8月16日:飢餓体験の身体的記録(8月15日号Science誌掲載論文)
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8月16日:飢餓体験の身体的記録(8月15日号Science誌掲載論文)

2014年8月16日
妊娠中の低栄養が子供の体質を大きく変化させ、様々な障害をもたらすことがよく研究されている。この分野は、先の大戦でドイツ軍の封鎖により飢餓状態にさらされたアムステルダム近郊に住む妊婦さんから生まれた子供の何十年もにわたるコホート研究をきっかけに始まり、飢餓の影響が体質として一生つきまとい、自閉症などの中枢神経型の症状、成年以降インシュリン分泌の低下や肥満などの代謝異常を引き起こすことがわかってきた。この体質変化の背景には、遺伝子のon/offを調節するエピジェネティックスと呼ばれている分子機構の変化があることがわかり、ゲノム自体とは異なる体質の原因として研究が進んでいる。驚くべきことに、この影響が子供だけでなく、その孫世代にも及ぶケースがあることもわかって来た。動物モデルでもこのことは確かめられ、我々がまだ理解していないエピジェネティックな過程があるのではと研究が続いている。今日紹介するケンブリッジ大学からの論文もこの問題に挑戦した研究で、8月15日号のScience誌に掲載された。タイトルは、「In utero undernourishment perturbs the adult sperm methylome and intergenerational metabolism(子宮内で経験した低栄養は成人の精子のDNAメチル化様態を変化させ、世代を超える代謝障害を引き起こす)」だ。研究ではマウスの妊娠後期に強い飢餓を経験させ、生まれてくる雄の子供の精子のDNAのメチル化パターン、及びその精子を持つ親から生まれた孫世代に見られる変化について研究している。DNAのメチル化は遺伝子の発現を押さえるエピジェネティックな機構として最も重要な柱で、飢餓はこのメチル化過程に抑制的に働くことがわかっている。この研究では飢餓を経験した雄マウスが成長してから精子を採取し、精子DNAのメチル化パターンに飢餓の影響が残っているか先ず調べている。遺伝子全体で見たとき、飢餓がメチル化レベルに影響していることを検出することは出来ないが、少数の遺伝子には確かにメチル化レベルが低下していることが確認される。この研究ではメチル化レベルの低下している約100個の遺伝子を特定し、その中から17遺伝子を飢餓に影響される遺伝子として選んでその後の研究に用いている。精子のメチル化状態は、胎児発生時に一度ほとんど完全に消去されてから妊娠後期に再メチル化される。従って、これら特定の遺伝子で見られる低メチル化状態は、この再メチル化が飢餓により特異的に阻害される遺伝子があり、こうして生まれた状態が次の孫の世代に影響する可能性があることを示している。実際、この精子によって生まれた孫世代では、インシュリン分泌低下や肥満が見られる。この研究では、この異常は既に胎児期の肝臓に見られることも確認している。ではこの孫世代の異常はメチル化の異常によるのだろうか?予想に反して、精子で見られた低メチル化状態はこれらの組織で完全に元にもどっている。しかし、精子で低メチル化されていた遺伝子の発現は確かに変化している。わかりにくいかもしれないが、受精前の精子の低メチル化状態が、その遺伝子のエピジェネティックな状態をメチル化とは異なる機構で変化させ、胎児期から続く体質として決めてしまうことが明らかになった。残念ながら、なぜこんなことが起こるのかこの研究では答えられていない。様々な可能性が想像されるが、今後エピジェネティック研究の重要な課題になるだろう。しかしこれまでの研究は、妊婦さんにはくれぐれも無理なダイエットをしないよう警告を発している。
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8月15日:エボラウィルスが恐ろしい理由(Cell Host Microbe誌8月号掲載論文)

2014年8月15日
