2018年1月16日
変異型Rasは多くのガンのドライバーとして働いていることがわかっているのに、30年以上にわたる研究でも克服できていない分子の代表だ。私自身もRasそのもの、あるいはその下流を制御できることを高らかに謳う論文をいつか目にすることができるのではと注目して毎日論文を読んでいる。確かに、これまでも有望そうな方法を開発したという論文を紹介してきたが、時間が経っても臨床に応用できたという例をほとんど知らない。
今日紹介するダナファーバーガン研究所からの論文は、変異型rasガン遺伝子のシグナル経路の複雑性とともに、Rasについてまだまだ理解できていないことが多いことを思い知らされる論文で、2月8日発行予定のCellに掲載されている。タイトルは「KRAS dimerization impacts MEK inhibitor sensitivity and concogenic activity of mutant KRAS(KRASの2量体形成がMEK阻害剤感受性と変異型KRASの発がん性に影響を及ぼす)」だ。
この研究は、変異型KEASをドライバーとするガンで、変異のない染色体から正常型のKRASが発現するとガンの増殖力が弱まる、すなわち正常型KRASが変異型KRASの活性阻害因子として働くという現象に注目し、RASの活性化には変異KRAS分子の2量体化が必要ではないかという着想から始まっている。
まずKRASシグナルだけを抜き出して調べるため、KRAS以外のRASファミリー分子が欠損する細胞株を樹立、この細胞で変異型、正常型KRASが共存する細胞と、変異型だけが存在する細胞で増殖能を比べると、確かに正常型KRASが変異型の活性を抑える働きがある。生化学的にもGTP結合RASが上昇し、下流のリン酸化ERKも高まる。
ところが同じ細胞で、KRAS下流で活性化されるMEK阻害剤の効果を調べたところ、今度は正常KRASが存在しているときのほうが阻害剤の効果が落ちる。すなわち正常型KRASと2量体を作ると、変異KRASシグナルが低下するが、逆に下流のMEK経路は阻害剤に抵抗性を持ってしまうという2面性が明らかになった。残念ながら、MEK阻害剤の抵抗性の原因については解析は中途半端で終わっているが、治療を考える上で極めて重要な結果だ。
次に2量体が実際に形成されることでこのシグナル変化が生まれているのかを知るため、構造解析から2量体形成に必要な部位を特定し、この部位を変異させると、正常型のKRASの増殖抑制効果が消失することを確認している。すなわち、変異型KRASは2量体を形成することで活性化するが、正常型が変異型同士の2両体形成を阻害することを明らかにした。また、2量体が形成できないKRASではMEK阻害剤の効果を抑えることもない。
最後に、2量体が形成できない変異型KRASだけが存在する細胞では、下流のMEKの活性化も強く低下していることを明らかにし、下流シグナルの活性化には2量体系性が必須であることも示している。
実験がごちゃごちゃして、筋を追うのに苦労するが、要するに少なくとも変異型KRASの活性化には2量体形成が必須で、これにより下流のMEK経路が活性化されることは明確だ。さらに、2量体形成は、下流のMEK活性化に必須だが、 この活性化された2量体KRASを核として、MEK経路にポジティブ、ネガティブ効果のある複雑な分子複合体が統合され、この複合体の安定性がKRASの組み合わせで微妙に変化するため、一見矛盾するような阻害剤の効果の増減が生まれるというシナリオを提案している。
以上の結果は、まず変異型KRASの2量体形成過程は創薬ターゲットになる可能性があることを示すとともに、KRASが活性化しているからと闇雲にMEK阻害剤を使うことは意味がなく、細胞内に存在するKRASのゲノタイプを詳しく調べて治療戦略を立てることが重要であることを示している。
私は素人でこれまでの研究について把握できていないが、変異型RAS分子の2量体形成の必要性がこの研究で初めて明らかになったと聞いて、これほど研究の厚みのある分子でもわかっていないことがあるのかと驚くとともに、RAS シグナルの奥の深さに感銘すら覚えた。
2018年1月15日
今ハイブリッドというと車のことになるが、家庭に車があることなど考えもできなかった私たちの子供の頃は、ハイブリッドというともっぱら交雑で新しい動物を作ることだった。代表的なものはウマとロバを交雑させたラバで、動物園ではライオンとトラの交雑種ライガーやライオンとヒョウの交雑種のレオポンなるものも話題を呼んでいた記憶がある。交雑はもちろん自然にも起こるが、異種間の交雑で生まれた動物は繁殖力がないため、生物学的には稀な例外を除いて対象になって来なかった。しかしよく考えてみると、私たちのゲノムに今も残るネアンデルタールやデニソーワ人遺伝子も、言ってみればこの交雑の結果で、実際には生物や人間の進化を考える上で重要な研究対象として再認識する必要があると思う。
今日紹介する最初の論文はスウェーデン・ウプサラ大学からで、ガラパゴス諸島のダーウィンフィンチを対象に交雑が早い進化を誘導することを示した研究で、我々ホモサピエンスの進化ともオーバーラップする面白い研究だ。タイトルは「Rapid hybrid speciation in Darwin’s finces(ダーウィンフィンチの早い交雑種文化)」で、Scienceオンライン版に掲載された。
