8月14日 気になる検査法2題(8月8日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)
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8月14日 気になる検査法2題(8月8日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2024年8月14日
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ほとんど検査法の開発論文については紹介したことがないと思うが、今日は面白いなと思った検査法開発論文を2編紹介する。

最初のハーバード大学とオックスフォード大学からの共同研究は、血中のタンパク質を使って生物学的老化度を測定しようとする試みで、8月8日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Proteomic aging clock predicts mortality and risk of common age-related diseases in diverse populations(タンパク質による老化時計は、様々な集団の死亡率と、老化に関わる病気を予測できる)」だ。

現在、生物老化を測定できると標榜して提供されているのは、Horvath 時計の様なメチル化DNAを調べる方法がポピュラーだが、例えば単純な死亡率との相関が得られないなどの問題があった。これに対して、メチル化にせよ最終的には身体のタンパク質の変化につながることから、様々なタンパク質の量を組み合わせて老化を図る方法が研究されている。この典型が細菌老化研究の大ヒットとして紹介した IL-11 が老化を促進しているという論文で(https://aasj.jp/news/watch/24856)、一つのタンパク質でも機能がはっきりしていることで、老化との相関が明確に理解できる。

この研究では UKバイオバンクに登録された平均57歳、4万5千人規模のコホート参加者を11年から14年観察した結果を、血清中の2897種類のタンパク質の中から、老化に相関するタンパク質204種類、及びさらに絞り込んだ20種類を総合的に計算したスコアと相関させている。

まず、204種類でも、20種類でも、英国内の集団だけでなく、中国やフィンランドのコホート参加者についても、ほぼ同じように実年齢と強い相関を示す。

ただ、実年齢だけでなく、どちらのスコアでも、たとえばテロメアの長さ、あるいは自覚的老化指標や、歩く速さなどと相関する。さらに、腎臓、肝臓、心臓疾患とも関連することから、同じ実年齢の中での老化度をかなり正確に知ることができる。

この検査の最大の売りは、単純な死亡率や、心臓、肺、肝臓、腎臓など、様々な病気の起こりやすさとも相関することで、例えばスコアの高い場合、早発性のアルツハイマー病のリスクも予測できる。

このように様々な指標で比べたとき、DNAメチル化を指標とする老化時計より優れており、特に死亡率を反映することがこの方法の最大の売りになっていることが示されている。

この指標に用いる20種類のタンパク質は、細胞外マトリックス6種類、炎症4種類、ホルモン産生調節3種類、細胞シグナル3種類、エネルギーバランス2種類、発生分化3種類で、その気になれば安価で提供できると思われる。今後、介入でこの指標を若返らせることができるかなどの研究が行われると思うが、手軽な老化時計の検査にかなり近づいている気がする。

もう一編は、スペイン La Rioja 大学、イタリアベローナ大学を中心とする国際チームからの論文で、膵臓ガンの早期診断を、なんと自己抗体を用いて実現しようとする研究で、Angewandte Chemie にオンライン掲載されている。タイトルは「Detection of Tumor-Associated Autoantibodies in the Sera of Pancreatic Cancer Patients Using Engineered MUC1 Glycopeptide Nanoparticle Probes(ガンに関連する自己抗体を、膵臓ガン患者さんの血清で操作した MUC1 糖ペプチド結合ナノパーティクルで診断する)」だ。

通常ガンの診断は、ガン細胞が分泌する分子をいち早く捉えて診断に用いる方向で行われるが、この研究では膵臓ガンが産生するムチンの一つ MUC1 の20−120回繰り返す20アミノ酸が糖修飾された場合、自己抗体が作られやすいということに着目し、MUC1 ペプチドに反応するモノクローナル抗体との結合を指標に、糖鎖修飾を受けた短いペプチドを14種類設計し、膵臓ガン患者さんの血清で、膵臓ガンとそれ以外を区別できるか調べている。2種類の抗体との結合を指標に設計した中で、5E5 という抗体に結合する4種類のペプチドは、全てコントロールと膵臓ガンを明確に区別することに成功している。

結果は以上で、早期診断可能かどうかはこれからの問題だが、一般に使われるゴールドナノ粒子を用いる、かなり特異的なガン診断が、なんと自己抗体を指標に可能になるとは驚きだ。かなり期待している。

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8月13日 N-acethyltaurine は新しいやせ薬になるか(8月7日 Nature オンライン掲載論文)

2024年8月13日
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以前、腸内細菌移植で自閉症スペクトラム症状が抑えられる原因の一つが、細菌叢の変化に起因する脳内タウリンの上昇で、タウリンを妊娠中から食べさせると自閉症様症状が抑えられるとするカリフォルニア工科大学からの論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/10310)、この論文を読まれた方が、自閉症スペクトラムにタウリンを飲ませていいかと聞いてこられた。ただ、紹介したのはマウスの実験で、元々タウリンが神経系に影響する詳しいメカニズムがよくわかっていないので、タウリンは飲んで悪いという話は少ないが、それでも消化管症状や糖代謝が変化することも指摘されているので、飲むとしても慎重に様子を見た方がいいと答えた。このような、動物実験と実際の臨床ギャップについては論文紹介でいつも頭を悩ませる点だ。