ヨーロッパにいる間CNNで見ていたニュースの中心は、ガザでの戦争、米軍によるイラク爆撃、そして西アフリカでのエボラ出血熱流行だった。医学に関わって来たと言っても、結局私がエボラ出血熱について知っているのは、死亡率が極めて高い恐ろしいビールス感染であること、ウィルスの電顕写真が変わった形をしている程度で、到底専門家のレベルとは言えない。そんなことを考えながら論文を見ていたらCell Host and Microbe誌になぜエボラビールスが厄介な病原体かを教えてくれる論文が掲載されていたのを見つけた。アメリカワシントン大学の研究で、タイトルは「Ebola virus VP24 targets a unique NLS binding site on karyopherin alpha5 to selectively compete with nuclear import of phosphorylated STAT1(エボラウィルスのVP24はKaryopherinα5の特異的部分に結合し、リン酸化STAT1の核内移行を競合する)」だ。いずれにせよ何も知らなかったことがよくわかった。研究者の人数は少ないかもしれないが、高いレベルの研究がこれまでも行われている。先ず驚くのは、エボラウィルスは感染した細胞の自然免疫を急速に低化させ、細胞内で自由に増殖する環境を作る能力を持つことだ。またこの結果、100を超すサイトカインが体中で分泌されるサイトカインストームと言う状態が引き起こされ、高熱を初め多様な症状を来すことだ。通常ウィルスが感染すると細胞はインターフェロンを出して、細胞内でウィルスの増殖を抑える。ただインターフェロンの抗ウィルス効果が発揮されるためには、STAT1と言う転写調節因子がリン酸化され、核内に移行する必要がある。この移行にはKaryopherinα5(KPNA5)と言う分子が必要だが、エボラウィルスのVP24分子はこの過程を抑制してリン酸化STAT1の核内への移行を抑制する結果、細胞の抗ウィルス作用が抑制されることがおおむねわかっていたようだ。今日紹介する論文はこのVP24がどのようにKPNA5と結合し、STAT1の核内移行を阻害するかを分子構造的に詳しく調べた研究だ。構造生物学の極めて専門的な論文なので結論だけを述べると、VP24は広い面でKPNA5のC端末に結合する。この結合部位はまさにリン酸化STAT1が結合する部位と重なっているため、結果STAT1はインターフェロンシグナルによりリン酸化されてもKPNA5と結合できず、核移行ができない。このため、ISREと呼ばれるウィルス増殖を抑制する分子が誘導されず、ウィルスは自由に増殖するというシナリオになる。素人ながらにVP24の戦略を見ていると、KPNA5の機能のほとんどは残したまま、リン酸化STAT1の機能を比較的特異的に押さえ、自分に都合のいい環境を作っている。もし他の蛋白の核内移行を止めてしまえば、自分の増殖する細胞が死んでしまうことを考えると、ウィルス進化の合目的性に驚嘆する。構造的にも、広い部分でKPNA5と結合しているため、薬剤開発は難しそうに思える。しかしここを突破すれば特効薬になる可能性はある。あきらめず、この構造解析を元にKPNA5とVP24の結合だけを阻害し、STAT1結合を阻害しない分子の開発が進められると期待する。エボラ流行の様な困難な課題にも、医学がなんとか対応できるようになりつつあることを実感する。
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8月14日:抗マラリア薬クロロキンの思いがけない作用(Cancer Cell誌8月号掲載論文)

2014年8月14日
我が国の大隅さん達により発見されたオートファジー現象は今ガン研究から熱いまなざしが注がれている。オートファジーが抑制されるとガン化を促進することが明らかになる一方で、出来てしまったガンの薬剤治療抵抗性をオートファジーが促進することがわかり、ガン治療の標的としても注目されている。特に既にマラリア治療に長く使われた歴史を持つクロロキン(CQ)がオートファジーの阻害剤として使えることがわかり、抗がん剤と併用することでガン治療効果を促進できるか可能性を確かめる臨床治験が進んでいる。今日紹介するベルギーVIBからの論文は、CQがオートファジーを抑制してガンの増殖を抑えるだけでなく、腫瘍血管の質を変化させてガンの悪性化を抑制すると言う思いがけない効果を持つことを報告している。タイトルは「Tumor vessel normalization by chloroquine independent of autophagy (クロロキンに夜腫瘍血管の正常化はオートファジーに依存しない)」で、8月号のCancer Cell誌に掲載された。