ダーウィン進化論の形成に重要なヒントを与えた鳥として、彼の名前が付けられているガラパゴス諸島に生息するダーウィンフィンチは、各島の環境に合わせて独自の形態進化を遂げたことで有名で、生物学者の心の故郷とも言える鳥だ。私も初めてガラパゴスに降り立った時、空港から出て最初に見た鳥がフィンチだったので感激し、思わずシャッターを切っていた。
フィンチに関しては移動距離から、異なる島の間で交雑が行われることはほとんどないと考えられてきた。この研究のすごいのはサンタクルス島の近くのダフネ島(くちばしの小さなfortisが固有種)に100km離れたエスパニョーラ島から飛来したくちばしの大きなconirostris種が交雑し、その後6代にわたって近親間での交雑を繰り返し、最終的に現在40羽近くに達したファミリーを30年にわたって追跡し続け、サンプルを収集したことに尽きる。フィンチのコホート研究と言えるが、この気の長さはそう真似できることではない。
詳細を省いて結論を急ぐと、全く形質が異なるオスと交雑して新しい遺伝子が導入された後、世代を追うごとにくちばしの大きくて深い、体がfortisより大きめの新しい種が生まれつつあるという話だ。世代が進むごとにくちばしが大きくなっていることから、島にある固い実を食べる能力が生殖優位性として働く自然選択を目にすることができたと結論している。
おそらく、他のfortisと交雑が見られないことから、一種の種分化が進んだと考えているようだが、本当に生殖不可能かどうか確かめられているわけではない。
他にも、くちばしの形態を決める遺伝子についても候補を特定しているが、今後の研究が必要だ。ただ、ガラパゴスの生物を自由に操作することは許されないと思うので、このまま丹念にコホート研究と、他の種との比較を続けることになるだろう。
ともかく、30年この子孫を観察し続け、サンプルを残していたおかげで、ゲノム時代の到来を最大限生かすことができたという研究だ。今後の発展が楽しみな研究だと思う。
今日紹介するもう一つの論文はカリフォルニア大学バークレー校からで、実験に用いられるアフリカツメガエルのゲノムが解読された後どんな研究が行われているのかの一端を垣間見ることができる研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Paternal chromosome loss and metabolic crisis contribute to hybrid inviability in Xenopus(アフリカツメガエルの交雑がもたらす生存不能の原因はオス側の染色体の欠失に伴う代謝クライシスに起因する)」だ。
昨年アフリカツメガエルゲノムが解読された結果、X.lavisは異なる種の染色体が4媒体のまま維持されている異質4倍体で、2倍体20本の染色体を持つX.tropicalisから約5000万年前に分離したことがわかったことだ。このように、ゲノムとしては似ていても染色体数が全く異なる場合、交雑させてできた子孫が維持されることは難しい。さらに、lavisとtropicalisの組み合わせでは、lavisがメス・tropicalisオスの場合は発生するが、逆でlavisの精子を受精させたtropicalisの卵は原腸貫入が起こる前に細胞が死んでしまうことがわかっている。
この交雑の結果、胚が死んでしまう原因を探ったのがこの研究で、これも詳細を省いて結論だけを急ぐと以下のようになるだろう。
Lavisは複雑な染色体構成を維持するため、染色体の分離に関わるセントロメア形成に独自の進化を遂げてしまったため、toropicalis卵の細胞質内では、特定の染色体の分離がうまくいかず、染色体が失われる。こうして常に特定の染色体が失われることで、代謝のアンバランスが生じて細胞が死ぬという話だ。
結局、tropicalisの細胞質でなぜ一部の染色体のみ動原体が形成できないのという最も面白い問題が課題として残ったままになっているのは残念だが、Lavisという交雑でできた種としてアフリカツメガエルの再登場を予感させる論文だった。
2018年1月14日
着想も驚くほどではなく、なんとなくやってみようと進めた研究の結果が予想以上で、しかも一般市民の興味を惹く場合は、運良くトップジャーナルに掲載されることがある。レビューを通過するにはある程度の幸運が必要だが、加えてシナリオの骨子がしっかりしていることと、インパクトの高いタイトルをつける必要になる。
今日紹介するドイツ・ボン大学からの論文はまさにそんな例で、この論文だけを読んだ後は良くレビューを通ったなと思ったが1月11日号のCellに掲載されている。まずこの決定にタイトル「Western diet triggers NLRP3-dependent innate immune reprogramming(欧米型の食事はNLRP3を介して自然免疫をリプログラムする)」は間違いなく影響しているだろう。おそらく高脂肪高カロリー食と言わずにタイトルにあるようにWestern Dietが編集者の気持ちを動かしたように思う。
