8月30日 ゲノムから歴史を描く:新しいシュリーマン(8月26日号 Science 掲載論文)
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8月30日 ゲノムから歴史を描く:新しいシュリーマン(8月26日号 Science 掲載論文)

2022年8月30日
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ホメロスのオデッセイを書き留めるために、ギリシャでアルファベットが誕生したと言われるほど、ギリシャの古代、すなわちミノアやミケーネ時代の歴史は、ギリシャ人の心のルーツといえる。これを読んだドイツ人シュリーマンは、これがただのお話ではないと直感し、トロイやミケーネの発掘を行ったことは有名だ。

勿論ホメロスだけでなく、青銅器時代以降の西アジアからギリシャ・ローマにかけての歴史記録は、ギリシャ神話や、ヘロドトスやクセノポンのような歴史家による記述も残っており、また多くの遺跡や出土品も存在して、研究が進んでいる時代だ。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、これに当時の人たちのゲノム解析をかぶせることで、これまでの歴史観を検証し、新しい可能性を示唆できないか調べた極めてチャレンジングな研究で、8月26日号の Science に掲載された。

実際には3編の論文から出来ており、この分野では第一人者の Reich 研究室からの論文だが、senior author は全て Iosif Lazardis の論文だ。実際には、地中海を中心とする1万年にわたる民族交流を700体の古代ゲノムから解析した論文で、簡単に紹介するにはあまりに膨大すぎる。そこで、9月のいつか、全体について紹介するためのジャーナルクラブを企画することにする。そして、今日は3編のちょうど真ん中の論文、エーゲ海を中心としたミノア、ミケーネ、ギリシャまでの時代についてのゲノム解析を、様々な文献と比較した研究の触りだけを紹介する。タイトルは「A genetic probe into the ancient and medieval history of Southern Europe and West Asia(古代から中世に至る南ヨーロッパ及び西アジアの歴史についての遺伝的調査)」だ。

タイトルには中世とあるが、中世はローマ時代を扱うとき、ビザンチンから中世が扱われているという程度で、、この研究は地中海と隣接する西アジアの新石器時代からギリシャ時代までを扱っている。この論文をわざわざ選んだのは、ゲノム研究と、それまでの歴史記述や言語についての対応が議論される、まさに文理融合の手本とも言える論文だからだ。

さて、私たちはギリシャも含めてヨーロッパの人間は、オリジナルな狩猟採取民に、インドヨーロッパ語のヤムナ、そして農耕のアナトリアゲノムが様々な割合で混じり合ってると単純に考えてしまう。しかし、常に交流が行われた時代には、純血のヤムナとかアナトリアは存在しない。すなわち、それぞれの地方の時代別のゲノム解析が必要になる。

そのため最初の論文は、アナトリアの起源になるメソポタミアの新石器時代のゲノムを調べ、アナトリアゲノムがメソポタミア、イスラエルなどの狩猟採取民からできあがっていることを示している。

このような新石器時代の起源系列を特定した後、この研究ではミノア、ミケーネとエーゲ海文化を担った人たちのゲノム解析を行っている。その結果、エーゲ海民族は、アナトリアのゲノムに、主にコーカサス狩猟採取民のゲノムが混じり合って形成されること、ミノアからミケーネにかけて、ゲノム構成が極めて多様化することをまず明らかにしている。

すなわち、ミノアまではほぼアナトリアに近いゲノム構成が、その後おもにヤムナを中心としたステップ地帯の狩猟採取民ゲノムが流入して、ミケーネ、そしてギリシャゲノムが形成されている。実際、クレタ島の東端には全くヤムナゲノムが存在しないゲノムも見つかっており、オデッセイに書かれた民族のるつぼとしてのクレタ島のイメージに合致する。

他にも、様々な記録との比較が行われているのでそれだけを列挙すると、

  1. プラトン・メネクセノス:古代ギリシャでは外部との交流は少ないという記述が、ミノアゲノムと一致する。
  2. ギリシャ神話の英雄時代の近親相姦の後が、ミケーネ人で見られる。
  3. ヘロドトス:アナトリア地区のギリシャ植民地で現地人との融合が行われ、アレキサンダー王もペルシャ人を妻に迎えたという記述があるが、ギリシャ植民地では全く交雑が見られない西部の植民地に対し、アナトリア側では交雑が進んでいたことがわかる。
  4. ギリシャ神話でトロイのヒーローアエネイアースがイタリアに逃れローマ建国に関わったとされているが、実際ローマ帝国以前のローマ人のゲノムを見るとこの流れに矛盾しない。

