7月28日 細胞のサイズと細胞周期(7月24日号 Science 掲載論文)
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7月28日 細胞のサイズと細胞周期(7月24日号 Science 掲載論文)

2020年7月28日
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リン酸化、ユビキチン化、タンパク質分解が組み合わさった細胞周期の調節機構は、私が基礎研究を始めた頃から急速に明らかになり、頭の中には分子ネットワークによる分子機能調節のイメージが染み付いた。そのためか、細胞の大きさにより細胞周期機構が影響されるとは考えたことがなかった。ただ言われてみると、細胞分裂時に細胞の大きさは変化するのに、それ以外では一定の大きさが保たれることは、不思議といえば不思議だ。

これを説明する一つのアイデアが、細胞周期のタイミングを、細胞のサイズに依存して濃度が変わる細胞周期調節分子が存在すれば、細胞分裂のタイミングを決めて、細胞の大きさを一定に揃えることができるというものだ。すっかり忘れていたが、確かに昔このような調節機構について読んだことがある。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、細胞のサイズによる濃度変化で細胞周期を調節している分子こそがRb1分子であることを示した研究で7月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「Cell growth dilutes the cell cycle inhibitor Rb to trigger cell division (細胞の増殖は細胞周期阻害分子RB1を薄めて細胞分裂を誘導する)」だ。

まさにタイトルに書かれていることがこの研究の結論のすべてで、Rb1は細胞周期の阻害を通じて、細胞のサイズを一定に保つ主役であることを示している。話は簡単だが、このことを証明するためには細胞内での正確な分子数の測定と、正確に細胞内の分子発現量を調節する実験系の確立が必要になる。

この研究ではRB1遺伝子に蛍光遺伝子をノックインで融合させ、蛍光を正確に測定する方法で様々な細胞について細胞内の分子の量を測定し、細胞周期進行中にRb1の発現量は上昇するが、細胞のサイズの増大がそれを上回り、ある時点で分裂が起こることを明らかにした。すなわち、Rb1の転写は細胞周期がS期に入ると核の膨張とともに濃度は少しづつ薄められ、ある時点で分裂が抑えきれなくなり分裂し、娘細胞では半減することを示している。一方、他の細胞周期分子にはこのような現象は見られない。

重要なことは、細胞のサイズがRB1の転写を決めているのではない点で、細胞周期の進行中は細胞のサイズとは独立に比較的コンスタントにRb1の合成が続くことで、逆に細胞のサイズをモニターする一種のレファレンスの役割を持つ。さらに、ほとんどが染色体に結合して、正確に娘細胞に分配されることも、Rb1の細胞内濃度を一定にする役割を演じている。

最後にこの仮説を確かめるために、まず染色体上のRb1遺伝子をノックアウトして、Rb1(-/-),Rb1(+/-),Rb1(+/+)マウスの肝細胞の大きさ(肝細胞の場合4倍体、8倍体細胞が存在し、を比べると、予想通りRb遺伝子数に比例して大きさが変わる。

また生後のRb1量が正確に変えられる細胞株を用いて、細胞内でのRB1合成量を変化させると、Rb1量に応じて細胞周期が遅延し、それに伴い細胞の体積も増大することを示している。すなわち、Rb1は細胞周期の時間を調節することで、細胞の大きさを決める要因になっていることを示している。

読み終わって、このような実験がこれまで行われなかったことに驚いた。しかし、しっかり問題を設定すれば、特殊なテクノロジーを使わず面白い研究ができることがよくわかる論文だった。

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7月27日 脳研究のための分子マーカー探索(7月22日 Nature オンライン掲載論文)

2020年7月27日
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光遺伝学が開発されてから、脳研究では各細胞を特定し操作するための分子マーカーを準備することが必要になる。ただ、血液や発生過程の細胞表面マーカーを長年扱ってきた経験から考えると、yes or noの質的差に見えても、強弱といった量的差を反映しており、オーバーラップがあるため、細胞操作に使うときには注意が必要なケースが多いのではと気になっている。

