8月7日:膵臓癌の意外な治療薬(Oncogeneオンライン版掲載論文)
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8月7日:膵臓癌の意外な治療薬(Oncogeneオンライン版掲載論文)

2018年8月7日
これまで何ども強調しているように、現在まですい臓がんの治療は限られており、外科手術で切除しきれないステージでは、薬剤の効果も長く続かず、予後は極めて悪い。なら免疫療法はと考えるが、他の癌と比べてチェックポイント治療が効果を示さないケースが多い。いつかこの問題も解決され、ステージの進んだすい臓がんの治療も可能になると確信しているが、今苦しんでいる患者さんに対しては、一つでも治療オプションを増やすしか方法がない。そんないくつかの可能性については、Youtubeで紹介しているので是非参考にして欲しい(https://www.youtube.com/watch?v=tOTvpFBfCc8&t=24s)。

今日紹介するロンドン大学からの論文は、まだマウスの話だが、ひょっとしたらすい臓がんの患者さんの延命に役立つかもしれない情報に思えたので紹介することにした。タイトルは「GPR55 signalling promotes proliferation of pancreatic cancer cells and tumour growth in mice, and its inhibition increases effects of gemcitabine (GPR55シグナルは膵臓癌の増殖とマウスでの腫瘍増殖を促進し、その阻害はジェムシタビンの効果を増強する。)で、Oncogeneのオンライン版に掲載された。

タイトルにあるGPR55はlysophosphatidylinositolの受容体だが、大麻成分であるカンナビノイドにも反応することがわかっている。なんとこの大麻成分に反応するGPR55が多くのガンに発現しており、最も悪性のすい臓がんでも25%がGPR55を発現している。この研究ではすい臓がん発がんモデルを用いて、GPR55をノックアウトしたマウスではすい臓がんの発生が1ヶ月とはいえ遅れることをまず確認している。さらに都合のいいことに、ステージが進むほどGPR55の発現が上昇し、ガンのGPR55への依存性が高くなる。

試験管内で増殖しているすい臓がん細胞を用いて、GPR55がどの過程に関わるか調べると、MAPキナーゼ経路のERKのリン酸化を介して細胞増殖に関わり、p53により誘導されたマイクロRNA、miR34b-3pによりGPR55のmRNAが分解されることで、細胞の増殖が抑えられる。逆に言うと、ガンでp53が喪失すると、GPR55発現が高まり、増殖が上昇することを示している。

最後に、ではこの受容体をGPR55の拮抗剤で、やはり大麻から抽出できる阻害剤カンナビディールで抑制するとガン細胞の増殖が抑えられるか検討し、期待通り試験管内での細胞周期を抑制し、また単独では抑制効果は強くないが、すい臓がん治療に最もよく用いられるジェムシタビンと併用することで、寿命を20日程度延長することが出来ることを示している。

結果は以上で簡単な論文だが、思いがけず大麻成分により抑制できるGPR55シグナルがp53の喪失により発現し、がんの増殖を助けており、この過程を標的にしたカンナビディオールをジェムシタビンを組み合わせることで、マウスの延命を図ることができるというシナリオだ。残念ながら根治を望める治療法ではないが、カンナビディオールは向精神性が低く、安全に使える薬剤の一つなので、もし延命効果があるなら使う価値はあると思う。早く人間での臨床治験を望みたい。
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8月6日:食事により概日リズムが変化する(8月9日号Cell掲載論文)

2018年8月6日
進化過程で起こる環境による生物の自然選択は、生物側から見ると環境の同化といえると個人的には考えている。例えば亀の甲は、最初はともかく最終的にカメを外敵から守る構造として発達したと思うが、逆に生物が隠れていた洞穴を自己に同化したと考えても悪くない。この環境同化が最も典型的に現れるのが概日リズムで、地球の自転という環境を、生物自体が取り込んだと考えることが出来る。ただ、生物が常に環境を同化して進化するとすると、他の環境ルールを同化するとき常に概日リズムと調整しながら、新しい環境リズムを作らなければならない。当然生物にとって一番大事な食環境も例外でなく、概日リズムと深く関わるはずだ。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、肥満につながる高脂肪食を取り続けた時、肝臓での概日リズムが大きくリプログラムされる事を示した研究で、8月9日号のCellに掲載された。タイトルは「Diet-Induced Circadian Enhancer Remodeling Synchronizes Opposing Hepatic Lipid Metabolic Processes (肥満食による概日周期エンハンサーのリモデリングが肝臓の対立する代謝プロセスを同調する)」だ。

