1月22日:言葉の知覚と発語は左右の脳で同時に起こる(Natureオンライン版掲載論文)
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1月22日:言葉の知覚と発語は左右の脳で同時に起こる(Natureオンライン版掲載論文)

2014年1月22日
真実なら画期的な仕事だ。常識は覆るためにある。  医学生の頃臨床実習で経験した失語症の症例は忘れられない。失語のほとんどは卒中や腫瘍などの脳障害により起こる症状で、言語の様な複雑な過程でも障害される部位と症状が教科書通り一致して感銘を受ける。特に言葉を聞いて理解する事が出来ないウェルニッケ型の感覚性失語と、言葉を話そうとすると障害が現れるブロカ型運動性失語に症状が分かれる様を見ると、言葉の知覚から発語に至る高次機能を脳が確かに担っていると言う実感を得る。ただ、失語の症例は全て片方(左側)に器質的障害を持っており、言語中枢は左脳にあるというのが定説で、私もそう理解していた。しかし最近になって、言語の知覚は両側で行われると定説が変わりつつあったらしい。この論文は更に進んでこれまでの定説を完全に覆し、知覚過程も、発語過程も両側で同時に起こる事を示した研究で、ニューヨーク大学のグループがNatureのon line版に発表した。タイトルは「Sensory-motor transformations for speech occur bilaterally (言語過程での感覚—運動変換は両側で起こる)」だ。しかし、これだけの事がどうして今までわからなかったのだろう?この秘密は脳の活動を記録する方法にありそうだ。この研究では、脳の活動を様々な部位の脳皮質に直接電極を挿入する頭蓋内脳波計を用いて記録している。残酷な人体実験と思われるかもしれないが、この方法は癲癇のおこる脳部位を特定してその部位を取り除くために我が国でも行われている検査法だ。この方法を使うと、正確にしかもリアルタイムに脳の活動を記録できる。発語過程の様な筋肉運動を伴う検査では、顔の筋肉の活動に影響されず脳神経活動を調べる事が出来る。この研究では、この検査を受けている癲癇患者さんの許可を得て、言葉を聞いて、それに反応して言葉を発する過程でどの脳の場所が活動するかについて時間を追って記録している。結果は明白だ。言葉を聞いて、内容を把握し、適切な言葉を発する過程で右脳も左脳も同時に活動している。言語に関する新しい説が誕生した。私たち素人にはこれで十分だろうが、専門家を納得させるにはこの何倍もの実験が必要だ。言葉に反応して発語する代わりに、黙って頭の中で言葉を発してみたり、意味のない音を聞いてそれを繰り返したり、様々なコントロール実験を行い、他の解釈を除外している。除外実験に使った課題を読むだけで想像力にあふれている研究だと実感する。このコントロール実験を全てクリアして、この結論に達しているが、まだ卒中などの患者さんで蓄積された経験(右脳の障害では失語にならない)との違いも考える必要がある。これについては、更に高次の脳機能が関わる時、左脳の優位性が出るのではと考えているようだ。失語の病態についても今回の研究結果を受けて考え直す必要があるようだ。この論文を読んでいると、私の様な素人でもこんな事が出来るのではと想像力がかき立てられ、高次機能の理解に頭蓋内で脳波を記録する方法の果たす役割が大きい事を実感する。患者さんの了解さええられれば、言語など、人間にしかない機能の研究が進むだろうと感じた。
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1月21日:なぜ植物繊維は身体にいいのか(1月12日号Cell誌掲載論文)