ただ、今週読んだ8月7日 Nature オンライン論文の中にスタンフォード大学から、これもネズミでの結果だが、タウリン研究としては重要な研究が発表されていたので、紹介することにした。タイトルは「PTER is a N-acetyltaurine hydrolase that regulates feeding and obesity(PTER は摂食と肥満を調節する N-acetyltaurine hydrolase )」だ。

この研究は最初から N-acetyltaurine (NACT) をタウリンとアセテートに分解する酵素特定を目指す、極めて古典的な仕事だ。NACT はその合成経路も明確ではないが、運動や飲酒に伴って上昇する面白いタウリン化合物だ。

腎臓組織ホモジネートを分画し、NACT を分解する酵素 (PTER) の活性を持つ分画を絞っていって、最終的に NACT にかなり特異的な PTER を特定し、遺伝子クローニングに成功する。久しぶりに古典的手法の研究を読んだ気がして、逆に不思議な気分だ。

次に生化学的特異性、そして αフォールドを利用した構造解析を行ったあと、ノックアウト実験に進んでいる。PTER をノックアウトすると、期待通り様々な組織で NACT の濃度が上昇する。もちろん血中濃度も上昇するが、心臓、脾臓、腎臓、筋肉での上昇は大きい。

次に、ノックアウトによる代謝変化を調べると、ノックアウトでは体重上昇が軽度に抑えられ、また食事の摂取量も低下し、インシュリン感受性も上昇する。

次に高脂肪食を与えたときに、代謝改善効果があるか調べると、ノックアウトだけでは大きな変化はないが、タウリンを投与してさらに NACT を上昇させると、摂食量の低下が見られる様になる。

そこで、ノックアウトではなく NACT をそのままマウスに投与する実験を行うと、50mg/kg 投与で、摂食が低下し、体重も減少する。以上の結果から、NACTは直接代謝を変化させる作用は低いが、摂食を抑制することで代謝の改善と体重減少を誘導することが明らかになった。

最後に、この摂食抑制作用のメカニズムを調べ、脳幹の摂食中枢神経のGDNF受容体が刺激される際の閾値を変化させることで、摂食を抑制しているのではないかと結論しているが、メカニズムについてはまだまだ研究が必要だと思う。

最後に、タウリンから NACT が合成される経路を検討し、1)PTER 自体によるタウリンとアセテートから NACT 合成経路、2)酵素非依存的経路、3)そして腸内細菌叢による経路が存在する可能性を示している。

タウリンは健康飲料としてポピュラーな分子だが、実際の代謝経路についてはまだまだ研究が必要なこと、そしてその中から思いもかけない健康への介入方法が生まれる可能性がよくわかる論文だと思う。多くの患者さんたちが注目しているので、研究を加速してほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月12日 迷走神経がハブとして働く腸脳相関(8月8日 Cell オンライン掲載論文)

2024年8月12日
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プロバイオやプレバイオで不安を和らげ、自閉症スペクトラムの社会性を回復できることを示した論文について一度まとめて紹介したことがあるが(https://aasj.jp/news/autism-science/11102)、このような相関関係は腸脳相関と呼ばれて盛んに研究されている。

腸脳相関は細菌叢が脳に働くと言うだけでなく、例えば迷走神経を刺激して細菌叢を変化させ腸のバリアーを高め、炎症性腸疾患の症状を改善できることを示した論文の様に、逆方向の関係を示した論文も多い。

今日紹介するマウントサイナイ医科大学とチュービンゲンマックスプランク研究所からの論文は、迷走神経刺激と細菌叢の相互作用について、特に十二指腸のブルンナー腺に注目して明らかにした研究で、8月8日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Stress-sensitive neural circuits change the gut microbiome via duodenal glands(ストレスに感受性の神経回路が十二指腸腺を介して腸内細菌叢を変化させる)」だ。

ブルンナー腺は十二指腸粘膜下にある粘液腺で、アルカリ性の粘液を分泌して胃酸を中和し、消化酵素の働きを助ける重要な腺で、粘液を作るという点では小腸以降の腺組織と同じでも、ペプシノーゲンの発現、Mucin6 の強い発現、EGF分泌などはブルンナー腺特異的で、独立した粘液組織と考えられる。

以上の特徴は、消化だけでなく、当然細菌叢にも影響があると考え、この研究ではまずコレシストキニンによりブルンナー腺を刺激したときの小腸細菌叢を調べ、特に乳酸菌の増殖が高まることを発見する。

コレシストキニンは消化管ホルモンなので、このブルンナー腺の特徴が腸脳相関にも関わることを示す目的で、ブルンナー腺の神経支配を光遺伝学的方法を用いて探索し、最終的に延髄の dorsal motor nucleus (DMV) 由来の迷走神経がブルンナー腺を支配していることを確認する。

