12月9日 ウイルス感染検査の将来(11月25日 Cell  オンライン掲載論文)
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12月9日 ウイルス感染検査の将来(11月25日 Cell オンライン掲載論文)

2020年12月9日
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新型コロナウイルス(covid-19)感染が始まった頃、メディアやSNSで続いた最も熱い議論は「PCR検査をもっと拡大すべきか」、そして「マスクは必要か」だった。賛成・反対どちらの意見にも理由があったと思うが、結局検査もマスクも現在の感染状況に立ち向かうための必須の条件となっている。ただ、現在必須アイテムになったからと言って、将来はわからない。マスクはコストという面で置き換えは難しい気がするが、上気道にスプレーして感染を防ぐ方法は様々な方法が現在開発中だ。例えばナノボディーを使う方法は、大腸菌で抗体を作れることから価格も抑えられるだろう。顰蹙を買った吉村知事のヨードによるうがいも、他人に感染させないという点では意味がある(実際歯科医のガイドラインは患者さんにオーラルリンスをお願いすることで、医師の感染機会を減らすことを推奨している)。おそらく「自分のことだけ考えず、周りの人を感染させない、人を思いやる気持ちを持ちましょう」とでも言っておれば、称賛されたと思う。

同じことは現在検査のスタンダードになっているPCRでも言えるだろう。PCRは今も遺伝子配列が明らかな病原体に対する感度の高い検査方法だが、定量性、機器、検査時間など、問題は多い。よく、陽性者の8割しか診断できないPCRは社会政策上問題があるという意見を述べる人がいるが、「だからPCRが必要ない」ではなく、「まだまだ改良すべき点が多い」と問題を指摘するのが筋だ。最近抗原検査が行われるようになってきたが、この検査には良い抗体が必要で、パンデミック初期にはまず利用できない。

その意味で、PCR検査に代わる新しい核酸検査の開発は必要で、我が国も備えが必要だと思う。時間短縮や機器の必要性の問題で言えば以前紹介したLAMP法もあり、事実検査として利用できるところまで来ていると思うが、これも遺伝子を増幅するという点では定量性の問題がある。

これに対しこれまで何度も紹介した(https://aasj.jp/news/watch/6731)、(https://aasj.jp/news/watch/12887)、特異的なガイドRNAを認識すると、一本鎖RNAやDNAを配列に関係なく切断するCas12やCas13を用いたクリスパー検査法は将来性が高いと思う。事実、Gootenbergにより開発されたSHERLOCKはFDAに検査として認可され、現在では核酸抽出プロセスの必要ないバージョンSHINEが完成している。

この方法の利点は、ガイドRNAさえうまく設計すれば、あとはCas13DNA切断酵素の量がそのままガイド/ウイルスRNAの量を反映できるので、定量性が高い点だ。残念ながら、SHERLOCKにはウイルスRNAをリニアに増幅するプロセスが入っているが、今後同じウイルス配列から設計されるガイドの数を増やせば感度も上げることが可能になる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、全く増幅なしに複数のガイドRNAを組み合わせることで、定量的にCov2コピー数を検出する検査方法の開発で11月25日Cellにプレプルーフ版が出版された。タイトルは「Amplification-free detection of SARS-CoV-2 with CRISPR-Cas13a and mobile phone microscopy (CRISPR-Cas13aとスマフォ顕微鏡を利用した増幅の必要のないSARS-CoV-2検査)」だ。

いかに将来重要だと言っても、この論文がCellに掲載されるというのは、著者にDoudnaさんが入っているのと、非常時だからかと思ってしまう研究で、特に目新しさはなく、一言で言うと各コンポーネントを至適化し、実際の患者さんのウイルス量を定量できるようにしたという結果だ。

原理としては、ガイドに結合するウイルスRNAの存在で活性化されるCas13aを、結合しているRNAが切断されると蛍光分子が発色する構造を持った基質で検出する。このとき、感度が上げるガイドの選択、ガイドの数、そしてoff targetの活性で偽陽性の防止法など検討し、現状のPCRを凌駕する感度を持ち、30分で判断できる検査に仕上げている。

これら反応液は素人でも使える形にできるので、最後に蛍光量を分光計を用いて測定する代わりに、スマフォに装着したスマフォ顕微鏡を用いて、測定が可能にして、将来は家庭でも診断が可能になると結論している。すなわち、PCR検査の問題、機器、時間、定量性、そして人手を一気に解決できるという話だ。

ただ、私がこの技術に注目するのは、これらの利点以上に、CRISPR-Cas12/13システムは、

  1. 配列さえわかれば同じプラットフォームですぐに検査キットを作成で、新しいパンデミックに備えられる、
  2. そして、一種類だけでなく、ガイドさえ増やせば、何十種類、何百種類のウイルスの存在をまとめて検査できる、

可能性を持っているからだ。

我が国でもすでに多くの投資がPCRに費やされたが、この投資に縛られると将来を失う。PCRは現在必要な投資として割り切って、将来のパンデミックや疫学に備える技術を我が国も今から準備することが重要だと思う。

