2021年3月29日
新型コロナウイルスが様々なエントリーサイトを用いて細胞内に感染することは何度も紹介してきた(https://aasj.jp/news/watch/15109 、https://aasj.jp/news/watch/13302 )。とはいえ、今もメインの侵入口はACE2と融合に必要なTMPRSSを揃って発現している細胞で、その代表が鼻粘膜細胞になる。ただ、鼻からウイルス検出できない時でも唾液にウイルスが存在する例も多く報告されているし、これほど飛沫が感染源として恐れられる以上、鼻粘膜だけでなく、口内、特に唾液線にもウイルスは感染できると考えてきたが、口内のどの細胞が実際に感染しているのかについては徹底的な調査が行われてこなかったようだ。
今日紹介する英国サンガー研究所や米国NIHを中心にした国際研究グループからの論文は、口内に存在する細胞の種類をsingle cell RNA seq解析を用いて特定した後、それぞれのACE2とTMPRSSの発現を調べて、感染可能性を調べるとともに、実際の患者さんのサンプルを用いて、ウイルスが感染しているか丹念に調べた研究で、3月25日 Nature Medicineにオンライン発表された。タイトルは「SARS-CoV-2 infection of the oral cavity and saliva(口内と唾液線でのSARS-CoV-2感染)」だ。
この研究では、これまで集めた口内と唾液腺の単一細胞RNA sequencing (scRNAseq)を解析し直し、唾液腺では22種類、口内では28種類の異なる細胞を特定するとともに、様々な免疫細胞も特定できることを示している。
これらを12種類の上皮、7種類の間質、そして15種類の免疫細胞に整理した上で、それぞれのACE2,TMPRSSの発現を調べ、またその結果を実際の組織でのin situ hybridizationと照らし合わせて、それぞれの細胞がウイルスに感染する可能性を検討している。基本的には、唾液線、歯肉、舌の全ての上皮細胞には、多い少ないはあるが、一定の割合で両方の分子が発現しており、感染できることを示している。
その上で、この結果を確かめるために、実際のcovid-19感染患者さんのバイオプシーや、解剖標本を用いて、in situ hybridizationや免疫組織学を用いてウイルス感染を確かめ、予想通りほとんどの上皮細胞と一部の免疫細胞で感染がみられることを確認している。
また、口内でも他の組織と同じように、免疫細胞の浸潤を伴う炎症が誘導されるし、抗体も唾液中に出てくる。面白いのは、口内感染の多い人は、味覚障害を訴える確率が高く、炎症が広がっていることを示している。また、ウイルス排出期間も長くなる。
以上、結局口内のほとんどの上皮で、一定の割合で初期感染が起こる可能性があり、鼻粘膜とともに、ウイルスの含まれる飛沫を生産し続けることが明らかになった。誰もが当たり前と考えていたことが、はっきりと示されたという結果で、無症状者でも長く(3ヶ月近く)口内でウイルスが作り続けられるケースがあることを示されると、厄介な感染症であることを改めて認識する。
2021年3月28日
自閉症スペクトラム(ASD)の症状に、ゲノム上の変異だけでなく、腸内細菌叢が関与しており、例えばASDの子供から得られた腸内細菌叢をマウスに移植すると、それだけで社会性が低下するとか(https://aasj.jp/news/watch/10310)、逆に健康人の便からクロストリジウムを除去した後、ASD児に移植すると、消化管症状とともに、ASDの症状も改善すること(https://aasj.jp/news/watch/10036)など多くの論文が発表されている。
中でもテキサスベーラー大学から発表された、ロイテリ菌が腸内で迷走神経に作用して、中脳でのオキシトシン分泌を促し、子供の社会性を改善するという結果は(https://aasj.jp/news/watch/10036)、オキシトシン投与に変わる方法として高い期待が寄せられていると思う。
今日紹介する同じグループの研究は、これまで人間とマウスモデルの間で行われてきた実験を、全てマウスの遺伝的モデルに移すことで、ゲノムと細菌叢の関係を整理して、これまでの研究結果を再検討した論文で、4月1日号のCellに掲載された。タイトルは「Dissecting the contribution of host genetics and the microbiome in complex behaviors (ホストの遺伝と細菌叢が持つ複雑な行動に対する関与を分析する)」だ。