もともと、高カロリー、高脂肪食により動脈硬化が起こるが、このプロセスを一種の炎症として捉えることは普通の話で、新しいことではない。この研究も、動脈硬化を起こすLdl受容体(Ldlr)が欠損したマウスに、高脂肪、高カロリーの欧米型(WD)を与え、通常の餌を与えたマウスと、炎症に関わる血液細胞を比べ、最終的に白血球とマクロファージに分化できる前駆細胞レベルで、細胞のエピジェネティックな状態が炎症型に変化したことを示している。
自然免疫システムは、感染によりリプログラムされることが知られており、リプログラム自体は特に驚くほどではないが、高コレステロールが続くと感染と同じことが起こり、4週間WDをとり続けるだけで、あとは正常食に戻しても遺伝子発現のパターン、すなわちリプログラムされたエピジェネティックな状態が元に戻らないという結果は確かにインパクトがある。しかしこの研究では、血液幹細胞から炎症型の白血球が作り続けられることは示せているが、なぜリプログラムがWDで進むかははっきりしない。
幸い同じ号にやはりオランダ・ナイメーヘン大学のグループが、コレステロール合成経路が上昇するだけで自然免疫をリプログラムできるという論文を報告しており、この研究はリプログラムに関するメカニズムを気にせず論文にできたのもラッキーだったと言える。というか、みんなで申し合わせていたのかもしれない。
両者を合わせたシナリオを私なりにまとめると、WDによりコレステロール合成が高まると、顆粒球系の前駆細胞の遺伝子発現パターンがリプログラムされ、WDをやめても炎症型の白血球が作り続けられる。このリプログラミングにはコレステロール代謝だけでなく、IL-1Rも関わっており、この経路をブロックすると顆粒球のリプログラムが抑えられる。また、自然免疫の引き金になるインフラゾームの活性化に関わるNLRP3をノックアウトすると、WDを摂取しても自然免疫は高まらないことから、コレステロール代謝だけでなく、独立した炎症の活性化が必要になると解釈できる。
もちろん、この自然免疫のリプログラミングが動脈硬化につながるかどうかは、これまでの証拠を合わせて結論しているにすぎないが、動脈硬化の原因が炎症だとすると、引き金に関わるメカニズムが明らかになったことになる。しかし、これらを治療標的として創薬するかどうか難しいところだろう。
実際には、この2編の論文に加えて、グルカゴンで血液幹細胞がリプログラムされるという話も掲載されており、全部読むとなるほどと納得出来る話だが、やはり「西欧型食事」というタイトルをつけたこの論文が一番読者には効果がある。
個人的には、一旦リプログラムされるともう元に戻らないのかが気になると同時に、食事の話で腸内細菌叢がまったく触れられもしない点に新鮮さを感じた。
2018年1月13日
これまで何度も強調しているように、この数年遺伝子治療が信頼できる治療法として実用段階に入ったことは間違いがない。2017年のサイエンストップニュースでほとんどの雑誌が脊髄性筋萎縮症の遺伝子治療を挙げていたし、変異遺伝子が特定されている遺伝疾患は言うに及ばず、特定の遺伝子変異が認められないパーキンソン病でも遺伝子治療の治験が進んでいる。
今日紹介するNIHを始めとする遺伝子治療を進めてきたグループ(我が国では東大の小澤さんが共著者になっている)による現状報告は、ここ数年論文を読みながら私が持った印象に極めて近く、紹介することにした。タイトルは
「Gene therapy comes of age(遺伝子治療の時期が到来した)」で、今週発行のScienceに掲載された。以下にその内容を紹介する。
歴史
私自身は血液発生を研究していたこともあり、1980年後半にはレトロウイルスによる遺伝子導入は当たり前のように利用しており、この技術が臨床応用されるのも時間の問題と考えていた。実際、1990年代にNIHを中心に様々な遺伝子治療が試みられ、効果がほとんど見られなかったどころか、死亡例まで出る惨憺たる結果に終わった。
ただ、コンセプトが明確な可能性は決して廃れることはない。その後もう一度実験室に問題が持ち帰られ、新しいベクターや、遺伝子編集などの技術が開発されることで、この10年に目をみはる成果を上げ始めている。
技術
現在遺伝子治療に用いられる代表的ベクターは、レトロウイルスと、アデノ随伴ウイルス(AAV)の2種類と言える。前者はホストゲノムに組み込まれ、後者は組み込まれることがないベクターとして開発されている。
レトロウイルスベクター
最初の世代のγレトロウイルスベクターは遺伝子調節領域に組み込まれやすく、治療後の白血病の発生など問題が多かった。その後、レンティウイルスベクター、やスピューマウイルスベクターなどが開発され、特にレンティウイルスは遺伝子のコーディング領域に導入される確率が高く、導入効率も高いことで最もよく利用されるようになった。例えば初期のiPSはこの技術で樹立された。さらに、ウイルスのエンハンサー活性を自滅させるデザインが用いられるようになり、臨床治験に利用されている。レンチウイルスでの遺伝子治療が最も注目されているのは、T細胞にガンを殺すキメラ受容体を導入するCAR-T治療だが、タラセミアの治療などにも応用が始まっている。