研究はCQの抗がん作用をマウス皮下でのガン細胞増殖モデルで調べると、CQ投与がガン中心部の細胞死を抑制する一方で、ガンの浸潤や転移を押さえることを見いだしたことから始まる。元々この論文の責任著者Carmelietは血管研究では世界をリードして来た研究者だ。彼はこの現象がCQの腫瘍血管への効果によるとにらみ、血管の状態を詳しく調べた。その結果、正常血管構築と比べた時、階層生が失われ、内皮細胞と周囲細胞との相互作用が未熟な腫瘍血管が、CQ投与により、普通の組織血管と同じ階層性を持つ成熟した構造に回復すること発見した。中心部の細胞が死ななくなることは、血管が正常化し、酸素や栄養がガンの内部まで十分運ばれるようになったことを意味する。とすると、血管が成熟し正常化することはガンを助けてしまうように思えるが、実際にはがん周囲に酸素が行き渡ることで、低酸素によっておこるガンの悪性化を止める効果がある。更に、血管周囲細胞によりしっかり裏打ちされた血管構造が回復される結果、ガンの血管内への侵入を食い止めて転移を押さえる効果がある。実際血管が正常化することで、ガンの血管への侵入が止まるという結果も示されている。これらの結果は、CQが持つ抗がん作用の一部が腫瘍内血管の正常化を介していることを明らかにした。加えて、血管構築が正常化し、内皮細胞が成熟すると、薬剤がガンに届き易くなり、抗がん剤の効果を促進するというデータも示されている。ではCQの腫瘍血管に対する効果はオートファジーを介しているのか?結果はNoで、遺伝子操作を用いて血管内皮のオートファジーを止めると、CQ処理とは全く違い、腫瘍血管構築は回復するどころか、秩序がより失われる。従って、CQの血管内皮への効果はオートファジーを介してはいない。少し専門的になるが、Carmelietたちは、この効果が細胞内に存在するエンドゾームと呼ばれる小胞体の動きが低下し、Notch1と呼ばれるタンパク質が小胞体に蓄積してシグナルを送り続けることで血管が正常化することによることを示した。この現象の分子メカニズムはこのように複雑だが、結論は明瞭で、CQは、1)オートファジーを抑制しガン自体の増殖を抑え、2)血管構築を正常化させて浸潤転移を抑制し、3)抗がん剤のガンへの到達を促進する、3拍子揃った薬剤であることを示している。これは全て、マウスを使ったモデル系での話だが、おそらく現在治験が進む患者さんから、この点についても今後多くの情報がもたらされると期待している。CQについては私も大きな期待を抱いている。
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8月13日:細菌が抗体を味方につける(Journal of Experimental Medicine誌オンライン版掲載論文)

2014年8月13日
細菌やウイルスに対する抗体反応は私たちの抵抗力にとって最も重要だ。しかし抗体が出来ているのに炎症が慢性化し、治療が難しい医者泣かせの病気がある。私が臨床医として働いていた胸部内科では、緑膿菌感染を伴う気管支拡張症はそんな病気だった印象がある(40年近く前の話で、現在については把握していないのであしからず)。というのも、治療の中心になる抗生物質が効かない場合が多かったからだ。今日紹介する英国バーミンガム大学からの論文は、当時の疑問の一部に答えてくれる研究だ。タイトルは「Increased severity of respiratory infections associated with elevated anti-LPS IgG2 which inhibits serum bactericidal killing.(血清の殺菌作用を抑制するLPSに対するIgG2抗体の上昇により肺感染症が重篤化する)」で、Journal of Experimental Medicineオンライン版に掲載された。論文では多くの実験が示されているが、結論は極めて単純だ。気管支拡張症で慢性的緑膿菌感染症を伴う患者さんの血清を調べると、緑膿菌を殺す抗体を持つグループと、持たないグループに分かれる。持たないグループは抗体が出来ないのではなく、出来た抗体がなんと細菌を守る作用を持つ結果、細菌が殺せないことを示したのがこの研究のハイライトだ。この細菌を守る抗体の正体を追求した結果、細菌の細胞壁にあるリポポリサッカライド(LPS)と呼ばれる分子の一部O抗原に対するIgG2抗体であることがわかった。