5月6日 白血球から漏れ出したヒストンH4が動脈硬化の引き金を引く(Natureオンライン版掲載論文)
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5月6日 白血球から漏れ出したヒストンH4が動脈硬化の引き金を引く(Natureオンライン版掲載論文)

2019年5月6日

動脈硬化を一種の炎症として捉えることが20世紀後半から行われるようになったが、細菌感染とは違うので、なぜ自分の組織の破壊という炎症のシグナルが動脈硬化で発生するのかよくわかっていない。

今日紹介するミュンヘン・ルードビッヒ・マクシミリアン大学からの論文は、この問題にチャレンジし、好中球のヒストンH4がその引き金であることを突き止めた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Externalized histone H4 orchestrates chronic inflammation by inducing lytic cell death(細胞外のヒストンH4が細胞を融解して炎症を組織化する)」だ。

この研究では、動脈硬化のプラーク内で細胞死が急速に起こって、プラークが不安定になる現象に着目し、この現象と関係する細胞浸潤をまず探索している。その結果、好中球がプラークの不安定性、および血管平滑筋の細胞死と強く関わることを確認する。次にモデルマウスを用いて、好中球数を減らす操作をすると、これを防止できること、逆に白血球が集まるように操作すると、悪化させることを示している。

以上の結果から、好中球と血管平滑筋との相互作用が動脈硬化の引き金になると仮説を立て、平滑筋に好中球を集めるメカニズムについて調べ、活性化された平滑筋が出すCCL7が好中球を集め、そこに好中球がトラップされることが平滑筋の細胞死を誘導することを明らかにしている。

この細胞学的な確認実験の後、ではなぜ好中球が集まると平滑筋の細胞死が誘導されるのかについて、好中球の集合に分泌される分子に対する抗体を用いて細胞死を抑制する実験を行い、なんとヒストンH4に対する抗体が、平滑筋の細胞死を防ぎ、プラークの安定性を高めることを発見する。

この発見が研究のハイライトで、圧巻はリコンビナントのヒストンH4を加えるだけで平滑筋細胞が障害されること、またこれにはヒストンH4の強い陽イオン性が陰イオンの膜と相互作用を起こすことが問題で、細胞表面の陰イオン性をオレイルアミンで抑えると細胞毒性は減じ、またコレステロール硫酸で処理すると障害性が高まることを示している。

そして原子間顕微鏡を用いてヒストンH4で処理した平滑筋膜には穴が空いており、これが細胞融解を誘導することを突き止める。最後に、ヒストンH4のこの穴を開ける作用の中心として働くN末端が細胞膜と接触するのを抑制するペプチドを特定し、これを注射すると平滑筋の細胞死が防げ、動脈硬化巣も安定化することを示している。

全く予想外のメカニズムで驚くが、これが正しいとすると、好中球だけでなく細胞が破壊されヒストンH4が漏れ出てきたら全て炎症の巣になるように思えるが、おそらく好中球にはH4をうまく使う能力がもともと備わっているのかもしれない。好中球特異的だとしても、動脈硬化以外でも同じようなことが起こるのか研究が進むのを期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月5日 非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の新しいメカニズム(5月2日号Cell掲載論文)

2019年5月5日

ウイルスやアルコールが原因ではない慢性脂肪性肝炎は、私が医学部を卒業する前から知られていたようだが、疾患単位としてはっきりしたのは、1980年で、事実、私が卒業して医師として働いていた7年間もほとんど聞いたことはなかった。しかし、現在でははかなり高い有病率で、慢性肝炎の中ではかなりの割合に達するはずだ。これほど重要な病気だが、はっきりした発症メカニズムはわかっていなかった。

今日紹介するバロセロナ生物医学研究所からの論文はこの原因がミトコンドリアと小胞体(ER)間のフォスファチディルセリン(PS)の受け渡しの異常によるとする新しいメカニズムと、それに基づく治療可能性を示した画期的な研究で5月2日号のCellに掲載された。タイトルは「Deficient Endoplasmic Reticulum-Mitochondrial Phosphatidylserine Transfer Causes Liver Disease (ERとミトコンドリアの間のPSの受け渡しの低下が肝疾患の原因になる)」だ。

これまでNASHの原因としてERストレスがあると考えられていたが、このグループはERで合成された脂肪がミトコンドリア(Mt)にうまく移行できないことがERストレス、脂肪代謝異常が合併したNASHの原因ではないかと着想し、MtとERの膜同士の融合を調節するMitofusin2(Mfn2)分子に着目した。

まずNASHの患者さんの肝臓生検標本でMfn2の発現を調べると、単純な脂肪肝の半分程度に低下している。また、メチオニン摂取で誘導するマウスNASHモデルでも低下していることを突き止めた。

次に、肝臓細胞だけでMfn2がノックアウトされるマウスを用いると、肝臓の慢性炎症がおこり、肝細胞の細胞死が高まり、肝硬変へと進行することがわかった。すなわち、Mfn2によるER/Mt膜のコンタクトがうまくいかないとNASHを発症することがわかった。また生化学的な検討から、Mfn2は、PSがER膜からMt膜へと移行し、そこで、Phospatidylethanolamin(PE)が合成され、またこのPEがER膜に戻ってPhosphatidylcholin(PC)が合成される過程にMnf2がPSS1,PSS2分子の調節を介して関わることを示している。実際、PSS1/PSS2の発現を肝臓へshRNAを導入するノックダウンで低下させると、Mnf2ノックアウトと同じ効果があることがわかった。すなわち、このphospholipid代謝異常がNASHを引き起こすことがわかる。以上の結果から、Mfn2により特にPSのERからMtへの移行が進むことで、phospholipidの密度の高いER/Mtコンタクトサイトが形成され、脂肪代謝とERストレスが調節されていると結論している。

この異常は、Mfn2遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクター投与で解消し、NASHを治すことができるが、同じマウスの肝臓にBIP遺伝子を導入してER ストレスだけを抑えると、脂肪肝はそのままで、炎症や肝硬変の発症を防ぐことがわかる。

最後に、メチオニンを摂取させて起こすNASHモデルをMnf2遺伝子導入で治療する可能性を検討し、Mfn2を組み込んだアデノウイルス注射により、PSS1/PSS2の関わるPE、PCの合成が正常化し、肝硬変の進行を抑えられることを示している。

