12月8日 進化する SynNotch 遺伝子スイッチシステム(12月6日 Science 掲載論文)
AASJホームページ > 新着情報

12月8日 進化する SynNotch 遺伝子スイッチシステム(12月6日 Science 掲載論文)

2024年12月8日
SNSシェア

抗原に出会うと Notch シグナルが活性化して、同時に導入した遺伝子の発現のスイッチを入れる synNotch システムについては以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/21145)。この論文では、腫瘍特異的 CAR-T に IL-2 を分泌させる synNotch システムを組み込んで、CAR-T が腫瘍に到達したときキラー標的抗原を synNotch 刺激にも使いキラーが働く局所だけでT細胞を増殖させる方法で、CAR-T が苦手とする固形ガンの増殖を見事に抑制しているのに驚いた。残念ながら ClinicalTrial Gov. で調べても IL-2 の治験は登録されていないが、synNotch でキメラT細胞受容体が発現する And型の CAR-T は現在リクルートが進んでいるようだ。

今日紹介する、同じカリフォルニア大学サンフランシスコ校から12月6日 Science に発表された2編の論文は、同じ synNotch を使うと、免疫を抑制するサプレッサーT細胞を作ったり、あるいは脳でだけ働くキラー細胞やサプレッサーT細胞をつくることが可能で、様々な分野に応用が可能になることを示した研究だ。タイトルは、「Engineering synthetic suppressor T cells that execute locally targeted immunoprotective programs(局所で免疫反応を抑える人工サプレッサーT細胞)」と、「Programming tissue-sensing T cells that deliver therapies to the brain(組織を感知してそこでだけ治療効果を発揮するT細胞をプログラムする)」だ。

基本は synNotch で特定の抗原に反応して転写がオンになるシステムだ。今回は、免疫を抑制するサプレッサーシステムの設計で、局所で免疫抑制サイトカインが分泌されるよう設計している。これまでも抑制性 CAR-T をデザインする試みは行われてきたが、この研究ではい免疫抑制性サイトカインだけでなく、いくつかの遺伝子も加えてデザインし、様々なコンストラクトを調べ、最終的に TGFβ1 と CD25 を同時に発現さる synNotch コンストラクトが、キラー細胞の増殖を抑え、標的細胞を守る効果があることを明らかにする。CD25 は最初組織中に分泌されている IL-2 を取り除いて他の細胞の増殖を抑える目的で発現させるが、その後の実験でサプレッサー細胞に選択的に IL-2 が利用されるのも助けていることがわかった。

タイトルを見て IL-10 を使うのかと思ったが最終的に TGFβ1 担ったのも面白く、実験的に確かめて最も有効なシステムをくみ上げている。最初は移植した腫瘍に対する CAR-T の作用を抑えることを指標としてサプレッサーT細胞機能を詳しく検討したあと、最後は試験管内で形成させた膵臓 β細胞に対するキラーT細胞をサプレッサーT細胞で抑えられるか検討している。

もちろんこの方法を1型糖尿病の発症予防に使うことを目的でシステムを構築しており、人工的抗原を発現させた β細胞を移植し、これに対するキラー活性をがサプレッサーT細胞により抑えられることを示している。

残念ながら NOD マウスの糖尿病発症抑制実験までには行っていないが、すでに特異抗原に対する抗体は開発されているので実験が行われていると思う。これができると1型糖尿病の発症抑制が現実のものとなる。

もう一つの論文は、現在 synNotch を用いる治験の対象になっている、グリオーマ治療の特異性を高めるためのシステム構築になる。グリオーマに対する CAR-T 治療は期待を集めているが、標的に選ぶ抗原の特異性の問題がつきまとう。そこで、脳には発現していない抗原を選んだ上で、これに対するキメラ受容体を、脳組織だけに存在する分子でスイッチが入る xynNotch を用いて誘導し、脳でしか働かない CAR-T の開発にチャレンジしている。

研究のハイライトは、脳特異的な分子の特定で、最終的に BCAN と呼ばれるマトリックス分子に対する抗体を用いた synNotch を構築し、これによりグリオーマに発現する抗原を標的にしたキメラ受容体をただ発現させただけの CAR-T と比べても強い活性を持つキラー活性を誘導できることを示している。同じ腫瘍を脳以外に移植した場合は、全く抑制できないことから脳特異的に働く CAR-T ができた。

最初、synNotch として発現させる抗体によって脳内にトラップされ、腫瘍に到達できないのではと思ったが、全く杞憂で、この形で様々なケモカインも誘導でき、腫瘍にしっかり到達して、高い活性を示してる。

また、この方法を脳に転移した乳ガン特異的キラー細胞として使えることも示しており、かなり大きな期待ができる。

そして最後に同じ synNotch システムで IL-10 を誘導することで、多発性硬化症のような脳内での免疫性炎症を抑えられることまで示している。

結果は以上で、同じシステムの使い回しで、多様な免疫操作が可能になることが示されており、またこのシステムの治験も始まっているようなので期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月7日 複雑な果糖の毒性(12月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月7日
SNSシェア

コーンシロップという形状で多くの飲料や食品に果糖が含まれており、我々の健康を損なっていることがわかっている。小腸上皮で代謝されるが、そのキャパシティーを超えると直接肝臓に果糖が流れ込んで脂肪肝の原因になる。さらに、APC遺伝子欠損マウスのポリープ発生をコーンシロップが上昇させることも知られており(https://aasj.jp/news/watch/9897)害は代謝にとどまらない。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、腫瘍の増殖速度を果糖摂取が上昇させるのは、果糖が直接ガンの栄養補給に寄与するのではなくホストの肝臓で処理された脂質が増殖を助けていることを示した研究で、果糖の効果の複雑さを示す典型研究。12月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Dietary fructose enhances tumour growth indirectly via interorgan lipid transfer(食品に含まれる果糖は臓器間の脂質の移動を通して間接的に腫瘍の増殖を高める)」だ。