などなどだ。

さらに、やはりインドヨーロッパ語を話す、アナトリア農耕民族にほとんどヤムナゲノムが入っていないことにも注目し、それを代表するウラルトゥ王国についても、インドヨーロッパ語の伝搬の新しい考え方とともに議論しているが、今日はここで終わる。ジャーナルクラブについては、なるべく早くアナウンスする予定だ。

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8月29日 サル以降の前頭葉進化を single cell RNA sequencing で調べる(8月25日 Science オンライン掲載論文)

2022年8月29日
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このブログでも、サルから人間の進化、特に脳の進化については論文を紹介してきているが、この目的のために single cell RNA sequencing を用いた論文は、今日紹介するイエール大学からの論文が初めてだと思う。タイトルは「Molecular and cellular evolution of the primate dorsolateral prefrontal cortex(霊長類の背外側前頭皮質の分子細胞学的進化)」で、8月25日 Science にオンライン掲載された。

これまで人間の脳の進化を調べた論文のほとんどは、脳各部の遺伝子発現を調べた研究だった。しかし、脳細胞は同じに見えても多様化して居ることを考えると、細胞レベルと分子レベル同時に進化を調べることが出来る single cell RNA sequencing(scRNAseq はうってつけの方法で、今まで調べられなかったのが不思議なぐらいだ。

ただ、異なる種の scRNAseq のデータを同じ土俵に展開し、詳しく比べるアプリケーションの開発など、決して簡単ではなく、大変な研究だと思う。実際には、死亡したヒト、チンパンジー、アカゲザル、そしてマーモセットの前頭葉、特に背外側前頭皮質を切り出し、そこから核を取り出し scRNAseq を行って、ヒトへの進化で見られる細胞種の変化、あるいは同じ細胞種での遺伝子発現の変化を捉えようとしている。

出てきたデータは、膨大で、しかもそれぞれの変化の生物学的意味については到底理解するには至らないので、実際には説明しづらい。とりあえず、面白いと思った点だけを列挙することにする。

  1. それぞれの種特異的に存在する細胞があるか?という点についてまず検討が行われている。その結果、5種類の種特異的な細胞が特定されている。その中にはマーモセットだけに見られるものもあり、新しい細胞種が進化とともに増えるというわけではない。ただ、霊長類のみに見られる細胞は、アストログリア系の細胞で、神経細胞自体でないのは面白い。
  2. 興奮神経、抑制性神経、アストロサイト、ミクログリアなど、ほとんどの細胞種やそのサブタイプは、全ての種で共通に存在するが、発現する分子でははっきりとした違いが見られる。今後それぞれの違いの意味について調べる長い道のりが待っている。
  3. 中でも面白いのは、人間だけに見られるソマトスタチン発現抑制性神経の中に、ドーパミン産生に必要な分子を全て備えたグループが存在し、ソマトスタチンからドーパミンへのスイッチ可能な細胞が脳全体に分布していることで、ひょっとしたら大化けする発見になるかもしれない。
  4. もう一つ、この方法を用いることで、これまで言語に関わり、神経に発現している遺伝子 FOXP2 が、神経だけでなく、ミクログリアに発現していることも明らかになった。
  5. さらに、神経細胞での FOXP2 発現の調節機構を探ると、霊長類の進化とともに、FOXP2 の発現調節機構、及び FOXP2 による遺伝子発現調節変化が見られており、この生物学的意味を言語誕生と合わせて調べる価値は十分ある。
  6. 最後に、自閉症やパーキンソン病と言った神経疾患と相関する分子についても、発現に進化に連動した変化が見られる物があるので、今後重要な課題になる。

以上、答えはないが、今後調べるべき多くの問題を提示した重要な研究だと思う。

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8月28日 睡眠中の目の動きから夢の中での身体の動きを解読する(8月26日号 Science 掲載論文)

2022年8月28日
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睡眠中に目だけがキョロキョロ動くRapid eye movement sleep(REM睡眠)は、発見の当初から夢を見ていることと関係があるのではないかと考えられ、REM睡眠中に覚醒させると見ていた夢を語れるチャンスが高いという発見につながった。ただ、注意深く実験を行えばREMと夢とは関係がないという結果も発表され、議論が続いていた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、REMが少なくとも覚醒時の行動を反映しているという仮説を、REMから行動をデコードできるかという野心的な課題に置き換え、覚醒中の頭の動きをREMが反映していることを示した研究で、8月27日号 Science に掲載された。タイトルは「A cognitive process occurring during sleep is revealed by rapid eye movements(睡眠中の認知過程はrapid eye movementに表象されている)」だ。