今日紹介するMITブロドー研究所からの論文はまさにそんな例で、分子マーカーを用いた細胞操作にまでは至らなかった研究だが、その過程から脳研究の大変さがよく理解できた。タイトルは「Distinct subnetworks of the thalamic reticular nucleus (視床網様体核の異なる神経サブネットワーク)」だ。

視床はほとんどの感覚神経が一度集まり大脳へリレーされる場所だが、視床から大脳皮質の間に存在するのが視床網様体核で、基本的には感覚器から直接神経支配を受けるfirst order(FO)神経と、逆に大脳皮質から支配を受けるhigher order(HO)神経の2種類のGABA作動性の抑制ニューロンの集まる核だ。このように、感覚器と皮質をつなぐ構造から、注目度が高いが、FOとHOを分けるマーカーがなく、研究が難しい。

この研究ではFO,HOに対応するマーカーを探索するため、まず視床網様核のGABA作動性神経の遺伝子発現をscRNAseqで調べると、多くの遺伝子で量的変化は見られるものの、陰性、陽性と明確に分けることが難しいことを発見する。

このマーカーの中からとりあえずSpp1とEcel1という神経機能とは関係なさそうだが、最も量的さが大きな遺伝子を選び、それぞれの発現を組織学的に検索すると、Spp1が神経核の中央部、Ecel1が周辺部に強く染まることがわかる。

この写真を見ると、組織学的に分かれているように見えても、実際には量的差が反映されているだけで、現在の光学的テクニックのトリックを感じてしまう。

とはいえ、解剖学的にも発現の差が見られたので、本来FO/HOが定義された神経支配をたどるラベル方法で網様核をラベルすると、中央に発現が高いSpp1神経はFOで感覚神経支配を受ける細胞がほとんどで、逆に周辺部に多いEcel1陽性細胞はHOであることがわかる。

この神経支配との対応関係は、それぞれの神経の興奮特性からも確認される。例えば睡眠のリズムに関わると考えられているレベルの低い集中的興奮は中央部のFOに強く見られることがわかる。実際この実験では、神経興奮を記録した後細胞の内容物を吸い取り、遺伝子発現まで調べる念の入りようで、大変手間のかかる実験を行なっているのがわかる。

しかしながら、マーカー探しはここまでで、結局睡眠のリズムとHO/FOの関係を調べる機能的研究では、全く分子マーカーは利用できず、それぞれの支配神経から遺伝子操作を加える方法を用いて、カルシウムチャンネルを阻害する実験を行い、FO/HOが睡眠のリズム形成に異なる役割を演じていることを示している(例えばデルタリズムはFOのカルシウムチャンネル阻害で低下、またノンレム睡眠時の集中的興奮はFOで見られること)。

大変な思いをしてマーカー検索を行っても、本来の目的には利用できなかったという研究だが、神経科学の現状を知る意味では面白い研究だと思う。

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7月26日 腫瘍が自分のニッチを形成するメカニズム(7月17日号 Science 掲載論文)

2020年7月26日
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最も未熟な幹細胞から分化した細胞までの階層性を持つ幹細胞システムのように腫瘍にも階層性が存在し、化学療法が効きにくいのは、最も未熟な細胞がもともと治療抵抗性を持つようプログラムされているからだという概念は広く受け入れられており、この治療抵抗性の幹細胞を抑制してガンの根治を目指す治療法も開発されてきたが、まだ一般治療にまで浸透していない。

その中でぼちぼち使われ始めたように感じるのがTGFβ阻害で、免疫療法と組み合わせた治療法は治験段階にある(https://aasj.jp/news/watch/7964)。今日紹介するオレゴン健康科学大学、押森さんの研究室からの論文は、TGFβが薬剤抵抗性の腫瘍細胞のプログラムに関わるという可能性から、腫瘍細胞が特別なニッチを形成する分子メカニズムを明らかにした論文で7月17日号のScienceに掲載された。タイトルは「Tumor-initiating cells establish an IL-33–TGF-b niche signaling loop to promote cancer progression (ガンの幹細胞はIL-33とTGFβシグナル回路によるニッチを形成し、ガンの進行を促進する)」だ。

