男の魅力にはコストがかかる 10月3日Nature論文(オリジナル記事)
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男の魅力にはコストがかかる 10月3日Nature論文(オリジナル記事)

2013年10月3日
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男性としての魅力には自信のない私のような男も納得する仕事が、10月3日のNature紙502巻95ページに発表された。タイトルは「Life history trade-offs at a single locus maintain sexually selected genetic variation (単一の遺伝子座によって決まる生活史上の取引のおかげで、性的に選択される遺伝子の多様性が維持される)」。http://www.nature.com/nature/journal/v502/n7469/full/nature12489.html
      多くの種では、外的な形態と雄としての生殖能力の強さが相関している場合が多い。その結果、雄の形態が一種類に収束する。インドクジャクはその例だ。しかし、外的な形態と生殖力の強さがはっきりしているにもかかわらず、雄の形態が強い雄の形に収束しない種が存在する。どうして弱い雄の遺伝型が消え去らないのか不思議だ。
   この論文は、スコットランド・セントキルダ群島のソアイ島に生息する、現在は野生状態の(元は家畜として使われていた)羊の生態研究だ。この羊の雄は4種類のタイプの角を持っている。一度個体数が減少した後、現在では1700頭ぐらいになっているにもかかわらず、この4種類の角の形が維持されている。幸い、この角の形を決める遺伝子がわかっている。RXFP2という一種の受容体で、2種類(H+とHp)の遺伝子型の組み合わせで角の大きさが決まる。この研究では、なんと21年にもわたってこの島の羊の観察を続け、毎年の生殖成功率、RXFP2遺伝子型の分布、生活史などを克明に記録した。その結果、この一つの遺伝子が、角の大きさだけではなく、寿命にも関係しているという事実を突き止めた。実際、大きな角を持つ羊(H+xH+)は、他の羊(H+xHp かHpxHp)と比べると生殖成功率はずっと高い。角のほとんどない羊(HPxHP)は先ず子孫を残せない。しかし、生活史を調べてみると、最も大きな角をもつ羊は寿命が短いことがわかった。多くの観察を計算機で処理すると、雌との適合性が最も良い遺伝子型が結局H+xHpとなって、常に異なる遺伝子型が集団の中に維持される理由がわかった。同じ遺伝子は、雌の生殖能力や寿命には全く影響がない。ここからは想像でしかないが、寿命の短い理由は大きな角を持っているからになる。男の魅力を保つのはコストが大きそうだ。しかしこれを明らかにするために21年間も観察を続けたイギリスの研究者の人たちに脱帽だ。

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毎日新聞10月1日(須田)記事:出産:早発閉経で初 卵子のもと成熟させ体外受精

2013年10月1日
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オリジナルな記事については以下のURLを参照してください。
http://mainichi.jp/select/news/20131001k0000m040116000c.html

最近、独身女性の卵子凍結、卵巣移植など生殖補助医療関係の報道が多い気がする。この背景には、不妊治療について600近い認定施設を擁し、基礎から臨床まで人材の豊富な日本の高いレベルがあると想像できる。今日アメリカアカデミー紀要に発表された、聖マリアンナ医大と、スタンフォード大学の共同研究は、まさに日本の研究レベルの高さを遺憾なく発揮している研究で、未熟な卵胞を活性化させる方法を開発し、早発性閉経の患者さんが出産する事が出来たという研究だ。
  この論文で驚く点は、前半がマウスを用いた基礎的な仕事、次にヒトの卵巣を用いた実験研究、そして最後に早発性閉経の患者さん27人を用いた臨床研究から構成されている点だ。普通は、それぞれ別々の仕事になることが多い。基礎研究では未だ成熟卵胞が存在しない10日令マウスの卵巣を取り出し、未熟卵胞から成熟卵胞を試験管内で成熟させるためのシグナルについて探索が行われた。ここに関わる分子は、急速に研究が進んでいるYap-Hippoシグナルだが、その詳しい内容を紹介する必要はないだろう。この研究の最も重要な発見は、卵巣をはさみで切り刻むことでこのHippoシグナルを抑制し、結果未熟卵胞の成熟が始まると言う発見だ。これに、更に卵胞の成熟を促す分子Akt刺激剤を加えて2日ほど培養し、それを卵管近くに戻すと、ほぼ正常の排卵が始まる。マウスを用いてこの分子の動きをしっかり確認した上で、ヒト卵巣でも同じ方法が使えるか確認し、最後に早発性閉経の治療へと進んでいる。大変な仕事だ。今のところ出産に至ったのは、1例だけだが、論文にはもう一人の方でも妊娠が確認されたと書いてあるので、今後期待が持てる。画期的な方法の開発と言っていい。
   実際各紙が一斉に報道している。その中で毎日新聞の須田さんの記事は正確で、わかりやすい。ただ、卵巣をハサミでばらばらにすると言う一見野蛮な処理が、この技術の鍵になっていることを是非伝えてほしかった。須田さんは「目覚めを促す物質を加えた培養」と書いているが、本当はそれだけでは足りない。読売、朝日では卵巣を小片にする事は書いてあるが、やはりこれが新しい技術である点には注目していない。ここで野蛮と言ってしまったが、Yapシグナルから考えると、すばらしい思いつきだ。素朴であってもしっかり科学がある。今後の期待は大きい。