通常、細菌抗原に反応して血中に流れてくる抗体は、IgM, IgG1, IgG2, IgG3,と呼ばれる生物活性の異なるサブクラスに分かれる。その中で、IgG2は殺菌作用が一番低い。一方、細胞膜成分LPSのO抗原は膜から最も離れたLPS分子の末端に位置し、それに抗体が結合しても、次に続く補体によって細胞壁を破壊等の殺菌反応が起こりにくい。この2つの要因が重なると(O抗原に対してIgG2抗体が出来ると)、O抗原に対するIgG2抗体が細菌を取り囲んで、殺菌作用を発揮する代わりに、他の抗体を細菌に近づけなくして細菌を守ることになる。実際緑膿菌感染を合併する気管支拡張症と診断されていても、O抗原に対するIgG2抗体を持つグループのほうが、肺機能検査の値がはるかに悪く、病気が重篤化していることがわかった。今後症例を増やして、この結果が確認されれば、治療に手こずる気管支拡張症の患者さんの血清にO抗原に対するIgG2抗体があるかどうかは重要な検査になると思う。また、ワクチンの設計を行う場合も、O抗原を外してワクチンを作ることが重要になる。治療に手こずった経験を持つ身から見ると、納得の研究だ。興味を惹くのは、抗体が細菌を殺す代わりに守ってしまうと言う可能性は古くから着想されていたようだ。この論文の著者達は、1966年に発表された論文をヒントにしたと正直に述べ、引用している。半世紀も前の考えは無視されることが多いのに、過去を正しく評価し、引用しているこのような論文の読後感は清々しい。
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8月12日:進化を巻き戻す?(8月7日号Nature掲載論文)

2014年8月12日
18世紀、それまでのキリスト教に合わせた生物観が自然史思想絵と大きく変換する力となったのが化石の発見だ。最初は神が意図的に化石を置いたなどと無理な解釈を続けていたようだが、その後各国の自然史博物館を訪れれば必ず見ることになる、英国のウイリアムス、ヘニング、フランスのキュビエたちにより、動物は長い時間をかけて(急な変化が起こったと考える説もあった)進化すると言う思想が普通になる。しかし今存在する私たち動植物が過去の化石として残る動植物とつながっているとしても、その関係を如何にして決めればいいのか?残念ながら現在、全ゲノムが解読できている化石は70万年前の馬が精々で、それ以前になると骨の形態の比較をもとに関係を探ることになる。これに対し、現代の骨の形を出発点に時間を逆戻しして進化を研究できないかという可能性にチャレンジしたのが今日紹介するヘルシンキ大学からの研究で8月7日号のNature誌に掲載された。タイトルは「Replaying evolutionary transition from the dental fossil record (化石に見られる歯から現代の歯への進化過程を巻き戻す)」だ。先に言ってしまうが、研究自体は器官培養による歯の形成研究で、高々EdaとSHHという二つの分化増殖因子の効果を確かめた仕事だ、ただこの話を化石と結びつけ、時間の巻き戻しと言うタイトルをつけた点がこの著者のセンスで、これがNature掲載につながったと思う。器官培養で歯を再生する研究は普通に行われている。このグループでは歯の形成異常を示すEda欠損マウスの歯牙を試験管内で培養するとき様々な濃度でEdaを加えた時に試験管内で起こる異常から正常への変化を研究していたようだ。おそらくこの実験途上で、Edaの量によって出来て来た歯が、1994年中国で発見された5−6千万年前のげっ歯類Tribosphenomysの歯に似た形態が得られることに気づいたのだろう。中途の実験は全て省略するが、最終的にEdaの欠損したマウスの歯牙をSHH分子阻害剤と培養することでTribosphenomysに極めて近い歯を作れることを示し、実験的に進化過程の巻き戻しができると結論している。目の付け所がよく、豊富な知識があって、面白いストーリーが語れるなら、同じデータでも人を惹き付ける論文になることを示す典型だ。ただ、欲を言えばもう少し系統進化学の視点を入れて、このストーリーの遺伝的可能性を調べて欲しいと思った。現在形態と遺伝子を符合させられるのは系統進化学だけだ。様々な歯の形を持つほ乳動物ゲノムを比較して、EdaやSHHの発現や機能の変化が歯の形態を決定するのか是非知りたい。このグループのことはこの論文で初めて知ったが、なかなか優れた研究者達に思える。
