12月18日 ヒト海馬特異的神経回路構成(12月11日 Cell オンライン掲載論文)
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12月18日 ヒト海馬特異的神経回路構成(12月11日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月18日
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今年のノーベル物理学賞はニューラルネットワークを使った AI を実現したホップフィールドとヒントンに授与された。ニューラルネットと名付けられているように脳の神経回路にヒントを得た業績だが、AI 、特に大規模言語モデル(LLM)の成功は、もう一度我々自身の神経回路を AI と比較する研究分野へと発展している。

今日紹介するオーストリア科学技術研究所からの論文はこの典型で、我々のニューラルネットが拡大するとき戦略の一端を示してくれる面白い研究で、12月11日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Human hippocampal CA3 uses specific functional connectivity rules for efficient associative memory(ヒト海馬 CA3 領域は特異的な結合法則を使うことで連合記憶の効率を高めている)」だ。

てんかんが発生する場所を特定するための皮質電極を用いた研究により我々の脳の情報処理の現象論的特徴については理解が進み、脳の活動を大まかに解読することが可能になってきている。例えば、以前紹介した言語処理を脳と LLM で比べた論文などはその典型だ(https://aasj.jp/news/watch/19237)。

今日紹介する論文は、情報処理のアルゴリズムではなく、ニューラルネットワークの構造と機能を回路レベルで比較しようとした研究になる。研究では、てんかんの発生場所を特定して切除された海馬 CA3 部位を細胞が生きているうちに脳のスライス培養に移し、そこに存在する興奮神経に電極を設置して、神経結合性の生理学的実験を行うとともに組織学的解析を組み合わせ、神経回路の特性を定量的に調べている。

てんかん病巣と行っても、組織学的異常はなくてんかんが生理学的病態であることを示唆しているが、それを確認した上で数個の錐体神経に電極を設置し、それぞれの連結を調べている。驚くことに、皮質と比べると CA3 内での神経間結合は極めて少なく、また CA3 に限ってみたとき、マウスでの結合性と比べると 1/3 以下に低下している。

では、人間の CA3 細胞内の結合は単純なのかというと、決してそうではない。神経細胞数でみると、マウスは10万程度の錐体神経が CA3 に存在するが、人間ではなんと170万個と10倍以上に増えている。一個一個の細胞でのシナプス結合が少なくとも、ニューラルネットとしてはマウス異常の結合性を持っている。さらに、細胞同士のシナプスが減ることで、正確で迅速な神経同士の結合が可能になっていることを、生理学的に確認できる。

これに加えて、細胞自体はマウスよりはるかに多く、しかも長い樹状突起を出すことでシナプスに相当するスパインの密度を減らしながらも細胞間の結合性は維持できるように進化することで、正確な情報伝達が起こるようにできている。

また、この樹状突起の構造により脳の様々な部位からの情報を統合しやすい構造ができている。

このようなマウスと人間との構造の違いを、ホップフィールドさんが考案したホップフィールド回路でパラメーターを変化させることで確かめる実験を行い、シナプスの数を減らすかわりに神経細胞数を増やす場合と神経細胞数をそのままにシナプス数を増やす場合で記憶性能を比べると、結合性を落としてニューロン数を増やした方が信頼性の高い記憶が可能になることを示し、進化の方向性が理にかなったものであると結論している。

結果は以上で、このように実際の回路の詳細をさらに詰めることで、AI ニューラルネットで調整できるパラメーターについてのさらなる可能性が生まれることで、脳研究も AI 研究もともに進化する素晴らしい時代が始まっている気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月17日 16時間以上の断食を繰り返すと発毛が抑制される(12月13日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月17日
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ダイエットの代わりに食べない時間を増やす間欠断食は身体全体の代謝改善に役立つことは間違いないが、個々の細胞レベルで見たとき想定外のことが起こるリスクが指摘されている。例えば今年8月、24時間断食では代謝の変化に伴い、ポリアミン合成が高まり腸管幹細胞の活性を高めることが示された(https://aasj.jp/news/watch/25079)。これ自身は素晴らしいことだが、同時に遺伝的に多くのポリープが形成されるマウスで調べると、ポリープの数が高まること、すなわち発ガンリスクが高まることが示されている。

今日紹介する中国浙江大学からの論文は、16時間以上食べない間欠断食が毛根幹細胞の細胞死を誘導し、発毛を抑制することを示した驚くべき論文で、12月13日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Intermittent fasting triggers interorgan communication to suppress hair follicle regeneration(間欠断食は臓器同士のコミュニケーションを通して毛包の再生を抑制する)」だ。