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がんの予後は結婚している方が良い。(オリジナル記事)

2013年9月25日
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面白い仕事があるものだ。ScienceNewsLineに記事がでていたので、J Clinical Oncologyに掲載されたハーバード大学のAizerさん達の論文を読んでみた。研究の目的は、結婚しているかどうかが、ガンの予後にどう影響するかを調べることだ。Surveillance Epidemiology and End Result programというデータベースから、約130万人のがん患者さんの(10種類の固形がん)をサンプリングし、がん発症時に伴侶がいたかどうかで分類した上で、1)手術や放射線療法などがんを直接押さえる治療を受けたかどうか、2)最初診断されたガンで亡くなったかどうか、3)転移したかどうかの3点について調べている。結果は結婚している方が、1)根治を目指す治療を受ける率が高く、2)最初に診断されたガンで死亡する確率が低く、3)転移する確率も低いという明確なものだ。論文を読むと、同じ問題を調べた研究がこれまでも発表されているようだが、今回の様なスケールで、10種類ものガンについて同時に調べた仕事はなかったようだ。この論文の結論は、どのガンであっても、伴侶がいる方が予後がよく、また男の方が結婚の恩恵にあずかるようだ。結論には納得してしまうが、いずれにせよガン登録がしっかりしておれば、これからもいろんな事がわかる事を教えてくれる。記録できる事はしっかりと記録するという当たり前の事が我が国ではどの程度で来ているのか、調べていく必要があると思った。

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I型糖尿病の治験についてのニュース

2013年9月25日
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ScienceNewsLineにI型糖尿病の抗CD2抗体(シプリズマブ)臨床治験の中間報告と、メドトロニクスのセンサー付きインシュリンポンプの治験の記事が掲載された。
免疫治療は http://www.sciencenewsline.com/articles/2013092318380029.html、
センサー付きポンプは、http://www.sciencenewsline.com/articles/2013092422100013.html 
 残念ながら、Lancet Diabetes and Endocrinologyに発表されたシプリズマブの論文は手に入らず読めていないが、記事を見る限りかなり有望そうだ。このため1年目で予定を早めて論文にしている。実際の治験は2年目をエンドポイントとしているので、期待できるのではと思う。
  一方、オーストラリアで行われたセンサー付きインシュリンポンプの治験はJAMAに発表され、原文を読んだ。低血糖発作が減るかどうかを調べており、データで見る限りこれも大きな改善が見られている。
   前回の記事と併せて、一度勉強会をして動画に撮る予定だ。IDMMネットワークの井上さんも参加を表明していただいているので、準備を急ぐ。

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毎日新聞9月24日記事(斉藤)難病:「HAM」発症メカニズム解明

2013年9月25日
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オリジナル記事は次のURLを参照してください。
http://mainichi.jp/select/news/20130924k0000e040162000c.html

