3月9日 線虫が色を区別する (3月5日号 Science 掲載論文)
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3月9日 線虫が色を区別する (3月5日号 Science 掲載論文)

2021年3月9日
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線虫には目もなく、また動物が一般的に光の感覚に使うオプシン遺伝子も存在しないことがわかっている。それでも、光に反応するのは、光により誘導された周りの化学的変化を感知する受容体をうまく使っているからだ。とすると、周りに存在する光を吸収して化学変化を起こす分子の存在は、当然線虫の行動に影響を及ぼすと考えられる。

今日紹介するエール大学からの論文は、線虫が餌とするバクテリアの持つ色素を介して餌を選択している可能性を調べた研究で3月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「C. elegans discriminates colors to guide foraging(線虫は色を区別して餌探しのガイドにする)」だ。

この研究ではまず、線虫にとっては毒になる緑膿菌を避けるときに、白色光が役立つかどうか調べ、緑膿菌が分泌する光吸収タンパク質pyocyanin存在するときだけ、緑膿菌を避けること、この光により誘導される忌避行動は、Lite-1と呼ばれる化学受容体に依存していること、この反応はpyocyaninがあれば必要十分であることを確認している。すなわち、細菌を問わず、pyocyaninのようにが光により活性酸素が発生する場合これをLite-1で感知することで、光を感知している。

だとすると、このpyocyaninでなくとも、光に反応して活性酸素がでる場合は、線虫が感知できることになる。これを確かめるため、それ自体では光を吸収するだけの青い色素と、活性酸素を発生するパラコートを混ぜた分子に光を当てる実験を行い、両方が存在して光により活性酸素が発生するときだけ、線虫が忌避行動を起こすことを示している。

問題は、このような光に対する反応が、実験室外でも線虫の行動に関わっているかだが、今度は忌避行動を誘導する匂い物質Octanolに青と黄色の波長を様々な割合で混ぜた光を当てるという、少し凝った実験を行い、様々な環境で生育している野生の線虫が反応する光の組み合わせに大きな多様性が見られることを示し、野生の生育環境に合わせた光に対する反応性を獲得していることを明らかにしている。

最後に、この光受容にストレス反応に関わるJNKやレプチンが関わることを示し、一種のストレス反応の進化系の一つであることを示している。

以上、直接光を感じるシステムがなくとも、周りに光を吸収し化学反応を起こす分子が存在すれば、光を使ってそれを感知できるという話だ。

最後に個人的感想だが、光を使ってストレスを感じる仕組みは、昼にしか使えない。緑膿菌を避けるなら、光に依存しない化学受容体や臭い受容体を発達させた方が安心ではないかと疑問を感じる。線虫にも概日リズムがあるそうなので、光を用いた忌避行動と概日リズムを調べてみるのも面白いかもしれない。

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3月8日 マウス造血をヒト化する(3月5日号 Science 掲載論文)

2021年3月8日
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マウス体内でヒト幹細胞の造血を再現しようと試みが始まったのは、私が熊本大学で研究を始めたころで、Fox Chase研究所のMel Bosma が免疫系が欠損したscidマウスを確立したことがきっかけだった。その後、造血や血液細胞の動態に関わる分子が明らかになり、遺伝子改変技術が利用できるようになり、ヒトの造血分子でマウスを置き換えた文字通りのヒト化マウス作成が進められ、現在に至っている。

その中心になるのがFlavelの研究室だが、今日紹介する論文は、これまで難しかったヒト赤血球を持続的に作ることができるマウスの開発で、3月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Combined liver–cytokine humanization comes to the rescue of circulating human red blood cells(肝臓細胞のヒト化とサイトカインのヒト化を組み合わせることで末梢血のヒト赤血球が維持される)」だ。

マウス造血をヒト化するための最大の課題は、末梢血の赤血球を置き換えることの困難で、Flavel達が開発したM-CSF,IL-3,thrombopoietin, eat-me signalのリガンドをヒト分子に置き換え、これを免疫系が完全に欠損したRag2(-) IL2Rγ(-)マウスに導入したMISTRGヒト化マウスでも、骨髄造血は半分ぐらいまでヒト化できるが、末梢血には赤血球はほとんど存在しない。さらに、Wvマウスと掛け合わせると赤血球が現れるとする赤司さん達の研究もあるが、ヒト赤血球が肝臓ですぐ壊される以上、造血組織のヒト化だけでは難しかった。