この実験ではマウスの背面の毛を剃った後、16時間あるいは24時間の間欠断食を繰り返し、毛が元に戻る時間を調べている。通常のマウスでは20日目ぐらいから毛が生え始め60日を過ぎるとほぼ完全に元に戻るが、16時間と24時間断食ともに130日までほとんど毛の再生が抑えられ、160日目でも完全に戻らない。写真を見ると驚く差で、この発見がこの研究の全てだ。

あとはメカニズムの追求に進んでいる。まず、毛根幹細胞の活性化の問題かあるいは増殖幹細胞の細胞死の問題かを検討して、活性化は正常に起こるが増殖期の細胞が細胞死に陥るため毛根の再生が抑えられる。最終的にはなんとか細胞数が増えてきて毛は精製できるのだが、間欠断食を続けると完全に毛根が脱落した皮膚も現れ、間欠断食が毛の再生には危険であることが明らかになった。どのぐらいの断食が問題かを調べると、12時間では全く問題ない。

次に幹細胞の細胞死が誘導されるメカニズムを様々な角度から探っているが、毛根でのグルコースやエネルギー代謝の直接変化による問題ではなく、最終的に毛根幹細胞の周りにある脂肪細胞が断食16時間目に急速に縮小、すなわち脂肪を分解し、このときに放出される遊離脂肪酸が幹細胞に作用して細胞死を誘導することを示している。実際、幹細胞が直接遊離脂肪酸に晒されると、脂肪酸の酸化が高まり細胞死が誘導される。また、脂肪細胞の脂肪分解酵素をノックアウトしたマウスでは、断食による毛根再生抑制は起こらない。

次に、毛根幹細胞の近くで見られる急速な脂肪分解の原因になりそうな様々な要因を調べ、例えば迷走神経など神経系の影響やインシュリン低下による脂肪分解ではなく、レプチン系を介したエピネフリンやコルチコステロンの分泌が高まった結果であることがわかる。例えば、副腎を切除すると毛根近くの脂肪細胞の縮小は見られず、毛の発生も抑制されない。

遊離脂肪酸はエネルギー源として働きうるが、細胞死を誘導することが知られている。従って、局所で高濃度の遊離脂肪酸に晒されると、幹細胞が細胞死に陥ることは想定できるが、この原因をさらに探って、遊離脂肪酸取り込みの結果起こる活性酸素上昇、そして細胞炎症が細胞死を誘導していることを示している。

最後に人間でも同じような効果が得られるか培養幹細胞で調べ、遊離脂肪酸により活性酸素が上昇、細胞死が誘導できることを示している。さらに、ボランティアに16時間断食を行ってもらい、毛の再生も調べ、マウスと同じで再生が遅れることを示している。

結果は以上で、毛がなくても全身代謝が改善できれば良いと思えれば問題ないが、断食プロトコルリスクを考えることの重要性を示す論文だ。幸い活性酸素が主原因になっているようなので、ビタミンE など抗酸化剤を局所で使う可能性はあるが、少なくとも高齢者は避けた方が良さそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月16日 感情による遺伝子誘導に関わるノンコーディング RNA (12月13日 Science 掲載論文)

2024年12月16日
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神経刺激ではただ興奮のリレーが起こるだけでなく、興奮した細胞側にも新しい転写プログラムが誘導され、神経回路を質的長期的に変化させる用意が行われる。このとき最初に誘導される遺伝子を immediate early gene( EG:最初期遺伝子 )と呼んでいる。Fos、Egr、 Arc などがよく研究されているが、他にも多くの EG が知られている。

今日紹介するサウスカロライナ大学 Makoto Taniguchi さんの研究室からの論文は、Npas4 と呼ばれるストレスによって即座核などに誘導されることが知られている遺伝子発現が、Npas4 遺伝子のエンハンサー部位から転写された non-coding RNA(ncRNA)により調節され、これが感情経験の記憶に必須であることを示した研究で、12月13日 Science に掲載された。タイトルは「A long noncoding eRNA forms R-loops to shape emotional experience–induced behavioral adaptation(長い noncoding エンハンサー部位の RNA は R-ループを形成し、感情経験により誘導される行動変化をコントロールする)」だ。

おそらくこのグループは noncoding RNA と転写の研究のスペシャリストで、この研究では、コカインによる条件づけ、あるいは逆に強力な相手にであったときのストレスで誘導される Npas4 遺伝子発現に焦点を当て、このとき 3Kb 上流に存在するエンハンサーとプロモーターが近づく際、エンハンサー部位の転写が少しではあるが上昇していることに気づいている。コーディング領域と比べると小さな変化だが、必ず意味があるという確信から機能的実験に進んでいる。