HTLV-1は成人T細胞白血病を引き起こすレトロビールスで、病気の発見からウイルスの発見までほとんど日本で高月清先生を中心とする研究グループが進めた。また、今回の研究対象であるHTLV-1関連脊髄症は鹿児島大学の納光弘先生達によって発見された慢性の脊髄症で日本には3000人ぐらいの患者さんがおられることがわかっている。今回の聖マリアンナ大山野さん達の仕事は、この患者さんの脊髄液に白血球を惹きつける分子ケモカインの一つCXCL10が上昇していることを見つけ、次に試験管内の実験で、この上昇が、HTLV-1に感染したリンパ球が脳脊髄の中のアストロサイトと呼ばれる細胞に働きかけた結果である可能性を示した仕事だ。慢性神経炎症の治療として、リンパ球の脳脊髄内への移動を抑制する方法が注目されており、私たちのホームページでも京大薬学部発のフィンゴリモドという薬が多発性硬化症の特効薬として使われていることを紹介した。また、日本を始め世界中で、ケモカインやその受容体に対する抗体の効果を調べる臨床試験が行われており、対象の中には成人T細胞白血病も含まれている。とすると、この仕事も一つの治療の可能性を示す研究として考えられる。しかし、ここで述べられたメカニズムが実際に身体の中でもそうなのかはさらに検討を要する。また、場所が脳脊髄内であることも考えると、この結果が治療として確かめられるまでには時間がかかるだろう。 
   さて、毎日新聞の斉藤さんの記事だが、はっきり言って誇大広告的だ。論文についての紹介は、最後の部分を除いて問題はない。よくまとまっている。しかし、脊髄炎症のメカニズムについては、未だ想像段階であることがわかるよう記事にすべきだろう。そして最大の問題は最後の締めの文章で、「患者21人の血液に、CXCL10の反応を邪魔する物質を投与したところ、脊髄へ引き寄せられる免疫細胞の数が減り、炎症の慢性化を抑えることにも成功した」と書いたのは完全に間違っている。この研究での抗体の実験は全部試験管内の話で、あたかも患者さんの症状が軽減するかのような書き方をするのは戒めるべきだろう。可能性がないと言っているわけではない。ただ、本当にこの考えを治療に結びつけるには、多分長い臨床研究が必要だ。もし、この記事が他の情報に基づいて書かれたのなら、それについて明確に示すべきだろう。患者さんはいつも、明日新しい治療法が発表される可能性を待ち望んでいる。希望を示しても、混乱のないようにするのが最も重要だ。

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9月24日日経記事弘前大学、ダウン症の白血病で原因遺伝子を特定

2013年9月24日
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この仕事は日経と朝日で報道された。元の記事は次のURLを参照してください。
日経:http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20130924&n… 
朝日:http://www.asahi.com/national/update/0923/TKY201309230129.html