これまでも腫瘍の増殖を果糖が促進することは報告されており、この研究でもゼブラフィッシュ、マウスの移植ガン実験システムを用いて、果糖摂取がガンの増殖を促進することを確かめている。最初はメラノーマを用いて調べていたが、乳ガンや子宮頸がんでも同じ効果が得られることを確認し、一般的にガンの増殖はフルクトース摂取により促進されると結論している。実際示された図を見ると、効果は著しく、ガンによっては1ヶ月後のサイズが2倍を超える場合も見られ、驚く。これを見るとガンがあるとわかったら、間違ってもコーンシロップ入りの清涼飲料水を飲まないようにしようと思う。

ただ、これは移植ガンの話で、試験管内でのガン増殖系に直接果糖を加えても何の効果もない。これは、ガン細胞では直接果糖から F6P が形成される酵素システムがないためで、ガンが果糖をエネルギーとして利用できる能力は限られている。

とすると、果糖が肝臓で処理されるときに、ガンの増殖を助ける分子が形成されると考えられる。そこで果糖を摂取したとき肝臓で合成されるガン細胞で消費される分子を探ると数種類の lysophosphatidylcholin (LPC) がクローズアップされてきた。果糖の利用に必要なKHK阻害剤を投与すると、LPC の合成が抑えられ、腫瘍の増殖も低下する。また LPC を直接投与すると、ガンの増殖が促進される。そして、腫瘍は取り込んだ LPC をポスファチジルコリンに転換して利用していることを明らかにしている。

結果は以上で、最終的にエネルギーとして果糖が使われているわけではなく、肝臓で副産物として合成される細胞膜の成分フォスファチジルコリンの材料を提供され、分裂に利用していることが示されている。エネルギーだけでなく、様々な材料を使い尽くそうとするガンの姿を見ることができるが、逆から見ると、ガンは兵糧攻めに弱いことになる。繰り返すが、ガンと診断されたら間違ってもコーンシロップを含む飲料や食品は避けた方がいい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月6日 自閉症で高率に見られる CPEB4 スプライシング異常の生化学的解析(12月4日 Nature オンライン掲載論文)

2024年12月6日
SNSシェア

自閉症のゲノムについては解析が進み、レアバリアントとコモンバリアントが統合された一つの状態が神経回路形成に影響して起こると考えられている。一方で、自閉症の細胞で見られる頻度の高い変化を捉えようとする試みも行われ、その一つが2019年、このブログで詳しく紹介したスペイン・オチョア分子生物学研究所からの研究(https://aasj.jp/news/autism-science/11072)で、自閉症神経細胞ではCPEB4 と呼ばれる mRNA の polyA の長さを調節する分子のエクソン4番が飛んでしまっている率が高く、この結果神経機能に関わる様々な分子の翻訳が低下すること、その結果マウスでは自閉症に見られる症状が現れることを示した素晴らしい研究だった。

ただ、ではなぜ小さなエクソンが欠失した分子が少し増えるだけでかなり大きな翻訳の変化につながるのかの詳しいメカニズムは示されていなかった。今日紹介するスペイン生物医学研究所からの論文は、2019年の論文の続報で、CPEB4 の小さなエクソンが相分離やタンパク質の凝集の調節に関わることを示した研究で、12月4日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mis-splicing of a neuronal microexon promotes CPEB4 aggregation in ASD(神経細胞で CPEB4 のミクロエクソンがスプライス異常を起こすことで CPEB4 の凝集が起こることが ASD に関わる)」だ。

CPEB4 のように特定の標的分子がない場合は、その量の調節が重要になる。これまでの実験で、この量の調節に CPEB4 の相分離が重要な役割を演じていることがわかっていた。余談になるが、以前紹介したように MECP2 も相分離によりクロマチンの構造を決めており(https://aasj.jp/news/watch/13574)このバランスが崩れることで、多くの遺伝子の発現が上昇したり、抑えられたりして病態を形成しているようで、相分離は今後の研究の重要な鍵になりそうだ。

研究ではまず GFP で CPEB4 を標識し、神経細胞の定常状態で相分離して存在していること、そしてこの相分離が神経の脱分極に伴う pH 変化により誘導され、相分離体は CPEB4 を隔離して機能を抑制する働きがあることを示している。

次に、自閉症で高率見見られる BPEB4 エクソン4欠損(Δ4)の相分離を調べると、Δ4 分子は相分離から溶けでやすいことがわかった。とすると、機能が高まっていいはずなのになぜ翻訳の低下が起こるのかを相分離だけでは説明できない。CPEB4 の分子構造は相分離だけでなく、タンパク質凝集にも関わることを示しているので、次に凝集塊の形成をしらべると、Δ4 では不可逆性の凝集が形成されやすく、しかも少しだけ存在するだけで相分離体の中で正常な CPEB4 も巻き込んだ凝集体を形成し、CPEB4 機能を抑制していることがわかった。

この凝集体形成には CPEB4 のヒスチジンクラスターによることがわかるが、Δ4 に存在するアルギニンクラスタがこれを抑制していると考えられる。とすると、Δ4 ペプチドだけでもヒスチジンクラスターによる凝集を阻害できると考えられ、Δ4 を模したペプチドを Δ4 欠損分子に加えると、凝集形成を抑えることができる。