2014年1月21日
経験的にわかっていても理屈がわからない事は多い。ギリシャ時代から柳の木の鎮痛作用として知られていたアスピリンの作用機序がわかったのは1971年の事で、英国のベイン博士の貢献だ。植物繊維も肥満を防ぎ糖尿病を予防する事が多くの研究で知られており、植物繊維を含む多くの機能性食品も販売されている。今日紹介する論文は、植物繊維の中の水溶性の成分がなぜ肥満や糖尿病の予防に効くのかについて説明したリヨン健康医学研究所からの論文でCell誌に掲載された。「Microbiota-Generated metabolites promote metabolic benefits via gut-brain neural circuits (腸内細菌叢によって造られる代謝物により腸・脳間の神経回路が活性化し代謝的健康が促進する)」がタイトルだ。 この研究で言う植物繊維とは水に解けないセルロースではなく、ガラクトースや果糖が重合した水溶性の糖の事だ。この糖は腸内細菌によりプロピオン酸と酪酸を含む短鎖脂肪酸へと変換される。この研究では、酪酸は直接腸管細胞に作用するが、プロピオン酸は腸内でのブドウ糖生産の原料になると同時に、FFAR3脂肪酸受容体を持つ末しょう神経から脳へ至る神経回路を刺激し、この情報に応じて脳からの指令により、腸内でブドウ糖の生産が誘導される事が示された。このようにブドウ糖が腸内で食後時間が経ってから体内に放出される事で、血糖やインシュリンの変動は小さな範囲でおさまり、肝臓でのグリコーゲン分解によるブドウ等生産や、食欲を抑えられるなど体全体の代謝を改善すると言う結果だ。もちろんこれだけで全て説明できているとは主はないが、なるほどと納得の研究だ。以前肥満と腸内細菌との関係の論文を紹介したが、いわゆる健康な食事を行う事の理屈がますます明らかにされてくる。同時に、理屈はわからなくとも人間の経験と知恵はなかなかのものだということが最新の研究からわかって来たことも強調したい。
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1月20日:パーキンソン病の遺伝子治療(1月10日発行the Lancet掲載論文)

2014年1月20日
パーキンソン病はドーパミンを造る細胞が失われるため、運動障害を中心に様々な症状を示す進行性の病気だ。症状を改善する薬剤はあるが、薬剤の効果を誘導するために細胞内の代謝経路が必要で、細胞が失われると薬剤の効果は徐々に失われて行く。このため、根本的な治療のためにはドーパミンを造る細胞を移植するか、ドーパミンを生産するための代謝システムを脳内に導入する事が考えられる。我が国では京大の高橋さん達が細胞移植治療に取り組んでおり、期待されている。一方英国では、オックスフォードにあるベンチャー企業が開発した遺伝子治療が既に臨床治験段階に入っており、今日紹介するのはこの遺伝子治療についての論文だ。レンチビールスと言う遺伝子を細胞内へ運ぶベクターを使って3種類の遺伝子を近くの細胞に導入し、他の細胞をドーパミン産生する細胞へと変換して症状が改善するかどうかが確かめられている。論文のタイトルは「Long-term safety and tolerability of ProSavin, a lentiviral vector-based gene therapy for Parkinson’s disease:a dose escalation, open-label,phase 1/2 trial (レンチウィルスをベクターとして利用するパーキンソン病の遺伝子治療剤ProSavinの長期的安全性と認容性評価:非盲険、用量漸増、I相/II相試験)」がタイトルだ。第I相/II相治験は、安全性と至適量を調べる事が主な目的の治験だ。従って、結果では先ず安全性に重きが置かれている。3種類の異なる投与量で治験が行われているが、いずれの量のウィルスを注射しても重大な副作用がなかったと言う点が最も重要なメッセージになる。ただ、この論文では副作用は軽度として判断されているが、不随意運動やお薬の効き方が悪くなるオンオフ現象などを防ぐ事は出来ていない。その上で、量に関わらずウィルス投与を受けた全ての患者さんではっきりと運動症状の改善が見られた事が次に報告されている。成功のうちに臨床治験が終わり、患者さんも期待できると言う結果だ。ただ、ある意味でパイロット研究的な治験の結果をどのように解釈すればいいのか?全面的に期待していいのか?などは、本当の専門家ではない私たちにはわからない。幸い、The Lancetでは同じ号にこの治験についての専門家の評価も掲載しており、大変厳しい意見が出されている。例えば、偽薬効果や脳イメージングのデータに対する批判も医学を通り一遍理解したぐらいでは気がつかない細部にわたっている。厳しい批判で全体としては否定的な調子に聞こえるが、最終的には重要な分野として位置づけているようで、次は統計的にもよくデザインされた大規模治験への期待で終わっている。   いずれにせよ、細胞治療も含めて研究の進展は急に感じる。私たちのNPOでも、パーキンソン病について出来るだけ早くニコニコ動画で取り上げ、最近の研究の動向を伝えて行きたいと思っている。
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1月17日朝日新聞(山本)抗生物質でぜんそく悪化 筑波大学研究チームが解明