結果は期待通りで、RNA を分解する shRNA あるいは、CRISPR を用いて ncRNA を誘導する方法を用いる実験で、ncRNA が間違いなく Npas4 の転写を誘導していることを確認している。この発見が研究のハイライトで、後は様々な方法を駆使して、ncRNA が転写を促進するメカニズムを明らかにしている。

そしてメカニズムの基本として、転写された ncRNA がエンハンサー部位の DNA と結合することで R-ループを形成し、これによってエンハンサー複合体とプロモーターの会合が促進し、この結果強い Npas4 遺伝子の転写が誘導されることを示している。

R ループは様々な機能があり、場合によっては転写を抑制する場合もある。従って、この R ループが実際に転写を上昇させていることを示すため、Cas システムでエンハンサー部位に RNA 分解酵素をリクルートし、R ループを形成している RNA を分解する実験系を構築し、R ループを形成する ncRNA が除去されると、社会ストレスやコカインにより誘導される Npas4 エンハンサーとプロモーターの結合が抑えられ、pas4 の転写が抑制されることを示している。

最後に、Rループを除去するシステムを利用して、社会ストレスやコカイン条件付けの成立に Npas4 エンハンサーの誘導と R ループ形成が必要であることを示している。

結果は以上で、ncRNA によるエンハンサーの活性調節が神経興奮時の EG の転写の鍵になっていることを示した優れた研究だと思う。さらに、Npas4 だけでなく、Fos でも同じような ncRNA や R ループ形成が起こっている可能性も示しており、今後神経の EG 誘導共通のメカニズムとしてクローズアップされる可能性はある。神経細胞の EG 反応は当たり前として捉えてしまっているが、背景のメカニズムが明らかにより、新たな方向の究への道が開いた気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月15日 我々現生人類に流入したネアンデルタールゲノムの歴史(12月13日号 Science 掲載論文)

2024年12月15日
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太古の昔、ネアンデルタール人と我々現生人類が同じ場所に生きていた時代、交雑が行われ、そのとき流入したネアンデルタールゲノムは我々のゲノム中に維持されていることは、21世紀ゲノム研究から生まれた大発見の一つだ。ただ、交雑は限られた場所と時代に1-2波で起こったと考えられているが、ほとんどは現代人のゲノムとネアンデルタール人ゲノムを比較する研究により決められている。しかし、流入したネアンデルタールゲノムの運命を知るためには、交雑時期から現代までの古代人ゲノム内のネアンデルタールゲノムを調べる必要がある。

今日紹介する Paevo さんにより設立されたこの分野を担うドイツ・ライプツィヒマックスプランク研究所と米国のロチェスター大学、カリフォルニア大学バークレー校から共同で発表された論文は、45000年から2200年までネアンデルタールゲノム流入後の現生人類のDNAに残るネアンデルタールゲノムを調べ、流入後のネアンデルタールゲノムの運命を詳しく調べた研究で、12月13日 Science に掲載された。タイトルは「Neanderthal ancestry through time: Insights from genomes of ancient and present-day humans(ネアンデルタール人祖先を現代と古代の原生人類ゲノムから探す)」だ。

基本的にはインフォーマティックスの研究といえ、世界全土から現生人類ゲノムを集め、その中のネアンデルタールゲノムを特定して、いつゲノム流入が起こったのか、また流入したゲノムが我々の中で維持された進化的理由を探っている。

これまでネアンデルタール人と現生人類の交流は2波に渡って起こったとされていた。しかし、ヨーロッパからアジアに至るまでの古代現生人類ゲノム解析から、おそらく交雑は5万年から6千年ぐらいの間に起こり、このあと現生人類は多様化しながら世界各地に分布したことがわかる。

面白いのは、現代人で見るとアジア人はヨーロッパ人よりネアンデルタールゲノムの比率が高い。一方、古代原生人ではこの差が見られないことから、おそらくアジアでは別の交雑機会があった可能性がある。さらにアジアの古代ゲノムを解析する必要がある。

さらに面白いのは、今回解析した中で最も古い45000年前の現生人類のネアンデルタールゲノムは、その後の現生人類にのこるネアンデルタールゲノムとははっきり異なっており、6000年という長い期間に起こった交雑の中の一部のネアンデルタールゲノムだけが生き残っていると言える。

こうして導入されたゲノムは、流入が止まると自然に薄まっていく。しかし、現代の人間に残っているのは全ネアンデルタールゲノムの6割程度で、これが薄まって人類に散らばって存在している。これは散らばっている遺伝子を集めたときの数字で、一人一人の個人に残るネアンデルタールゲノムはたかだか2%程度だ。もちろん時代を遡るとこの割合は増加するが、交雑後100世代で急速に各個人のネアンデルタールゲノム比率は低下しており、3万年前にはすでに3−6%になっている。