以上、まとめるとMfn2はPSのERからMtへの移行を促進することで、PE、PC 合成サイクルをまわし、fospholipidが濃縮したMt/ER膜領域を形成することで、脂肪代謝を調整し、ERストレスを防いでいる。しかし、Mfn2が低下するとこれがうまく働かなくなり、ERストレスと脂肪代謝異常が起こる。したがって、原因はともかくNASHの場合、Mfn2を肝臓に導入することによりNASH治療が可能になるというシナリオだ。

なかなか面白い仮説で、肝臓はアデノウイルスでの遺伝子治療が簡単な臓器なので、NASHにも原因に直接働きかける治療が可能になるかもしれないと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月4日 転座由来のガン抗原(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2019年5月4日

ガンに対する免疫反応を高めるチェックポイント治療は、ガンに対して間違いなく免疫反応が起こっていること、すなわちガン細胞にはガン特異的な抗原が発現していることをはっきりさせた。実際これまでの研究で、メラノーマや肺ガンのように、突然変異が多いガンほどチェックポイント治療に反応する。また、DNA修復酵素の変異により突然変異が多いことが確認できると、ガンの種類を問わず抗PD1治療の対象として認められる。

では突然変異が多いガンしかチェックポイント治療の効果がないのかというとそうではない場合も多く知られている。今日紹介するスローンケッタリングガンセンターからの論文は、このような患者さんの一人を丹念に調べて、ガンのドライバーになる遺伝子転座が特に強いガン抗原になることを明らかにした、臨床的には重要な研究でNature Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは「Immunogenic neoantigens derived from gene fusions stimulate T cell responses(転座による融合遺伝子由来のネオ抗原はT細胞反応を誘導できる)」だ。

この研究は抗PD1治療で完治したと言えるステージ4の頭頸部扁平上皮ガン患者さんの症例を詳しく検討するところから始まっている。この患者さんは肺転移もあることから最初は一般的化学療法が行われ、一年後に再発した後PD1抗体治療を行い、8ヶ月後にガンは全て消失、その後二年近く再発無しで経過している。通常、頭頸部ガンは突然変異が少なく、チェックポイント治療の適用にならないので、この結果は驚きで、なぜこれほど免疫反応が強いのか調べるため、全ゲノム配列決定や、遺伝子発現を調べた結果、この患者さんでは予想通りほとんどガン抗原となる突然変異がない代わりに、頭頸部ガンの原因になることがあきらかな転座によるDEKとAFF2遺伝子が融合が見られ、この融合分子がガンで発現していることがわかった。

あとは、この融合遺伝子が免疫反応を誘導している可能性を調べ、この患者さんの場合、融合分子由来のペプチドがHLAの構造を安定化することで免疫反応を起こしていることを明らかにする。またこの患者さんではガンへのT細胞の浸潤は少ないものの、この抗原に対するT細胞がしっかり誘導され、ガンを叩いていることを証明している。もちろん他のガン抗原が全くないと結論するのは早いが、突然変異がなくともチェックポイント治療の対象になるケースがあり、これはプレシジョンメディシンで予測可能であることを示す結果だ。

次に同じ突然変異の数が少ない頭頸部ガンの患者さん30人を調べ、13人に転座に基づく融合遺伝子が形成され、発現されていることを確認した後、ペプチドを合成して末梢血のT細胞を刺激する実験を行い、一人の患者さんで確かにT細胞の反応を確かめることが可能であることを示している。

最後に融合遺伝子がガン抗原として働ける可能性をガンのデータベースで調べ、融合遺伝子を発現する6000種類のうち、24%が癌のネオ抗原として働ける可能性を示唆している。また、様々な指標をもとに融合遺伝子との連鎖を解析して、融合遺伝子が存在する癌では、免疫チェックポイントがはたらいていることをしめし、これを抑制するチェックポイント治療の効果が一般的に期待できることを示唆している。

以上の結果から、融合遺伝子は全てのガン細胞で発現している可能性が高く、免疫治療の標的としては最も望ましい抗原となることを示し、チェックポイント治療の適応を見極めるためのプレシジョンメディシンの重要性を示している。しかし、例外的な一例をしっかり調べるところから、一般的治療を構想するという臨床医学の真髄を見る論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月3日 チベット高原のデニソーワ人(Natureオンライン版掲載論文)

2019年5月3日

デニソーワ人に関しては2つの大きな謎があった。一つは、現代人の中でメラネシア人が5%という例外的に高いデニソーワ人ゲノムを受け継いでいる点、そして現代のチベット人やヒマラヤのシェルパの高地順応遺伝子の一つがデニソーワ人由来であることだ。

最初の謎については、先日紹介したように、デニソーワ人がポリネシアに直接進出して、14000年ぐらい前までそこで生活していたことが明らかにされ、今後この地域でのデニソーワ人の遺跡を探す研究が進むように思う。

一方、チベット人の高地順応遺伝子の由来がデニソーワ人だったという謎は、今日紹介する中国蘭州大学とドイツ マックスプランク研究所の共同論文により大きく前進した。タイトルは「A late Middle Pleistocene Denisovan mandible from the Tibetan Plateau(チベット高地で発見された中更新世後期のデニソーワ人下顎)」で、Natureに掲載された。

中国チベットの夏河洞窟から1980年に出土していた、アイソトープを用いた年代測定で16万年前後の骨と特定されていた、下顎骨と歯がすでに出土していたが、DNAはすでに破壊されており、ゲノム解析が困難だった。そこに登場したのが、最近古生物学で利用され始めたコラーゲンのアミノ酸解析技術で、たんぱく質自体は核酸より経時的変化に強いので、系統解析に使えると期待されている。

この研究では、この骨から6種類のコラーゲンを取り出し、そのペプチドの配列から系統樹を解析し、これまで発見されている人類の中ではデニソーワ人に最も近いことを明らかにしている。

新しいデータはこれだけだか、これが正しいとするとインパクトは極めて大きい。

  • 同じ形状の下顎と歯はチベットを含む中国で中更新世人類として既に多く発見されており、今後の解析で、それらがデニソーワ人であることが確認される可能性が高い。
  • 今回解析された歯の形状は初期ホモ・サピエンスと、中更新世人の中間に位置しており、デニソーワ人と考えても問題はない。
  • デニソーワ洞窟以外のデニソーワ人が初めて発見され、今後骨格についてさらに研究が進む期待が持てる。
  • 3000mの高地で発見されており、高地順応遺伝子の謎が解ける。

などだ。しかしでデニソーワ洞窟の歴史に関する論文やポリネシアへの移動から、デニソーワ人は暖かいところが好きかと考えていたが、氷河期の寒い時代に高地で生息していたとすると、極めて高い適応能力があった人類かもしれない。