アデノ随伴ウイルス(AAV)
1990年代にAAVを用いた遺伝子導入で、遺伝子発現が長期に続くことがわかり、急速に開発が進んだ。特に血友病の遺伝子治療では、静脈注射により肝臓に感染する率が高いことがわかり、凝固因子を10%近くにまで回復させ、その状態を長期間維持できることが明らかになっている。問題は、ウイルスに対する抗体やT細胞による不活化で、まだ決め手はない。
遺伝子編集
我が国ではもっぱらクリスパーだけが問題になっているが、他の方法(ZFNやTALE)を使う方法が着実に進展しており、エイズ患者さんのT細胞にウイルス感染に抵抗性を付与する(CCR5 不活化)やCAR-Tをなど臨床治験が進んでいるものも多い。ただ、将来はクリスパーが中心になることは間違いない。オフターゲットの切断など様々な問題が指摘されるが、iPSと同じで、重要な技術の問題は必ず解決される。体細胞遺伝子治療が始まる可能性は高く、中国ではすでに9治験が登録されているらしい。
もちろん胚操作に進み、倫理的問題が生まれる可能性があるが、ここでは体細胞への遺伝子治療に限って紹介する。
ウイルスベクターを注射する遺伝子治療
ウイルスを注射して遺伝子が導入できれば一番簡単だが、目的以外の臓器にトラップされるなど様々な問題がある。ただ、肝臓、眼、神経系では様々な問題が克服され、前進しつつある。
肝臓を標的にする遺伝子治療
最も成功しているのが、第9凝固因子遺伝子を導入する血友病の治療で、大量の分子を長期に生産し続けるためには肝臓が最適な臓器であることはまちがいなく、他の凝固因子も含め着実な前進がみられる。しかしすべての治験で、ウイルスに対する免疫反応が問題として記載され、この解決が今後最大の課題といえる。
眼
視力低下につながる様々な遺伝子異常が知られており、遺伝子治療の可能性がある。これまで最も研究が進んでいるのがRPE65遺伝子欠損の患者さんで、アデノ随伴ウイルスベクターを用いて遺伝子を直接注入する方法を用いた最近の無作為化研究で、効果が確認された。この結果に励まされて、現在レーバー病など様々な遺伝子疾患の治験が進められている。
神経・筋肉
治験が進んでいるのは、パーキンソン病と脊髄性筋萎縮症と言える。すでにこのブログでも紹介したように、ドーパミン合成に必要な遺伝子を再構成する遺伝子治療のi/II相治験が行われ、期待が持てる結果が出ている。しかし、最も成功したのが、スプライシングをアンチセンスRNAで制御する脊髄性筋萎縮症の治療で、昨年の最大の医学トピックとして選ばれている。
試験管内での遺伝子改変
レトロウイルスを用いた免疫不全症の治療が最も進んでおり、γレトロウイルスを用いる最初のバージョンで白血病が多発した反省を受け、現在ではレンチウイルスを用いる新しい方法が用いられ、成果を収めている。血液幹細胞を標的にする遺伝子治療は、他にも様々な疾患に適用可能で、現在タラセミアの遺伝子治療国際治験が進行している。タラセミアについては、今後遺伝子編集の標的として研究が進むと予想できる。
CAR-T
レンチウイルスベクターを用いてキメラ遺伝子を患者さんのリンパ球に導入する方法はFDAに認可された治療として昨年から利用が始まったが、このCAR-Tには他にも様々な技術が試されている。一つの方向は、現在標的として用いられているCD19に加えて、他のマーカーに対する抗体を用いて骨髄性白血病や、固形癌を治療する方向性の研究で、もう一つの方向は患者さん本人のT細胞を用いるのではなく、ホストに対する反応は起こらないが、ガンに対しては反応できる、すべての患者さんに対応できるT細胞の開発だ。どちらも臨床応用はかなり近いところにあると言える。
以上が総説の内容だが、遺伝子治療実用化が現実になりつつあるのがよくわかってもらえたと思う。しかし問題もある。もともと遺伝子治療は、原理的にも個人用の治療が設計できる方法として期待され、またその方向で助成も行われてきた。しかし最近実用化された遺伝子治療は、あまりに高価で、実際の患者さんには手が出ないと言う問題がある。この問題を解決しない限り、おそらく遺伝子治療の普及はないだろう。規制をどうするのかも含め、早期の議論が必要だと思う。
2018年1月12日
最近Newsweek日本版に「アルコールとガンの関係が明らかに」と題した、アルコールがあたかも発がんの張本人のような書き方をしている記事が出ている(
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/01/dna2.php)。Facebookでシェアされていたので気づいたのだが、記事を読んでみると、確かに見出しはセンセーショナルだが、読んでみるとアルコールでハイドロゲネース(ADH2)の欠損した動物ではアルコール摂取によりDNA切断が起こるという話が紹介されており、見出しほどのインパクトはない。しかし、ADH2欠損がガンのリスク因子であることならとうの昔にわかっていることで、簡単にNatureが掲載するはずはないと思って昨日出版された論文を読んでみた。
