3月6日 子宮移植(Fertility and Sterilityオンライン版掲載論文)
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3月6日 子宮移植(Fertility and Sterilityオンライン版掲載論文)

2014年3月6日
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子宮が原因の不妊はこれまで治療法がなかった。そのため、養子やある場合には代理母に頼る事になるが、後者は我が国では原則禁止されており、あるタレントが外国の代理母を利用したと大騒ぎになった。スウェーデンでも代理母は禁止らしい。ではどうするか?これを解決する医学側の答えとして子宮移植の可能性を示したのが今日紹介する論文だ。スウェーデン・ヨテボリ、スペイン・バレンシア、オーストラリア・ゴールドコースト、そしてアメリカ・フロリダの国際チームの研究でFertility and Sterility誌オンライン版に掲載された。「The first clinical uterus transplantation tiral:a six-month report(最初の子宮移植臨床治験:6ヶ月目のレポート)」がタイトルだ。この論文を読むと、これまでも1例報告的には子宮移植の報告が出ており、2013年にはトルコのグループが子宮移植後妊娠にまで至った(出産には至っていない)ケースが報告されているらしい。それに対してこの研究は小動物、大動物、サルと10年を超す動物実験を経てプロトコルを作成し、臨床研究として登録した治験だ。ゴールは子宮移植後、人工受精卵を着床させ、出産に至るかにセットしている。従って今回のレポートは途中経過になる。驚くのは、生体移植が適していると言う動物実験の結果に従って、脳死移植ではなくボランティアから子宮を摘出して使っている点だ。論文の随所に、倫理的・科学的妥当性についての記述がある。私も知らなかったが、アメリカでの腎移植の4割は生体腎移植らしい。また、移植後免疫抑制剤を服用している母親から生まれた子供は既に15,000人を超しているようだ。やはり生体肝移植のような命の危険があるわけではない不妊治療にボランティアとは言え生体から取り出した一個しかない子宮を使う事に大きな懸念が示される事は覚悟しているようだ。これら施設全体で、2012年から9例の手術を行い、6ヶ月時点で7例の子宮が生着、生理も正常にあると言う結果だ。生着を促進するためドナーからの子宮摘出には特別の注意を払っているようで、摘出手術に10−13時間をかけているのに対し、ホストへの移植手術は4−6時間で終わっている。術後1年から1年半で人工受精胚の移植が最初から計画されている事から、実際に移植された子宮が妊娠に耐えるかどうかはもうすぐわかるだろう。新聞も大騒ぎになるかもしれない。   実を言うと2年前ある財団の研究助成の審査をしていたとき、某大学産科の若手研究者がサルを使って移植子宮での妊娠可能性を調べている研究を提案しているのを読んで、ここまで研究が行われているのかと驚いたが、実際にはもっと進んでいた事を思い知らされた。1年ほどして出産が可能だと言う結果が出た時、日本ではどう受け取られるのだろう。もう少し待ってみよう。
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3月5日:中世の歯石の史跡(2月23日Nature genetics掲載論文)

2014年3月5日
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普通は中世の「史跡」だろうが、今日紹介するのはタイトル通り中世の「歯石」の話だ。これまでゲノム情報が歴史記述を変革しつつあることを紹介して来た。当然ヒトゲノムに関わる話が中心だが、博物館の標本に残っているコレラ菌のゲノムも歴史を理解するためには重要な資料となることも紹介した。さて、今日はドイツのダルハイムと言う町にある修道院に眠っている中世の人骨の顎骨に残る歯石内に保持されていたタンパク質やDNAを解析したチューリッヒ大学の仕事で、2月23日発行のNature Geneticsに発表された。「え!歯石!」と叫んでしまった面白い仕事だ。タイトルは「Pathogens and host immunity in the ancient human oral cavity (古代人の口内に見られる病原菌と宿主の免疫)」だ。