この研究ではマウスに高脂肪食・高カロリー食(DIO)を摂取させ、肝臓での遺伝子発現の概日変化を、転写されたばかりのRNAを網羅的に調べるrun-on sequencing方で調べている。結果は驚くべきもので、正常食のマウスで概日リズムを刻む遺伝子が1722種類存在するが、DIOを摂取すると、なんとそのうちの278種類を除いてほとんどの遺伝子発現から概日性が消える。一方、DIO食マウスでは新しく1343種類の遺伝子が概日性を獲得している。しかも、新しく概日性を獲得した遺伝子の多くは、朝10時にピークを持ち、正常食の逆相になっている。しかも、新たに概日性が生まれる遺伝子の多くは脂肪代謝に関わる遺伝子が濃縮されている。さらに、これに合わせて確かに脂肪酸の合成が高まっている。

遺伝子発現の概日性は、遺伝子発現に関わるエンハンサーの活性が概日リズムを刻むことで生まれると考えられるので、活性化されたエンハンサー領域から低いレベルで転写されるエンハンサーRNA(eRNA)をエンハンサー活性を示す指標として、run-on sequencingを用いて調べ、なんと5000近いエンハンサー活性の概日性が失われ、3500近いエンハンサー活性が新たに概日性を獲得する大きな変化が起こっている。

次に活性化されるエンハンサー配列の共通性から、新しく概日リズムを刻む遺伝子を支配するマスター遺伝子を探索し、コレステロール代謝を調節するSREBPがDIOで概日性を獲得することで、多くの脂肪合成に関わる遺伝子の概日性が生まれることを明らかにしている。また、SERBPはもう一つの重要な脂肪代謝マスター遺伝子PPARの概日リズムを増幅して、その結果脂肪を燃やす酸化経路に関わる遺伝子群がやはり概日リズムを獲得する。

最後にこれらの概日リズムを考慮して、これまで高脂肪血症に使われたPPAR阻害剤はPPARのピークに投与するとその効果が高い事を示している。 昨日に続いて、ダイエットの論文を選んだが、食事に合わせて概日リズムがこれほど大きく再編成されることを知ると、体の適応力とともに、私たちが様々な環境因子を同化して進化したことを改めて実感する。次は、マスター遺伝子の概日性を再編するメカニズムについてもぜひ知りたい。
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8月5日:肥満を伴う糖尿病のダイエット治療効果(Cell Metabolismオンライン掲載論文)

2018年8月5日
最近、食事療法と栄養で肥満を改善するプログラムを提供するR社のコマーシャルが目立つ。実際、私の付き合う範囲で、そのプログラムに参加している知り合いを一人見つけ、確かに浸透しているという感触を持った。R社のプログラムは、もちろん糖尿病の人に向けたものではないが、糖尿病、特に肥満を伴う糖尿病の場合、薬剤による治療をやめられるかどうかは、食事療法により体重を落とし、代謝を改善することにかかっている。ただ、食事療法により体重を落としても、糖尿病が治らない人が確実にいることが、欧米の研究でわかってきた。

この厳格な食事療法の効果があった人と、反応しなかった人の違いを知ることは糖尿病の標準治療を開発するためにも重要で、これまでも解析が続けられているが、今日紹介する英国ニューカッスル大学からの論文は、トレーナーもついて厳格な食事療法を行うコホート研究の中から、治療に反応した人と、反応しなかった人を選んで、その差をどこでも行える検査から見つけようとしている、まさに一般臨床に即した研究でCell Metabolismにオンライン先行掲載された。タイトルは「Remission of Human Type 2 Diabetes Requires Decrease in Liver and Pancreas Fat Content but Is Dependent upon Capacity for b Cell Recovery(人間の2型糖尿病の寛解には肝臓と膵臓の脂肪量が減少する必要があるが、これもβ細胞の回復力にかかっている)」だ。

タイトルにつられて読み進むと、食事療法で対処できる人と出来ない人を見つけ出すためのしっかりとしたコホート研究が行われている以外は、なんの変哲もない研究と言っていい。まず、参加者の全ては100kg近い肥満で、空腹時血糖やHbA1cも高く、糖尿病として薬剤の治療を受けていた人たちだ。この人たちに糖尿病薬の投与をやめるとともに、1日825-853kcal/dという厳しい食事制限を3−5ヶ月課し、プログラム終了後も食事療法のサポートを続け1年後に効果判定を行っている。