ヒトのASDの細菌叢をマウスに移植して同じ行動異常に移行させられることは驚くべきことだが、しかし様々なゲノム上の変異が重なって起こることが明らかなASDの発症に細菌叢がどう関わるかは、遺伝的背景を揃えて調べる必要があり、ヒトからマウスへの便移植では解析しきれない部分が出てくる。そのため、この研究では、一度全てをマウスで調べることで、ゲノムと細菌叢との関係を整理しようとしている。
このため、ヒトでも変異によりASDが生じることが知られている、神経シグナルを調節する可能性がある接着因子CNTNAP2ノックアウトマウス(KO)をASDモデルとして用いている。実際、正常マウスと比べると、他の個体や新しいことに対する興味が低下する、社会性欠如とともに、多動が見られる。そして、腸内細菌叢を調べると、正常マウスの細菌叢とは大きく異なる構成でできている。
これらの結果は、KO、正常とも完全に分離して育てているので、親から遺伝要因と細菌叢を共に受け継ぐことになる。そこで、行動的には正常のヘテロマウスを掛け合わせて生まれ育てられた、KOマウスについて調べると、多動については異常を示すが、社会性の指標は全く正常化している。また、細菌叢も、KO、正常とも差がない。すなわち、細菌叢が正常化すると、社会性は元に戻るが、多動の方は遺伝的要因が強いという結論になる。
この研究ではさらに進んで、ヘテロマウスから生まれ、社会性のみ正常化したKOマウスを掛け合わせて得られる次世代のKOマウスについてまで調べ、この場合、他のマウスへの好奇心の程度で調べる社会性は異常になる一方、新しい環境への好奇心で見る社会性では異常が見られないことを示している。そして、細菌叢も正常とはかけ離れた構成へと移行することも示している。
これらの結果は、社会性の中でも細菌叢に強く影響される他の個体への好奇心と、新しい環境への好奇心を指標にする社会性では、細菌叢への依存性が全く異なること、また細菌叢自体、最初は同じスタートでも、世代を重ねると遺伝的背景に影響された構成に変化していくことを示している。
最後に複雑な掛け合わせと飼育実験から得られる結果が、著者らがこれまで発表してきたオキシトシンルートを介しているのかどうか明らかにするため、ロイテリキンを投与する実験を行い、KOマウスの社会性の異常と中脳でのオキシトシン分泌異常が、ロイテリキン投与により改善することを示している。
最後に、マウスモデルの利点を生かし、正常マウス、KOマウス、そしてロイテリ菌を投与したKOマウスの細菌叢を比べ、
- ロイテリ菌を投与したときにBiopterinおよびDihydrobiopterinが大きく上昇する。
- Dihydrobiopterin投与実験で、他の個体に対する社会性が改善する。
- Dihydrobiopterinの合成を阻害すると、ロイテリキンの社会性改善作用や、正常細菌叢の社会性改善作用が失われる。
ことを示し、これまで明らかにしてきた作用がDihydrobiopterinの作用であった可能性をついに突き止めている。
結果は以上で、このグループの研究が一つの到達点にたどり着いたことを示す重要な研究だと感心した。
このグループの研究については、明後日(3月30日火曜日午後7時に西川伸一のジャーナルクラブで紹介する予定(https://www.youtube.com/watch?v=zxCdlUtsA0M)にしている。また、このグループの研究をもう一度振り返って、自閉症の科学として紹介することにしている。
2021年3月27日
IL-10は炎症が起こると、マクロファージやリンパ球により産生され炎症を鎮める抗炎症サイトカインとして知られている。実際、この遺伝子をノックアウトしたマウスは、重症の炎症性腸炎になる。当然、リコンビナントIL-10を用いて、炎症を鎮める薬剤にしようと誰もが考えるが、現在もなお実現していない。その理由の最大のものは、IL-10は炎症で浸潤したマクロファージに働いてサイトカインストームを抑えると同時に、エフェクターT細胞に働いてインターフェロンγやキラー活性を誘導してしまう2面性を持っているからで、実際IL-10 を投与するとインターフェロンγが上昇する。従って、以前IL-2で紹介した様に(https://aasj.jp/news/watch/9537)、 IL-10を改変して抗炎症作用だけを持つサイトカインに変換できれば、その可能性は大きく開ける。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文はIL-10と受容体の構造解析をもとに、受容体への親和性を変化させることで、マクロファージにより選択的に働く、改変IL-10を実現した研究で、3月19日号のScienceに掲載された。タイトルは「Structure-based decoupling of the pro- and anti-inflammatory functions of interleukin-10 (IL-10の炎症誘導作用と、抗炎症作用を構造に基づいて切り離す)」だ。
