人からiPSを作成している。

精神症状だけに基づいてASDの患者さんからiPSを樹立するのではなく、発生過程での構造異常が確認された症例のiPSを使うことで、より細胞レベルの関与がわかりやすいようにした素晴らしい計画だと思う。

最初に調べたのは、脳神経細胞が出来るまでの発生過程に異常があるかどうかで、樹立したiPSを大脳皮質神経細胞へ分化させる過程での遺伝子の発現を正常と比べ、ASDの神経分化に時間的・質的ずれがあるかどうか調べている。

すこし専門的になるが、iPSをまず全ての神経系細胞に分化できる神経幹細胞(NSC)を誘導し、この細胞を起点に「ヨーイ・ドン」で分化を誘導し、14日間観察を続けている。この期間に分化してくる神経細胞だけを取り出して遺伝子発現を調べ、正常iPSとASD・iPSからの分化を比べている。

実験自体はあまりに膨大なので詳細を省くが、このiPS、NSC,そして分化細胞へと進む過程で、分化開始直後に発現量がすこし落ちてから、その後徐々に発現が上昇するパターンを示す一群の分子(TM1遺伝子群と呼んでいる)だけが、ASD神経分化課程でつねに発現量が高いことを見いだしている。

と言われても、一般の人には何が何だかよくわからないと思う。ただASDで異常が見つかる分子群には、例えば軸索伸長必要な遺伝子など神経の分化に関わる分子が多く、しかもこの変化に一致して、培養中の神経細胞が長い足を伸ばし、試験管内で複雑なネットワークを造ることから、神経ネットワーク形成がASDのiPSでは確かに変化していることがわかる。また、同じようなASD特異的変化は、神経細胞を立体培養して形成させた、小さな脳組織でも認められることを確認している。

治療可能性を探る

これだけでも面白いのだが、Gage たちは発見した現象の背景にある分子レベルの原因を発見するための努力を惜しまない。この結果、彼らが急に発現が変化することを発見したTM1遺伝子群の中から、発生上の変化に関わるキーとなる変異分子FBX03を特定している。そして、FBX03を正常NSCに導入すると、正常細胞の分化のタイミングが変わり軸索伸長能力が高いASD型に変化することを明らかにする。

さらに、Gage たちは治療可能性を探ろうと努力する。NSCから分化細胞への過程でASDの異常が現れるとすると、NSCをすっ飛ばしてiPSから直接分化神経細胞を誘導すればASD型の異常は起こらないはずだと着想し、この可能性を調べている。結果は期待通りで、iPSから直接分化したASDの神経細胞は、ASDの異常は見られなかった。

最後に、ASDでおこる異常分化誘導の前後で染色体の状態を調べ、ASDで見られた異常の多くがエピジェネティックと呼ばれている、遺伝子の使い方の変化によることを明らかにしている。

かなり専門的でわかりにくい話だと思うが、以上の結果をもう一度まとめると、ASDでは神経幹細胞から分化が始まる早い段階で、スウィッチが入って分化に関わる特定の遺伝子群で染色体の抑制が緩み、これらの遺伝子の発現量が上昇する。その結果、神経細胞の突起が長くなりすぎるなど発生異常が起こり、脳の構造変化が誘導されるというシナリオが示された。そしてこの異常シグナルをスキップできれば、ASD型の細胞変化は起こらない。またこの変化の鍵となる遺伝子FXOB3なども特定され、今後治療標的として研究が進むと期待できる。

広く深い知識に裏付けられ、これでもか、これでもかと実験が行われている研究だが、最も重要なメッセージは、やる気になればiPSで、複雑な過程の解析が可能であることが示された点だ。

GageはiPSを用いた細胞治療の実用化で世界をリードする神戸の高橋政代さん、京都の高橋淳さんの先生でもある。この二人を育てたことを足して考えれば、Gageの神経疾患治療への貢献度は他を寄せ付けないように思える。

自閉症の科学22 自閉症と表情

2019年8月25日

今年も毎月1回をノルマに、「自閉症の科学」と題して、最新の自閉症研究を紹介したいと思っている。自閉症研究といっても、ゲノム、動物モデル、脳科学、行動学、心理学、そして臨床医学まで極めて幅広い。そのため、脳科学やゲノムとなると、よほどの専門家でないとよく理解できないと言われてしまうだろう。それでも、分野を問わずいい研究は紹介していくつもりだ。というのも、自閉症は私たち人間を理解する鏡であると共に、今後多くの治療法が開発できると予想できる分野だからだ。是非今年も期待してほしい。

今年最初は、それでも大変わかりやすい論文紹介から始めたいと思う。

表情は言葉やジェスチャーと並んで、私たちの重要なコミュニケーション手段だ。当然社会性や他人との関係に障害を持つ自閉症スペクトラム(ASD)の人たちは、表情による表現に何らかの問題を持っているのではと直感できる。実際、ASDの様々な表情を典型人と比べた論文が多く出版されている。ただ違いがあるとわかっても、表情の評価は簡単でなく、方法論がバラバラのため、そのまま表情を客観的な指標として診療や治療に使うことは難しい。

さてこんなとき研究者はメタアナリシスという方法を用いて、多くの論文から客観的指標を探し出そうとする。今回は、この自閉症スペクトラムの表情についての多くの文献をもう一度まとめ直したメタアナリシス論文を取り上げる。カナダ、シモンフレーザー大学からの論文で、昨年のAutism Research12月号に掲載された(Trevisan et al, Facial Expression Production in Autism: A Meta-Analysis (自閉症での顔の表情の表現:メタアナリシス)Autism Research 11: 1586, 2018)。

論文のメタアナリシスでは、様々なキーワードをもとに多くの論文を集め、その中から著者の視点でデータを抜き出し、そのデータをもとに様々な問題を解決しようとする方法だ。「オリジナルなデータを集めないとは邪道だ」と敬遠する向きもあると思うが、異なる視点で集められたここの論文データを改めて見直すことは重要で、特に臨床現場では必要な手法だと思う。さらに最近では、ウェッブ上に多くのゲノムデータが蓄積されてきているので、これらのデータを集めて計算し直す、メタゲノム論文も多く見受けられるようになった。臨床研究に関わっている若者に講義をするときは、いつもぜひトライして欲しい方法だと強調している。