歯石は付着したら削る物だと思っているが、昔はほとんど放置されていた。歯石は決してカルシウムがただ沈着しただけではない。歯肉周囲の歯石は特に炎症から発展してくるため、口内細菌、宿主の様々な細胞、更には食物の残さが混じった戦跡だ。そこにリン酸カルシウムが蓄積する事で、逆に内部の生物由来の有機物を守ると言う、考古学者に取っては理想的な材料なのだ。火山灰で覆われて保存されたポンペイの遺跡を思い出す。この論文でも歯石には死後腐敗過程で侵入してくる細菌などの混入が極めて少ない事が示されている。研究では歯石に残っている全てのDNAの配列決定を種を問わず、ともかく全て読んで、どのような生物が中に存在するかを調べている。同時に残っているたんぱく質も質量分析機を使って調べ、当時の口内で起こっている事を推定している。950−1200年に埋葬されたと推定される骨の中から、明らかに中程度から高度の歯肉炎があったと推定できる骨を選びそこから歯石を得る事で、口内で起こっていた細菌とホストの戦いの有様を再構成しようとする研究だ。示されたデータは豊富で紹介するにはこの紙面では到底足りないが、面白い点だけつまみ食いしてみよう。先ず、歯石中に含まれる99.3%は細菌由来で、ホストの細胞由来の物は0.5%。うまく調べれば抗体やT細胞受容体の遺伝子も調べられる量だ。そして残りのほとんどが食事に由来しており、食生活もある程度推察できる。驚くべき事に、2000を超す異なる生物由来のDNAが認められ、人間が細菌と共生していた事がわかる。とは言え、ほぼ9割近くのDNAが大体100種類程度の口内細菌に由来しており、種類も現代人とあまり変わらないようだ。一種類だけ現代人には存在しない菌もあるようだが、しかしその意味は不明だ。その中で虫歯や歯周病の重要な原因と思われる細菌を探索すると、現代人と基本的には変わらない。私たちが長年ほぼ同じ細菌に悩まされて来た事がわかる。研究では更にタンパク質の解析も行っており、実際に感染現場で細菌から分泌された分子や、それに対する宿主側の反応の一端も捉えている。現在のように口内衛生が行き届いていない時、私たちはどのように細菌に対応して来たのか、更に詳しい解析が進む事を期待したい。幸い読んだ配列を集めて当時の人達の口内衛生を侵していた細菌の全ゲノムを再構築できる量のDNAが歯石内に存在する事も示している。中世の細菌と現在の細菌との比較から多くの事が学べるはずだ。この仕事はおそらくスタートラインで、今後歯石を用いた解析が進むと考えられる。ゲノム解析という自然科学が歴史という人文科学と一体化し始めている事を実感する。「歯石」が「史跡」になる瞬間だ。21世紀ゲノム文明の幕開けを示す論文だとおもう。
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3月3日 日経記事、白血球など作る遺伝子を発見 京大 白血病・がん治療へ道(Natureオンライン版掲載)

2014年3月3日
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幹細胞研究にとって、幹細胞を支える環境側の細胞(ニッチと言う)は最も重要な課題だが、どの幹細胞系でも研究の進展は遅い。そのため少し頭のいい人が気のきいたアイデアを出すと、多くの研究者がそこに流れる流行が生まれてしまう。しかし、本当に科学的な厳しさがないと流行は流行で終わりいい雑誌に論文は出るだろうが、ほとんど残らない。そんな中で、時間をじっくりかけて独自の証拠を積み重ねて研究を進めるプロの仕事は重要だ。骨髄で血液産生を支えるニッチ細胞についても状況は同じで、私から見て結局は概念先行で長続きしないなと思える仕事が本当に多い。そんな中、今日、日経が紹介した京大再生研の長沢さんはニッチ研究を支える数少ないプロだ。私事になるが、私は長沢さんが阪大の大学院のときから知っている。岸本忠三先生のラボで大学院を始めた長沢さんは、岸本研のメインの仕事ではなく、岸本先生を説得して造血幹細胞のニッチ機能に関わる分子を研究する許可を得た。この研究材料として、当時私たちが樹立していた造血を支持する細胞株に白羽の矢をたてリクエストして来たのを覚えている。人一倍のがんばりで、現在CXCL12として知られるケモカインを発見し、その後も他の問題には見向きもせず、大学院時代に掲げた目標、造血幹細胞ニッチを明らかにするために研究を続けている。