2014年1月18日
いいか悪いかは別に、生命化学の研究者なら自分の仕事をCell, Nature, Scienceの3誌に載せたいと考える。これは他の研究者に読んでもらう可能性が上がるだけではなく、研究助成金を貰う確率も上がるからだ。これは日本だけの事でない。ただ20年ぐらい前から、Cellプレスと、Nature 出版はこの高いプレステージをうまく利用して、それに続く雑誌を発行しだした。Cellを頂点に階層的に雑誌を配置して、いい研究は全て自分の出版社で独占しようと言う発想で、一定の成功を収めている。そのCellプレスが2007年新しい雑誌を始めた。一誌が私も準備段階に関わったCell Stem Cellで、もう一誌が今日朝日新聞が紹介した研究が掲載されたCell Host and Microbeだ。即ち、野望を持ったCellプレスが当面重要な分野と考えているのが、幹細胞領域と感染症領域と言う事になる。このように、新しい雑誌がどの分野で生まれているのかを見ると、世界のトレンドを知る事が出来る。実を言うとCell Stem Cellの企画に関わった私も、Cell Host and Microbeを手に取った事はなく、朝日新聞の記事を見て始めて手に取る事になった。そのぐらい、研究者のほとんどは狭い専門領域だけで生きている。さて、渋谷さんについては私も昔から知っており、ヒトのアレルギー疾患を念頭にモデルマウスを使った堅実な仕事を積み重ねるしっかりした研究者と言う印象がある。今回の仕事は、抗生物質を服用して腸内細菌が変化すると、カンディダと言うカビが増殖して、気道のアレルギー性炎症が起こりやすくなると言う事を示した研究だ。ヒトでも十分あり得る話で、渋谷さんらしい仕事だ。仕事では、抗生物質服用による腸管での細菌叢の変化から気道のアレルギー性炎症の間に何が起こっているかをしっかり調べた仕事だ。即ち、腸内細菌が減少し、カンディダが増殖、それによりプロスタグランジンE2と言う物質が上昇し、気道でマクロファージを活性化し、最後にそのマクロファージが気道のアレルギー性炎症を引き起こすと言う結果だ。これまでも紹介して来たが、私たちは腸内の細菌と一種共生関係にある。抗生物質はこの共生関係を遮断する危険があり、使用にあたっては注意が必要で,実際患者さんの治療に当たっても注意が払われている。渋谷さんの仕事は、これまで知られなかった新しい問題の存在を指摘している。さて、紹介した記事だが、山本さんの書いた文はなかなかスキがない。例えば、渋谷さんの論文では活性化マクロファージが出来ると、別に特異免疫に関わるT,Bリンパ球がなくても同じ病変が起こる事が示されている。即ち、一般的にぜんそくとして知られている免疫性の病態ではない。この点をこの記事では「一部のぜんそくでは」と表現して、あらゆるぜんそくに対応していない事を伝えている。もちろん、この仕事を紹介するのにぜんそく患者さんへの朗報と言う側面を強調する事は問題ないと思う。ただ、山本さんも認識しているように急性から慢性までぜんそくは多様な病態の集まりだ。従って、この仕事から生まれる示唆はまさに一部のぜんそくの患者さんにだけにあてはまる。喘息患者さんの一部として済まさないで、渋谷さんの仕事で示されている気道炎症が、どのぜんそくの気道炎症に関わっているのかもう少し丁寧に説明していただけると良かった。
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1月14日:アロマターゼ阻害剤による閉経後の乳がん予防(The Lancet online版記事)