ちょっと脱線したが、この研究では1967年からの自閉症と表情に関する研究論文1309編から、安心して使えるデータを利用できる論文37編を拾い出し、これらの論文を自分の目でまとめ直している.以下に述べるように結論は単純だが、実際にはそれぞれの論文で使われている概念を統一し直し、研究の仕方をカテゴリー化し、最終的に同じ土俵で比べられるようにする作業は大変で、十分オリジナリティーの高い研究だと私は思う。

この努力の結果を箇条書きにすると以下のようになる。

1) まず、ASDと典型的な人の間には、質的にはっきりした差が認められる。ただし、急な感情的刺激に対する反応の強さや速さなどには差が認められない。

2) 質的な差異についてみると、自然に振舞っている時、ぎごちないとか機械的などと記述できる表情を示すことが多い。また特定の表情を意図的に作ることは苦手だ。

3) 社会的な慣習に従って表情を作る(例えばみんなでお祝いの意を示す)のはうまくなく、また他の人に合わせて表情を作るのも困難を伴う。

4) 一般的に、自然に出てくる表情の差の方が、何かに反応して出てくる時の差よりも大きい。

5) 表情の差は、年齢を重ね、知的に成長することで解消に向かう。

これらの結果から、ASDの表情の変化は、社会性や他人とのコミュニケーションの問題をそのまま反映する窓になると結論している。至極当たり前の結論で、わざわざ研究する必要もないのではと思われるかもしれない。しかし表情をより客観的な指標で評価することで、画像解析や、ほかの生物学的検査との相関研究も可能になる。その上で、より個人に即した記述を重ね、脳の多様性の背景を知り、アレキシサイミアとして知られる感情認知障害の理解にも大きな貢献ができると締めくくっている。

表情を調べることでも自閉症の理解にどれほど重要かがわかっていただけたのではないだろうか。今年もできるだけ多くの研究を紹介したい。

自閉症の科学21 ASD児童の言語学習にとってバイリンガル環境は有害か?

2019年8月25日

毎月少なくとも1報は自閉症に関する研究を紹介したいと、ノルマを課してきたが、今月はなかなか紹介したいと思う論文に出会えなかった。ゲノム研究などは進んでいるのだが、大筋でこれまでの研究を越えず、ただただ複雑になっている印象が強い。そんな時「自閉症スペクトラムの児童にとって2ヶ国語環境は有害か?」と、私が考えもしなかった問題に疑問を持って調べた論文に出会ったので、紹介することにした。

自閉症スペクトラム(ASD)の症状は多様で個人差も大変大きいが、社会性の障害、反復行動とともに、言語障害の3症状が決め手になって診断される。個人的には、社会性、あるいは他の人とのコミュニケーションの難しさが、全ての症状の原点にあるように思う。実際、言語障害の程度や内容は結構多様で、ASDと診断されている人でも、ほとんど気がつかない場合もある。また重度の言語障害があると診断されても、多くの著書を発表している東田直樹さんや、米国のIdoさんのように、文章を書かせたら普通の人よりはるかに高い言語能力を発揮する人もいる。すなわち、ASDは言語に問題があると単純に決めてしまうことは極めて危険で、言語についてはASDでも高い可能性がひらけていると個人的には思う。

ASD=言語学習障害と単純に思い込んでしまった一つの例として、「ASDの児童にとってバイリンガル環境は有害だ」という考えがある。すなわち一つの言葉でも学習に苦労するのに、2ヶ国語なら余計混乱するだけで、なるべく一つの言語に絞るべきだとする考えがあったようだ。確かに言われてみると、一理あるような気がする考えだ。

この思い込みに対して、社会や学校の環境がフランス語と英語が並立するモントリオールの公立学校に通うASDの学童について、バイリンガル環境に問題があるかどうかを調べたのが今日紹介する、モントリオールのマクギル大学の論文で、12月号のAutism Researchに掲載された。タイトルは「Bilingual Children with Autism Spectrum Disorders: The Impact of Amount of Language Exposure on Vocabulary and Morphological Skills at School Age (バイリンガルなASDの子供:学童期での言語への暴露量が語彙や言語構築力に及ぼす影響)」だ。

確かにバイリンガル環境でのASDの子供達の言語学習について、普通の環境のASDと比べてみるというのは着想が面白い。ただ、残念ながらこの研究では、バイリンガルと、モノリンガルのASDを科学的に比べるという研究が行われたわけではない。モントリオールの公立学校というバイリンガルの環境に通う子どもについて、言語能力を決めている要因をASD児童と典型的児童で調べただけの研究だ。言い換えると「モントリオールの子どもについての調査を示すので、あとは自分で考えて」と言った、ちょっと突き放した論文になっている。

実際には30人余りの知能発達障害の見られないASDの子どもについて、言語能力の調査を詳しく行っている。その結果、2ヶ国語環境のモントリオールの学童に関して、第一言語(フランス語)のボキャブラリーを決めているのは、典型児もASD時も、言語に触れている時間が最も重要で、あとは年齢、IQ、そして作業記憶と続く。また、言語構築の能力については、作業記憶が最も重要だという結果だ。もちろん、ASD児では典型児と比べた時、同じボキャブラリーを獲得するためには、より長い時間言語に触れる必要性があり、学習に苦労はしている。しかし、時間をかければ、十分高い言語能力を獲得できる。ボキャブラリーに関していえば、医師により言語障害と診断されている場合でも、言語に触れれば触れただけ、ボキャブラリーは増えることが明らかにされている。

ところが、言語構築力については、言語障害と診断されている児童の場合、言語に触れる時間が長くてもあまり改善しないという結果になっている。構築力が記憶を一時保持する作業記憶を反映しているとすると、この結果はASDの言語障害を理解するカギになるかもしれない。ただ、言語障害の軽度なASDの場合、典型児と大きな差が認められないことも示されている。まだまだ研究しがいがありそうだ。

以上のことから、少なくとも社会性や人付き合いに問題があっても、言語障害が強くないASD児童では、典型児と比べて言語が身につくための条件にほとんど違いがないことから、言語学習のためにはまず言語に触れることが重要で、バイリンガル環境が言語学習を妨げることはないと結論している。そして、ASDでも十分バイリンガル能力を獲得できるので、バイリンガル環境を避ける理由は全くないとも結論している。