この結果に基づいて、様々な方法で迷走神経を刺激したり、除去したりする実験を繰り返し、迷走神経刺激によりブルンナー腺が活性化され、粘液が分泌されることで乳酸菌の増殖が起こることを明らかにする。ただ、変化は細菌叢にとどまらず、例えば迷走神経刺激が伝わらなくすると、腸上皮バリアーが弱まり、感染が起こりやすくなり、腸内リンパ組織や脾臓の免疫反応低下にまで影響が及ぶことがわかった。その結果、病原菌感染によるマウスの死亡率は上昇する。

重要なことは、ブルンナー腺刺激、あるいは抑制の効果が、全て腸内細菌叢を介して起こっていることで、ブルンナー腺を除去したマウスでも、健康マウスの便移植、あるいは乳酸菌とビフィズス菌を会わせたプロバイオ投与で、バリアー機能や免疫機能を回復させることができる。

まさに文字通り、腸脳相関の系といえるが、研究ではさらに高次脳機能との関わりを調べるため、まず DMV 領域に投射する中枢神経を探索し、不安やストレスに関わる脳領域である扁桃体と DMV との結合を特定する。次に、扁桃体を刺激する実験を行い、扁桃体の興奮は、MDV を介してブルンナー腺を活性化し、乳酸菌の増殖を促す。一方、不安やストレスは、扁桃体神経の興奮を抑制し、その結果ブルンナー腺の活動が低下し、腸管の炎症や免疫異常を誘導することを明らかにする。

一方、マウスにストレスを与えた時に起こる細菌叢や腸内免疫系の変化は、迷走神経系刺激で回復できることを明らかにしている。

以上、脳高次機能、自律神経、消化管ホルモンサーキット、そして細菌叢の複雑な相関が明らかになった。いずれにせよ、ストレスが続いたときは迷走神経を刺激するか、プロバイオは効果がありそうだ。

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8月11日 気になる臨床研究(8月9日 Science 掲載論文他3編)

2024年8月11日
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最近読んで気になった臨床研究をいくつか紹介する。

最初のコロンビア大学とウクライナ人口研究所からの論文は、1932年ホロドモールと呼ばれるウクライナ生産穀物をスターリンが略奪した結果起こった、なんと2%のヒトが飢餓でなくなったという悲しい歴史の最中に生まれた子供の2型糖尿病リスクについての研究で、8月9日 Science に掲載された。

これまで、1944年オランダでの飢餓、1959年の中国の飢餓時に誕生した子供が、エピジェネティックな変化により、中年以降になってから2型糖尿病のリスクが高まることが報告されている。この研究も同じラインにあるが、ウクライナの飢餓期間が1933年前半に集中し、地方ごとの飢餓の記録が残っており、しかも国家的糖尿病登録が存在することから、正確にリスク判定ができるメリットがある。

結果だが、2型糖尿病は飢餓以降に生まれたポピュレーションで増加傾向にあるが、飢餓に見舞われた地域とそれ以外の地域であまり差はなく、飢餓とは無関係な傾向であることがわかるが、1933年前半に生まれた集団は、特に母親が妊娠初期に飢餓を経験した場合に、リスクが4倍近くに跳ね上がっている。中国の研究では、子供時代の飢餓も糖尿病リスクを高めることが報告されているが、ウクライナの飢餓では、妊娠中期以降の飢餓経験では、リスクは上昇しないことが示された。

以上が結果で、エピジェネティックスとは何かを教えてくれる悲しいエピソードだが、今もなおこのような悲しいエピソードは地球上で絶えることがない。

次の中国南京大学と米国ミシガン大学からの論文は伝統的な心臓に対する漢方薬Qiliqiangxinの効果を、無作為化二重盲検偽薬治験で調べ直した研究で、8月2日 Nature Medicine にオンライン掲載された。

3119のHYAH心機能分類で、通常の身体活動で症状が出る2度以上の患者さんで、左心室ポンプ機能(HFrEF)が 40% 以下、BNP が 450pg/ml 以上の心不全の患者さんを無作為に分け、偽薬、あるいは Qiliqiangxin を投与して死亡率と様々な心臓発作の頻度をアウトカムとして調べている。

結果は、いずれの評価指標もも Qiliqiangxin 投与群で2−3割改善する一方、ほとんど副作用は見られなかった。これまで漢方薬は長い歴史を持っていても、大規模治験は行われてこなかった。その意味で、この研究の意義は大きい。ただ、SGLT2 阻害剤が組み合わさった新しい標準治療が進展している現在、これを押しのけて使われるチャンスは少ないと思う。一方で、Qiliqiangxin は炎症を抑えたり、PPARγ 活性化機能もあることから、現在の治療法と併用で効果があるかを調べる治験が重要だと思う。