以上、このペプチドを用いて治療できるかどうかわからないが、なぜ神経症状が中心なのか、なぜ少しの Δ4 欠損分子の存在が翻訳異常を誘導するのかなどがよくわかる研究だと思う。

しかし MECP2 といい CPEB4 といい、神経細胞では相分離、タンパク質凝集という視点から以上を見直すことの重要性がクローズアップされた感がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月5日 待望のインシュリン感受性を高める抗肥満薬の誕生か?(11月27日号 Nature 掲載論文)

2024年12月5日
SNSシェア

最初糖尿病の治療薬として開発された GLP-1 受容体アゴニスト (GLPRA) が今や抗肥満薬として大ブレークし、その結果研究がさらに進んでいることについては何度も紹介してきた。GLPRA は食欲抑制、代謝改善が重要な作用だが、中枢神経系では吐き気など食べることを忌避する作用があり、代謝改善ではインシュリン分泌促進の作用が重要な位置を占める。そのためすでに糖尿病になっている患者さんでの抗肥満効果は低い。このようなことから、現在糖尿病治療の重要な課題は、身体のインシュリン感受性を上昇させ代謝を改善させる薬剤の開発だ。

今日紹介する、デンマーク コペンハーゲン大学のノボノルディスク代謝基礎研究所からの論文はこれまでとは全く異なるメカニズムの抗肥満薬の開発で、デンマークやノボノルディスクがこの分野で圧倒的リードを保っていることを実感させる研究だ。タイトルは「NK2R control of energy expenditure and feeding to treat metabolic diseases( NK2R はエネルギー消費と摂食をコントロールして代謝病を治療できる)」だ。

結論的に言うと、脳に働いて摂食は抑制するが食に対する忌避反応がほとんどなく、身体全体のインシュリン感受性を高め、脂肪を燃やしてエネルギー消費を高めるニューロキニン2 受容体 (NK2R) アゴニストを開発したという研究だ。

おそらくこのグループも最初からここまで素晴らしい結果が得られると予想しなかったのではないかと思う。最初は、GLPRA の大成功の柳の下の泥鰌を探すために HbA1c の値と相関が見られる GPCR 遺伝子をゲノム解析を通して探索し、その近くにヘキソキナーゼ遺伝子があるため、それとの相関として片付けられていた遺伝子多型の一つがニューロキニンなど様々な生理ペプチドと反応する NK2R とリンクしていることを発見する。また、グリーンランドのゲノムコホートから NK2R の発現が高まると、HbA1c が低下し、グルコース代謝が改善していることを発見する。

そこで、NK2R を刺激するニューロキニンをマウスに毎日投与すると摂食が抑制され、2週間で体重が15%低下、さらに筋肉量などはそのままで脂肪だけが減少することがわかった。ただ、ニューロキニンA は分単位で血中から除去されるので、長期血中濃度を維持できる EB1001、そして EB1002 と呼ぶペプチドリガンドを開発している。EB1002 は一回皮下投与するとすぐに酸素消費が高まり、脂肪酸が上がり、体重が数パーセント低下する。また摂食も強く抑制されるが忌避行動は見られない。

重要なのはインシュリン分泌には全く影響なく、hyperinsulinaemic-eugycaemic クランプ実験で、インシュリン感受性が高まることで、グルコース代謝が高まることを示している。まさに、長く望まれていた薬剤に行き当たったことになる。

驚くのはレプチンが欠損した ob/ob マウスの肥満も治せることで、レプチン受容体を介する刺激とは別に、脳に働いて摂食を抑えるとともに脂肪を燃やして肥満を改善する。これまでと全く異なるメカニズムなので、多くの遺伝性肥満にも対処可能かもしれない。

ただ、摂食行動や代謝改善メカニズムに関しては、ともかく様々な細胞に働いて良い効果があるとまとめた方がいいぐらい特定の細胞経路があるわけではない。EB1002を投与すると、確かに視床下部の神経が反応するがそれ以外に脳全体で反応が見られることから、様々なルートで摂食が阻害される。

また、体温計を身体の各所に埋め込んで体温の上昇を調べると、場所ごとに体温上昇の時間に差が見られるなど、これまでの単純な常識ではまだ理解できない。実際、この受容体は体中で発現していることから、その特定は難しいかもしれない。

ただ、臨床応用への期待は大きいので、老化サルを用いた投与実験を行い、GLP-1 などのような吐き気や不安感は認められないこと、糖尿病のサルもコンスタントに体重を低下させられること、インシュリン感受性を高めて血中グルコースを抑えることができること、インシュリン分泌に全く影響ないので低血糖発作はないこと、脂肪代謝を改善し、LDLやトライグリセライドを低下させられることなど、まさにいいことずくめの薬剤であることを示している。

さてこのまま人間を用いた治験に進むか決断の問題だと思うが、うまく行くような気がする。しかし多くの細胞に作用があることから、ガンの増殖を促進したりと言った可能性もあるので慎重に治験は進められるだろうがノボノルディスクの快進撃は止まりそうにもない。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月4日 腸の幹細胞維持に関する PIEZO メカのセンサーの役割(11月29日 Science 掲載論文)

2024年12月4日
SNSシェア

重力の小さい宇宙で暮らす宇宙飛行士では骨量の減少が起こることが知られているが、現象の背景に2021年ノーベル賞を受賞したメカノセンサーが関わるのではないかと考えられている。特にそのうちの一つ PIEZO は純粋なメカノセンサーで、体中の細胞に発現している。