2014年1月15日
これまで、多くの乳がんでは女性ホルモンのエストロジェンが増殖のモーターとなっている事を紹介して来た。エストロジェンの作用を止めるために、エストロジェン受容体とホルモンの結合を阻害する薬剤(例えばタモキシフェン)が用いられるが、閉経後や卵巣摘出を行った女性では男性ホルモンがエストロジェンに代わる代謝過程を阻害する薬剤が用いられる。これがアロマターゼ阻害剤だ。今日紹介する論文は、このアロマターゼ阻害剤を乳がん発症後ではなく、乳がんの予防に使えないかを確かめた国際的大規模治験の結果についての論文で18カ国149もの施設が参加している。タイトルは「Anastrozole for prevention of breast cancer high-risk postmenopausal women (IBIS-II):an international double blind, randomized placebo-controlled trial(乳がんリスクの高い閉経後の女性に対するアナストロゾールによる予防)」でランセット誌オンライン版に掲載された。この研究では血縁者に乳がんがあったり、これまでに良性の腫瘤が出来た経験を持つ女性が4000人弱集められている。このグループを無作為に2つに分け、片方にはアナストロゾール、もう一方には偽薬を5年間投与し、その間の乳がん発症率を調べている。効果判定のための臨床治験のデザインは完璧に行われている。結果は単純明快だ。乳がんの発生がアナストロゾールを投与されたグループでは半分に低下していた。特に、浸潤性を持つより悪性の乳がんの発症で比べると、その差はより顕著である様だ。アナストゾールは既に安価に手に入る薬である事を考えると、乳がん発症の予防薬として認める事が出来ると言う結果だ。もちろん、病気になる前から薬剤を服用する事がいいか悪いか?安価と言っても一錠300円を超す薬剤をずっと飲み続けるかどうか?様々な問題はある。しかし偽薬を服用した群のうち4%以上の方が乳がんを発症した事を考えると、2,000人のうち40人以上の患者さんのがん発症を止められた事は重要だと思う。気になる副作用だが、血圧上昇など、予想できる副作用はたしかに認められているが、この論文の結論としては深刻ではないとしている。残念ながら、この治験には日本人は含まれていない。乳がんの発症には民族差も関わると考えられるので、もし日本ではもう一度同じ様な治験をやり直さなければならないとしたら残念だ。
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8割近い大型肉食哺乳動物種は減少し続けている(1月10日Science誌掲載総説)

2014年1月13日

安倍首相がモザンビークを訪問し700億円のODA提供を申し出た事が今朝の新聞に出ている。豊富な埋蔵量の石炭や天然ガスの開発を支援すると言う我が国に取っても戦略的な提案なのだろう。テレビで見る首相は喜色満面だ。しかし、モザンビークは1994年まで15年の内線を経験し、アフリカ大陸のほとんどの動物が暮らす豊かな国立公園が完全が破壊された事を知っているのだろうか。これに対し、アメリカの実業家グレッグ・カーは私財を提供し国立公園の復活に着手し、徐々に成果が出はじめている(ナショナルジオグラフィック日本版2013年6月号)。もし外務省が今回の訪問にあたってこのことを認識し一定の額を国立公園の復活に提供していたら、安倍首相の国際的評価は大きく変わっただろう。今の日本の政府にそこまでの構想を期待するのは無理なのかもしれないが、科学の知識と言うのは外交にも使える。
  これはともかくとして、事実世界中で大型肉食動物が減少し続けている。既に日本オオカミは絶滅したし、オーストラリアのタスマニアンデビルも疫病のための風前の灯である事が報じられている。今日紹介する1月10日にサイエンス誌に掲載された論文はそんな状況を動物毎に分析している。「Status and ecological effects of the worlds ;argest carmovpres (大型肉食層物の現状と生態学的影響)」がタイトルだ。総説であり、現在の問題を分析するのがこの論文の目的であるため、研究と言うものではない。実に77%の大型肉食動物が今も減り続けており、この原因の大半は人間の生活圏の拡大と、人間による攻撃で、気候変動などの貢献は少ないと言うことが述べられている。大事な点は、これらの動物が食物連鎖の頂点にいる事で、頂点が消滅する事で生態系も大きく変わることだ。実際、イエローストーン公園ではオオカミが戻ったことで、20年後に森にポプラの木が戻った事が例として示されている。この分野に興味のある人にとっては、100を超す文献が引用されているこの総説は貴重だろう。現状はわかるが、解決に着手する事すら難しいこういった問題にどう取り組むのか、21世紀の課題だ。特にアフリカの状況は深刻だろう。アフリカの野生動物問題は、アフリカの経済を発展させ、紛争をなくし、貧困を乗り越えることとセットである事ははっきりしている。ただ、経済的に安定し野生動物保護が意識されるようになった南アジアでも野生動物は減っているようだ。このように経済だけ問題ではない。しかし逆に経済の問題を取り上げた時、野生動物問題をセットとして挙げるぐらいの構想力がほしいと思った。