英国医学協会の研究所からの論文で、タイトルは「Alcohol and endogenous aldehydes damage chromosomes and mutate stem cells(アルコールと内因性のアルデヒドが染色体を障害し幹細胞の突然変異を誘発する)」だ。
確かにタイトルはNewsweekが報道する内容に近い。しかし論文を読んでいくと最初に世界には5億人ものADH2変異がある人がいるのに、アルデヒドで起こると予想される異常がほとんど問題になっているのは不思議だという話から始まっている。実際、ADHが欠損して内因性のアルデヒドが細胞内に発生してしまうと、DNAへの塩基の付加が起こったり、DNAとタンパク質が架橋されたり、様々な異常が起こると予想される。となると、この研究の狙いは、アルデヒドにより起こるDNA障害を修復しているシステムを明らかにすることであることがようやくわかる。逆に、アルコールを処理しきれないとアルデヒドができてDNAが障害されるが、私たちはそれをしっかり修復するメカニズムを持っていることを知り、酒好きの私にとっては逆に安心できる論文だった。
この研究では、ADH2欠損マウスを、修復機構が欠損したマウスと掛け合わせ、アルデヒドによるDNAが修復される過程を明らかにしようとしている。まず最初に掛け合わせたのが、ファンコニ貧血の原因遺伝子であるFancd2欠損マウスで、とADH2遺伝子両方が欠損したマウスを作成して、DNA複製依存的にDNAを切断、組み換えによって修復するFancd2型修復メカニズムが、アルデヒドによるDNA障害の修復にどの程度関わるかを調べている。
ADH2/Facd2欠損マウスの腹腔にアルコールを直接注射すると、期待通りDNA障害が修復されず、染色体異状を持つ細胞が増加、最終的に血液ができなくなりマウスは死亡する。すなわち、アルデヒドによるDNA障害の修復にFancd2が関わる修復機構が中心的役割を果たしていることがわかる。
さらに、アルコールに暴露された血液幹細胞の骨髄再構成能力を、単一幹細胞移植を用いて調べ、造血能がほとんどの幹細胞で失われていること、そしてこれが各細胞のゲノムに多くの変異が蓄積する結果であることを確認している。
次に2重鎖切断されたDNAの修復に、組み換え以外の断端修復も使われている可能性についても調べ、Fancd2が欠損する血液細胞では、それを補うようにKu70が関わる断端修復が起こることを示している。
さらに、p53の変異により、チェックポイントが働かなくすると造血幹細胞数は正常化することを示しているが、何かとってつけたような実験で、ほとんど詳しい解析はできていいないので紹介はやめる。
まとめると、アルデヒドはDNA障害を起こすが、2重の修復機構で問題が起こらないようにしており、最も重要な修復系はFancd2のかかわるDNA切断と相同組み換えを用いる修復機構であるという結論だ。
いずれにせよ、この研究を引き合いにアルコールはDNA切断すると報道するのは、間違いではないが、ちょっと脅かしすぎだと思った。
2018年1月11日
私たちのNPOにはパーキンソン病の患者さんたちがよく立ち寄られる。そのため、私だけでなく、NPOのメンバー全員が、何か役に立つ情報がないかいつも探してくれている。そして、この数日の最大のトピックスが、理事の一人藤本さんが見つけてきたtechcrunchというキュレートサイトに出ていた、パーキンソン病の患者さんの足がすくむのを回避できるデバイス、レーザーシューズの記事だった(
http://jp.techcrunch.com/2017/12/22/2017-12-21-laser-equipped-shoes-help-parkinsons-patients-take-the-next-step/)。
靴につけたレーザーから足を踏み出す目標になる線を地面に投射して歩行を助ける、極めて簡便なデバイスだが、グッドアイデアだと記事を見て感心した。幸いこの記事が紹介していた元の論文をダウンロードすることができたので、今日はこの Neurologyの論文とともに、わかりやすい論文を他にもう1編紹介する。
1. パーキンソン病の立ちすくみを軽減するレーザーシューズ(1月9日号Neurology掲載論文)
パーキンソン病が進行すると、歩行中に立ちすくむ症状(Freezing of gait:FOG)が出て、転倒などの原因になる。原因が理解できているわけではないが、次に踏み越えるべき線が地面に引いてあるとFOGを克服することができることがわかっている。もちろん、あらゆる場所に線を引いておくわけにはいかない。そこで開発されたのがレーザーシューズだ。
靴に組み込んだレーザー照射装置で歩くときに、目標線を地面に投射し続けるレーザーシューズの開発と、その効果の検証を行ったのが今回オランダのトゥウェンテ大学からの論文だ。
まずレーザーシューズだが、かかとが地面について体重がかかったときだけ進行方向に向かって直角の線が、地面についている側の靴から投射される仕組みになっており、歩いている限り約40cm前方に線が描かれる。これをめがけて、患者さんは足を下せばいい。
FOGを示した17人の患者さんにこの靴を履いてもらって、前後の歩行、カウントダウンしながらの歩行、命令に応じて回転する、ロードコーンを取ってくるなどの課題を行ってもらい、FOGが起こるかどうか調べる。