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8月11日:SOD1変異によるALSの治療可能性(Science Translational Medicine 8月号掲載論文)

2014年8月11日
ALS(筋萎縮性側索硬化症)は進行性に筋肉の運動を司る運動ニューロンが失われる病気だ。誰もがこの病気にかかる可能性があり、一旦病気が始まると進行を止めることが出来ない。この病気は別名ゲーリック病と呼ばれるが、ルー・ゲーリックの様な運動能力に優れた大リーグのスターでも病魔に襲われることを教えるための名前と言える。私自身は専門家ではなく全て論文からの知識だが、ALSに関する論文は多く出版されており、最近の研究の進展は著しいように感じる。ここでも2月25日、ALSの一部のタイプでは、プリオン病と言われる状態に似たメカニズムで運動神経が失われることを示したカナダの研究を紹介した。この説では、異常な蛋白が増えることにより神経が自ら死んで行くと考える。一方、京大の漆谷さんや、今日紹介するScience Translational Medicine8月号に掲載された論文の責任著者ハーバード大Kevin Eganは、運動ニューロンは異常タンパク質によって活性化された周囲のグリア細胞のアタックをうけて死ぬと言う説を唱えている。この説が正しいと、異常グリア細胞からのアタックを防ぐことが出来ればALSを治療することが可能になる。「Genetic validation of a therapeutic target in a mouse model of ALS (ALSモデルマウスの標的治療の可能性を示すための遺伝的研究)」というKevin Egan達の論文はこの可能性を追求した研究だ。これまでEgan達はSOD1と呼ばれるタンパク質の遺伝的変異によって起こるマウスALSモデルマウスでは、プロスタグランジンD2を介して、活性化されたグリア細胞が運動ニューロンを特異的に傷害することにより病気が進行することを報告していた。この論文では、先ずES細胞から誘導したヒト運動神経と変異SOD1を持つマウスグリア細胞を共培養してグリア細胞の細胞障害性を調べる実験系で、プロスタグランジン受容体のうちDP1がこの障害性に関わることを突き止めた。そしてDP1特異的に阻害する化学化合物を使うことで運動ニューロン障害性を強く抑制できることを示した。次に、この試験管内で突き止めた治療標的が、ALSマウスモデルでも標的として考えられるか調べる目的で、DP1分子の機能が抑制されたALSマウスを遺伝子操作で作ると、DP1を持つマウスよりは少しだけだが病気を遅らせる事が出来ている。最後にこのALSモデルマウスで、試験管で観察された変異SOD1により活性化されたグリア細胞による運動ニューロン障害が身体の中でも確かに起こっていることを確認している。この結果かから、特異性や効果の高いDP1受容体阻害剤が得られればALSの進行を遅らせることが可能になると期待される。幸い、この研究では使えなかったようだが、この条件を満たす阻害剤が既に2010年Merckで開発されている。臨床に向けた取り組みがどこまで進んでいるか把握していないが、もし他の症状に対する治験が進んでおれば、ALS にも早期に使える可能性がある。是非Kevin Egan達の予想が当たって欲しい。  話は変わるが、Kevin EganはJaenischの愛弟子で、若山さんのマウスクローンの論文が発表されてすぐクローン研究に加わり、iPSが生まれる前には、核移植クローンのトップの研究者に成長していた。しかしiPSの発見以後研究方向をがらっと変え、ALSなどヒト神経疾患の治療法の開発に絞って優れた研究を出し続けている、まだ40歳になったばかりの若手研究者だ。神経細胞分化へ転向したこともあり、笹井さんを尊敬しており、親交も深かったはずだ。この意味で、若山、笹井両方を知るKevinが笹井さんの自殺に至ったSTAP問題をどう思っているのか、次に会う機会があれば是非知りたいと思っている。
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8月10日:ガンは周りの組織を味方にする(7月31日号Cell誌掲載論文)

2014年8月10日
