7月15日:老化細胞を除去すれば「元気で長いき」できるか?(Nature Medicineオンライン版掲載論文)
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7月15日:老化細胞を除去すれば「元気で長いき」できるか?(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2018年7月15日
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社会が健全であるためには、常に新陳代謝が必要で、若い人が活躍するには、年寄りが引退する仕組みが必要だ。これは身体も同じようで、2015年3月、老化した細胞を除去することで、身体機能を上げることができることを報告した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3057)。

今日紹介するメーヨークリニックからの論文は、この研究の続きで、前の論文で開発した薬剤が、身体の機能を若返らせるだけでなく、寿命を延ばす効果まで証明した研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Senolytics improve physical function and increase lifespan in old age (老化細胞融解剤は老化マウスの身体機能を改善し、寿命を延ばす)」だ。

以前の研究を思い出すと、老化した細胞が生存するメカニズムを追求し、多くのキナーゼに阻害効果があるダサニティブと、抗炎症効果があると一般薬として普及しているクエルセチンの組み合わせが、老化細胞を除去する効果があることを発見し、この薬剤投与により実際老化マウスの心臓機能が改善することを示した論文だった。

今回の論文では、老化細胞が全身に及ぼす効果、そしてダサニティブ+クエルセチン(D+Q)の寿命延長効果を明らかにすることが目的になっている。

まず老化細胞の身体に及ぼす影響を調べる実験系として、体外に取り出した前脂肪細胞に放射線照射により老化を誘導し、この細胞を若いマウスの腹腔内に移植して老化が起こるか調べている。ちょっと驚くべき実験系だが、なんとたった100万個の放射線照射した細胞を移植するだけで、歩く速度が低下し、バーにぶら下がるグリップ力が低下する。さらに、老化が始まったマウスに同じ細胞を移植した場合でも、身体機能がさらに低下するだけでなく、驚くなかれ死亡時期が早まる。

移植により、炎症状態が誘導され、また様々な代謝ストレスへの抵抗性が失われるが、これは移植した脂肪細胞への免疫反応でないことは、免疫不全マウスへの移植で確認している。と言っても、自然免疫系については検討できていない。

最後に、放射線照射脂肪細胞の移植による老化を以前の研究で特定したD+Qが止めることを確認した上で、比較的寿命の長い方のB6マウスが20ヶ月齢に達してから、D+Qを2週間に一回投与を続けると、平均で寿命が60日延長(このマウスの平均寿命は930日なので、6%延長と考えていい)、様々な病気になる確率が減り、身体機能もある程度改善するという結果だ。これがマウスだけの話でないことを示すため、ヒトの腹腔内の脂肪組織を用いてD+Qが老化細胞を除去できていることを示している。

以上が結果で、中年以上になれば2週間に一回間欠的にD+Qを投与すると、元気で長生きできるかもしれないという結論だ。おそらく、かなりの高齢者を対象に治験を計画しているように思うが、ダサニティブが抗がん剤として使われており、ある程度の副作用が予想されると思うと、間欠的に投与すると言っても、二の足を踏む人が多いのでは無いだろうか。少数の老化細胞を局所に移植するだけで、全身の効果があることも含めて面白い研究だが、私自身がヒトでの効果を知るまでいきていられる可能性は低いと思う。
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7月14日:急性骨髄性白血病のリスクを予測する(Natureオンライン掲載論文)

2018年7月14日
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白血病も含めて、ガンは突然変異が積み重なってできることは、現在では専門家だけではなく、一般の人々にも広く知られた現象だと思う。しかし、私自身がこれを実感したのは、広島の放射線影響研究所のレビューに行って、さまざまな症例を見せていただいたときだ。おそらく、この研究所に集められた膨大なサンプルと、年々高齢化が進む被爆者の方々のゲノム検査が行われれば、ガン、特に白血病の発症予測に、我が国でしかできない貢献ができると思う。残念ながら、被爆者の方々のゲノム研究がどれほど進んでいるのか把握できていない。

もちろん、ガン発症予測のためのゲノムコホート研究は世界中で行われている。今日紹介するカナダ・英国を中心とする国際チームからの論文は、ゲノムコホートから白血病予測に役に立つ検査データを探し出し、白血病リスクを正確に予測しようとする研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Prediction of acute myeloid leukaemia risk in healthy individuals (急性骨髄性白血病のリスクを発症前に予測する)」だ。

私のような老人では、生きてきた時間分細胞に突然変異が蓄積しており、さまざまなガンのリスクが高まっている。中でも、毎日自己再生を繰り返している血液幹細胞の白血病と言える急性骨髄性白血病(AML)の発症率は年齢とともに上昇し、65歳以上では骨髄移植治療が難しいため、治療の難しいガンになっている。もし、もっと早い段階で診断ができればなんとか手が打てうるのではと誰もが考える。