今日はCRISPRを取り上げたが、他にもグラフェンを用いたバイオセンサーも開発されている(Alafeef et al, ACS NANO, https://dx.doi.org/10.1021/acsnano.0c06392)ので、CRISPRにこだわることもない。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月8日 サルがチキンレースゲームをしたら(11月23日号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2020年12月8日
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集団で狩をする動物は多いが、一見協力しているように見えても、基本は自己の欲望をドライブに、あとは周りの状況を見ながら個々にアタックを繰り返すことで相手を倒す。ただ、その後の獲物の分配については、力関係に基づくルールがある(狼の例:MacNulty DR, Tallian A, Stahler DR, Smith DW (2014) Influence of Group Size on the Success of Wolves Hunting Bison.
PLOS ONE 9(11): e112884. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0112884)。 面白いことに、このパターンは知能の発達したチンパンジーでも同じで、声を掛け合いながら獲物を追い詰めるように見えても、基本は自分の欲望に基づく自発的行動が集まっただけで、人間の狩のような役割分担が分化していないと考えられているようだ(例:Boesch and Bosche, Hunting behavior of wild chimpanzees in the Tai’ National Park, American Journal of Physical Anthropology 78:547, 1989)。

このようなサルの行動の脳機能を調べたのが、今日紹介するペンシルバニア大学からの論文で、行動の課題は結構複雑だが、生理学的には昔ながらのタングステンニードルを用いて目的の領域の神経を一個づつ記録する古典的手法を用いた研究だ。タイトルは「Neuronal correlates of strategic cooperation in monkeys(サルでの戦略的協力に対応する神経活動)」で、11月23日号のNature Neuroscienceに掲載された。

最近頭の動きが鈍ってきたせいか、脳研究で用いられる課題を理解するのに時間がかかるようになった。絵入りで説明されていても、なかなか飲み込めない。よくよく読んでみると、この研究で使われたのは、いわゆるチキンレースゲームと言える課題で、自分の車を走らせてゴールを目指すときに、相手が反対側のゴールを目指して疾走してくると、そのまま勇気を奮って突っ走るか、それとも避けるか、を決断する必要がある。もちろん実際の車ではなく、向かい合ったサルの間にモニターを置き、そこに現れるサークルをそれぞれの車と見立て、向こうにあるご褒美までそのサークルを動かして囲い込む。ただ、このサークルをコントロールするジョイスティックは前か左右にしか動かせないため、そのまま前に進むと相手とクラッシュする。このとき、クラッシュを恐れずそのまま褒美にありつくと、ジュースがたくさん飲める。ただ、クラッシュすると全くジュースは飲めない。いっぽう、衝突を避ける決断をした方は、相手と比べると量は少ないが少しジュースがもらえる。ただ普通のチキンレースと違い、両方が同じ方向に避けた場合は、両方に褒美のジュースが十分もらえるが、これは相手と行動が完全に一致する必要がある。

このようなチキンレースゲームを行わせながら、サルの視線を追いかけると、突っ走る、避ける、協力する判断の時に、相手の顔、行動、ゴール、サークルなど、どこから情報を集めて判断しているかがわかる。詳細を省いて結果を述べると、サルも最終的にどうすれば一番得するかを理解でき、そのために協力関係を結んで、同じ方向に車をむけて衝突を避けるようになる。そして、視線解析から、何か一つの要員で決めるのではなく、500msという短い間に様々な情報を集め総合していることがわかる。このパターンは、野外で観察される狩での協力関係のパターンに似ていると思う。

このとき、共感や情動に関わる前帯状皮質(ACC)および、相手をみて社会的関係の判断に必要な上側頭溝(STS)の神経細胞をそれぞれ500個前後記録して、視線や行動との相関を調べ、判断の神経プログラムを探っている。

結論としては、期待通り社会的判断に際し相手の顔を見ているときにSTSの神経細胞が興奮する割合が多いが、しかしACCにも同じときに反応する神経細胞があり、それぞれ協力関係を成立させ他ときに反応することなど、相手の行動判断(例えばselfish, cooperative)ごとに異なる神経が興奮する。そして、例えば協力すると判断した時興奮した神経細胞は、その結果ジュースにありついたときにも強く興奮する。要するに、判断に関わるそれぞれの情報に対応して興奮する神経が存在し、それが組み合わさって(例えば協力するときは顔に反応する神経)一つの戦略を決めているという結論だ。

結構大変な実験だが、わかりやすい結論に絞れたわけではなく、意地悪く言ってしまうと複雑な行動の神経支配は複雑だと言っておしまいになっている感がある。とはいえ、この課題で見る限り、サルの判断は生きたサルが相手でも、人形や、モニター上のサルが相手でも変わらないという結果は興味深い。すなわち、現実とバーチャルが区別できていない。 神経科学的には何も結論できなかったが、行動科学的には興味深い研究だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月7日 動脈硬化に対する自己治癒機構がある?(12月2日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年12月7日
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動脈硬化を炎症の観点で見直すことの重要性は、ハーバード大学のPeter Libbyらにより指摘されたように思うが、その後外因ではなく、内因性の炎症が糖尿病や肥満を始め、アルツハイマー病まで多くの慢性疾患の病理を決める重要な要因になっていることは広く認められるようになった。この背景には、炎症が全ての細胞で、根本的には同じメカニズムで誘導できることがわかってきたからだと思う。

