4月1日 アフリカでの人類形成(Scientific Reports: 9:4728  https://doi.org/10.1038/s41598-019-41176-3 掲載論文)
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4月1日 アフリカでの人類形成(Scientific Reports: 9:4728 https://doi.org/10.1038/s41598-019-41176-3 掲載論文)

2019年4月1日
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昨年9月南アフリカBlombos洞窟で発見された少なくとも7万年前の線描画についての分析結果についてのNature論文について紹介したが(http://aasj.jp/news/watch/8978)、アフリカでの人類形成は、これまでユーラシアでの研究では分からなかったことが明らかになるとしてホットな分野になってきた。事実、ヨーロッパやアジアでのホモ・サピエンスの足取りと比べると、アフリカ内での人類形成についてわかりやすく述べた本や総説はあまりお目にかからない。最近読んだ中で敢えてあげるとするとGary Tomlinsonの「Culture and the course of human evolution」は、言語や音楽など文化の進化がテーマだが、アフリカでの人類形成についてもよくまとめられている気がした。

Tomlinsonはモンテベルディについての著書もある音楽史の研究者だが、情報科学、生物学、人類学、言語学、哲学にまたがる広い知識を基礎に優れた著書を発表している、Musicologyの教授を超えた科学者だと思う。残念ながら翻訳された著書はないが、若い人には是非一読を進めたい人だ。現役を退いてから、なんとか高いレベルの脳を形成してから死にたいと思って研鑽しているが、到底及ばないと諦めてしまう人の一人だ。

Tomlinsonについて書きすぎたが、今日紹介する論文は彼とは無関係で、ポルトガルMinho大学からの論文で、アフリカでホモ・サピエンスが形成される過程を現代人のミトコンドリアゲノムから再構成しようと試みた論文でScientific Reports(9:4728 | https://doi.org/10.1038/s41598-019-41176-3)に掲載された。タイトルは「A dispersal of Homo sapiens from southern to eastern Africa immediately preceded the out-of Africa migration(出アフリカに先立つホモ・サピエンスの南アフリカから東アフリカへの移動)」だ。

アフリカのホモ・サピエンスは様々な場所で独立に文化を発達させたと考えられるが、それでも様々な文化的共通性が存在する。すなわち、人的な交流があったと考えられるが、これが交雑を通じた融合で進んだのか、人間の移動に伴う文化の伝搬によるものなのか議論が行われている。特に、アフリカはミトコンドリア型で、L0と呼ばれるホッテントットに代表される南アフリカ民族と、L1を持った中央(西も含む)、東アフリカタイプに区別されている。

この研究ではアフリカ各地域の現代人のミトコンドリアゲノムおよびゲノムの多型を調べ、アフリカ内での2系統の動きを再構成した研究で、研究レベルとしてはなんということもない論文だが、これまでの問題をよくまとめてあり、明確なquestionを持って見直せば、新しい発見があるという典型的な論文だ。また、アフリカでの人類史について頭の整理には最適の論文だと思う。

さて結果だが、約20万年前に共通のイブから分かれた2系統はその後ほとんど交雑することなく、南、中央、東アフリカに限定して文化を発展させており、7万年になるまでほとんど地域間の異動はなかった。しかし、7万年前、おそらく大きな気候変化を引き金に、南の民族が中央アフリカへと移動し、また東アフリカの民族の一部は中央アフリカに移動する。実際、東アフリカでの人口増大は、この移動をきっかけとして起こっている。また、民族間の交雑は、中央、東アフリカのBantu民族が拡大するまで、限定的であったことを示している。もちろんこの結論については再検討が進むと思うが、アフリカの古代文化を理解するための重要なたたき台になると思う。この論文では出アフリカを7万年より少し前としている点で、10万年前と考えていた私自身の理解と少し異なるが、内部での民族移動については頭の整理ができた論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