この研究では、コホート研究中にAMLを発症した人の、コホート開始時の末梢血のDNAと、それ以外のコホート参加者の末梢血DNAの中から、これまでAMLに関わるとしてリストされている遺伝子群を濃縮した後、低い頻度で存在している変異を十分検出できる方法を用いて比べている。この結果、AMLを発症した人の実に73%の人がAMLにつながる変異を、数年も前から持っていること、また正常の人でもなんと36%が血液中に変異を持って少し増殖が高まっている血液のクローンが存在することがわかる。

初めて聞くと驚くのだが、同じ話は既に何回も報告されている。この研究では、AMLの発症に一つ一つの変異がどう関わるかを詳細に検討し、ゲノムレベルのリスクを計算できるようにした後、これらのリスクを一般的な血液検査結果と相関させられるか、患者さんの電子データを用いて調べている。しかし、誰もが思いつくような白血球数などは、AMLに関わる遺伝子のどれかに変異があって、少数のクローンの増殖が高まっていても、末梢血の白血球数にはほとんど反映されない。色々粘った結果だと思うが、最終的に赤血球の大きの分布の幅(RDW)がAML発症と相関することを発見する。この検査は貧血検査として行われており、考えてみると造血が乱れている指標として使うのはなんの不思議はない。

あとは、さらに大きな検査データのデータベースからAMLを発症した人を抽出し、その人たちのRDWを追跡すると、発症の数年前にRDWが急に増加していることを発見する。あとは、機械学習ソフトを開発して、AML発症一年前に25%の確率で予測可能なAIモデルを完成させている。

話はこれだけで、今後まだまだ診断率を上げる可能性があると思う。最初ゲノム研究かと思って読んだが、実際はゲノムの話が全くなくてもひょっとしたらできたかもしれない仕事だという印象を持った。しかしこれは結果論で、AML発症した人の、発症までの経過をゲノムを通して詳細に調べることの重要性は明らかだ。いずれにせよ、25%のハイリスク群が特定できることで、新しいコホートが行われるだろう。期待したい。
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7月13日:乳児期の身体は脳にどう表象されているのか?(Developmental Scienceオンライン版掲載論文)

2018年7月13日
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人間を精神の発達の結果として捉えた科学者の中ではフロイトが最も有名だろう。多くの著書があり、日本語にも訳されている。脳科学の発達した今、新しい脳科学の結果を頭に入れてもう一度読み直してみると、文章をそのまま読むよりはるかに納得できる。そんなわけで、フロイトを脳科学的に捉え直してみることを一度大胆にも試みたことがある。顧問先のJT生命誌研究館のウェッブサイトに2回に分けて書いたもので、少し難しいかも知れないが興味があれば是非読んでほしい(フロイトの意識と自己 第1回http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000008.html、第2回http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000009.html)。

このブログではフロイトの「自我とエス(中山元訳ちくま学芸文庫)」から引用した一文
「個人の発展の最初期の原始的な口唇段階においては、対象備給と同一化は互いに区別されていなかったに相違ない。のちの段階で性愛的な傾向を欲求として感じるエスから、対象備給が生まれるようになったと想定される。最初はまだ弱々しかった自我は、対象備給についての知識を獲得し、これに黙従するか、抑圧プロセスによってこれから防衛しようとする。・・・・少年の成長について簡略化して記述すると、次のようになる。ごく早い時期に、母に対する対象備給が発展する。これは最初は母の乳房に関わるものであり、委託型対象選択の原型となる。一方で少年は同一化によって父に向かう。この二つの関係はしばらくは並存しているが、母への性的な欲望が強まり、父がこの欲望の障害であることが知覚されると、エディプス・コンプレックスが生まれる。」 
(注:ここで備給と訳されているのは、ある対象で心が占拠されることを意味し、ドイツ語ではBesetzung:わざわざ普通使わない単語を使うのが我が国の翻訳の重大な問題で、例えばunderstandingを悟性などと訳してしまうことで、古典を読む意欲を削いでしまう)

「乳児期に口唇を通して頭に描く母のイメージ」から、より高次な認識力の発展とともに,新しい自己の表象が形成される過程を描いているが、わかりやすく書き直すと、
「赤ちゃんは最初唇を通してしか外界を感知できないため、最初の自己はこの感触との関係で形成される。従って、当然母の乳房が世界の全てになる。そこに、手や足、匂い、音を通して新しい世界が開け、最後に視覚を通して世界が見える。そのため、常に、新しい外界のイメージをそれ以前に形成した自己と統合し、自我が形成されるが、その時母のイメージはまず身体を通して形成されたため、高次の感覚から形成された父親のイメージと対立する、性的な対象として確立してしまう」
といったところだろうか。