少し大げさに言うと、このような研究は脳や身体の研究から夢は再現できるかという試みの一つだ。これまで、脳自体の興奮を夢と関連付ける研究は行われてきているが、REMからどこまで夢をデコードできるかという研究はめずらしい。

この研究では、覚醒時のマウスの頭の動きと目の動きを詳細に記録し、さらに頭の動きを視床のADN核の神経の興奮と相関させることで、頭が動かない睡眠状態でも、目の動きからAND核の活動、そしてその背景にある頭の動きを推定できるかについて実験している。

もう少しわかりやすく言うと、右に首を向けたとき、当然それに合わせて目も動き、強い運動ではサッカードと呼ばれる振り子運動を起こす。この時、ADNの神経活動は首の動きと相関する。寝ているときは、首は動かないが、夢で首を動かすと、ADNが同じパターンで興奮すると考えられるが、そのときそれに会わせた目の動きが観察できるはずで、これが正しければ、目の動きを追えば、夢の中での首の動きが追えるというわけだ。

結果は予想通りで、睡眠中も左右の目は協調して動き、目が大きく動くと、それに相関して頭の動きに対応するADNの興奮パターンが観察できることから、頭を動かす夢を見たとき、目もそれに合わせて動いていることを示している。

面白いのは、夢の場合、外界からの刺激がないので、大きく動いた目でサッカードは観察されず、400msの間に中央に戻る。

結果は以上で、脳の活動に合わせて、目が動くことからREMの少なくとも一部は夢での行動を反映していることを示している。

現在、脳内電極を設置した患者さんで夢の研究が行われているようになっており、一度ジャーナルクラブでまとめてみたいと思っている。

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8月27日 炎症性腸疾患と sp140 :遺伝子多型解析から治療法開発まで(8月18日号 Cell 掲載論文)

2022年8月27日
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21世紀に入ってから、急速に病気のゲノム解析が進み、それぞれの病気について、相関する多くの遺伝子多型が特定されている。このパワーの威力については、今回 Covid-19 の様々な病態に対し、詳細な遺伝子多型マップが完成していることからわかる。ただこのような研究は、それぞれの多型、あるいは多型セットが病気につながるメカニズムを明らかに出来て初めて役に立つ。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、2010年頃から様々な免疫性炎症や、細胞内寄生に対する抵抗力の異常に関わることがわかってきた遺伝子 sp140 の作用機序を明らかにし、クローン病など炎症性腸疾患の新しい治療戦略を示した遺伝子多型から病気のメカニズム、そしてその治療まで明らかにしたお手本のような研究で、8月18日号 Cell に掲載された。タイトルは「Epigenetic reader SP140 loss of function drives Crohn’s disease due to uncontrolled macrophage topoisomerases(エピジェネティック状態を監視する sp140 の機能異常は、マクロファージのトポイソメラーゼの調節不全に起因する)」だ。

この研究が注目した sp140 は、免疫系細胞に発現すること、そして免疫性炎症の異常に関わることが知られているが、その機能はインフラマソームや自然免疫シグナルに関わる分子ではなく、H3K27me3 といった遺伝子発現を抑制するヒストンと結合する分子で、これが何故炎症のリスク遺伝子になるのかは、免疫学的にも面白い課題だ。

これを解くため HEK293 T細胞株を用いて、sp14と結合する分子をスクリーニングし、トポイソメラーゼ(TOP)1、TOP2といった DNA を緩める働きがある分子と直接結合していることを発見する。

一方で、クローン病患者さんの遺伝子多型 rs28445040 により、sp140 の機能が低下していること、また sp140 の機能が低下すると、TOP1、2の活性が高まり、転写のリプログラムだけでなく、ヘテロクロマチン領域の DNA 断裂が起こることを示している。

この過程をさらに詳しく解析し、sp140 は、遺伝子発現を抑えるヘテロクロマチンに、TOP や他のクロマチン再編成分子を寄せ付けないようにして、いったん完成したエピジェネティックな遺伝子抑制システムを維持するための重要な分子であることがわかった。また、sp140 発現レベルが低い遺伝子多型では、この防御が破れ、エピジェネティックな転写抑制が乱れることで、主にマクロファージの活性化が起こり、免疫性の炎症が起こることが示唆された。