次のユトレヒト大学を中心とするヨーロッパ、オーストラリアの研究施設が共同で発表した論文は、ステージ Ⅳ の転移乳ガンに対するエクササイズの効果を無作為化治験として調べた研究で、7月25日 Nature Medicine にオンライン掲載された。

この研究では転移が発見されて2年、様々な治療を行ってきた357名の患者さんを無作為に分け、片方は転移性乳ガンの治療とともに、専門家によるエクササイズプログラムを9ヶ月続け、もう片方は転移性乳ガンの通常の治療だけを続け、9ヶ月目の自覚的 QOL を調べている。

結果だが、明らかに疲れやすさを中心に QOL は改善する。これが結果の全てで、生存期間などについては最初から評価項目にはしていない。転移した後も、乳ガン治療は長丁場が続く。その意味で、患者さんの QOL をアウトカムにする治験の意義は大きい。

最後のドイツ・ビュルツブルグ大学からの論文は一般の人(ドイツ人)が AI に対して持つ印象の違いを調べた研究で、7月25日 Nature Medicine にオンライン掲載された。

研究では、患者さんの質問に答える様々なシナリオを一般の人に見てもらって、患者に寄り添っている、信頼できる、理解できる、の3点について評価してもらう。このとき、全く同じ答えのソースを、医師による、AI による、あるいは AI と医師によると変えて提示したとき、シナリオに対する印象が変わるか調べている。

結果は明確で、患者に寄り添うか、信頼できるかについての評価は、AI が答えを出すソースに入っていると低下する。重要なのは医師と AI の場合も、医師だけより評価が低いことから、一般の人たちが AI に対してまだ信頼していないことを示している。

以前実際に ChatGPT と医師に同じ問題を答えさせて、その答えを患者さんが評価した論文では、圧倒的に ChatGPT の答えがわかりやすく寄り添っているという結果だったのを考えると、人間が間違いなく AI を敵視し始めていることがわかる。

以上、いろんなことが臨床テストとして調べられている。

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8月10日 骨髄幹細胞の動員はマクロファージからの細胞膜移行により抑えられる(8月9日Science掲載論文)

2024年8月10日
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骨髄幹細胞は骨髄にとどまって様々な血液細胞を作り続けるが、一部は骨髄を離れて血液に流れてくる。これを利用したのが末梢血幹細胞移植で、動員される幹細胞の数を増やすために、G-CSFを前もって投与する。この末梢血幹細胞でも十分造血系再建が可能なため、何故ある幹細胞は骨髄にとどまり、同じ能力のある幹細胞が骨髄から離れるのか、明確な答えはなかった。

今日紹介するアルバートアインシュタイン医科大学からの論文は、マクロファージから骨髄局在のための分子を、膜の断片が移行する Trogocytosis により獲得した幹細胞が骨髄に残りやすくなるという、意外な事実を示した研究で、8月6日 Science に掲載された。

元々このグループは骨髄内のマクロファージが血液幹細胞の骨髄局在を決める重要な要因であることを研究していた。その中で、血液幹細胞をマクロファージのマーカー F4/80 でさらに2群に分けることができることを見いだしていた。各群を移植して幹細胞の機能を調べると、F4/80 陰性群の方が再建能は高いが、分化能ではほ同じといえた。

次にG-CSFを投与したときの動員を調べると、動員されるのはほとんど F4/80 陰性幹細胞で、F4/80 陽性群は骨髄から動員されにくいことがわかる。面白いことに、老化マウスでは F4/80陽性 の細胞が低下する。

表面マーカーを用いて血液幹細胞をさらに分別するのは血液学の王道で、遺伝子発現の違いを調べた普通の仕事になるのだが、この研究では F4/80 だけでなく、いくつかのマクロファージマーカーが同時に発現していることなどから、遺伝子発現の違いではなく、マクロファージの膜成分が膜ごと幹細胞に移行する Trogocytosis により分子が移行するのではと着想し、これを確認するための様々な実験を行っている。

決め手になるのは、ドナーとレシピエントの血液を区別できるようにして、幹細胞移植を CD169 / 蛍光分子を発現しているレシピエントに移植すると、ドナーの血液幹細胞の中に、レシピエント由来の蛍光分子を取り込んでいる細胞が存在することを示した実験で、これによりマクロファージから何らかの機構で様々な分子を取り込んだ幹細胞が、骨髄に局在する能力を付与されている可能性が示唆された。

マクロファージから幹細胞へと分子が移行するするメカニズムとして、一番ポピュラーなのはエクソゾームを介する伝搬だが、エクソゾーム形成を阻害しても、分子移行が起こること、さらに培養実験から、細胞と細胞が接着することが移行に必須であることを示し、エクソゾームではなく、Trogocytosis によりマクロファージ分子が幹細胞に移行すると結論している。

この移行により、骨髄内局在を決めることが知られている CXCR4 が幹細胞に移ってくると、より骨髄への局在化が促進されると結論している。そして、Trogocytosis には c-Kit の発現とシグナルが関わっており、シグナルを薬剤で阻害すると分子移行は低下する。すなわち、幹細胞の中でも c-Kit 発現の高い幹細胞ほど Trogocytosis が高まり、マクロファージ由来分子を獲得しやすくなると結論している。