今日紹介するフランス・キュリー研究所と、カナダのトロント小児病院からの研究は PIEZO の腸管幹細胞システム維持に関わる役割を調べた研究で、11月29日号の Science に掲載された。タイトルは「PIEZO-dependent mechanosensing is essential for intestinal stem cell fate decision and maintenance( PIEZO によるメカノセンシングは小腸の幹細胞維持と運命決定に必須)」だ。

私がまだ現役時代から様々な幹細胞にストレッチを与えたり、あるいはマトリックスの高度を変化させたりしてその機能変化を調べる研究が行われていた。ただ、なかなか面白い現象を超えて研究が進展することが難しかったが、メカノセンサーを担う PIEZO 分子が発見され研究は急速に進展しており、その典型がこの研究だろう。

腸管では OIEZO1、PIEZO2 の2種類が働いており、片方がなくなるともう片方の発現が上がるので、片方をノックアウトしてもマウスに異常は起こらない。この研究では、タモキシフェンを投与したとき PIEZO1/2 両方がノックアウトされるマウスを作成し、成長してからタモキシフェンを投与、腸管の変化を調べ、幹細胞システムが大きく変化していることを発見する。

まず、絨毛の長さが低下する一方、組織の内側に形成されるクリプトが拡大している。この拡大はクリプト内で増殖する細胞が増えているからだが、最も未熟な幹細胞の数は減少している。さらに幹細胞維持に必要な分泌性のパネット細胞も消失していることがわかった。

この組織像の背景にあるメカニズムを、オルガノイド培養や、single cell RNA sequencing を用いて検討し、腸管幹細胞システムで PIEZO の下流で働いている分子メカニスムを解明しており、以下のようにまとめられる。

  1. PIEZO の活性化によるカルシウムの細胞内への流入は、Wnt の発現を低下させる一方で、NOTCH の発現を上昇させる。
  2. NOTCH の発現が低下すると、パネット細胞への分化が抑制され、幹細胞のニッチが形成できなくなる。一方で、パネット細胞へ分化できないため、Transit Apmlifying 細胞と呼ばれる増殖細胞への分化が進み、増殖が高まる。
  3. パネット細胞の低下と、Wnt 発現の低下により未熟幹細胞の維持ができなくなる。

基本的には、幹細胞分化が変化して、ニッチが形成できないため、幹細胞自身が消失するというシナリオになる。

最後に、腸管幹細胞のメカノセンサーが活性化されるメカニズムを探り、以下のことを明らかにしている。

  1. 幹細胞を固いマトリックスの上で培養すると上昇する。
  2. 原子間顕微鏡で腸管のマトリックスの堅さを調べると、幹細胞の回りの基底膜は固い。
  3. 絨毛形成や蠕動運動で生じる幹細胞のストレッチも PIEZO を活性化する。

以上の結果から、腸管幹細胞は常に環境のストレスをメカノセンサーを介して感知することで、NOTCHシグナルを調節して上皮細胞とパネット細胞への分化を調節し、一方で Wnt 分子発現を通して幹細胞の自己再生を促している。

細胞への力学的力の作用を知って驚いていた時代と比べると、研究が大きく進展したことを実感することができた。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月3日 気になった臨床研究論文4編(11月27日 JAMA オンライン掲載論文他)

2024年12月3日
SNSシェア

今日は最近気になった臨床研究をいくつか紹介する。

まずは、米国・サウスカロライナ大学から11月27日 JAMA に発表された論文で、25歳以下の女性の子宮頸がんの死亡率調べたものだ。米国では子宮頸がんワクチンが2006年に導入され、2022年以降12%づつ25歳以下の子宮頸がんの発生率が低下していることがすでに報告されている。この研究ではさらに死亡率について、ワクチンの効果が見られる以前からの推移を調べた研究になる。死亡率はワクチン接種が始まる前から、コンスタントに低下する傾向にあったが、2013年から急に大きな低下が見られ21年まで続いている。すなわちワクチン効果が10年以内に死亡率として明らかになっている。しかし米国でも Covid-19 パンデミックで接種率が2年間低下し、またその後も接種率の上昇が鈍いことから、この影響が2030年ぐらいから死亡率の上昇としてみられることが懸念される。

次の英国・University College Londonからの論文は、文献調査に基づいてアルツハイマー病 (AD) の Aβ に対する抗体治療を行った際の副作用として考えられる脳萎縮について議論した研究で The Lancet Neurology の10月号に発表された。結論的には、抗体治療で Aβ が除去率が高い薬剤ほど脳萎縮が認められるが、症状レベルでは臨床的に問題が起こっていないことを示している。特に効果が高い薬剤ほど全体が萎縮し、脳室が拡大することがわかる。従って、脳萎縮に関してはアミロイド除去による疑似萎縮と考え、副作用として捉える必要がないと結論している。メカニズムに関しては、蓄積された Aβ が除去される効果、アミロイドに対する炎症反応の低下、アミロイドによる脳の浮腫の軽減などが考えられるが、これについては病理解剖をベースにした詳しい研究が必要だと結論している。いずれにしても、長期にわたる追跡調査が必要だ。