この問題に対しFlavel 達は、赤血球が破壊される肝臓をヒト型にしてしまおうと考え、GrumpeやVerma達により開発された、fumarylacetoacetate hydrolase (Fah)欠損マウスの肝細胞を、脾臓に移植したヒト肝細胞で置き換える方法を、彼らが作成していたMISTRGマウスと組み合わせてみた(これも懐かしい方法だ)。

結果は上々で、赤血球を破壊するためのシグナルとなるC3結合が低下し、さらにヒト肝細胞に置き換わった肝臓の8割以上のクッパー細胞がヒト化されることで、マウスに注射したヒト赤血球も、短いながらも末梢血にとどまることが明らかになった。

次にこのマウスに、ヒト胎児肝細胞由来の造血幹細胞を移植して造血を追跡すると、末梢血のヒト赤血球の割合は徐々に増加し、12週では10%近くに達し、さらにほとんどが成熟赤血球であることを示した。さらに、成熟赤血球が維持できることで、骨髄での赤血球造血も促進され、場合によっては8割以上の骨髄赤血球造血がヒト型に変わっていることも観察している。

以上の結果は、ヒト成熟赤血球が抹消で機能を発揮することで、赤血球系列も含む、バランスの取れたヒト造血幹細胞分化がマウス骨髄内で実現することが明らかになった。

そこで最後の仕上げとして、鎌形赤血球症をマウス体内で再現できるか、遺伝子変異を持つ患者さんの骨髄細胞を移植したマウスで調べている。結果は予想通りで、ヒト型造血を骨髄で再現できるが、同時に5−7%程度の赤血球が鎌状になっていること、脾臓造血の促進、肝臓や腎臓での血管の閉塞などが再現できることを示している。

もちろん、全てがヒト型造血細胞で置き換わったマウスというゴールから考えると、まだ完全ではない。実際、それが可能かどうかすらわからない。しかし、step by stepに30年以上の時間をかけて、ヒト化マウスがここまで完成してきたことを見ると、感動する。

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3月7日 進む抗体ブリッジを用いたガンのキラー治療(3月5日号 Science 掲載論文)

2021年3月7日
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片方に腫瘍特異的抗体、片方をT細胞刺激抗体をキメラにした抗体を用いて、ガンに対するキラー活性を動員する新しい方法の開発が急速に進んでいる。自己のT細胞に遺伝子を導入してキラー細胞に転換するCAR-T療法と比べ、細胞の遺伝子操作が必要なく、標的抗原を発現している全てのガン患者さんに同じキメラ抗体を使うことができ、また次から次へと新しいT細胞をリクルートできるのでチェックポイント阻害の問題がなく、さらに抗体投与を止めれば、キラー活性も消失するため、安全性も高いことから、将来CAR-Tに変わると期待されている。

今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、ガン抗原としてp53変異ペプチドとHLA抗原の複合分子が使えないか調べた研究で、3月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Targeting a neoantigen derived from a common TP53 mutation(頻度の高いTP53変異由来のネオ抗原を標的にする)」だ。

これまでガンのドライバー変異をネオ抗原として使う治療法は紹介してきた覚えがあるが、ガン抑制遺伝子、それも多くのガンで見られるp53を使う試みは初めて紹介する。ガン抑制遺伝子を使うメリットは、免疫を逃れるための次の変異が起こりにくい点だが、もちろん0ではない。

この研究ではp53変異のうちのR175H変異がHLA-A02:01組織適合抗原と結合してできるネオエピトープのみに着目し、この構造を認識するモノクローナル抗体をファージライブラリースクリーニング法を用いて特定し、これをT細胞受容体を刺激できる抗CD3抗体とキメラにした抗体を作り、まずp53R175H変異ペプチドに対するキラーT細胞反応を誘導できるか調べている。

