2020年11月29日
このホームページでも、ガンの発現する抗原に対する抗体をT細胞受容体シグナル伝達部分とキメラにした遺伝子を患者さんのリンパ球に導入してガンに対するキラー細胞として使うCAR-T治療についての論文を、既に40回近く紹介している。これまで2800回ぐらい論文紹介をしているので、一つのサブジェクトとしては多いと思う。しかし、最初B細胞白血病に対する論文が出たときはその効果に驚いた。
しかし、白血病に対するCAR-T療法の高い効果に対して、固形腫瘍に対しては現在も実用化へのハードルが高そうで、少しづつしか進展がないようだ。今日紹介する英国NHS財団の小児病院からの論文は、固形腫瘍に対するCAR-T治療の難しさを正直に示した治験研究で11月25日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Antitumor activity without on-target off-tumor toxicity of GD2–chimeric antigen receptor T cells in patients with neuroblastoma (GD2に対するキメラ抗原受容体T細胞による神経芽腫の治療は、正常細胞に対する障害なしに高腫瘍効果が見られる)」だ。
この研究は、神経上皮由来の腫瘍に強く発現している糖鎖GD2を抗原とするCAR-Tを用いて他の治療の可能性がなくなった神経芽腫の治療の可能性と副作用を調べる第1相の治験だ。GD2は正常の神経細胞でもある程度発現しているが、発現量が高いことから、特に神経芽腫の免疫治療の標的として用いられており、CAR-Tについても既に治験が行われてきた。ただ、CAR-Tの場合正常細胞への障害性も考えられるので、この研究ではGD2に対する中程度の親和性を持つ抗体遺伝子をわざわざ選んでキメラT細胞受容体として用いている。CAR-T自体は、第二世代と呼ばれるco-stimulatorシグナルを加えた方法で、一般的な方法になっている。
ほぼ万策尽きた神経芽腫の再発患者さん17例がリクルートされ、まず十分なCAR-T細胞が調整できるか調べているが、調整中に5人の患者さんが亡くなっており、病気の進行状態が窺われる。それでも、12例について生存中に細胞を調整できたことは重要だ。
次に投与量の検討で、1平方体表面積あたり1千万個から、1億、10億と量を増やしている。この条件でまず注入したCAR-Tが体内で増殖するか調べると、1億個以上注入しないと増殖を検出することはできない。一方で、増殖が見られると必ずいわゆるサイトカイン遊離症候群と呼ばれる副作用が発生するが、IL-6に対する抗体で抑えることができる。幸いにも、正常神経を障害する副作用は見られていない。
ただ、最も残念なことはほとんどの患者さんで1ヶ月すると、注入したCAR-Tが消失することで、2ヶ月目では全例で検出できなくなる。それでも、3例については、骨髄をはじめ、一部の転移巣に対する効果が見られ、1例についてはほとんどの転移巣で大きな改善が見られている。他の2例は、一般的な検査では改善が見られていないが、バイオプシーでは縮小が見られない領域でも強いネクローシスが観察されたことから、CAR-T治療がともかくガンを殺していることが明らかになった。
結論としては、現段階で最終的にはCAR-Tそのものが消失して、長期的な治療効果を得られないが、固形腫瘍に対する反応がしっかり見られることから、今の段階で一般治療として認めるわけにはいかないが、改良点が明らかになり、可能性は十分あるといえるだろう。
最近はあまりCAR-T論文を取り上げることは減っていたが、厳しくても少しづつ新しい可能性が生まれていることを実感した。
2020年11月28日
CRISPRテクノロジーの最も重要な点は、ガイドRNAによりゲノムやRNAの特定の場所にCas分子をリクルートできる点だ。しかし、一般的に遺伝子操作に使われるCas9はガイドRNAにより決められるDNA鎖に切れ込みを入れ、切断するだけで、その後の過程は細胞の持っている修復機構に完全に依存している。幸い、普通の細胞ではこの修復時(非相同組み換え修復とマイクロ相同組み換えによる)のゲノム側の変化が大きくなく、小さな欠失や挿入で止まるため、遺伝子ノックアウトや、場合によっては遺伝子機能復活も可能になる。
今日紹介するコロンビア大学からの論文は普通の細胞での常識が受精卵では通用せず、大きな染色体変化がCas9により起こってしまうことを示した論文で12月10日号のCell に掲載された。タイトルは「Allele-Specific Chromosome Removal after Cas9 Cleavage in Human Embryos(Cas9によるDNA切断の後起こる対立遺伝子特異的染色体除去)」だ。