IL-10はIL-10受容体α、およびβ(αR,βR)と結合して下流シグナルSTAT3を活性化するが、この研究ではまず、βRに対する親和性が異なるIL-10を、突然変異導入法を用いて作成し、これとクライオ電顕を用いた構造解析と組み合わせ、最終的にβ受容体と高い親和性を有するスーパーIL-10と、逆にβ受容体との親和性が50%に低下した10DE(改変IL10)を開発する。
これまで、マクロファージはIL-10受容体を強く発現しており、逆にエフェクターT細胞は受容体の数が少ないことが知られていた。従って、スーパーIL-10はCD8T細胞も含め、全ての細胞に強い刺激を誘導できる一方、10DEは受容体を多く発現するマクロファージをより特異的に刺激すると期待される。
これを確かめるため、様々な細胞にそれぞれのIL-10 を作用させてSTAT3の反応を見ると、スーパーIL-10は、T、B、NK、そしてマクロファージ全てのSTAT3を誘導することができるが、10DEはマクロファージのみ高い反応を誘導し、他の細胞の反応は50%以下に低下することがわかった。
また、エンドトキシンショックを誘導する実験系で、10DEは強い抑制効果を発揮し、抗炎症作用は十分高いレベルを維持しているが、エフェクターT細胞の炎症性サイトカインの発現の誘導を高める程度は低いことを明らかにしている。
結果は以上で、10DEはマクロファージにより選択的に作用することで、抗炎症作用が強く、炎症惹起作用が低いIL-10として使える可能性を示唆している。
改変IL-2の場合と比べると、受容体システムが比較的単純で、結局細胞表面上の受容体の数に応じて刺激が変わるという仕組みであるため、投与量などまだまだ検討の余地が多いが、もし抗炎症作用のみ発揮できるIL-10が実現すると、その意義は大きい。期待したい。
2021年3月26日
3月5日、テキサス・ベーラー大学のZoghbiさんの研究室から、より人間に近づけたMECP2重複症モデルマウスを使って、アンチセンス・オリゴヌクレオチド治療を実施するにあたっての問題点を調べた論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/15105)、一ヶ月もしないうちに、今度はRett症候群の発症前の訓練が、神経機能を回復させられるかも知らないという論文をNature に発表した。タイトルは「Presymptomatic training mitigates functional deficits in a mouse model of Rett syndrome (発症前の訓練がRett症候群のマウスモデルの機能的欠陥を改善する)」だ。
この論文を読んで、Zoghbiさんたちが、MECP2重複症や、MECP2機能不全によるRett症候群の治療方法開発のために、あらゆる方面から取り組んでいることがよくわかった。すなわち、現在全力をあげて遺伝子治療の開発に注力しているZoghbiさんたちが、遺伝子治療とは別に、早期診断後の訓練により、神経機能を取り戻すためのメカニズムの研究も行っていることを知り、あらゆる手を尽くしてなんとか治療したいという気持ちが伝わり感銘を受けた。
研究は単純だ。マウスRett症候群モデルで症状が検出できるのは十二週かららしいが、8週間目から水迷路で訓練を行うと、同じ水迷路試験テストの記憶力低下を抑えることができることを実験的に示している。一方、発症後から訓練を行っても、その効果は全く見られない。ただ、この効果は水迷路試験能力だけで、他の記憶テストについては、水迷路訓練は効果がない。すなわち、Rett症候群の場合、訓練すれば、訓練した能力については維持することができることがわかった。
あとは、神経科学的に、これが訓練で一度活性化した神経が生理学的にも、解剖学的にも、訓練による変化を維持できているからであることを、光遺伝学や、細胞学、生理学的テストを駆使して明らかにしているが、一般の人にとってはメカニズムの詳細は問題ないだろう。ただ、神経レベルの実験で、行動実験の結果がしっかり裏付けることができることは知っておいて欲しい。