これほど厳しい食事制限が行われると、すべての人が10kg以上の減量に成功する(平均で15%の改善はすごい)。ところが驚くことに、空腹時血糖やHbA1cを見ると、同じように体重が減っているのに効果が見られる人と見られない人ではっきりと分かれる。実際には、結果がわかってから解析が行われたのがこの論文なので、この結果をもとに、効果のある人と、ない人が分けられている。

この差をさらに追求するため、最近注目されている肝臓の脂肪量を調べてみると、減量により同じように低下する。また脂肪代謝もほぼ同じように改善する。ただ、効果が見られなかった人たちは体重が増え出すと、脂肪代謝のマーカーが上がりだす。それでも、最初よりは随分低い値を保つことができている。

一方、何よりはっきりしたのが、インシュリン分泌能力で、効果のあった人はインシュリン分泌能がはっきりと改善するのに、効果の無かった人はどんなに体重が正常化し、肝臓脂肪も低下しても、インシュリン分泌能が元に戻らない。これらの結果から、糖尿病を薬剤なしでコントロールするためには、β細胞が疲弊して、インシュリン分泌能が不可逆的に失われるより前に、食事療法を始める必要があるという結論になる。

はっきり言って結論にはなんの驚きもないが、皆が当たり前と思っていることをしっかりと実験的に示している点は評価できる。対策としては、糖尿病とわかったらなるべく早く、すい臓β細胞が疲れる前にまずしっかり食事療法を受けて見るべきということになるが、やはり800Kcalというのは高い壁だと思ってしまう。

最後に強調したいのは、インシュリン分泌能が非可逆的に低下してしまったら、もうダイエットの意味がないということは決してない点だ。この結果は、糖尿病についてだけの話で、肥満が万病の原因になっている事は間違いない。
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8月4日:single cell transcriptomeを用いたガン免疫機能の包括的解析(8月23日号Cell掲載予定論文)

2018年8月4日
クリスパー、光遺伝学、クライオ電顕など、現代の生物学の進展を支える新しい技術は数え切れないが、最近目立つのが単一細胞の遺伝子発現を調べるsingle cell transcriptome (SCT)のあらゆる分野への浸透だ。もちろん単一細胞レベルで遺伝子発現を網羅的に行うことはこれまでも行われ、私たちのラボでもかなり古くからチャレンジしていた。ただ、それを何万もの細胞で行うことは、一個一個の細胞を別々に調べる方法では限界があった。ところが最近、まず個々の細胞のRNA増幅の際、細胞ごとのバーコードを組み込んで、遺伝子配列決定は全部まとめて行い、後からバーコードにより各細胞に分類し直す方法が開発され、組織などの大きな集団に存在する細胞の性質をこれまでとは違うレベルで調べることができるようになった。結果、発生学での細胞多様化過程や、がん組織の解析など、この方法を用いた研究がトップジャーナルで掲載されない日がないほど急速に新しい知見を生み出している。あまりの勢いに、昨年Molecular CellにSCTの様々な方法の比較した論文が出るほどだ(Molecular Cell 65:631, 2017)。

この方法の利用が期待される領域の一つが、がん免疫に関わるリンパ球の解析で、さまざまな遺伝子発現とともにT細胞受容体(TcR)のレパートリーを同時に調べることで、がん組織や全身での免疫反応を解析することが可能になる。今日紹介するニューヨーク、スローンケッタリング研究所からの論文は乳がん患者さんでまさにこれを行なった研究で、8月23日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Single-Cell Map of Diverse Immune Phenotypes in the Breast Tumor Microenvironment (乳がんの微小環境に存在する多様な免疫形質の単一細胞地図)」だ。

この研究ではオイルドロップ内でバーコードをつける方法を用いてSCTを行なっているが、一人の患者さんにつき、がん組織、正常組織、末梢血、リンパ節と4箇所からCD45陽性細胞を取り出し、そのSCTを行なっている。

当然各患者さんで多様な細胞の浸潤が存在することがわかるが、この研究では正常組織に存在する血液細胞を調べることで、8人のがん組織に共通の性質を抽出するソフトを開発し、ガンに対する免疫反応の一般的特徴を調べている点が重要だ。それでも結果は膨大で、詳細は全て省いて、気になった点だけを列挙しておく。

