2月24日 麻酔で脳活動を長時間抑えることによるシナプスの変化(2月10日米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)
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2月24日 麻酔で脳活動を長時間抑えることによるシナプスの変化(2月10日米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2021年2月24日
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生きている動物の脳内のシナプス形態変化を1ヶ月という長期間記録し続ける技術については2015年紹介したことがあるが(https://aasj.jp/news/watch/3680)、スパインと呼ばれる樹状突起のシナプスが、出たり入ったりするとともに、形態も変化するのを見ると、この変化が自分の脳でも起こっているのかと感慨にふける。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、同じ技術を使って、長時間の麻酔を行ったあとのシナプス変化を調べた研究で2月10日米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Prolonged anesthesia alters brain synaptic architecture(長時間の麻酔は脳のシナプス構築を変化させる)」だ。

高解像度の蛍光顕微鏡で一本一本の神経突起を8日間観察し続けることは大変な実験だが、あとは一般に行われるisoflurane吸入麻酔をほぼ1日近く続け、その前後で同じシナプスを観察する、実験自体は単純な研究だ。これと並行して、簡単な行動解析も行っている。増井期間中は、呼吸、心肺機能は正常に保ち、病理学的障害が脳に生じないようにしている。

要するに長期間昏睡状態に置かれたとき、脳回路はどう変化するかが問題になっている。まず、麻酔による大きな身体的変化や行動変化も起こらない。ただ、最初経験した物体が新しいもので置き換えられた時に費やす時間差が消失することから、作業記憶が障害されている可能性が示唆される。

さて肝心のシナプス変化だが、この研究では観察しやすい感覚領域を用いて調べている。軸索と結合しているスパインは日々消長を繰り返しているが、面白いことに麻酔中はシナプスが増える方向に変化し、こうして形成されたスパインはその後3日ぐらい安定に維持される。麻酔というと脳の働きを抑えると思うので、スパイン形成が高まるというのは不思議に感じるが、冷静に考えてみると、生まれてからシナプスの選定が刺激依存的に起こると考えると、刺激が停止した状態では十分あり得るかと思う。ただ、麻酔から覚めた後は、今度はスパインが消失する率が高まるので、最終的に元に戻るという話になっている。

結果はこれだけで、タイトルをみて、麻酔には問題があるのかと構えて読んだが、あまり気にしないでいいというのが個人的印象だ。しかし、成熟した脳でも刺激がないと、スパイン形成方向に偏ることは、刺激依存的シナプス剪定は、大人になっても続いていることがよくわかった。

ケタミンについてはそれ自身が持つ代謝リプログラム経路がわかってきたが(https://aasj.jp/news/watch/14546)、isoflurane自体の効果も含めて、生化学的研究結果を知りたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月23日 epitope spreadingでチェックポイント治療の効果を高める(2月17日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年2月23日
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昨日まで2回にわたって、これまでガン治療の最後の手段だった免疫チェックポイント治療(ICI)を最初に持ってくる方向が間違いなく将来の標準になる可能性について紹介した。この順番が定着すると、最初に問題になるのは、ICIが効かない人が、PD-1+CTLA4の併用療法でも半分以上おられる点だ。しかも、StageIIIになると、この時の結果が予後を左右する点だ。すなわち、治療可能性の宣告が早々に下ってしまう。これを回避する唯一の手段は、腫瘍に対する免疫を高め、ICIの確率を高めることになる。

このためにはICIをスタートさせる前に、ガン特異的ネオ抗原に対して免疫を行い、キラーT細胞のレパートリーを高めることになるが、今日紹介するハーバード大学からの論文は、ネオ抗原だけでなく、それに釣られて起こる自己免疫反応、すなわちepitope spreadingもガン治療に利用できることを示した研究で2月17日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Epitope spreading toward wild-type melanocyte-lineage antigens rescues suboptimal immune checkpoint blockade responses (正常メラノサイトの抗原へepitope spreadingが起こることで免疫チェックポイント反応を至適レベルに高められる)」だ。

ICIの副作用は、免疫反応の閾値を下げるため、普通なら抑制されている自己免疫反応が高まることだ。面白いことに、メラノーマの患者さんにICIを行うと、かなりの数の人に白斑が生じることが知られている。同じ治療を受けても、肺ガン患者さんでは起こらない。このことは、メラノーマに対して免疫反応が始まると、epitope spreadingが起こって正常メラノサイトの発現する抗原まで標的になっていることを示している。