具体的実験だが、訓練で一度活性化した神経細胞を、一過性に発現するFos遺伝子座を利用して、標識したり、遺伝子発現させたりする、Fos-Trapと呼ばれるシステムを用いて、
- 水迷路で訓練した神経細胞が、水迷路試験でも再活性化され、またその数は訓練することで増加する。
- 水迷路訓練で活性化した細胞を特異的に抑制すると、水迷路試験の記憶は失われる。ただ、正常マウスではその後の訓練で記憶を回復させられるが、Rettマウスの場合は、最初の訓練で活性化した細胞が抑えられると、その後新しい記憶細胞を生成することは難しい。
- Rettマウスでも、一度活性化した神経を光遺伝学的に刺激することで、記憶を維持できる。
- 訓練により、シナプスの形態変化が誘導され、さらに抑制性、興奮性のポストシナプス興奮が高まる。
- 重要なことは、これらはMECP2が欠損している神経でも認められることで、訓練がMECP2の機能とは無関係に効果を示すことを明らかにした。
以上の結果は、Rett症候群の子供を、できるだけ早く診断し(Zoghbiさんは生後すぐに遺伝子を調べるべきと主張している)、早くから様々な訓練を続けることで、様々な機能を保全できる可能性を示している。ぜひ、我が国でも早期診断に基づく訓練プログラムを作成して欲しいと思う。
また、初期の訓練がMECP2の発現に関わらず効果を持つなど、神経科学的にも極めて重要な結果が示されており、今後の治療戦略にも多くの示唆を与える重要な力作だと思う。
2021年3月25日
ガン細胞が発現している抗原に対する抗体とT細胞受容体とのキメラ分子を発現するCAR-Tは、我が国でも臨床応用が進んでいるが、なかなかガンだけに発現する抗原が見つからないため、例えばリンパ性白血病に対するCAR-Tは、同じCD19を発現するB細胞も同時に除去され、免疫不全が起こるとともに、サイトカインストームの原因にもなることを覚悟しなければならない。B細胞が障害されても医学的には対応できるが、同じことが他の細胞で起こってしまうと、それ自体が致死的になる可能性が高い。そのため、固形ガンに対するCAR-Tの開発には、完全にガンだけに発現している抗原を発見するか、あるいは正常細胞に発現しているレベルの抗原には反応できないCAR-Tの開発が必要になる。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、多くのガンで発現がみられるが、正常細胞でも低いレベルの発現が見られるEGFRやHER2を標的にしたCAR-Tを可能にする一つのアイデアを示した研究で、3月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「T cell circuits that sense antigen density with an ultrasensitive threshold(高い閾値感度で抗原濃度を感知するT細胞サーキット)」だ。
これまで、2種類の異なる抗原が同時に存在したときだけガンを殺せる様にして、HER2などを標的抗原として使おうとする試みはあったが、今日紹介するシステムは、抗原濃度が高い時に反応する転写スイッチをCAR-Tに組み込んで、ガン細胞だけを殺せる様にするスマートなアイデアだ。
実際には、抗原に対するアフィニティーの低い抗体、Notchの膜通過ドメイン、そして転写因子の3者を合体させたキメラ分子を導入し、抗原濃度が高い時だけNotchドメインが活性化され、その結果転写因子が細胞膜から核内へ移行して転写を誘導できるスイッチにしている。そして、高い親和性の抗体とT 細胞受容体のキメラ分子が、このスイッチで誘導できる様にしたT細胞を作成している。すなわち、高い抗原濃度が検知されたときだけ、抗原に高い親和性で結合できるキメラ受容体が誘導され、標的細胞を殺す。このとき、低い抗原しか発現しない正常細胞は、そもそもスイッチが入らないため、T細胞のキラー活性は発揮できないという凝ったシステムだ。
あとは、本当にこの様なシステムが働くのか、抗原濃度の異なる細胞を用いて、試験管内での反応を調べている。普通のCAR-Tを使うと、抗原濃度にかかわらず標的細胞は障害される。一方、サーキット型CAR-Tでは、期待通り抗原濃度が高い細胞が障害される。また、スイッチとT細胞受容体に使う抗体の高原への親和性を調節すれば、反応する抗原濃度を変化させることができる。