ガン細胞と言うと、どんな条件でも増え続けるように思うが、試験管内でガン細胞を増殖させることはそう簡単ではない。実際にはガンも周りの組織に支えられて増殖する。一番わかり易い例が血管新生だ。ガンが大きくなるには血管が必要で、多くのがんは血管新生を誘導する因子を分泌する。この分泌因子の機能を抑制する抗体薬(アバスチンなど)は既に臨床で利用されている。今日紹介するMITからの論文は、ガンが周りの組織を自分の都合のいいように再組織化する分子機構の一つを明らかにした研究で7月31日号のCell誌に掲載された。タイトルは、「The reprogramming of tumor stroma by HSF1 is a potent enabler of malignancy (HSF1による腫瘍周囲の間質のリプログラムが悪性化に関わる)」だ。このグループは元々細胞が高温などのストレスにさらされた時発現する熱ショック蛋白HSF1に興味を持っていた。またHSF1を発現したガンは悪性度が高いことも既に知られていた。この研究は、、正常の間質と比べるとガン周囲の間質細胞でHSF1発現が高いという発見から始まっている。モデル実験系で間質のHSF1発現とガンの増殖の関係を調べると、HSF1遺伝子発現とガンの増殖とが相関することがわかった。更に実際のガン患者さんでHSF1はガンの悪性化に関わっているのかも調べている。乳がんや非小細胞性腺癌の組織を調べ、間質のHSF1発現が高いガン患者さんの予後が悪いことを明らかにしている。研究では、間質細胞でHSF1が誘導されると、遺伝子発現のパターンが大きく変化し、これに伴い間質細胞から様々な増殖因子が分泌され、ガンの増殖を助ける可能性を示している。また、その中のTGFβ分子やSDF1分子がガンの悪性化を促進する分泌因子として最も疑わしいことも実験的に明らかにしている。ガンが自分の周囲の間質の性質自分の都合のよいようリプログラムするとは恐ろしいことだ。しかしもしそうなら、血管新生を止める治療法と同じように、HSF1が誘導される過程を止めてやればガンの増殖を止めることが可能になる。ただ残念ながら、この研究ではなぜガンに反応して間質細胞のHSF1が誘導されるのか、なぜTGFβやSDF1がガンの悪性化につながるのかなど、この発見を治療につなげるための肝心の手がかりが不明なままだ。この点が明らかになれば、ガンの新しい治療法が生まれる可能性は大きい。是非治療を目指した研究が後に続くことを期待する。
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8月9日:動脈硬化は本当に生活習慣病か(Global Heart誌6月号掲載総説)

2014年8月9日
長寿国日本では、動脈硬化、高血糖、高血圧は、高齢者の大半が罹患する国民病になっており、無症状であったとしても心筋梗塞、脳梗塞といった疾患へと発展する可能性が高く、国を挙げた取り組みが進められている。このグループは可愛い「メタボ」と言う名前でひとくくりにされており、このメタボは飽食と運動不足が当たり前になった現代病の典型だとするのが大方のコンセンサスだ。では現在とは違っておそらく飽食など考えられなかった古代から中世までの人達には動脈硬化がなかったのか?この問いについて答えるべく、現存するミイラの血管を調べた最近の研究をまとめたのが今日紹介する総説で、6月号のGlobal Heart誌に掲載されていた。タイトルは「Computed tomographic evidence of atherosclerosis in the mummified remains of humans from around the world(世界中に現存するミイラのCT解析で明らかになった動脈硬化の証拠)」だ。総説なので、詳しい方法などは全く記載されていないが、タイトルにあるように、ミイラの動脈硬化についてのこれまでの研究をまとめている。しかし人間の好奇心は尽きないことがこの総説を呼んでわかる。なんとミイラの動脈硬化は1855年には学会で発表された記録があり、1911年には最初の論文が出ている。全て解剖によって明らかにされた。死んで名を残すより、身体が残る方が科学の進展に重要であることを実感する。とは言え、博物館の資料を次から次に解剖することは不可能だ。この疑問に対する研究が進んだのは、高性能のCTスキャン装置が開発され、解剖しなくとも体内の様子が詳しく分かるようになってからだ。この結果、博物館にあるミイラは先ずCTで調べられるようになった。