この話は、たとえば乳児が示す、唇に触れたものを追いかける口唇反射を見ると納得できるが、これを脳波で確かめたワシントン大学からの論文がDevelopmental Scienceに先行出版された。タイトルは「Neural representations of the body in 60-day-old human infants(60日齢の子供の脳に形成された身体の表象)」」だ。 研究は極めて単純で、60日目の乳児の脳波をとりながら、左手、左足、そして上唇をタッチセンサーを兼ねた棒で触る。その時の脳の反応を比較的簡単な脳波計で調べている。答えも簡単で、それぞれの場所を触られた時だいたい0.2秒ほどで反応が得られるが、反応の強さは唇の刺激が他の刺激と比べて圧倒的に強く、電位差にして2倍以上の反応が記録できる。脳の局在については、手はすでに右脳に投射されているが、他の場所はまだはっきりしない。

フロイトの言う口唇期の脳がはっきりとわかる結果だが、大人の感覚野を表現している脳内の小人の姿の中で、唇があれほど大きな場所を占めている理由もよくわかった気がした。この単純なイメージがどう発達するのか、ぜひ経過を見たいと思うとともに、子供の発達障害も、科学的治療を開発する余地が多く残っていることを確信した。
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7月12日 LINEトランスポゾンは決っしてジャンクではなく、発生に必須の役割を演じている(7月12日号Cell掲載論文)

2018年7月12日
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ゲノム解読により、私たちのゲノムの半分以上が様々なトランスポゾンと呼ばれる染色体を動き回れる可能性がある遺伝子断片で占められていることがわかった。機能はまずありそうにないように見えたので、ジャンクDNAとして分類され、基本的には染色体を動き回って悪さをしないようにすぐ不活化されると考えられて来た。ところが、最近になって、トランスポゾンも発生に必須ではないかとする研究が発表されるようになってきた。昨年9月、受精卵が胚盤胞に発生する際、LINE-1トランスポゾンの発現が高いまま維持されたり、或いは2細胞期で抑制されたりすると発生が進まないというNature Geneticsの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/7308)。これは、LINEが発生初期のクロマチン再構成のオーガナイザーとして働いているからだと解釈されている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文も、2細胞期からの発生でのLINEの機能を調べた研究と言えるが、結論はずいぶん違っている。とはいえ、LINEがこのプロセスには必須であるという点では同じ結論だ。タイトルは「A LINE1-Nucleolin Partnership Regulates Early Development and ESC Identity(LINEとNucleolinは協調して初期発生とES細胞の維持に関わる)で、7月12日号のCellに掲載された。

昨年9月に紹介した研究では、2細胞期でLINEが最も発現が高まりその後急速に低下することに注目して研究が行われたが、この研究ではES細胞の核内でLINE遺伝子から転写されたRNAが強く発現していることに注目し、ES細胞のLINEをアンチセンスRNAで抑え、その機能を探るところから始めている。すると、ES細胞の増殖が低下し、2細胞期特異的に発現する多くの遺伝子の発現が著明に上昇することがわかった。すなわち、LINEはジャンクではなく、転写されてES細胞の増殖を促進し、2細胞期特異的に転写される遺伝子を抑制していることが明らかになった。

これがわかると、あとは探偵小説と同じで犯人探しを行えばいい。もともとこのグループは、この分野の知識が豊富だ。オーソドックスな方法で犯人を追いつめている。まず、2細胞期特異的な遺伝子発現を誘導することが知られているDuxの発現を調べると、LINEを抑えることで強く上昇しており、LINEがDuxを抑えて、2細胞期の転写全体を抑えて、4細胞期へのシフトを誘導する役割があることがわかる。一方、LINEによる細胞増殖の促進については、Duxとは無関係で少し手こずったが、最終的にリボゾームRNAの合成に関わる遺伝子を誘導して、増殖を側面からサポートしている事が明らかになった。すなわち、LINEは別々に、一方では抑制因子、もう一方では促進因子として働いている。

最後にではLINEがDuxを抑制し、rRNAの合成を高めるメカニズムについて調べ、転写されたLINE―RNAがNucleolinとKap1転写因子と結合して、DuxとrRNA遺伝子に直接結合し、Duxの転写は抑え、rRNA遺伝子の転写を高めることを明らかにしている。トランスポゾンから転写されたRNAがNucleolinとKap1遺伝子に結合し標的遺伝子調節領域に結合するとは、まるでCRISPR/Casを思い出させるが、逆になるほどと納得できるシナリオだ。いずれにせよ、LINEがホストを助けているのか、ホストがLINEをうまく使っているのか、ジャンクとして片付けることはもうできないことは明らかだ。