この研究ではRASを導入して発生させる扁平上皮癌がTGFβに反応した時、蛍光分子が誘導されるようにして、ガン細胞の中からTGFβに反応している細胞だけを精製し、これをTumor Initiating Cell(TIC)として、残りのガン細胞と比較するところから始まっている。

これまで知られているTICの特徴から予想される例えば抗酸化作用に関わる分子などの発現上昇が確認されるが、IL-33遺伝子発現がTIL で上昇していること、また組織内でTGFβがIL-33を誘導していることを確認し、これらのサイトカインのTILとその微小環境の成立への機能を追求している。

最近の傾向としてこのような課題にはすぐにsingle cell 解析などが使われがちだが、この研究ではオーソドックスな手法を用いて細胞と組織を行きつ戻りつしながら、一つのシナリオを紡ぎ出している。そのために多くの実験が示されているので、詳細は割愛して最終結論だけを紹介しよう。

  • 扁平上皮癌は何らかのきっかけでストレスを感知するとNRF2を介して、活性酸素防御プログラムが走り出すが、そのとき貯蔵されていたIL-33が周りに分泌される。
  • IL-33はST2受容体を介するNFκbシグナルを介して周りのマクロファージに作用し、TGFβを誘導する。この結果、IL-33-TGFβのシグナル回路が成立し、ガンと微小環境の関係が成立する。また、このTGFβの作用は扁平上皮癌の薬剤耐性を誘導する。
  • IL-33に反応してTGFβ分泌微小環境を形成するのは、Fcε受容体を発現したマクロファージのサブセットで、このことは骨髄由来のマクロファージを用いた試験管内実験系でも確かめられる。

他にも紹介しきれないぐらい実験で、シグナルや組織学的詳細を詰めているが、大枠は上のようにまとめていいと思う。

マクロファージに作用する分子IL-33が特定されたことで、単純にガンと微小環境の関係を超えて、免疫反応の調節も含めた総合的な治療法構築に寄与できたらと期待する。

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7月25日 CD4T細胞が脳の発生に関わる(8月6日発行 Cell 掲載論文)

2020年7月25日
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多発性硬化症のような脳の免疫疾患が存在することから、リンパ球が脳実質内に侵入することは間違いがないが、正常状態でもT細胞が存在するのかどうかは昔から問題になっていた。

今日紹介するベルギー・Leuven大学からの論文は、少ないとはいえCD4T細胞は脳実質内に存在し、血液から供給を受けることで少しづつ置き換わっていること、そしてこの存在が脳の発達に重要な働きをしている可能性を示した研究で8月6日号のCellに掲載された。タイトルは「Microglia Require CD4 T Cells to Complete the Fetal-to-Adult Transition (ミクログリアの胎児型から成人型への転換にCD4T細胞が必要)」だ。

この研究ではまず、注意深く脳の実質内にCD4T細胞が存在するか調べている。組織学的、脳の還流による細胞採取などのデータから、マウスの脳内には約2000個程度のCD4T細胞が存在することを確認する。

次に細胞レベルの遺伝子発現をsingle cell RNA sequencingやフローサイトメータによる質量分析器などと組み合わせて調べ、組織滞在型のCD4T細胞が脳では多数を占めること、そして2匹のマウスの血管をつないで一体化させるパラビオーシスを用いて、CD69を発現した滞在型のCD4T細胞は7週間ぐらいで、それ以外は2−3週間で置き換わっていることを明らかにする。すなわち、常に末梢から供給され維持されている。

脳内のCD4T細胞は、末梢と比べると活性化マーカーの発現が高いことから、脳内へは抗原刺激されたT細胞が侵入できると考えられるが、これを確かめるため、脳内あるいは末梢の抗原反応性T細胞の数をコントロールできるトランスジェニックマウスを用いて検討し、末梢で刺激されたCD4T細胞だけが脳内に侵入できることを示している。

とすると、正常マウスでT細胞が刺激を受けるのはどこかという問題が生じるが、無菌マウス、SPFマウス、そして一般環境で飼育したマウスを用い、腸内細菌叢による刺激がT細胞の脳への侵入を後押ししていることを示している。