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5月2日 血液中に漏れ出たガンDNAを使う診断法が実用に近づいてきた(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2019年5月2日

ダウン症候群の子供を、母親の血液に漏れ出てきたDNAで出生前診断することは、すでに信頼の置ける検査として定着している。このように、増殖と細胞の破壊が並行して起こる場合は、その細胞由来のDNAが血中で検出できる。当然、同じことはガンでも起こり、バイオプシーの代わりに血液中のDNAでガンを診断する方法の開発が進んでいる。

ダウン症のように、ガンで特異的に見られる突然変異をマーカーとして使える場合は、治療効果や、再発、転移を診断するために利用できることも確認されている。しかし、存在するかもしれないガン細胞がどの遺伝子を発現しているのか全くわからない場合は、血中のDNAを網羅的に調べて、突然変異の同定から始める必要があり、簡単ではない。

今日紹介するマンチェスター大学を中心とする研究グループからの論文は、全遺伝子ではないが、ガンで変異で起こりやすい641種類の変異に焦点を絞って、血中のDNAにリストした遺伝子の変異があるか調べる簡易型の方法を用いれば、かなりの確率で新しいガンの遺伝子診断が可能であることを示した論文でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Utility of ctDNA to support patient selection for early phase clinical trials: the TARGET study (血中DNAを初期段階の臨床試験の患者さん選びに用いる可能性:TARGET研究)」だ。

この研究では、バイオプシーしたサンプルと、血中DNAに存在するガン特異的変異の存在を比べることで、ガンの診断を行うだけでなく、分子標的薬の治験の対象者を選ぶときに使えるか調べている。

まず決まった641種類の遺伝子に焦点を絞って純化した後増幅することで、ガン特異的変異についての信頼できるデータが得られられるようになっている。テクノロジーを見ていると、古代人の骨から採取したほんの少量のDNAの配列を調べる方法とほとんど同じで、一般に販売されているキットを組み合わせてデータが得られるように計画されている。

最初様々な条件を20人のサンプルで検討した後、22種類のガンと診断された100人の患者さんで、実際の臨床で治療のための最適な分子標的薬を選択できるかについて調べている。検査にかかる日数は、20−80日とばらつくが、平均33日で、現在イギリスでのゲノム診断が30日なので、実用的レベルに達している。

結果だが、バイオプシーによる遺伝子検査との一致率は79%で、十分実用的になってきたと言える。さらに、この方法では遺伝子コピー数の変異も調べられる点で、現時点でもバイオプシーを補完するところまでは間違いなくきている。

個々のガンで見ると、メラノーマ、小細胞性未分化ガン、乳ガン、大腸ガンなどで変異の発見率が高く、非小細胞性肺ガンや前立腺ガンが続く。特殊なガンを除くと、半分以上は遺伝子変異を見つけることができる。

ただ遺伝子変異があるからといって、ガンと診断できるわけではない。実際、前ガン状態でほとんど重要な変異が見つかる場合も多く、さらに同じ細胞がすべての変異を持つということをこの方法では決められない。

そこで、この研究では発見した遺伝子変異をもとに治療薬を決め治療するということに絞って検討している。すると、100人中41人で治療可能な変異が見つかっている。そのうち、17人は分子標的薬を使わず、通常の治療法を行なっている。13人は治験参加を断られている。残る11人は発見された変異に基づく分子標的薬を用いた治療を行なっている。

結果は、遺伝子変異を元に治療した場合のみ、腫瘍の縮小が見られている。残りの症例も、病状は安定して進行は抑えられたという結果だ。

以上をまとめると、末梢血10mlで、ガンの確定診断はできないが、ガンの遺伝子変異についてはかなりの確度で診断でき、ガンに合わせて治療選択するプレシジョンメディシンのためのとしてはかなり有望な検査に仕上がっていると思う。今後、500人規模の治験が予定されているので、期待したい。

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5月1日 腸管各領域の所属リンパ節は機能的に違っている(Natureオンライン掲載論文)

2019年5月1日

腸管は免疫反応が誘導される最前線で、ここでの自然免疫状態に腸管内の細菌叢が重要な役割を演じている。この前線と司令基地としての所属リンパ節を結んでいるのはリンパ管で、このルートを通ってリンパ球や樹状細胞が腸管組織と所属リンパ節を行き来する。このため、所属リンパ節は、それぞれがカバーしている腸管組織の様々な状態が反映されている。ところが、腸内での免疫を考えるとき、私たちは全てを一括りにして考える傾向がある。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は腸管各領域に所属するリンパ節の細胞構成と免疫機能を丹念に調べた研究で、このような検討がまだできていなかったと驚くとともに、好感が持てる研究だった。タイトルは「Compartmentalized gut lymph node drainage dictates adaptive immune responses (各領域に分離されたリンパ節への流入は獲得免疫を規定する)」だ。

この研究では、十二指腸、小腸、大腸と所属リンパ節を領域ごとに分けて、それぞれの違いを丹念に調べ、免疫反応との関わりを調べている。特に新しいテクノロジーを使うわけでもなく、極めてオーソドックスな研究で、要するに問題設定が面白い点が評価された研究だと思う。結果は箇条書きにする。

  • 所属リンパ節間の連結はなく、従ってそれぞれが独立した免疫の司令基地として働いていることが確認される。
  • レチノイン酸のような脂肪に溶ける物質は、ほとんどが十二指腸で吸収され、所属リンパ節に直接流入するが、他のリンパ節へは循環に入ってからしか流入しない。これは、薬剤の効果を考えるとき重要。
  • 樹状細胞の遺伝子発現を調べると各所属リンパ節間で大きな変化が見られる。また下部消化管に行くほど所属リンパ節には炎症を促進するタイプの樹状細胞が多くなり、一方制御性T細胞の流入を促進するケモカインを分泌するタイプは十二指腸所属リンパ節に多い。
  • これを反映して、制御性T細胞は十二指腸所属リンパ節に多く、炎症性T細胞は下部消化管所属リンパ節に多い。
  • 十二指腸、回腸に直接抗原を注射して腸炎の発症を調べると、回腸に抗原感作した時のみ炎症が起こる。
  • 十二指腸に選択的に感染する寄生虫を感染させると、十二指腸所属リンパ節の制御性T細胞が減少し、トレランスの成立が低下する。