この研究では、実際これがepitope spreading によるかどうか調べる目的で、ICI治療の効果があった患者さんと、効果がなかった患者さんで、色素細胞が正常に発現する分子に対するキラー細胞が誘導されているか調べ、ICIの効果があった患者さんのみ正常抗原に対するT細胞が誘導されていることを確認する。

もしepitope spreadingが起こるなら、免疫の成立していないガン細胞でも、まずネオ抗原を増やしてガン免疫を高めてやれば、自然にepitope spreadingが起こってICI治療が可能になると考えられる。そこでICIに反応性の低いメラノーマをUV照射し、ネオ抗原を高めて免疫する実験を行い、これによりネオ抗原だけでなく、正常抗原に対しても反応が拡大し、UV照射を受けていないガンに対してもキラー細胞が誘導できることを示している。もともとUV照射はランダムに変異を誘導することから、ネオ抗原を持つ細胞の比率はバラバラで、ネオ抗原だけに免疫が成立しても、ネオ抗原を持たない腫瘍が増殖してしまうが、epitope spreadingが起これば、全てのガンを殺す可能性が出てくる。

メラノーマの場合はUV照射は選択肢だが、他のガンの場合に使える方法を開発する目的で、最後にablative fractional photothermolysisと呼ばれる、簡単に言えばレーザーで焼き切る方法で腫瘍の一部を壊して抗原を吐き出させると共に、TLR7を刺激する薬剤で自然免疫を高めることで、腫瘍抗原に対する免疫反応からepitope spreadingが起こって、ガンを治療できるか調べている。

結果は期待通りで、複数のガンが存在するセッティングで、一つの場所でこの処理を行い、ICI を行うと、他の場所に存在するガンも消失する。実際、正常抗原に対するキラー細胞も誘導されており、epitope spreadingが起こったことを示している。

他にもいろいろ実験が行われているが、以上が主要な結果で、epitope spreadingはICIがfirst lineの治療になったとき、効果のある患者さんを増やすために、切り札になる可能性を示している。

少し余談になるが、ワクチンには必ず必要な自然免疫の活性化により、ひょっとしたらepitope spreadingが起こって、後々自己免疫病が発症しないかは、免疫学者の頭をよぎったことは間違いない、もちろんRNAワクチンの場合、そのことは考慮済みで、自然免疫にキャッチされないmψ1という人工核酸をウリジンの代わりに用いて自然免疫を抑える工夫が行われている。

面白いことに、このRNAワクチンで話題のビオンテックは今年7月NatureにICIの効かなくなったメラノーマ患者さんに、4種類の正常色素細胞が発現する抗原のRNAを導入して、ICIの効果を半分の患者さんに誘導できたという論文を発表した。

このとき使われたのは、人工核酸ではなく、ウリジンを持つ自然のRNAで、これが強い自然免疫を誘導することで、ガン免疫を再度復活させることができた。この結果は、ビオンテックがこの分野でノウハウを蓄積した優れた会社であることを示すと共に、epitope spreadingを人工的にRNAワクチンで起こせること、さらに必要に応じて自然免疫を起こすことが強い免疫には必要なことを示している。

効果と副反応は表裏一体で、どちらかだけをみて何かを結論する愚だけはマスメディアも避けてほしいと思うし、RNAテクノロジーの歴史を勉強しないで、このワクチンについて語るのもやめてほしいとつくづく思う。このHPでは2017年からビオンテックを紹介しているが(https://aasj.jp/news/watch/7088)、今や専門家も含めて日本国民がまだかまだかと首を長くして待っている技術の重要性は、とっくの昔にわかっていた。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月22日 肺がんのネオアジュバントチェックポイント治療(2月号 Nature Medicine 他)

2021年2月22日
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チェックポイント治療はメラノーマや肺ガンのように遺伝子変異が多いガンから認可され、徐々に適応が広がってきた。同じように、ネオアジュバント治療も、メラノーマで始まり、大規模治験は肺ガンへと拡大されてきている。そこで今日は肺ガン、特に非小細胞性肺ガン (NSCLC)治療をまずチェックポイント治療から始める治験について、最近の論文から紹介したい。

まずネオアジュバント治療ではないが、化学療法とチェックポイント治療を比べた治験がスペインとトルコからThe Lancet OncologyとThe Lancetに発表されている。NSCLCの中でガンのドライバー遺伝子が特定できたものは標的薬で治療できるが、それ以外の予後はよくない。これらの論文では、ドライバー遺伝子が見つからなかったNSCLC患者さんを、PD-1+CTLA4を合わせたチェックポイント治療と、従来の化学療法とに振り分けて、それぞれ約三年近く観察し、いずれの論文もチェックポイント治療の方が生存期間が長いことを示している。この結果は、今後我が国でもステージの進んだ肺ガン治療は、チェックポイント治療から始めるようになることは間違いない。