もちろんこの研究はまだまだ不完全で、最終的な結論は、やはりパリの児童とモントリオールの児童を同じ条件で比べるなどの調査が必要だと思う。とはいえ、個人的感想を述べると、ASDの児童は、人付き合いが苦手でも、決して言葉を嫌っているわけではないことはこの研究からも明らになったと思う。その意味で、ASDと診断されても言語に触れる時間を十分取ることが重要だと思う。しかし、このような個人的感想も本当は全て科学的に確かめられるべきで、聞き流しておいてほしい。その意味で、バイリンガル環境とASDを結びつけた着想には感心させられたし、今後も研究を進めてほしいと思う。

自閉症の科学20 人の声に対する反応を探る

2019年8月25日

私は自閉症スペクトラム(ASD)の子供さんを診療しているわけではないので、彼らの気持ちを知るには本を読むしか方法がない。その意味で、前回紹介した東田直樹さんやIdo君の本は私の多くの間違った理解を正してくれた。

その東野さんの「跳びはねる思考」のなかに次のような一節がある。

話しかけられれば、それに答えようとする気持ちは、障害があってもなくても同じだという気がします。答えられないからこそ、尋ねて欲しいのです

出典:東田直樹著 跳びはねる思考 イースト・プレス

その一方で同じ本の冒頭には、

自閉症のぼくはいつも、視線に踊らされています。人に見られることが恐怖なのです。人は、サスような視線で僕を見るからです。

出典:東田直樹著 跳びはねる思考 イースト・プレス

そのまま理解すると、少なくとも東田さんにとって、人が話しかけて来ることは大きなストレスにならないのに、じっと見つめられるとそれは大変なストレスになっていることを意味する。このため、話しかけられることがストレスにならなくても、それに答えて会話を続けることは、東田さんにとってもとても努力が必要な作業だ。このような心のあり方を理解するためには、私達が感情と呼ぶ複雑な脳の傾向を解きほぐすことが必要になる。

たとえば少し古い論文だが、MRIを用いた脳イメージングを使ってASDの子供で、人の声を聞いたときに反応する脳領域STSと、感情に関わる脳の報酬回路の結合を調べた研究が発表されている(Abrams et al, Underconnectivity between voice-selective cortex and reward circuitry in children with autism(声に反応する皮質と報酬回路の結合が自閉症児では低下している)PNAS 110:12060, 2013)。

研究では9-10歳児の安静時にMRI検査を行い、脳内の各領域の結合性について測り、人の声に最初に反応することがわかっているSTSと呼ばれる領域(脳の側面にある最も深いシワの後方下部)と連結している領域を、ASDの子供と典型児で比べている。

この際、ASDの社会性と声に対する反応の関係が明確になるよう、発話も含めて言語能力や知能に問題がない、社会性のみが障害されている子供を集めて調べている。

しかし、社会性がひどく障害されていても、正常の知能と語能力を持つASDを集めて調べることができるとは羨ましい限りだ。

さて難しい詳細をすべて省略してこの論文の結論をまとめると、人の声に反応する左側のSTSは、ドーパミン依存性の報酬回路として知られている脳回路と結合しているが、この結合がASDでは低下している。すなわち、人の声に対して注意を向けるモチベーションが、ASDの子供では低下していることになる。

ここで、少し報酬回路について解説しておく。ドーパミンを分泌する神経は、パーキンソン病に関わる黒質と、その近くの腹側被蓋野(VT)と呼ばれる場所に存在する。このVTから出るドーパミン神経は記憶に重要な働きをする海馬とともに、感情を調整する扁桃体、モチベーションを調節している側坐核、そして感情を統合して行動する意志へと変化させる前頭前皮質へと軸索を伸ばして結合している。このネットワークが報酬回路と呼ばれ、私たちの感情を支配する中心になっている。報酬と聞くと、心地よい快感を与える回路と思ってしまうが、必ずしもそれだけではなく、脳内での経験に対してよりポジティブな感情を持たせるための回路と考えるのが適切だろう(感情の神経回路については、私がJT生命誌研究館のウェブサイトに書いたブログを参照)。

この結果は、感情の回路と人の声に対する感覚野との結合の形成障害が、社会性の障害に相関しているという重要な発見だが、この研究だけではASDの子供達は人の声をストレスとして感じているのかどうかはわからない。そもそも、この研究では人の声を聞いた時の脳の反応を調べているわけではない。人の声に対する本当の反応を調べるためには、子供に声を聞かせて、STSとともに報酬回路を形成する各領域が反応するかどうかを調べる必要がある。

2016年になって、同じグループは典型児の母親の声、および母親以外の女性の声に対する脳各領域反応をMRIで調べ、STSと同時に報酬回路も人の声に反応すること、そして報酬回路の各領域は母親の声に対してより強い反応を起こすことを明らかにしている(Abrams et al Neural circuits underlying mother’s voice perception predict social communication abilities in children(母親の声を感じる神経回路から子供の社会的能力を予測できる) PNAS 113:6295,2016)。すなわち乳児期から母親の声を区別し、より強く報酬回路に結びつけることで、自分の周りの社会のイメージを作っていることになる。

以上2編の論文は、報酬回路との機能的結合を指標にすることで、ASDの子供達が頭の中で描いている社会について理解できる可能性を示唆している。実際には、お母さんの声に対する報酬回路の反応は典型児より強いのか、弱いのか?次は、お母さんの声に対するASDの子供達の脳の反応を調べてほしい。

善も悪も全て好き嫌いの感情の結果で、人間を理解するためには感情を理解する必要があることを最初に明言したのはオランダの哲学者スピノザだが、ASDの子供達を理解する時も同じだと思う。難しい課題だが、解けない課題ではない。

