7月5日コアラのゲノム(Nature Genetics オンライン版掲載論文)
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7月5日コアラのゲノム(Nature Genetics オンライン版掲載論文)

2018年7月5日
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オーストラリアは珍しい動物の宝庫だが、最も愛されているのが、パンダに並んで愛くるしい動物がコアラだろう。オーストラリアにも何回か仕事で行ったが、残念ながらコアラの実物に巡り合う機会に恵まれなかった。今日紹介するオーストラリア博物館からの論文を読んで、すぐ近くの王寺動物園で飼育されているコアラで良いので是非見に行こうと思った。論文はコアラの全ゲノム解析についてでNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Adaptation and conservation insights from the koala genome(コアラのゲノムからわかる適応と保存)」だ。

これほど注目されている動物のゲノムがようやく解読されたのを知って驚いた。恐らく、配列を読んだ断片を正しく並べて染色体を構成し直す土台がうまく設定できなかったのだろう。幸い、最近では一分子シークエンサーと呼ばれるかなりの長さのDNAを一度に読んでしまうシークエンサーが利用できるようになり、ついにコアラのゲノムもかなりの正確さで読めるようになった。このことを示すために、元々正確な配列がきめにくいセントロメアの配列が解読できていることを示している(免疫沈降法でセントロメアを精製して配列を確認し、コアラのセントロメアの大部分がトランスポゾンから出来ていることを示している)。このようなトランスポゾンの分布など、コアラのゲノムを理解するには重要だが、これは専門家にまかせて、コアラの生態との関わりでこの研究から分かったことにしぼって説明しておく。

ユーカリの葉への適応 ユーカリはほかの植物と比べ多くのテルペン合成酵素を持っており毒性が強いため、動物の餌としては不適当だ。このおかげでコアラはユーカリを独占できるのだが、そのためにはテルペンを解毒する必要がある。コアラでは、ほかの哺乳動物や有袋類とくらべ解毒酵素Cyp2遺伝子群の重複が見られ、解毒のための主臓器、肝臓で高い発現が見られる。ただ逆に、解毒作用が強い結果、コアラでは抗炎症剤や抗生物質がすぐ分解され、効果が早く失われるのもこのCyp2遺伝子の進化によることが明らかになった。
更にコアラは体内の解毒システムだけでなく、安全な葉を選んで食べているようで、そのための臭いと味のセンサーを発達させていることも、嗅覚受容体や味覚受容体遺伝子から考察している。特に、苦みを感じる受容体の数が大きく増え、また水の量を感じるアクアポリン遺伝子にも重複が見られる。パンダと違い、甘みやうまみの受容体は残っている。ここからは私の想像だが、苦みを楽しみに変えるため、受容体をふやし、新しい味の感覚を身につけたのではないだろうか。

コアラの性交 
コアラはオスとの性交により排卵する。この習性に会わせて、雄の精液には、排卵を誘導すると共に、精液の成分で雌の生殖臓器の栓をして、精液が流れないようにしている。(とは言え、このような話しはゲノム研究の範囲のようには思えない)。 コアラの子育て
コアラの赤ちゃんは0.5gで生まれてくるため、これを育てるためのミルクを調合する仕組みを持っている。ただ、よく読んでみてもほかの有袋類とどう違うのかについては詳しく述べられていない。 コアラの免疫
病気で保護されるコアラの半数がクラミジア感染で、なぜこの特殊な菌にだけ感受性が高いのかについての原因が免疫に関わる遺伝子から分からないか調べているが、やはりゲノムからでは何とも言えないようだ。

コアラの歴史
これまでの研究でコアラは3−4千万年前、ウォンバットから主として分化したことがわかっている。ゲノムをみると、その後の盛衰が予測できる。これによると、35万年前から急速に種として個体数が増加するが、オーストラリアの他の動物種と同じで、4−5万年、および3−4万年前に急速に個体数が減る。オーストラリア大陸に人類が上陸したのが6万年前なので、やはり人間が個体数減少の一因かもしれない。
コアラは保護目的の人為的移動も含めてオーストラリアの東南海岸に分布しているが、比較的遺伝的多様性が保たれている。ただ、人為的移動によるコロニーでは多様性が失われているので、今後ゲノム解析に基づいて多様性を維持する保護策を講じる必要がある。