一段一段研究を進め(その間多くの論文をコンスタントに発表している)、そして生まれたのが今日紹介する研究でNatureのオンライン版に掲載された。タイトルは、「Foxc1 is a critical regulator of hematopoietic stem/progenitor cell niche formation」(Foxc1は造血幹細胞・前駆細胞のニッチ形成に必須の調節分子)だ。長沢さんは大学院時代に発見したCXCL12が造血細胞のニッチ細胞に特異的な分子である事を多くの証拠を重ねて示して来た。この仕事ではCXCL12を発現している彼がCAR細胞と読んでいるニッチ細胞と、それ以外の脂肪細胞や骨になる骨芽細胞の遺伝子を比べ、Foxc1遺伝子がCAR細胞に強く出ている事を発見し、この分子が造血幹細胞のニッチ形成に関わるかどうかを検討した。期待通り、この遺伝子の機能をCAR細胞を含む間質細胞で発現できなくすると、造血が低下し、幹細胞だけでなく様々な前駆細胞の産生が押さえられる。一方、造血を支持する細胞にこの分子を発現させると、CXCL12やSCFなど幹細胞の増殖に関わる分子の発現が亢進すると言う結果だ。またマウスの遺伝子操作を駆使して、Foxc1が間質細胞の脂肪細胞への分化を抑制する事で、CAR細胞へ誘導する事も明らかにした。もちろんこの分子が完全に無くなっても、かなりの数の造血幹細胞がまだ骨髄には残っているようだ。従って、ニッチの全貌が明らかになるにはまだまだ時間がかかりそうだが、造血細胞ニッチに関する研究の中では、最もオーソドックスで重要な研究だと思う。今回の結果を見た気のきいた研究者達も、今後は間違いなくFoxc1を念頭において仕事をするだろう。ようやく骨髄の造血細胞ニッチも全貌が明らかになるのではと言う確かな感触を得る事が出来た。更に、論文に書かれているように白血病や再生不良性貧血を理解する重要な手がかりになる事は間違いない。素晴らしい仕事だ。さて報道だが、この仕事が血液自体ではなく、それを支持するニッチ細胞に関する研究である事が全く表現されていない。やはり、ある程度内容を理解してポイントを紹介できる能力が記者にも求められていると思う。
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3月1日:がん治療としてのオートファジー抑制(2月25日発行Journal of Clinical Investigation掲載論文)。

2014年3月1日
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私たちのNPO、AASJの運営資金のほとんどは、活動を理解していただいている製薬メーカーのコンサルテーションを行う事で得ている。と言うと私の方から一方的に様々なアドバイスをしているように聞こえるが、実際には私自身がこの活動を通して学ぶ事も多い。仕事の一環として企業の研究員の人達と論文を読みながら創薬可能性について議論する会はいつも楽しみにしている。というのも、現役を辞めた後も新しい情報を仕入れる事が出来るので本当にありがたい。先週この抄読会でSさんから、オートファジーと抗がん剤抵抗性の論文を紹介され、不勉強を思い知ると同時に大変興味を持った。このコーナーでも一度解説したと思うが、オートファジーと呼ばれる現象は現東京工大の大隅先生のグループが世界にさきがけて見つけた現象だ。今や医学生物学の分野で最も大きな注目を集めている現象で、なんと今年の2月だけでも200を超える論文が発表されている。がん治療の抵抗性の一つのメカニズムとしてオートファジーが注目されている事を知ると、このフィーバーも当然の事だと納得する。新しい知識を念頭に論文を読んでいると、確かにこの問題を扱った論文は多そうだ。今日紹介するのは、悪性黒色腫のBRAF標的治療とオートファジーの関係を調べたペンシルバニア大学の研究で、2月25日発行のJournal of Clinical Investigationに掲載された。タイトルは “Targeting ER stress-induced autophagy overcomes BRAF inhibitor resistance in melanoma” (ERストレスによって誘導されるオートファジーを標的にする事で悪性黒色腫のBRAF阻害剤の抵抗性を克服できる)だ。悪性黒色腫の半分弱はBRAFと呼ばれる遺伝子の突然変異によって起こる事が知られている。