1)正常組織と比べ、ガン組織には通常免疫、自然免疫などさまざまな細胞が存在し、明らかにガンと周りの組織が活性化シグナルとして働いていることがわかる。
2)遺伝子発現から見ると、T細胞が活性化されているだけでなく、最終成熟分化が進行していること、そして低酸素反応が起こっていることが共通の特徴としてみられる。
3)期待通り、T細胞の性質のかなりの部分はそれが発現するTcRにより決まっている。すなわち、がんに対する反応のレパートリーを決定できる可能性がある。また、多様なTcRが検出されることから、多様な抗原に対する反応が、ステージとともに変化しながら進んでいくことがわかる。
4)予想以上に、多様な調節性T細胞(Treg)が存在し、ガン免疫の制御にはこの多様性を理解して、これまで以上にTregを制御する方法の開発が必要になる。
5) ガン組織のマクロファージも、単純に活性化型に変わるというものではなく、M1,M2両方のマクロファージが共存しており、この点の理解もガン免疫療法をさらに発展させるためには重要な問題になる。
他にも、内容の多い論文で、著者ですらこれを全て解析し尽くすのは難しいと思う。いずれにせよ、レパートリーとT細胞の遺伝子発現を同時に細胞レベルでマップする技術は、ガン免疫療法を大きく進展させることは間違いないと思う。そして、まだまだガン組織の免疫に関しては理解しなければならないことはおおく、今後、嵐のようにこの分野の論文が出てくることが予想され、それらは全て患者さんに直結していくだろう。逆に、今日行われている治療法も、明日は新しい方法に置き換わる可能性も高い。大きなうねりを感じてエキサイトしている。
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8月3日 スーパーエンハンサーの形成機構(7月27日号Science掲載論文)

2018年8月3日
転写因子が結合するエンハンサーと呼ばれる領域が、それに結合する転写因子や様々なコファクターとともに、転写活性の高い大きな複合体を作っていることを示し、スーパーエンハンサーと呼んだのはRichard Youngだ。概念先行でデータに信頼性がないと厳しく評価する研究者も多いが、しかし彼の提唱する概念はなかなか本質をついていて、理解を深める助けになるので、私はいつも学ぶところが多い。

そのYoungの研究室からスーパーエンハンサーが大きな複合体を形成して広いゲノム領域を1箇所に集めるときの化学的メカニズムを調べた論文が7月23日号のScienceに掲載された。タイトルは「Coactivator condensation at super-enhancers links phase separation and gene control (スーパーエンハンサーでのコアクチベーターの濃縮が相分離と遺伝子調節を結びつける)」だ。

これまでYoungらが示してきたように、確かに多くのエンハンサー部分が結合する転写因子とともに集合して、発生やガンでの形質変化に重要な働きをしていることはわかるが、核の中でこのような構造が形成される化学的基盤については確かによくわからなかった。最近になって、例えばアミロイド沈着など、化学でいう液体の相分離により分子が強く濃縮できることを示す研究が相次いでいるが、Youngたちはエンハンサーに集まる転写因子をはじめとする多くの分子が相分離を起こすことで、分子が濃縮した構造ができ、この相分離の主役がスーパーエンハンサーに多く集まるコアクチベーターBRD4とMED1分子だと考えた。

そこでまず、ES細胞の核内でスーパーエンハンサーを形成しているNanog遺伝子領域にBRD4とMED1が点状に集まっていることを確認し、BRD4とMED1が分子集合形成の核になっていることを示している。そしてこのBRD4とMED1の集合が、液体が濃縮して周りから相分離した化学性質をもっていることを、蛍光たんぱく質と結合させたBRD4がエンハンサー上でダイナミックに動いていることを、蛍光をブリーチしてからのATP依存性回復を調べるプロの方法で示している。また、分子同士の疎水性結合を阻害すると、この集合が壊れることから、確かにダイナミックな濃縮液相が形成されていることを明らかにした。

このように疎水性の結合を基盤に液相分離が起こるのなら、BRD4,MED1分子内にこの相分離をガイドする結合領域が存在するはずで、この2つの分子には長いintrinsically disordered region(IDR:分子の中に構造化されないでフラフラしている領域)が存在し、IDRだけを取り出して蛍光タンパク質に結合させたキメラ分子は試験管内で相分離することを示し,IDRが分子の結合濃縮を媒介していることを明らかにしている。そして最後に、この相分離とともに他の転写因子が複合体の中に巻き込まれることを示して、この2つの分子が液体として相分離して核を作り、エンハンサーと結合した転写因子が巻き込まれてスーパーエンハンサーが形成されるというシナリオを提案している。 これまで分子が静的に集まった構造物がをスーパーエンハンサーとして頭の中に描いていたが、この研究のおかげでこの構造物がダイナミックに動き出した。
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8月2日:進化から病気の遺伝子を割り出す(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2018年8月2日
全ゲノムレベルのSNP解析や塩基配列決定により病気のリスクを前もって知る遺伝子診断が、一般の人にも広がりを見せているが、0.1%以上の人に見られる変異は全体の1000分の1に過ぎず、アミノ酸変異が起こっている変異のほとんどは、病気との相関があるのかないのかわからないまま、放置されているのが現状だ。