ただ問題は、スイッチが入ってから、T細胞受容体が転写されるまでにタイムラグがあるため、細胞障害は完璧でも、時間がかかる。しかし、HER2抗原濃度の異なる細胞を同じ動物に移植し、サーキット型CAR-T細胞の効果を確かめると、確かに最初、抗原濃度の高いガンも少し増殖するが、その後完全に増殖は抑制される。一方、抗原濃度が低いガンでは、サーキット型CAR-T細胞は浸潤しているが、ガンはそのまま増殖しており、キラー活性が誘導されていないことが確認された。
サーキット型CAR-Tが、計画通り生体内でも働くと結論していいだろう。とはいえ、実際の患者さんに使うとなると、まだまだハードルが高い様な気がする。特に、正常細胞は殺さないとしても、ガン細胞上の抗原濃度も一様ではないだろう。HER2の場合、発現の低いガンだけが選択的に増殖してくる心配がある。方法論はスマートだが、まだ投資する気にはならない。
2021年3月24日
現役の頃は、ガンや様々な病気を誘導する環境要因についての疫学研究が盛んで、多くの疾患原因物質が特定された。ただ、それぞれの要因が病気を誘導するメカニズムについて明らかにすることは簡単ではない。例えば6年前に紹介した慢性ベリリウム症の場合、ベリリウムが特定の人の組織適合性抗原に入り込んで新しい抗原になることが示され、これまで疫学的に積み重ねられてきた多くの現象が一挙に解決した(https://aasj.jp/news/watch/1783)が、この解明には、最新の免疫学を駆使した解析が必要になる。
今日紹介するアラバマ大学からの論文は突発性肺線維症、すなわち原因不明とされてきた肺線維症の多くが、喫煙と外気中の大気汚染物質カドミウムによるのではないかというこれまでの疫学的研究結果を、最終的に試験管内や動物実験を組み合わせたメカニズム解析で確認した研究で、疫学からメカニズムへの研究方向を代表するのではないかと思う。タイトルは「Citrullinated vimentin mediates development and progression of lung fibrosis(シトルリン化されたヴィメンチンが肺線維症の発生と進行を媒介する)」で、3月24日号のScience Translational Medicineに掲載された。
この研究までに、肺線維症発症には、遺伝的要因とともに、喫煙、大気汚染中のカドミウムが関わることが、疫学的に指摘されており、喫煙で発生するカーボンにカドミウムが吸着して、線維芽細胞を刺激する可能性が示唆されていた。
この研究ではまず、突発性肺線維症と診断された患者さんの肺組織を調べ、カーポン粒子とカドミウムの量がほとんどの患者さんで高値を示すことを確認する。
もちろん、これらが直接肺を障害して炎症を誘導するとは考えにくいので、彼らが研究してきた炎症誘導分子、シトルリン化されたタンパク質が、カドミウム・カーボン粒子により誘導され、肺線維症が誘導されるとする可能性を次に追求している。
まず、突発性肺線維症の肺組織中のシトルリン化ヴィメンチンとカドミウム。カーボン粒子の量が正比例し、さらに両者が高値であるほど肺線維症が重症化することを発AKTやPAD2分子を誘導することで、シトルリン化ヴィメンチンの分泌を高めることを突き止める。
次は誘導されたシトルリン化ヴィメンチンの炎症誘導作用を検討し、肺線維芽細胞をTLR4を介して刺激し、増殖、浸潤活性の高まった肺線維症型の線維芽細胞へと変化させ、コラーゲンの産生、TGFβ1をはじめとする様々な炎症性サイトカインの分泌が誘導され、繊維化が起こる可能性を示した。また、様々な分子阻害剤を用いた実験から、それぞれの過程に関わるシグナル分子(例えばNFκBなど)を特定している。
これら試験管内の研究に基づき、最後にマウスを用いた肺線維症誘導実験を行い、
- カドミウム・カーボン粒子を吸わせることで、マウスに肺線維症が誘導できる。
- シトルリン化ヴィメンチンを投与しても、肺線維症を誘導できる。
- カドミウム・カーボン粒子で誘導される肺線維症は、試験管での実験で特定されたPAD2依存性で、PAD2ノックアウトマウスでは発症しない。
- カドミウム・カーボン粒子で誘導する肺線維症はTLR4ノックアウトマウスでは起こらない。
を示し、疫学、試験管内実験から得られたシナリオが、実験動物マウスで成立していることを示している。
以上、疫学からメカニズムへの研究が地道に進んでいることがよくわかるとともに、このシナリオが正しければ、肺線維症に対して様々な介入ポイントが存在し、治療や予防が可能になると期待できる。ちなみに、喫煙率が低下している国々では、実際に肺線維症の発症は低下したのだろうか?