こうしてコンセプトの妥当性を確認した後で、抗CD3抗体の中から活性の高い抗体を選び出し、最終的にH2-scFvと呼ぶ治療キメラ抗体を確立し、最後にペプチドではなく、同じ変異を持つガンに対する細胞障害性を確認している。すなわち、自然の状況でガン細胞が変異ペプチドを合成しさえすれば、キメラ抗体が少ない数ではあってもガン細胞と結合し、周りのT細胞を刺激して細胞障害を誘導することを明らかにしている。

あとは、抗体とp53変異ペプチド/HLAの分子構造を徹底的に調べて、それに基づき、他のペプチドに対する交叉反応の可能性がほとんどないことを確認している。

最後は、変異p53を発現するガン細胞をマウスに移植して、キメラ抗体を投与する実験から、p53特異的にガン細胞を除去することを確認している。

以上が結果で、人に応用するには、キメラ抗体自体への免疫反応や、固形ガンへの応用範囲など、まだまだ調べることが多いが、CAR-Tに置き換わるチャンスは十分ありうることを期待させる。

もともとジョンズホプキンス大学はCAR-T研究を牽引してきた大学だが、その大学が次世代型の治療法でもリードしているのは、選択と集中を感じさせる。さらに個人的には、このキメラ抗体で、ガンだけでなく体の中からp53変異を持つ細胞もついでに殺してもらえれば、ガンの発生を抑えられるのではと期待している。

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3月6日 新型コロナウイルスがACE2発現の低い細胞に感染できる理由:ドグマを問い直すことから新しい発見が得られる(3月2日 Cell オンライン掲載論文)

2021年3月6日
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3月3日に続いて、今日も香港大学からの論文だ。

新型コロナウイルス(Cov2)が、感染の入り口としてSARSと同じACE2を使っていることを示す論文を紹介したのがちょうど一年前だ(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/12537)。ただ、これだけでは全身性の感染は理解できないため、その後neuropilinをはじめ(https://aasj.jp/news/watch/13302)、糖鎖結合タンパク質など、その可能性は広がってきた。ただ、今日紹介する香港大学からの論文は少しレベルが違い、Cov2感染細胞のレパートリーをバソプレシン受容体やアンジオテンシン受容体を持つ全ての細胞へと大きく拡大した研究で、3月2日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Soluble ACE2-mediated cell entry of SARS-CoV-2 via interaction with proteins related to the renin-angiotensin system(可溶性のACE2によりSARS-CoV-2ウイルスはレニンアンジオテンシン系を利用して細胞内へ侵入する)」だ。

この研究は、これまでCoV2感染に使われている例えばVERO細胞などが、極めてウイルスの感染実験に合わせた人為的なシステムで、本当の感染現象を追及できないのではという素朴な疑問からスタートしている。そして、様々な系列のヒト細胞株を集め、Cov2感染実験を行い、VERO細胞と同じ程度の感染が見られる細胞の一つとして腎臓の尿細管由来細胞株HK2を特定する。

あとは、siRNAを用いた遺伝子ノックダウンを網羅的に行い、感染をすり抜けて生き残る細胞でノックダウンされている遺伝子を調べ、ウイルス感染に必要な小胞体輸送システムなどとともに、バソプレッシンシグナルに関わる分子がウイルス感染に関わるとする予想外の結果を得ている。

この結果を確かめるため、生化学的、遺伝学的な実験を組み合わせて、ついに細胞膜から切り出されたACE2とCov2スパイクタンパク質の複合体に、なんとバソプレッシンが結合することで、バソプレシン受容体がCov2の受容体として働くことを明らかにする。また、この過程でACE2がADAM17により切断され、可溶性のACE2として細胞外へ遊離することが必須であることも明らかにしている。

これによりCovid-19感染による腎臓障害の一部は十分理解できるようになったが、このグループはさらに進んで、可溶性のACE2がアンジオテンシン受容体AT1を介して細胞内に取り込まれるという以前の研究に着目し、この経路でCov2感染が起こる可能性も検討し、なんと可溶性ACE2がAT1陽性の細胞へのCov2感染を媒介することを明らかにしている。