以上の結果は、sp140 が低下して発症する免疫性炎症は、それにより活性が高まる TOP を抑制することで治療できる可能性を示唆している。そこで、sp140 をノックダウンしたマクロファージを TOP 阻害剤で処理すると、転写のプログラムが正常化し、細胞内寄生体に対する抵抗力が回復することを明らかにした。また、同じ正常化を、クローン病患者さんのマクロファージでも観察している。

最後に、硫酸デキストランで腸を傷害して誘導するマウス腸炎で、sp140ノックアウトマウスで見られる炎症の重症化を、TOP阻害剤で抑えることが出来ることも示している。

以上、人間の臨床例の研究はまだだが、病気の遺伝子多型から病気の治療法開発にまで至ったお手本と言える研究だ。いずれにせよ、慢性炎症性疾患でもゲノム解析が必須の時代はすぐそこにきている。

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8月26日 二次元バーコードの進化(8月17日 Nature オンライン掲載論文)

2022年8月26日
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核酸配列を使ったバーコードを用いて、Single cell レベルでトランスクリプトームやクロマチンの状態を調べる方法は、生命科学分野の大きな変革をもたらしたと思う。このバーコード技術を、組織学と合体する試みも進んでおり、最初に紹介したのは今から5年以上前の2016年で、バーコード付きの RNA トラップを、スライドグラスにタイル状に張り巡らせ、バーコードから二次元的位置関係を再構成して、組織情報と統合するという方法で(https://aasj.jp/news/watch/5490)、その後同じような方法を用いた研究も何回か紹介した。

ただ、single cell を液滴にトラップする方法と異なり、このような二次元スポットを用いる方法では、標的の核酸を調整するためにプロセスする方法は使えない。そこで考え出されたのが、組織切片上で様々な処理をした後、バーコードを後から結合させる方法で、最初はX軸、その後Y軸と異なるバーコードを組織上で反応させて、処理された標的核酸をバーコード化する方法だ。一次元ずつバーコード添加するので、あるスポットに存在する細胞は、2種類のバーコードでラベルされることになるが、この方法により切片を処理して準備した標的核酸にバーコードを添加することが可能になった。

この方法はイエール大学で開発され、今年の2月、ヒストンコードを解析する Chip-seq を組織上で行う方法、Spatial-Cut&Tag として発表された。

この方法では、リン酸化ヒストンに対する抗体を組織上で反応させた後、抗体の存在するゲノム部位にトランスポゾンをリクルートすることで、その部位をカットしてから、X、Y 軸それぞれバーコードを流し、最後は組織全体のヒストンコードを調べる方法で、職人技を超えるほど大変そうな方法だった。

今日紹介する論文も同じグループからで、今度はもう少し単純な Atac-seq をこの方法と組みあわせられないか調べている。タイトルは「Spatial profiling of chromatin accessibility in mouse and human tissues(マウスとヒト組織上でクロマチンアクセシビリティーの空間的プロファイルを解析する)」で、8月17日 Nature にオンライン出版された。今回の論文はオープンアクセスなので、方法については、下の論文からカットアンドペーストして以下に示す。

上の図からわかるように、スライドグラス上の凍結切片にトランスポゾンを反応させ、オープンクロマチンがトランスポゾンでラベルされた後切り出されるようにする。そのあと、バーコードA、バーコードBを順番に DNA に結合させ、最終的にトランスポゾンラベルとともに、A、B それぞれのバーコードから、DNA 断片の由来する場所を特定する。この DNA 断片は全て核内で生成されるので、核の組織上の位置を記録しておけば、組織とバーコードの位置を対応させることが出来る。

さて結果だが、2月の Cut&Tag の結果よりさらにわかりやすく、組織学の情報(例えば肝臓といった臓器の情報や、そこに存在する細胞の情報)が、見事にクロマチンアクセシビリティーの結果と対応し、single cell 浮遊液では得られなかった情報が満載されている。

読者の多くは single cell technology で得られる何千次元もの情報を二次元圧縮した、tSNE と呼ばれる細胞マップを覚えていると思うが、転写の様子から想像される、細胞の種類の情報が、見事に組織上で再現されテイルのを見ると、感心する。オープンアクセスなので是非自分で写真を見て欲しい(https://www.nature.com/articles/s41586-022-05094-1)。