3編目は、米国スタンフォード大学を中心とするグループが11月29日 Nature に発表した論文で、主に小児の脳幹部に起こるびまん性正中グリオーマお対する CAR-T 治療だ。この疾患は平均生存率が11ヶ月と極めて悪性の腫瘍で、ほとんど治療法がない。この中でヒストンH3 の変異が認められるグループは disialoganglioside (GD2) を強く発現しており、これを標的とした抗体を用いてキメラT細胞受容体を構築し、これを患者さんのT細胞に導入する CAR-T 治療を行っている。

リンパ球除去処理のあと、まず静脈注射を行い効果が見られるケースは、脳室内注射を繰り返す治療を行っている。基本的にはコントロールをとらない治験だが、2例は脳室内移植を受けずになくなっているが、残りの患者さんは1-3ヶ月ごとに注射を続けている。13人の患者さんのうち、4例では腫瘍の高度の縮小が見られ、20ヶ月以上の生存が可能になっている。そのうち一人は完全に腫瘍が消失し、あと3例でも縮小が見られている。症状レベルでは9例で改善が見られたことから成功と判断し、今後はリンパ球除去処理なしに最初から脳室内投与を行う新しい治験が進行しているようだ。副作用については、投与後全員に免疫反応による炎症が発生するが、これ自体は予測可能でコントロール可能であると結論している。しかし30ヶ月を超えて生存している2人以外は亡くなっており、この差の理由の検討も今後の課題だと思う。

最後は筋肉に浸潤した膀胱ガンに対する腫瘍溶解性ウイルスと免疫チェックポイント治療の組み合わせの第一相治験で、11月9日 Nature Medicine にオンライン掲載された。

これは Rb1 シグナルの機能異常が見られる腫瘍でのみ増殖できるアデノウイルスに、GM-CSF遺伝子を組み込んで、腫瘍を溶解しながら局所的にガンに対する免疫を高め、さらに抗PD-1抗体で免疫機能を高め、腫瘍溶解によるガン抗原を用いてガン特異的免疫を高める治療だ。これを手術前に行っており、手術後免疫機能を高めることができたか組織学的に調べることができる。

面白いのは治療法で、膀胱内にウイルスを詰めた溶液を注入し、1時間排尿を抑制して膀胱内でウイルスを感染させている。第一相試験なので副作用に重点が置かれているが、21人中17人がプレアジュバント治療を終えている。効果だが、治療を中断した3例に加えて、2例が途中で死亡、最終的に17例が手術まで進んでいる。

組織的には T細胞の浸潤が広く認められ、これが腫瘍縮小と強く相関している。さらに免疫効果の指標となる、ガン組織内に形成されるリンパ節用構造も得られることから、進行したシスプラチンに反応性がない膀胱ガンの治療として可能性が高い。

以上のように、腫瘍溶解だけで腫瘍を制御するのではなく、抗原を湧出させて免疫反応を誘導する方法は今後も期待できる。










































@font-face
{font-family:”Cambria Math”;
panose-1:2 4 5 3 5 4 6 3 2 4;
mso-font-charset:0;
mso-generic-font-family:roman;
mso-font-pitch:variable;
mso-font-signature:-536870145 1107305727 0 0 415 0;}@font-face
{font-family:游明朝;
panose-1:2 2 4 0 0 0 0 0 0 0;
mso-font-charset:128;
mso-generic-font-family:roman;
mso-font-pitch:variable;
mso-font-signature:-2147482905 717749503 18 0 131231 0;}@font-face
{font-family:”\@游明朝”;
mso-font-charset:128;
mso-generic-font-family:roman;
mso-font-pitch:variable;
mso-font-signature:-2147482905 717749503 18 0 131231 0;}p.MsoNormal, li.MsoNormal, div.MsoNormal
{mso-style-unhide:no;
mso-style-qformat:yes;
mso-style-parent:””;
margin:0mm;
text-align:justify;
text-justify:inter-ideograph;
mso-pagination:none;
font-size:12.0pt;
font-family:”游明朝”,serif;
mso-ascii-font-family:游明朝;
mso-ascii-theme-font:minor-latin;
mso-fareast-font-family:游明朝;
mso-fareast-theme-font:minor-fareast;
mso-hansi-font-family:游明朝;
mso-hansi-theme-font:minor-latin;
mso-bidi-font-family:”Times New Roman”;
mso-bidi-theme-font:minor-bidi;
mso-font-kerning:1.0pt;}.MsoChpDefault
{mso-style-type:export-only;
mso-default-props:yes;
font-size:12.0pt;
mso-ansi-font-size:12.0pt;
font-family:”游明朝”,serif;
mso-bidi-font-family:”Times New Roman”;
mso-bidi-theme-font:minor-bidi;
mso-ligatures:none;}div.WordSection1
{page:WordSection1;}

最後は筋肉に浸潤した膀胱ガンに対する腫瘍溶解性ウイルスと免疫チェックポイント治療の組み合わせの第一相治験で、119Nature Medicineにオンライン掲載された。 これはRb1シグナルの機能異常が見られる腫瘍でのみ増殖できるアデノウイルスに、GM-CSF遺伝子を組み込んで、腫瘍を溶解しながら局所的にガンに対する免疫を高め、さらに抗PD-1抗体で免疫機能を高め、腫瘍溶解によるガン抗原を用いてガン特異的免疫を高める治療だ。これを手術前に行っており、手術後免疫機能を高めることができたか組織学的に調べることができる。 面白いのは治療法で、膀胱内にウイルスを詰めた溶液を注入し、1時間排尿を抑制して膀胱内でウイルスを感染させている。第一相試験なので副作用に重点が置かれているが、20人中17人がプレアジュバント治療を終えている。効果だが、治療を中断した3例に加えて、2例が途中で死亡、最終的に17例が手術まで進んでいる。 組織的にはT細胞の浸潤が広く認められ、これが腫瘍縮小と強く相関している。さらに免疫効果の指標となる、ガン組織内に形成されるリンパ節用構造も得られることから、進行したシスプラチンに反応性がない膀胱ガンの治療として可能性が高い。 以上のように、腫瘍溶解だけで腫瘍を制御するのではなく、抗原を湧出させて免疫反応を誘導する方法は今後も期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月2日 Proteolethargy : 細胞内でタンパク質の動きが鈍る(11月27日 Cell オンライン掲載論文)