自閉症の科学19 音楽療法の効果

2019年8月25日

自閉症スペクトラム(ASD)の診断の決め手になる症状は、社会性の障害、言語障害、そして反復行動の3つで、私もこれに異を唱えるわけではない。しかし、言語障害については、発話や会話の障害と、表現能力とに分けて考える必要 があるように思い始めた。というのも、 読まれたことがある人も多いと思うが、 東田直樹さんの有名な著作「自閉症の僕が跳びはねる理由」や、彼が22歳で発表した「跳びはねる思考」などを読むと、その表現力の豊かさに驚き、言語能力障害などと診断するのが憚られる。これは東田さんだけの話ではない。米国の自閉症児Ido君の文章が集められている本「Ido in autismland」を読むと、英語が母国語でない私でも、素晴らしい表現力と想像力だと感心する。特にこの本の最初に、絵本を指差している時お母さんとIdo君とのコミュニケーションが突然成立する感動的シーンや、Ido君が初めて支援者へのスピーチを行った際、聴衆が全員立って拍手喝采を得た事が紹介されているが、これを読むときっかけさえあればこの高い表現能力を引き出せるように感じる。東田さんやIdo君から学べるのは、ASDの子供達は本当は表現したいことをたくさん持っているのに、脳の抑制機能がそれを阻んでいる残念な可能性だ。もしそうだとすると、この抑制を取り除くことができれば、ASD児のコミュニケーションは回復するのではと思う。 

このための一つの方法として長く試みられているのが音楽を通じてコミュニケーションをたかめる治療法で、さまざまなプログラムが開発され、米国やヨーロッパでは数千人規模の音楽療法の専門家まで養成されている。この治療法の背景には、ASD児の絶対音感や、高い音楽能力についての多くの研究がある。ただこの治療法の効果をめぐっては、様々な研究結果が入り混じっているというのが現状で、例えば昨年8月に私のブログで紹介した米国医師会雑誌に掲載された臨床試験研究では、効果が認められないという結果に終わっている。 

今日紹介するモントリオール大学からの論文も、111人のASD児をランダムに音楽療法と、一般のASD治療プログラムに割り振ってその効果を確かめた研究でTranslational Psychiatryに掲載されている(Sharda et al, Music improves social communication and auditory motor connectivity in children with autism (音楽はASD児の社会コミュニケーション能力を高め、聴覚野ー運動野の結合性を高める)Translational Psychiatry 8:231, 2018)。

この研究で用いられている音楽プログラムの内容を評価するほど知識はないが、ドラムなど様々な楽器を与えて子供に自由に遊ばせながら、コミュニケーションを図るプロトコルがセットになった方法で、おそらく確立した方法なのだと思う。音楽療法以外のプロトコルも、ASDに普通に用いられるプログラムで、音楽が中心になっていないだけだと考えて貰えばいい。ただセラピストによるばらつきが起こらないよう、全ての治療過程をビデオに収め、適切に行われたかどうかを調べている。

さらに機能的MRIによる脳イメージング検査を行って、より客観的に改善の程度を評価しようと試みた点が新しいといえる。だいたい10回の治療プログラムを受けた後で、すでに確立されたテストを用いて、コミュニケーション、社会性、ボキャブラリー、家族内での生活の質、異常行動などを評価するとともに、MRIを用いて脳の機能的結合性をしらべている。 

この研究の結論はポジティブで、まずコミュニケーション能力と家族内での生活の質は、音楽治療群のみ大きく改善している。そして、これに対応して聴覚野と運動野の神経結合性が高まっている。私の勝手な解釈で間違っているかもしれないが、音を体の運動に結合させる神経回路が新しく増強されたと考えればいいように思う。このような脳の変化が、学童期のプログラムで明らかに改善させられることは心強い。しかも、聴覚野と運動野の結合性の増強が、コミュニケーション能力の上昇に相関しているという発見は、今後のASDの治療に重要なヒントになるように思える。

もちろんすでに述べたように、ネガティブな結果に終わった治験もあることから、手放しでは喜べない。しかし、今回MRIで測定できる脳の機能が、学童期にあきらかに改善したという結果は、このような時間のかかる行動プログラムの効果を評価するには重要だ。ASD児には音楽的才能のある子供が多い。このルートを利用して、これまで抑制されていた脳回路を活性化したり、新しい回路を開拓する可能性すらある。その意味で、今後ますますASD児の脳回路の研究が重要になるだろう。

この辺の研究を紹介する目的で、少し古い論文になるが、次回は「ご褒美回路」と聴覚について調べたスタンフォード大学からの論文(2013年6月)を中心に、MRIを用いた研究を「自閉症の科学20」として紹介したい。

自閉症の科学18 自閉症スペクトラム児の消化器症状チェックリスト

2019年8月25日

昨年の5月 自閉症スペクトラム支援団体、Autism Speaksがまとめた、ASD児の健康問題についてまとめたレポートを紹介した時、消化器症状や摂食障害で本当に苦労しているというメールを何人かの家族の方からいただいた。このなかで、様々な消化器症状を主治医の先生に客観的に伝えることが難しいことも訴えられていた。できれば、ASDの子供を観察している家族が客観的にレポートができるよう、症状のチェックリストがあればいいなと思っていたら、10月22日号のJournal of Autism and Developmental Disorders(Margolis et al, JAD : https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10803-018-3767-7)に、ASDの消化器症状を早く診断するためのなかなか丁寧なチェックリストが発表されていたので、邦訳して紹介することにする。コロンビア大学、マサチューセッツ総合病院、ボストン大学医学部が共同で発表した論文で、タイトルは「Development of a Brief Parent-Report Screen for Common Gastrointestinal Disorders in Autism Spectrum Disorder(ASDによく見られる消化器異常の親による簡単な診断とレポート)」だ。

このチェックリストの目的は、家族による客観的な情報収集により、医師の診断を助け、治療につなげることだが、この論文では臨床で広く利用した時、どのような効果があるのかについての記述があまり明確ではない。この結果、このまま家族の人に紹介することは、対策もないのに家族の不安だけを煽る結果を招くのではないかという心配がある。また、家族の方のメールを読むと、我が国ではASDをケアする医療側の体制が、なかなか総合的になり得ないという問題もあり、自己診断が進むと、医師が取り合ってくれないと余計に家族のフラストレーションを貯める結果になる懸念もある。

このように色々考えて見たが、しかし言葉でのコミュニケーションがスムースでない子供の消化器症状を知るためのチェックリストは重要だと考え、あくまでも自分の子供を理解する一つの方法として読んでいただくようお願いして、このリストを邦訳することにした。