今日紹介するイルミナ社の研究所からの論文は変異の病気へのインパクトを進化の観点から推定できないか調べた研究で,ゲノム解析をリードするイルミナならではの論文だと感じた。タイトルは「Predicting the clinical impact of human mutation with deep neural networks (人間にみらる遺伝子変異の臨床的インパクトをニューラルネットワークAIで推定する)」だ。

この研究は、稀な変異が臨床的に問題があれば、進化の過程で淘汰されているはずだが、多くの場合、完全に淘汰されるには人間が発生してからの時間は短すぎるため、淘汰されずに低い頻度で残っていると考え、人間で見られる変異がサルや場合によっては他の動物にも存在するかどうかについて調べることで、淘汰の選択圧にさらされる変異かどうかわかるのではと着想した。

まず同じ遺伝子の変異で、アミノ酸変異を伴うものと、伴わないものの比率と、その変異の頻度を調べ、アミノ酸変異を伴う比率が高いほど頻度が低い事を確認している。ところが、サルにも人にも同じ変異が存在する場合を選んで調べると、稀な変異も、稀でない変異もほとんど比率が変わらない。すなわち、進化の過程をサルから見直してみることで、淘汰される変異かどうかを判断することができる。要するに、サルにも共通する変異があれば、病気のリスクは少ないというわけだ。

あとはこの結果に基づき、機械学習法で人間の変異と同じ遺伝子のサルでの変異情報とともに、病気についての情報をインプットして機械学習を行い、特定の変異についてサルの情報を入れるだけで、病気との関わりをかなりの確度で診断できるAIを作り上げている。その上で、これまで特定されてこなかった、脳に関わる疾患のリスクになる変異を14種類リストしている。

詳細を全て飛ばして紹介したが、人だけでなくサルと比べることで長い進化過程での淘汰圧を推定できるとしたアイデアがこの研究の全てで、このようなアイデアでAIを設計できるイルミナ社がこの分野をリードするのも当然だと納得してしまう。個人的に最も興味を惹かれたのが、こうしてAIが病気のリスクファクターとしてリストされた変異のほとんどは、小頭症など大きな発達障害に関わるものが多い中で、自閉症のリスクファクターとしてTBR1遺伝子変異もリストされている点で、この分子のサルでの変異がどのような行動につながっているのか、是非知りたいと思った。
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8月1日:脳髄膜リンパ管システムの役割(Natureオンライン掲載論文)

2018年8月1日
2013年、睡眠は脳内のリンパ管などの脳脊髄液排出機構を拡げて、覚醒時に脳に蓄積した老廃物が排出されるのを助ける役割があることを示した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/608)。それまで、脳にはリンパ管のようなドレーンはないと考えられていたため、この論文はその年のサイエンス10大ニュースに選ばれたぐらいだ。今年になってこのシステムの機能を確かめようと、一睡もさせずに一晩過ごした被験者の脳に、なんとアルツハイマー病の原因の1つと見なされている、βアミロイドが蓄積している論文まで現れた(http://aasj.jp/news/watch/8330)。

今日紹介するバージニア大学からの論文は、この重要な問題をマウスモデルで研究するため、脳のリンパ管系の機能を低下させたマウスを作成し、その影響をしらべた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Functional aspects of meningeal lymphatics in ageing and Alzheimer’s disease(老化とアルツハイマー病での脳髄膜のリンパ管の機能的側面)」だ。

このグループはこれまで、脳内の老廃物を排出するのが髄膜にあるドレーンシステムで、遺伝子の発現からリンパ管と呼んで良いことを示してきた。実際、リンパ管の形成が押さえられているProx1(+/-)マウスでも脳のドレーン機能が落ちていることが示されている。この研究では、Visudyneと光を用いて管腔を詰まらせる方法を用いてマウス髄膜のリンパ管を塞ぐ方法を開発し、ドレーン機能と、脳機能の関係を調べることが出来る実験システムを作り上げている。