などを示している。様々な感染実験を組み合わせた、さすがロックフェラー大学と思える、オーソドックスな研究で、古い世代としては大変好感を持った。実際同じことが人でも言えるのか、さらに研究が必要だが、ワクチンや、食物アレルギーを防ぐといった観点から考えると、抗原の投与方法の開発で、より抗原特異的免疫操作が可能になるのではと期待する。

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普遍宗教の誕生 フロイト著 「モーセと一神教」(生命科学の目で読む哲学書 第2回)

2019年4月30日

これから連載する「生命科学の目で読む哲学書」は、哲学を学ぶことが目的ではない。45年前臨床医としてスタートしたのを皮切りに私自身が関わった生命科学とはなんだったのか、現役を引退した今、今度はアウトサイダーとして知りたいという個人的動機に基づいており、もちろん独断と偏見で作業を進めるつもりだ。また、取り上げる著書も、ほぼ全て日本語訳をベースとしており、翻訳というベールを通しているため、著者が伝えたい内容について正しく理解ができているのかどうかはわからない。しかし哲学を講義するわけではなく、私がその本を通して考えたことを伝えることが目的なので、それで十分だと思っている。従って哲学を知ろうと私の文章を読んでもらっても期待外れに終わること間違いない。しかし、こんな本があるのだということについては、的確に紹介して、古典を読むことの楽しみを伝えたいと思っている。

こう断った上で、生命科学の誕生までの歴史を、哲学の始まりから時代順に考えるつもりだが、第一回目としてフロイトの「モーゼと一神教」(渡辺哲夫訳:ちくま学芸文庫)を選んだ。

図1 私が利用したちくま学芸文庫のモーゼと一神教(実際にはキンドル版)。

時代順と言いながらなぜ20世紀に書かれたこの本から始めるのか、説明が必要だろう。

異論もあるだろうが、18世紀、生命科学の萌芽が現れて以来、生命科学は宗教とほぼ敵対的関係にあったと私は思っている。現代では、多くの哲学者や生命科学者にとって、無神論は特別なことではなく、先進国では無心論者であることを理由に迫害されることはまずない。それどころか、リチャード・ドーキンスの「神は妄想である」や、ダニエル・デネットの「解明される宗教」(原題はBreaking the Spellで「宗教の魔力を破る」といった意味で反宗教性が明確になっている)のように、宗教に対してより戦闘的に挑戦している著書も多い(図2)。

図2:ドーキンスの「神は妄想である」(早川書房)とデネットの「解明される宗教」(青土社)。デネットの本の原題は「Breaking the Spell:Religion as a natural phenomenonとより戦闘的なタイトルになっており、邦訳時に少しソフトに意訳されているが残念。

わざわざ神を信じている人たちの気持ちを逆なですることもないのにとは思うが、この背景には、今も世界では宗教が多くの人を支配しており、しかもこの精神的支配が世界に絶える事なく続いている紛争の最も大きな原因になっているという焦りがあるのだと思う。確かにヒトゲノム計画を牽引したフランシス・コリンズのように、宗教と科学が調和できるという考えをとる人達もいるが、歴史的に見ると宗教と生命科学は本質的に互いを認め合えない関係にあると私は思っている(この点については何度も議論する予定)。

こうしてみてくると、生命科学の歴史を考えるとき、宗教との関係を抜きに議論することができないことは確かだ。言い換えると、宗教(特に一神教)は、生命科学誕生の過程に影のように寄り添って存在してきた。従って、生命科学の歴史を考える最初は、宗教の誕生についての本を取り上げることにした。

さまざまな本が考えられるかもしれないが、私は宗教(特に一神教)の誕生を考える本としては、ナチスの狂気に追われ潜伏生活を経て亡命を余儀なくされた晩年のフロイトが渾身の力を絞ってユダヤ教の誕生を考えた「モーゼと一神教」以外にありえないと思った。

モーゼと一神教は2部に分かれており、第1部はナチスから逃れて隠遁を余儀なくされたウィーンで、そして2部はイギリスに亡命後に書かれている。すなわち、彼が晩年に残した遺言とも言える著作で、この一冊でフロイトがどんな人だったのかを理解することができる。

いうまでもなくフロイトはユダヤ人だが、この本ではユダヤ人をユダヤ人たらしめているユダヤ教を、神を信じない科学者として分析する、すなわちある意味でユダヤの伝統を拒否し、科学者としての自分を優先させて分析することで、宗教、特に一神教を誕生させる人類共通の心理に迫ろうとしている。

この本の中で、彼が、当時のユダヤ教やキリスト教からの強い嫌悪と非難の声を覚悟しつつ提案したユダヤ教誕生のシナリオをまとめると次のようになる。

  • ユダヤ民族に一神教を最初に伝えたモーゼは、エジプトのおそらく身分の高い貴族の子供だが、将来自分に敵対することを恐れた父親の殺害命令をからくも逃れ、神官に育てられ成人したエジプト人だった。
  • 成長したモーゼは、太陽神=王権を基盤とした、死後の世界にこだわる(ミイラを思い出してほしい)エジプトの民族宗教を、より抽象的な一神教へと改革したアメントホーテプ=イクナートンの新しい宗教アートン教に関わり、イクナートンが排除されると同時に、エジプトから追われた。
  • 迫害を逃れたモーゼは、当時エジプトで奴隷同様の生活を送っていたユダヤ人に身をやつし、エジプト固有の宗教を超えた厳格で抽象的なアートン教をユダヤ民族に伝えることで、ユダヤ人として生きることを決意する。
  • しかし、民族宗教の世俗性を切り離し、神の絶対性を唱える厳格なアートン教はユダヤ人にも受け入れられることがなかった。それどころか、この一神教を伝えたモーゼは、ユダヤ人により疎まれ殺害される。
  • その後ユダヤ民族は迫害を逃れカナンの地へと移動するが、この時民族のアイデンティティと誇りを、「選民思想」、すなわち神に選ばれた民族という教義に基づく一神教に結実させる。これが出エジプト記だが、この時綿々と受け継がれていたモーゼの一神教の思想を新しい宗教に融合させ、自ら殺害したモーゼをユダヤ教の祖として、出エジプト物語として復活させる。

この本では、それぞれの歴史的可能性が丁寧に検証されており、歴史的読み物としても面白い。例えば、ユダヤ人の象徴とされる割礼は、エジプトですでに導入されていたこと、あるいはモーゼという名前がユダヤ的でないことなどだが、この検証は全て割愛していいだろう。ぜひ自分で読んでほしい。実際、フロイトのシナリオであれ、ユダヤ教が公式に持っているシナリオであれ、完全に証明することは困難だ。