チェックリスト

以下のような症状を見た場合に、消化器の障害が併発している場合があります。括弧の中に示した数字は、今回調査に参加した米国のASDの子供の家族がYesと答えた割合です。 

消化器異常の直接症状

この3ヶ月の間に、お子さんは腹痛を訴えましたか? (33%)

この3ヶ月の間に、お子さんは吐き気を訴えましたか?(13%)

この3ヶ月の間に、お子さんはお腹の張りを訴えましたか? (17%)

消化器症状による生活の変化

この1年、お子さんはひどい腹痛が2時間以上つづいて何もできなくなったことはありますか? (15%)

消化器異常を示す客観的兆候 

この3ヶ月、お子さんの便通はどうでしたか。

週2回以下 (13%)

週3回(一日3回の場合も含む。(80%)

週3回以上(2.4%)

この3ヶ月、お子さんの便はどんな感じでしたか。

硬い、とても硬い (25%)

とても硬いわけでも柔らかいわけでもない(46%)

大変柔らかい、形がない、あるいは水のよう (18%)

この3ヶ月、お子さんの排便時に、粘液や痰のような塊が出たことはありますか?(15%)

この3ヶ月、お子さんのパンツが汚れていたことはありますか?(48%)

これまでお子さんの便が黒かったり、コールタールのようだったことがありますか?(9.3%)

お子さんの便に血が混じっていたことや、排便後に出血が見られたことがありますか?(8,9%)

この3ヶ月、お子さんが1日2回以上吐いたことがありますか?(9.6%)

この3ヶ月、お子さんが吐き気を訴えたことがありますか?(9.8%)

この3ヶ月、お子さんが食べ物を口まで戻してそれをモグモグ噛んでいたことがありますか?(7.4%)

この3ヶ月お子さんの体重が増えないということはありませんか?(8%)

上記の兆候や症状の結果起こる活動の変化

この3ヶ月、お子さんの活動が以下の理由で制限されたことはありますか?

腹部の痛み、違和感(11%)

嘔吐(10%)

便通異常(10%)

腹部の大量のガス(9%)

消化管の運動障害

この3ヶ月、お子さんが便通時に痛がっているように見えたことがありますか?(17%)

この3ヶ月、排便のためにトイレに駆け込んだことがありますか?( 25%)

この3ヶ月、お子さんが便を出そうとして足を固く踏ん張ったり、お尻から足へと手で絞るような行動を見せたことがありますか?(28%)

この3ヶ月、頭を横に傾けて背中を反らせる動作を取ったことがありますか?(5%)

この3ヶ月、自分や他の人の手でお腹を押さえたり、お腹を家具などに押し付けたりする動作を見たことがありますか?(21%)

この3ヶ月、胸や首を叩いたり、口に拳を突っ込んだり、理由なしに手や腕を噛んだりしたのを見たことがありますか?(16%)

この3ヶ月、お子さんが食べ物を飲み込む時やその後に、息を詰まらせたり、咳き込んだりしたのを見たことがありますか?(21%)

この3ヶ月、お子さんがこれまで食べていた食物の多くを急に食べたがらなくなったことはありますか?(4%)

以上、実際にはこれらに思い当たる節があれば、このリストのことを医師に話して、問題がないか相談して欲しいと思っている。

すこしでも子供の声にならない訴えを聴くための助けになれば幸いです。

自閉症の科学17:脳機能の画像検査

2019年8月25日

自閉症スペクトラム(ASD)はもともと様々な状態を総称しているが、これらの状態を正常・異常と分けないで、ニューロダイバーシティー(脳回路の多様性)として連続的に捉えることの重要性をこれまで強調してきた。だからと言って、ASDに見られる共通の症状を多様性という言葉で片付けるわけにはいかない。少しでもASDの人たちが生きやすいように適応してもらうには、あらゆる医学的検査を駆使して一般人との違いを明らかにし、治療標的を探す必要がある。この時、症状だけでなく、それに対応する脳回路の変化を客観的に捉える画像診断は重要だ。以前紹介したように、脳の構造変化や脳領域間の連結などの解剖学的変化はMRIを用いてかなり詳しく調べることができるようになってきた。しかし、働いている脳の機能的違いの研究には、別の方法が必要になる。

今日紹介する10月号のHuman Brain Mappingと10月3日発行のScience Translational Medicineに発表された2編の論文は、その研究内容というより、脳の機能を調べる2種類の方法を紹介するために選んだ。

まず最初のハーバード大学がHuman Brain Mapping10月号に発表した論文(Mamashli et al. Maturational trajectories of local and long-range functional connectivity in autism during face processing (自閉症の人が顔のイメージを処理するときに起こる局所的および長いレンジの連結性の成長での軌跡) Human Brain Mapping 39:4094, 2018 )で使われた脳磁図から説明しよう。

脳磁図 高校で習ったと思うが、電流が発生すると流れの方向に直角の平面に磁場が発生する。脳細胞の活動はイオンの流れ、すなわち電流を発生させるので、微小な磁場を計測できれば、どこで神経細胞が活動しているか領域を特定することができる。磁場は頭蓋骨を含む脳外の組織に影響を受けないので、高い空間分析能を持つイメージング技術として発展した。

  この方法は、神経が活動している領域を検出するのだが、この活動のリズムが一致する領域を探すことで、神経連結の存在を推測することができる。これにより、一つの領域とどの領域が、どのぐらいの強さで結合しているのかを、課題を行わせながら測定することができる。

さて、ハーバード大学からの論文では脳磁図をどう使っているのだろうか?研究では、顔の認知に関わる紡錘状回顔領域(FFA)内の神経連結、およびFFAと楔前部(PC)、前帯状皮質(ACC)および下前頭回(IFG)の3箇所との神経連絡を計測する目的で使っている。FFAとの連結を調べたこの3領域は、これまでの記憶など統合情報に基づいて、トップダウンにFFAの活動に介入している領域で、年齢に応じて当然結合性はたかまる。