ここまではなるほどでいいのだが、ここからこの研究は佳境に入る。すなわち、クラスII MHCをノックアウトしたCD4T細胞数発生を抑えたマウスを用いると、なんとミクログリアの成熟が停止することを発見する。同じ現象は、CD4T細胞を除去する抗体を生後5日目に注射してもみられることから、活性化CD4T細胞は脳内でミクログリアの成熟に必須であることがわかる。

成長期にミクログリアの機能が抑えられると、必要ないシナプスを剪定することができなくなり、脳機能に影響があることがわかっているが、CD4T細胞の発生を抑制したマウスでも、シナプスの密度がほとんど低下せず、その結果自発運動が低下、さらに作業記憶も低下することを示している。

結果は以上で、本当かなと疑うような結論だ。信じるかどうかはともかく、このシナリオが正しいと、免疫不全では脳発達も阻害されること、さらにはCD4T活性化に必要な細菌叢が発達しないと、CD4T細胞の脳への移行が抑えられやはり脳発達に影響があることが予想される。事実、これらの可能性を示唆するデータもあるので、このシナリオで説明できるのか検討すれば、自ずとこのシナリオも検証されるように思う。

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7月24日 MeCP2分子の機能を支える相分離 (7月22日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年7月24日
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このブログを読んでいただいている方から、紹介する論文を毎日どのように選んでいるのかよく聞かれる。特に基準はなく、何編か読んでみて自分が面白いと思った論文を選んでいる。と言っても、「面白い」程度も様々で、どの論文にしようかいつも選択に迷っている。

そんな中で、タイトルを見た時から明日はこの論文と思える論文に当たることが年に数回はある。面白いを超えて、興奮してしまう論文だが、今日紹介する両巨頭Rudolf JaenishとRichard Youngの研究室からの論文は、そんな例で、今日は論文選びに時間はかからなかった。タイトルは「MeCP2 links heterochromatin condensates and neurodevelopmental disease (MeCP2はヘテロクロマチンの濃縮と神経発生異常を結びつける)」だ。

著者の中のRudolf Jaenischは現役時代親しくしていたが、彼のライフワークの一つがメチル化されたDNAに結合するタンパク質、MeCP2の変異により起こるレット症候群の研究だと思う。最近の研究で、MeCP2がヘテロクロマチンと呼ばれる閉じられた構造の染色体に濃縮していることが明らかになり、なぜメチル化DNA結合性という非特異的な性質が、レット症候群やMeCP2重複症のような特異的症状につながるのか少しづつわかってきたが、MeCP2のヘテロクロマチンへの濃縮に、相分離と呼ばれる特定のタンパク質が濃縮された液滴を形成する現象(白い画面に分子が集合して画像が形成される液晶をイメージしてもらえればいい)が関わることを見事に示したのが、この研究だ。

読んだ時からYouTubeのジャーナルクラブで紹介しようと決めたので、使われた方法などはその時に詳しく紹介することにして、ここでは結果だけを要約する。

まず生きた細胞を観察して、ヘテロクロマチンがMeCP2や、やはりヘテロクロマチンに存在するHP1分子が周りから相分離してできた液滴であることを確認してから、MeCP2自体が液相の中で相分離する性質を持っており、この性質はメチル化DNAを加えることで高められる(より大きな相分離した液滴を形成する)ことを、試験管内で示している。すなわち、メチル化DNAと結合することでMeCP2の相分離が誘導され、HP1などを巻き込んで遺伝子発現が抑制されるヘテロクロマチン染色体構造が形成される。

メチル化DNAへの結合能が失われると、相分離能が消失するのは、相分離をメチル化DNAが媒介するからだが、相分離のためのタンパク質の相互作用を媒介する領域がIDR-2と呼ばれる領域で、この部位が失われると相分離能が消失する。

重要なのはMeCP2が相分離してできる液滴に、同じヘテロクロマチン分子HP1は合体・同化することができるが、転写が活性化される部位(ユークロマチン)を決めるMED1やBRD4などは液滴から排除されることから、MeCP2がヘテロクロマチンとユークロマチンの境が曖昧にならないように分離していることがわかる。