他にも細胞学的な詳しい研究を行なっているが詳細はいいだろう。要するに、血圧維持システムとして、細胞膜からACE2を切り離して細胞外に遊離するメカニズムが、そのままCov2の感染を、AT1陽性細胞へと拡大していることが明らかになった。

AT1は免疫系を含む様々な細胞に発現していることから、条件が整うとCovid-19が全身病になる原因がまた明らかになった。今後in vivoの実験系での研究が必要だが、ドグマを疑うところから始めて、新しい可能性を切り開いた優れた研究だと思う。

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3月5日 MECP2重複症の前臨床研究が完成に近づいてきた(3月3日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年3月5日
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MECP2は性染色体上に存在する遺伝子で、機能低下が起こるとRett症候群、逆に遺伝子重複により機能が高まるとMECP2重複症(MDS)が起こる。いずれも遺伝子治療の研究が進んでいるが、Rett症候群の場合X染色体不活化という現象で、正常遺伝子と、機能不全遺伝子を持つ細胞がモザイク になっているので、変異遺伝子を狙い撃ちにする編集に近い方法の開発が必要かもしれない。

これに対して MDSの場合は、変異染色体だけなので、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)を用いて遺伝子発現量を低下させる治療が考えられる。この方法は現在他の病気に使われ成功しているし、すでにマウスモデルでこの方法が有効であることが確かめられている。

今日紹介するテキサスベイラー医大からの論文は、ヒト型の変異遺伝子を導入したMDSモデルを用いて、臨床に使うときの問題をより詳しく解析した前臨床研究で、ASO治療がグッと近くなったことを感じさてくれる。タイトルは「Antisense oligonucleotide therapy in a humanized mouse model of MECP2 duplication syndrome(ヒト化MECP2重複症モデルマウスでのアンチセンスオリゴヌクレオチド治療)」で、3月3日のScience Translational Medicineに掲載された。

いうまでもなくこの研究はRettやMDSの患者家族の会でも有名なZoghbiさんたちの研究で、MDSのASO治療に関しては2015年にマウスモデルを用いた研究を発表し、成長後の症状も改善することができることを示し期待を持たせた。しかし、それからすでに7年経過しており、どうなっているのか気を揉んでいた。

とはいえ、MECP2の機能は、クロマチン制御という極めて複雑な過程で、ASOで量を減らせばすぐに元に戻るという単純なものではない。おそらく慎重には慎重を期すという意味で、今回の研究ではまずヒトMECP2重複遺伝子をマウスの遺伝子と完全に置き換えたヒト化マウスを作成し、これを用いて治療実験を行なっている。あまり難しい話はすっ飛ばして、今回明らかになったことを箇条書きにまとめてみた。

  • ヒトのMDS変異で置き換えたマウスモデルは、MDSで見られる様々な症状を再現できており、MECP2の過剰発現と、症状とを繋ぐ動物モデルとして利用できる。
  • このマウスを用いると、実際の治療用に開発したASOを定量的に調べることが可能になる。この研究では、ASOの取り込みを上昇させ、分解されにくくした人工核酸を用いて20merのアンチセンス核酸を合成し、これを脳室に投与している。しかも、より臨床的な条件に合わせて、一回投与の効果に限って調べている。
  • マウスではあるが、ASO一回投与で、投与量に応じてMECP2発減量は、ほぼ全ての脳領域で低下する。従って、MECP2の発現量を正常化させることができる。
  • 一回投与では、mRNAの量は1週間目から正常化するが、5週目ぐらいから元に戻り始め、16週では完全に元に戻る。これに対しタンパク質量は遅れ、2週で正常化、これは5週間まで続く。
  • 上の結果は、MECP2発現量の上昇によるクロマチン変化の正常化は、2週間ぐらいから始まると考えられるが、その影響を受ける遺伝子の発現量の正常化も同じように遅れて正常化し、しかも16週間まで維持される遺伝子が多い。
  • 症状の改善についてはさらに遅れ、記憶や学習能力の改善についてみると、5週間ではほとんど変化がないが、9週目には正常化している。また運動機能も正常化する。しかし、不安行動の改善は認められない。
  • 血中のγインターフェロンmRNAが治療により正常化する。これは効果を調べるためのマーカーになるかもしれない。