以上は全てマウスの話なので、最後に人間の骨髄でも同じ現象が見られるのかを調べており、c-Kit の発現が高い集団ほど、マクロファージマーカーを発現していること、また末梢に流れてきた幹細胞にはマクロファージマーカーの発現が低いことを示し、人でも同じことが起こっていると結論している。

結果は以上で、転写の違いでないという点についてはさらに実験が必要だと思うが、Trogocytosis のような意外なメカニズムが骨髄局在を決めているとすると、骨髄幹細胞の動態を一から見直す必要がある。

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8月9日 感覚神経が乳ガンの転移を高めるメカニズム(8月7日 Nature オンライン掲載論文)

2024年8月9日
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昨日は脳内にできた腫瘍とセロトニン神経との相互作用を研究した論文を紹介したが、これに続いて今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、乳ガンに脊髄後根から投射している感覚神経が分布すると悪性度が増して転移することを示した研究で、8月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Neuronal substance P drives metastasis through an extracellular RNA–TLR7 axis(神経由来サブスタンス P が細胞外 RNA による TLR7 刺激を誘導し転移を促進する)」だ。

このグループは、神経投射を誘導する SLIT2 分子が乳ガンの発生した血管内皮から分泌され、これが乳ガンへの神経投射を促し、これが乳ガンの転移を促進する可能性を明らかにしていた。この研究では、血管内皮から SLIT2 遺伝子をノックアウトする実験で、SLIT2 がないと脊髄後根からの感覚神経投射が阻害されることを確認し、あとは神経と乳ガンの相互作用について研究を進めている。

まず、転移性が異なる乳ガンをマウスに移植する実験から、転移性が高い悪性の乳ガンほど感覚神経投射の程度が高く、しかも乳ガン自体も神経細胞が発現する分子を発現して神経の様に振る舞うことを発見する。

次に乳ガン細胞のオルガノイド培養実験で、感覚神経と共培養することで転移性が低い乳ガンも転移性の高い乳ガンへと転換することを示し、神経細胞自体がガン細胞の悪性化を誘導していることを明らかにする。

逆に転移性の高いガン細胞を移植する実験で、移植組織の感覚神経を除去していこうと、転移が起こらないことも確認している。

次は、乳ガンと感覚神経の相互作用のメカニズムになるが、

  • 乳ガンと感覚神経が共培養されると、神経細胞の興奮が高まり、その結果様々な神経ペプチドが分泌される。
  • これらペプチドのうち、サブスタンス P (SP) は培養に加えると、乳ガンに発現している受容体を介して、悪性度を高める。また、SP を分泌できないマウスに移植すると、転移が強く抑制される。
  • 人間の乳ガンでもリンパ節転移が例では、組織内の SP 発現が高い。

を明らかにする。

次は SP による悪性化のメカニズムだが、SP が直接悪性化分子を誘導するのではないため、わかりにくいところだが次の様になる。

まず SP に対する受容体の発現量が高いと、細胞死を誘導する。このため、強い刺激を受けた一部の細胞で細胞死が誘導される。こう聞くと、SP は乳ガンを殺してくれる良いシグナルに見えるが、細胞死した一部の細胞から RNA がリリースされると、これが乳ガンの TLR7 分子を介する自然免疫刺激シグナルを誘導し、その結果 PI3K-AKT という重要なシグナル経路を介してガンを悪性化させる。

細胞死なら神経投射がなくても常に起こっているのではと思われ、無理があるシナリオに見えるが、SP の刺激を抑えることが知られる、吐き気を抑える目的で使われている薬剤アプレピタントを乳ガンを移植したマウスに投与すると、乳ガンの増殖が抑えられることを示して、このシナリオに沿った乳ガンの治療可能性を示しており、乳ガンの場合末梢での神経投射がガンの悪性化に重要であると結論している。

アプレピタントは抗ガン剤による吐き気を抑えるために利用されていると思うので、ネオアジュバント治療時にアプレピタントを使用したかどうかでガンの再発を調べる調査は重要な気がする。

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8月8日 神経細胞によるガン増殖の調節(7月31日 Nature オンライン掲載論文)

2024年8月8日
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グリオーマや転移乳ガンが、グルタミン酸受容体を介するシナプスを形成し、自己の増殖に利用することはこのブログでも紹介してきた(https://aasj.jp/news/watch/11421)(https://aasj.jp/news/watch/11416)。このように、神経とガンの相互作用を調べて、治療の糸口を見つけたいと研究が進められているが、なかなか治療法開発にまでは至らない。