ただ我が国で一般的に行われているように、薬剤としてはPD-1だけでいいのか、あるいはPD-1+CTLA4の併用でいくのかが問題になるが、副作用の問題を除くと、両者併用が優れていることを示唆するのが、チェックポイント治療をネオアジュバント治療に用いたテキサス大学からの論文だ。タイトルは「Neoadjuvant nivolumab or nivolumab plus ipilimumab in operable non-small cell lung cancer: the phase 2 randomized NEOSTAR trial (手術可能な非症細胞性肺ガンのネオアジュバント治療としてのnivolumab単独、あるいはnivolmab+ipilimumabの比較:第2相NEOSTART無作為化治験)。

タイトルにあるように、この研究はStageIからIIIまでのともかく手術可能な症例を集め、手術前にPD-1抗体単独、あるいはPD-1+CTLA4抗体併用を2週間に1回投与、3回投与した後手術を行うというスケジュールで治験を行っている。普通の治療より間隔も短いからかもしれないが、自己免疫性の副作用は避けられず、ネオアジュバント治療中1人は肺の炎症により入院している。最終的に、単独23例、併用21例が治験を終えている。

この研究でstageを広く取っているのは、手術サンプルを調べて、効果を病理的に調べることが主目的になっているからで、生存率で評価した場合、手術可能症例ということもあり、30ヶ月時点では大きな違いはない。

しかし、切除標本の病理所見は、両者で大きく異なり、ガンの縮小率、そして局所へのT細胞の浸潤という点では、PD-1+CTLA4併用療法が明らかに優れていることを示している。 T細胞受容体についても調べており、治療により腫瘍内のT細胞受容体の多様性が上昇すると同時に、クローン性増殖も認められるが、この指標でもやはり併用療法の方が効果が高いことを示している。

以上の結果は、昨日のメラノーマと同じで、ネオアジュバント治療には、副作用は上昇するが、PD-1とCTLA4に対する抗体を併用するのが最も効果的だという結論になる。メラノーマでは、ネオアジュバントで効果があったかどうかが、手術とは無関係に予後を作用することになったが、肺ガンでは、ネオアジュバントの効果が、手術後の成績にも反映されるのか、もう少し待つ必要があるだろう。

このように、ガンになったらまず免疫療法という方向性が定着するような予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月21日 PD-1抗体を用いたネオアジュバント治療(2月号 Nature Medicine 掲載論文)

2021年2月21日
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私が現役の頃は、ガンに対する最も信頼おける治療法は外科手術で、それがうまくいかない場合に放射線や化学療法を行なっていた。しかし、乳ガンを中心に、転移の存在が想定されるステージでは、外科手術だけでは再発が避けられないことがわかり、これまで外科を助ける目的で行われてきた放射線や化学療法を、外科手術の前に持ってくるというネオアジュバント治療が、長期的効果を得るための定番になってきた。

そして最近になって、これまでの治療法に加えて、PD-1やCTLA4を標的とした免疫チェックポイント治療が新たな治療として登場し、これまでの方法では治療が叶わなかった患者さんの治療に使われ、大成功を収めた。とすると、これだけ効果のあるチェックポイント治療を、外科療法や化学療法の前に使う方がいいのではと考えるのは当然で、特に外科療法の前にチェックポイント治療を持ってくる方法の可能性が調べられ始め、このHPでも2回チェックポイント治療をネオアジュバント治療に使った臨床研究について紹介した(https://aasj.jp/news/watch/12797、https://aasj.jp/news/watch/9787)。

治療する医師の側からみると、ネオアジュバント・チェックポイント治療には大きなメリットがある。まず、ガン免疫が成立しているかどうかが先にわかる。そして、チェックポイント治療の結果を、切除した標本で確かめることができ、この治療を阻む問題についても解析できる。ただ、それ自体がどれほど効果があるのかについては、これまでより大規模な研究が行われており、間違いなく今後のガン治療が大きく変わるという結果が示されつつある。

実際2021年に入ってからもすでに57の論文が発表されているので、気になる論文を順に紹介することにした。最初はNature Medicine2月号に発表されたシドニー大学を幹事とする国際共同治験結果を紹介する。タイトルは「Pathological response and survival with neoadjuvant therapy in melanoma: a pooled analysis from the International Neoadjuvant Melanoma Consortium (INMC)(メラノーマのネオアジュバント治療に対する病理的臨床的効果:国際コンソーシアム参加施設でプールした成績)」だ。