そして、レット症候群で見られる突然変異は、メチル化DNA結合部位と、IDR-2領域に限定されており、患者さんで見られる変異があると、相分離能が低下し、ヘテロクロマチン形成が障害される。さらに、これまでレット症候群で見られる転写異常や染色体構造異常を全て相分離で説明することができることを、いくつかの変異について丁寧に実験的に説明している。ただこれらについては、ジャーナルクラブの時に回したい。

以上が結果で、相分離の概念が、決してマニアックな話題ではなく、病気の理解に大きく貢献するとともに、相分離を定量的に調節することで病気の治療が可能であることも示唆しており、本当に興奮した。

この研究ではMeCP2重複症についての説明は全くないが、おそらく新しい治療標的も含めて、今後理解が進むと思う。例えば、MeCP2はユークロマチンにも結合していることが知られているが、この領域のメチル化DNA濃度だけでは相分離がおこるほどMeCP2分子の濃度が上がらないと考えてみよう。もしそうなら、重複症では普通ならユークロマチン状態が維持されている領域にヘテロクロマチンが形成され、遺伝子発現が低下する可能性も考えられる。素人でも色々考えられるのだから、RudolfやRichardがより詳しい説明を実験的に示してくれるのも時間の問題だろう。期待したい。

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7月23日 RNA polymerase IIの核小体内での機能 (7月15日号 Nature 掲載論文)

2020年7月23日
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相分離概念が導入された今は、核小体はリボゾームを合成するための分子が相分離で濃縮された区域と考えられ、そこではリボゾーム形成に必要なDNA、RNAそしてタンパク質が相転換で濃縮している。そこで合成されたリボゾームは核小体という相分離区域から分離され、最終的には核外へと移行しmRNAと結合して翻訳を行う。すなわち、相分離した区域は渦のように、ダイナミックに成分が変化しつつ、形態を維持していることになる。

今日紹介するトロント大学からの論文は、核小体という相分離体のダイナミックスを垣間見ることができる研究で7月15日号のNatureに掲載された。タイトルは「Nucleolar RNA polymerase II drives ribosome biogenesis(核小体内のRNAポリメラーゼIIはリボゾーム合成を推進する)」だ。

教科書的には、核小体でポリメラーゼI(pol I)が18S、5.8S、28SリボゾームRNAを合成し、そこに核小体の外でPol IIIにより合成された5SrRNAが移動して60S、40S リボゾームが合成され、相分離体から分離すると言えるが、この研究は核小体に普通のmRNA転写に関わるPol IIも局在しているという発見から始まっている。

核小体でPol IIは何をしているのか調べるために、短い時間Pol IIを阻害する実験を行うと、rRNA合成が低下することから、何らかの機能があることがわかる。さらに、免疫沈降で見るとrRNA遺伝子がコードされた領域の間にPol IIは結合し、Pol Iは期待通りrRNAの上流に結合していることがわかる。

次にpol IIが結合している領域はPol Iによりセンスnon coding RNA(ncRNA)が転写されていること、そしてpol IIは同じ領域のアンチセンスncRNAの転写に関わることが明らかになった。すなわち、pol Iとpol IIが同じ領域で一見拮抗しているような結果になった。

もちろんどちらもrRNA合成に必要なので、センス/アンチセンスそれぞれのncRNAが核小体維持にどう関わるかを次に調べ、

  • Pol IIはPol IによるセンスRNA転写を抑える。
  • センスncRNAは核小体の相分離構造を不安定にするが、Pol IIによりこれが抑えられることで核小体構造を安定化する。
  • Pol IIによるアンチセンスRNAはDNAとRループと呼ばれるトリプレックス構造を形成することでセンスncRNAの合成を抑制する。
  • このようにこのDNA領域にはPol I, Pol II, そしてヘリカーゼSenataxinがPol IIとこの領域との結合を調節している。
  • 多くのガンではセンスncRNAの転写が高まっており、この結果核小体相分離体が不安定化することが、ガン細胞で核小体の構造が複雑化する原因になっている。