当然内因性炎症は自然免疫と重なることから、動脈硬化症で免疫機能が高まっている可能性はある。今日紹介するスペインの心臓血管研究所からの論文は、動脈硬化で血管内にプラークができることで、自己抗体が誘導されるのではないかと構想して行われたのではないかと思える研究で12月2日Natureにオンライン出版された。タイトルは「ALDH4A1 is an atherosclerosis auto-antigen targeted by protective antibodies (ALDH4A1は動脈硬化症の自己抗原で抗体による治療標的になる)」だ。

先に述べたように、この研究では動脈硬化が進行すると内因性炎症により自己抗体が誘導されるのではないかという単純な構想に基づいて始められている。この可能性を調べるために、高脂肪食を与えたLDL受容体欠損マウス(動脈硬化マウス)のリンパ節を見てみると、胚中心形成が高まり、記憶B細胞や、T 細胞、プラズマ細胞が上昇しており、特異的免疫反応が進行しているとを発見する。

次に、胚中心に存在するB細胞の抗原特異性を調べる目的で、発現している抗体遺伝子を1700個のB細胞について調べると、クラススイッチという点では動脈硬化マウスでIgG2aへのスイッチが強く誘導されている以外は、特定の抗原に対して抗体ができていることを示唆する抗体遺伝子の偏りの証拠は出なかった。しかし、抗体遺伝子の突然変異の蓄積で見ると、動脈硬化マウスで明らかに蓄積が高まっているので、特定の抗原ではなく、動脈硬化巣で発現する様々な抗原に対して免疫が進行していることが示唆された。

そこで動脈硬化が進展しているマウスで繰り返し出現するクラスター抗体を56種類再構成し、動脈硬化巣を抗体染色すると、なんと32%の(正常マウスでは8%)の抗体が動脈硬化組織を染色することがわかり、動脈硬化巣由来の抗原が免疫誘導に関わることが示された。

最初の話はここまでで、動脈硬化組織に外来抗原が存在しないなら、動脈硬化は一種の自己抗体を誘導することが示された。このことをさらに明確に示すために、これらの抗体の中から動脈硬化組織に高い反応性を示すA12と名付けた抗体を選び出し、反応する抗原を探索して、ミトコンドリアでタンパク質の分解に関わるaldehyde dehydrogenase 4 A1(ALDH4A1)がその抗原であることを特定している。実際、正常マウスでもALDH4A1で免疫すると抗体を誘導することができることから、動脈硬化による炎症の結果細胞死が誘導され、遊離された抗原に対して自己抗体ができると結論している。事実動脈硬化患者さんでは血中ALDH4A1が上昇している。

これだけでも面白いと思うが、最後にこの自己抗体を動脈硬化マウスに12週間投与する実験を行い、血中ALDH4A1の上昇を抑えるだけでなく、コレステロールやLDLのレベルを低下させ、肝臓での脂肪代謝を改善し、その結果としてプラーク形成を抑えることを示している。

以上、動脈硬化が自己免疫を誘導するのではと探索を始めて、それを証明しただけでなく、動脈硬化の新しい治療標的を発見したという盛り沢山の論文になっている。しかし、もしALDH4A1に対する抗体産生が動脈硬化で高頻度に見られるとすると、自己抗体が動脈硬化の進行を抑えてくれていることになるはずだ。本当ならさらに面白い発見なので、是非人間でALDH4A1反応性B細胞を追跡してほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月6日 山中ファクターと細胞老化(12月2日 Nature オンライン掲載論文)

2020年12月6日
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山中4ファクターを導入して体細胞からiPSを作成する効率は、確かに老化細胞では低下することが知られているが、それでも一定の確率で誘導は可能だ。すなわち、老化により蓄積するエピジェネティックな変化を元に戻すことができたことになる。実際、老化のほとんどの変化はエピジェネティックな変化ととらえ、iPS技術をエピジェネティックなリプログラミング技術と捉えると、iPSを用いて細胞を若返らせられないか調べるのは当然の方向と言える。しかし生体内で山中ファクターを発現させ、若返りを誘導しようとすると、Myc遺伝子を抜いたとしても腫瘍性の増殖が誘導されることがわかり、若返りどころではなかった。

今日紹介するハーバード大学からの論文はアデノウイルスベクターと、テトラサイクリンによる遺伝子発現コントロールシステムを使って、視神経に焦点を絞って山中ファクターと実際の若返りとの関係を調べた研究で12月2日Nature にオンライン出版された。タイトルは「Reprogramming to recover youthful epigenetic information and restore vision(若いエピジェネティック情報をリプログラミングで回復することで視力も回復する)」だ。

この実験系では山中4因子のうちから主要誘導性の高いMycを除いたOct4, Sox2, Klf4の3因子をセットで発現できるようにしたベクターを用いて、視神経に遺伝子を導入し、テトラサイクリンを飲ませて遺伝子発現を調節して、3因子の効果を調べている。