今日紹介するテキサス・ベイラー医科大学からの論文もこのラインの研究で、小児に多く発生するependymoma(上衣腫)のうち、ZFTA 遺伝子と RELA 遺伝子が融合した、最も悪性タイプの上衣腫と神経 系の相互作用を調べ、セロトニン神経との相互作用により、ヒストンのセロトニン化を介する遺伝子発現抑制により腫瘍を抑制できることを示した研究で、神経とガンの相互作用の複雑性を示す研究だ。タイトルは「Histone serotonylation regulates ependymoma tumorigenesis(ヒストンセロトニン化が上衣腫の発ガン性を調節する)」だ。

この研究では ZFTA 遺伝子融合を持つ上衣腫(融合型)と、持たない良性の上衣腫の遺伝子発現を比べ、しシナプス結合に関わる様々な分子が融合型で特に発現していることを見いだし、神経との相互作用が増殖に関わる可能性を着想する。

そこで、子宮内での遺伝子操作で融合型の腫瘍を発生させ、生後上衣腫が発生するタイミングで、様々な神経を光遺伝学的に興奮させ、腫瘍増殖への影響を見ている。これまでの研究と同じで、興奮神経の活動は上衣腫の増殖を助ける。一方介在神経の興奮は増殖を抑える。

そこでさらに詳しく神経伝達因子ごとに上衣腫増殖を調べると、セロトニン神経を興奮させると、上衣腫増殖が抑えられることを発見する。あとは、セロトニン神経と上衣腫との相互作用を詳しく検討している。

これまで紹介した様に(https://aasj.jp/news/watch/22353)、セロトニンはヒストン修飾に用いられるので、この研究でもセロトニン化されたヒストンに焦点を当て、上衣腫ではセロトニン化が強く促進され、セロトニン化が起こらないヒストンを発現させると増殖が抑えられることを確認している。そして、ヒストンセロトニン化で活性化される遺伝子と探索し、上衣腫発生のマスター遺伝子ともいえる ETV5 がヒストンセロトニン化により活性化され、これが抑制型ヒストンコードを活性化させることで、上衣腫の悪性化に関わることを明らかにする。すなわち、セロトニンは上衣腫発生に必須といえる。

とすると、セロトニン神経の刺激は上衣腫のヒストンセロトニン化を促進するのに、なぜ上衣腫の増殖を抑えるのか、この辺のメカニズムはなかなか理解できない。上衣腫はセロトニンを外部から摂取するので、常識的にはセロトニン神経の活動は ETV5 を活性化してしまうはずだ。ただ、腫瘍発生後の段階では、セロトニン神経細胞によるセロトニン取り込みの競合の結果も考えられる。ただ、局所での生化学的バランスがはっきりしないので、これが働いているかははっきりしない。

代わりに、この研究ではセロトニン神経からセロトニンが供給され、それにより活性化される ETV5 が、神経ペプチドの一つ NPY の分泌を高め、これが脳全体の興奮を抑えることで、最終的に上衣腫の増殖を抑えるというシナリオを提案している。

結果は以上で、ヒストンのセロトニン化が上衣腫の発生を促進するのに、セロトニン神経興奮が上衣腫を抑えるという矛盾する現象を完全に説明できているとは思わないが、神経とガンとの複雑な相互作用が垣間見られる面白い研究だと思う。

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8月7日 腸内細菌叢が環境内化合物を発ガン性に転換する(7月31日 Nature オンライン掲載論文)

2024年8月7日
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たばこの中に含まれる様々な物質の中で、ニトロソアミンは膀胱ガンを誘導することが疫学的に知られており、試験管内発ガン実験、あるいはマウスを用いた慢性投与実験からも発ガンが確かめられている。

今日紹介するクロアチア・スプリット医科大学と、ドイツ・ハイデルベルグにあるヨーロッパ分子生物学研究所から共同で発表された論文は、発ガン実験に使われる N-butyl-N(4-hydroxybutyl)-nitrosamine (BBN) が、主に腸内細菌の作用で DNA と直接結合する N-butyl-N-(3-carboxypropyl)-nitrosamine (BCPN) に転換され、膀胱ガンを誘導することを示した研究で、7月31日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Gut microbiota carcinogen metabolism causes distal tissue tumours(腸内細菌叢による発ガン物質の代謝が遠位組織の発ガンの原因になる)」だ。

このグループは元々細菌叢による分子てんかんの研究を続けてきた。従って、今回の研究も最初から化学物質による発ガンに細菌叢が関わると狙いを定めて研究を始めている。しかしこれまで BBN は腸内で吸収されたあと肝臓で代謝された結果、DNA 結合性の分子へと転換すると考えられてきた。

この研究は BBN を12週間飲ませる発ガン実験の際、抗生物質を投与すると、膀胱ガン発生を8割から2割以下に抑えられることを示し、発ガン性物質への転換のほとんどが腸内細菌叢により行われている可能性を明らかにした。

この実験が研究のハイライトで、後は実際に BBN が腸内細菌叢により BCPN へと転換されていることを確かめる実験が続く。例えば、抗生物質を投与すると大腸での BCPN 濃度がほとんど0になる。一方で、その前の段階の gBNN 濃度は代謝を受けず上昇する。