研究では、ASDと一般児に、怒った顔と、コントロールとして建物の写真を連続的に見てもらい、怒った顔に対する反応時の神経伝達を調べている。意外なことに、怒った顔の認識に関わるこれらの回路は、思春期以前では自閉症も、一般児もほとんど変わりが無い(もちろん、扁桃体など他の領域の活動には変化が見られることはわかっている)。しかし、一般児では成人するに従って、これらの回路の結びつきが強まるのに、自閉症では逆に弱まる傾向にあることがわかった。さらに、自閉症の社会性に関わる症状の強さとこれらの領域の神経結合の強さの相関性は年齢が高まるにつれ、よりはっきりすることも分かった。あえて解釈すると、時間とともにトップダウンの調整が行われなくなること示唆しているのかもしれない。

この結果は、怒った顔への反応を調べる課題に関する限り、思春期から成人への過程ですすむ神経回路の成熟にASDが大きな影響を及ぼしていることを示している。実際、思春期から成人にかけて脳が大きな変化を示すことは、誰でも経験している。とすると、自閉症の治療時期は、決して幼児期だけではなく、思春期からも重要であることがわかる。

次のUniversity of Londonからの論文では、陽電子放射断層撮影(PET)と呼ばれる方法を用いて、自閉症でのGABA受容体の量を測定している(Horder et al, GABA A receptor availability is not altered in adults with autism spectrum disorder or in mouse models(脳内のフリーのGABAa 受容体の数は自閉症スペクトラムの成人およびマウスモデルともに正常と変わらない) Science Translational Medicine 10:8434, 2018)

陽電子放射断層撮影(PET) まずPET検査について説明しよう。この検査では、脳の活動を測るために放射性アイソトープでラベルした様々な化合物を用いる。例えばよく行われる、ガンのPET検査には、FDGと呼ばれるアイソトープ標識したブドウ糖が使われる。これはガンが周りの組織と比べてブドウ糖をよく取り込むことを利用している。特定の分子に結合する化合物を用いると、脳内での物質の蓄積などを調べることができる。例えば、アルツハイマー病の診断では沈着したアミロイドに結合する化合物が用いられる。そして、まだアイソトープが放射線を出している間に、放射能がどこから出ているかを調べるのがPET検査だ。

この研究では、GABAと呼ばれる脳内の刺激伝達物質の受容体に結合する化合物を用いてPET検査を行っている。これにより、GABAに反応して興奮するシナプスの分布と量を測ることができる。これまでの研究で、自閉症ではグルタミン酸受容体を介する神経興奮が高まっており、これは神経活動を抑えるGABAaニューロンの活性が低下しているからではと考えられていた。

この活動の低下が、GABAに反応できる受容体の数の減少によるのかどうかを調べたのがこの研究で、知能正常、てんかん発作の既往がないASDの成人を選んで、脳内のGABAa受容体の数を、炭素11同位元素でラベルした2種類のGABAa受容体リガンドで計測している。

おそらく著者らは、GABAa受容体の数が減っていることを期待したと思うが、予想に反して使用した2種類のリガンドで検出される受容体の数は正常とまったく差がないという結果になった。ただし、PMPテストと呼ばれる極めてコントラストの高いイメージを目で追跡させるテスト(興奮性ニューロンと抑制性ニューロンのバランスを機能的に計測できる)を行うと、明らかにGABAaニューロンの活性が低下していることが推定されるので、受容体レベルではなく、GABAの分泌や、シグナル経路の異常がある可能性は高いと考えられる。

私見だが、受容体が正常なら、神経細胞の数は正常にある可能性が高く、GABAニューロンの活性を高めるための介入手段が他にあるかもしれない。

いずれの研究も、では大きな進歩があったかと問われると、難しいところだ。しかし、機能的脳回路の検査に関しても、少しづつ研究が進んで、客観的な評価を行う検査の数が増えることは心強いと感じている。

自閉症の科学16: オキシトシン受容体刺激剤の開発

2019年8月25日

自閉症スペクトラム(ASD)は、対人忌避といった社会性の障害、言葉の発達遅れ、そして繰り返し行動が症状の特徴としている。それぞれは分かれているように見えるが、この3つの症状は全て社会性の障害を起点に説明できると個人的には思っている(あくまでも私見)。というのも、言語の発達には、他人とのコミュニケーションを求める積極的な気持ちが必要で、社会性が障害されると、当然言語の発達は遅れる。また反復行動も、社会から自分を守ろうとする行動と考えられる。実際、社会性という点では、ASDの正反対と言えるあまりにも無警戒に他人と関係を持とうとするウイリアムズ症候群の児童は、知能の発達は遅れていても、言語発達は目をみはる。

このように、ASD治療の一つの重点は社会性の回復と言える。これを実現すると期待されているのが、これまで「愛情ホルモン」と呼ばれ、人間の社会性を高めることがわかっているオキシトシンだ。事実本年、我が国から100名を超すASDに対するオキシトシン経鼻スプレーの効果を調べた研究論文が発表された。社会行動についてはプラセボ群と有効な違いが得られないという残念な結果に終わっているが、反復行動や、相手の目を見る時間については改善が見られたので、治療薬としてさらに追求する価値はあると思う(Yamasue et al Molecular Psychiatry :https://doi.org/10.1038/s41380-018-0097-2 2018)。 

ただこれらオキシトシンを用いた研究の最大の問題は、脳に近い経鼻ルートでオキシトシンを投与したとして、オキシトシンがどの程度脳に移行するのかよくわかっていないことで、本当はもっと効果があるのに、脳内への移行の問題で高い効果には至らないのかもしれない。オキシトシンは、8つのアミノ酸が結合して作る複雑な構造をしており、視床下部で合成される脳内で効果を示す神経ホルモンで、素人の私が見ても脳血管関門を簡単に通過するようには見えない。確かにこれまでの多くの研究は、脳外からの投与でも一定の効果があることを示しているので、一定量が脳に到達しているとは思う。しかし脳への移行の効率がはっきりしない段階では、一般治療へと発展することは難しいと思う。

今日紹介するフランスのストラスブール大学からの論文は、まさにこの問題を解決しようと、オキシトシンと同じ作用を持つ、ペプチドとは違う化合物を開発した研究でJournal of Medical Chemistryに掲載された(Franz et al, LIT-001, the First Nonpeptide Oxytocin Receptor Agonist that Improves Social Interaction in a Mouse Model of Autism (世界初のペプチドとは異なるオキシトシン受容体刺激剤LIT-0001はマウスの自閉症モデルで社会性を改善する), Journal of Medical Chemistry in press, DOI:10.1021/acs.jmedchem.8b00697 )。