この研究ではStage III B or Cで最初から転移が予想されるメラノーマ患者さん192例を、PD-1+CTLA4抗体、PD−1抗体のみ、そしてBRAF変異のあるケースは標的薬をネオアジュバントとして用い、その後腫瘍を摘出し、腫瘍で認められる病理的初見と、その後の予後について調べている。効果を病理で確かめ、その後の臨床経過と相関させる、まさに、ネオアジュバント治療のメリットを利用するものだ。

まず切除腫瘍から判断する病理的効果だが、標的治療の方がcomplete responseとしては成績がいいが、near complete responseを入れると、免疫治療の方が良い。面白いことに、標的治療のcomplete response はall or noneでnear completeというのがない。これはガンそのものに標的薬が聞くかどうかが問題で、免疫治療でのガン障害とは様相が大きく異なることがわかる。

重要なことは、ネオアジュバント免疫治療を行う場合、PD-1とCTLA4両方に対して抗体を持ちる方が圧倒的に成績がいい点で、病理的反応性の頻度はPD-1単独25%に対し、なんと63%に及ぶ。

そして期待通り、ネオアジュバント治療に対する反応が、完全に将来を予測できる。すなわち、二年目の生存率で見ると、病理的にcomplete responseが見られた患者さんでは89%が再発がないのに、最初に反応しなかった患者さんでは50%再発する。予後に関していうと、complete responseもnear complete responseも差がない。

さらにcomplete response群、及び反応が悪かった群でも標的薬よりチェックポイント治療の方がはるかに成績がいい。

以上の結果から、メラノーマ進行例で手術可能な場合は、PD-1とCTLA4を組み合わせたチェックポイント治療を行なった後、手術というのが一番良いという結果になっている。

明日は同じNature Medicineに掲載された肺がんの治療について紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月20日 新しいガン免疫チェックポイント分子(3月4日発行 Cell 掲載論文)

2021年2月20日
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何度も繰り返してきたが、個々の細胞ごとに遺伝子発現を調べることができるsingle cell RNAseqの技術は、生命科学一般に大きな影響を与えたが、とりわけ人間を用いる医学研究へのインパクトは大きく、新しい発見を続々もたらしている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、最も悪性の腫瘍の一つグリオブラストーマに対する免疫反応細胞を、腫瘍に浸潤するリンパ球のsingle cell RNAseq(scRNAseq)を用いて調べ、新しいチェックポイント分子を見つけたという研究で、3月4日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Inhibitory CD161 receptor identified in glioma-infiltrating T cells by single-cell analysis(グリオーマに浸潤しているT細胞のsingle cell解析により抑制性のCD161受容体が発見された)」だ。

この研究ではグリオブラストーマと、IDH変異を持つグリオーマに分けて、手術サンプルから浸潤しているT細胞を分離、得られたT細胞のscRNAseqを行い、ガンに対する免疫状態を調べている。

まずはっきりしたのは、ガンに対する免疫成立を示唆するリンパ球のセットが全て腫瘍組織に存在すること、またグリオブラストーマではより強いストレスが免疫細胞にかかっていること、そしてグリオブラストーマに対してはより強い免疫T細胞が浸潤していることがわかった。

これだけなら、なるほどグリオーマにも免疫が成立しているという結論で終わるのだが、不思議なことに浸潤したT細胞がT細胞受容体とともにNK細胞受容体を発現しており、しかもNK受容体を発現している細胞ほど、キラー活性に関わる遺伝子発現が高いことを発見した。

そこでNK受容体が誘導される条件について調べるため、T細胞受容体からクローン増殖しているT細胞と、増殖していないT細胞に分けてNK受容体の発言を調べると、T細胞受容体依存的に増殖している細胞ほどNK受容体の一つ、KLRB1(CD161)の発現が高いことが明らかになった。

CD161は、CLEC2D分子を認識し、PD-1と同じようなチェックポイント分子として働くことがわかっている。すなわち、CDC161が増殖細胞に強く発現するということは、増殖を抑えるチェックポイント阻害がかかっている可能性を示唆している。

グリーマ組織ではCD161のリガンドCLEC2D分子は、グリオーマ自体と、浸潤している樹状細胞などの骨髄級で発現が見られることから、PD-1とPD-L1とよく似た発現パターンを示している。そこで最後に、CD161がチェックポイント分子としてガン免疫を阻害しているのか調べるために、末梢血のCD161陽性細胞を分離、このT細胞からCD161遺伝子をノックアウトし、そこに腫瘍特異的T細胞受容体遺伝子を導入して、グリオーマに対するキラー活性を調べるという凝った実験を行い、CD161ノックアウトすることでキラー活性が2倍上昇することを示している。また、この効果をヒト化した免疫系を持つマウスグリオブラストーマモデルで生体内でも確かめている。