テクノロジーの詳細は全て省いて結論だけをまとめると、

  1. 3因子を発現させると、視神経を障害したときの、再生能が高まる。
  2. 視神経が障害されると、メチル化パターンが大きく変化するが、3因子を発現させるとこの再生能の上昇と並行して、DNAのメチル化が元に戻る。
  3. この再生能の上昇は、Tet1、Tet2など脱メチル化酵素をノックアウトすると起こらないので、DNAメチル化を含むリプログラム依存的と考えられる。
  4. 物理的障害ではなく、ミクロ粒子を投与して眼圧を上昇させる緑内障モデルでも、同じように再生能を高め、実際、視力も回復させられる。
  5. 以上の実験で、障害を受けた視神経のメチル化パターンは老化神経のパターンに類似していることから、リプログラミングは老化マウスの神経機能改善にも役立つと考え、老化マウス視神経に3因子を4週間続けて発現させると、一種の動態視力検査が上昇する。そして、これらの改善に、DNAメチル化の変化が並行している。

になる。

要するに、山中ファクターによるリプログラミングもうまく利用すると、細胞の再生能だけでなく、エピジェネティックな変化により失われた機能改善に役立つことを示した論文で、特に見たり聞いたりする感覚機能の改善法の一つになるのではと期待する。

研究としては、転写レベルの詳しい結果がない点や、ヒストンコードについての検討がされていないことなど問題はあるが、視力の若返りの方向性として研究が進むような予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月5日  RNAワクチンが意外なほど強い免疫を誘導する理由(11月20日 Immunity オンライン掲載論文)

2020年12月5日
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私自身は当初RNAワクチンについては懐疑的だった。というのもRNAは体内ですぐに分解され持続的免疫が成立しにくく、またリポソームのほとんどが筋肉に取り込まれてしまって、うまくクラスIIが必要なヘルパー細胞への抗原提示ができないのではと考えたからだ。しかし実際使われてみると、2回注射の必要性はあるとしても、予想を遥かに超える効果が示されてきた(https://aasj.jp/news/watch/14336、最近の第3相についての報道)。

この時紹介した第1相の長期フォローアップについての報告がつい先日やはりThe New England Journal of Medicine に掲載され(図上)、

  1. 全ての人に中和抗体を誘導できるが、2回免疫プロトコルが必要なこと、
  2. 40日をピークに血中の抗体は下がり始めるが、低下の速度は予想外に遅く、119日目でも一定のレベルの抗体が見られる。
  3. 71歳以上の高齢者でも十分抗体は誘導され、長期間維持されるるが、全般に誘導される抗体価は低く、またばらつく傾向がある。

ことが示された。ほぼ4ヶ月抗体が検出されるというのはまさに予想外だ。

なぜ予想が外れたのかいろいろ調べてみると、私の勉強不足が予想の外れた原因で、以前紹介したようにRNAワクチンは長い科学的研究に裏打ちされていた(https://aasj.jp/news/watch/14336)。

この時紹介しなかったが、私の予想が全く間違っていた理由の一つは、筋肉注射したワクチンの多くがリンパ節に移行し、直接免疫系に取り込まれることを知らなかったからだ。サルを使った実験で、太腿に注射したRNAワクチンは、筋肉細胞内にトラップされるのではなく、なんと4時間後には鼠蹊部リンパ節に到達し、そこで樹状細胞などに取り込まれることが既に発表されている。

モデルナのワクチンの容量は100μgだが、この100μgのうちRNAの占める割合はどの程度だろうか、いずれにせよ全てが一つのタンパク質をコードするRNA だと考えると、驚くべき量のRNAがリンパ節に到達することになり、おそらく濾胞内の樹状細胞(Follicular dendritic cell)にも取り込まれ、そこでは抗原が長く維持される可能性がある。

この可能性を裏付けるpre-proof論文が11月20日、ペンシルバニア大学からImmunity にオンライン掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2 mRNA vaccines foster potent antigen-specific germinal center responses associated with neutralizing antibody generation (SARS-CoV2 mRNAワクチンは中和抗体産生につながる強い抗原特異的胚中心反応を培う)」だ。

この研究は同じスパイクタンパク質(モデルナやファイザーのスパイクとは少し配列が異なる)を一般的なアジュバントと組み合わせた組換えタンパク質ワクチンと、同じタンパク質をコードするmRNAワクチンをマウスの筋肉内に注射し、その後の抗体産生とともに、支配リンパ節での細胞反応を見ている。

驚いたことに、mRNA ワクチンを注射したときだけ、7日後に記憶免疫成立の鍵になる胚中心が出現し、アジュバントの性能の問題があるにせよ、タンパク質抗原では全く胚中心が誘導できない。また、胚中心には期待通り抗原と結合するB細胞が集まっている。以上の結果は、mRNAワクチンが予想外の抗体誘導の背景に、支配リンパ節で強い抗原特異的免疫反応誘導能があることを示している。また、これを反映してタンパク質を抗原とした時と比べ、遥かに高い中和抗体が誘導されることも確認される。