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I型糖尿病に対する新しい薬剤(アメリカアカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年1月12日

11月19日このコーナーで、小胞体ストレスを防ぐ薬剤が1型糖尿病モデルマウスに高い効果を示す事を紹介した。ただこの実験で利用された薬剤がヒトで使える様になるには時間がかかる。今日紹介するのは、既にヒトで利用が進む、しかも経口で服用できる薬剤が、同じI型糖尿病マウスに有効である事を示したコペンハーゲン大学を中心とする研究で「Lysine deacetylase inhibition prevents diabetes by chromatin-independent immunoregulation and beta cell protection (リジンのアセチル化阻害はクロマチンとは関係のないメカニズムにより免疫反応を変化させ、β細胞を守る事で糖尿病発症を抑制する)」がタイトルだ。この研究で使われた薬剤はgivinostatとvorinostatで、ともに染色体上のヒストン脱アセチル化を阻害してがんの増殖を抑制する目的で開発された。ただ、これら薬剤が阻害するのはヒストンだけではない。多くの蛋白質でアセチル化・脱アセチル化が起こっている。このため、薬剤の標的は脱アセチル化酵素に特異的でも、その下流で影響を受ける分子は多く、効果のメカニズムも複雑にならざるを得ない。従って、薬剤の標的はわかっていても効果や副作用については使いながら手探りするしかない。とは言え、マウス1型糖尿病モデルについてはこれら薬剤は「良いとこずくめ」であると言うのがこの研究の結果だ。まず、効果に必要な量はがん治療に使う量の1/100で副作用の心配は大きく減る。実際マウスに100日前後投与している。そして何よりも、膵島周囲の炎症がほぼ抑制され、糖尿病発生は著明に抑制される。患者さんに取ってはこれで十分かもしれないが、なぜ炎症が抑制できるのか、β細胞の元気が続くのか細胞レベルで調べている。免疫制御について明らかになって来たのは、調節性T細胞が活性化や抗炎症性サイトカインの分泌を促進して炎症を抑える事だ。この調節性T細胞は免疫調節の切り札と考えられている細胞で、現在阪大教授の坂口さんが発見した細胞だ。坂口さんはこの発見で、山中さんに次いで世界に知られる日本の医学者になっている。他にもヒトβ細胞の試験管内での細胞死を遅らせるなど、論文から見る限り悪い点が全くないようにさえ思える。もちろん炎症が進む前に早期診断をして治療を始めるなど、治験をどのように進めるか議論が必要だ。脱アセチル化酵素阻害剤は日本でも抗がん剤として開発されて来た。日本製の薬剤も含めて、是非真剣に治験について早期に検討を始めてもいい様な気がする。(これについては1月18日4時からのニコニコ動画で取り上げます。)