それぞれの遺伝子に着目して進化的に選択され残りやすい遺伝子を調べると、これまで報告されていたような選択的に残りやすい遺伝子リストが形成できる。一方で、4割以上のネアンデルタールゲノムは現生人類では消失しており、自然選択されたことがわかる。

残った遺伝子の例として特に6割以上の現代人に残る遺伝子として神経シグナルや発達に関わる TANC1、 BAZ2B、そしてこの論文では皮膚の色素形成に関わるとしてBNC2遺伝子があげられ、これらがネアンデルタールから受け継いだ重要な遺産として我々が使っていることを示している。

この最後のデータを見て驚いたのは、彼らが皮膚の色素に関わるとして上げている BNC2 は、まさに11月6日紹介した Friedman の論文で、新しく摂食反射をコントロールすることが指摘された分子だ。従って、BNC2 によって危ないものを食べないという神経回路のおかげで我々が生き延びたとする方が、皮膚の色より面白そうだ。今後の研究に期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月14日 不完全脊髄損傷の回復を助ける視床下部深部刺激(12月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年12月14日
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2018年11月に慢性脊髄損傷の患者さんを歩けるようにする硬膜外刺激システムを紹介してから(https://aasj.jp/news/watch/9166)今日まで、このブログで紹介した論文は全てローザンヌ工科大学とそこから派生した企業からの論文を紹介している。脊髄損傷と行っても損傷場所から手損傷の程度まで多様だが、それぞれの状態に合わせた動物モデルの生理学に基づいて研究を進める点が特徴的で、昨年の9月に述べたようにこの研究施設は世界の脊髄損傷治療の一大センターになっているように思う(https://aasj.jp/news/watch/22954)。

今日紹介するローザンヌ工科大学からの論文は、リハビリテーションで回復が可能な不完全脊損患者さんの回復を、視床下部への電気刺激が促進できることを示した研究で、12月2日 Nature Medcine にオンライン掲載された。タイトルは「Hypothalamic deep brain stimulation augments walking after spinal cord injury(脊髄損傷の後の歩行を視床下部の深部刺激が増強する)」だ。

所属を見ると、ローザンヌ工科大学には脊髄損傷を研究して歩けるようにするための様々な研究グループができているようで、成果に合わせて規模も発展していることがわかる。そして様々な研究が行われているようで、今日紹介するのは、リハビリテーションで回復する可能性がある不完全脊損の研究だ。

自然に回復が見られる胸椎下部脊髄の片側に損傷を受けたマウスが回復する際の脳全体の活動を調べ、脊髄損傷で活性が低下し、歩行が回復するときに活性が高まり、腰椎への投射が損傷で低下し、回復とともに上昇する神経領域を Fos などの神経活性化転写因子を指標に探索し、視床下部害側部だけがこの条件を満たすことを突き止める。

なぜ回復時に外側視床下部 (LH) が関わるのか完全なメカニズムの研究はこれからだと思うが、視床下部は何度も紹介しているように摂食の調節や報償など様々な機能に関わるので、今後の研究が楽しみだ。

この研究ではストレートに、この領域を光遺伝学的に刺激したとき歩行機能にどう影響するか調べ、期待通り歩行筋肉を増強し歩行回復を助けることを確認している。その上で、外側視床下部は直接脊髄神経へ投射するのではなく、線条体の前巨細胞性網様核を介したシグナルで歩行を高める。逆に LH の活動を止めると、歩行回復は遅れる。

実際には詳細な生理学的解析が行われており、これに基づいて機能回復のための方法を模索している。そして次の段階としてより臨床に近い深部刺激で同じ回復が見られるか、人間の腰椎下部脊損に模したモデルで傷害したラットを用いて確かめている。

以上の前臨床実験を元に、リハビリテーションが遅れ、腰椎下部脊損により歩行障害のある2人の患者さんをリクルートし、深部刺激がリハビリテーションを助けるかを検討している。もちろん人間への適用のためには、まず LH の歩行での役割、MRI を用いた投射の詳しい解析などから、動物と同じ機能を持つことを確認して電極を挿入している。電極挿入時も、意識を保ったまま様々な生理的試験を繰り返しながら至適挿入部位を決めている。患者さんの一人は、手術中に刺激を受けて足が動かされると思わず叫んで、LH 刺激が期待通りの効果があることを示している。