しかし胚中心反応自体は1−2週をピークとしてあとは低下する。しかし、これだけ強い胚中心反応が誘導できると、次の抗原により迅速に反応できる記憶B細胞が誘導されることで、実際記憶型のB細胞はRNAワクチンを注射したときだけリンパ節に誘導できる。また、次の反応にはTヘルパー細胞も必要だが、抗ウイルス活性に優れた抗体を作るときに重要なTh1型のヘルパーT細胞誘導についてもRNA ワクチンは遥かに優れている。

他にも様々な実験が行われているが、詳細はいいだろう。要するにB細胞、T細胞あらゆる点から見て、mRNAワクチンはタンパク質そのものを抗原とする場合と比べ、遥かに優れており、これは全てワクチンが速やかにリンパ節に移行し、強い胚中心反応を誘導するためだと結論している。もちろん、タンパク質抗原でも繰り返し抗原を注射すれば胚中心反応が誘導できるし、他のタイプのワクチンの中には、同じように強い胚中心反応を早期から誘導できるものもあるだろう。ただ、最初の予想を裏切って、今回RNA ワクチンがトップランナーになった理由がよく分かった気がする。

個人的には、リンパ節での反応の鍵になるのは、注射したRNAとそれを取り込む抗原提示力のある細胞、樹状細胞、follicular dendritic cell, そしてB細胞との関係だと思うが、注射したRNAとこれらの細胞との詳しい関係が明らかになると、より優れたワクチン設計のヒントになるように感じた。いずれにせよ、今回の新型コロナウイルスに限らず、ガンワクチンを考えても、RNAワクチンが重要なモダリティ〜になったことは確かだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月4日 アルツハイマー病をエンドゾームから見直す(11月25日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年12月4日
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遺伝的アルツハイマー病(AD)の研究から、アルツハイマー病は有名な、アミロイドβ、Tauだけでなく、シナプス形成分子、そしてミクログリア活性化分子など、様々な要因が絡み合う可能性が示唆されている。ただ、それぞれの要因がどのように絡み合うのかについては、ERストレスや、それにより誘導される炎症などが示唆され、現在研究中と言ったところだろう。ただ、ERストレスや炎症だけでは、例えばなぜAD患者さんの脳脊髄液でTauが上昇しているのかなど、説明できないことも多かった。

そんな中、アミロイドTau、シナプス、ミクログリアの変化を統一的に説明できると、急速に注目を集めているのがエンドゾームリサイクル機能異常仮説で、今日紹介するコロンビア大学からの論文は最初からこの仮説を検証することに焦点を当てた研究だ。タイトルは「Tau and other proteins found in Alzheimer’s disease spinal fluid are linked to retromer-mediated endosomal traffic in mice and humans(Tauや他のアルツハイマー病の脊髄液で検出される分子は、マウスやヒトでのレトロマーによるエンドゾーム輸送と関連づけられる)」だ。

ざくッと言ってしまうとエンドゾームは、細胞膜へ輸送されるリサイクル経路と、ゴルジ体へ輸送される逆行性経路に分かれるが、タイトルにあるレトロマーとは、この逆行性経路を指示するタンパク質複合体のことだ。最近注目されるADのエンドゾームリサイクル機能異常は、このリサイクルvs逆行のバランスが崩れることがAD状態の一つの表れだと考えているので、この研究ではVps35を神経細胞でノックアウトして、レトロマー形成を抑え、リサイクル経路を高めることで生じる脳脊髄液の変化を見ている。

すると、リサイクル経路が高まることで上昇するタンパク質の中に、アミロイドやアミロイド類似タンパク質のようなBACE1の基質分子が含まれることがわかった。すなわち、エンドゾームリサイクルによりBACE1の活性が高まる結果としてアミロイドやその他の気質の神経細胞からの分泌が起こることを確認している。

また、逆行経路を阻害した神経だけで分泌される分子を調べると、驚くことにTauが登場してきた。そして、レトロマー阻害により変化する神経変化に関わる分子から、鍵となる中核分子を計算してみると、なんとアミロイドとTauがトップ2に躍り出た。すなわち、逆行性のエンドゾーム輸送が何らかの原因で渋滞すると、ADの2大分子が両方脳脊髄液に分泌されるという結果を招くことが明らかになった。

もしこれが正しいとすると、BACE1の基質分子の脳脊髄液への分泌と、Tauの分泌が、人間でも見られるはずで、まず無症状の人で調べてみると、期待通り脳脊髄液のTauとBACE1基質APLP1やCHL1の分泌がほぼ完全に相関することを発見する。また、分泌量の測定を難しくする沈着したアミロイドプラーク量で補正すると、認知障害がで始めた人でも、脳脊髄液中のTauとAPLP1やCHL1との完全な相関が見られる。

さらに、ADを発症した人で見ると、分泌されるTauはリン酸化されており、また正常と比べると脳脊髄液中のAPLP1もCHL1もリン酸化Tauとともに上昇していることを発見する。すなわち、ADでは逆行性経路が何らかの原因で障害されていることが示唆された。