この本で扱われているテーマにフロイトが着手するのは「トーテムとタブー」(1913年出版)からだが、当時フロイトだけでなく、宗教をタブーとせず、所詮人間心理の産物であると考え、そのルーツを各民族の伝承に求める文化人類学として始まっていた。例として、「モーゼと一神教」でも引用されているオットー・ランクの「英雄誕生の神話」(1909年出版)や、有名な「金枝篇」の著者ジェームス・フレーザーが著した「旧約聖書のフォークロア」(1918年出版)を挙げることができる(図3)

図3 オットー・ランクの「英雄誕生の神話」とジェームス・フレーザーの「旧約聖書のフォルクロア」。すでに絶版になっている。

「英雄誕生の神話」では、高貴な家庭に生まれた嬰児が、成長後その子に殺されることを恐れた父親の手を逃れて成長し、結局父親を殺し、時に母と結婚するという、いわゆるエディプス神話が、世界中の神話や民話の中に見られることが多くの例とともに示されており、モーゼの物語もその一つの例であることがわかる。

また「旧約聖書のフォークロア」では、旧約聖書の多くの物語が、聖書とは無関係の多くの未開人の神話や言い伝えと共通の内容を持っており、人類の内的な心理的進化を反映していることを主張している。例を挙げると、人類創造神話で、まず土のチリで男性(アダム)を作り、その肋骨から女性(イブ)を作るという話は、ポリネシア、ビルマ、ペルーなど多くの地域で共通に語られていることなどだ。

検証したわけではないが、おそらくこのような、宗教を神により与えられるものではなく、人間心理の産物として理解しようとする民俗学・文化人類学は、19世紀のダーウィニズムの影響を受けているのだと思う。今もダーウィニズムは宗教から敵視される最大の科学的テーゼだが、20世紀に入ると、長く科学を抑圧してきた一神教を、人類の脳の進化の一面でしかないとする反撃が公然と始まる。

もともとダーウィニズムを強く支持していたフロイトは、宗教に関する文化人類学的進展に、ダーウィニズムの立場を統合して、新しい議論ができるのではないかと着想した。さらに、当時ロシア、イタリア、ドイツなどヨーロッパに拡大していた国家主義の狂気に対して、これまで自由な思想を抑圧する側にあった宗教が、今度は自由を守る盾になっている歴史的皮肉も、この作業を進める大きな動機になったのではないだろうか。

「トーテムとタブー」で始めた作業は、「モーゼと一神教」では、よりわかりやすい議論に仕上がっている。おそらくこの理由は、フロイトにとって最も馴染みのあるユダヤ教とユダヤ民族、すなわち自分自身と自分の属する民族を分析対象として取り上げたことが大きいと思う。しかも馴染みの題材を、科学者の立場を徹底させて分析したため、問題が整理され、それ以前よりはるかに明瞭な議論を展開することに成功している。

ただ、フロイトが向かったのはユダヤ人フロイトだけではなかった。ナチスの狂気により否定されたもう一人のフロイト、すなわちドイツ語を話すオーストリア人としてのフロイトについても向き合おうとした。ナチスを支持したドイツ語文化圏とユダヤ教を信じるユダヤ民族はフロイトの中では重なっているのだ。

今になって考えてみると、ヒットラーが現代ドイツ思想の背景に抹殺すべき父親として無意識的に存在している現実を、フロイトはすでに予測していたのかもしれない。こう考えるとこの本を書いているフロイトの頭の中では、モーゼ、イエス、そしてさらにはヒットラーが重なり、宗教に代表される集団現象の背景にある共通性を見つめようとしたのではないだろうか。

残念ながら、この本ではヒットラー論は出てこない。代わりに、イエスとモーゼの物語の重なりについては、詳しく述べている。モーゼと比べた時、イエスの誕生物語は貧しい家庭に生まれた点で全く異なっているように見える。しかし受胎告知と処女受胎の話は、イエスの父が神=高貴である可能性を匂わせている。とすると、イエスの物語も、モーゼの物語も同じになる。成人すると、モーゼと同じくイエスも新しい厳格な宗教をユダヤ人に伝え、その結果ユダヤ人により殺害される。そして、ユダヤ教がもう一度カナンで再興される過程で、自ら殺したモーゼを新たに復活させたように、キリスト教では、パウロというユダヤ人が旅の途中で思いついた(パウロの回心として知られる。パウロは直接キリストの弟子として接していたわけではない)ユダヤ教の枠を超えた新しい宗教と、キリスト殺しの話を融合させることで、世界宗教が誕生する。

フロイトはこの3者(実際にはヒットラーについては書かれていないので2者)に共通の現象を見る。すなわち、教義を伝えた原父の殺害と能動的な忘却、そして記憶の呼び起こしと原父の回帰による一神教の確立という過程を見る。そしてこれが彼の研究の中心であった神経症の過程に類似していることに気づき、一神教誕生や集団心理の狂気も、彼が個人の精神発達と病理を説明するために使ってきた概念、エス、自我、超自我、そして無意識、前意識という基本概念で説明できるのではと構想し、「トーテムとタブー」以来作業を進めてきた。

そこで「自我とエス」に掲載され、私も以前生命誌研究館のブログで利用した有名な図を下敷きに、これらの概念について手短にまとめておく(図4)。

図4 フロイトが人間の精神発達とその病理を説明するために作った有名な図。生命誌研究館ブログより引用:http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000009.html

初めてフロイトを読む人にとって、こんな図を見せられると余計混乱するだけだと思うが、この図でフロイトは私たちの心と体が完全に一つに一体化していることを表現している(私にはこの図は彼のデカルト2元論克服への意志の現れだと思っている)。この図の中でエスと書かれているの部分を、私は人間の発生過程で形成される神経ネットワークだと読み替えている。もちろん進化の過程を経て、このネットワークには原始的な本能が組み込まれており、その中で重要な地位を占めるのが欲動だ。自我形成の最初ではこの欲動が母に対する性愛的傾向として現れる。「性愛的」はフロイト的な言葉だが、お母さんの乳房を求める本能がなければ、人間は生きていけない。これをもう少し近代脳科学的に書き直すと(図5:同じ生命誌研究官ブログより引用)になるが、いずれにせよ、欲動がなければ外界からのインプットを積極的に求めることはなくなり、自我の発生が遅れる。

図5 フロイトの考えを現代脳科学的に書き直した。JT生命誌研究館ブログ参照(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000009.html)。