結果は以上で、MDSの遺伝子治療が、ASO投与ですぐに変化が見られるという単純なものではなく、クロマチンの変化を通した複雑な過程であることを示している。従って慎重には慎重を期すべく、ヒト化マウスまで作成して研究を続けているようだ。そして、困難は必ず克服できるという希望も、結果を見るとよくわかる。

昨年紹介したように、MECP2の機能理解については大きな飛躍があったと個人的に感じている(https://aasj.jp/news/watch/13574)。その目で見れば、今回の治療実験結果も納得できる点が多く、実際の臨床へさらに近づいたと期待している。

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3月4日  DNA二重鎖切断修復とTAD (2月25日号 Nature 掲載論文)

2021年3月4日
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核内でのゲノム各領域の相互作用を調べるテクノロジー(Hi-Cなど)によりtopology associating domain (TAD)を定義できることを知ったときは新鮮な驚きを感じたし、さらにこの方法で定義されたTADの領域を理解することで、複雑な指の発生異常の一端を理解できることに大いに感動したドイツ・マックスプランク研究所の論文を、以前わざわざ自分の誕生日に、この欄で珍しく図入りで紹介した(https://aasj.jp/news/watch/3533)。

あれから6年近くが経過し、すでに当たり前の話なので、最近TADに関する論文を紹介する機会は減ったが、例えば抗体遺伝子の再構成など様々な研究に登場するようになってきている(https://aasj.jp/news/watch/4319)。

今日紹介するフランス・トゥールーズ大学からの論文は、DNA二重鎖がなんらかのきっかけで切断された時に誘導される修復現象が、TADとの関係で調べることで、より明快に理解できることを示した研究で2月25日号Natureに掲載された。タイトルは「Loop extrusion as a mechanism for formation of DNA damage repair foci(ループ形成はDNA修復点形成のメカニズム)」だ。

細胞をX線照射すると二重鎖が切断され、修復機構が誘導される。この修復が何カ所で起こっているのかを細胞学的にカウントすることができるが、これは修復点の前後のヒストン(H2A)がリン酸化されるため、これに対する抗体で細胞を染めると、リン酸化されたヒストンが正確に修復点を指し示すからだ。

この研究ではまず、このH2Aリン酸化や、他の修復に伴うヒストン修復の分布が、切断部位から次のTAD境界まで広がっていることを確認している。すなわち、修復プロセスはTAD境界の中で起こる。

この結果から、TAD形成の基本分子であるコヒーシンやTCFと二重鎖切断部位にリクルートされる修復複合体の関係をCHIP法やHi-Cなどで詳しく検討し、最終的に以下のモデルに到達する。

コヒーシンを起点にDNAはATP依存的にループを形成することが知られているが、DNAの切断が起こるとそこにリクルートされた修復複合体が、切断部位の両側にコヒーシンを集め結合することで、コヒーシンを切断部位に固定すると同時にリン酸化し、これをきっかけにしてDNAのループが次のTAD境界まで形成され、この過程でループのH2Aが修復複合体のATMによりリン酸化される。おそらく、リン酸化されたH2Aにより修復範囲がTADに限定されるとともに、領域内のDNAの相互作用が高まることで、結合する相手(end-joining, homologous joiningとも)を見つけ、迅速に修復が進む。

久しぶりにTADに取り組んだ論文を紹介したが、TADから見ることが今もいかに重要かがよくわかった。

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3月3日 抗体では鼻粘膜へのCoV-2感染を防ぎにくい(2月25日 Cell Host and Microbe オンライン掲載論文)

2021年3月3日
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Covid-19に対するワクチンについての治験結果を見ていると、CoV-2に対する抗体を誘導して、一定期間私たちに完全な自由を与えてくれることはよく理解できる。すなわち、接種を受ければ、症状を伴うCovid-19にかかる心配はまずない。

ただ、ワクチンを受けた人が、他の人に感染させないという保証があるか?言い換えると無症状の感染者になる可能性はないのか?というと、心配な点がいくつかある。

まず、無症状感染について調べたアストラゼネカのワクチンでは、症状を抑える効果と比べると、効果がかなり落ちることが示されている。すなわち、肺炎などは起こらないが、鼻感染は防げない可能性がある。