この操作で確かにドレーン機能が低下し、様々な大きさのタンパク質が脳内に蓄積しやすくなることを確認した上で、ドレーン機能の低下が脳機能に及ぼす影響を調べている。念のため、2週間おきにリンパ管の機能を除去する操作を2回繰り返し、そのあと広い場所でのマウスの行動、および2種類のテストによる記憶能力を調べている。この結果、ドレーン機能を抑制しても、マウスの一般的行動は正常マウスと同じだが、記憶テストは両方とも強く低下しており、ドレーン機能が脳機能,とくに記憶に重要であることが実験的に示された。

そこで、老化による記憶減退にもこのドレーン機能が関わっていないか調べると、老化マウスでは髄膜リンパ管が細くなりドレーン機能が低下していることがわかった。そこで、脳内にリンパ管新生を誘導するVEGF-Cを様々な形で投与すると、管腔が拡がり、ドレーン機能が復活し、新しい場所の記憶や、迷路実験に必要な記憶が正常化することがわかった。

最後にさまざまなアルツハイマー病でドレーン機能の役割を調べ、遺伝的アミロイド蓄積マウスの実験系で、リンパ管を塞ぐと、アミロイドβの髄膜リンパ管への蓄積が亢進することを見出している。そして、実際のアルツハイマー病の患者さんでも、髄膜リンパ管へのアミロイド蓄積が見られる事を発見している。

結果は以上で、老化による記憶減退や、アルツハイマー病でのアミロイド蓄積にドレーン機能が関わっている可能性が示唆され、おそらく初めて大脳のドレーン機能を担うリンパ管の役割が明らかになったといえる。最初、「本当かな」と見ていた大脳でのドレーン機能が少しづつ市民権を得てきたように思う。今後VEGF-Cゲルによるアルツハイマー病の進行抑制や老化による認知障害の改善などが本当に明らかになれば、大ブレークする可能性もありそうな気がしてきた。
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7月31日:組織中で遺伝子配列を読んで、各細胞で発現しているRNAを正確に定量する(7月27日号Science掲載論文)

2018年7月31日
この人の頭の中はどうなっているのかただただ驚く天才がどの分野にもいる。これらの人に共通するのは、明確な目的とゴールを定め、そのためにアッと言わせる技術的イノベーションを重ねていく点だ。私が読む論文の範囲でいうと、スタンフォード大学のKarl Deisserothはその一人だろう。光遺伝学を始め彼のグループから発表された新しい技術は、いつもアッといわせる、脳を見る、測るという一点に絞って、いつも新しい技術的可能性を開拓しているように思う。

毎回、こんな事までやっているのかと思わす彼のグループからScienceに発表された今日紹介する論文を読んで、「まさかこんなことまでチャレンジしているとは予想もつかない』と本当に驚いた。タイトルは「Three-dimensional intact-tissue sequencing of single-cell transcriptional states (単一細胞の転写状態を3次元的に保存された組織内でのDNAシークエンスで決定する)」だ。

DNAシークエンスと書いてあるので、最初3次元で単一細胞レベルのバーコーディングを行なって、今流行りのsingle cell transcriptomeを調べる技術かと勘違いした。読んで見てわかったのは、3次元の組織を形成している各細胞が発現する遺伝子を、正確に、しかも遺伝子の種類の数に制限なく検出する方法の開発といったほうがいいだろう。現在1個の細胞が発現している遺伝子を組織内で同時に測定する方法はいろいろ開発されているが、この論文では1024種類の異なるRNAを調べることに成功しており、その数をさらにスケールアップできることを考えると、大変な技術が開発されたという気になる。

ではどのようにこれを実現するのか?具体的なreagentの内容はすっ飛ばして説明するが、まず組織を固定し、彼らがプライマーとパドロックと呼ぶ2種類の特定の遺伝子プローブを用いて、各細胞に存在する特定のRNAをその場所で増幅する。プライマーもパドロックも特定の遺伝子RNAとハイブリダイズするが、パドロックがプライマーを用いて環状に閉じた時だけ、mRNAが増幅するようになっている。これにより、ほぼ完全な特異性を実現するとともに、パドロックの方には、それぞれの遺伝子の標識としてデザインされた5merのバーコードがついている。例えばFos遺伝子RNAがある場所にFos遺伝子に対応するバーコードを持ったDNAが増幅されるようにしている。すなわち、組織内の特定の場所に存在していた特定の遺伝子に対応する短いDNAがその場で増幅され、mRNAが存在している場所に残る。