この分子の活性を押さえるBRAF阻害剤、あるいはその下流のシグナル伝達経路の阻害剤が、がんに対する分子標的薬剤として用いられており、高い効果を上げている。しかし標的薬剤と言っても、薬剤抵抗性のがん細胞が残ってしまって根治を妨げる。なぜ抵抗性が獲得されるのかを調べる事で、薬剤抵抗性細胞の出現を克服できないかと言うのが今回の研究だ。研究では、最初悪性黒色腫の細胞を阻害剤で処理するとオートファジーが著明に上昇すると言う現象からスタートしている。次にBRAF阻害によりオートファジーが誘導される経路を調べ、阻害剤により先ず小胞体ストレスが起こり、この結果オートファジーが誘導される事を実験的に確定している。小胞体ストレスは糖尿病や神経死との関わりで何回か紹介したが、異常たんぱく質の小胞体での蓄積等により小胞体がストレスを受けると起こる反応で、その際オートファジーが誘導される事も知られている。この結果に基づき、オートファジーを抑制するハイドロオキシクロロキン、あるいは小胞体ストレス誘導シグナルの阻害剤をBRAF阻害剤と組み合わせると、薬剤抵抗性のがん細胞を殺せる事が示され、新しい治療法の可能性を期待させる。これだけならただの期待で終わるが、クロロキン剤は網膜への副作用のためあまり利用されなくなっているが、抗マラリア薬として開発され、腎炎や自己免疫病に使用された歴史があり、がん患者さんへ転用する事は容易な薬剤だ。このため既に悪性黒色腫の治療にハイドロオキシクロロキンを組み合わせる治験が開始されようとしていることが論文でアナウンスされている。最終結果が出るには5年はかかるだろうが、中間報告も含めて結果が待たれる。ウェッブで調べてみると、悪性黒色種だけではない。直腸がん、骨髄腫、など様々ながんについて、オートファジー抑制を抗がん剤と組み合わせる研究が始まっている。もしこれらの治験が大成功に終われば、大隅先生の株は更に急上昇する事間違いない。期待したい。
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2月27日朝日新聞記事(野中):関節リウマチ「主犯」を特定 大阪大、根治薬開発に期待

2014年2月28日
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私は基礎に移った時、免疫学の研究から始めた。その後、熊本大学時代までは免疫関係の学会に出席していたが、京大に移ってから免疫学とは疎遠になった。しかし、免疫システムは進化の究極にあり、その多様性は興味が尽きない。現在もなお、これまでの考えを覆される論文が多く生まれている。例えば、Nature誌1月9日号に掲載されたゾウザメの全ゲノム解明もそうだ。最も原始の顎口類、ゾウザメにはCD4陽性T細胞を分化させ利用するために必要な全ての分子が欠損している事が明らかになった。ほとんどの脊髄動物にとって、このT細胞は、我々にはクラスIIの組織適合抗原分子と抗原の複合体を認識するために必須のシステムだが、この分子無しにどう抗体が作られるかは新しい問題だ。ただ心配なのは、この話を知り合いの免疫学者にしても、ほとんどこの論文に気づいていない。進化研究となると無関係として済ますほど日本の免疫学者は忙しいのかもしれない(裏返せば私が暇)。27日朝日新聞野中さんが紹介した荒瀬さんの仕事もこのクラスII分子に関わる研究で、アメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Autoantibodies to IgG/HLA class II complexes are associated with rheumatoid arthritis susceptibility (IgGとクラスII、HLA結合体に対する自己抗体はリュウマチ性関節炎に関連している)」だ。この仕事は少なくとも私のこれまでの考えを覆した。少し込み入った話になるが、クラスII-HLA抗原の役割は、細胞内に取り込んだ外来のたんぱく質を分解した後の小さな断片を銜えこんで、細胞表面に提示する事で、CD4陽性T細胞に外来抗原を認識させる事が役目だ。荒瀬さんの仕事は、リウマチの関節に存在するB細胞は、自らが作る抗体分子の全体を、分解する事なくそのまま銜えこんで表面に運び提示することができるという全く新しい発見だ。このHLAに結合したままのIgGが今度は他のB細胞を刺激して、自己のIgGに反応する自己抗体が出来る事が、リウマチでIgGに対する自己抗体が出来る原因だと結論している。