今日紹介するフランス・リールにある、リール神経認知科学研究所からの論文は、ダウン症で起こる認知機能と嗅覚障害に絞ってその原因を探り、卵胞刺激ホルモンおよび黄体形成ホルモンの分泌を調節するゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)の分泌低下が背景にあることを突き止め、これを補うことで認知機能や嗅覚の低下を止める可能性があることを示した画期的な研究で、9月2日号 Science に掲載された。タイトルは「GnRH replacement rescues cognition in Down syndrome(GnRH を補うことでダウン症の認知機能を救済できる)」だ。
現在国立科学博物館では「化石ハンター」と題して、化石研究について展示が行われている。10月までなので一度行こうと思っているが、もう少し感染が収まってからがいいだろう。しかし、どの国の自然史博物館を訪れても、恐竜の化石が一番人気だ。ただ、自然科学として見た時、こんな動物がいたという博物学を超えて、発掘された恐竜から何を学ぶのかを考えるのは面白いが、そのためには深い知識が必要になる。そこで今日は、アフリカ ジンバブエで発掘された竜脚目の恐竜の骨から何を学ぶことができるのかについてわかりやすく教えてくれるエール大学からの論文を紹介する。タイトルは「Africa’s oldest dinosaurs reveal early suppression of dinosaur distribution(アフリカで最も古い恐竜は恐竜の分布が最初抑制されていたことを明らかにする)」だ。
今日紹介するメリーランド大学からの論文は、ストレスにより誘導される鬱状態をケタミンで治療するという薬理実験でも、実験者の性別が結果を作用するメカニズムについて明らかにしようとしたユニークな研究で、8月30日 Nature Neuroscience にオンライン掲載された。タイトルは「Experimenters’ sex modulates mouse behaviors and neural responses to ketamine via corticotropin releasing factor(実験者の性別がケタミンに対する行動学的神経学的反応をcorticotropin releasing factorを介して変化させる)」だ。
昨日に続いて、Lazaridis の論文を紹介することにした。昨日は、ギリシャ時代の様々な記録の断片を、ヒトゲノムからわかる民族の移動と対応させるという、今までにはなかった研究だが、今日紹介する論文では、インドヨーロッパ語の起源に焦点を当て、特にアナトリア地方の古代ゲノムから見た民族交流史から、インドヨーロッパ語の起源を考えている。タイトルは「The genetic history of the Southern Arc: A bridge between West Asia and Europe(南部地域のゲノム史:西アジアとヨーロッパの架け橋)」で、8月26日号Scienceに掲載された。
実際には3編の論文から出来ており、この分野では第一人者の Reich 研究室からの論文だが、senior author は全て Iosif Lazardis の論文だ。実際には、地中海を中心とする1万年にわたる民族交流を700体の古代ゲノムから解析した論文で、簡単に紹介するにはあまりに膨大すぎる。そこで、9月のいつか、全体について紹介するためのジャーナルクラブを企画することにする。そして、今日は3編のちょうど真ん中の論文、エーゲ海を中心としたミノア、ミケーネ、ギリシャまでの時代についてのゲノム解析を、様々な文献と比較した研究の触りだけを紹介する。タイトルは「A genetic probe into the ancient and medieval history of Southern Europe and West Asia(古代から中世に至る南ヨーロッパ及び西アジアの歴史についての遺伝的調査)」だ。
このブログでも、サルから人間の進化、特に脳の進化については論文を紹介してきているが、この目的のために single cell RNA sequencing を用いた論文は、今日紹介するイエール大学からの論文が初めてだと思う。タイトルは「Molecular and cellular evolution of the primate dorsolateral prefrontal cortex(霊長類の背外側前頭皮質の分子細胞学的進化)」で、8月25日 Science にオンライン掲載された。
これまで人間の脳の進化を調べた論文のほとんどは、脳各部の遺伝子発現を調べた研究だった。しかし、脳細胞は同じに見えても多様化して居ることを考えると、細胞レベルと分子レベル同時に進化を調べることが出来る single cell RNA sequencing(scRNAseq はうってつけの方法で、今まで調べられなかったのが不思議なぐらいだ。
睡眠中に目だけがキョロキョロ動くRapid eye movement sleep(REM睡眠)は、発見の当初から夢を見ていることと関係があるのではないかと考えられ、REM睡眠中に覚醒させると見ていた夢を語れるチャンスが高いという発見につながった。ただ、注意深く実験を行えばREMと夢とは関係がないという結果も発表され、議論が続いていた。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、REMが少なくとも覚醒時の行動を反映しているという仮説を、REMから行動をデコードできるかという野心的な課題に置き換え、覚醒中の頭の動きをREMが反映していることを示した研究で、8月27日号 Science に掲載された。タイトルは「A cognitive process occurring during sleep is revealed by rapid eye movements(睡眠中の認知過程はrapid eye movementに表象されている)」だ。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、2010年頃から様々な免疫性炎症や、細胞内寄生に対する抵抗力の異常に関わることがわかってきた遺伝子 sp140 の作用機序を明らかにし、クローン病など炎症性腸疾患の新しい治療戦略を示した遺伝子多型から病気のメカニズム、そしてその治療まで明らかにしたお手本のような研究で、8月18日号 Cell に掲載された。タイトルは「Epigenetic reader SP140 loss of function drives Crohn’s disease due to uncontrolled macrophage topoisomerases(エピジェネティック状態を監視する sp140 の機能異常は、マクロファージのトポイソメラーゼの調節不全に起因する)」だ。
以上の結果は、sp140 が低下して発症する免疫性炎症は、それにより活性が高まる TOP を抑制することで治療できる可能性を示唆している。そこで、sp140 をノックダウンしたマクロファージを TOP 阻害剤で処理すると、転写のプログラムが正常化し、細胞内寄生体に対する抵抗力が回復することを明らかにした。また、同じ正常化を、クローン病患者さんのマクロファージでも観察している。
今日紹介する論文も同じグループからで、今度はもう少し単純な Atac-seq をこの方法と組みあわせられないか調べている。タイトルは「Spatial profiling of chromatin accessibility in mouse and human tissues(マウスとヒト組織上でクロマチンアクセシビリティーの空間的プロファイルを解析する)」で、8月17日 Nature にオンライン出版された。今回の論文はオープンアクセスなので、方法については、下の論文からカットアンドペーストして以下に示す。
上の図からわかるように、スライドグラス上の凍結切片にトランスポゾンを反応させ、オープンクロマチンがトランスポゾンでラベルされた後切り出されるようにする。そのあと、バーコードA、バーコードBを順番に DNA に結合させ、最終的にトランスポゾンラベルとともに、A、B それぞれのバーコードから、DNA 断片の由来する場所を特定する。この DNA 断片は全て核内で生成されるので、核の組織上の位置を記録しておけば、組織とバーコードの位置を対応させることが出来る。