最後に、他のガンでも同じようにCD161が発現しているかも確かめ、ほぼ同じような遺伝子発現パターンを持つT細胞が複数の種類の腫瘍にも認められることを示している。

以上が結果で、ほぼ全ての実験を人間の細胞を用いて行っていることから、実際の臨床に移しやすい結果だと思う。結果を見る限り、PD-1/PD-L1ほどの効果があるとはいえないが、グリオブラストーマの悪性度を考えると、ぜひ突き詰めていって欲しいと思う。

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2月19日 100万年以上前のマンモスゲノムを解読する(2月17日 Natureオンライン掲載論文)

2021年2月19日
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マンモスというと、大きな牙と長い毛を持つ毛長マンモスのイメージが定着しているが、実際にはアフリカで最初発生し、その後いくつかの種に分かれ、寒い環境に適応して毛長マンモスになったと考えられている。さらにアメリカで発見されたコロンビアマンモスは、ユーラシアから移動した毛長マンモスの子孫が、より暖かい環境に再適応して短い毛になったと考えられている。

もちろんマンモスはホモサピエンスともオーバーラップして存在しており、これらマンモスのゲノム研究も進んでいるが、コロンビアマンモスのゲノムの解釈には、さらに古い時代のマンモスゲノムの解読が必要だった。

今日紹介するスウェーデン自然博物館研究所からの論文は、なんとこれまで解読されたゲノムの中では最古、100万年以上前のマンモスゲノムを解読し、コロンビアマンモスの系統を明確にした研究で2月17日号のNatureに掲載された。タイトルは「Million-year-old DNA sheds light on the genomic history of mammoths(100万年前のDNAがマンモスのゲノムの歴史を明らかにした)」、で堂々と世界記録をうたっている。

これまで解読された最も古いゲノムは50万年前後で、だいたいこれが限界かと考えられてきた。方法を読む限り特に大きな方法の変化があったわけではないが、35b以上の断片のみいくつかの改良を合わせて、シベリアから出土した、地質年代で100万年前後のマンモス化石の歯からDNAを調整、ミトコンドリアに関しては完全に、核内DNAに関しては、5千万、9億、36億塩基対の解読に成功している。

シベリアの低温で化学的変化が抑えられていたとはいえ、100万年前のゲノムを解読したというのがこの研究のハイライトで、実際得られたミトコンドリアDNAの配列から計算される年代は、それぞれ165万年、134万年、87万年、核内ゲノムの解読が高いレベルで行えた2匹については、核内ゲノムでの年代測定も行い、128万年、82万年といずれも記録レベルであることを示している。

さらに重要なのは、今回解読された2種類は、これまで特定されていた系統群からかなり離れ、一種は毛長マンモスとは250万年前後に分離していることがわかる。

このように新しい系統群が見つかったことでわかった最も重要な発見は、これまで系統関係がはっきりしなかったコロンビアマンモスが、今回発見された新しい系統群と、毛長マンモス系統群が一度交雑してできた雑種由来であることがわかったことだ。実際それぞれのゲノムがほぼ半々で混ざっている。

さらに、今回発見された系統群では、低温適応に必要な毛長マンモスが進化させたTRPV3遺伝子の4種類のアミノ酸置換のうち、2種類しか有していない点で、おそらくシベリア出土とはいえ、低温適応途上の系統群であったと推察できる。

結果は以上で、マンモス分類学にとって重要な発見というだけでなく、より古いDNAの解析が可能かもしれないことを示した意味は大きい。ミトコンドリアについては解読が行われ出した直立原人までゲノム研究が広がれば、アフリカでの人類誕生の謎に光が当たること間違い無い。期待したい。

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2月18日 RNAウイルスから我々を守るネアンデルタール人のレガシー(2月15日 米国アカデミー紀要オンライン 掲載論文)

2021年2月18日
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昨年10月、ネアンデルタール人ゲノム解読を成し遂げたペーボさんたちは、Covid-19による重症化リスクに関わるゲノム多型の一つがネアンデルタール人由来であることを証明した衝撃的論文をNatureに発表した(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/13992)。実際、この論文は多くのメディアで取り上げられた。このとき、ゲノム人類学者としてCovid-19理解に貢献したいと思うペーボさんの気持ちが伝わってくる気がすると述べたが、その後もCovid-19とネアンデルタール人遺伝子との関りについて研究を続けていたようで、今度はCovid-19から我々を守ってくれるネアンデルタール人のレガシーを発見し、2月15日米国アカデミー紀要にオンライン発表している。タイトルは「A genomic region associated with protection against severe COVID-19 is inherited from Neandertals(ネアンデルタール人から受け継いだCovid-19重症化から守るゲノム領域)」だ。