この総説では、エジプトのミイラ76体の38%、ペルーのミイラ51体のうち25%に動脈硬化が発見されている。従って動脈硬化は現代の病気ではなく紀元前の人間の病気であったことは確かだ。とは言え、ミイラとして残っているのは高貴な人達で、今と変わらない飽食を生活習慣とする人達なら納得する。ではもっと苦しい生活を送っていたミイラはどうか?まだ大規模農業が発達せず、社会的不平等の大きくない社会を形成していたアメリカのプエブロインデアン、及びアリューシャン列島で見つかったミイラでも40−60%に動脈硬化が確認された。そしてなんと、チロルで発見され世界中を湧かせたミイラ、アイスマンにも動脈硬化が見られた。このように動脈硬化は現代よりはるかに粗食を続けている古代人もかかっていたようだ。このようにミイラのCT調査から、動脈硬化が現代病ではなく、古代から人類に普通に見られる病気だったことがわかる。また、必ずしも生活習慣病でもなさそうだ。とすると、ミイラは全く新しい動脈硬化の原因を教えてくれているのかもしれない。ご存知のように、アイスマンの全ゲノムは解読され、動脈硬化と関連する多型を持っているようだ。これは私の妄想だが、ひょっとすると動脈硬化がある方が寒い地方で狩りで生活をしていた人間には都合が良かったのかもしれない。5月10日ここで紹介したが、シロクマは北極圏に適応する進化の過程で動脈硬化に関わる様々な遺伝子を変化させ、血液を寒さから守っている。ネアンデルタールではどうだったのか?老人の妄想は果てしなく続く。
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8月8日:遺伝的モザイク(The American Journal of Human Genetics 8月号掲載論文)

2014年8月8日
昨年FOP明石の山本さんに招かれて、筋肉が骨に変わる難病FOPの患者さんの会に出席し、患者さんや家族の方と話す機会があった。当時私は、FOPは代々伝わる遺伝病ではなく、おそらく卵子や精子が作られる時に起こる一回きりの突然変異によって発生するため、確率はどの民族でも200万人に1人と低いと理解していた。あるお父さんから次の子供がFOPになる確率を聞かれ、「次の子供がFOPになる確率は200万分の1で、可能性はほとんどないと言える。従って、安心して次の子供を産んで下さい」と答えた。ただ、AASJの理事で同僚の藤本さんに聞くと、日本にも兄弟に発生した例があるようだ。子供と同じ突然変異をもし両親が持っておれば必ず病気になっているはずで、両親とも健康であると言うことは、まれな突然変異が生殖細胞に発生して子供に伝わった以外考え様がない。どうしてそれほどの偶然が重なるのかといぶかしく思っていた。この問題に対して、もう一つの考え方を示したのが今日紹介する論文だ。テキサス・ベーラー大学からの「Parental somatic mosaicism is underrecognized and influences recurrence risk of genomic disorders(両親の体細胞に発生した遺伝的モザイク現象が子供の遺伝子疾患の繰り返すリスクに影響することが過小評価されている)」と言うタイトルの論文は、8月号のThe American Journal of Geneticsに掲載された。論文タイトルの中にある体細胞の遺伝的モザイク現象について説明しよう。私たちの身体が発生するまでには膨大な数の細胞分裂が必要だ。そして、分裂の度に突然変異は必ず起こる。がんもこうして発生する。もし病気につながる突然変異が発生の初期に起こって、精子や卵子の元になる細胞に伝わると、新しく出来た生殖細胞のなかに、突然変異のある細胞とない細胞が混じって存在することになる。これがモザイク状態だ。両親に遺伝的異常が見つかっていないのになぜまれな遺伝病が複数の子供に発生するのかと言う疑問に対し、この論文は、両親のうちのどちらかの体細胞が遺伝的モザイクになり、生殖細胞にもこのモザイク状態が反映さえているいるためと言う答えを示した。研究では、両親と子供の抹消血が採取され、子供の遺伝子異常が両親の血液細胞の一部に見られないか検討している。モザイクを疑い調べた6家族で25%〜1%までの様々な率で、血液細胞集団に遺伝的モザイク現象の存在が明らかになった。血液細胞のモザイク率が25%、9%と極めて高いケースでは、高い確率で次の子供さんが同じ遺伝子異常を持って生まれてくる可能性がある。