以上が論文の要約だが、ゲノムだけでなくコアラについてよく勉強できる論文ではないだろうか。
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7月4日 人間の寿命の限界はまだ見えない?(6月29日号Science掲載論文)

2018年7月4日
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統計学的な話だが、次の1年を生きることができる確率は、年齢とともに低下していく。ところが、105歳を超えて生きたスーパー高齢者になると、このカーブが低下し、死亡率が頭打ちになることを示唆するデータが出されている。私も含めて105歳まで到達することはないほとんどの人にとっては関係ない話なのだが、人間の寿命の限界を突き止めたいという思っている研究者にとっては大事な問題だ。

今日紹介するローマのサピエンツァ大学からの論文はこの可能性についてイタリアでの調査を示すとともに、現在どんな取り組みが行われているのかも合わせて教えてくれる研究で6月29日号のScienceに掲載された。タイトルは「The plateau of human mortality: Demography of longevity pioneers(人間の死亡率は頭打ちになる:長寿パイオニアの人口統計学)」だ。

この問題の難しさは、正確な記録が取りづらいことで、年齢が不正確だったり、対象者の生存や死亡が正確に確認できていないことが最大の問題点で、現在15カ国が集まって、International database on longevity(IDL:長寿の国際データベース)が整備されつつあることが紹介されている。このデータベースの検討からも、110歳以降は、死亡率が114歳までは頭打ちになって一定になるという結果を導引き出せるが、同じデータベースを異なるモデルで解析すると、死亡率は上がり続けるという結果になるなど、まだまだこのデータベースは誰もが納得できる結論を導き出せるところまで整備されていないといえる。

この研究の著者らはもちろんIDLのメンバーではあるが、今回はイタリアで最近整備が終わった105歳以上の人たちのコホート研究を解析して、この問題に答えようとしている。この研究では、2009年から、2015年の6年間に105歳になった人たちを追跡している。従来の同じような研究と比べると、持続的に対象の生存を確認できている点で信頼性が高い。わが国でもそうだが、イタリアでは105歳以上のスーパー高齢者は自治体が特別の体制で把握している。この結果、3836人ものスーパー高齢者をかなりの確度で追跡できることができた。

結論は、105歳を超えると死亡率が間違いなく頭打ちになり、現在のところ明確に人類の寿命の限界を指摘できないという結果だ。この結論は以前(http://aasj.jp/news/watch/5880)紹介した、寿命には超えられない限界が必ずあるとするnatureの論文に反対するように思える。この結果の重要性は、人口統計学として、この結論を導いている点で、今後寿命も含めてスーパー高齢者とは何かがわかと期待される。とはいえ、スーパー高齢者が進化的選択指標になるはずはないことから、我々一般人とはちがうかなり特殊な集団を代表しているような気がする。
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7月3日:自然免疫の調節(6月26日Natureオンライン版掲載論文)

2018年7月3日
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私たちが免疫学を習った頃は、ジェンナー、パストゥール、ベーリング、北里と、一度罹患すると抵抗性が生まれる「二度なし」現象を免疫現象として習っていた。ところが、免疫成立の条件を探るうちに、外来の微生物やウイルスに対する最初の抵抗性が免疫系への橋渡しとして重要性であることが認識され、自然免疫という概念が成立していった。実際、数多くのTLRを抱えて様々な因子に反応する能力を備え、また私たちがアジュバントとして知る通常の免疫増強効果もこのシステムにより担われるのを知ると、本当にうまくできていると思う。とはいえ、あくまでも第一線のディフェンスで、あまり複雑な調節はないと思っていた。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、自然免疫システムがただ反応するだけでなく、マイクロRNAにより複雑に調整されていることを示す研究で6月26日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Induction of innate immune memory via microRNA targeting of chromatin remodelling factors(マイクロRNAによるクロマチン再構成因子の調節により自然免疫の記憶が誘導される)」だ。

「自然免疫の記憶」というタイトルに惹かれて紹介しようと考えたが、実際はマクロファージの自然免疫系の反応性がTLR刺激により不応期に陥るメカニズムの研究で、いわゆる長期記憶とは違う。ただ生化学的シグナルのフィードバック過程と比べると持続時間が長いので、特別なメカニズムがあるはずだと研究していたようだ。