また、マウス細菌叢を培養してこれに BNN を加えると、24時間で BCNP へと転換される。この実験系で、実際にこの転換に関わる細菌を調べており、564種類調べた中で12種類だけがこの能力を持つことがわかった。また、これらの細菌が占める割合は0.5%程度なので、かなり少ない細菌によって、危険な BCPN への転換が行われていることがわかる。

次に、人間の腸内細菌叢に同じ能力があるのか、大便を培養する実験系に BNN を加えて BCNP への転換を調べると、個人差は大きいが、人間の細菌叢も BCPN へ転換できる能力を持つ細菌叢は存在する。しかし、大腸菌を除くと、この能力を持つマウス細菌とは種が異なっている。

そこで、人間の細菌叢でもマウスの体内で同じように働くか、無菌マウスに移植した上で、BNN 投与実験を行い、大腸内の BCNP が確かに上昇すること、この上昇を抗生物質で抑えられることを示している。

以上が結果で、他の化合物でも同じような発ガン物質への転換が細菌叢により誘導される可能性も示し、特に発ガン物質を経口摂取させる実験の中には細菌叢が強く関わるかの性があると結論している。

最初こんなこともあるのかと驚いたが、冷静に考えてみるともっともなことで、しかもこの結果が正しいからと言って、抗生物質を飲み続けることはできないことから、結局は今まで通り環境の化合物を摂取しない、すなわち禁煙することが一番重要になる。

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8月6日 マスト細胞は白血球を取り込んで活性を取り戻す(8月2日 Cell オンライン掲載論文)

2024年8月6日
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マスト細胞は IgE 産生システムとともに、アナフィラキシーを媒介する中心的細胞で、細胞表面上に結合している IgE が抗原により活性化されると、細胞内にためていたヒスタミンなどの様々なメディエーターを放出し、アナフィラキシー反応を起こす。この細胞の発生には現役時代研究していた c-Kit が必須で、関係のミーティングでは必ずセッションが設けられていたので、普通の細胞よりはよく知っていると思っていた。

ところが今日紹介するミュンスター大学からの論文は、これまでのイメージからは想像できない、なんとマスト細胞が白血球を取り込んで、自分のために再利用するメカニズムを備えていることを示した驚きの研究で、8月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Neutrophil trapping and nexocytosis, mast cell mediated processes for inflammatory signal relay(好中球をトラップしてそれを吐き出すマスト細胞の機能が炎症シグナルを伝える過程に関わる)」だ。

白血球は様々な炎症現場でその機能が研究されているが、IgE により媒介されるアナフィラキシー現場ではあまり研究されていない。反応も早く、ほとんど機能していないと考えられてきた。これに対してこのグループは、ともかくアナフィラキシー現場で白血球の動態を見てみようと考え、ビデオ観察した。普通は気にもならない問題を、しかもじっと観察してみようと考えたのがこの研究のハイライトだ。その結果、抗原注射によるアナフィラキシー反応で、マスト細胞が顆粒を吐き出した直後から、マスト細胞の方向に白血球が集まり、30分するとほとんどの白血球が離れていくが、残ったマスト細胞の中には生きた白血球が細胞内に取り込まれているという、予想外の現象を発見する。

この現象はコラーゲンゲルを用いる試験管内でも同じように観察され、また人間のマスト細胞と白血球の培養系でも観察できる。

マスト細胞の周りに白血球が集まり出すのは、脱顆粒によるメディエーターの分泌直後からで、このとき同時に分泌される分子が白血球を呼び寄せていると考え、最終的にロイコトリエンB4(LB4)の濃度勾配に沿って白血球がマスト細胞と接触することを突き止める。

その後、互いの膜を沿うように細胞骨格が変化して、最終的に細胞内に白血球が取り込まれるケースが多いが、白血球がより積極的に増すと細胞内に突き刺さるように取り込まれる場合もある。いずれにせよ、取り込まれたあとは数時間白血球は生きているが、その後エンドゾームが酸性化するにつれ、白血球は死ぬ。

面白いのは、白血球を取り込んだ細胞と、取り込まなかった細胞を比べると、脱顆粒後の回復が早く、周りの栄養環境が悪化しても、取り込んだ細胞の成分を、オートファジーのように利用して、代謝活性を上昇させ、高い活動性を維持できる。

ただ、白血球の取り込みによるベネフィットはこれだけではない。マスト細胞は細胞を取り込んでも、元々様々な分解酵素を使う能力は低い。そのため、白血球が死んだ後、多くの分子が完全に分解されないまま残る。その結果、次に刺激されたとき、完全にメディエーターが合成できていなくても、白血球が発現していたロイコトリエンやプロスタグランジンを分泌するとともに、完全に消化されないDNAを回りに分泌することで、組織中のマクロファージを刺激、炎症反応を持続させる。