もちろん普通のIgGは体中に大量に流れているし、また正常B細胞で作り続けられているがHLAと結合する事はない。まだ良くわからない原因でたんぱく質の折りたたみがうまく行かなかったIgGだけでこれが起こると言うのがこの研究のポイントだ。患者さんで調べたとき、B細胞上にIgGがそのまま提示されている事とリウマチ関節炎とは密接に関わっており、普通の人のB細胞で同じことはみられない。もちろんこれがリウマチの原因か、あるいはリウマチで起こる症状の一つかはまだわからない。もちろん荒瀬さんは後者の可能性が実際に起こっていると疑っており、新しい治療の可能性も生まれると期待している。これまでたんぱく質がうまく折り畳まれない事で起こる病気を幾つか紹介して来たが、荒瀬さんの言う通りなら、分子シャペロンなどを使う事で病気のサイクルを断ち切れるかもしれない。面白い仕事だと思った。野中さんの記事は簡潔で、内容を十分伝えている。ただ、これが「主犯」と特定するにはまだまだ時間がかかるだろう。調子が強すぎると感じた。
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2月26日:川崎病に対する抗TNFa抗体治験結果(2月24日発行The Lancet掲載)

2014年2月26日
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私も臨床医の経験があるが、自分の診ている患者さんがこれまで記載のない新しい病気にかかっている事に気づいて、その病気を自ら定義する事など夢のまた夢だ。そのためには患者さんを詳しく観察し、類型化し、新しい病気である事を科学的に証明すると言う医師・研究者の能力と努力の両方が必要だ。我が国でこれを成し遂げた数少ない一人が、1961年この病気を発見し、1967年にこれが新しい病気である事を最初に報告した川崎富作先生で、現在も世界中で川崎病という言葉が使われている。小児の病気で、全身の血管に炎症が起こるが、後遺症として動脈瘤が発生する可能性がある。はっきりとした原因は不明だが、免疫グロブリンとアスピリンの注射により動脈瘤が起こる確率は25%から5%に低下するため、この治療が第一に行われる。ただ、この治療によって発熱が続いたり、繰り返したりする患者さんでは、動脈瘤が起こる確率が高く、他の治療を組み合わせる事の必要性が認識されていた。幸い、この患者さんでは血中のTNFaと呼ばれる炎症を引き起こす物質が高い事から、現在リュウマチなどの自己免疫疾患に効く事がわかっている抗TNFa抗体を使用したらどうかと様々な研究が進んでいた。そして、最終的な第3相治験研究としてカリフォルニア大学を中心に多施設共同研究が行われ、結果がThe Lancetに報告された。タイトルは「Infliximab for intensification of primary therapy for Kawasaki disease: a phase 3 randomised, double-blind, placebo-controlled trial (川崎病の一次治療を増強するための抗TNFa抗体の効果:第3相、無作為、2重盲検治験)」。研究では196人の1歳から4歳までの川崎病患者さんを集め、抗体を打つ群と、偽薬を打つ群に分け10週間経過を観察している。結果は明白で、まず抗TNFa抗体により免疫グロブリン注射に伴う発熱などの炎症反応がほぼ抑制され、2週間目で調べたときのZ-scoreと呼ばれる動脈の太さの値が下降動脈で改善していたと言う結果だ。長期効果などははっきりしなかったようだが、副作用もなく初期の炎症が抑えられる事から、免疫グロブリンとアスピリン注射に加える治療として十分価値があると言う結果だ。おそらく、日本でも既に検討されていると思う。抗体薬は高価だが、将来を担う子供のために是非健康保険が適応されている事を願う。
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2月25日:ALSの病巣の拡大を止められるか?(アメリカアカデミー紀要オンライン版)

2014年2月25日