この研究では最初から、マクロファージがLPSなどで刺激された後、新たな刺激に反応しない現象はマイクロRNAが媒介すると決めて研究している。LPS刺激前後でmiRNAを比べmiR222のレベルがLPSで上昇し、これに合わせてマクロファージの反応性が低下することを明らかにする。miR222の機能をさらに調べるため、miR222をマクロファージに導入して刺激に対する反応低下の分子メカニズムを調べると、TNFのようにサイトカインが直接の標的になっている場合もあるが、ほとんどのサイトカインはクロマチンをオープンにするBAF複合体のコンポーネントBrg1の翻訳が抑えられ、STAT1/2を会する転写が抑制されることを発見する。

すなわち、シナプスの記憶と同じで、刺激がクロマチン制御により、より長い記憶に発展するというシナリオと同じだ。あとは、miR222をノックアウトしたマウスで、炎症性の敗血症ショックに対する反応性を調べ、バクテリア感染に対する抵抗性が低下するが、敗血症発作に対するショックは防ぐことを明らかにしている。すなわち、miR222は転写を介して炎症を抑える意味では、感染抵抗性を下げるが、それを犠牲にしても炎症がホストを障害しないように守る働きがあることを示している。

最後に人間についても、重篤な敗血症患者さんではmiR222が上昇し、その結果Brg1が低下することを示し、この現象が実際に起こっていることを示している。全部読み通すと、シナプスレベルの神経記憶とほとんど同じことに気づく。神経も免疫もさらに複雑な長期記憶を成立させるには、より大きなネットワークの参加が必要になるが、このレベルでは免疫系と神経系は全く違う道を選んだこともよくわかる。話としてはそれほど面白い論文ではなかったが、記憶について頭の整理ができた。
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7月2日:新しい染色体3D構造解析手法の開発(7月26日Cell掲載予定論文)

2018年7月2日
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次世代シークエンサーの導入で可能になったの重要な分野が、核内で折りたたまれている染色体の3D構造をかなりの精度で決定できるようになったことだ。Hi-Cと呼ばれるテクニックを用いるのだが、この結果TADと呼ばれる遺伝子発現を一定の区域内に限局させるための3D構造が明らかになり、発生学やがん研究での遺伝子発現調節を理解するためには欠かせない方法に発展した。

この方法は隣接するゲノム領域を化学的に結合させ、その後DNAをバラバラにして、結合しているDNA同士をライゲートして一本のDNAにまとめ、その配列から隣り合う配列を特定する。ただ、正確な相互作用を把握するには、大量のシークエンスを蓄積する必要があり、少数の細胞では正確なマップを作ることは難しく、また遠く離れていたり、異なる染色体上のDNA間の結合を調べるのは、原理的に可能でもほとんどできていないといえる。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、このHi-Cなど従来の染色体の3D構築を調べる方法が持っている問題を見事に解決した方法を紹介する、おそらく将来へのインパクトの高い研究ではないかと思う。タイトルは「Higher-Order Inter-chromosomal Hubs Shape 3D Genome Organization in the Nucleus (高次レベルの染色体間のハブが核内でのゲノム3D構成を方向付ける)」で、7月26日発行予定のCellに掲載された。

この研究は彼らがSPRITEと呼ぶ方法の開発に尽きるので、ここでもこの方法について説明しよう。
1)まず細胞を壊さず核内で一定の距離以内に存在するゲノム領域を化学的に結合させる。
2)そのあと、核を取り出し内部の染色体をバラバラに分解する。
3)次に、分解した染色体を96穴のプレートに分配し、そこで異なるバーコードを結合させる。これにより、分解された断片は96種類に分類できる。

この方法のミソはここからで、

4)こうして96に分類した断片をまたあつめて、同じように96穴のプレートに分配し、2個目のバーコードをつける。これにより最初のラウンドで96通りに分類された断片が、2番目のバーコードでさらに96等分され96x96=9216に分類される。
5)この研究ではこの操作を5−6回繰り返し、なんと1兆種類に分類している。これは1兆倍に薄めたのと同じになるため、間違って結合していない断片に同じラベルをつけることはないと考えられる。