このシナリオは、今後初期胚発生の研究にも多くのヒントを与えている。事実、LINEを抑えると、ES細胞を基底状態にもって行くことができることが、この研究で示された。違う側面から、多能性の維持について、新しい方向の研究が出てくる気がする。
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7月11日 パーキンソン病のドーパミン神経の変性を遅らせる薬剤isradipineの治験は成功するか?(Journal of Clinical Investigation6月号掲載論文)

2018年7月11日
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パーキンソン病の原因を突き詰めていくと、特にドーパミン神経に特異的な原因で起こっているようには見えない。なのになぜドーパミン神経が選択的に変性しやすいのかは昔から重要な問題だった。これを説明する最も重要な現象は、ドーパミン神経が他の神経細胞とは異なり、心臓のペースメーカー細胞のように自発的に興奮を繰り返していることだ。そして周期的にチャネルを通して流れこむカルシウムが、このペースメーキングに関わるとともに、ミトコンドリアでの活性酸素を高めるため、他の細胞より変成しやすいのではと考えられて来た。この考えのもと、現在isradipineを呼ばれるカルシウムチャネル阻害剤を用いて、この活性酸素産生を抑える臨床治験が進んでいる。この治験結果が明らかになれば、この可能性が確かめられるのだが、実際にはこの治験の背景になっている、ペースメーキングに伴う細胞内へのカルシウム流入が、本当にミトコンドリアを刺激して活性酸素を出させて、細胞死を誘導するのか実験的にまだ明らかになっていない。

今日紹介するシカゴ・ノースウェスタン大学からの論文は、この治験の妥当性をあらためて確かめる論文で、6月号のJournal of Clinical Investigation に掲載された。タイトルは「Systemic isradipine treatment diminishes calcium-dependent mitochondrial oxidant stress (isradipineの全身投与によりカルシウム依存的ミトコンドリアの活性酸素ストレスを軽減する)」だ。

この研究ではまず、ドーパミン神経の自発的ペースメーキングと樹状突起のカルシウムの周期的振動とが関連していることを、カルシウムイメージングと、膜電位の両方を同じ神経細胞で調べるパッチクランプ法を開発して調べている。この結果、ペースメーキングとカルシウム流入の振動は同期していること、そしてカルシウムの振動にはCav1.3チャネルが関わることを明らかにした。

その上で、Cav1阻害剤isradipineを加える実験を行い、Cav1阻害によりドーパミン神経でのカルシウムの振動を半分以下のレベルに抑制することができるが、膜電位の周期的興奮は影響されないことを見出している。すなわち、israpdipine処理は、ドーパミン神経の振動的興奮に必要なカルシウム振動は維持してドーパミン神経の機能を維持しつつ、Cav1を介する大きなカルシウム振動を抑えることで、ミトコンドリアを変性から守っている事を強く示唆している。そしてisradipinをマウスに投与することで、活性酸素のストレスを軽減し、オートファジーによるミトコンドリアの変性を抑制、最終的に黒質のドーパミン神経だけでミトコンドリアの変性が止まり、ミトコンドリアの大きさと数が増加している事を明らかにした。

以上の結果から、動物実験レベルでは間違いなく、カルシウムの大きな振動的変動が、ドーパミン神経特異的な変性の原因になっている事を示唆し、現在進んでいるisradipinの治験が論理的には正しいことを強調している。とすると、現在行われている治験結果に期待を寄せることができそうだ。もし現在の治験がうまくいかなかっても、原理は確かめられているので、例えばよりCav1.3に特異性の高い阻害剤を開発するなど同じ方向でパーキンソン病の進行を遅らせる方法を開発できる可能性も十分あると思う。

しかしいくつか問題がある。まず、症状が出始めた時には、かなりの数のドーパミン神経が失われている。このようなケースでも進行を遅らせることができるのはよくわからない。もう一つは副作用だ。実際の患者さんに使うとなると、この実験での投与期間とは比べ物にならない長期の投与が必要になる。これによる副作用がでないことも切に願っている。
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7月10日 メトフォルミンは肺線維症に効果がある(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2018年7月10日
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メトフォルミンは肝臓でのグルコース産生を低下させる効果があり、ほとんどの国で、糖尿病治療の第一選択薬になっている。この効果のメカニズムの中心は、肝臓細胞のAMPKを活性化し、ミトコンドリアのさまざまな活動に影響するためと考えられているが、実際にはその全体像は複雑で完全に理解できているわけではない。最近では腸内細菌にメトフォルミンが直接働いて、インシュリン抵抗性を改善するとする論文も発表されている。その上、糖尿病に限らず、免疫系を活性化して抗がん作用を示すという報告もあり、アスピリンに並んで、多様なしかも良い作用を持つことが証明されている。