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ALSは家族や親戚に同じ病気がなくとも突然健康な人を襲い、運動機能が急速に失われる難病だが、現在有効な治療法はほとんどない。最近になって遺伝的な原因がはっきりしているALSについては患者さんからIPSを作って病態を解析できるようになり、少しづつではあるが光がさして来た。例えば2012年、山中さんが所長を務める研究所の井上さんがScience Translational Medicine8月号に発表した研究は大きく報道された。TDP-43分子の突然変異に起因するALS患者さんのiPSから作った神経細胞を用いて、異常TDP-43分子の蓄積を押さえる薬剤が開発できる事を示した研究だ。しかし遺伝性がはっきりしているALSはたかだか1割程度で、9割以上のALSは原因がはっきりしない弧発性の病気だ。なぜ普通の人が突然ALSに襲われるのか?原因となる分子メカニズムは何か?iPS を弧発例にどのように利用すればいいのか?など多くの問題がありそうだ。私自身もこれまで難しくて当たり前と思考停止していた所もあった。今日紹介する論文は「こういう考え方もあるのか!」と納得する私には大変面白い話だった。カナダのBritish Columbia大学のグループがアメリカアカデミー紀要オンライン版に発表した論文で、タイトルは「Intercellular propagated misfolding of wild-type Cu/Zn superoxide dismutase occurs via exosome-dependent and –independent mechanisms (正常SOD分子も折りたたみがうまく行かない場合はエクソゾームを介する経路と介さない経路の両方を通って他の神経細胞へ移る事が出来る)」と言う論文だ。私はこのグループの論文を初めて読んだが、これまでの研究を通して「弧発ALSでは、先ずSODと呼ばれる分子の中に折りたたみに失敗した分子が生まれ、次にこの失敗分子が正常分子の折りたたみを阻害することで、失敗分子が細胞に蓄積し、細胞死に至る」と言う仮説を出しているようだ。今回の研究では、この折りたたみに失敗した分子が蓄積して細胞が死にかけると、失敗分子が隣の細胞に2つのルートを通って取り込まれ、新しい細胞の中で正常SODの折りたたみを阻害して細胞死を誘導することが示されている。この結果は、なぜ神経細胞死が隣の細胞へと伝播するのかと言う問題と、遺伝的異常のない人でもこの病気が発症し急速に悪化する事を良く説明しているように思う。このメカニズムは既に狂牛病として知られるプリオン病で示されたメカニズムで、条件が揃えばSODもプリオンの様な性質を持つ事を示す恐ろしい結果だ。しかしこの研究では一筋の光も示されている。細胞から細胞へと失敗SODが伝播する時、この分子に対する抗体が存在すると、正常細胞へ取り込まれる過程をほぼ完全に抑制できると言う結果だ。この話はまだ細胞レベルの事で、身体の中の運動神経でも同じことが起こっているのか結論するにはまだまだ研究が必要だろう。ただもしこのシナリオが正しいとすると、既に紹介したように、脳脊髄と血管の間のバリアーを超えて抗体を浸透させる技術は既に存在することから、抗体を使った治療は十分可能性がある。同じ抗体がALSの進行を止めるかどうかが出来るだけ早く臨床現場で確かめられる様研究が進む事を期待したい。
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2月23日:早産児の言語発達(2月22日号Pediatrics掲載論文)

2014年2月23日
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 我が国では大体0.8%程度の超低体重児が生まれている。もちろん我が国では世界最高水準の医療が受けられ、新生児死亡を減らし、知能を中心に発達障害を軽減するための努力が行われる。この体制を続けるためには、子供の将来のために昼夜を分かたず献身的に働いてくれる新生児ICUのスタッフが安心して働ける環境づくりが必要だ。ただ、この関門を突破しても、発達障害の確率が高いこのグループの子供達にとっては、その後の心身の発達時ににおかれる環境が重要だ。今日紹介する小児科専門誌Pediatrics2月22日号に掲載された論文は、出生時600−1200グラムの超低体重児の言語発達について研究している論文で「Trajectories of receptive language development from 3 to 12 years of age for very preterm children (超低体重児の3−12歳までの言語理解発達の軌跡)」がタイトルだ。