これまで開発された技術を用いた、素晴らしい着想だと思う。結果は、Hi-Cができることは全て可能なため、おそらくこの技術がより簡単に使えるようになると思う。さらに、Hi-Cでは見落とされた離れた領域の結合も検出することができ、またその領域に存在するRNAも同時に調べることができる。この結果、
1) 何本もの染色体が集まる場所を正確に特定できる、
2) 核小体のような核内に集まる異なる染色体上の領域も特定できる。
3) この結果核小体に集まる領域は遺伝子の少ない転写活性の少ない領域であることが確認できる。また転写の活発で遺伝子が集まる異なる染色体領域が集まっている核内領域も存在する。すなわち、転写活性に応じて核内にハブが形成されている。
4) rRNAとDNAの結合を同時に調べることで不活性なハブが核小体のrRNAと近接していることが確認できる。
5) 一方アクティブ・ハブに位置する領域ははスプライソゾームRNAと近接しており、nuclear speckleと呼ばれる構造と一致することがわかる。
などなど、様々なデータが示された、大力作で、これ以上説明するのはやめておく。しかし、これまで以上に核内での染色体の様子を記述できる技術であることは間違いない。

読んでみてAtac-seqの論文を読んだ時のように、このテクノロジーがブレークする予感がした。まず、熟練が必要ない。さらに、RNAだけでなく、将来はタンパクとの結合も調べることができるだろう。そして何よりも、必要な細胞数を減らし、おそらく単一細胞でもできるようになるだろう。

このような技術進歩を見ていると、それがお金のある研究者だけでなく、資金や人手のない若手研究者も自由に利用できる体制を作って、誰もが同じ土俵で競争できるようにすることが我が国の課題だと思う。
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7月1日:アンドロゲン受容体阻害剤による前立腺癌の治療(6月28日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年7月1日
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私が医学部で学ぶよりはるか前から、前立腺癌の増殖が男性ホルモン・アンドロゲン依存的であることが知られており、治療には睾丸摘出が行われ、現在まで続いている。しかし、これほど苦労してアンドロゲンの量を減らしても、ガンはアンドロゲン受容体(AR)のシグナル効率を様々な方法で変化させ、低い濃度のアンドロゲンでも増殖できるよう進化する。去勢に抵抗性の前立腺癌の50%はAR遺伝子の増幅によってガンは去勢治療に抵抗性を獲得するが、最近の研究ではエンハンサーを変化させてARの発現を高めるガンが存在することもわかってきた。とすると、アンドロゲンを減らすのではなく、ARの機能を阻害すれば去勢に抵抗性の前立腺癌も治療可能になると考えられ、Enzalutamide(商品名イクスタンジ:EZTと省略する)が開発され、現在転移性の前立腺癌に使用されている。

今日紹介するノースウェスタン大学を中心とする国際治験研究は、転移は見つかっていないが去勢にも関わらず前立腺癌のマーカーPSAが急に上がって来る患者さんを対象にEZTの適用を拡大できないか調べる目的で行われた治験で6月28日号The New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Enzalutamide in Men with Nonmetastatic, Castration-Resistant Prostate Cancer(Enzalutamideによる非転移性、去勢抵抗性の前立腺癌の治療)」だ。

対象は病理学的にガンの組織学的多様化が起こっていないことがはっきりとした前立腺ガンの患者さんで、去勢にも関わらずPSAが上昇を続けているケースを選んで、無作為化二重盲検で患者さんを偽薬とEZTに分け、転移をどの程度抑えられるかについて調べている。また、PSAの上昇を止められるかについても調べている。

結果は上々で、偽薬群ではPSAは上昇し続け、14ヶ月で半数の患者さんに転移が見つかるが、EZTを投与したグループで半数の患者に転移が起こるまでに36ヶ月かかる。これに並行して、PSAの上昇も止められるという結果だ。副作用は全身倦怠感と高血圧が中心だが、循環器の強い副作用が5%に見られる。