21番染色体を余分に持つダウン症では発達障害を始め様々な症状が出てくる。さらに、ガンに関しては大変特徴的な症状を示すことが知られている。不思議なことに、多くの固形ガンの発症は、正常に比べると低い。ところが、TAMと呼ばれる一過性の血液細胞の異常増殖が見られ、その中から悪性の白血病が発症する。一過性の異常増殖では、赤血球を作るのに必須のGATA1と言う遺伝子に突然変異があることはわかっていたが、なぜ染色体異常がGATA1の変異、及び一過性の細胞増殖異常へと発展するのか?そのメカニズムは?また、一過性の異常が白血病へと進むのか?理解できていないことが多い。今回の仕事は、ガンのゲノムの最近の仕事には必ず登場すると言っていい京大の小川さんと、弘前大学の伊藤さんとの共同研究で、おそらく伊藤さんチームが診ている患者さんの白血病細胞を小川さんのチームがゲノム解析した共同研究だろう。この研究により、TAM及びダウン症に併発した白血病では必ずGATA1の突然変異があること、しかし、白血病ではそれ以外に染色体同士の接着や修復に関わるコヒーシンと呼ばれる分子複合体の成分分子を中心に、突然変異が積み重なっている事がわかった。勿論今回の研究では、なぜこれらの遺伝子異常がダウン症に併発する白血病で異常に高いのか、この異常がどう白血病を引き起こすのかなどは全くわからない。また、なぜ21番の染色体を余分に持つと、GATA1突然変異が高率に起こり、TAMが起こってくるのかもわからない。これは、ゲノム解析からわかる事の限界で、病気の本当の原因を理解するためには、マウスなどの動物モデルや、今注目の患者さんからのiPSを用いた仕事が必要だろう。
  この仕事は朝日新聞でも報道された。阿部記者による記事で、「ダウン症児に多い白血病、原因遺伝子発見」というものだ。見出しはほぼ同じ、内容は日経より詳しい。しかし、ゲノム解析の限界、機能研究の必要性を考えると、ゲノム解析イコール原因遺伝子発見として済まさないで、今後はもう少し分野全体を見渡す記事を書いてほしいなと感じた。さらに、小川さんは、朝日の辻記者が以前紹介したように、ダウン症との関係がないタイプの白血病のゲノムを同じ方法で解析して論文を発表している。小川さんの仕事だけを読んでも、ダウン症の白血病はずいぶん違う印象がある。21番染色体の異常と、GATA1遺伝子の異常が引き金だという特殊性があるからだろう。本当はこの特殊性が面白い。これについてもう少し突っ込んでもいいのではと感じた。例えば、前回小児、成人両方の白血病でよく見られたSETBP1の変異についての言及があってもよかった。また、GATA1の異常は全ての血液異常増殖に見つかることは既によく知られている。今回の発見と区別することが重要だ。最後に、朝日の阿部記者はGATA1遺伝子を「血小板を作る細胞でよく働く」としているが、専門家からみると違和感がある。GATA1は何より赤血球を作るのに必須の遺伝子だ。ただ要求しすぎかもしれない。

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iPodを使うと一部の識字障害を改善できる。(オリジナル記事)

2013年9月23日
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ハーバード大学のSchnepsらが9月19日付けのプロスワン誌に発表した研究。(http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0075634)
  識字障害の子供の障害を克服する方法についての研究だ。識字障害とは、文字認識の障害で、アメリカでは1−2割の人がこの障害を持っていると言われている。識字障害を持つ著名人も多く、例えばエジソンやスピルバーグなどは有名だ。一方、欧米と比べると我が国の識字障害者の数は少なく、だいたい5%ぐらいと言われている。文字を習って言語を理解する事とその障害の不思議について学ぶには、ジョンホプキンス大学のメアリアン・ウルフの書いた「プルーストとイカ」をお勧めする。いずれにせよ、識字障害は言語によっても、文化によっても多様な現れがあり、様々な要因が絡み合った複雑な障害だ。
   今回のScnepsらの研究は、約100人の識字障害を持つ高校生に、一方はiPodを通して、もう一方には紙媒体を通して同じ文章を読ませ、理解力と、読む速度を調べている。iPodを通すと、だいたい一行に2−3単語が表示されるが、紙に印刷した方は一行の平均文字数はだいたい14単語表示されるよう調整してテストが行われている。結論的に言うと、視覚注意領域(visual attention span)テストの点数の低い生徒は、iPod を使う事で読書の際の理解力、速度が格段に上昇すると言うものだ。この視覚注意領域テストにより測定されるのは、視覚的に集中して同時処理が可能な要素(この場合文字)のことで、この異常が識字障害に関わるとしてよく研究されている。今回の仕事は、識字障害理論で言えばこの考えを支持する研究といえる。ただ重要なのは、電子媒体を使う事で、個人個人の障害に対して最も適切な文章の提示を行い、障害を克服できる可能性を示した事だ。同じ文章でも、自由な配置で提示する事ができる電子媒体の大きな可能性に気づかせてくれる研究だ。かくいう私も近頃本は電子媒体を使って読むようになったが、文字の大きさをうまく調整すると、英語の速読が容易になる事を経験している。
 いずれにせよ、電子ブックが30%に近づいているアメリカの現状を認識し、その潜在能力を調べたいと科学的な研究が行われているのに感心させられる。以前紹介した、認知能力を上昇させる電子ゲームの開発について示した仕事と同じで、アメリカの研究の懐の深さを思い知らされる。社会のトレンドに関する研究者の感受性のみならず、100人の識字障害の高校生が集められると言う事実に驚く。実際、日本の高校では識字障害を持つ生徒の事をしっかり把握できているのだろうか。もちろん今回と同じ手法が、日本語についても使えるかどうかわからない。しかし、文字の提示と言う点では、日本語はさらに面白いはずだ。大きさ、長さに加えて、日本語なら、かなと漢字、縦と横の配置すら変化させる事が可能だ。教育についての科学の入り口としては面白い分野が生まれて来た気がする。