元々この研究は、超低体重児の脳障害を予防するために使われるインドメサシン(非ステロイド系抗炎症剤)が言語発達に及ぼす効果を調べる事が主目的だったが、子供がおかれた家庭環境などもよく調査が行き届いており、環境の影響も同時に評価している。研究では1989年から1992年にかけてアメリカのロードアイランドで生まれた超低体重児500人余りを無作為に選んでインドメサシン投与、非投与群にわけ3,4.5,6,8,12歳と5回にわたってPeabody Picture Vocabulary Testと呼ばれる言語能力テストを行っている。インドメサシン投与の効果は男児のみにしか見られず、差が見られるのも6歳時点までで、その後は投与、非投与で差は無くなる。一方、女児では最初から大きな差が認められないと言う結果だ。ただ女児でも悪い影響はなさそうなので、6歳までの成長に効果があるなら予防的投与をしても問題はなさそうだ。またこの研究の示すもう一つ重要な点は、12歳までの環境、特に母親の教育レベルが言語発達に大きな影響を持つ点だ。即ち大学教育を受けた母親に育てられた場合、大学教育を受けていない母親と比べて大きな差が見られる事だ。もちろんこの結果が全て育った言語環境を反映していると決める事は出来ないが、豊かな言語環境を超低体重児に提供する価値は十分ある。すなわち成長については全て母親任せにせず、言語や脳発達を促す様なプログラムを提供できる特別な保育システムを整備する価値はあるように感じた。特に少子高齢化が進む我が国で健康な新しい国民を一人でも増やす事の意味は大きい。しかし、国の借金を考えると新しい政策がますます取りにくい状況にある。折しも、2月22日号のThe Lancetに、ギリシャ経済危機により国民の健康がどのように変化するかについての英国ケンブリッジ、オックスフォード大学の共同調査が発表された。タイトルは「Greece’s health crisis:from austerity to denialism (ギリシャの健康危機:緊縮経済から否定論)」だ。この論文によればギリシャ緊縮経済が始まった2008年から麻薬中毒者のエイズ患者が10倍、鬱病が2.5倍、自殺が1.5倍に増えただけでなく、小児の死亡率も40%増加したと言う。我が国が全ての子供を本当に大事にする道を選ぶのか、あるいはギリシャのように借金のつけを子供の健康で払うのか、今岐路に立っているように思える。親子の健全な成育を目指した厚労省の「健やか親子21」は今年度で終了するが、今後どのような施策が行われるのか見守って行きたい。
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2月21日:確実な体細胞リプログラミング(2月13日Cell誌掲載論文)

2014年2月21日
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外国から帰って来てみると、小保方さんに関する報道が大変な事になっている。おそらく今は少し冷静になって、個人の問題と、研究自体の問題をわけて考える必要があるようだ。研究については今週23日ニコニコ動画で取り上げる。毎日新聞の須田さんと、多能性についての専門家中武さんも入って率直な話をしたいと思っている。いずれにせよ論文の責任著者が早くコメントを出す事が必要だろう。私自身が最初から懸念したように、日本のメディアは2007年で知識が止まったまま、効率・安全性と言った枝葉末節な点を取り上げてSTAPを報道した。この様なマスメディア状況については、自分の話の宣伝に終始して世界の研究動向を正確に伝えてこなかった山中さん初めこの分野をリードする我が国の研究者にも責任がある。そんな折、Cell誌に分裂速度が極端に早い細胞はリプログラムされやすいと言う仕事がエール大学から発表された。タイトルは「Nonstochastic reprogramming from a privileged somatic cells (特別な細胞ではランダムではないリプログラミングがおこる)」。リプログラミングのメカニズムに関する研究は終わっていない。研究は山中因子の発現をon/offできるマウスを用いて、リプログラミングの起こりやすい細胞を探したところ、血液細胞の中でも顆粒球やマクロファージに分化する分裂速度の高い幹細胞ではOct4の発現で見たときのリプログラミングの確率が高いと言う発見から始まっている。事実4回分裂を繰り返すとほぼ全ての細胞がリプログラムされている。