以上、成績としては大きな期待を寄せることができるが、このデータを見て、やはり根治は難しいことがわかる。前立腺癌は進化しても多くの場合AR依存性はあるのだが、ARの量や分子構造が変化して、去勢だけでなく薬剤耐性が獲得されてしまう。詳しく紹介しないが、7月12日号のCellにAR遺伝子の発生時期に利用されるエンハンサーが様々な変異で急に使われるケースが数多く見られるため、この領域についての検査も必要だと強調する論文が掲載されていた(Takeda et al, Cell 174, in press, 2018: https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.05.037)。また、一つのARのスプライシング変異の場合は、変異を診断した上で全ての細胞でアンドロゲンの産生を止めるAbirateroneを用いるとガンにより効果があることも以前示されている(Aantonarakis et al, The New England Journal of Medicine, 371:1028, 2014)。検査を徹底して、ガンを知りつつ治療を選ぶことが前立腺癌制圧の道だ。

そして、いたちごっことはいえ、前立腺癌の研究の進展が著しいことは実感する。昨年アフリカから帰った後PSAの上昇が指摘され肝を冷やした身としては、心強い。
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6月30日:遺伝子改変細胞を用いた感染症の制御(7月12日号Cell掲載論文)

2018年6月30日
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CAR-Tの成功は、私たちの細胞が持っている本来の機能を、ガンを殺すという点に集中するよう遺伝子改変をできた点にある。白血病の治療法が完成したレベルで、民間で1兆円を超えるMBA資金が動いたりする米国のフィーバーぶりは、このわかりやすさに資本が期待を寄せていることを示しているのだろう。

今日紹介するスイスチューリッヒ工科大学からの論文は、細胞を抗生物質の生産基地にして、難治性の感染症を治療しようとする試みで、わかりやすい一方、将来を見通せない凡人に実用性が本当にあるのかちょっと気になる論文だった。タイトルは「Immunomimetic Designer Cells Protect Mice from MRSA Infection(免疫反応を真似るようデザインした細胞はマウスをMRSAから守る)」で、7月12日号発行予定のCellに掲載された。

この研究は抗生物質耐性で治療が難しいメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の制圧が目的で、これを細菌が増えた時だけに抗菌物質を分泌するようにした細胞にやらせようとしている。

まずMRSAに対して反応するために、MRSA細胞壁に存在する様々な分子に反応して細胞内にシグナルを伝える自然免疫系TLRのシグナルを用いている。この実験では、TLR2とTLR6遺伝子を導入して、MRSAに反応する細胞株を樹立している。

次に、このシグナルに反応して分泌される抗菌物質としてリゾスタフィンと呼ばれるペプチドを選んでいる。リゾスタフィンは様々な抗生物質に耐性になった細菌にも効果が示すことが知られ、それ自身がペプチドであるため細胞内での発現調節がたやすい。

このようにしてMRSAに反応してリゾスタフィンを分泌する細胞を樹立しているが、現在のところ試験管内で増殖する細胞株なので、免疫系のアタックを受けないようにマイクロカプセルで隔離し、MRSAの感染予防および、すでに感染したマウスの治療に用いられるか調べている。結果は、すでに感染しているマウスを完全に治すことができると同時に、先にカプセルを注射しておくことで新しい感染の拡大を防げるという結果だ。

要するにデザイン通り、遺伝子改変細胞でMRSAを制御できたというめでたしめでたしの結果だ。しかし、読んだあと考えてみると、わざわざここまでする必要があるのかと考え込んでしまう。確かにMRSAは難治で多くの人が苦しんでいる。しかし、結局はリゾスタフィンを使わざるを得ないことを考えると、ドラッグデリバリーを工夫するだけでも良さそうな気がする。

とはいえ、同じようなアイデアをCAR-Tのようにして、新しいドラッグデリバリーに使うのはありかなとも思う。いずれにせよ、この分野は当分にぎやかだろう。
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6月29日:宗教は長生きの秘訣(Social Psychological and Personality Scienceオンライン版掲載論文)

2018年6月29日
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以前神の顔のイメージををモンタージュしようとした論文を紹介したが、このようなブログは宗教を敵視しているのではと批判を受ける。私自身は、進化論をはじめ科学を支える根本思想を教えている以上、時に反宗教的言動に至るのは仕方がないと思っている。17世紀近代科学の誕生時のカソリック教会について学生さんに講義をしていたとき、当時の教会が「捏造した」概念をガリレオに押し付けたと断定したことに、強く抗議を受けたことがある。今後も同じような経験を繰り返すと思うが、反宗教的と言われても自らの考えを正直に述べていくしかないと思っている。