2021年3月23日
細菌が貪食により細胞内に取り込まれるだけでなく、それぞれ独自のメカニズムで細胞内に侵入し、場合によっては赤痢菌の様に細胞膜を超えて隣接した細胞へ移動できる細菌まで存在する。当然、細菌に触れる細胞や腫瘍に関して、細菌が侵入していないか興味がある。さらに、細菌によっては、細胞内に侵入することでガン転移を誘導することまで知られている。
今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、メラノーマにも細菌が侵入し、場合によってはガン特異的抗原として働く可能性を調べた研究で3月17日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Identification of bacteria-derived HLA-bound peptides in melanoma(メラノーマ内でバクテリア由来のHLA結合性ペプチドを特定する)」だ。
なぜこの様な研究を着想したのか気になるところだが、ガン細胞に細菌が侵入できるなら、細菌由来分子が一種のガン抗原としてホスト免疫の対象になってもいいのではないかと考え、9人の患者さんから17種類のメラノーマを分離、細胞を精製してその中に存在する16SリボゾームRNAから、細菌が存在しているかどうか確かめるところから始めている。
全体で40種類のバクテリアを検出しているが、そのうちいくつかは、同じ患者さんの原発、転移巣で共通に見られ、さらに患者さんを超えてメラノーマ共通に存在するバクテリアも発見されている。
次にこれらのバクテリアがガン細胞特異的抗原として働けるかどうか調べるため、バクテリアが合成するタンパク質由来ペプチドと、9人の患者さんに発現している組織適合抗原との結合性をコンピュータで計算している。結果、常在菌として知られるStreptococcus captis、 Staphylococcus aureus、 Fusobacterium nucleatamの3種のバクテリアが合成する多くの、特に疎水性の高いペプチドが、メラノーマによりて提示される抗原ペプチドとして機能できることを示している。
抗原として機能する可能性のあるペプチドが本当にガン抗原として作用するのかについては、2人の患者さんの患部からリンパ球を取り出し、ペプチドに対する反応をインターフェロンの分泌で調べ、確かにバクテリア由来の分子がガン抗原として振る舞えることを示しているが、そう強いデータではなく、今後の研究が必要だろう。
これら臨床的研究をバックアップするため、患者さんから分離したメラノーマ細胞株と、蛍光ラベルしたFusobacteriumを共培養して細胞内への侵入が確かに起こることを示し、さらに組織適合性抗原と結合しているペプチドを分離する方法で、バクテリア由来ペプチドが確かに細胞表面に提示できることまで示している。
以上の結果から、メラノーマでは常在菌が侵入している場合が多く、これがガン抗原として使えるかもしれないと結論している。確かに発想はユニークで、結果も矛盾しないが、しかし実際の臨床でこの様なペプチドを使うための明確なスキームがないと、論文のための論文で終わる様な気もする。
2021年3月22日
男性と異なり、女性ではX染色体が2本存在するため、発生初期に片方の染色体全体のクロマチン構造をXistと呼ばれるノンコーディングRNAを用いてヘテロクロマチン状態に転換し不活化することで、遺伝子発現量を調整している。このエピジェネティックな染色体不活化は、主にDNAメチル化を介しているため、いったん成立するとXistなしに維持できると考えられてきたが、最近になりXistを生後にノックアウトする研究で、Xistを用いた不活化を維持する機構が必要であることが示された。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文はヒトB 細胞についてXist維持機構を解析し、また維持機構が破綻することで、自己免疫病が発生することを明らかにした研究で4月1日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「B cell-specific XIST complex enforces X-inactivation and restrains atypical B cells(BXist複合体がX染色体不活化を維持し、異常なB細胞出現を抑える)だ。