あとは患者さんのリハビリテーションを深部刺激が助けるか長期の経過観察を行い、効果がすぐ現れること、確実にリハビリテーションを助け、歩行器なしの歩行を可能にし、最終的には深部刺激なしに、手すりを持って階段を上ることができるところまで回復できることを示している。

以上が結果で、LH と歩行の関係の発見は、脊髄損傷理解に生理学がいかに大事かを教えてくれる。

1月には、伏見さんたちと脊髄損傷の YouTube 配信を考えており、ローザンヌグループのこれまでの軌跡を振り返ってみようと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月13日 ほぼ全ての膵臓細胞に分化できる幹細胞の培養(12月2日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月13日
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多能性幹細胞からインシュリン分泌するβ細胞を誘導して1型糖尿病を治療することは、ヒトES細胞が樹立されて以来の大きな目標で、このブログでも紹介したように実現しつつある(https://aasj.jp/news/watch/25297)。慶応の佐藤さんたちが開発した腸管オルガノイド培養からもわかるように、もう一つの重要な可能性は組織幹細胞から膵臓のオルガノイド培養を行う方法の開発で、オランダの Cleavers 研究室では胎児膵臓細胞を用いた地道な研究が行われていた。

今日紹介するオランダ Hubrecht 研究所の Cleavers 研究室からの論文は、ヒト胎児膵臓組織からほぼ全ての膵臓細胞へ分化できるオルガノイド培養システムの開発と、その培養から膵臓オルガノイド形成可能な幹細胞の分離についての報告で、12月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「 Long-term in vitro expansion of a human fetal pancreas stem cell that generates all three pancreatic cell lineages(3種類全ての膵臓細胞ヘ分化可能なヒト胎児膵臓幹細胞の長期試験管内増幅)」だ。

おそらくこの論文の前に多くの実験が繰り返されたと思うが、様々な時期のヒト胎児膵臓組織を基底膜抽出マトリックスに埋め込んで長期にオルガノイド培養が維持できる条件を調べ、最終的に一つの培養条件を決定している。そしてこの条件で長期に培養を維持できるのが妊娠中期14-16週の組織で、それ以前でもそれ以後でも長期培養は難しいことを明らかにしている。そして、試験管内で増幅し凍結融解可能なオルガノイド培養株を21種類樹立している。

このオルガノイドでは培養を続けると管腔細胞だけでなく腺房細胞と呼ばれる構造が飛びだしてきて、マーカー解析から管腔上皮、外分泌、内分泌各組織への分化能が維持されていることが明らかになった。増殖因子を除去した分化培養を行うと、消化酵素を分泌する外分泌細胞が現れる。

次はインシュリンやグルカゴンを分泌する膵島細胞分化だが、これにはES細胞分化で開発されてきた培養を用いている。この培養にオルガノイドを移すと、期待通り内分泌細胞が形成され、樹立した胎児膵臓オルガノイドが全ての膵臓構成要素へと分化できることを確認している。

次に、オルガノイドの長期維持を可能にしている多能性幹細胞を特定するため、オルガノイド培養と胎児膵臓細胞、成人膵臓細胞を single cell RNA sequencing を用いて詳しく解析し、各細胞の分布チャートから推察される分化経路の解析から幹細胞特異的マーカーを探索している。この実験で、通常使われる 10xgenomicsのCAP-sequencing ではなく、polyA―RNA をわざわざ使っていることを見ても、方法について厳しい検討が行われているのがわかる。

その結果、多くの幹細胞のマーカーになる Lgr5とTyro が幹細胞マーカーとして利用できることを明らかにした上で、今度は Lgr5 細胞を精製し、一個の Lgr5 幹細胞から、胎児膵臓組織を使ったときと同じオルガノイド培養が形成できることを明らかにしている。

結果は以上で、多くの人が求めていた膵臓の幹細胞を単離し、維持し、分化させることに成功している。この胎児の短い時期だけに現れる細胞の性質が今後さらに明らかになると思うが、膵臓の幹細胞治療にとっては大きな進歩だと思う。

1型糖尿病については、病気発症を防ぐ方法の開発は着々進んでおり、個人的には時間の問題だと思う。しかし、すでに発症した人には細胞移植が重要で、この論文に限らず多くの進展が見られることは、完治も可能な病気になってきたという実感がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月12日 ヒトの一生でおこる造血幹細胞の変化(12月5日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年12月12日
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遺伝子の網羅的解析が可能になって、まず調べてみようという研究も評価されることが多くなった。今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校とハーバード大学からの論文もそんな一つで、胎児期から77歳の高齢者まで22種類のタイムポイントでCD34陽性細胞を分離し、これを single cell RNA sequencing で解析した研究で、12月5日 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「The dynamics of hematopoiesis over the human lifespan(人の一生で見られる造血の動態)」だ。