そんな私でも、宗教が人間の思想に多くの重要な概念をもたらしたことは認め、個人の信仰を敵視することはないと思っている。例えば、平等や道徳の概念は、神という絶対的基準があると理解されやすい。たしかに現代世界を見れば、宗教が紛争と差別の根源になっていることが多いが、それでも多くの宗教が貧困や差別と戦い、苦しんでいる人に寄り添う活動を行なっていることは間違いない。そしてそれが個人の安心や救いをもたらすなら、利己的DNAの概念で有名なドーキンスのように自分は宗教と戦うとまで宣言することもないようには思う。

こんな話から始めたのは、最近オハイオ州立大学から発表された「信仰を持つ人は長生きする」という論文を紹介したいからだ。すなわち、信仰を持つことが必ずしも精神的なレベルだけでなく、身体的にも影響を及ぼすことを示す論文で、Social Psychological and Personality Scienceにオンライン掲載された。タイトルは、「Does Religion Stave Off the Grave? Religious Affiliation in One’s Obituary and Longevity(宗教は墓場に行くのを遅らせる?死亡記事に書かれた宗教と長寿)」だ。

何らかの宗教に属していると長生きするかもしれないという話は、米国ではこれまで繰り返し報告されているらしい。ただほとんどの論文でサンプリングなど調査方法に問題があり、信頼性に乏しいと批判されていた。この研究では、新聞の死亡記事の記載から、死亡年齢、性別、婚姻などとともに、宗教、社会との関係、ボランティア活動を拾い出し、寿命とその他の活動との相関を調べている。

最初はこの手法が使えるかパイロット研究としてアイオワ州のDes Moines Registerという新聞に掲載された死亡記事を集505例集め調べると、宗教を持っているとなんと7歳近く長生きするという結果が得られた。

そこで、米国の42都市を選び各都市から19−30記事を集めて、全国での傾向を調べると、宗教を信じる人の方が5歳以上長生きをすることがわかった。

この原因を調べるために、社会活動などと宗教との関わりを調べると、宗教を持っている方が社会との関わりが強く、またボランティア活動に従事している例が多い。さらに、住人の出入りの激しいオープンな都市で、カリフォルニアのように宗教を信じる人が少ない地域では宗教と長生きが強く相関し、逆に宗教を信じる人が少ない地域でも、人の出入りが少く地域の絆が強い町では、宗教と長生きの相関が薄れることがわかった。

すなわち長生きの秘訣は社会との接点を維持することで、米国では宗教が個人と社会と結ぶ拠点をになることが多いという結論だ。もちろん死亡記事がどこまで信用できるのかも問題だし、何と言っても米国での話だ。開発途上国に目を移せば、社会との絆自体の性質が全く違ってくるし、宗教が寿命を縮めていることすらありうる。とすると、この論文も一時の話題作りで終わるような気がする。
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6月28日 ガン増殖でRASを支えるシグナル(6月20日Science Translational Medicine掲載論文)

2018年6月28日
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おそらく半数程度のガンはRASの活性化型変異を持っているのではないだろうか。実際、肺ガンや膵臓ガンの動物モデルを作るとき、必ずRASとp53の変異は導入してガンを発生させている。しかし、RASに対しては臨床に使える阻害剤が現在もなお存在せず、頭の中で「RAS変異なら仕方がないな」と諦めてしまう。そのため、変異型RASがガンで何をしているかについては、当たり前のこととして多面的な研究が行われてこなかったように思える。ところが、最近変異RASだけではガンの増殖が維持できないのではと考えざるを得ない結果が集まり始めている。すなわち、RASでさえも他のシグナルと協調しないとうまく働かないとする考え方だ。もしそうなら、RASに対する阻害剤が使えなくとも、ガンを抑制する方法が開発できるのではと、RASと協調するシグナルを探す試みが加速している。
今日紹介する英国グラスゴー大学からの論文はRASとEGF受容体ファミリー分子との相互作用を追求した研究で6月20日号のScience Translational Medicine に掲載された。タイトルは「The ERBB network facilitates KRAS-driven lung tumorigenesis (EGFRファミリー分子ERBBネットワークがKRASによる肺がん形成を促進する)」だ。