最近になってなんと肺線維症にもメトフォルミンが効果を示すことが示され、まさにアスピリンに並ぶ万能薬としての地位を高めつつある。今日紹介するアラバマ大学からの論文は、メトフォルミンの肺線維症に対する効果のメカニズムについての研究でNature Medicineのオンライン版に掲載された。日曜日にアスピリンの多様な効果を紹介したので、今日はこれに続く形でメトフォルミンについて紹介することにした。

この研究では、ヒトやマウスの肺線維症とAMPKシグナル分子の関係を調べ、AMPKが活性化されると肺線維症へのシグナルが入った線維芽細胞のオートファジーを高め、mTORシグナルを抑えることで、コラーゲンなどの蓄積を抑えることを明らかにしている。逆にAMPKの発現を抑えると、線維芽細胞での細胞外マトリックス分子の発現が高まる。

次に、AMPKの機能を高める化合物AICAR やメトフォルミンで細胞を処理する実験を行い、これらのAMPK活性化分子がコラーゲンやファイブロネクチンの合成を止め、オートファジーを誘導することがわかった。

以上の結果から、肺線維症はTGFβなどの刺激が、細胞がオートファジー能力を低下させ、細胞外マトリックスが沈着することが原因となっておこるが、メトフォルミンによりミトコンドリアの合成が高まり、線維芽細胞の細胞死が高まることで、肺線維症を止めることが出来ることが明らかになった。

最後に、この細胞レベルの結果が、生体内でも見られるか調べる目的で、ブレオマイシンと呼ばれる抗がん剤を投与して肺線維症を誘発し、これにメトフォルミンを投与して病気の進行を調べている。結果は期待通りメトフォルミン投与で、肺線維症に関わる分子マーカーの発現が抑えられ、組織学的にも線維化を強く抑えることができている。

これらは全てマウスの話だが、メトフォルミンは最も使いやすい薬剤としてこれまで多くの人に使われてきたこと、またきわめて安価な薬剤である事を考えると、大至急治験を行い、ヒトの肺線維症にも効果があるか確かめてほしいと思う。
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7月9日:東南アジア民族の形成:日本の縄文人も含む(7月6日号Science掲載論文)

2018年7月9日
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古代人のゲノム解析が進み、アフリカから、ヨーロッパ、さらにはオセアニア、アメリカでの各民族の形成過程が、ゲノムから明らかにされつつあるが、少なくとも一般紙に発表される論文レベルでは、東南アジアから我が国にかけての民族形成過程について調べた論文をなかなか目にすることはない。

ところがようやく、7月6日号のScienceに東南アジアから我が国の縄文人までカバーした古代人ゲノムの研究が発表され、これまでのフラストレーションが少し解消した。タイトルは、「The prehistoric peopling of Southeast Asia(先史時代の東南アジアの民族形成)」だ。研究の主体はケンブリッジ大学だが、我が国の研究者もさまざまな形で参加しており、そのおかげで縄文人についての記述が多く、初めて日本民族形成のイメージをつかむことができた。

この研究ではマレーシア、タイ、ベトナム、ラオス、インドネシア、フィリピン、そして愛知県伊川津貝塚から、2ー8千年前の人骨を集め、そのDNAを解析している。東南アジアや我が国で、古代人ゲノム研究が進まない理由は、研究レベルの問題もあるが、もう一つは高温多湿地帯のためDNAの変性が激しいことがある。この研究では、この問題をMYbaitsと呼ばれる液体中で人間のDNAを精製する方法を用いて、低い精度ではあるがなんとか全ゲノムを解読し比較に用いている。

この結果、東南アジア出土の古代人ゲノムはgroup1ー6までの6グループに分けることができる。例えばgroup1にはマレーシアHoabinhiansで発見された東南アジア最古の人骨の末裔、マレー半島のÖngeやJehaiが分類され、Group2にはベトナムの新石器時代から青銅器時代の人骨が分類される。他のGroupの構成の詳細は省くが、このように分類した先史時代のゲノムと現代の各民族を比べることで、西から移動してきた現生人類が東南アジアに定住する過程を描くことが可能になる。

論文は50近くの図や表を擁する膨大な研究で、ここでは詳細を省いて以下の2点だけを紹介する。

1) この研究が行われた動機の一つは、各民族の定住を促した農業がどのように東南アジアに広まったかを明らかにすることだ。これまで、Hoabinhiansの狩猟採取民族が外部の影響なしに農業を発展させ、東南アジアに広めたとする説と、東アジアで農業を始めた民族が、徐々に東南アジアの狩猟採取民を征服して置き換わっていったという説が唱えられていた。今回、古代人ゲノムが解析され、それぞれの関係を調べることで、東南アジアの民族が、文化的に優位な民族が他の民族を置き換えるのではなく、混血を繰り返しながら文化を共有していったことが明らかになった。これは例えばヨーロッパの先住民が、Yamnaya民族に置き換わってしまって、インドヨーロッパ語文化圏が形成されたのとは全く違う。すなわち、異なる民族間でのある種の平和的融合を通して混血と定住が進み、各地域の民族が形成されたのが、東南アジアの特徴と言える。事実それぞれのグループにはインドやパプアニューギニア民族からの遺伝子流入も見られることから、この融合範囲はかなり広い。