幸い、ついこの前ケンブリッジ大学から発表されたファイザーワクチンについての論文では、PCR陽性になる確率も4−8倍低下するので、安心できそうだが、最終的にはイギリスで始まった感染実験が答えてくれるだろう。

だとしても、もう一つ気になるデータがある。それは以前紹介した100日以上ウイルスを排出し続けた71歳で白血病で治療中の無症状感染者の女性の報告だ(https://aasj.jp/news/watch/14412)。この患者さんは2回に分けて回復者の血清療法が行われているが、それ以降20日にわたって鼻粘膜PCRは陽性のまま続いている。

また、以前紹介したようにエール大学の岩崎さんたちは、血中に抗体が存在しても局所(この研究の場合膣)に移行するわけではないことも示している(https://aasj.jp/news/watch/10382)。

これらを総合すると、ワクチン接種後はCovid-19感染による恐怖からは解放されるが、他人への迷惑という点では、感染実験が終わるまではまだ無罪放免とはいかないことがわかる。

前置きが長くなったが、今日紹介する香港大学からの論文は、少なくとも動物実験では、ワクチン接種でも無罪放免とはいかないことを示す研究で、2月25日Cell Host & Microbeにオンライン掲載された。タイトルは「Robust SARS-CoV-2 Infection in Nasal Turbinates after Treatment with Systemic Neutralizing Antibodies(中和抗体が血中に存在しても鼻甲介では安定的なSARS-CoV2感染が見られる)」だ。

研究は簡単で、ヒト由来モノクローナル抗体の開発途中で、モルモットを用いて抗体の効果を確かめたところ、前もって抗体投与することで肺炎発症は防げるにもかかわらず、鼻甲介粘膜細胞ではウイルス由来Nタンパク質が発現し続け、ウイルス感染が続いていたことが示されている。この原因を確かめるため、鼻汁中和抗体について調べ、ほとんど存在していないことも確認している。

以上が結果の全てで、力作というには程遠いが、ワクチン接種が進む今、ワクチン接種で病気発症の心配はなくなっても、感染を広げるスプレッダーとしての役割があるかもしれないことを一応警告として留意する必要があるとして採択されたのだろうと思う。

ヒト抗体をモルモットで確かめる実験が、そのままヒトに当てはまるわけではないが、アストラゼネカワクチンの治験結果をサポートする。一方、2月24日にケンブリッジ大学から発表された、ファイザーワクチンが感染を防ぐという論文は明らかにこの結果と異なる。これがワクチンの種類による違いなら、本当の意味での開放のためにはファイザーワクチンということになるが、結論は早い。

今回利用されるワクチンは、筋肉注射という点で一致していても、あまり報道されない様々な違いが存在する。その意味で、ワクチン接種者についての感染実験を通して、無症状感染が防げるのかどうか、それぞれのワクチンについて再検討することは急務だと思う。これが明らかになれば、マスクからも解放されるかどうかもわかるだろう。

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3月2日 動脈硬化による造血促進(3月4日号 Cell 掲載論文)

2021年3月2日
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動脈硬化症を血管の炎症として捉えることを提唱したのはPeter Libbyだったと思うが、これがきっかけになって、糖尿病、肥満まから老化まで、炎症という枠組みで捉え直すことが進み、インフラマゾーム概念の確立の結果、最終的に細胞死と、IL1βなどのサイトカインの放出という炎症の仕組みは、血液以外の多くの組織細胞に広がることになった。

これが頭に入ってしまうと、何が起こっても炎症で説明できるようになった。高齢になると、血液だけでなく、様々な組織細胞で増殖性が少し高まったクローン増殖が見られることが知られているが、検出のしやすさから圧倒的に血液で研究が進み、クローン性造血(CH)がDNA メチル化やヒストン修飾因子の変異が高頻度で見られることも明らかになっている。

これまで、CHが動脈硬化の人でより高頻度に見られることが知られているが、これがCHによる血液側の炎症に起因するのか、逆に動脈硬化という炎症に起因してCHが起こるのかが議論されていた。