結果は期待以上で、L-ドーパの効果のオン状態、オフ状態何でもFOGをそれぞれ、37%、46%減らすことができる。そして、患者さんも自覚的に歩きやすくなったことを自覚できている。
どうして今までできなかったのかが不思議なぐらいだが、患者さん目線に立って初めて可能であることがわかる。
2、強いトレッドミルでの運動は進行を遅らせる(12月11日号JAMA Neurology掲載論文)
コロラド大学からの論文で、128人のパーキンソン病の患者さんを無作為に3群に分け、トレッドミルで心拍数が最大心拍数の80%に保つ運動、60%に保つ運動を、1日30分、週4日、6ヶ月続けてもらい、運動しないグループと症状の進行を比べている。
結果だが、最大心拍数の80%になるよう調整した運動を6ヶ月続けたときだけ病気の進行がはっきりと抑えられている。医師の管理下で行っており、治験中に特に問題になる事故はなかったようだ。これは仕事をしながら続けられる治療法なので、取り入れればいいと思う。
いずれも明日から利用できる方法で、患者さん目線で多くの研究が行われていることを実感する。
2018年1月10日
Rhabdomyosarcoma(横紋筋肉腫)は小児や青年に見られる肉腫で、特に、首より上部にできる肉腫はほぼ6−7割が10歳以下の小児に発症することが知られている。発症場所から考えて、横紋筋やその前駆細胞である衛星細胞が直接ガン化したとは考えにくいが、筋肉のアクチンやMyoDなどの発現が見られることから、横紋筋細胞への分化能を有する間質細胞由来の肉腫と考えられてきた。
今日紹介するテネシー州St.Jude小児病院からの論文は、少なくともマウスの横紋筋肉腫モデルは血管内皮への分化能を持つより未熟な細胞由来であるという結果を示した研究で1月8日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「Hedgehog pathway drives fusion-negative Rhabdomyosarcome initiated from non-myogenic endothelial progenytors(ヘッジホッグシグナル経路が筋肉には分化しない血管内皮前駆細胞から細胞融合のない横紋筋肉腫の発生を起動する)」だ。
多くの横紋筋肉腫の発症にはヘッジホッグ(hh)シグナル経路がガンのドライバーとして働いていることが知られており、このグループもhhの下流シグナルが入りっぱなしになるSmoothenの変異型遺伝子を導入したマウスモデルを用いて横紋筋肉腫誘導を行ってきている。ところが、これまで間質幹細胞に特異的という前提で使ってきたプロモーターの特異性が、思いの外広いことがわかり、実際にはどの細胞ががん化しているのかを探る研究を行ったのがこの研究だ。
結果は、この実験系でがん化している細胞は、胎児発生時に中胚葉から分化し、体内に広く分布する血管内皮細胞に分化能を有する前駆細胞であることを突き止める。そして、この血管内皮への分化能を示す前駆細胞が内皮細胞へ成熟する前に活性型smoothenが働くと、筋肉系へと分化し、横紋筋肉腫が発生することを突き止めている。面白いのは、横紋筋肉腫のもう一つのガンドライバーRasをsmoothenの代わりに用いると、横紋筋肉腫にはならず、血管内皮の性質を維持した血管肉腫ができる。このことは、未熟前駆細胞からの横紋筋肉腫発生には、hhシグナルによる横紋筋細胞への分化誘導が必要であることを示すとともに、Rasをドライバーにして発生する横紋筋肉腫は血管内皮とは別の起源により誘導されていることを示している。
最後に血管内皮起源をさらに確認するため、血管増殖因子の受容体陽性細胞でSmoothenを発現させる実験を行い、胎児の中にすでに横紋筋肉腫と言える細胞の増殖が見られることを確認している。
この結果が、人間にどこまで当てはまるのかについては、この研究だけで結論はできない。しかしhhシグナルが血管内皮の前駆細胞を分化させることについてはマウスも人間も同じと言えるので、おそらくSmoothen変異をドライバーとする横紋筋肉腫の中に、同じようなプロセスを経てガン化した肉腫が含まれているのは間違いないように思う。またこの結果は、大人になると消失するものの、かなり長期にわたって、このような多能性の前駆細胞が体内に存在していることの証明になっているように思う。これも、大人のガンとAYA世代のガンが別物であることのいい例だと思う。
2018年1月9日
米国だけでなく、世界中の臨床治験が登録されている米国のClincalTrials GovサイトをOncolytic virus(腫瘍溶解性ウイルス)で検索すると、我が国の治験を含む、なんと73の様々な段階の治験がリストされてくる。分裂中の細胞でより増殖するウイルスを用いてガン細胞を殺す治療で、実に多くのウイルスがその候補として研究されている。中でも、単純ヘルペス、アデノウイルス、レオウイルスが中心だが、ウイルス注入のみで高い効果が得られるのか、疑問を持つ向きも多い。