結果は以上で、レトロマーをノックアウトしたマウスの解析とADの解析を対応させて、エンドゾームリサイクル異常がADの様々な検査データの背景にあることを示した重要な結果だと思う。もともとエンドゾームは、シナプスでの神経伝達因子の活動や、ミクログリアの食作用など、これまでADの病態に関わる要因と直接の関わりを持っており、今後、エンドゾームリサイクルの視点から病態の再検討が進み、また様々な介入手段が開発されるのではと期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月3日 全能性とテロメア構造(11月25日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年12月3日
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私たちのゲノムが染色体に分かれて存在するということは、それぞれの染色体のDNAに端があるということで、二重螺旋がどこかで途切れることになる。一般の人から見ると、なぜそれが問題なのかと思われるかもしれないが、生物はDNA切断には大変敏感で、それを放置できないようにできている。というのも、遺伝情報の安定性にとって、DNA切断は大敵で、早く検知して修復するシステムが出来上がっている。このシステムは当然染色体の「端」に存在する断端も修復しようとする。その結果、染色体同士が融合したりして大混乱が発生し、細胞の生存は維持できない。

これを防いでいるのが染色体の断端を隠して守るDNAの繰り返し構造Tループと、それを形成するために動員される多くの分子が集まった複合体Shelterinで、この形成に関わる分子が欠損すると、染色体の維持複製が大混乱に陥って細胞は死んでしまう。

今日紹介する英国フランシスクリック研究所からの論文はこの染色体の端を守るShelterinの分子構造が全能性のES細胞と分化した体細胞では異なっていることを示した研究で11月25日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「TRF2-independent chromosome end protection during pluripotency (全能性の段階で見られるTRF2非依存的染色体断端保護)」だ。

断端が保護されていると言っても、DNA複製のたびに構造は一旦解消し、再度保護し直す必要がある。このメカニズムはいつもよくできていると思うが、一本鎖部分を折りたたんで端が見えないようにしている。この研究では、Tループ結合タンパク質の一つTRF2が欠損してもES細胞は正常にしかも何世代も分裂するという発見から始まっている。実際普通の細胞でTRF2が欠損すると、細胞の修復機構が動員され、染色体同士が融合したり大混乱に陥り細胞は死ぬ。

このような場合TRF2に変わる分子の存在を探索するのが普通で、おそらくこの研究でもこの方向で研究が行われたと思うが、最後まで読んでも結局ES細胞でTRF2に代わる分子というのは特定されずに終わる。しかし、ES細胞のテロメア保護機構を詳しく解析し、

  1. TRF2が必要ないという以外は、T ループ形成がSherterin複合体により形成され、断端が守られるプロセスは、普通の体細胞と同じ。TRF1とTRF2両方をノックアウトすると、Tループ形成ができずに、修復機構が動員され、染色体融合など大混乱が起こる。
  2. このTRF2非依存性Tループ形成は、ES細胞の全能性のプログラムと密接にリンクしており、分化が始まるとTRF2依存性に転換する。実際の胎児では、胚盤胞は形成されるが、分化が始まる3.5日には保護の外れたテロメアが検出され、大混乱が始まるのがわかるが、これらの細胞は全て全能性に必須の遺伝子Nanogの発現がオフになっている。
  3. ES細胞では、ほぼ正常のTループがTRF2なしに形成されている。

などを示している。

結論としてはTRF2無しにTループが形成できるということだと思うが、同じファミリー分子TRF1だけでいいのか、あるいは他の分子が存在するのかはよくわからない。酵母などではこのTループ結合分子は一つの分子で賄っている。このことから考えると、 ES細胞はより酵母に近いTループ形成システムを持っており、体細胞への分化が始まるとより複雑な2分子体制へと変換しているのではと個人的には想像する。考えてみると、体細胞のような死ぬべき細胞については、いつ死ぬかが重要で、より複雑なテロメア保護システムができたのかもしれない。いずれにせよ、ES細胞のTループをさらに詳しく調べることは、面白い発見につながるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月2日 リューマチ性関節炎の進行とシトルリン化タンパク質反応性B細胞(11月18日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年12月2日
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シトルリン化されたタンパク質に対する抗体は、リューマチ性関節炎(RA)との相関が高く、我が国でも鑑定診断の重要な検査項目になっている。しかし、この自己抗体がRA自体の原因になっていると考える人は少ない。しかし、本当にシトルリン化タンパク質に対する反応がRA発症に関係がないのか、またなぜこのような自己抗体が誘導されるのか、これを調べるためには患者さんのシトルリン化タンパク質(CP)に反応するB細胞を詳しく調べる必要がある。

今日紹介するオランダ・ライデン大学からの論文はシトルリン化ペプチドを用いたCP反応性B細胞検出系を確立し、RA発症へのCP反応性B細胞の関わりを調べたオーソドックスな研究で、11月18日号のScience Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Persistently activated, proliferative memory autoreactive B cells promote inflammation in rheumatoid arthritis(持続的に活性化され、増殖する自己反応性記憶B細胞はリュウマチ性関節炎の炎症を促進する)」だ。