この研究では、オキシトシン受容体がバソプレシン受容体と構造的に似ていることに注目し、これらの受容体に結合できる共通の化学構造としてのベンゾイル・ベンズアゼピンを特定し、この構造を骨格とする化合物から始めて、オキシトシン受容体を発現させた細胞での特異的シグナル伝達活性をもつ化合物を、合成化学的に探索し、化合物57、LIT-001に辿り着いている。

化合物の開発に興味ある人にとっては、LOT-001に辿りつくまでの合成有機化学的試行過程が最も面白いのだと思う。また、この薬剤を起点に、さらに優れた薬剤へ磨きをかける場合も、この過程の情報は貴重なものだと思う。しかし、私たち合成化学についての素人にとっては、最後に示される化合物の性質が最も重要で、今回はこれだけを紹介する。

まず3種類のバソプレシン受容体、およびオキシトシン受容体をそれぞれ発現した細胞を用い、これら受容体が刺激された時におこるシグナル反応(カルシウム遊離やβアレスチンの受容体へのリクルート)を指標にLITー001の活性を調べると、オキシトシン受容体への作用はオキシトシンと比べて1オーダー低いが、特異性はLT-001の方が優れていることがわかった、

その上で、オピオイド受容体が欠損することで社会性が失われるモデルマウスに投与すると、10mg/kgで社会性を回復させられることがわかった。具体的なデータは示していないが、脳内への移行も、化合物としての安定性も高いので、薬剤候補としての十分な資格を持っていると言える。

もしこれまでのASDに対するオキシトシン効果の研究成果が正しいとすると、この薬剤はASDに対する薬剤として大きな可能性を持っていると思える。ぜひ早期に治験が行われる事を期待する。

欧米ではASDは60-70人に一人発症すると言われている。とすると医療現場からの期待だけでなく、ビジネスとしても大ヒットの薬剤として発展する可能性を秘めている。期待したい。

自閉症の科学15 睡眠障害についての調査

2019年8月25日

今年6月、天才ディーラーと呼ばれたジェームス・シモンズとその妻マリリンが設立したシモンズ財団の助成を受けて進められている、目標5万人の自閉症の子供たちの追跡調査(コホート研究と呼ぶ)SPARKについて紹介した。ゲノムも含め、さまざまな項目について調べる意欲的なコホート研究だ。

これに先立ち、3000人の自閉症児を持つ家族についての様々なデータがSimons Simplex Collectionとしてデータベース化されている。この調査項目の中には、睡眠障害についての調査も含まれており、それもアンケートに記入させるのではなく、11の項目について、親に直接、あるいは電話でインタビューするという徹底的な調査だ。

このSimons Simplex Collectionに集められた睡眠障害についての調査をまとめたデータが、ピッツバーグ看護大学の研究者によりResearch in Autism Spectrum Disordersという雑誌に報告されたので、簡単に紹介しておく(Johansson et al, Characteristics of sleep in children with autism spectrum disorders from the Simons Simplex Collection (Simons Simplex Collectionに集められている自閉症スペクトラムの睡眠に関する問題)Research in Autism Spectrum Disorders 53:18, 2018)。

基本的には、4歳から18歳までの自閉症スペクトラム(ASD)児の両親に睡眠について聞いたインタビューのまとめだが、データとして2600人を超えるというのは、これまで調査された数をはるかに超えており、シモンズ財団のあつい支援の賜物だと言える。

質問の項目だが

夜間の問題(1、ベッドに行かせるのが難しいか?2、寝つきが悪いか?3、親の添い寝が必要か?4、夜中に何度も目を覚ますか?)

お昼の問題(1、寝起きが悪いか?2、うたた寝の長さや回数が多いか?3、昼間でもいつも眠たがる?4、十分寝ているか?)

睡眠時間の問題(1、就寝や起床時間が規則正しいか?2、睡眠時間は一定しているか?3、実際には1日何時間寝ているか?)

これまでの調査でも多くのASD児が睡眠障害を訴えていることが知られていたが、この大規模調査によって詳しい実態が見えてきた。

1)まず11項目のうちのどれか一つの症状があると答えた両親はなんと62%に達している。また、2項目以上が合併して、間違いなく睡眠障害があると診断できるのが41%に上っている。その結果、2-3割の子供が、学会が推奨している睡眠時間が確保できていない。

2)夜、昼を問わず、女性の方が睡眠障害を示す率が高い。

3)知能障害を持つ子供の方が、持たない場合より睡眠障害の率が高い。

4)若いほど睡眠障害が重い。すなわち、年齢に合わせた知能の発達により睡眠障害が抑えられる。

5)自閉症の症状が強い方が、睡眠障害が強い。

データはこれだけだが、睡眠障害が起こる原因の一つは、ASDでは消化管症状が多発するので、これが眠りを妨げている可能性がある。さらに、ASDの子供は、痛みの閾値が低いため、普通なら眠りを妨げることがない消化管の症状でも睡眠障害の原因になることも考えられる。従って、睡眠障害の治療としてまず考えるべき治療は、消化器症状があるかを診断して、この症状を改善させることだと言える。

その上で、難しくとも気長に規則正しい睡眠時間を取るよう指導することが重要になる。睡眠は、私たちの精神性や記憶に大きな影響がある。従って、なんとかASDの睡眠パターンを正常域に戻すことは、ASDの治療にもつながる可能性がある。そのためにも概日周期に関わる遺伝子も含め、このデータベースに集まる様々な検査データの相関を調べることが重要だと思う。その意味で、このデータベースの価値は計り知れない。

自閉症の科学14: 注目すべき自閉症の遺伝子研究

2019年8月24日

今日は自閉症の遺伝子研究の解説も兼ねて、スペインからの論文を紹介したい。一般の人には難しい箇所も多いと思うが、ぜひ紹介したい重要な論文なので、なんとか読破してほしいと願っている。