まず、ヒトB細胞のXistを75%レベルまでノックダウンをおこない、発現が変化する遺伝子を調べる実験により、成熟後のB細胞では、Xistなしでも不活化が維持される遺伝子と、Xistが常に必要なXist 依存性遺伝子に別れること、特にB細胞機能に必要な遺伝子ほど、Xistへの依存性が高いこと、そして成熟B細胞でのXist 依存的遺伝子抑制はヒストンの脱メチル化を通して行われることを明らかにする。すなわち、細胞特異的な機能に必要な遺伝子、たとえばB細胞の場合、自然免疫に関わるTLR7などは、一旦成立したメチル化の程度が低下するため、これを維持するXist依存的なヒストン修飾機構が働いていることが示唆される。
この新しい機構を探るため、B 細胞でXistと結合するタンパク質についてクリスパーを用いたノックアウト実験を行い、ヒストン修飾を介するX染色体不活化の一般的維持機構に関わる分子以外に、B細胞特異的にTLR7を不活化するTRIM28を発見し、これがXistを核とする分子複合体と結合して、プロモーター上でRNAポリメラーゼの機能をストップさせることで、転写を抑制することを明らかにしている。
これらの結果は、X染色体不活化が、発生時に確立したメチル化の維持だけではなく、Xistをガイドとして用いる様々な遺伝子抑制機能を使って行われていることを示し、X染色体不活化=XistによるDNAメチル化という、私の単純な理解を改めさせてくれたが、この研究ではさらに、B細胞ではこの不活化維持機構の破綻が、自己免疫型の異形B細胞の分化を促し、女性のみでおこる自己免疫病の原因になることを示している。
簡単にまとめてしまったが、様々なテクノロジーを駆使して膨大なデータに裏付けられた力作で、勉強になった。
2021年3月21日
2016年、ナッシュビル動物園とタンザニアの研究機関からキリンと同じファミリーのオカピのゲノムが解析され、FGF受容体1が、キリンの長い首の秘密の一端ではないかと言う論文がNature Communicationに掲載された(DOI: 10.1038/ncomms11519)。しかし、100万人単位で遺伝子多型を集めても、ゲノムから形質を予測することは難しいことから分かる様に、この論文で示された結果だけでは、なかなか長い首の秘密は解けないと言うのが印象だった。
今日紹介する中国西安にある西北工業大学を中心とする国際チームからの論文は、同じキリンのゲノム研究ではあるが、これまでよりさらに正確にゲノムを解読し、進化のスピードの速い遺伝子から長い首の秘密を探ろうとした研究で、3月17日号のScience Advancesに掲載された。タイトルは「A towering genome: Experimentally validated adaptations to high blood pressure and extreme stature in the giraffe (高くそびえるためのゲノム:キリンの高い血圧と極端な形態に対する適応を実験的に確かめる)」だ。
これまでのゲノム解析は遺伝子構築までは明確にされておらず、改善の余地が大きかったが、この研究では、まずゲノム自体の解析をlong readやHi-Cデータなども組み合わせて徹底的に行い、15本と言う一見少ない染色体が、どの様に融合分散を繰り返して進化したのかまで、明らかにしている。
その上で、牛やオカピなどとの比較から、遺伝子の中で強く選択を受ける遺伝子や、進化速度が速いと考えられる遺伝子をリストすると、これまで指摘された以上の数、それぞれ101個、359個の遺伝子がキリンの進化で大きく変化していることを突き止める。その多くは、骨格の形成に関わる遺伝子や、特殊な形態を支えるための様々な遺伝子になるが、以前の研究では進化に関わったとしてリストされた遺伝子数が、それぞれ7個、17個であるのと比べると、圧倒的に数が多い。結局、長い首の秘密を知るには、これらの遺伝子全てを統合して形質を予測する情報と技術の開発が必要になるが、時間がかかると思う。
それでもこの研究では、マウスのFGFR1をキリン型に置き換える実験を行なって、骨格が変化しないか調べている。残念ながら首や骨格は長くならないどころか、発生過程では逆に骨格の発達が抑えられるぐらいだ。しかしその後正常に発達し、成熟後は骨密度が高いことが明らかになり、足の細いキリンが重い体重を支えられる秘密がわかる。
圧巻は血圧の実験で、キリンは元々血圧が高いことが知られているが、キリン型FGFR1マウスでは血圧は正常だが、アンジオテンシンで高血圧を誘導すると、キリン型マウスは全く動じないで正常血圧を維持できる。すなわち、FGFR1の変化一つで、高血圧を防げると言う、医学にとっては思いがけないヒントが提供された。