このグループは環状シトルリン化ペプチドを用いて高い感度でCP特異的B細胞を特定する方法を開発しており、この研究ではこの方法で検出できる自己反応性B細胞を、普通の抗原の代表として用いた破傷風トキシン(TT:ワクチンで免疫されており、またワクチンで再刺激も可能)に対するB細胞と比較することで、このようなB細胞が誘導される原因および、RA病理に対するこのB細胞の役割を明らかにしようとしている。

結果は明瞭でTT特異的B細胞と比べると、RA患者さんのCP特異的B 細胞では、CD80/86やHLA-DRの発現が高く、増殖マーカー陽性の活性化型B細胞が多い。また、CD80の発現量とリュウマチの重症度には相関が見られる。

次に、関節痛だけが見られる段階、病歴の短いRA、そして確立したRAの3群に病気を分けて、同じようにCP特異的B細胞の状態を調べると、病歴の長さを問わず、RAと確定診断された患者さんでだけCP特異的B細胞が活性化型になっている。すなわち、RAが確立する過程で、CP特異的B細胞が持続的に刺激される状態が作られることになる。この活性化状態が、持続的抗原刺激を反映していることを確認するため、TTワクチンで再刺激すると、活性化型のTT特異的B細胞が末梢血に現れることから、RAが確立した患者さんでは、CP抗原による刺激が持続していることを示している、

さらに、このような活性化型B細胞では、逆に活性化を抑えるCD32の発現が強く抑制されており、この結果自己抗体だけでなく、様々なサイトカインを発現していることが想定される。そこで、末梢血、関節腔から採取したCP特異的B細胞についてサイトカイン分泌を調べると、TNFαやIL-6などリュウマチ炎症に関わるサイトカインの分泌も高まっているが、何よりも好中球の浸潤を高めるIL-8の分泌が高まっていることを発見する。

以上が結果で、かなりオーソドックスな病態解析を通して、

  1. RA患者さんでは、シトルリン化タンパク質が、特異的にB細胞を刺激し続ける結果、自己抗体が作り続けられること。
  2. 活性化した自己反応性B細胞はCD80/86のようなT細胞刺激共刺激分子に加えて、HLA-DRを強く発現することで、持続的T 細胞活性化に関わること、
  3. また活性化されたB細胞はIL-8を分泌することで、好中球の浸潤を促し、炎症をたかめること、

がわかり、シトルリン化タンパク質に対する自己抗体がRAの原因でないにしても、RAの病態形成に重要な役割を演じていると結論している。実際、多くの自己免疫病で病態はT細胞も関わる複雑な炎症なのに、CD20に対する抗体でB細胞を除去することで改善するケースが多いことは、自己抗原によるB細胞の持続的刺激が、炎症持続の鍵になっている可能性が示されていた。

リンパ節などのリンパ組織は、ILCと呼ばれるB細胞によく似た細胞により誘導されるが、RAでも関節腔にリンパ節様の組織化された細胞集団が形成される。この研究ではリンフォトキシンについては調べていないが、この論文を読んで、自己反応性のB細胞が、ILC と同じような役割を演じている可能性は高いと感じた。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日 新型コロナウイルスが鼻かぜで抑えられる条件(12月23日号 Cell 掲載論文)

2020年12月1日
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新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の場合、感染抑制の鍵になるのは、無症状であるにもかかわらずウイルスを排出している人で、完全にウイルス感染が抑えられない限り、無症状の感染者の問題は、正直、国民全員のPCR検査を毎週でも行わない限り解決できるようには思えない。このことは、日本国内でも感染テストの証明書の利用がが様々な状況で浸透してきていることからもわかる。

ただ、無症状の感染者というと、ウイルスに対する免疫を直ちに獲得し、ウイルスを抑え込めた元気な人というイメージがあるが、これが全く間違っているという面白い症例報告が米国国立衛生研究所から12月23日号のCellに掲載された。タイトルは「Case Study: Prolonged Infectious SARS-CoV-2 Shedding from an Asymptomatic Immunocompromised Individual with Cancer (SARS-CoV2を無症状のまま長期間排出した免疫抑制治療中のガン患者さんについての症例報告)」だ。

症例はCoV2感染が重症化するリスクが最も高いと考える患者さん、すなわち高齢(71歳)、10年にわたって慢性リンパ性白血病の治療を続けており、転移で脊椎骨折で治療を受けたばかりの女性だ。女性という以外は、高リスクの典型で、治療の結果免疫能も低下している患者さんだ。

この女性は貧血で入院中、転院前のリハビリ病院でのCoV-2クラスターが発見されたため検査を受け、CoV2陽性と診断される。ただ、胸部CT写真を含め、自覚的、他覚的を問わず症状は全く存在しない。にもかかわらず、なんとその後105日間ウイルスを排出し続け、しかも70日間はPCRだけではなく、感染性のあるウイルス粒子が検出されている。症状がないので、実際には手の施しようがなく、ともかくウイルス排出を止める目的で71日目、82日目に回復患者さんの血清を注射している。この結果血中の抗体価は上昇しているが、残念ながらウイルス除去効果があったとは判断できないが、なぜか105日以降はウイルス排出が見られなくなったという結果だ。