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読売新聞記事9月19日 認知症の原因物質、見えた! 海馬に「タウ」

2013年9月19日
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元の記事は以下を参照。
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130919-OYT1T00268.htm?from=top

特に最近、日本から重要な仕事が出ているような気がするが、この放医研樋口さん達が雑誌ニューロンに発表した仕事もその一つだ。アルツハイマー病ではアミロイドとタウという分子が異常に蓄積することが知られているが、病気の進行をヒトで調べるためには、それぞれの物質の蓄積を脳内で調べることが必要だ。この重要性から世界中がタウ分子の蓄積を、生きた人間で画像化するための化学物質の開発を競っていた。勿論これまで報告はあったが、今回の樋口さん達の見つけたBPB3と呼ばれる化合物は、これまで報告されてきた物よりははるかにタウ蛋白に特異性を持っているようだ。この仕事では、試験管内やマウスモデルを使って慎重な検討を行った後、ヒトに応用している。そして、早期のアルツハイマー病を含む、タウ蛋白が関与すると考えられる認知症の診断が可能であることを示した。早期のアルツハイマー病だけでなく、タウが関わる病気の脳を今後早い段階から調べることが出来る。しかも、多くの研究者が注目している分子を直接追跡できる。そう考えると今後の可能性は計り知れないと思う。研究についても基礎的な検討にとどまらず、標識の開発に時間のかかる11C標識を使うなど、実用化を考えて労力を惜しまない意気込みが見える。勿論私は専門ではないが、おそらく画像を見たとき樋口さん達は「やった」と叫んだと思う。世界的にも注目を浴びているようだ。掲載雑誌のニューロンでも解説記事が用意されている。これまで紹介したScienceNewsLineの英語版はもちろんだが、BBCニュースでも紹介され、今後報道が相次ぐだろう。我が国にとどまらず、認知症は世界的問題だ。このようなソフトな仕事こそ、これからの成長戦略で支援すべき仕事だろう。
   この仕事については読売が紹介した。実際、アルツハイマー病にとどまらずタウ蛋白の関わる様々な病気に利用できることを考えると、「認知症の原因物質」とアルツハイマーを見出しに出さなかったのは上手な処理だと思った。もちろん記事の内容は膨大なデータの中からほんの一部をとりだして紹介しているため、特に間違いはない。しかし、この仕事の重要性や将来性についてはもう一つぴんと来ない記事になってしまっている。これまで出来なかった課題が実現しそうなこと、この技術から予想される将来の様々な研究など、実際の論文を読んだときに感じる興奮を是非伝えてほしいと思った。また、せっかくPET画像まで出すなら、正常人の画像と対比して出して貰えばもっと興奮が伝わったかもしれない。実際、BBCニュースでは専門家のコメントから、患者団体のコメントまで動員している。紙面の制限はあるにせよ、仕事の質を判断できる能力が記者に問われる仕事だ。(その後朝日新聞と、毎日新聞が同じ研究を報告している。個人的好みだが、朝日の西川さんの記事は、私が正常像との比較をのせるなどよくまとまっている。ただもっと興奮していい研究なのだが?)
  最後に、欧米の場合患者さん団体のコメントを見ることが多いのだが、日本で皆無なのはどうしてなのか。不思議に思った。

 

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9月18日 DNAメチル化と細胞周期:プロの仕事(オリジナル記事)