なぜ核小体を不安定化する要因をわざわざ維持しているのかなど、まだすっきりしないところもあるが、しかし核小体でのリボゾーム合成のダイナミズムを考えると、わざわざ不安定化させることの重要性もわかるような気がした。

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7月22日 炎症性腸疾患と抗生物質(8月12日発行予定 Cell Host & Microbe 掲載論文)

2020年7月22日
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大学生時代私もその傾向があったが、慢性的に排便異常が持続するにも関わらず検査で異常が認められないと、過敏性腸症候群(IBS)と診断される。これに対し、明らかに炎症症状が見られる場合は炎症性腸疾患(IBD)と診断されるが、実際には両者を診断するのは簡単ではない。

今日紹介するカリフォルニア大学デービス校からの論文はこの境を超えるメカニズムを探った研究で8月12日にCell Host & Microbeに掲載予定だ。タイトルは「High-Fat Diet and Antibiotics Cooperatively Impair Mitochondrial Bioenergetics to Trigger Dysbiosis that Exacerbates Pre-inflammatory Bowel Disease(高脂肪食と抗生物質は強調してミトコンドリアのエネルギー代謝を変化させ、腸内細菌叢の変化と炎症性腸疾患前段階を悪化させる)」だ。

炎症か過敏かの境を診断するためのマーカーの一つが便中に排出されるcalprotectinだが、まだ過敏症の段階(IBS)と診断された患者さんの中でcalprotectinが高い患者さんを選んで食事の傾向、および抗生物質投与歴などを調べると、高脂肪食と最近抗生物質の投与を受けた経歴が強く相関ししていることが明らかになった。このグループをIBDの前段階(pre-IBD)と分類して腸内細菌叢を調べると、IBSの段階で既にビフィズス菌や乳酸菌が低下し、pre-IBDになるとclostridiaが低下、Enterobacteriaceaeが上昇するという、IBDの特徴を示すようになることがわかった。

人間ではこれ以上の解析は難しいと、今度はマウスに高脂肪食と抗生物質を投与する実験を行い、両者を投与した時ほぼ人間と同じcalprotectinの上昇を伴うpre-IBD状態が誘導できることを示している。

同じ病態が再現できると、pre-IBDに至るメカニズムを調べることが可能になり、

  • 高脂肪食に抗生物質(この研究ではストレプトマイシン)が加わると、上皮のミトコンドリアのエネルギー代謝がoxgenationの方向に移行し、腸内での酸素濃度が高まる。
  • この結果、好気的条件をこのむE coliが増殖し、腸内に炎症が誘導される。
  • 抗生物質と高脂肪食は協調して腸上皮のPPARγの発現を低下させ、細胞代謝をoxigenation側へリプログラムするが、PPARγをamino salicylic酸で刺激すると、腸上皮の代謝は正常化し、炎症も抑えられる。
  • おそらく抗生物質は腸内細菌叢を除去することで、PPARγシグナルに関わるブチル酸を低下させ、高脂肪食は直接ミトコンドリアのエネルギー生産に作用して、pre-IBDを誘導する。

以上が結果で、特に新しい発見はないが、IBS段階でIBDへ悪化させないための介入については重要な情報だと思う。

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7月21日 造血幹細胞の造血再構成能力を決める遺伝子(7月23日号 Nature 掲載論文)

2020年7月21日
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造血幹細胞研究は細胞系譜追跡技術とともに発展してきた。幹細胞のコロニー形成法、limiting dilutionと骨髄移植、FACSによる幹細胞の濃縮、レトロウイルスによる幹細胞ラベル、そして単一幹細胞移植など、今から考えると懐かしい。しかし、FACSによる幹細胞の濃縮を除くと、研究手法は最近急速に変化した。これを支えるのがバーコードによる細胞ラベリングと、single cell RNA sequencingだ。

今日紹介するハーバード大学からの論文は新しい世代の造血幹細胞研究の典型といえる研究で、新旧の手法を見事に組み合わせて造血幹細胞の骨髄移植時の再構成能力を決めている遺伝子TCF15を特定した研究で、7月23日号Natureに掲載予定だ。タイトルは「Single-cell lineage tracing unveils a role for TCF15 in haematopoiesis (単位いつ細胞レベルの細胞系譜追跡によりTCF15の造血における役割が明らかになった)」だ。