2) 次は我々日本人にとって最も関わりのある問題、すなわち縄文人や現代日本民族の形成過程だ。驚くことに、縄文人はなんとマレーシアを中心に分布するGroup1に最も近い。ただ、Group1に分類していいかと言われるとかなり違っており、東アジア民族からの遺伝子流入の影響を大きく受けている。すなわち、マレーシアに誕生したGroup1の末裔が東南アジアを経て日本に到達するまでに、その途上の民族とおそらく平和的に混血を繰り返して日本に到達したのが縄文人になる。また、伊川津縄文人を2.5-3千年前とすると、その後の3000年のうちに更に東アジア人と混血して新しい日本人を形成したことだ。おそらく、弥生人の解析が進めばこの点は確認できるのではないだろうか。もちろん、伊川津貝塚からの一体だけで縄文人の由来についての結論を急ぐのは危険だが、人類起源の地アフリカからもっとも離れた島国に定住した日本民族が、様々な民族とゲノムでつながっていても何の不思議もない。

東南アジアの定住と民族形成が征服ではなく融合が基本だったことは、歴史時代多くの争いがあったとはいえ、アジアの精神性の基盤になったのかもしれない。タイの国立博物館を訪れた時、タイ民族が7種類の民族のゲノムが混じり合ってできていることを誇りにしているビデオ展示を見て、純血を重要視しない王国があると感心した。しかも、その民族の中には日本民族も含まれている。この論文を読んで、民族の純血を叫ぶのではなく、逆に他民族との深い関係を誇りにする日本人にでありたいと思うとともに、私たちが深く東南アジアとも繋がっていることを実感した。
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7月8日:声を出して話をする脳のメカニズム(6月28日号Cell掲載論文)

2018年7月8日
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人類は、利他的な協調行動が可能で、経験を積極的に教えることのできるコミュニケーション能力を獲得できたことで、他の動物とは全く異なる進化が可能になった。この能力を私は言語と呼んでいいと思っているが、とはいえその能力が複雑な音節を用いる「話し言葉」になったのは、おそらく4−5万年前のことだろう。この過程を理解するためには、もちろん私たちが喉頭から口腔をどのように制御して複雑な音節を発音できるのかを知る必要がある。しかし、これは人間特有の機能であるため、研究は簡単ではない。これまで、脳外科手術時の刺激実験により、喉頭を支配する脳領域が人間でも特定されているが、複雑な音の変化をどう作り出しているのかまでは調べることができていない。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、てんかん発作の始まる場所を知るために人間の脳内に設置した電極を用いて脳の活動を直接高い精度で記録する方法を用いてこの難題に挑戦した研究で6月28日号のCellに掲載された。タイトルは「The Control of Vocal Pitch in Human Laryngeal Motor Cortex(人間の喉頭運動皮質での声のピッチの制御)」だ。

この論文の著者全員は脳外科学部門に属しており、この部門の特権を最大限に生かした研究と言える。研究では、喉頭運動皮質(LMC)をカバーして電極を長期間設置した患者さんに、決められた言葉(この実験ではI never said she stole my money.)を話してもらい、この時の声と喉頭部位の筋肉の活動、そしてLMCとその周りの領域の神経活動を同時に記録し、特に言葉のピッチが変化した時(例えば先の文章でSheを強調してもらって「彼女が犯人とは言っていない」というニュアンスを出してもらう)、LMCに設置した各電極の活動と相関させる実験を12人の患者さんについて行なっている。脳内に設置された電極のおかげで顔や喉頭の動きの影響は全く受けず、また電極の密度が高いため、脳の小さな領域の活動を同時に数多く記録できる。

この実験でまず、ピッチを変える時に興奮する領域がLMCの背側(dLMC)に限局していることを発見する。これは左右の脳で同じだが、左脳では腹側(vLMC)で記録されることもある。重要なのは、興奮が強いほどピッチの高さが上がる点で、脳の活動が直接ピッチをコントロールできる構造になっているのがわかる。さらに面白いのは、発生したピッチの変化を耳を通して感知するのも同じ領域で、平均0.39秒後に同じ場所が興奮する。即ち感覚と運動の両方が同じ領域で支配されている。

次に音声学者の藤崎先生らによるモデルを用いてピッチの輪郭を速いアクセント部分と、遅いフレーズ部分、そしてこれらを音としてあわせる要素に分解し、それぞれに対応するLMC領域を調べると、アクセント部分とフレーズ部分は異なる領域で支配されていることが明らかになった。