研究手法は前回と同じで、Covid-19患者さんのゲノム研究から明らかになった遺伝子多型の中から、アフリカ人には全く存在せず、ネアンデルタール人には存在する多型を探し出し、見つかると発見された領域が本当にネアンデルタール人由来かどうかを様々な方法で検証している。

こうして今回見つかったのが12番染色体上の75kbの長さの領域で、現代人に流入後、全くランダムに組み換えを繰り返した場合に想定される最長のネアンデルタール人由来ゲノムの長さ16.3Kbを遥かに超えているので、環境による選択圧がかかって維持されてきたと考えられる。

前回と異なり、ネアンデルタール人由来多型を持っている人は、集中治療が必要になる率が2割程度下がる。すなわち、この多型を持っていると、重症化しにくい。

さらに、前回と違いこの多型の領域にOAS1-3の3つの同じ機能を持つ遺伝子が存在しており、これらはインターフェロンや二重鎖RNAにより誘導され、RNAを分解する酵素を活性化し、二重鎖RNAを分解するという、まさにRNAウイルスの防御に関わる遺伝子であることがわかった。

しかも、ウイルス感染でのOAS変異の役割についての研究が行われており、ネアンデルタール型スプライシングにより形成される分子が、通常型より高い酵素活性を持つことが明らかになっている。

さらに、OAS1のネアンデルタール型のミスセンス変異がSARSに対する抵抗性を付与することも、小規模な研究だがすでに報告されている。

以上のように、今回見つかったネアンデルタール型多型は、ドンピシャでRNAウイルスに対する防御機構がネアンデルタール人から受け継がれ、現在も維持され、今回のコロナ禍で人類を守ってくれていることが明らかにした。

最後にペーボさんは、これまで調べられた様々な時代のホモサピエンスのゲノムを調べ、時代とともにこの多型の頻度が上昇し、現在ユーラシア全土で2−3割の割合で広がっていることを示し、人類がこの遺産を使って生き延びてきたことを示している。

前回以上に楽しんだ論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月17日 新型コロナウイルスRNAの構造解析(2月9日 Cell オンライン掲載論文)

2021年2月17日
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Covid-19に対する基礎研究も、ある程度落ち着きを見せてきている。ウイルスに対する免疫機能や、重症化についての論文の数は増えているが、例えば夏前に読んだ論文と比べて驚く結果が続々という印象はない。一種の安定期に入ったと言えるのかもしれない。しかし、これまで期待してきたウイルスプロテアーゼなどに対する薬剤の開発はまだまだだし、次々世代型のワクチン開発なども、このような安定期から生まれるような気がする。

今日紹介する中国北京清華大学からの論文は、じっくり腰をすえて新型コロナウイルスのRNAの2次元構造を明らかにし、新しい治療法の開発へ道を開く、ウイルスを調べ尽くすという意味では重要な研究で、様々な分野の専門家がこのウイルスにチャレンジしていることを実感させてくれる。タイトルは「In vivo structural characterization of the SARS-CoV-2 RNA genome identifies host proteins vulnerable to repurposed drugs(SARS-CoV-2 RNAゲノムの細胞内での構造的解析は既存薬に感受性のホスト分子を明らかにする)」で、2月9日Cell にオンライン掲載された。

細胞内のRNAはよく教科書に出てくるように一本の伸びた鎖の形で存在するわけではない。実際には、相補的部分で結合しあうことで、複雑な3次元構造を形成している。そして、この3次元構造がホストの様々な分子と相互作用するのに重要な働きをする。このことは、クリスパーのガイドRNAの構造とCas9の相互作用を考えてもらうとわかるのではないだろうか。

この研究では、icSHAPEと呼ばれる約5年前に発表された方法を用いて、細胞中に存在するRNAの2次元構造を決めている。RNAはステムループと呼ばれる相補的二重鎖構造とその間の一本鎖構造が入り混じった構築をとるが、icSHAPでは細胞内のRNAの一本鎖部分にNAI-N3と呼ばれる化合物でラベルを入れ、細胞外に取り出してからビオチンへと変換、この位置で逆転写酵素の転写が止まることを利用して、一種のchain terminationのような過程で発生する逆転写されたDNA配列を読み取ると、RNAの1本鎖部分と2本鎖部分がマッピングできるという原理を用いている。