こうして始まる外界からの刺激によりエスが書き換えられ、自我が形成される。この時、母に続いて発達期の乳児の前に突然登場するのが父親で、この登場によってよる母への性愛が中断される。

この父の概念に関してもフロイト的表現でわかりにくいと思うので、誤解を恐れず言い換えてみよう。お母さんとだけスキンシップで結ばれ満足している子供にとって、父親がどのように登場するかを、子供の立場から考えてみると、次のようになるのではないだろうか。

「せっかくお母さんの乳房を唇で感じて満足しているのに、横から「いい子だいい子だ」などと自分を引き離す決まった誰かがいる。目がよく見えないので、匂いや音からしかわからないが、敵に違いない」。

その後の視覚を中心とした感覚器の発達や自我の発達により、父親が母親を奪い合う相手、そして最後は、結局自分の欲望を抑えてでも引き下がらなければならない相手として明確に意識され、その結果母への性愛の気持ちは、無意識へと押し込まれるという点も理解してもらえるのではないだろうか。

これが父親に対するエディプスコンプレックスで、父親と言う超えられないルール=超自我により、自ら欲動を無意識へとしまい込んだという心的外傷が多かれ少なかれ、誰でもに生じる。ただ、この発達期の過程で実際に遭遇する体験は多様で、性的、攻撃的な印象を受けた人間に、何らかのきっかけでこの心的外傷が再登場すると、神経症として現れるとフロイトは考えている。そして、その時殺していた父も再登場する。

考えてみれば、モーゼの物語やキリストの物語も同じプロセスではないかとフロイトは言う。ユダヤ教で言えば、モーゼを殺害することで一旦葬り去った彼の宗教は心的外傷のように民族に潜在的に生き続け、神によって選ばれた最も優れた民族というユダヤ民族の誇りを新しい一神教へと結実させる時、新しく復活したことが、神経症の過程と同じだと主張する。

歴史的過程の共通性の中に、人間心理の共通性を発見し、歴史の必然性を説明する。この本を読むまで、モーゼがエジプト人などと考えたことはなかったし、度肝を抜かれるとともに、一神教の誕生に新しい見方を教えてくれた、素晴らしい本だと思う。

しかし生命科学者としての私にとっては、この本の素晴らしさは、シナリオの面白さや、神経症と歴史を結びつける新しい視点の斬新さにとどまらない。最も感銘を受けたのは、彼がこの個人の心理と集団の心理の類似性を指摘するだけでなく、生命科学的に説明しようと努力している点で、これこそが生命科学の立場から一神教を論じるための最適な本として最初に取り上げた理由だ。

まず彼の考えを、彼自身の言葉を抜き出して紹介しよう。

まず原父殺し→心的外傷と忘却→回帰、過程が最初に起こった人類初期の家族形態については、ダーウィンの人間の起源を基盤にして、

「原初、小さな群れをつくって生活していて、その群れのそれぞれが比較的年齢の高い男の暴力的支配下にあり、この男はすべての女を独占し、若い男たちを彼の息子たちも含めて制圧して懲罰を加え、あるいは殺害して排除してしまった」(ジークムント・フロイト. モーセと一神教 (ちくま学芸文庫) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.2629-2631). Kindle 版)

という太古の人類の家族形態を提示している。

次にこの家族形態がが父殺しにより解消される様をJJ アトキンスの「Primal Law」に基づき、

「この家父長制度が、父親に抗して団結し父親を圧倒しこれを殺害して皆で喰い尽くしてしまった息子たちの謀叛によって終焉に至った」 (同上、Kindle の位置No.2632-2633).

と描写している。

そして、この父殺しが一定の忘却期間を経て、新しい社会構造へと結実することを、ロバートソン・スミスの「セム族の宗教」に基づいて、

「父親殺害ののち、父親のものであった群れがトーテミズム的兄弟同盟のものになったと考えた。勝ち誇った兄弟たちは、実のところ女たちが欲しくて父親を打ち殺したのではあるが、互いに平和に生活するために女たちに手を出すのを断念し、族外婚の掟を自分たちに課した。父親の権力は打ち砕かれ、家族は母権にそって組織化された」 (同上、Kindle の位置No.2634-2637). Kindle 版.

と、3つの物語を結合して一つのシナリオにしている。

そして、

「つまり、宗教現象は人類が構成する家族の太古時代に起こり遥か昔に忘却されてしまった重大な出来事の回帰としてのみ理解されうる」 (同上、Kindle の位置No.1122-1123). Kindle 版.

と述べて、モーゼ殺しに始まるユダヤ教の誕生も、キリスト殺しに始まるキリスト教も、強いオスの支配する社会から、より平等な社会への転換が、地球上のさまざまな場所で、繰り返し起こったことの記憶に基づく心理的結果だと結論している。

ゲノム解析を含む考古学が急速に進む現代から見ると、フロイトと彼が依拠したダーウィンなどの考えは、そのまま受け入れられない点も多い。強いオスを殺すことは、人類がまだ地面を歩行できるサルといってもよかった時代には当たり前だったと思うが、ホモ・サピエンスや、ネアンデルタール人は言うに及ばず、直立原人の時代でも、同じようなことが起こったのかと考えると、疑わしい。事実、人類進化で男女の体格差が解消され、恐らく強いオスの家族支配が終わるのは、200万年前で、直立原人の誕生以降だと考えられている。もちろんこの時代にトーテムはおろか、人類に高いシンボルを使う能力があったという可能性は低い。したがって、どの時代に、どのような状況でフロイトが考えたような事件が起こり、人類共通の記憶として維持されうるのか研究が必要だと思う。

しかし今のレベルから見て検証が幼稚だからと言って、彼の考えを馬鹿げているとは決して思わない。まず、このシナリオを紡ぎ出すことで、フロイトは一神教の誕生を科学のテーマとして向き合うことの重要性を述べている点に、フロイトの科学者魂を見る。そして何より未来の生命科学を見据えた彼の姿が見える。一神教や文化の誕生は、生命科学の全く新しい課題だ。それを、ダーウィンの提案した枠組みだけで理解できるのか、率直に意見を述べている。