以上が結果で、マスト細胞が白血球を取り込むだけでも驚きだが、これが自己活性化と炎症誘導のための戦略であるとする仮説は、さらに検証が必要だが、面白い可能性だと思う。シナリオをこれでもかと押しつけてくる論文の書き様はちょっと心配にはなるが、面白い論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月5日 気になる人体実験:1)生まれつき全盲の視覚野機能、2)リーシュマニア感染実験(7月30日 米国アカデミー紀要、8月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年8月5日
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人間で調べてみないとわからないことは多い。中でも脳や免疫系のように複雑なネットワークを形成しているシステムでは、その重要性は一段と高い。そこで、この1週間で目にした人間についての研究を2編紹介する。

まず最初のワシントン大学からの論文は、様々な理由で生まれつき視力が失われた8人の成人(23歳から54歳まで)の、本来なら視覚に使われる一時視覚野 (V1) が、全盲の方ではどのように使われているのか、MRI による機能的結合性検査で調べた研究で、7月30日 米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。

この研究では視覚情報を伝える文章を聞かせたとき、V1 と機能的に結合している領域を FC と定義し、各個人の FC を測定している。そして、それぞれの個人については、最初の検査から3年間にわたって1年ごと検査を繰り返し、V1 との FC の変化を追跡している。

これまで、視覚野として使わなくなった V1 は、様々な感覚情報の処理にフレキシブルに使うようになるという考えと、成長過程で様々な領域と安定な FC を形成しているとする考えが存在しており、最初の考えが正しければ、同じ個人で V1 の FC は変化するし、逆にあとの考えが正しいとすると、V1 との FC は個人ごとに異なり、また3年間同じパターンが維持されることになる。

結果は後者で、V1 との FC を個人の特定のデコーダーとして使え(90%の正確性)、しかもそのパターンは個人ごと、3年間ほぼ安定に維持されていることが明らかになった。

それぞれの個人でどのように使われるのか、などはほとんど解析されていないが、ずいぶん昔、生理研の定藤さんの、点字は V1 領域を活性化すると言った研究をはじめとして、多くの研究があるので、そちらを参考にしてほしい。ともかく、成長過程で全盲の方は V1 を個人個人で新しい領域として開発し、それを維持していることがわかった。今後は、いつ頃このパターンが固定されるのか、また成人に達してからの可塑性はないのかなど、この研究を基礎に新しい研究が進むと期待される。

ガラッと変わって次の論文は、条件を整えれば病原体の人間への感染実験は可能かどうかを調べた英国ヨーク大学を中心とする治験研究で、8月2日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Safety and reactogenicity of a controlled human infection model of sand fly-transmitted cutaneous leishmaniasis(コントロールされたサシチョウバエにより媒介される皮膚リーシュマニア菌感染実験の安全性と反応性)」だ。

リーシュマニアは細胞内寄生原虫による感染症で、ほとんどは皮膚でとどまるが、瘢痕化による様々な障害を引き起こす。また、中には治りにくい、あるいは先進に広がるリスクを持つ原虫の種類も存在する。面白いことに、中東やソビエトでは感染創からリーシュマニア原虫を採取し、ワクチンとして使われ、効果が示されており、現在ワクチン開発が進んでいる。

このワクチンのテストを、感染地域で大規模治験として行うことも可能だが、患者数や費用のことを考えると、限られた治験でワクチン効果を確かめたい。そのためには、比較的全身症状をほぼ起こさない種類の原虫を、極めて限られた皮膚領域に感染させ、発症や免疫反応を調べる人体を用いたシステムが必要になる。

この研究では、14人の健康ボランティアを募り、サシチョウバエで植え継いできたリーシュマニア原虫を、3mm強の大きさの部分に感染させたその後の経過を調べている。2例では全く変化が見られなかったが、残りの12人では、典型的皮膚症状が誘導され、バイオプシーでリーシュマニア原虫陽性が確認されている。以上の結果から、皮膚感染による皮膚症状発症は、82%の確率で起こることを確認している。

発症後、10例の患者さんは感染場所を治療目的で除去しているが、3例で4−8ヶ月後に再発が見られ、リーシュマニアが確認されている。ただ、これらも部分的に低温にするクライオ治療で完治しており、慢性感染へ移行した例はないが、しかしコントロールされた感染実験でも完全に経過を把握することは難しい。また、この10例全てで瘢痕形成が見られた。

とはいえ、重症の皮膚症状はほとんど見られず、軽度な潰瘍を示した1例だけだった。ただ、かゆみが強く、ひっかいた結果の感染症は3例に見られている。

あとは組織上で多くの遺伝子発現を同時に調べる方法を用いて、バイオプシー領域の解析を行っているが、感染症の形成にケモカインが重要な働きをしていることや、皮膚ケラチノサイトのリモデリング分子と潰瘍の関係などを除くと、特殊な感染症としての明確なメカニズムにつながる結果ではない。

以上、リーシュマニア感染症実験が可能になると、限られた人数のボランティアでワクチンの効果が確かめられる可能性がある。しかし、感染を完全にコントロールする難しさもよくわかる論文だった。

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