CD34陽性細胞には、多能性の幹細胞から各系列に分化した幹細胞まで様々な造血細胞が含まれる。この研究では、それぞれのコンパートメントが一生でどう変化するか、そしてそれぞれのコンパートメントでの遺伝子発現の変化を比較して推察される分化能を調べることが研究の目的になる。

胎児肝臓造血、臍帯血、そして骨髄と場所を変えて調べているが、基本的に検出できるコンパートメントは一緒で、造血のプログラムは一生涯安定に維持されていることを示している。

考えてみると、これほどまとめて一生涯の造血幹細胞パターンを見たことはなかった。最近の mRNA からクロマチンまで調べるオミックス研究と比べると単純だが、それでも見ているだけで面白い。

まず胎児肝臓では当然のことながら多能性の幹細胞が多い。しかし生まれたあとの骨髄造血では、リンパ系へのコミットメントが急速に高まり2割ぐらいからなんと7割ぐらいへと上昇する。その後、徐々に赤血球、顆粒球造血へのコミットメントが上昇し、中年期まで安定に維持される。ただ、最も驚いたのは、老化に伴いコミットした細胞が増えるのではなく、逆にコミットしていない幹細胞が増えている。老化に伴い起こってくるクローン性増殖もこの変化を反映しているのかもしれない。残念ながら遺伝子発現だけではメカニズム解明には限界があるので、今後エピジェネティックスに焦点を当てた研究も必要だろう。

それぞれのコンパートメントの遺伝子発現のパターンを定量化する非負値行列因子分解(NMF)を用いてそれぞれの分化プログラムを調べると、一生涯を通して多能性の幹細胞は同じようなプログラムが維持されるが、少し分化した前駆細胞レベルでは分化能が制限された幹細胞が維持されている。各時期によってどのタイプのコミット幹細胞が維持されるかは違うのだが、成人期では主に顆粒球系、リンパ球/巨核球系、そして赤血球/巨核球/好塩基球系の3種類が中心になる。ただ驚くことに、老化とともにこのようなコミット前駆細胞は減って、多能性だが前駆細胞の性質を持つ特に小児期に見られる前駆細胞が増えてくる。これは意外で、詳しいメカニズムの解析が必要になるだろう。

最後に、同じ解析を造血幹細胞のガンといえる急性骨髄性白血病で調べている。すると、正常造血幹細胞と同じように、老化でみられるのと同じような、多能性からコミットまでの変化を認めることができる。ただ、どのタイプになるかは罹患年齢とは関係ない。しかし、老化幹細胞型の白血病ほど予後が悪い。

結果は以上で、全て現象論だが、特に老化に伴う変化に関しては新しい問題が多く提示されたと思う。

昨日、被団協に対してノーベル賞が授与されたが、高齢の被爆者には骨髄異形成症候群や骨髄性白血病の頻度が高まっていることが知られている。すなわち、被爆と老化、ガンの関係をもう一度調べ直す必要がある。おそらくサンプルは残っていると思うので、今後被爆者の方々の造血を、この研究と同じように調べることは、我が国の重要な課題だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月11日 Covid-19 死亡例の包括的解析(11月27日 米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2024年12月11日
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現在は新型コロナ流行の底に有るようだが、新しい株も発見されている上昇してくるだろう。感染の波は何度も訪れているがパンデミック初期のような多くの死亡者を出すまでには至っていないのは幸いで、教科書通りウイルスとの共存状態が成立しているようだ。ただ、安心は禁物で、常に新しい状態に備える必要がある。その意味で、過去の例をゆっくり調べ直すことは極めて重要だ。

今日紹介する多くの機関が参加している Covid-19 国際研究チームからの論文は、感染後死亡までの鼻咽頭粘膜スワブのデータが揃っている40例の死亡例について詳しく解析した研究で、11月27日 米国アカデミー紀要 にオンライン掲載された。タイトルは、「Lethal COVID-19 associates with RAAS-induced inflammation for multiple organ damage including mediastinal lymph nodes(Covid-19 死亡例はRAAS により誘導された炎症による縦隔リンパ節変化を含み他臓器障害が認められる)」だ。

まず鼻咽頭スワブから死亡例では高いレベルの感染が認められる。また、呼吸器系以外の臓器でも細胞死に至る炎症が認められ全身に病気が広がっていることがわかるが、死亡時の肺以外の臓器では全くウイルスは検出されていない。従って、呼吸器感染からどのように全身病へと発展するかが問題になる。