原理はわかるが、データから正確にRNAの2次構造を再構成するには、ソフトウエアだけでなくインフォーマティックスの能力が必要だろう。この研究では他にも多くのインフォーマティックスが駆使されており、能力の高さを窺わせる。また、細胞内だけでなく、細胞内から回収したRNAに試験管内で構造化させて比べるという念の入れようだ。いずれにせよ、CoV-2全長及び、派生した翻訳に関わる部分RNAの全2次元構造が決定された。

このような研究はこれまで発表されたことがないとすると、いくら複雑だといっても今ようやく発表されたということは、ほとんどチャレンジしようという研究室がなかったのではと推察する。

では、このように構造が明らかになって何がわかるのか?

  • コロナウイルス共通の構造が明らかになり、ウイルス進化を考える上で、重要な情報となる。
  • 全長から翻訳のために派生した部分RNA構造と、翻訳の効率の相関が明らかになった。
  • 二重鎖構造を取らないRNA部分が明らかになり、アンチセンスRNAを設計しやすくなった。
  • ウイルスRNAに結合するホスト分子をインフォーマティックスで42種類予想することができた。またこの予想に基づき合成したタンパク質の多くは、ウイルスRNAに結合した。このうちの一部は、薬剤によりRNAとの結合を阻害することで、ウイルスの増殖を抑えることができた。
  • 構造化されたウイルスRNAの活性には構造をほどくヘリカーゼが必要だが、ウイルス自体のヘリカーゼ以外に、ホスト側のDDX42をハイジャックして使っていることがわかった。このヘリカーゼは、ガンに用いられているnilotinibやsorafenibのようなキナーゼ阻害剤によりATP結合が阻害されるが、実際ウイルスの増殖をこれらの薬剤で抑えることができる。

などを明らかにしている。今後、ウイルス由来タンパク質だけでなく、ウイルスRNAとそれに結合するホストタンパク質を含む大きな枠組みで感染を捉えることができるだろう。

私自身、細胞の中のRNAの構造を決定することができるようになっているとは夢にも考えていなかったので、きわめて新鮮な気持ちで読めた。

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2月15日 脳のファイブロブラスト(Nature Neuroscience 2月号掲載論文)

2021年2月15日
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ファイブロブラストは身体中に散らばって存在しており、傷口の修復に関わるだけでなく、炎症に伴う線維化による瘢痕形成の主役だ。一般の人なら、当然脳にもファイブロブラストが存在して、他の組織と同じ様な働きをしていると考えるのが普通だ。事実、卒中で神経が失われた空隙と脳組織の間には瘢痕ができているし、炎症が起こるとコラーゲンが沈着する。

ただ、少し脳のことを習うと、脳にはファイブロブラストはいないと思ってしまう。確かに、脳組織を描いた組織図譜には線維芽細胞はほとんど記載されていないし、何よりも私も2018年6月の論文紹介で「脳には間質の中心となる線維芽細胞が存在しない」などと口走ってしまっていた(https://aasj.jp/news/watch/8550)。

しかし、これは勝手な思い込みで、今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、脳にも髄膜周囲に線維芽細胞がちゃんと存在し、脳の炎症が起こるとそこから移動してきて線維化が誘導されることを示した研究で2月号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「CNS fibroblasts form a fibrotic scar in response to immune cell infiltration (中枢神経系に存在するファイブロブラストが免疫細胞の浸潤に反応して線維性瘢痕を形成する)」だ。

この研究では、マウス多発性硬化症の実験モデルで、脳に炎症細胞を浸潤させ、それに対する組織反応で出てくるコラーゲン合成細胞を追跡している。まず、様々な細胞マーカーで調べると、PDGFRα/β共に陽性のまさにファイブロブラストがコラーゲンを作っている。

次に、様々な細胞系列をラベルする実験を行い、炎症部位の線維化に関わる細胞の系列を調べると、アストロサイトは言うに及ばず、これまで考えられていた様に血管周囲の平滑筋由来でもなく、正常時にコラーゲンを発現しているまさにファイブロブラスト由来であることを確認している。

さらに、正常時及び炎症時に脊髄に存在するコラーゲン陽性細胞をsingle cell RNA seqで調べ、そのほとんどが細胞系列としては全てファイブロブラストと定義できることを確認している。