このように将来確実に使用が拡がること間違いのない方法が完成したというのが結論だが、それだけでは素っ気ないので、2つ例を挙げてみておく。

一つはオリゴデンドロサイト系列で、成熟前は脳全体に拡がっているが、分化に伴い白質に移動すること、また人間の扁桃でT細胞がTfhへと分化する間に、エピジェネティックな変化を繰り返すことなどが見事に示されている。 現役をやめて10年になるが、この間のテクノロジーの進展は目を見張る。我が国でも、これに匹敵する様々な方法が開発されることを願っている

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8月25日 顔が似ていると遺伝子はどこまで似ているか?(8月23日号 Cell Reports 掲載論文)

2022年8月25日
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顔が似ている背景には、遺伝的な類似があることは誰もが認めると思う。何百万、何千万レベルのゲノム解読が進んだおかげで、顔の形を形成する遺伝子の研究が急速に進んでいる。例えば、今年4月21日、顔の形と関連する遺伝子多型を調べる復旦大学からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/19529)。これは、顔を様々な特徴に因数分解し、その点数と相関する遺伝子多型をリストし、最終的に200近くの多型を見つけるとともに、今度は遺伝子から東アジア人とヨーロッパ人を代表する顔を描くというところまで行っている。

顔の遺伝背景を知るためのもう一つの方法として、瓜二つと言えるほどの顔の似た人のゲノムレベルでの比較が考えられるが、瓜二つというペアを集めるのは簡単ではない。今日紹介するバルセロナ、ホセカレーラス白血病研究所からの研究は、カナダの芸術家 Francois Brunelle が集めて「I’M NOT A LOOK-ALIKE!(http://www.francoisbrunelle.com/webn/e-project.html)」というタイトルで公表している、瓜二つの他人ペアをあたり、協力した32ペアの唾液について、SNP アレー、メチル化 DNA アレー、腸内細菌叢とともに、様々な身体や生活状況についてアンケート調査を行い、顔が似ていることの原因や結果を詳しく調べた研究で、8月23日号の Cell Reports に掲載された。タイトルは「Look-alike humans identified by facial recognition algorithms show genetic similarities(顔認識アルゴリズムで類似が特定された人間は遺伝的にも類似が見られる)」だ。

この研究のハイライトはなんと言っても Francois Brunelle の写真集を使えると着想した点だろう。これはすごいと思う。

ただ、この類似は Francois Brunelle の主観によるので、次に3種類の顔認識ソフトを用いて、類似度を調べ、このフィルターを通った16ペアを、人間の印象でも、機械の分析でも似ていると判断されたペアとして、次の検討に進んでいる。

顔認識レベルの似方で言うと、似た人を探すソフトの場合、一卵性双生児より高い類似と判断される場合があるが、顔の一般的特徴や顔の分類を目的としたアルゴリズムでは、一卵性双生児と一般ペアの大体中間に来る。すなわち、人間の印象を十分反映していると言える。

次に、瓜二つの16ペアを、遺伝子多型から分類すると、驚くことに(予想通り?)9ペアが同じクラスターに集まる。すなわち遺伝的に似ていおり、これを Ultra-alike としている。しかし Ultra-alike ペアでも、一卵性双生児同士と比べると、類似は低く、親戚かどうかを調べる方法では、全く親戚でなないことがはっきりしている。

この互いに似ている同士でシェアされている遺伝子を調べると、19277個の SNP が、共有が見られる SNP としてリストされ、この高い共有はランダムなペアでは見られない。

このような多型の見られる遺伝子は、細胞レベルでは細胞接着に関わる遺伝子が多く集まっており、またこれまで顔形成に関わる遺伝子として特定されている遺伝子も1794種類含まれている。

次に、もう一つ顔が似る原因として考えられる DNA のメチル化を全ゲノムで調べると、残念ながら明確な相関は出てこない(これは唾液内の細胞を使っていることも影響している)。ただ、DNA メチル化は参加者のエピゲネティック年齢とは明確に相関しており、実際 Ultra-alike の人たちは年齢も近く、それを反映してエピゲノム年齢も近いことがわかる。

この研究のもう一つのハイライトは、ゲノムだけでなく、アンケート調査によるさ、参加者の様々な性質、例えば結婚、喫煙、アルコール、ペット飼育、運動、子供や家族などの類似性についての調査で、なんと顔が似ている人は生活スタイルも似ていることを明らかにしている。

一つの写真集から始まった面白い研究だ。

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8月24日 長年の知識は全ての新型コロナウイルスサブタイプを中和できる新しい治療抗体作成に生かせるか(8月11日 Science Immunology オンライン掲載論文)