従って、FOPのように両親に遺伝異常がない場合も、発生過程でこの遺伝子異常が発生した場合、様々なモザイク率で精子や卵子に同じ遺伝子異常が維持され、それが子供に伝わって遺伝子病になることを必ず疑った方がいいことになる。勿論体細胞がモザイク状態になっていても、遺伝子異常の子供さんが生まれるまで両親には全く異常がない。モザイクが疑われるのは、遺伝子異常の子供さんが生まれてからになる。とすると、次の子供に異常が起こるかどうか、これまでのように「あり得ない確率」で済ますのではなく、モザイクを疑って両親の血液を調べてもいいのではないかと思う。昨年9月29日に書いた「FOPの遺伝」という項目を大至急訂正するつもりだ。
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8月7日:再生臓器の移植(7月26日号 Lancet掲載論文)

2014年8月7日
試験管内で構造を持った臓器を再生することは簡単ではない。亡くなった笹井さんは神経系でこの難題に取り組み、構造を持つ網膜や小さな脳組織を形成させるのに成功していた。この場合の構造構築は自己組織化と言われ、細胞が持つ内在的な力で自然に構築が形成される。ただ、こうして出来る立体構築は、作る側の都合でデザインできない、大きな構造が出来ないと言う問題がある。このため、デザインされた足場を先ず人工的に作って、そこに細胞を撒いて臓器を作る様々な方法の開発が進んでいる。方法の一つが、取り出した臓器から細胞だけを取り除いて構造の足場だけを作り、そこに細胞を撒く方法だ。それぞれの細胞は特定の足場を好むため、複数の細胞の種類が正しい場所に自然に分かれて増殖させることが出来る。この方法の有効性は、既に上皮と筋層からなる膀胱や尿管で証明され2006年、2011年にLancetに掲載されている。今日紹介する論文は女性の膣形成不全の治療に、試験管内で再構築した膣の移植を試みたアメリカウェークフォレスト大学とメキシコHIMFG大学との共同研究で、7月26日のLancetに掲載された。タイトルは、「Tissue-engineered autologous vaginal organs in patients: a pilot cohort study (組織工学的に自己の細胞から形成した膣を用いた移植治療:試験的コホート研究)」だ。膀胱や、尿道で既に成功例があるのにこの論文が気になったのは、ずばり「膣」が肉体的にも精神的にも女性の性にとって大きな役割をもつ臓器だからだ。研究では、13歳から18歳までの膣形成不全の4例の患者さんで、2人は膣から卵管に至る複雑な形成異常を併発しているが、残りの2例は膣だけに異常が限局されている。患者さんに残っている膣組織をバイオプシーし、そこから筋肉と上皮を別々に培養して十分な数になるのを待つ。大体、3−5週培養すると十分な細胞数が得られる。それを既に購入することの出来る腸管の細胞を除去した足場(Surgisisと言う製品)に移して更に培養を続け、組織構築が正常の膣に極めて近いことを確認してから移植している。組織を採取してから5−6週で移植可能になっており、驚きのスピードと言える。これを患者さんに移植する時、子宮との連絡が再建できるよう吻合を行っている。また、自然に腔が閉じないよう、最初ステントを入れて形を整えるなど、きめの細かい手術を行っている。結果膣以外の異常のない2例では生理が回復している。生理を見ることはないと言われて来た患者さんにとっては無上の喜びだったはずだ。そして、私が最も気になった点、即ち性的な活動性だ。手術を受けた全員が、性的にも正常の人と変わらない生活を送っており、性欲も活発なようだ。移植後血管だけでなく、自律神経などの再構築がしっかり進んだことを示している。論文を読むと、1990年研究を初め、動物実験をへて今回の治験にたどり着き、しかも患者さんの経過を8年も丹念に追跡している。この方法以外ではかなわなかった結果を示しており、再生医学の臨床研究の手本と言える。今我が国で進んでいるiPS を用いた臨床研究の最前線にある、網膜色素上皮移植と、ドーパミンニューロンを用いる2つの再生医療は、高橋政代さんと、高橋淳さんの二人の力でなんとか実現出来る所までこぎ着けたが、どちらも笹井さんが開発した技術から始まっていることを是非皆さんに伝えたい。
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