まずこの研究では変異KRASとMycを発現させて誘導する肺ガンの組織でErbb2とErbb3とそれに結合する増殖因子の発現が著明に上昇していることに気づく。そこで、ERBBファミリー分子に広く効果があるneratinibで処理すると増殖を強く抑制できることがわかった。すなわち、変異型KRASと Mycの組み合わせでもERBBシグナルが必要であることがわかった。そして、ガンを継時的にサンプリングし、細胞質内のシグナルを調べると、増殖因子シグナルの基本中の基本、ERKが強く活性化されていることが明らかになった。以上のことから、KRASとERBBが協調して肺ガンの増殖を支えており、ERBBは肺ガンの進行とともに発現が上昇し、この活性によりERKシグナルが活性化することを明らかにしている。

つぎに同じことが人間でも起こっているのかを確かめるため、RAS変異が確認された人の肺ガンにneratinibを添加してERBBを阻害すると完全ではないがガンの増殖を抑制できる。

以上の結果は、ERBBがKRASの機能を高め、最終的にERKの活性を高めて細胞の増殖を維持していることを強く示唆している。そこで最後に、発ガンしたモデルマウスを1週間だけ様々な阻害剤で処理する実験を行い、neratinib と同時に下流シグナルの MEK阻害剤を組み合わせると、最も効率よくガンの進行を遅らせることができることを明らかにしている。要するに、両方のシグナルに依存しているポピュレーションが増殖していく。

話はこれだけで、阻害剤を組み合わせればいいというだけの結果に見えるが、同じシグナル経路に集約されるように見えても、ERBBが加わることでメインの経路の活性を高めることができること、そしてMEK阻害剤とERBB阻害剤も協力してより強くガンを抑えることができることを示せたのは、臨床的にも重要だと思う。これまで当たり前と思っていたことを再検査して、新しい治療戦略を提案しており、人でも治験を進めてほしいと思う。免疫療法は根治に最も近いが、効果がない人の方が多い。まだまだ分子標的薬も捨てたものではない。
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6月27日:経口インシュリンは実現するか(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2018年6月27日
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現役の頃から1型糖尿病の根治を目指す団体、日本IDDMネットワークとの付き合いが深い。最初会長の井上さんに神戸でお会いしてからもう10年以上が経っているが、毎年着実に活動が前進していることにいつも敬意をもっている。とはいえ、現在も1型糖尿病の患者さんは、食後にインシュリンの皮下注を欠かすことができない。この状態から解放される方法として、今は人工膵島や細胞治療などに注目が集まるが、経口でインシュリンが服用できれば、根治に匹敵する大きな前進になる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンタバーバラ校からの論文は、ラットを用いた動物実験とはいえ、データを見ると経口インシュリン実現に大きく近づいたのではと思わせる素晴らしい研究だと思った。タイトルは「Ionic liquids for oral insulin delivery(イオン液体を用いた経口インシュリン)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。

この論文を読むまで、イオン液体を薬剤のデリバリーに使えるとは夢にも思わなかった。イオン液体とは融点の低い「塩」と考えればいい。例えばNaClを液体にするには800度に温度を上げる必要があるが、有機塩の中には室温で液状を保てるものが数多く存在する。このグループはこのイオン液体を薬剤デリバリーに使う研究を続けていたようだ。

この研究ではすでに皮膚を通過する効率の高いイオンの組み合わせとして開発した、陽イオンのコリンと陰イオンのゲラネートの共結晶からなるイオン液体とインシュリンをミックスしたCAGE-インシュリンを作成し、経口投与で腸内で吸収され、血糖を下げるか調べている。

この研究では全て正常ラットが用いられ、糖尿病を治療する実験ではない。ただ、結果は素晴らしい。様々な投与法がテストされているが、ここでは最も臨床使用に近い、腸に達してから吸収されるカプセルにCAGE-インスリンを詰めて服用した結果だけを紹介しよう。実際には、体重1kgあたり10Uを経口で服用させ、やはり体重1Kgあたり2Uを皮下注射したラットと比較している。