この効率は、高速に分裂し続けている細胞ほど上昇し、増殖を抑制するメカニズム(p53など)を除いてやると、ほとんどの細胞が簡単にリプログラムされる。これは血液に特異的ではなく、定番のファイブロブラストも増殖速度の高い細胞を選べば効率が上がると言う結果だ。論文は増殖キネティックスがリプログラミングを決める重要な因子だと言う単純な結論になっている。研究自体は、現象論に終始し、それもOct4の発現だけしか見ていないなど雑な面も多い。また、結論も単純すぎる。例えば、細胞が急速に増殖すると言う事は、エピジェネティックな状態の揺らぎが大きい可能性も高い。そう考えてみると、この仕事も小保方さんのSTAPと共通するリプログラミングの側面を示しているかもしれない。前にも述べたが、多能性へのリプログラミングが生理的なはずはない。そんな事が可能なら、プラナリアは全能性の幹細胞を体中に維持しておく必要が無くなる。日本を代表する研究者も出来る限り物事の本質を伝える努力を怠ってはならない。分野全体の進展を正確に伝えて行く事が必要だ。研究社会の成熟度こそ今必要とされているのかもしれない。
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ゲノムで歴史を探る(Science誌2月14日号掲載論文)

2014年2月20日
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ヒトゲノムと言うと「既に終わった研究」と思われているかもしれない。しかし、情報と言う観点から考えるとヒトゲノム情報の利用はまだまだ入り口にさしかかった所だ。私自身21世紀はゲノムを中心に新しい情報科学が生まれ、分化や文明が花開くと確信している。それを感じさせてくれる一つの例が、歴史分野へのゲノムの進出だ。ネアンデルタール人のゲノム解読により、私たちホモ・サピエンスとネアンデルタール人の交雑がいつどのように起こったかをたどる研究の進展を目の当たりにするとゲノムにより歴史が語られ始めた実感を持つ。ただ、過去の現象を再現する事は不可能なため、それを科学的に推察するためには情報処理のための数理が必要になる。しかしその数理処理が真実にどれほど近いのかは、やはり他の記録と照合する事でしか検証できない。この問題にチャレンジしたのが、今日紹介する英国とドイツの共同研究で、タイトルもそのものズバリ「A genetic atlas of human admixture history (人類の交雑の歴史についての遺伝子地図)」だ。論文の本編は5ページの論文だが、100ページを超す補遺がついており、そのほとんどは情報処理についての記述で、私には手に負えない。それでもこの仕事が、地球上の95の集団、1490名の人間についてSNPを調べ、集団の間で、いつ、どのように集団間の遺伝子交雑が行われたのか計算している事は理解できる。即ち集団の間での交雑史が明らかにされている。例えば、他集団に侵略されて遺伝子交雑が起こる場合、原則として男から女性への遺伝子の流れだけだが、民族全体が移動する場合は当然両方向での交雑が起こるはずだ。更に、歴史的には例えばジンギスカンの大遠征等々、交雑を進めた活動の歴史的記録がある。もし数理的処理が正しければ、歴史的記録と遺伝子から読み取れる交雑様態が一致するはずだ。結果は予想通りで、このグループが開発したアプリケーションを使えば、集団間の交雑がいつどのように行われたかを予測する事が出来、この予測は実際の歴史的記録に対応していると言う結果だ。この歴史的事実としてあげられているのが、ヨーロッパからアメリカへの移民(1500年位)、スラブ・トルコ民族移動(500−1000年)、アラブ奴隷売買(650−1900年)、蒙古大遠征(1200−1400年)で、確かに交雑が誘導される事も納得する。実際、東欧や中東を見ると、何度も集団間で交雑が進んでいる事がわかる。これが、東欧の人と西欧の人を私たちでも簡単に区別できる理由だろう。いずれにせよ、ゲノム研究と歴史研究が融合し始めているのは確かだ。21世紀ゲノム文明の助走が確かに始まっている。最後によけいな事だが、掲載されている交雑地図を見てちょっと気になるのが、日本人集団ではほとんど交雑が進んでいない事だ。純潔だと喜ぶヒトもいるかもしれない。しかし、この結果生まれた我が国の思想のせいで、我が国がますます孤立化の道を歩むのではないかと少し心配だ。
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