このことを知ってもらおうと、最後に彼の言葉を少し長く引用する。

「確かに、われわれの意見は、後天的に獲得された性質の子孫への遺伝に関して何事をも知ろうとしない生物学の現在の見解によって、通用しにくくなっている。しかし、それにもかかわらず、生物学の発展は後天的に獲得されたものの遺伝という要因を無視しては起こりえないという見解を、われわれは、控え目に考えても認めざるをえない。確かに目下の二つの事例において問題となっているのは同質の遺伝ではない。一方では、捉え難い、獲得された性質の遺伝が問われており、他方では、外的世界の印象に関する記憶痕跡、ほとんど手にとって見ることができるような性質を持つものの伝達が問われている。けれども、実際のところ、根本においては、われわれは一方がなければ他方を思い浮かべることもできまい。もしも太古の遺産のなかに後天的に獲得された記憶痕跡が存続していると想定されるならば、個人心理学と集団心理学のあいだの溝に橋が架けられるし、諸民族は個々の神経症者と同じように取り扱われうる。太古の遺産のなかに記憶痕跡が存在することの証拠として、現在のところわれわれは、系統発生から導き出さざるをえない分析作業中の残滓現象よりも強力なものを持っていないと認めるしかないが、しかしこの証拠であっても、太古の遺産のなかの記憶痕跡の存在を自明のこととして仮定するに十分な力を持っている、と思われる。もしそうでないとするならば、われわれは、分析においても集団心理学においても、踏み出された道を一歩も進めなくなってしまう。われわれの要請は大胆ではあるが、これは避けられない大胆さなのだ。」

(同上:Kindle の位置No.2006-2020). Kindle 版.

一昔前なら、ラマルク主義、ひどい場合はルイセンコ主義と片付けられたかもしれない。しかし現代生命科学、特に人間の科学に関わる人なら、ここに述べられていることの、生物学的新しさを十分理解できると思う。そう、今我々が特に人類進化研究として取り組むべき課題が、明確に述べられている。

例えば、Frans de Waalの「The Bonobo and the Atheist (ボノボと無神論者)」やGary Tomlinsonの「Culture and the Course of Human Evolution」

を読めば(図6)、フロイトのこの問題提起を真摯に受け止めて、彼の提起した問題に、現代生命科学が答えを出そうと努力していることがわかるはずだ。

図6 Frans de WaalとGary Tomlinson著書。Frans de Waalの著書については和訳もあるが、「道徳性の起源」とソフトにした題名にしてニュアンスを壊しているので、あえて英文の本を紹介する。

このように、私は「モーゼと一神教」を老フロイトからの生命科学の未来への提言だと思っており、今後何度も登場させることになる一神教議論の最初として取り上げるべき著作だと確信している。

こうして一神教に触れた後は、ギリシャ哲学の始まりについて、柄谷行人さんの「哲学の起源」を題材にして考える。

4月30日 全身性自己免疫病は皮膚変化が原因(4月18日号JCI Insight掲載論文)

2019年4月30日

SLEを代表とする全身性の自己免疫病は女性に多い。私たちの頃は単純に男女の内分泌システムの違いがこの原因だとされてきた。しかし、性ホルモンが原因だとすると、なぜ思春期前、あるいは閉経後も女性に自己免疫病が多い状態が続くのかを説明できない。

この問題に対してVGLL3転写因子の男女での発現差が自己免疫病の発症頻度の差を決める可能性を示す論文がミシガン大学から4月18日号のJCI Insightに発表された。タイトルは「The female-biased factor VGLL3 drives cutaneous and systemic autoimmunity (VGLL3の女性優位の発現が皮膚と全身の自己免疫を駆動する)」だ。

タイトルにあるVGLL3はまだまだ機能が理解できているとは言えない転写に関わる分子で、脂肪細胞分化や、炎症に関わる可能性が最近指摘されるようになった。このグループは以前、VGLL3が女性の皮膚に男性の3倍程度発現している事を発見し、これが全身性の自己免疫病の原因になっているのではないかという可能性を指摘していた。

この研究では、この仮説を動物実験レベルで確かめるため、皮膚のケラチノサイトでVGLL3を過剰発現させた場合、全身性の自己免疫病が起こるか、トランスジェニックマウスを用いて調べている。この方法では、正常の5−50倍という高いVGLL3の皮膚での発現が誘導される。実験では雄マウスを用いており、これによりVGLL3の効果を性ホルモンとは切り離して検証できる。

結果は著者らの期待通りで、3ヶ月までにはケラチン層の肥厚を伴う強い皮膚炎症が誘導され、病理学的にも人のSLEとよく似ている。遺伝子発現で見ると、VGLL3過剰発現によりインターフェロンやケモカインなど多くの炎症性サイトカインが誘導され、これが炎症の引き金になっていることを示唆する。また、人間のSLE患者さんの皮膚での遺伝子発現と比べると、遺伝子発現プロファイルがよく似ていることが確認される。

次に皮膚に浸潤してくる細胞および、全身の免疫細胞状態を組織学、FACS、さらにCyTofと呼ばれる細胞内のタンパク質発現を単一細胞レベルで調べる方法を用いて調べ、皮膚病変はT細胞、B細胞、樹状細胞が浸潤する典型的SLE病変が起こり、おそらくこの結果として皮膚からのリンパ球を集めるリンパ節や脾臓での強いB細胞の増殖が起こっていることを示している。

この結果として、SLEの代表的な指標である抗DNA抗体をはじめとする自己抗体が上昇し、腎臓にも抗体の沈着が見られることを示している。

以上の結果は、VGLL3の発現が女性で高まるため、炎症性のサイトカインが慢性に分泌され、毎日壊されている皮膚の自己抗原が自己免疫を誘導、その結果B細胞全体の活性が高まるのがSLEではないかと示唆している。

実際には、この分子が皮膚で欠損した場合どうなるのか、自己免疫を誘導した後皮膚からこのトランスジーンを除いたらどうか、など鍵になる実験が欲しいところだが、これが本当なら全身性の自己免疫の治療や予防に向けた明確な戦略が一つ新たに生まれたことになる。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月29日 うつ状態とスパイン(4月12日号Science掲載論文)

2019年4月29日

うつ病は現代社会にとって緊急課題になってきているが、最近経頭蓋的磁場照射を含む様々な新しい治療が開発されてきた。中でも麻酔剤ケタミンを一回投与するだけで、うつ症状が即座に軽快することがわかり、特に自殺防止の点から大きな期待を集めている。この発見は、低調だった向精神薬の開発を加速させ、最近ではエスケタミンという薬剤がFDAにより認可され、本当にこんな高価な薬剤をケタミンの代わりに使っていいのか話題を呼んだ。ケタミンは確かに即効性があるが、長期的観察では効果がなくなるため、臨床試験だけでなく、並行して動物実験による効果のメカニズムを明らかにする必要がある。