効果だが、皮下注射と比べると、血糖の低下は1時間程度遅れ、最低値も皮下注射の7割程度で止まる。このことは、インシュリンで最も危険な低血糖の危険は、皮下注射より少ないことを意味する。さらに素晴らしいことに、皮下注射では4時間で完全に元に戻ってしまうが、CAGE-インシュリンでは12時間も血糖を持続的に抑えることに成功している。そして、経口投与した後、小腸の組織を調べて、組織障害はほとんど起こっていないことを確認している。

結果はこれだけで、今後1型糖尿病ラットの長期治療を行うときの、量や副作用について調べる必要があるだろう。論文では、イオン液体によりインシュリンはタンパク分解酵素の作用から守られ、また細胞と細胞の間を抜けて血中に入り、多くが門脈を通って最初に肝臓に運ばれることでこのような長期の持続効果が得られると議論している。ただ、このシナリオだとだと食事中の栄養分の吸収が阻害されないかなど、まだまだ前臨床研究を行う必要がある。とはいえ、この論文に示された効果が副作用なしに見られるなら、インシュリンの皮下注射から患者さんが解放される時期は近いのではと期待する。
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6月26日 T細胞の機能はできた時期で異なる(6月28日号Cell掲載論文)

2018年6月26日
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論文を読んでいると、現役の頃には考えもしなかったような着想が生まれ、果敢に研究が行われているのを実感する。そしてこのような世の中のダイナミックな変化に、自分はついていけただろうかとも思う。老人としては、ただただ驚くしかないが、いつも本当かなと少し心配もする。それでも、基本的には肯定的評価を優先することにしている。

そんな論文の一つが今日紹介するコーネル大学からの論文で、体の中に存在するT細胞は、それが胸腺で作られた時期によって、反応性が違う事を示した研究だ。タイトルは「Developmental origin governs CD8+ T cell fate decisions during infection(感染に対するCD8+T細胞の運命決定は発生起源により支配される)」で、6月28日号のCellに掲載された。

タイトルからもわかるように、この研究はCD8+T細胞の誕生時期によって感染に対する反応性が違うことを示そうとしている。これは私にとっては考えもしなかった新鮮なアイデアだが、イントロダクションを読んでみると、この着想は急に出てきた荒唐無稽な妄想ではなく、これまでの研究で徐々に醸成されていた考え方のようだ。

着想があれば、それを確かめる方法はいくらでもある。この研究ではCD4/CD8両方の分子を発現している未熟T細胞が胸腺で作られるときに、CD4を発現する細胞を標識し、そこから由来したCD8+細胞だけを追跡するという戦略で、生後1日目、生後7日目、あるいは生後28日目に胸腺で作られたばかりのCD8+細胞を追跡している。

まず表面マーカーの発現から、生後すぐに造られたT細胞の多くが、抗原刺激なしに(これについては最終照明はないが)メモリー型の細胞へと分化していること、そして発現している分子も成熟型の細胞に近く、抗原とは無関係に分化が進んでいることを発見する。

そして、標識細胞を移植して比べる実験などから、機能的にも感染に対して迅速で強い反応を示すことも示している。また、感染抗原だけでなく、炎症刺激や自然免疫を刺激するサイトカインにも強い反応性を示す。

以上の結果から、生後すぐに作られたT細胞は、自然免疫系と同じメカニズムを共有するおかげで、メモリーやエフェクターへ抗原とは無関係に分化することができ、抗原に対して迅速に反応する最初の第一線として働き、その後成長してから形成されたT細胞サブセットが抗原に反応できるまでの間のブランクを埋める働きがあると考えている。

あとは、この遺伝子変化の違いは、染色体構造の変化により決められていることをAtack-seqを用いて示しているが、紹介はいいだろう。

この研究は着想が全てで、用いられる実験方法などは特に新しいものではない。しかし、もしこの結果が正しいとすると、これまで全ての末梢に存在する、抗原に触れていないT細胞は同じとして研究している前提が崩れ、多様なT 細胞の存在を前提とした免疫反応のシナリオを構成し直す必要があることになる。
カテゴリ:論文ウォッチ
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