今日紹介するハーバード大学からの論文は動脈硬化という全身の炎症が造血自体を高めることでCHが起こることを理論と簡単な実験で示した研究で、正直よくCellに採択されたなという印象だが、炎症と造血という点では面白いので紹介することにした。タイトルは「Increased stem cell proliferation in atherosclerosis accelerates clonal hematopoiesis (動脈硬化による血液幹細胞の増殖上昇によりクローン化造血が促進される):だ。

動脈硬化により、造血が上昇して、CHが現れやすくなるというのがこの研究のメッセージだが、動脈硬化を慢性炎症として捉えると、あまり新鮮な気はしない。ただ、Apoe欠損動脈硬化モデルマウスを用いて血液肝細胞増殖の動態を調べ、造血幹細胞が上昇し、さらにBrdUの取り込みが上昇していることを示したデータは私には新鮮だ。

さらに、骨髄穿刺で採取した細胞を、正常人と動脈硬化の患者さんで比べ、動脈硬化があると、造血幹細胞の中のKi67増殖細胞が2倍近く高まっていることを示している。

残念ながら動脈硬化と造血上昇の間を繋ぐ分子メカニズムについては全く解析できておらず、あとは血液幹細胞の増殖動態と、CHの関係を検討して、

  • 動脈硬化の患者さんでは、従来知られているドライバー変異ではない、装飾には中立と考えられる変異を持ったクローンの比率が高まっており、造血自体が動脈硬化で上昇している。
  • Tet2ノックアウトによりCHが起こりやすくなった細胞を移植する実験で、動脈硬化マウスでは増殖速度が高まる。
  • 同じような効果は、動脈硬化だけでなく、睡眠を持続的に中断させることでも起こる。

などを示しているが、同じことの繰り返しで、あまり意味がないように思う。

繰り返すが、よくCellに採択されたなと驚くが、動脈硬化のみならず、炎症ストレスの恐ろしさを示す意味では考えさせられた。

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3月1日 肉食恐竜のボディーサイズが2分している謎を探る(2月26日号 Science 掲載論文)

2021年3月1日
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この年まで、恐竜に興味を持ったことはほとんどない。実際恐竜の名前となるとTrex以外ほとんど出てこないし、自然史博物館に行っても、「ほー」と眺めながら素通りになる。しかし、今日紹介するニューメキシコ大学からの論文を読んで、化石しか手がかりがなくても、生態学といっていいレベルのデータ蓄積が進んでいることを知って感心した。タイトルは「The influence of juvenile dinosaurs on community structure and diversity(幼若期の恐竜が恐竜社会の構造と多様性に影響を及ぼす)」で、2月26日号のScienceに掲載された。

ここからはど素人の立場で解説してみよう。

なんと世界には4040万以上の分類群のデータが集まる古生物データベースがある。これを活用すれば、恐竜の謎についても科学的解析が可能だ。子供に人気の恐竜にはいくつかの謎がある。例えば、草食恐竜に比べると、肉食恐竜はなぜ種が多様なのかは有名な謎だが、もう一つ研究者が議論してきた謎の一つが、恐竜のサイズが小さい恐竜と大きな恐竜に2分して、中間がいないという謎だ。

これにチャレンジしたのがアリゾナ大学のグループで、同じ時代に存在した恐竜のサイズの全世界レベルの分布と、生態調査が進む各地域での分布を比べてみた。すると、草食恐竜では世界的分布と地域の分布でそれほど差はなかったのに、肉食恐竜になると、限られた地域で見ると、世界的傾向を遥かに超える大きい恐竜、小さい恐竜の2極化がはっきりとして、100kgから1000kgの大きさの恐竜がほとんど存在しない。

この傾向は、ジュラ紀から白亜紀に進むとますますはっきりしてくる。この原因の一つは当然餌としての草食恐竜の生態にあるが、おそらく草食恐竜が子供も交えた集団で移住する習性は中型恐竜のプレッシャーになった可能性は大きい。その結果、ジュラ紀には雑食恐竜や、魚を食べる恐竜が進化している。