2013年9月18日
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どこかが紹介するかなと待っていたが、残念ながら報道されることはなかった。名古屋市大医学部の中西研究室の西山さん達の仕事だ。9月8日号のNatureに掲載された。(http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature12488.html)
  DNAのメチル化は、少なくとも私たち哺乳動物では遺伝子の発現を抑制するために欠かせない重要なメカニズムの一つだ。これがうまく行かないと、発生もうまく行かず、また発がん過程にも関わることが知られている。しかし細胞が分裂して新しいDNA 鎖が合成されると、メチル基のついていない核酸で置き換わる。そのため、前と同じ場所を新たのメチル化をできないと、遺伝子の調節パターンを維持することが出来ない。この課程に関わる分子についてはよく理解されている。ただ、なぜ新たなメチル化が、DNA複製と連結して進むのかについての詳しいメカニズムはわかっていなかった。この問題を、生化学的に世界で始めて明らかにしたのがこの仕事だ。結論は極めてシンプル。Uhrf1と呼ばれる分子がDNAに結合しているヒストンH3にユビキチンと呼ばれる印をつける。次に、このヒストンH3上の印にDNAをメチル化するDnmt1と呼ばれる分子が結合する。この組み合わせで、DNAが複製を行っている場所に正確にDnmt1がリクルートされ、新しく合成された側の核酸にメチル基をつける。これがシナリオだ。おそらく一般の方にはなかなかわかりにくい。おそらく問題があまりに専門的すぎるのだろう。しかし、この仕事から発展する将来の可能性も含めて極めて重要な貢献だ。
   このようにこの論文の水準は極めて高い。しかしそれ以上に、私はこの論文を読んで本当に生化学のプロの仕事だと感じた。専門家をなるほどと感心させる仕事(私も専門家の端くれだとして)がここにもいるという嬉しい実感だ。様々な分野のプロがいて、プロをうならせていくことも、科学の発展にとって欠かせない。そのような研究をどう見つけていくのか、政府にとっても重要な課題だ。

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胎教は可能?(オリジナル記事)

2013年9月17日
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今日はテレビや新聞など多くのメディアが、アトピーに対する新しい薬剤の開発に成功したという京大の樺島さんの仕事を報じていた。ただ、米アレルギー専門誌なる物をいろいろ探してみても論文が見つからなかったので、報道ウォッチはやめて、オリジナルな記事にする。
 紹介したい仕事は、ヘルシンキ大学のPartanenさんらの仕事で、Proc Natl Acad Sci USAの9月10日号に掲載された (http://www.pnas.org/content/110/37/15145)。研究では、「胎教は可能か?」という、おそらく一般の関心の高い問いに挑戦している。実験は、胎生29週から誕生まで、フィンランド語ではほとんど聞けない母音を組み合わせた言葉に似た短い文章(タタタと言った3シラブル音)の様々な組み合わせを胎児に聞かせる。生まれた後で、胎教に使った音を少し変化させ、脳波で反応を見る。もし生まれる前に習った音を覚えていれば、その変化に気づくが、習っていない場合は聞き流すというわけだ。詳しい実験内容にはこれ以上深入りしないが、結論は予想通りで、間違いなく胎児期に聞いた言語様のパターンは記憶される。
   ただ早とちりはいけない。今回の結果は、言語的パターンが脳内に記憶されることを示しただけで、それが役立つかどうかはわからない。言えることは、今回の結果を受けて今後この記憶を役に立つようにするにはどうすればよいかの科学的な仕事が始まるだろう。いずれにせよ、記憶可能である事が示されると、今後も様々な試みが続く可能性が予想できる。このような研究は一種の人間の脳の操作だ。ただモーツァルトを聴かせると言った思いつきとは違う、よく計画されたコホート研究が必要だろう。胎教については検証されていない話が多すぎる。実際書店も含め巷には検証されていない胎教アドバイスがあふれている。そんな中、48人の妊婦さんと対話を繰り返し、最終的に33人のボランティアを募って行われたこの仕事は価値が高い。勿論、胎教をすることはそれによって悪影響がでる可能性も織り込まなければならない。このような仕事は実際日本で可能なのか興味を持った。ご存じの方があれば是非教えてほしい。いずれにせよ、これも草の根コホートの一つだ。個人ゲノムが100ドルになると予想される今、最も重要なのは、人の生活の長期にわたる記録だ。

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