2022年8月24日
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ジェンナー、パストゥール、ベーリング、北里など、感染症に対する人類の最初の戦いは、ワクチンと抗体(当時は抗毒素と呼ばれた)の導入だった。今回のCovid-19パンデミックを見ても、実際同じ順番で治療法が開発され、直接ウイルスの増殖を標的にする抗生物質は結局最後になってしまった。

今回のパンデミックで最初に実現した治療法が抗体薬だったが、問題は新しいウイルスバリアントが出現すると、多くの場合効果がなくなってしまうことだった。なんとか多くのバリアントに対応できる抗体はないのかと、身体の中で誘導された何千ものウイルスに対する抗体の構造と、ウイルスとの結合を調べることで、新しいヒントを探す試みが続けられてきた。ただこのような方向性の研究は、誰でも出来るわけではなく、抗体の構造や、その生成について深い知識が必要とされる。世界を見渡しても、そんな条件に合う研究者は多くないが、ハーバード大学の Fred Alt は、現役研究者の中でも最も長い抗体産生についての研究歴を持っている一人だ。

今日紹介する Fred Alt 研究室からの論文は、まさに彼の長年の抗体についての知識が凝縮した論文で、α株からオミクロンまでのウイルスを中和できる抗体を、さすがと思わせる方法で作って見せた研究で、8月11日 Science Immunology に掲載された。タイトルは「An Antibody from Single Human VH -rearranging Mouse Neutralizes All SARS-CoV-2 Variants Through BA.5 by Inhibiting Membrane Fusion(一個のヒト VH だけが再構成を繰り返すマウスは BA5 に至るまでの全ての新型コロナウイルスバリアントを、ウイルスの膜融合をブロックすることで阻害する)」だ。

この研究は、抗体の抗原結合部位の多様性が CDR3 多様性で決まるにもかかわらず、多くの SARS-CoV-2中和抗体のCDR3多様性が限られており、ウイルス感染したときに使える抗体レパートリーが限られてしまって、バリアント全体に効果のあるような抗体が出来ないのではないかと着想した。これもさすが長年抗体を見てきたまなざしと言うほかないが、さらにすごいのは、CDR3 の多様性をもっと高めた動物を作る方法を着想したことだ。

幸い SARS-CoV-2 に対する中和抗体の多くはヒトVH1-2、Vk1-33 を使っている。そこで、VHとVkはこのペアに限る一方、CDR3領域だけは、リンパ節の中で新しいレパートリーを生成し続けることが出来るマウスを作成している。このマウスにも、マウスのV遺伝子との再構成を止めるため、遺伝子のルーピングを防ぐ工夫を組み入れるなど、Alt の長年の知恵が詰まっているので、是非自分で読んで確かめてほしい。

その結果、2回のスパイク抗原の免疫だけで、αからオミクロンまで、ほぼ全てのウイルス感染を中和する抗体を作成するのに成功している。後は、なぜこの抗体だけがあらゆるバリアントに効果を持つのかを、構造的に詳しく解析し、一言で言うと、同じ VH/Vk を用いているのに、これまでの従来の抗体とは全く異なる部位に結合する抗体が作成できることを明らかにしている。即ち、最初にらんだように、抗体の多様性がほぼ100% CDR3 の多様性に集約できるようにすると、これまで見られない抗原反応性を示す抗体が合成できることを明らかにしている。

最後に、なぜこの抗体が現在知られているほぼ全てのバリアントに効くのかを調べ、この抗体によりスパイクの S1 と S2 切断後の完全な乖離が抑制されるため、ウイルスは細胞に感染し、エンドゾームに侵入するが、その後細胞膜と融合してRNAを細胞質に送ることが出来ないことを明らかにする。

結果は以上で、是非この抗体の臨床的効果を確かめ、今後の変異体出現に備えるとともに、同じようなヒト化マウスを用いた新しい抗体開発も進めてほしいと思う。ただ個人的には、さすが真打ち登場、本当に深い知識を持つことの重要性を認識した。

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8月23日 パーキンソン病リスクの遺伝子多型が発症に関わるメカニズムを解明する(8月19日号 Science 掲載論文)