こうして、使ったプローブの数に応じた増幅DNAが組織内で形成されたあと、今度は全てのDNAをその場所で樹脂で固めてしまう。といっても、ガラスのような樹脂ではなく、水や物質が出入りできる樹脂で、DNAをその場所にアンカーさせるために使っている。このようにしてDNAが動けなくした後、脂肪やタンパク質を全て除き、増幅されたDNAだけが樹脂にアンカーされる状態を作る。

次に、それぞれの増幅したDNAがどの遺伝子に相当するかを、5merバーコードの配列で決める。この研究では、5merを使っており、4の5乗=1024種類の遺伝子を区別できる。すなわち、パドロックに組み込んであるバーコードの配列をその場で解読して、それぞれのスポットがどの遺伝子かを決める。そのままDNAポリメラーゼを使って、次世代シークエンサーのように読むことは将来できるようになるかもしれないが、ここではリゲーションシークエンス法を用いて5merの配列を正確に組織上で読み取っていく。この過程は、最初のリガーゼ反応で各スポットの塩基を決めると、よく洗ったあと、次の反応を行い、それぞれのスポットで次にどの塩基が入ったかを決めていく。実際には、5回サイクルを繰り返せば、5merを全てのスポットで解読できる。すなわち組織上に形成した何千、何万ものスポットの5mer配列を個別に決定し、それに基づいて、どの遺伝子のmRNAがいくつ細胞に含まれていたかをカウントする。

プロトコルは以上で、様々な問題をよく考えて解決していることがわかる。ただ、この研究は実験プロトコルだけではない。得られたデータを処理するソフトの開発も大変だと思う。かって私の研究室のメンバーだったJakt君も、8種類のRNAを細胞内で検出し、その数をカウントするソフトを開発していたが、これに最も時間がかかっていた。これらすべてを解決して、1024種類のRNAの発現を脳組織で検出し、細胞の種類や、機能との関連についてデータが取れることを見事に示しており、組織内で各細胞が発現しているRNAを正確に特定し定量する技術が完成している。もちろんこの技術は、脳研究にとどまらない。おそらく発生学で最も大きな成果を出すと思う。

バーコードによるsingle cell transcriptomeがあらゆる分野でそのパワーを発揮しているときに、その先を行く技術を開発するとは、ただただ脱帽。
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7月30日:カタストロフによる自然選択(7月26日号Nature オンライン版掲載論文)

2018年7月30日
地球に衝突した隕石のディープインパクトが、恐竜をはじめとする地球上のほとんどの生物を絶滅させ、それまでマイノリティーだった生物に新たなチャンスを与えた話は、真偽はともかく、よく知られた進化のドラマだ。事実、全球凍結を経験した地球になお生物が生存し、その後すぐに多細胞動物が現れたとすると、火星に生命がいてもなんの不思議はない。とは言え、このようなカタストロフが生物にとってどのような選択圧になるのかについては、具体的に結果を目にすることは難しい。

今日紹介するハーバード大学からの論文は史上稀に見る風速80m級の超巨大ハリケーン、イルマ、マリアに相次いで襲われたカリブの小さな2つの島で、ついにカタストロフによる自然選択の結果を見るチャンスに恵まれた研究者のお話で、7月26日号のNatureに掲載された。タイトルは「Hurricane-induced selection on the morphology of an island lizard (ハリケーンが小さな島に生息するトカゲの形態に及ぼす選択)」だ。

この研究グループはこれらの島に生息するアノールトカゲの生態を調査していたようだ。そして、調査が終わってすぐ、これらの島が二つの超大型ハリケーンに襲われた。アノールトカゲの生態から考えて、強風により飛ばされ、ほとんどが命を失ったのではないかと心配して(と勝手に私が考えているだけだが)、ハリケーンが通り過ぎた3週間後(最初の調査が終わって6週間後)島に戻って、生き残ったアノールトカゲを調べた。幸い、全滅はしていなかったようで、生存したトカゲをサンプリングし、生き残った理由を調べることにした。もともとこのグループはトカゲの運動能力について熟知しており、これまでの研究に基づきこのトカゲの運動能力を決める前足、後ろ足、そして捕まる時に必要な指先のパッドの広さについて調べている。