次に、この結果が、言葉を話すときに限られるのかを調べるため、今度はメロディーをつけて歌う課題を設定して測定を行うと、同じように発声前とそれを聞く過程で同じ領域が興奮し、話し言葉に限らず、歌を歌うときにも同じ脳の活動が見られることが明らかになった。

これだけでも十分面白いのだが、この研究ではなんと留置電極を用いた実験から明らかになった領域を、脳外科手術時に刺激する実験を82人について行い、全身麻酔の場合、dLMCへの刺激の強さに応じた強さの喉頭筋肉の活動が誘導できること、また局所麻酔による手術時の実験で、dLMCを刺激した時だけ、実際の声を出させることまで示している。

もちろん、言葉を話すという複雑な運動調節を理解するにはまだまだ研究が必要だろうが、それでも大きな進歩だと思う。この成功は何と言っても電極密度の高い記録を行える患者さんのおかげだが、これに我が国の藤崎先生の言語の数理モデルが大きく貢献していたことも嬉しい話だ。
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7月7日:アスピリンがアルツハイマー病に効くメカニズム(Journal of Neuroscience掲載論文)

2018年7月7日
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薬剤を開発する場合、できるだけ分子標的を絞り、他の分子への作用が無いような化合物を選ぼうとする。これは副作用を懸念するからだ。しかし、副作用は読んで字のごとく、意図しない作用があるということで、悪い作用と決まったわけではない。思いもかけない良い作用が見つかることもある。特に、医療で利用されるようになってからの歴史が長い薬剤に思いもかけない良い副作用が発見されることが多い。この代表が、アスピリン、スタチン、メトフォルミンで、これまで知られなかった効果の発見に関する論文が現在も発表され続けている。

このような副作用は、同じ薬剤が異なる標的分子に作用する場合と、一つの標的分子が様々な現象で機能している場合に分かれる。アスピリンについては、シクロオキシゲナーゼを阻害して炎症物質プロスタグランジンの生産を止め、炎症を抑えることがわかっており、アスピリンの多様な効果は全てこの抗炎症作用に基づいていると考えられていた。これまでに報告されたアスピリンの効果だが、最も普通に使われる発熱鎮痛剤としてだけでなく、現在では血栓防止、動脈硬化防止と心臓血管病予防、一部のガンの予防効果も大規模調査で確かめられている。これに加えて最近では、パーキンソン病やアルツハイマー病など脳の変性疾患にも効果があるという臨床研究が出始めている。ただ、ほとんどの場合、背景に炎症が存在する場合が多く、結局はアスピリンの抗炎症作用が効果のメカニズムだろうと(少なくとも私は)考えていた。

ところが今日紹介するシカゴのラッシュ医科大学からの論文はアスピリンがPPARαという転写因子に働いてリソゾームの作用を高めアルツハイマー病を予防するというアスピリンの新しい作用メカニズムを示唆する研究でJournal of Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Aspirin induces Lysosomal biogenesis and attenuates Amyloid plaque pathology in a mouse model of Alzheimer’s disease via PPARα(アスピリンはPPARαを介してリソゾームの生成を誘導し、マウスのアルツハイマー病モデルでアミロイドプラークを減少させる)だ。

これまでアスピリンがアルツハイマー病に効果があるという疫学調査が発表されており、この研究ではこの効果がアミロイドプラークを処理するリソゾームの能力が高まるためではないかと最初から仮説を立てて研究している。

まずアストロサイトをマウス脳から分離して、アスピリンがリソゾームの合成を誘導するのではないかと調べ、期待通りリソゾームの数が5倍以上に上昇し、この合成に関わる分子が軒並み高まっていることを発見する。すなわち、組織の炎症を経ないで、直接アスピリンがアストロサイトのリソゾームの合成をあげ、細胞の老廃物処理能力が高まっていることを明らかにする。

リソゾーム合成経路はよくわかっており、合成が高まっていることが確認できれば、あとはリソゾーム合成に関わる分子をたどればいい。最終的にPPARαと呼ばれる内因性の脂肪酸と反応してリソゾーム合成を高めるマスター遺伝子TFEBの発現を高め、結果としてリソゾームの合成が高まることを明らかにしている。この研究ではアスピリンがPPARαに直接結合して作用している可能性を強く示唆しているが、構造学的な最終証明には今後の研究が必要だと思う。もしこれが正しければ、アスピリンが動脈硬化予防に役立つ機構に、炎症予防だけでなく、この経路が関与している可能性がある。

アスピリンがPPARαを介してリソゾーム合成を高めることがわかったので、最後にアミロイドプラークの除去にもこの機構が関わっていないか、アミロイドが蓄積するマウスモデルを用いて調べている。結論は、アスピリンはアミロイドプラークが細胞内で合成しにくくするとともに、細胞外のアミロイドプラークを除去する能力を高め、アルツハイマー病モデルマウスのプラーク形成をPPARα依存的に抑えることを明らかにしている。