2022年8月23日
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現在多くの病気のリスクについて、遺伝的多型がリストされているが、コモンバリアントの場合リスクレベルは高くないため、個々の多型の病気発症への関わりを解明することは簡単でない。コーディング領域にアミノ酸変異があっても、コモンバリアントの場合、それがリスクにつながるメカニズムを特定することは難しいのに、ましてやコーディング領域外となるとさらに解析が困難になる。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、7番目の染色体にあるパーキンソン病(PD)のリスク遺伝子多型について、この困難な解析をやり遂げたお手本とも言える研究で、8月17日号の Science に掲載された。タイトルは「GPNMB confers risk for Parkinson’s disease through interaction with a-synuclein(GPNMBはパーキンソン病リスクを αシヌクレインとの相互作用を介して高める)」だ。

この研究では PDリスク遺伝子多型の一つ rs199347を取り上げ、まずどの遺伝子の発現がこの多型で変化するかを探索している。脳での発現、さらには異なる多型の染色体での遺伝子発現を別々に調べる方法(アレル特異的遺伝子発現検出法)などを駆使して、最終的に rs199347は膜タンパク質GPNMBの発現レベルに関わる可能性を突き止める。

次に、iPS細胞の遺伝子編集を用いて、GPNMBを片方、あるいは両方の染色体でノックアウトし、神経まで分化させた後、その影響を調べ、GPNMBが αシヌクレインと直接結合して、αシヌクレインの細胞内への取り込みに関わることを明らかにする。以上の結果から、rs199347多型が PDリスク型の場合、GPNMBの発現が上昇し、その結果細胞外の αシヌクレインを取り込む量が高まることを示している。

実際、GPNMB発現が低下した神経細胞にαシヌクレインを線維化させて加えても、シヌクレインの細胞内取り込みが低下しているために、細胞内毒性が起こらないことを明らかにしている。

最後に、実際の患者さんで、rs199347多型と、GPNMB発現レベル、病気の程度などを相関させ、実際のPD発症にrs199347多型がGPNMBの発現量を変化させているか調べているが、一応相関は見られるものの、レアバリアントで見られるほど強い相関は示さない。しかし、コモンバリアントについて、ここまで機能をしかもヒトの細胞で明らかにしたことは、高く評価していいと思う。

結果は以上で、GPNMBとαシヌクレインの結合を阻害する様な化合物が見つかれば、大ヒットになるかもしれない。

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8月22日 p53 喪失以後の発ガン過程(8月17日 Nature オンライン掲載論文)

2022年8月22日
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多くのガンで、ガン抑制遺伝子 p53 分子の欠損が発ガンの条件になっている。P53 は様々な機能を持っている分子だが、ゲノムの安定性を維持するチェックポイント機能が発ガン抑制に最も重要だと考えられている。とはいえ、p53 が失われた後、ゲノム不安定性がどう表れるのか、まだまだわかっていないことが多い。

今日紹介するスローン・ケッタリング ガン研究所からの論文は p53 が欠損した細胞を他の細胞から区別できるようにしたマウス膵臓ガンモデルを用いて、p53喪失後の過程をゲノム解析や、single cell RNA sequencingをベースにした遺伝子コピー数の変化を調べる手法を用いて調べた研究で、8月17日 Natureに オンライン出版された。タイトルは「Ordered and deterministic cancer genome evolution after p53 loss( p53 喪失移行の発ガン過程の順序が決まっており、決定論的に進む)」だ。

方法は割愛するが、この研究では発ガン遺伝子 ras を発現して発ガン過程にスイッチが入ると、ras 遺伝子領域にリンクして赤い蛍光が出るようにしたマウスで、p53 遺伝子喪失の影響を調べている。そのために、片方の p53 が欠損し、もう片方の p53 遺伝子領域にリンクして緑の蛍光分子が発現するように、マウスを改変している。このマウスでは、ras にスイッチが入った時点で、細胞は赤と緑の蛍光を発し(会わせると黄色になる)、その後 p53 が欠損すると、赤の蛍光だけが発現する。このマウスを用いて、膵臓ガン発生後、あるいは前がん状態で、p53 (+/-:黄色)とp53 (-/-:赤) 細胞を分離し、それぞれのゲノムを調べている。

結果は極めて単純で、まず発ガンには p53 の欠損が必須であることがわかる。そして、p53 欠損前と後のゲノムを比べると、欠損細胞ではほとんどの細胞で、遺伝子のコピー数の変化(CNA)、すなわち遺伝子欠損や、遺伝子重複が見られるが、欠損前には全く CNA は起こらない。すなわち、p53 欠損に続く、様々な CNA が膵臓ガンの発生に必要であることがわかる。