これに加えて、アリゾナ大学のグループが提案したのが、白亜紀に入ってTrex型の大型恐竜が栄え始めると、大型恐竜の子供が、中型恐竜の餌を奪ったため、それぞれの地域から中型恐竜が駆逐されたのではないかという仮説だ。もう少し説明すると、Trexは卵から孵化した直後は極めて小さいサイズで、そこから16ー19年で巨大恐竜へと成長するため、徐々に淘汰されるとはいえ、幼若期の恐竜自体が、中型恐竜として成体とは異なる餌を捕食することで、中型恐竜を駆逐したと言う話だ。

この可能性を示すため、やはりデータベースで白亜紀の肉食恐竜の成熟前のボディーマスを計算し、白亜紀肉食恐竜では生体に対して、ほとんど60%以上のボディーマスを占めることを示している。

ともすると古生物学では、成体を基盤に生態系を考えてしまうが、実際には子供も含めて生態系を考えることが重要であることを教えてくれた。全く恐竜ど素人にも面白い論文で、恐竜ファンの子供には是非伝えたい。

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2月28日 血小板由来ミトコンドリアがSLEの病態に関わる(2月17日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年2月28日
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Covid-19の重症化に深く血栓がかかわり、この原因がSLEの様に白血球の特殊な細胞死NETosisや自己抗体が関わることが示唆されている。その意味で、SLEの病態を理解することは、Covid-19理解にも重要だと思うが、ではSLEの病態がどこまで解明されているのかと考えると、まだまだ不明な点が多い。

今日紹介するケベック大学からの論文は血小板がFcγRIIA受容体を介して、SLEの病態に深く関わる可能性を示し、SLE研究の盲点をついた研究で2月17日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Platelets release mitochondrial antigens in systemic lupus erythematosus (SLEで見られる血小板により分泌されるミトコンドリア抗原)」だ。

この研究は、SLEのシンボルマーク、抗核抗体や抗DNA抗体ができる過程に関わるDNAは本当に核内DNAだろうかと言う素朴な疑問に発している。DNAはミトコンドリアにも存在し、事実NETosisが起こるときにはミトコンドリアDNAも細胞外に吐き出される。さらに、白血球よりはるかに多い数の血小板も4個前後のミトコンドリアを持っている。これらの考察に基づき、この研究では最初からSLEの病態に血小板とそれ由来ミトコンドリアDNA がど関与しているかに絞って研究を行なっている。要するに、血小板は重要であると言う結論だが、そのために少しごちゃごちゃと実験が行われわかりにくいので、結論だけを要約すると以下の様になる。

  • 血小板に自己抗体と自己抗原(DNAなど)が結合した抗原抗体複合体が作用するとFcγRIIAを介してシグナルが入り、ミトコンドリアとともにミトコンドリアDNA(mtDNA)決勝番外に遊離される。
  • SLEでは病状に関わらず血小板が常に活性化された状態にあり、免疫複合体によりすぐにmtDNAが遊離される。
  • mtDNAはNETosisにより遊離される核内DNAと異なり、そのままでは拡散分解酵素の作用を受けない。
  • マウスはFcγRIIAを持たないので、ヒトFcγRIIA遺伝子を導入したトランスジェニックマウスでSLEを誘導すると、FcγRIIAを導入したマウスで腎臓への血小板のトラップが起こり、マウスの寿命も短くなる。すなわち、活性化された血小板が免疫複合体が沈着する局所に集まり、そこでミトコンドリアが遊離することで、mtDNAが供給され、病態を進行させる。

以上が主な結果で、結論としては、いったん自己免疫状態が発症して免疫複合体が形成されると、その作用で血小板からミトコンドリアが遊離され、ミトコンドリア自体、そしてSLEの場合mtDNA を供給することで、局所だけでなく全身の病態を進行させると言う考えだ。

すなわち、自己免疫の最初のトリガーがかかると、血小板は病気を進行させる危険な細胞へと変身することを示した研究だが、この変身はFcγRIIAを阻害することで完全に抑えられることになる。今後、FcγRIIAをSLEの新しい治療標的として利用する過程でこの仮説の妥当性が確かめられると思うが、同じ様なメカニズムが働いていそうな重症化Covid-19にも試してみる価値はある様に思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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