症状がないため、患者さん側の検査はほとんど行われていないが、ウイルス検査はゲノム解析も含めて徹底的に行ったというアンバランスな報告だが、理屈はよくわからないが情報として考えるとCellに掲載しても問題はないと思うぐらい面白いと思った。

  1. この患者さんは無症状というだけでなく、ウイルスを鼻および喉の奥別々に採取して検査しており、最初から最後まで感染は鼻で止まっていることが確認されている。すなわち、完全に鼻かぜで終わるという状態が続いている。しかも、この状態を決めているのは決して免疫機能でないこともわかる。例えば、ACE2などの発現など調べたいことは山ほどあるが、理屈はともかく、今後無症状者のボランティアを用いた徹底的調査の重要性を示している。
  2. 回復者抗体を投与後もウイルスが排出され続けているので、抗体の効果がないように見えるが、結果をよく見ると抗体投与後は感染検査は陰性に転換している。もともと鼻粘膜にはIgGは到達しにくいのだろうが、しかし少しづつ効果を示した結果、ウイルスが除去されたとも考えられる。今後抗体治療が進んだとき、鼻粘膜感染への影響をさらに詳しく調べる必要がある。
  3. ウイルス学的に徹底的調査が行われ、100日間もウイルスが排出され続けると、ウイルスでも多くの変異が起こっていることが確認されている。この患者さんは、最初ワシントンで流行が見られた時のウイルスが感染しており、様々な変異体が分離できているが、他のウイルスを駆逐すると言った変異は見られず、その時々の一過性のウイルスと位置付けられる。スパイク分子N末端に大きな欠失のある変異も分離されているが、感染性については特に変化がなく、複製活性が高いウイルス変異が現れる確率が低いことがわかる。
  4. 免疫抑制がかかった患者さんは重症化しやすいと考えられてきたが、今回の結果は免疫抑制治療を受けているCovid-19患者さんの総合的な調査の重要性を示唆している。もし何らかの免疫抑制操作が、ウイルス感染を鼻かぜで抑えることに寄与するとすると、治療戦略も変わってくる。おそらく、ネットで呼びかけて症例が集められ、近い将来発表されるのではと期待する。

以上、不思議な1例だったが、ひょっとしたら新型コロナウイルス感染の理解に大きな貢献をするのではと期待させる症例報告だった。いつでも、症例報告は探偵心をくすぐり面白い。

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11月30日 肝臓内の免疫細胞の守備位置を決める自然免疫システム(11月25日号 Nature 掲載論文)

2020年11月30日
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論文を読んでいると、懐かしい名前に出会うことも多い。しかも私が知っていた時代とはかなり違う領域で頑張っているのを見ると、紹介したくなる。

今日紹介する米国NIH、R.Germain研究室からの論文は、肝臓内の免疫細胞のポジションが細菌の刺激を受けた自然免疫系により決定されることを示した、組織学を重視した研究で11月25日号のNatureに掲載された。タイトルは「Commensal-driven immune zonation of the liver promotes host defence (細菌叢によって決められる肝臓内の免疫の領域化によりホストの防御が促進する)」だ。

私たちの世代ならR.Germainを知っている人が多いと思うが、イメージとしてはT細胞シグナルの研究が中心だったように思う。しかしこの研究では、組織学的に肝臓を様々なマーカーで調べたとき、肝臓に定着している貪食細胞、クッパー細胞が門脈の近くに集まっていることに気づき、その理由を解析するところから始めている。

発生過程を調べると、固形食を食べるようになった時期から、門脈周囲に集まりだすので、これは腸管から流れてくる細菌由来の刺激が自然免疫系を活性化することで起こる現象ではないかと考え、まず無菌マウスを用いてクッパー細胞の分布を調べると、門脈周囲への分布が解消される。

ただ、細菌の影響は、直接免疫細胞に働きかける結果ではなく、門脈血管内皮を刺激することで、組織学的変化が誘導される結果ではないかと考え、自然免疫で細菌由来物質への反応を媒介するMyd88やTlr4を血管内皮特異的にノックアウトすると、やはり門脈周囲への分布が解消されることを発見する。

ここまでをまとめると、クッパー細胞は、生後消化管の細菌叢が形成され、門脈内皮の自然免疫系が刺激されるようになると、門脈周囲に分布するようになることがわかった。当然、次は、自然免疫系が活性化された内皮がいかにしてクッパー細胞などのポジションを決めるかを調べることになる。詳細を省いて結論を述べると、自然免疫系が活性化されると、活性化された細胞の周りにマトリックスが合成され、これにより Cxcl9などのケモカインがトラップされて、これを目掛けてクッパー細胞が移行してくるというシナリオを、組織学的に示している。

最後に、このような免疫系細胞の守備位置を変化させることが、感染防御に重要かを調べる目的で、血管内皮でMyd88を欠損させたマウスと、正常マウスにリステリアを感染させ、クッパー細胞の門膜周囲集中がないと、リステリアが血管外に侵入することを示している。

また、マラリア感染実験で、防御に関わるCD8T細胞も門脈周囲に濃縮することで、感染を効率に防いでいることを示している。

以上、ついつい懐かしい名前だったので紹介したが、研究も十分納得できる面白い結果だった。

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