次に、p53 欠損後に起こる CNA を調べると、決してランダムではなく、これまで膵臓ガン発生に必要とされてきた遺伝子領域の欠損が、繰り返し起こっていることがわかる。すなわち、CNA はランダムに発生するが、発ガン過程で特定の CNA が強く選択されていることがわかる。

まだガンが発生していないステージで p53 欠損した細胞を調べると、CNA のほとんどは遺伝子のロスの方で、ゲインはほとんど見つからない。また、遺伝子ロスの種類はほとんど同じで、p53 によりゲノム安定性が傷害されると、その結果起こってくる遺伝子ロスやゲインのうちから、特定の遺伝子がロスした細胞が強く選択され、これが CNA を繰り返しながら、さらに悪性度を増していくという過程が浮き上がってくる。すなわち、膵臓ガン発生には、p53 に続いて、できるだけ細胞の増殖を抑えるガン抑制遺伝子をロスした後、その上に遺伝子ゲインも積み重なるという順序で発ガンが進行することがわかった。

最後に、新しい発見を念頭に、人間の膵臓ガンのゲノムを再検討して、人間でも同じことが言えると結論している。

以上が結果で、CNA の中でも、遺伝子ロス型とゲイン型の順序がこれほど明瞭に分かれていることは重要だと思う。すなわち、膵臓ガンの発生にはまず、p53 に続いて、ガンの増殖を阻む分子を取り除く過程が必須で、ここで取り除かれる遺伝子の種類は限定されている。今後、この過程を調べ直して治療標的を新しい観点から探して欲しいと思う。久しぶりに p53 について勉強できた。

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8月21日 幼児期の脳発達論文2題:乳児期の光刺激がシナプスを増やす(8月8日 Cell オンライン掲載論文)

2022年8月21日
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昨日、口唇期、まだ目がよく見えない時期に、自己の母親との同一化が起こることを述べたフロイトの一説を紹介したが、この目の見えない時期にも、実際には光を感じることが出来る。これは光受容分子を持つ intrinsically photosensitive retinal ganglion(iPRG) が、視覚に関わる rod や cone細胞以外に網膜に存在し、光の存在を感じるからだ。この機能については、光を浴びて概日リズムを調整するなど様々な可能性が示唆されているが、今日紹介する中国科学技術大学からの論文は、iPRGを介した光刺激が、皮質のシナプス形成に重要な働きをすることを示した研究で、8月8日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Melanopsin retinal ganglion cells mediate light-promoted brain development(メラノプシンを発現する網膜ガングリオン細胞が光り刺激依存性の脳発達を媒介する)」だ。

iPRGを介する光刺激が、新生児大脳皮質の発達を促進するのではと着想したのがこの研究の全てだ。

まず、iPRGの持つ光反応分子 Opn4 をノックアウトしたマウスと正常マウスで、大脳皮質の神経活動を調べ、Opn4(-)マウス、すなわち光を感じられなくしたマウスの視覚野や体性感覚野のみならずほとんどの皮質領域で、自然興奮活動が低下していることを確認する。そして、これが皮質錐体神経のシナプス数の減少の結果であること、さらに光依存的にシナプス数が高まることを確認する。すなわち、乳児期には外界を識別するための視覚は存在しないが、iPRG を介して光を感じ、この光刺激により皮質のシナプスを高めて、脳発達を助けることが明らかになった。

次に、iPRG からの神経投射をたどり、昨日にも話題になった視床の中で、オキシトシンを分泌する視索上核(SON)に直接シナプス結合し、さらに SON は同じ視床室傍核とも相互結合を持っており、このサーキットにより乳児期の光刺激によりオキシトシンが分泌され、これが脳に流れて、シナプス形成を高めていることを突き止める。

そして、この光刺激によるシナプス形成促進が、個体の学習能力に影響することを示し、光が私たちの脳の発達を助け、その後の学習に備える役割を演じていることを明らかにしている。

結論は以上で、光によって私たちの脳の能力が準備されるというのは面白い。しかも、この過程にオキシトシンが関わるのも、様々な連想を引き起こす。今後、人間の発達についても、この結果を下に見直されることになるような気がする。

いずれにせよ、視力にかかわらず iPRG の正常な乳児に光を浴びさせることの重要性がよくわかる。マウスでは生後10日で目が見え始めるが、人間では遅いことを考えると、光による脳発達誘導も、長く続く可能性がある。是非明らかにして欲しいものだ。

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