この研究ではFACSで濃縮した造血幹細胞を、バーコードを組み込んだレンチウイルスに感染させ個々の幹細胞を識別できるようにする。その上で、1000個の標識した細胞を放射線照射マウスに移植、4ヶ月後にマウスの骨髄中に存在する様々な血液前駆細胞と最も未熟な造血幹細胞を別々に調整、scRNAseqでバーコードによる細胞の系譜と、遺伝子発現を同時に特定し、移植した1000個の中に含まれていた幹細胞の能力を分類しようとしている。

結果はこれまでの長年の研究で確認されてきた結果とほぼ同じで、幹細胞の中には早く分裂して多くの分化細胞を供給する幹細胞と、ゆっくり分裂し供給する分化細胞数は多くない幹細胞の2種類に分かれ、それぞれは発現遺伝子が異なっていることが確認された。

この研究ではこうして解析したドナーの骨髄から精製した未熟幹細胞をもう一度移植して、やはり4ヶ月後に骨髄細胞を採取してscRNAseqで解析することで、一次ドナーの造血系に存在するどのタイプの幹細胞が、造血再構成能力が高いかも調べている。さすが、バーコーディングならではと思える実験だが、結果は従来の結論を見事に確認している。すなわち、転写因子の発現パターンで決められているゆっくり自己再生して、分化細胞リクルートには大きく寄与しない血液幹細胞は、移植を繰り返しても同じ能力を維持して、造血の核として働くという結果だ。

ここまでだと、見事な結果とはいえ新規性がないと言われる可能性があるので、最後にクリスパーによるマウス内でのノックアウトを行い、その結果分化した幹細胞分画が増える遺伝子を探索し、TCF15を特定する。

TCF15は初期発生に重要な働きをすることが知られているが、造血幹細胞に関してあまり注目されてはこなかった。そこでノックアウトの効果を、クリスパーによる造血幹細胞のTCF15ノックアウトで確かめると、期待どおりゆっくり増殖する未熟幹細胞が消失する。また、蛍光遺伝子をTSF15に挿入してTCF15陽性、陰性の幹細胞を移植すると、陽性幹細胞のみ造血を再構成することを確認している。

幹細胞の自己再生に必要な分子TCF15まで到達している点も重要だが、従来の造血幹細胞研究と、新しい造血幹細胞研究を結びつけるという意味で、古い世代の私としては高く評価したい。

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7月20日 脳脊髄液に癌が浸潤する髄膜癌腫症(7月17日号 Science 掲載論文)

2020年7月20日
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癌が腹膜に浸潤して腹水が貯留して患者さんの体力を奪う状態は、癌のなかでも最も進んだステージで、治療が困難だ。ただ、これよりさらに恐ろしい状態が知られている。これが、髄膜に癌が転移し、脳脊髄液を介して癌が中枢神経系全体に広がる状態で、おそらく免疫系が起死回生の逆転劇を演じてくれない限り、治すことは難しい。

今日紹介するスローン・ケタリング癌センターからの論文は、この髄膜癌腫症の治療法開発を目指した研究で7月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Cancer cells deploy lipocalin-2 to collect limiting iron in leptomeningeal metastasis (髄膜癌腫症ではガン細胞がleptocalin-2を使って結合した鉄を集めている)」だ。

この研究もsingle cell RNA sequencing (scRNAseq)の臨床医学への貢献を示す例で,髄膜癌腫症を発症した乳がん患者さんの脳脊髄液中のガン細胞をscRNAseqを用いて解析し、脳脊髄液(CSF)への浸潤が起こる条件を探っている。その結果、腹水と同じで、髄膜癌腫症でもCSF中にガン細胞をはるかに超える数の白血球やリンパ球の浸潤が見られる炎症が起こっていること、そして調べた全てのガン細胞で鉄の細胞内輸送に関わるlipocalin-2(LCN2)とその受容体が強く誘導されていることを発見する。