しかしこの雰囲気が、チェックポイント治療登場でかなり変わってきたように思える。昨年9月に紹介したCellの論文のように、ウイルスで一部のガン細胞を殺し、マクロファージに処理させてガン免疫を高め、チェックポイント治療効果を高めるという戦略だ(
http://aasj.jp/news/watch/7362)。
今日紹介する英国リーズ大学中心に発表された論文は、チェックポイント治療とガン溶解ウイルスとの併用がどの程度可能かを実際の患者さんで調べた研究で1月3日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Intravenous delivery of oncolytic reovirus to brain tumor patients immuneologically primes for subsequent checkpoint blockade(静脈注入したガン溶解レオウイルスは脳腫瘍に到達し、続くチェックポイント治療の準備をする)」だ。
アイデアも、研究としての手法も別段注目するほどの研究ではないのだが、ほとんど治療手段のない高グレードグリオーマの患者さんを対象にここまでの実験研究をやるのかと感心したので紹介する。
グリオーマにガン溶解性ウイルスを用いる可能性はこれまでも研究されているが、多くの場合、ガンに直接ウイルスを注射する方法が用いられる。これは、ウイルスが脳血液関門を越えて、脳内に移行しにくいと考えられているからだ。しかし、もし注入のしやすい静脈ルートなら臨床応用も容易になる。さらに、ガン局所では脳血液関門が壊れているという報告もある。
そこでこの研究では、
1) このグループが研究してきたレオウイルスを静脈注射した時、脳内のグリオーマに到達するのか、
2) グリオーマに感染することで、ガン免疫を誘導している可能性があるか、
を確認するため、9人の患者さんに高濃度のレオウイルスを注射、3−17日後に摘出した腫瘍で、
1) ウイルスがガン細胞に感染しているか、
2) ガン局所で免疫反応が上昇しているか、
3) チェックポイントに関わる分子の発現に変化があるか、
を調べている。
おそらく、この患者さんたちはチェックポイント治療は受けていないのだろう。全員が平均469日で亡くなっており、これはこのガンの一般的な経過と同じだ。すなわち、全員が将来に向けた貴重な資料を残すためだけに治験に参加してくれたことになる。
この解析から、
1) ばらつきは大きいが、ウイルスは脳内に到達し、ガン細胞の一部、特に分裂中の細胞に感染が確認されるが、正常組織にはほとんど見当たらない、
2) ガンの一部の細胞死を誘導できる、
3) キラーT細胞の浸潤がウイルス投与で高まる、
4) おそらくインターフェロン誘導を介して、PD-1及びPD-L1の発現が高まっており、チェックポイント治療の対象になる、
5) マウスを用いた実験では、レオウイルス静注に続いてチェックポイント治療を行うと、生存期間が伸びる、
がわかった。
実際のデータを見ると、本当にこれでチェックポイント治療の効果を高められるのか、疑問に思うが、静脈投与でウイルスは脳に到達することから、次はチェックポイント治療と組み合わせた治験を行って、今回参加された患者さんの意志に報いてほしいと思う。
2018年1月8日
クジャクを見ると、生殖上の競争を勝ち抜くために、壮大な形質変化が進化の過程で生まれることを示している。これは、性生殖、すなわち異なる個体のゲノム同士の組み換えが、種の保存に重要で、想像を絶するほどのコストを払ってもペイするだけの価値があることを意味している。
ただ、オス・メス型の性生殖を行わない、自殖型の動物も存在し、それを見ていると多様性の維持には組み換え自体が重要で、異なる個体である理由はそれほどないこともわかる。とはいえ、ほとんどの動物はオス・メス型の性生殖を行うことから、間違いなく個体間の競争が重要で、基本は強いオスが勝つ構造が必要になるはずだ。
今日紹介するメリーランド大学からの論文はこの競争に関わるメカニズムを、交配型と自殖型のカエノラブティティス(即ち線虫)を比べて明らかにしようとした力作で1月5日号のScienceに掲載された。タイトルは「Rapid genome shrinkage in a self-fertile nematode reveals sperm competition proteins(自殖型線虫に見られる急速なゲノム収縮は精子間競争に関わるタンパク質を明らかにした)」だ。
実験に用いられる線虫(C.elegance)は自殖型だが、多くの線虫種はオス・メス交配で、一般的に自殖型よりゲノムサイズが大きいことが知られている。この研究では、進化的に最も近く、また人工的に種間で生殖可能(例えば現代人とネアンデルタールを思い浮かべればいい)な線虫C.nigoni(交配型)とC.briggsae(自殖型)を選んで、ゲノムを比較し、自殖型と交配型に分かれることでどの遺伝子が必要なくなるかを調べている。
なんと自殖型ではゲノムサイズが25%近くも減少しており、26000近い遺伝子のうち、3000遺伝子が失われる。さらに詳しく見ると、オスで発現している遺伝子が多く、やはり強いオスを選ぶ戦いというのがこの種では正しいことがわかる。