2024年12月2日
SNSシェア

Richard Young はエピジェネティックス、すなわち遺伝子発現の調節研究領域の大御所で、このブログでもすでに8編の論文を紹介している。各論文にはいつも新しい視点や方法が示され、どうしても紹介したくなる。個人的には、2011年3月神戸のCDBシンポジウムを開催したとき、東日本大震災の3日後の開催で多くの講演者のキャンセルが出たにもかかわらず、参加してくれたのを感謝している。

今日紹介するのはこの Young 研究室からの新しい論文だが、なんと遺伝子発現とは全く関係のない分野で、しかも Proteolethargy (タンパク質沈滞)という言葉まで作って、細胞内のタンパク質の運動と慢性病との関係を考えた研究で、おそらく相分離や転写に必要なタンパク質の動態を研究する中で見つけた問題をまとめたのだと思うが、タイトルを見て一瞬 Young の大変身かと錯覚した論文だった。タイトルは「Proteolethargy is a pathogenic mechanism in chronic disease(タンパク質沈滞は慢性病の病因の一つ)」で、11月27日 Cell にオンライン掲載された。

研究では核内の様々な機能に関わる4種類のタンパク質と細胞膜タンパク質に蛍光タグをつけ、こうして発現した細胞内のタンパク質の一分子を高感度顕微鏡を用いて追いかけている。高感度顕微鏡で一分子をキャッチできるのはわかるが、多くの分子の存在する中で追跡する方法の詳細については完全に理解できたわけではない。この方法に蛍光をブリーチした細胞領域に蛍光が回復する時間も細胞内分子運動の指標として用いている。

結果だが、選んだ5種類のタンパク質の全てで、single molecule tracking (SMT) が可能で、この運動が高濃度のインシュリンに細胞が晒されることで20%程度低下することを示している。ここでは、高カロリー食でインシュリン抵抗性が発生した状態を想定し慢性病の一つとして考えているが、次は様々なストレスで起こる活性酸素発生が高まった状況を慢性病の細胞状態として調べ、選んだ全てのタンパク質の細胞内運動が低下していることを発見し、この状態を Proteolethargy と名付けている。

次に Proteolethargy の原因の探索に移っているが、活性酸素上昇で発生することをヒントに、おそらく分子表面に存在するシステインが S-S 結合することでタンパク質同士がつながってしまい、動きが低下するのではと仮説を立て、表面にシステインが存在しないタンパク質の動きを同じように追跡すると動きは低下しないことを発見する。

そこで、システインが5個つながったタンパク質の動きを検出するシステムを作成し、感度を高めた上で高グルコース、高脂肪、炎症、DNA損傷、そして自然免疫刺激など慢性病の一般的原因と考えられている刺激を加えてタンパク質の動きを調べると、全ての条件で Proteolethargy が発生していることを確認している。

これらの条件の多くで活性酸素が発生しており、さらに活性酸素を除去する処理を行うと Proteolethargy が改善するので、Proteolethargy は細胞内活性酸素上昇が主要因であると結論している。

以上が結果で、まとめると様々な慢性病では細胞内活性酸素が上昇し、これがシステインを分子表面に露出しているタンパク質同士の結合を促し、細胞内でのタンパク質の運動を低下させる。この結果、分子間相互作用の頻度が抑えられ、非特異的に細胞全体の様々な活性が低下し、病気になるというシナリオだ。

おそらく、核内での分子同士の集合解離を正確に調べているうちに発想した研究で、Young の大変身ではないだろうが、活性酸素上昇という周知の話に違う視点を与えたさすがのまとめ方と感心した。

余談になるが、イタリアの大作曲家ベルディは生涯悲劇を中心としたオペラを書き続けたあと、最後に喜劇「ファルスタッフ」を作曲するが、この論文を読んでファルスタッフを思い浮かべた。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日 13線地リスが冬眠中に渇きを感じない理由(11月29日 Science 掲載論文)

2024年12月1日
SNSシェア

冬眠中は体温が0度に近づく Thirteen-line ground squirrels (13線地リス:GS)の冬眠についてはかなり研究されているようで、2018年には iPS細胞を作成して、細胞レベルで低温でも細胞内の微小管が崩壊しない理由について調べた素晴らしい研究をこのブログで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/8240)。これに限らず、何ヶ月もの長い冬を、飲まず食わずで、しかも運動なしに過ごすためには様々なメカニズムを進化させることが必要になる。

今日紹介するイェール大学からの論文は、冬眠中に一時覚醒するGSが、覚醒中の欲望、特に渇きにより水を飲む本能的行動をどう抑制しているのか調べた研究で、11月29日 Science に掲載された。タイトルは「Suppression of neurons in circumventricular organs enables months-long survival without water in thirteen-lined ground squirrels(脳室周囲の神経を抑制することで13線地リスは水なしで何ヶ月も生きることができる)」だ。