結果は、何かにしがみつく時に必要な指パッドは大きくなり、前足は少し長く、一方後ろ足は長くなっていた。これは2つの別の島で全く同じように見られたことから、偶然ではなくハリケーンというカタストロフに対して、同じ種が同じように選択されたことを示している。大事なことは、この変化がこれまでの生態研究の結果で十分説明できることだ。著者らは、長い前足と広い指パッドで枝や地面にしがみつくのに役にたち、一方、後ろ足が長いと風を受けたとき飛ばされやすいため、淘汰されてしまったと説明している。

研究としては、拍子抜けするような単純さだが、Natureが採択したのは、カタストロフによる選択は、ハリケーンを挟む6週間という短い時間に、種内の形態を一変させることを目で確かめたという、稀有なチャンスを逃さなかったという一点にあるだろう。実際、短期間で見られる自然選択の例は数多く報告されているが、6週間という短い期間に行われた調査によって確かめられた例は今回が初めてだろう。今後、カタストロフにより起こった選択が、これらの島で生きていくために吉と出るか、凶と出るのか、それとも全く無関係なのか調査を続けて欲しい。
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7月29日:急性脊髄損傷を薬剤で治療する(7月26日号Cell掲載論文)

2018年7月29日
長く付き合いのある、脊髄損傷の患者さんの伏見さんたちと、10月頃に一度最近の脊損治療研究の進展について勉強会をして,FRESHチャンネルで放送しようと計画中だ。この前放送したのが(https://freshlive.tv/aasj/127082)昨年の6月18日なので一年以上間があいてしまった。前回は、主に細胞治療を特集してほとんど触れることが出来なかったが、次回ぜひ話題に取り上げたいと思っているのが、最近注目を集め始めている硬膜外刺激による脊損の治療で、おそらくわが国の多くの脊損の患者さんたちも聞いておられるのではと思う。ここではメイヨークリニックから提供されているウェッブ動画を紹介しておくが(https://www.youtube.com/watch?v=yigW4oJshj4)たくさんの症例についての動画がある。要するに、脊損で運動機能が完全になくなっているように見えても、神経は残っており、残った神経を介在ニューロンなどでリレーすれば一部ではあっても機能が回復するという話だ。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、マウスモデルで介在神経のリレーにより脊髄運動神経の機能が回復する過程の分子基盤を明らかにした研究で7月26日号のCellに掲載された。タイトルは「Reactivation of Dormant Relay Pathways in Injured Spinal Cord by KCC2 Manipulations(損傷された脊髄で休止しているリレー回路を KCC2操作により再活性化する)」だ。

この研究では、もし介在神経によりリレーが起こるなら、7番目と10番目の胸椎で左右交互に脊髄を切断したマウスの運動機能が介在神経のリレーにより回復させられるはずだと、様々な薬剤を障害したマウスに投与し、機能を回復させる薬剤を探した結果、カリウム・クロライドトランスポータNKCCの機能を高めるCLP290が高い効果を示すことを発見する。もう少し実験系を説明すると、7番目の胸椎で右半分、10番目で左半分の脊髄を損傷すると、10番目以下では全ての脊髄神経が切断されたことになるが、7番目から10番目の間では、左半分の脊髄神経が残っている。もしこの領域で介在神経のリレーを成立させられると、残った左側の神経から、右側の脊髄神経へリレーが成立して、10番以降の脊髄神経の機能が回復できることになる。この仮説が正しいことは、この過程を高める薬剤が特定できたことで、証明されたことになる。

この研究の大半は、CLP290の発見で終わっており、あとは

1) CLP290の代わりに、この薬剤の標的分子KCC2自体を脊髄に導入することで、CLP290以上の回復が見られること、
2) このトランスポーターは抑制性の介在神経に発現した時に、この神経の活動を抑え、興奮/抑制バランスを変化させることで、リレー回路を形成させ、運動機能が回復できること、
などを示しているが、要するに脊髄損傷局所では、KCC2の発現が低下するため、抑制性介在神経の過興奮が起こり、局所での神経のリレー回路の構築が阻害され、KCC2を導入して局所の抑制性神経細胞の過興奮を抑えると、リレー回路が成立するという話だ。

損傷から時間が経過した脊損にも使えるのかどうか、一箇所での損傷の場合にも有効なのかなど、まだまだ知りたいところはあるが、神経が残っておればリレー回路が成立するという点では、人での応用が進む硬膜外刺激の結果とも一致する。介在神経なら、もちろん細胞移植も容易だろうから、リハビリは言うに及ばずさまざまな方法を統合する核に、KCC2刺激がなる可能性がある。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ
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