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血液・脳関門を破る(1月8日Neuron誌掲載論文)

2014年1月11日

炎症やがんの特異的抗体による治療が急速に拡がっている。しかし、この方法を脳内の病変の治療に利用する事は困難だった。何故なら、脳の血管が特殊な構造を持つため、投与した抗体が脳内に移行しないからで、この現象は血液・脳関門と呼ばれていた。今日紹介する論文はスイスの製薬会社Rocheの研究所からの研究で、この関門を突破する方法の開発についての報告だ。今月号のNeuron誌に掲載され、「Increased brain penetration and potency of a therapeutic antibody using monovalent molecular shuttle (一量体分子シャトルを利用した治療用抗体の脳内への移行と治療応用への可能性)」がタイトルだ。
   これまで血液・脳関門の突破のために、トランスフェリン分子を細胞の表から裏へと運ぶシャトルとしてのトランスフェリン受容体が使えるのではと予想されていた。このこのシャトルに抗体を乗せることが出来れば、関門は突破できる。しかし、残念ながらこれまで開発された方法ではうまく行かなかった。トランスフェリン受容体シャトルに抗体を乗せるための方法を改良したのがこの研究のポイントだ。受容体に乗せる目的で使う受容体結合抗体の部分をこれまでの2価から1価にして運びたい抗体に結合させると抗体が脳内に移行する事を発見した。細胞レベルの実験から、あららしい方法でシャトルに乗せた抗体は一度リソゾームに取り込まれ、その後細胞外へと放出される事で細胞外へ移行する事も示された。理由はわからないが、懸念されていたリソゾーム内での抗体の分解も最小限にとどまるようだ。これまで不可能とされて来た技術がついに開発された。この方法を、βアミロイド物質が蓄積するマウスアルツハイマー病モデルで試すと、トランスフェリン受容体に結合出来る構造を与えた抗体だけが脳内に移行し、アミロイドの蓄積により形成されるアミロイド斑の成長を抑える事を示している。もしこの方法がヒトでも使えるようになれば、脳内病変を抗体により治療できるだけでなく、脳内病変の状態をPETなどで診断する事も可能になる。勿論脳内の炎症抑制や、がんの抑制にも応用できる期待の大きい画期的技術へと発展する。ロッシュ社は抗体薬の草分けだが、またあたらしい抗体の可能性を開発したようだ。

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19世紀のコレラ菌(1月8日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年1月10日

ネアンデルタールやデニソーバ人の骨や歯から得られるDNAのゲノム解析が可能になる事で、これまで考古学的にほとんど研究が出来なかった多くの事が明らかになって来た事をこのホームページで紹介した。同じ事は人間と深い関わりを持って来た様々な細菌についても言える。人類が歴史上経験した選択圧という観点から見た時、疫病の影響は自然災害に匹敵する。ペストによってイングランドの人口が1/3に減少した事は有名な話だ。従って疫病のインパクトを科学的に評価して歴史を深く理解するためには、当時のペスト菌についての情報が必要だ。ではどこに行けば当時の疫病を起こした菌が残っているのか。この問いに答えたのが今日紹介する研究でカナダマクマスター大学からの研究で「Second-Pandemic strain of vivrio cholerae from the philadelphia cholera outbreak of 1849 (1849年フィラデルフィアを襲ったこれら大流行の原因コレラ菌)」と言うタイトルだ。たまたま1849年のコレラ大流行で亡くなった患者さんの腸が固定液につけて保管され、ミュター博物館に展示されていた。これに目を付けた研究者には脱帽だ。期待通り十分なDNAが標本から得られ、現在のコレラ菌と比べる事が出来たと言う結果だ。勿論標本として保存されている間に多くの科学的変化が加わっている。このため配列決定にはネアンデルタール人ゲノム解析に使われたのと同じ方法が必要だ。コレラ菌は現在もなお小規模の流行が見られ、2012年だけでも10万人の死者が出ていると言う。ただ単発の発生は別として最近の流行は、2系統のコレラ菌のうちEl Torと名付けられた系統だけで、どうしてもう一方の系統が流行を引き起こさないのか謎だった。今回調べられた1849年のコレラ菌はもう一方の古典型系統に分類できるが、その中でもEl Torに近く、毒性に関わる部分が増強している事がわかった。詳細は省くが、このゲノムと、現在菌として保存されている多くのコレラ菌系統の配列と比べる事で、この菌が最初のコレラ流行が記録された1817年頃に生まれた事など、コレラ菌の進化の歴史も明らかになる。どんなに医学が進もうと、将来も私たちはこのような疫病にさらされるだろう。その時、菌の進化の情報は役に立つ。そして何よりも、人間の歴史の理解に疫病の流行は欠かせない。考古学や歴史研究と分子生物学が近くなっている事を実感する。しかし、日本で生命科学者と歴史学者の合同会議がもたれるのはいつになるだろう?