クマの冬眠は浅い眠りと言われているが、起きることはなく、ずっと飲まず食わずで寝ている。しかしGSは深い眠りだが、たまに覚醒するらしい。以前紹介したように、体温が極端に低下しているのに覚醒できるのかも気になるが、覚醒時欲望が生じると水バランスなどは危険域に達してしまう可能性があり、渇きを抑えて摂水行動を抑えることが重要になる。

この研究グループは、GSの冬眠中の摂水行動に焦点を絞って研究を続けているようで、GSが長い冬眠中にもほとんど血液の浸透圧は変化せず、低浸透圧による渇き刺激は起こらないことを示している。しかし、体温が低くても生きていれば代謝は起こるので、供給がないと体液量が減るはずで、体液料低下を感知するアンジオテンシンとアルドステロンが2倍になっている。にもかかわらず、一時的覚醒時通常なら摂取しない濃い食塩をなめるのに、水を摂取する行動は全く起こらない。不思議なのは NaCl には反応するのに KCl には反応しない点で、よくできていると思うが、このメカニズムも是非知りたいところで、冬眠にはまだまだ面白い課題があることを示している。

とすると、摂水中枢でのアンジオテンシンに対する反応性が低下していると考えられるので、脳室周囲にある摂水中枢のアンジオテンシンに対する反応を調べ、

  1. 一時覚醒時にはアンジオテンシンやアルドステロンは中枢の反応性細胞まで届いている。
  2. カルシウムイメージングで調べるアンジオテンシンに対する反応は、正常でも一時覚醒時でも変わりはない。
  3. ただ、カリウムに対する反応は低下している。

以上、一時覚醒中はアンジオテンシンに対する神経反応は起こるが、神経自体は何らかの抑制を受けている。

そこで、アンジオテンシンで刺激したときの神経の反応を Fos の発現で調べると、3Mの食塩を注射して渇きに反応する神経の興奮を調べると、強く抑制を受けていることがわかる。このため、渇きが抑制され、摂水が起こらないことになる。

最後に、神経細胞レベルでこのメカニズムを探ると、神経細胞レベルで興奮は強く抑制され、強く分極しているため、刺激に対する反応が抑えられていることがわかった。抑制神経の刺激を受けるGABA受容体の数も上昇しており、抑制神経がこの原因であることはわかる。

以上が結果で、なぜ抑制神経に対する感受性が上昇するのかのメカニズムについては明らかでないが、冬眠中のリスは一時覚醒しても水を欲しないのは、摂水中枢が働かないよう抑制されているからだというのが結論になる。結局単純な話になってしまっており、本当のメカニズムの解明はまだまだだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月30日 乳ガンの CDK4/6 阻害剤治療の再検討(11月27日 Nature オンライン掲載論文)

2024年11月30日
SNSシェア

最近 Nature がカバーする領域が大きく広がっていると思う。AI 論文の増加は納得で、いち早く時代を先取りしていると思うが、人間についての様々な研究分野も広く取り上げられるようになっている。

しかし今日紹介するオランダ癌研究所からの論文が Nature に掲載されたのを見て正直驚いた。論文はすでに乳ガンで広く使われるようになった CDK4/6 阻害剤の使用法を見直す医師主導の臨床試験だ。もちろんこれまでも Nature は多くの臨床治験論文を掲載しているが、この研究のように progression free survival だけで、メカニズムなどに全く触れていない論文は珍しいのではないかと選んだ。タイトルは「Early versus deferred use of CDK4/6 inhibitors in advanced breast cancer(進行乳ガンに対するCDK4/6 阻害剤は最初から使う方がいいのか、遅らせるのがいいのか)」で、11月27日オンライン掲載された。

HER2 陰性、ホルモン受容体陽性乳ガンの再発進行例に CDK4/6 が延命効果を持つことが示されたのは2020年で、その何種類もの薬剤が上市され、我が国でも広く臨床に使われるようになっている。このタイプの乳ガンの再発は、通常のエストロジェン拮抗阻害剤の効果がなくなったことを示しており、CDK4/6 阻害剤前には、エストロジェン合成を完全に阻害するアロマターゼ阻害剤と、エストロジェン受容体を分解するフルベストランが使われていた。2020年の治験では CDK4/6 阻害剤とフルベストランとの併用で効果が示されている。

CDK4/6 の効果について同様に認めているこの論文をなぜ Nature が今頃掲載したのか。おそらく、私たち医師の心理の盲点を突く重要な研究だと判断したからだろう。我々医師はいい薬はできるだけ早く使いたいと思う。ただ、乳ガンのように CDK4/6 阻害剤に加えて、アロマターゼ阻害剤 (AI) 、フルベストラン、さらに最近では PI3K 阻害剤や、PPARγ 阻害剤まで組み合わせる薬剤が多い場合、その選択は難しい。

この研究では、それまで行われてきた標準の乳ガン治療の有効性が消失したケースで、CDK4/6 の使用が推奨される場合、まずアロマターゼ阻害剤とCDK4/6阻害剤を組み合わせて治療を始め、これが効かなくなったあと、フルベストランにスイッチするのか、あるいはまず AI でスタートして、ガンの進行を止められない場合、フルベストランに CDK4/6 阻害剤を組み合わせるのかの2種類のプロトコルを比べている。

病気の進行によって組み合わせをスイッチするというフレキシブルな治験で、現在のレギュレーションでは実行しにくい治験プロトコルを選んでいることがまず評価されている。そして何よりも、CDK4/6 阻害剤というメカニズムの違う薬剤は早く使いたいという医師の先入観が正しいかどうか調べた点が最も重要だろう。