解析は膨大で、気になった点は動物実験まで行ってデータを集めているので、ここのデータについて紹介するのは避ける。幸い、この論文はオープンアクセスで自由に図を見ることができるので、論文にアクセス後、最後に示されたサマリーの図をみながら読んでいただきたい(https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2401968121)。

タイトルにもあるように、全身に広がる最大の原因として RAAS(レニンアンギオテンシン系)の異常が重要な要因になっていると結論している。事実、患者さんでは遺伝性の血管浮腫の原因遺伝子の発現異常が認められ、レニンアンギオテンシン系が強く活性化され、その結果として血管炎症、さらに血栓が生じ、これが臓器のストレス反応を誘導している。さらに、フィブリン沈着により、補体系の活性化も誘導され、心臓、腎臓などの細胞の炎症反応から細胞死へのプロセスが進む。

これまであまり気づかれなかった病理所見として、やはりタイトルにあるように呼吸器につながる縦隔リンパ節でリンパ球の数が低下する一方、繊維化が進んでいることを報告している。これもおそらく一種のストレスによる炎症の結果で、ウイルスに対する特異的免疫が成立しにくい状態ができている。

この二つの原因が続くことで、各臓器の細胞で様々なストレスがかかり、これがそのままミトコンドリアの酸化的リン酸化の抑制、活性酸素の合成を誘導する。その結果、ミトコンドリアが破壊され、そこから DNA や RNA が放出されることで、ウイルス感染がなくても核酸センサーを介する自然炎症が誘導持続し、最終的に細胞死に陥ると結論している。

結果は以上で、進行例の治療の基本は、レニンアンギオテンシン系の正常化、ミトコンドリアの活性化、そして自然炎症の抑制になるが、抗体や抗ウイルス剤が存在する現在では、まず感染を早期に制御し、悪いサイクルが始まるのを防ぐことが最初の治療ラインになるだろう。弱毒化しているとは言え、直近の80歳以上の死亡率は5%程度で、感染すると100人に5人は亡くなる。その意味で、今こそ剖検例を詳しく検討し、全身に対する治療方法を確立することは重要だと思い、久しぶりに新型コロナの論文を取り上げてみた。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月10日 乳ガンのプレアジュバント治療は排卵期に行うと効果がある(12月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月10日
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女性は卵子が成熟する卵胞期から、排卵期、そして黄体期を経て、月経と続く生理サイクルを繰り返しているが、このとき卵巣から出るエストロジェンは排卵期をピークに、またプロゲステロンは黄体期がピークになり、月経前に急減する。このほかにも下垂体系の卵胞刺激ホルモンや、黄体形成ホルモンが生理サイクルに合わせて上下する。閉経後は基本的にこれらのサイクルは停止する。とすると、当然閉経前のガン細胞もこのサイクルに影響されるはずで、ひょっとしたら治療効果も生理サイクルに影響されるかもしれない。といった素朴な疑問を真面目に調べたのが今日紹介するオランダ癌研究所からの論文で、12月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The oestrous cycle stage affects mammary tumour sensitivity to chemotherapy(発情周期は乳ガンの化学療法に対する感受性に影響する)」だ。

ガンの化学療法により生理周期は乱されるため、生理サイクルとガンの治療開始時期についてあまり真剣に考えてこなかったことは確かだ。しかし乳ガンで手術前のネオアジュバント治療が当たり前になった今、治療開始時期には生理サイクルは維持されており、エストロジェン受容体を発現していることが多い乳ガンでは重要な問題になる。

これをマウスの乳ガンモデルで確かめたのがこの研究のハイライトで、まずガンの状態と生理サイクルを調べると、エストロジェンがピークになる排卵前後(動物の場合はこれをestrous(発情期)と呼び論文でもこの単語が使われているが、ここでは排卵期を用いる)で、ガン細胞の増殖は2倍近くになる。

乳ガンのプレアジュバント治療にはエストロジェン受容体阻害剤を用いることが多いが、この研究では系をシンプルにするため、増殖を抑制する抗ガン剤、doxorubicin あるいは cyclophosphamide に絞って投与時期による効果の差があるかを調べている。

結果は驚くべきもので、排卵期に投与した場合と、黄体ホルモンが高まりエストロゲンが低下する黄体期に投与した場合、ガン細胞の抑制効果は2倍に達する。これは一回投与の実験だが、その後生理サイクルが狂った後も抗ガン剤を1週間ごとに投与するプロトコルで生存期間を調べると、一ヶ月後の生存数が黄体期投与で0に対し排卵期投与で40%と大きな差になっている。