この様に変化のスピードの速い遺伝子を調べていくと、1)血小板活性化に関わる遺伝子、2)心臓拍出量に関わる遺伝子、3)心筋の機能に関わるイオン輸送に関わる遺伝子、4)血圧維持に関わるアドレナリン受容体遺伝子などが、大きく変化していることが明らかになり、あの体を支えるためには、並大抵の変化では到底対応できないことがわかる。
しかし話はこれだけでは済まない。周りを見渡す身体的構造は、当然視覚や聴覚能力の進化を促すはずで、実際視覚、聴覚の異常を伴う遺伝子疾患に関わる遺伝子変異で起こるアッシャー症候群の遺伝子が、他の動物と比べて大きく変化していることもわかる。逆にアッシャー症候群の理解にキリンゲノムが役に立つのではと期待できる。
さらに、あの体で寝るのは大変だと思うが、元々キリンは睡眠時間が短いようだ。驚くのは、これに合わせて、私たちの該日周期を決めているPER1、2も大きく変化しているだけでなく、眠りに関わる遺伝子の進化の跡も見られる。
以上、本当はまだまだ面白い話が出てくる様に思えるが、リストされた遺伝子の関与はほとんど想像しているだけで、今後FGFR1で行なった様な地道な実験が必要になるだろう。
ダーウィンとラマルクの異なる新仮説の説明にキリンは最もわかりやすい例として利用されるが、これからも進化を考えるとき、間違いなく使い続けられると確信する面白い論文だった。
2021年3月20日
昨日紹介した血液での増殖ドライバー変異が、回り回って動脈硬化を促進するといった話を読むと、なんとなく風が吹くと桶屋が儲かる話を思い出してしまう。その意味では、今日紹介するイェール大学からの論文は、さらに風と桶屋の話に近い。
タイトルは「γδ T cells regulate the intestinal response to nutrient sensing(γδT cellが小腸での栄養の感知に対する反応を調節している)」で、3月19日号Scienceに掲載された。
人間を始め、多くの動物は雑食だが、人間を除くと肉食から得られる脂肪と炭水化物、草食から得られる炭水化物が同時にバランスよく摂取されることなどまずありえない。しかも、次にいつありつけるかもしれない食物を最大限に吸収するためには、入ってきた食物の種類を感知して、それに合わせた消化を行う必要がある。
今日紹介する研究は、最初炭水化物を摂取したときに、小腸の遺伝子発現がどう変化するか調べるところからスタートしている。
炭水化物を摂取させると、期待通り小腸上皮の遺伝子発現が、炭水化物の代謝に対応できるようリプログラムされる。そして、このプログラムの書き換えは、細胞がより未熟な上皮に変化することで行われ、炭水化物摂取を止めてもその細胞は維持されるが、5日サイクルで新しい細胞へと置き換わることで元に戻ることがわかった。すなわち、普通はタンパク質・脂肪型の消化システムが、炭水化物摂取で炭水化物型に変化する。
当然この感知システムは小腸上皮に備わっていると思うが、上皮だけのオルガノイド培養では、この変化は誘導できない。そこで、他の細胞が関与すると踏んで、小腸に多いリンパ球の関与がないかと、リンパ球欠損マウスを調べると、炭水化物に対する反応が低下していることを発見する。さらに、様々なノックアウトマウスを調べ、最終的に小腸の固有層に存在するγδ T cell細胞が、このセンサーの働きをしていることを発見する。
この発見が、この研究のハイライトで、その後様々な実験を重ねて、γδ T cellが炭水化物センサーとして働くメカニズムを追求しているが、風と桶屋的なごちゃごちゃした話で終わってしまっている。
概要を紹介すると、炭水化物を感知するのは上皮細胞で、Jagged2を発現すると、γδ T cell上のNotchを刺激する。また、小腸上皮のセンサー細胞であるタフツ細胞も、炭水化物に反応してプロスタグランディンを分泌してγδ T cellを刺激する。この結果、まだよくわからない経路でγδ T cellが、自然免疫に関わるILC3のIL-22分泌を抑制する。このIL-22は通常脂肪・タンパク質型食事に備えるために炭水化物型代謝を抑えているが、この経路で抑制されることで、小腸上皮が炭水化物対応型に変化する。
おそらくもう少しスッキリしたシナリオを期待して研究を進めていたのだと思うが、そうは問屋が卸さず、結局風と桶屋以上に複雑な話になってしまった。しかし、γδ T cellがないと、カーボは摂取しにくいことは間違いない。農耕へと進んで、炭水化物型の食事へと移行した人間の進化を考えると、追求しがいのある面白い問題だと思う。