結果は、最初から AI+CDK4/6 阻害剤で初め、効かなくなったらフルベストランに代えるプロトコルも、まず AI だけで様子を見て、効かなくなったら CDK4/6 にフルベストランを組み合わせるプロトコルでも、progression free survival にほとんど変化がない。また統計的に、あとから CDK4/6 阻害剤を加えるプロトコルが劣っているという証拠も得られないことがわかった。

また、聞き取り調査による生活の質の違いもなく、さらに副作用でも差はない。そして一番大きな差はコストで、最終アウトカムを調べた時点まで、治療コストは最初から使った場合の47000ユーロに対し、あとから加える場合20881ユーロでとどまり、2倍以上の差になっている。

結果は以上で、医学の研究としては Nature が掲載したのに違和感を感じる。他にも比べるべきプロトコルはなかったのか、さらには新しい薬剤が次々と開発されている乳ガン領域で、薬剤使用は様子を見ながらという結論は、混乱を招くのではないかと思う。しかし、医師や研究者の心理の盲点を突くという点と、社会的コストもいれた持続可能な医療などの観点からは、Nature が取り組んでいる新しい分野と直結しており、掲載されたのも納得できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月29日 恐竜の進化を糞石から探る(11月27日 Nature オンライン掲載論文)

2024年11月29日
SNSシェア

どの国の自然博物館に行っても恐竜は子供たちに大人気だが、自分の学生時代を振り返ると、恐竜にはまっていた友人というのはいなかったしそれほど話題にもならなかった。要するに、恐竜について様々な場所で学べるようになったということだが、恐竜についての知識の完全欠落を今日論文を読んでいて思い知らされた。

今日紹介するスウェーデン・ウプサラ大学からの論文は、Polish Basin と呼ばれるヨーロッパ地核帯の東端から出土する三畳紀からジュラ紀にかけての古生物及びその糞の化石から当時の食物連鎖を調べ、私でも知っている T-rex などの大型獣脚類の進化のあとをたどろうとした研究で11月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Digestive contents and food webs record the advent of dinosaur supremacy(消化内容物と食連鎖の記録から恐竜の繁栄の始まりがわかる)」だ。

この論文に出てくる古生物の名前についてほとんど知らないので読むのが大変な論文だ。まず登場した主な生物をリストすると、saurischian (竜盤類) 、ornithischian (鳥盤類) 、temnospondyli (分椎目) 、therapsids (獣弓類) 、archosauromorphs (主竜形類) 、dinosauriform (恐竜形類)、silesaurids(シレサウルス)、sauropodomorphs (竜脚形亜目) 、sarcopterygians (肉鰭類) 、phytosaurs (植竜類)、dicynodonts (ディキノドン)、aetosaur (鷲竜類) 、rauisuchian (ラウイスクス類) 、lisowcia (リソウィキア) 、eucynodont (ユーキノドン) 、pseudosuchian (偽鰐類) 、polonosuchus (ポロノスクス) 、stagonolepis(スタゴノレピス)、そしてbatrachopus (バトラコプス) だ。

今の恐竜少年なら全て知っているのかもしれないが、ともかく文字として現れるとちんぷんかんぷんで大変だ。そして、これらがポーランドで全て出土し、三畳紀からジュラ紀にかけて主が変化する。この大きな変化は、大陸プレートの移動に従い最初極めて乾燥していた三畳紀が中期を超すと徐々に湿度の高い亜熱帯型気候へと変化すること、そして Central Atlantic Magmatic Province と呼ばれるヨーロッパ大火山運動による溶岩でこの地域が埋め尽くされ、生物が絶滅するという歴史を経ていることで、恐竜が生まれてくる進化のダイナミズムが秘められている点だ。

この研究の特徴は、このダイナミズムを糞が化石化した糞石をシンクロトロンなど最新の機器を用いて分析し、そこに見られる恐竜の食生活を再構成することで大型恐竜への進化過程を調べている点で、恐竜の骨格だけを追跡する研究とはひと味違った面白さがある。

まず糞石をここまで精密に調べることができることに驚く。オープンアクセスなので是非論文を見てほしいが便の中に存在する植物、動物や魚の骨、昆虫など驚くほど生々しく見ることができる(https://www.nature.com/articles/s41586-024-08265-4/figures/2)。また、糞石の形やサイズからそれを排出した恐竜まで推定できる。実に小さな糞から大きな糞、さらには長い糞からとぐろを巻いている糞まで存在し、本当に面白そうな分野だ。

こうして食べていたものを調べることで、最初植物を食べていた恐竜を除くとほとんどは昆虫と魚を中心に食べているが、それぞれの時代食連鎖の頂点に立っていた恐竜を特定できる。三畳紀初期ではラウイスクス類、そして中期では恐竜形類と呼ばれるジュラ紀の竜脚類にもっとも近縁な恐竜、そしてジュラ紀は T-rex などの大型の竜脚類になる。

そして、この大型化の最も大きな原因になったのが亜熱帯気候への変化と、その間一度多くの動植物が絶滅した火山運動で、新たな植物が大繁殖し、それにより菜食の恐竜の多様化と大型化が進んだと結論している。

以上読むのに苦労したが、糞石研究の重要性を初めて認識できた面白い研究だ。最後に食物連鎖と進化の過程が図で提示されているのでそれを引用しておくので、是非眺めてほしい。(https://www.nature.com/articles/s41586-024-08265-4/figures/3

カテゴリ:論文ウォッチ