そして、競争を支える分子の詳細な検討から、他の自殖種でも欠損し、すべての交配種に存在する、しかもこれまでほとんど研究されていなかった、精母細胞に強く発現するmss分子に焦点を当てて研究を進めている。
Mssは合成された後小胞体を介して細胞膜に結合したまま、細胞膜のピットを形成する役割を持つようだが、詳しい機能はほとんど分かっていない。この研究ではまずmssを欠損した精子は、卵子に接合はできるが、正常型の精子と競争させると、全く生殖できなくなることを示している。次に、もともとmssの存在しない自殖型にこの遺伝子を挿入し、mssが精子間競争に勝つために重要であることを示している。
最後に、mssを導入した自殖型線虫と普通の自殖型線虫を維持して、オスと雌雄同体型の比率を調べると、通常すぐに雌雄同体型優位で、オスが消失するのに、mssを導入した自殖型線虫では12代にわたってオスの比率が維持されることも明らかにしている。
これまで精子の泳ぐ能力などの違いで精子間競争に関わる分子は知られていたが、この研究で明らかになったmssは自殖型では全く存在しない点で、正真正銘のオスの競争力に関わる原点とも言える遺伝子だ。残念ながら、その細胞学的機能は分かっていないので、今後さらなる研究が必要だが、それも時間の問題だろう。いろんな想像を掻き立てられる面白い論文だった。
2018年1月7日
トレハロースは熱など様々な条件に最も安定な糖だが、精製にコストがかかっていたため、使用は化粧品などに限られていた。その後、デンプンから安価に精製する方法が開発され(最初は1kgが700ドルしたのが、現在では3ドルで精製できる)、多くの食品に添加されるようになって現在に至っている。もともと、多くの自然にある植物に含まれていることから、最も安全な糖として広く使われるようになった。
今日紹介するテキサスベーラー大学からの論文は、確かに食品としてトレハロースが危険というわけではないが、病原性の高いクロストリジウムの病原性を高める役割を果たしていることを示した、ちょっと恐ろしい研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Doetary trehalose enhances virulence of epidemic clostridium difficile(流行性のクロストリディウム・ディフィシル強毒株の毒性は食事の中のトレハロースにより増強される)」だ。
この研究は、2000年から2003年に流行したクロストリディウム・ディフィシル(CD)RT207株、および1995年から2007年の間に10倍も症例数が増えたRT078の進化が、食品中の炭水化物の変化により誘導されたのではと着想し、様々な炭水化物を調べた結果、2000年以降に広く使われだしたトレハロースが両方の菌株に利用されるが、他の菌は利用できないことを発見する。
次に、トレハロースが利用できるようになるための分子変化を探索し、TreA分子の有無がトレハロースの利用可能性を決めている原因遺伝子であることを突き止める。
この結果をもとに、ではTreAの発現が2000年前後で始まったCDの進化を説明できるか次に検討し、試験管内の実験で、流行性を獲得した株は500倍低い濃度のトレハロースがあればTreAの発現が誘導できること、そしてTreAオペロンを1010種類のCDで調べ、RT028株を含む多くの株では、この違いがTreRリプレッサー遺伝子の1塩基置換により起こっていることを突き止めている。
次に、TreRが正常型の菌株をトレハロースで培養すると、TreBの機能が突然変異によって欠損した細胞株が得られることから、おそらく流行株でのレプレッサー変異が、食品として含まれるトレハロースへの新たな環境適応として選択されたことがわかる。
次に、流行性株をマウス腸内に移植し、トレハロースを含む/含まない2種類の餌を与えて腸炎による死亡率を調べると、トレハロースを摂取することで毒性が強くなることから、トレハロースにより誘導されるtreAが毒性を決めていることを明らかにしている。
以上の結果は、RT027株の話で、同じようにトレハロースが利用出来るようになったRT078株ではtreAは正常のままだ。そこでこの株についても遺伝子の比較を行い、トランスポーターptsT遺伝子が新たに獲得されたこと、これによりトレハロース存在かで細胞の増殖が高まることを確認している。
最後に、私たちの腸内のトレハロース濃度でtreAの誘導が起こることも確認しており、これが決して実験的な条件で起こったことではないことを示している。
まとめると、トレハロースが食品等に使われるようになり独立してトレハロースを利用出来る突然変異が誘導され、これがtreAの発現が高い流行性強毒変異株を誘導し、こうして生まれた強毒株はトレハロース存在下で毒性を最大限発揮するという結果だ。
恐ろしい話だが、2つの重要なポイントがある。一つはCDの強毒株は抗生物質の使いすぎにより発生したという考えは再検討される必要があること、そしてトレハロースを摂取しなければ、流行株でもトレハロース摂取を完全に止めれば毒性が弱いことだ。大至急臨床の現場で確かめるべき重要な論文だと思う。