もともとCSFは栄養に乏しい低酸素環境で、がん細胞の増殖に適した環境ではない。このことを考慮すると、鉄を集めてくる分子が強く誘導されることは極めて理にかなっている。

そこでマウスモデルを使ってメカニズムを解析し、

  • CSF中でのがん細胞の増殖にはLCN2が必須で、発現を抑えると増殖が止まる。特に鉄イオンは低酸素条件での増殖に必須で、LCN2の機能が抑えられると、低酸素状態で細胞死に陥る。
  • LCN2は血液細胞から分泌される様々な炎症性サイトカインによって強く誘導される。

を明らかにしている。すなわち、鉄イオンを他の細胞との競合に勝って取り込んで、低酸素状態でも増殖できることが髄膜癌腫症の条件になる。とすると、鉄イオンをCSFから除去すると腫瘍の増殖を抑えられる可能性が出てくる。

最後に、鉄のキレート剤を脳室に投与してCSF内でのガンの増殖を調べると、期待通りガンの増殖を抑えることに成功している。

以上が結果で、臨床例の解析からスタートして、マウスモデルではあっても一つの治療法の可能性にたどり着いており、臨床まで進むことを期待したい。個人的印象だが、髄膜癌腫症の場合、すべてのタイプのT細胞が浸潤していることがscRNAseqから見て取れるので、うまくこれらを活性化して、ガンを除去する方法もぜひ開発してほしいと思う。

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7月19日 空腹は乳ガン治療を助ける(7月15日号 Nature 掲載論文

2020年7月19日
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最近私の周りでも乳ガンにかかったという人が増えたが、手術しか手がなかった時と比べると、ネオアジュバント、手術、アジュバントを組み入れた治療へと大きく変化しており、年寄りにはよりはっきりと医学の進歩を感じさせてくれる。

ただ、まだまだ改良の余地があるようで、今日紹介するミラノ大学からの論文は、これに一種の断食、あるいは断食と同じ状態を再現できる食事を合わせると、ホルモン受容体陽性/HER2陽性乳がんのコントロールを高めることができるという研究だ。タイトルは「Fasting-mimicking diet and hormone therapy induce breast cancer regression (断食と同じ効果を持つ食事とホルモン治療により乳ガンの縮小を誘導できる)」だ。

この研究で用いた断食とは1週間に2日間水以外は摂取しない方法で、研究の真の目的は、Xentigenと名付けられた低炭水化物を中心とした食事療法が断食の代わりになることを示すことだ。

研究ではまず、Xentigen食により、断食と同じ効果が得られ、インシュリン、IGF1そしてレプチンの血中濃度が低下すること。それに伴い、エストロジェン阻害剤による乳ガン治療の効果がさらに高まることを動物実験で示している。

また腫瘍増殖を抑制するだけでなく、「嘘か?」と思えるほどの多様な効果を発揮する。まず、タモキシフェン治療による子宮内膜の増殖や内臓脂肪の増加を防ぎ、アディポネクチンの分泌を低下させ増殖をさらに抑制する。また、ガンの増殖を抑制する因子の一つEGR1を強く誘導することでもガンの増殖を抑える。これらの結果、薬剤耐性ガンの発生を抑え、さらには最近期待のCDK4/6阻害剤の効果を高める。

生化学の詳細は省くが、要するに断食状態を導入してくれる食事療法が乳ガン抑制に予想以上の大きな効果を持つことを示している。とは言っても、動物モデルだけでは論文は採択されない。この研究では36人の患者さんでXentigenベースの食事療法の効果を調べた治験で効果が見られたケースがあることを示している。また、期待通り食事療法でIGF1やアディポネクチンを低下させることも示しており、腫瘍増殖を助ける因子の分泌を抑えることは示している。しかし、これらは全て1/2相の段階で、実際には臨床効果についての最終結果は示されていない。

その点でフラストレーションは残るが、一部の例と、腫瘍増殖因子の抑制は達成できており、いい結果が期待され論文が採択されたのだと思う。早く結果を示して、乳ガンの治療に組み入れてほしいと期待している。

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