まとめると、シクロオキシゲネーストとは違う標的を介して、アスピリンはアミロイドプラーク形成を抑え、またその除去能力をたかめ、アルツハイマー病を予防するという結果だ。しかし、このメカニズムが正しいと、ほかの神経変性性疾患にも当然効果があると思う。一方で、オートファジーが高まると、一部の癌には良くない効果も予想される。このスパッと話をまとめられない点こそが、アスピリンが万能薬として使える理由かもしれない。私自身は、神戸に移ってからは低容量アスピリンをずっと服用している。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月6日 行動の順序決める脳回路(6月28日号Cell掲載論文)

2018年7月6日
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パーキンソン病の方と話していて、症状を説明しようするときいつも口ごもるのは、線条体の回路がなかなか完全に理解できないからだ。結局わかりやすい黒質から供給されるドーパミンの量の話で終わるが、実際にはドーパミンを超えた、線条体の持つ本来の回路の特性を知ることが重要だと実感している。

教科書的には、線条体は大脳皮質からの入力を調整して視床へシグナルを送って行動の実行を調整している。このシグナルには、direct pathwayとindirect pathwayの役割の異なる2種類の経路があり、direct pathwayは行動を促進し、indirect pathwayは行動を抑制すると習う。しかし、学習から行動までがこんな簡単な話で終わるわけはない。

今日紹介するソーク研究所からの論文は、この回路の奥深さを教えてくれる研究で6月28日号のCellに掲載された。タイトルは「Optogenetic Editing Reveals the Hierarchical Organization of Learned Action Sequences(行動の順番の学習は階層的に組織化されていることが光遺伝学的介入からわかる)」だ。

動物の脳に備わった模倣能力を使うと様々な学習を行わせることができる。この研究では、マウスに左・左・右・右という順序で二つのレバーを押すと餌がもらえることを学習させている。最初はレバーを押せば餌が出ることをおぼえさせ、次に順番と回数が正しい時だけ餌がもらえることを学習させていく。マウスの場合、1ヶ月すると大体この順序を学習するようになる。実際には、右を押したあとで餌がもらえるので、右を押すという過程を学習するのは早いが、左から先に2回という順序に右を組み合わせるのが難しい。この過程は、線条体のグルタメート受容体依存的だが、この受容体が働かないと特に左と右の動作を組み合わすことが学習できなくなる。

この研究のquestionはこの学習で、ただ漫然と順番がそのまま頭に入ったのか、あるいは左左、右右という行動セットの組み合わせが階層的に組織化されて頭に入ったのかを調べることだ。

まず学習した行動をとるとき、directとindirect神経(d神経、i神経)がどう興奮するかを見ると、d神経が行動の初めと終わりに関わり、i神経が行動のパターンのスイッチに関わることを見出す。

そこで、次にそれぞれの神経を選択的に抑えた時、行動がどう変化するかを調べると、d神経をブロックすると行動の開始が遅れること、また両方ともパターンのスイッチには必要であることがわかり、それぞれの神経が異なる役割を持っていることが明らかになった。

最後に今度はi神経とd神経を別々に刺激した時行動がどう変わるかを調べると、左・左とレバーを押す最初の出だしでd神経を刺激するとレバー押しが一回増えたり、終わり側に刺激するとやはりレバーの回数が増える。逆にi神経は行動の開始時とスイッチ時に刺激するとレバー押しの回数が減る。

実験だけでは分かりにくいと思うので、著者らの解釈を紹介すると、行動の順序は階層的に学習され、全体のプランを始める時と、終わるときは両方の神経が興奮するが常にd神経優位に興奮が起こり、次の2回押すというエレメントになるとi神経の興奮だけが下がりそのままd神経興奮による行動が続く。ところがパターンのスウィッチをする段階では、i神経が興奮するとともにd神経が抑えられて行動が切り替わり、行動が始まるとi神経の興奮は低下してd神経の興奮が始まるが、最後にプランを終わるときにはまたi神経も興奮する、という話になる。

これでも頭が混乱するだけだと言われそうだが、線条体の二つの回路の奥の深さはよくわかると思う。例えばパーキンソン病では、これほど精緻な調整が必要な両方の回路のバランスが壊れることになる。特に行動のはじめは、d神経優位ながらi神経もしっかり興奮している必要があるため、このバランスを整えなおさないと行動が始まらない。その意味で、光で照らしたり、他の回路からプランをインプットすることで行動開始がうまくいくのもそのせいかもしれない。しかし、ますます患者さんに説明するのが難しくなっていくもどかしさを感じる。
カテゴリ:論文ウォッチ
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