自閉症遺伝子研究の難しさ

自閉症スペクトラム(ASD)は、一卵性双生児間での発症一致率が高いことから、遺伝的要因が高いと考えられている。しかし病気のゲノム研究が進むにつれ、何か特定の遺伝子がASDの発症を促すというケースはまれで、遺伝性はあっても、たくさんの遺伝子が様々な程度に複雑に絡み合って出来上がった脳の状態であることがわかってきた。こうしてASDリスク遺伝子としてリストされた遺伝子は今や100以上になっている。

もちろんASDの原因として単一の遺伝子変異を特定できる場合もある。しかしこの場合も、特定の分子の変異が多くのASDリスク遺伝子の表現に影響を及ぼし症状が出ることが普通だ。

一般の方は、遺伝子変異による病気というと、例えば凝固因子遺伝子の変異で、血液が固まりにくくなる血友病のようなケースを想像されると思うが、実際にはこのように多くのリスク分子の表現が絡み合っている遺伝性の病気も数多くある。

突発性のASD研究の難しさ

このように、ASD発症の原因として一つの遺伝子変異が特定される場合もあるが、ASDの大半は遺伝性はあっても、その遺伝子変異を特定することが難しい。医学ではこのような場合を突発性と呼んでいる。原因遺伝子が特定できる場合でも、また突発性でも、ASDは、1)社会性の低下、2)言語発達の遅れ、3)反復行動、など共通の症状を示すことから、突発性のASDの背景に、多様ではあっても共通の分子メカニズムが存在していると予想できる。しかし研究の攻め口が見つからず、分子メカニズムの研究は難航していた。

自閉症関連遺伝子を調節する分子 CPEB4の発見

今日紹介するスペインのオチョア分子生物学研究所からの論文は、突発性ASD患者さんに共通に存在する分子レベルの手がかりを見つけることに成功した画期的研究で、昨日発行のNatureに発表された(Parras et al, Autism-like phenotype and risk gene mRNA deadenylation by CPEB4 missplicing (CPEB4のスプライス異常による自閉症様形質とリスク遺伝子mRNAの脱アデニル化), Nature 560:441-446, 2018)。

あらゆる詳細をすっ飛ばして、この研究の発見を一言で表現すると「突発性のASDでは短いCPBE4分子の割合が多く、その結果多くのASDリスク遺伝子の発現がまとまって低下してしまう」になる。しかし医学研究者でもこれを聞かされただけでは、なんのことかわからないと思うので、できるだけわかりやすく解説してみよう。

CPEB4とはどんな分子か?

遺伝子(DNA)から読み出されるmRNAには、タンパク質を作る工場、リボゾームと結合するためのアデニンの繰り返すPoly-A tailが付いている。CPEB4はこのpoly-A tailから少し離れた場所に結合して、poly-A tailの長さを調節する起点となる働きを持っている。もしpoly-A tailが削られてしまうと、リボゾームにmRNAを届けられず、タンパク質の合成が低下することになる。これまでの研究で、CPEB4は神経細胞間の連結部位、シナプスでの神経伝達の強さを調節するタンパク質の合成を調節し、学習や記憶に重要な働きをすることがわかっている。

CPEB4は多くのASD関連遺伝子のmRNAと結合する

CPEB4は全てのmRNAと結合するわけではなく、支配するmRNAは3000種類ほどだ。そして驚くことに、これまでのゲノム研究で自閉症リスク遺伝子として特定された遺伝子のmRNAの多くがCPEB4と結合することが明らかになった。すなわち、初めてASDと自閉症リスク遺伝子セットを結合している分子の手がかりが見つかった。

ASD患者さんでは4番目のエクソンが欠損したCPEB4の割合が多い

ではASDの人と、一般の人のCPEB4に何か違いがあるのか?もちろん遺伝子自体の変異はないが、CPEB4 mRNAの中の、4番目のエクソンが欠損しているmRNAの比率が、突発性ASDでは高いことが明らかになった。

DNAから読み出されたmRNAは、核の中でタンパク質の情報部分(エクソンと呼ぶ)だけを選び出す切り貼りが行われ、短いmRNAに変換される。これをスプライシングと呼んでいるが、この時遺伝子の一部を飛ばしてしまって切り貼りすることがよく起こる。この結果短いmRNAができる事自体は多くのmRNAで普通に起こっているが、4番目が飛んでしまったCPEB4mRNAの比率だけがASDの脳で高いというのは、何かありそうだと思える。

しかも、4番目のエクソンが飛んでしまったCPEB4の割合が多い脳細胞では、自閉症リスク遺伝子の25-40%でmRNAのpoly-A tailが短くなり、その結果これらASDリスク遺伝子のタンパク質が作られにくくなることがわかった。影響を受けるASDリスク遺伝子をよく見ると、社会性に関わるオキシトシンシグナルに関わる分子の合成が最も影響を受けていた。

4番目のエクソンが欠けた遺伝を持つマウスはASDの症状が出る

最後に、人の自閉症に症特異的に見られた4番目のエクソンが欠けたCPEB4遺伝子を導入した遺伝子改変マウスを作成し脳を調べると、多くのASDリスク遺伝子のpolyAが短くなり、タンパク質への翻訳が低下し、そしてその結果マウスが自閉症に似た症状を示すことがわかった。一方、単純にCPEB4を神経細胞からノックアウトしただけでは、このような変化は見られず、エクソン4の欠けたCPEB4が多い時にASDの様な症状が起こることが明らかになった。

まとめ

以上が結果で、これまで読んだ自閉症ゲノムの研究では、最も感銘を受けた。何よりも、自閉症リスク遺伝子としてまとめられる遺伝子群にも、明確な分子生物学的特徴(CPEB4結合性)があることがわかった。このような性質が、脳の進化の中でどう誕生したのか?またこの性質が進化的にマウスから保存されているとすると、CPEB4結合性はどの脳機能に関わっているのか?疑問は尽きない。もしこれらの疑問が解けてくれば、自閉症理解は大きく進むだろう。

自閉症理解という観点からいえば、なぜASDで4番目のエクソンがスキップされた短いCPEB4mRNAが増えるのか。これがわかると、治療も可能になるかもしれない。

最後に、突発性ASDのマウスモデルができたことも、今後の研究にとって大変重要な進歩だ。今後の進展に期待したい。