エストロジェン受容体がでているから当然のことかと思ったら、Brca1 陰性のトリプルネガティブ乳ガンでも差は大きくないが、やはり排卵期に化学療法を行った方が効果が高い。

そこでメカニズムを調べるため、ガン側の変化として化学療法に対する耐性を高める上皮間葉転換の可能性を調べると、確かに間葉転換が黄体期に起こっていることがわかった。ただ、これではトリプルネガティブ乳ガンについての実験結果を説明できないので、腫瘍血管を調べると黄体期の血管の内径は排卵期と比べ30%近く低下している。一方腫瘍組織に浸潤しているマクロファージの数を調べると、黄体期の方が遙かに高く、このレベルの差が治療中も維持されている。そこで、腫瘍組織のマクロファージを CSF-1 をブロックして除去すると、黄体期でも化学療法の効果が見られるようになる。このように、ガン細胞だけでなく、腫瘍組織を形成しているホスト側の細胞も生理サイクルにより活性が変わることから、エストロジェン受容体の発現に関わらず、ネオアジュバント治療は排卵期に行うことが良いと結論されている。

最後に、マウスの結果が人間にも当てはまるか、排卵期と黄体期をプロゲステロンの血中濃度で区別して、ネオアジュバント治療の効果を調べなおしてみると、一目瞭然、明らかにプロゲストロンが低いときにネオアジュバント治療を始めたときの方が効果が高い。

以上が結果で、極めて素朴な質問から初めて、臨床的には極めて重要な結論に到達している。今多くのガンでネオアジュバント治療が行われるようになっているので、他のガンでも同じことが言えるのか調べるとともに、エストロジェン受容体陽性の乳ガンに対しては排卵期から始めても良いと思う。私が患者なら、医者にそうお願いする。

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12月9日 筋肉の伸張を感知する筋紡錘はマクロファージの調節を受けている(12月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月9日
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筋肉を急に伸ばすと筋肉を収縮させて過度のストレッチが防がれるが、筋肉伸張を感知して反射を誘導するのが筋紡錘で、我々が安定した姿勢を保てるのも筋紡錘が大きく寄与している。ただ、筋紡錘のシグナルメカニズムについては研究する人も少なく、わかっていないことが多い。

今日紹介する Imperial College of London からの論文は、筋紡錘を単離して遺伝子発現を調べるところから始めて、筋紡錘は従来考えられていたように求心性の感覚神経と γ 運動の神経による支配を受けるだけでなく、筋紡錘カプセルと求心性感覚神経と密着したマクロファージにより調節されていることを示した研究で、12月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Macrophages excite muscle spindles with glutamate to bolster locomotion(マクロファージはグルタミン酸を介して筋紡錘を刺激し運動を支える)」だ。

この研究ではまず筋紡錘を分離し遺伝子発現を調べ、神経系の分子に加えて、免疫系の分子の発現が見られることを発見し、これと反応する血液細胞を探索した結果、CX3CR1 ケモカイン受容体陽性マクロファージが伸張レフレックスに関わる筋紡錘と固有受容感覚神経の接合部に接して存在することを明らかにしている。

続いて、筋紡錘と接するマクロファージの遺伝子発現を調べ、血液系の分子とともに、神経や筋肉に関わる分子を発現しているユニークなポピュレーションで、しかもグルタミン酸を分泌する能力があることを発見する。

そこで、光遺伝学システムを筋紡錘マクロファージ (MSMP) に発現させ刺激すると、筋紡錘の関わる伸張リフレックス回路に直接影響して、筋肉の収縮を誘導することを明らかにする。すなわち、筋紡錘による伸張リフレックスはマクロファージによっても調節されていることを発見する。この発見が研究のハイライトで、あとは調節に関わるメカニズムとしてマクロファージがグルタミンを取り込み、グルタミン酸へと転換して分泌することで、NMDA や AMPA などのグルタミン酸受容体を介して伸張レフレックスを調節していること、そして筋紡錘と相互作用しているマクロファージを欠損させると水泳中の足の動きの協調がうまくいかないことを明らかにして、筋紡錘が神経系だけではなくマクロファージともサーキットを形成して伸張レフレックスに関わることを明らかにしている。

結果は以上で、マクロファージ自体が神経系の持つ能力を獲得して、神経・筋回路に関われるとは驚きだ。しかも、神経自体もグルタミンを介してマクロファージを刺激でき、さらにマクロファージも神経と同じように Fos など神経興奮で誘導される転写因子を発現することを見ると、本当にうまくできていると驚く。

いずれにせよ、マクロファージを参加させることで、回路は神経系だけでなく、神経以外にも開かれることになり、筋肉疾患や筋トレーニングを新しい目で見ることが可能になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