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報道に急性ストレス患者が拡がる(アメリカアカデミー紀要1月7日号掲載論文)

2014年1月9日

アメリカアカデミー紀要に目を通していると、医学や生物学だけでなく様々な分野で行われている研究の見出しが目に飛び込んでくる。たまには、ちょっと読んでみようかなと思う専門外の論文にも出会う。その例が今日紹介する論文で、「Media’s role in broadcasting acute stress following the Boston Marathon bombings (ボストンマラソン爆弾テロ後の急性ストレスの拡がりにマスメディアが果たした役割)」というカリフォルニア大学アーバイン校からの研究だ。1月7日号のアカデミー紀要に掲載されている。確かに普通学術雑誌では出会わない見出しだ。日本でも大きく報道されたボストンマラソンを標的にした爆弾テロ事件の2週間後からメールを使って質問を行い、爆弾テロによる市民ストレス反応にマスメディアがどれほど関わっているのかを調べている。対象は、爆弾事件を直接体験した可能性のあるボストン市民、対照として9.11の体験を持つNY市民、そしてそれ以外の地域のアメリカ人だ。勿論全ての対象者は事件後かなりの時間テレビ報道を見ている。この結果起こったと思われるストレス反応を調べてみると、事件後1週間続いた報道が明らかに視聴者の急性ストレスを誘導したと言う結果だ。面白いのは、ボストンでもNYでもストレスを起こした人の割合に差がない事から、直接の経験よりマスメディア報道の方がストレス反応に貢献しているようだ。さらに、9.11貿易センタービル事件やSandy Hook小学校の銃乱射事件を何らかの形で直接経験した人達は有意に急性ストレスを起こしやすかったが、巨大ハリケーンに出会った人が急性ストレスになる確率は経験のない人と変わりはなかった。即ち、テロ攻撃を受けたと言う特異的な経験が、その後テレビによる他のテロ事件報道に対するストレス反応を高める事がわかったと言う結果だ。私はここで使われた統計的手法が心理学的に正しいかどうかは判断できない。しかし、大きな事件が起こるとすぐに反応して、事件の人間への影響を様々な角度から調べ、科学論文にしていくバイタリティーは強く感じる。12月23日前ニューヨーク市長Bloombergが市の衛生局の人に査読を受ける雑誌への論文掲載を目指すようにと促した事を紹介したが、同じ精神がこの論文に現れていると思った。9.11やボストンマラソン爆弾テロは何度も起こってはならない大事件だ。しかし、それを報道するだけでなく、機会を逃さず報道そのものの役割まで検証する心理学者魂には脱帽だ。そしてこの様な積み重ねが思いつきではない政策へとつながる。
   我が国では先の東日本大震災により多くの人が影響を受けた。不幸を嘆くだけでなく、その影響を科学的に調べ、論文としてまとめて行く事は科学者の使命だ。幸いウェッブで調べてみるとこの大災害の心理的影響についても査読を受けた学術論文が出されている。今後この様な論文も紹介して行こうと思った。

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