最後に、コラーゲンを発現している細胞を遺伝的に導入したチミジンキナーゼを用いて除去する実験を行い、ファイブロブラストの移動と増殖を抑えると、線維化が抑制され、炎症組織にグリア細胞が集まりやすくなっていることを示している。すなわち、ミエリンを修復する細胞が集まりやすくなってはいるのだが、実際のミエリン化は進んでいない。従って、ファイブロブラストの増生を抑制することは重要だが、さらに正常のミエリン修復を高めるには壁が残っていることを示している。

最後に、炎症時にファイブロブラストがインターフェロンγ受容体を強く発現していることに着目し、インターフェロンγを炎症時に抑制すると、線維化を抑えることができるので、神経炎症でファイブロブラストの活性を調節する主役は、免疫細胞由来のインターフェロンγではないかと結論している。

結果は以上で、脳内での炎症に、繊維化を抑制するため開発された様々な方法や、インターフェロンγシグナル阻害が利用できる可能性を示唆している。しかしなんといってもこの研究は、私の先入観を完全に取り去ってくれた。

脳にはリンパ管もあるし、ファイブロブラストもある。

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2月14日 骨髄全体の組織構成を理解する:組織学の必要性(2月8日 Nature オンライン掲載論文)

2021年2月14日
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造血研究は、コロニー法やFACSによる細胞学など多くのテクノロジーをいち早く実現化して、毎日起こっている造血幹細胞から分化細胞への階層的プロセスを明らかにしてきた。ただ、最大の問題は、研究のほとんどがバラバラの細胞についての細胞学的研究にとどまり、組織学的研究はほとんど使われてこなかった。確かに、未熟幹細胞など特定の細胞に的を絞ってピンポイントで組織学的局在を調べることが行われてはいるが、階層全体の中でそれを位置付けることはできていない。これは骨髄が骨に閉じ込められ、しかも壊れやすいため、全体を見たい時に使われるwhole mountでの観察が難しかったためだ。

今日紹介するシンシナティ医療センターからの論文は様々な工夫を凝らして、骨髄組織のwhole mount解析に成功したと言う話で、長年造血に関わってきた人間としては美しいの言葉でしか表せない研究だ。タイトルは「In situ mapping identifies distinct vascular niches for myelopoiesis (骨髄球のin situマッピングにより骨髄球造血の異なる血管ニッチが特定された)」だ。

要するに骨髄全体をWhole mount 免疫染色ができたと言う話だが、この分野を理解する者からみると、いくつか成功の鍵がわかる。

まずマウス骨髄というとすぐ大腿骨を考えてしまうのだが、骨が厚くて割るときに組織が破壊される。これに代えてこの研究では胸骨を用いている。人間では骨髄採取する部位なのだが、マウスでは小さすぎて骨髄細胞採取という意味では役に立たない。しかし、Whole mount 免疫染色という点では素晴らしい着眼点だと思う。

もう一つは、造血については様々なマーカーがわかっているので、どうしても骨髄幹細胞からの全ての階層を見たいと思ってしまう。この研究では、焦点をwhole mountが可能かに絞っているため、欲を出さずに骨髄球、すなわち顆粒球、マクロファージ、樹状細胞の分化に限定して調べることで、わかりやすい結論になっている。もちろん同じ手法は今後、他の細胞系列や未熟幹細胞の研究に用いられるだろうが、顆粒球だけでも十分面白かった。また、組織所見を定量化するために、分化段階の異なる細胞同士の距離を示すなど、データ表示も工夫されており、さすが組織学者と思わせる。

結果は膨大なので、面白いと思った結論だけピックアップしておく。できれば論文を見ていただいて、組織写真だけでも眺めてもらうだけでいいと思う。要するに、骨髄のwhole mountができる様になった。

結論だが、

  • 顆粒球系の造血は、骨髄幹細胞造血場所とは全く離れて、それぞれの系列へ分化した前駆細胞が別のニッチに到達して始まる。
  • それぞれのニッチには、別の場所で作られた前駆細胞が持続的にリクルートされる。
  • 顆粒球系、単球系、樹状細胞系の増殖分化は別々のニッチに支持されており、単球、樹状細胞の増殖分化はCSF-1発現の血管内皮が存在する場所で起こる。
  • 通常、それぞれの前駆細胞由来クローン数は少ないが、感染が起こるとそれぞれのニッチでの前駆細胞の自己再生が高まる。これにより、顆粒球系が刺激依存的に末梢にリクルートされる。

個人的に気になったのは、上に述べたが、他にの面白い話は多いと思う。今後、同じ方法でより未熟な幹細胞が調べられるだろうし、さらに骨髄抑制や白血病など様々な条件がwhole mountで調べられるだろう。個人的意見だが、大きな貢献だと思う。

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