今日紹介するコーネル大学からの論文は、マウスにコルチコステロイドホルモンを投与するといううつ病モデルを用いてケタミンが神経伝達のダイナミズムを反映する神経軸索でのスパイン形成にどのような影響を及ぼすか調べた研究で、4月12日のScienceに掲載された。タイトルは「Sustained rescue of prefrontal circuit dysfunction by antidepressant-induced spine formation (前頭前皮質回路の異常を抗うつ剤によるスパイン形成が持続的に回復させる)」だ。

この研究では、まず生きたマウスの脳の中のスパイン形成を継時的に観察し続け、うつ状態により新しいスパイン形成が低下し、逆にスパインの消失速度が高まることで、スパイン形成が強く抑制されること、そしてケタミンを一回投与すると24時間でスパインの形成がん元に戻ることを発見している。

このスパインの回復は、全く新しいスパインの回復だけでなく、半分以上はうつ状態で消失したスパインが回復することを明らかにしている。

次にカルシウムを検出するイメージングを用いて観察視野内でのシナプス活動を調べると、スパイン数の低下を反映して、うつ状態になるとシナプス活動が低下し、それをケタミンによって回復させられることを明らかにしている。すなわち、スパイン形成は生理学的変化と並行している。

さらに、行動とスパイン形成、シナプス活性をつなぐ目的で、マウスの尻尾を持ってぶら下げたときに体を元に戻そうと努力するモチベーションを調べるテストを用いて、それぞれの関係を調べている。このテストで見ると、うつ状態では元に戻す意欲が低下しているが、ケタミンで回復させることができる。

この3つの指標を同時に調べると、行動に対するケタミンの効果は、スパインの回復に先立って起こり、神経回路の回復と一致している。したがって、スパイン自体はケタミンによる神経活動の回復による二次的効果であることがわかる。次に、東大の河西さんたちが開発した方法を用いてスパインを消失させ、ケタミンの効果を調べることで、ケタミンにより神経活動が回復した結果として形成されたスパイン形成は、体を元に戻そうとするモチベーションが長期間維持されるために必要であることも示している。

以上は全てモデル動物の話だが、このような基礎的研究の上に新しい薬剤を地道に開発する努力が必要かと思う。その意味で、新しい点鼻薬についても、くり返し投与がどのような効果があるのか調べてみたいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月28日 良い短鎖脂肪酸と悪い短鎖脂肪酸(Nature Genetics4月号掲載論文)

2019年4月28日

最近様々な媒体を使ったコマーシャルで、短鎖脂肪酸を作るXX菌をキャッチフレーズにしているのを耳にする。この背景には、腸内細菌のバランスを整えるとか、悪玉菌を追い出すとかといった宣伝を行ってきたものの、何百、何千種類もある細菌を本当にコントロールして、例えばヨーグルトの因果性をはっきりさせられるのかという反省がある。一方(私の研究室の大学院生だったということで、論文紹介を控えているが)、一つ一つの菌を地道に調べて、因果性のはっきりした素晴らしい研究を行なっている本田さんたちの論文を読むと、何が善玉で、何が悪玉かを決めるためには血の滲むような努力に裏付けられた最新のメカニズム研究が必要であることがわかる。もちろんまともな企業ならこんなことはわからないはずはなく、今度は因果性が大事だと思い直し、その結果糖尿病や肥満との因果性が明確な物質「短鎖脂肪酸」をキャッチフレーズにし始めたように思える。ただ、短鎖脂肪酸と一括りにすると、思わぬ落とし穴がある。

今日紹介する腸内細菌研究先進国と言えるオランダ・フロニンゲン大学からの論文は、短鎖脂肪酸でも糖尿を防ぐものと、促進する両方があることを示した論文でNature Genetics4月号に掲載された。タイトルはズバリ「Causal relationships among the gut microbiome, short-chain fatty acids and metabolic diseases(腸内細菌叢、短鎖脂肪酸、代謝病の間の因果関係)」だ。

この研究の目的は、膨大な細菌叢ゲノムデータから、特定の短鎖脂肪酸、そしてホストの代謝状態との因果性が明確な細菌を割り出そうとする研究と言える。基本的には、ビッグデータ処理研究だが、その結果明らかになったのは、

  • PWY-5022として知られるGABAを分解してブチル酸を作る経路とインシュリン感受性で、この経路に最も貢献している細菌としてEubacterium rectale, Bacteroides pectinophilus, Roseburia intestinalisと、あまりなじみのないバクテリアが並んでいる。中でもEubacteriumの貢献度は高く、その意味でこの指標については善玉菌と言えるのかもしれない。
  • 一方比較的測定が簡単な短鎖脂肪酸プロピオン酸と糖尿病を相関させると、プロピオン酸の合成が2型糖尿病の原因になること。

を明らかにしている。

要するに、短鎖脂肪酸といっても2種類あって、それぞれを作るバクテリアは違っているため、善玉、悪玉ということが言えることになるが、だとすると我が国の食品メーカーも、このレベルのデータを提供して、善玉だ、短鎖脂肪酸だと議論してほしいものだと思う。

しかも、プロピオン酸についてはもう一つ問題がある。腸内細菌叢でも作られるのだが、食品の保存剤として広く用いられている点だ。我が国の現状は把握していないが、この問題を警告する論文が先週号のScience Translational Medicineに掲載された(Tiroshet al, Science Translational Medicine 11:eaav0120(2019))ので短く紹介しておく。

なぜプロピオン酸が危険かというメカニズムを調べた論文で、最終的に人間でもテストを行った研究だ。まとめてしまうと、プロピオン酸は自律神経を介して、グルカゴンやFABP4の分泌を高め、その結果肝臓でのグルコース合成を高め、高血糖を誘導するという結果だ。この2型糖尿病を誘導する効果は、米国で通常食品保存に用いられる量でインシュリン抵抗性が高まり、逆に食事制限によるダイエットについてのコホート研究の参加者について、血中プロピオン酸とインシュリン抵抗性を調べると、プロピオン酸が低下によりインシュリン反応性が高まり、代謝が改善することを示している。

我が国の現状は知らないが、短鎖脂肪酸を食品メーカーが宣伝のキャッチコピーに使うなら、ぜひプロピオン酸の問題も指摘して、消費者が悪い短鎖脂肪酸を避け、良い短鎖脂肪酸を利用できるようにしてほしいものだ。

カテゴリ:論文ウォッチ