この研究では網膜色素変性症の原因遺伝子の変異部分をCRISPR/Cas9で特異的にカットし、そこに起こる小さな挿入や欠失により遺伝子の機能が復活するようデザインしている。このようなデザインができるところがCRISPR/Cas9の素晴らしいところで、この研究でもまず試験管内でES細胞を用いてこの遺伝子操作を行い、母親由来の正常遺伝子には全く影響を及ぼさず、なんと80%近い父親由来の突然変異部位が元に戻ることを明らかにしている。
次に、同じ方法をヒト受精時にガイドとCas9を注入する、例えば物議をかもした中国の遺伝子操作でも用いられた方法を使って遺伝子編集効率を確かめたところ、なんと分裂後に半分は正常だったのに、残りの半分は突然変異を持っている父親側の遺伝子が存在する6番目の染色体に大きな欠損が高率に起こることを発見する。2細胞期にそれぞれの細胞に同じようにガイドとCas9を注入する実験でも、できてくる胚で父親側の染色体で、遺伝子操作が成功した細胞から、6番染色体が大きく欠損した細胞まで、様々な細胞のモザイク が共存することを発見する。すなわち、正常の細胞と初期胚では、カットされた後の修復様式が全く異なっており、大きな染色体の欠失にまで至る場合があることが明らかになった。
受精卵の場合、カットされた修復は細胞周期と共に起こり相同型と非相同型の修復による遺伝子編集が胚でも見られるが、半分の切断部位はなぜか修復がうまく進まず切断されたまな時間が経過し、次の分裂が始まると、切断部位を含む大きな欠損につながることになる。
事実、ガイドを導入せず、標的のない状態でランダムにCas9による切断を入れると、胚の場合は様々な染色体の欠損が起こることも示している。
以上が結果で、実際には限られたヒト胚を用いて、得られる少ない細胞のゲノムを丹念に解析し、さらにそれぞれの細胞からES細胞を誘導して、Cas9の影響によるゲノム変化をより詳しく調べるなど、大変手のかかる実験で、よくここまでと頭が下がる仕事だ。
いずれにせよ、Cas9でそのまま切断するという戦略は決して受精卵に適応してはならないことがはっきりわかった。
2020年11月27日
私は生命科学に関わってきたのに、有機化学の素養は全くない。もちろん現代の医学生物学が有機化学に支えられていることはよくわかっており、しかも我が国がこの分野をリードして、ノーベル化学賞受賞者を輩出してきたこともよく理解している。この認識から、神戸の医療産業都市計画をお手伝いしていたとき、有機化学を駆使して新しい放射性化合物を合成し、PETを用いて映像化するための研究所を設立するための地ならしに関わったことがある。この時、日本の優れた有機化学者の力を借りて、多くの化合物が開発され、生命機能が個体レベルで解明されることを夢見ていた。公職を退いて八年になり、神戸に集まっている理研の組織は大きく変わっており、PETを用いて新しい生命機能を解明するため、有機化学者と医学者が協力し合う研究組織が存続しているかどうかよく知らないが、この夢を捨てることなく研究が続いていることを期待している。
しかし、論文を読んでいても、PETを用いた研究に使われる有機化合物のレパートリーは限られているように思う。これはPETで検出するために用いられるアイソトープ炭素11を、薬剤など複雑な有機化合物に導入するためのユニバーサルな方法が開発できていないためと言える。今日紹介するプリンストン大学からの論文は、シリルラディカルを媒介にメチル基を有機化合物に導入する方法で、多くの化合物を炭素11で表式できることを示した研究で11月25日Natureにオンライン出版された。
有機化学の素養が全くない私が紹介すべき論文かどうか心配だが、しかし重要性に鑑みわかったところだけかいつまんで紹介する。
炭素同士を繋ぐクロスカップリングというと、ノーベル化学賞の鈴木先生や根岸先生の業績だが、炭素11を導入するとなると、1)ともかく半減期が20分と短いので、短時間の簡単な反応の開発が必要、2)その時利用できる炭素11をもつ前駆体が限られているためか、ほとんど利用されてこなかったようだ。この研究では、Still/Suzuki/Negishiカプリング法をベースに、放射線標識したメチル基を、化合物合成の後期に導入する方法を考案する。Metallaphotoredoxと呼ばれる光触媒を使ってシリルラジカルとアルキルハロゲンを結合させる化学反応を利用するのがポイントのようだが詳細は専門家に聞いてほしい。
この方法を用いるとHをトリチウムに変えたメチル基、あるいはCを炭素11に変えたメチル基を様々な化合物に、20分ほどで導入することができ、猿を用いた脳のシナプス結合の密度を調べることに利用できることを例として示している。
詳細は全て省くが、現在使われている様々な化合物の8割はメチル基が存在することから、多くの化合物が同じ反応で標識でき、それにより生体機能を可視化できるようになったと結論していいだろう。脳の様々な機能だけでなく、懸案であった糖尿病とβ細胞数など多くの代謝疾患についても、それを調べるための化合物が頭に浮かべば、今後は標識によるPET検査も視野に調べることが可能になる。詳細はほとんど理解していないが、重要性がひしひしと伝わる論文だった。
2020年11月26日
今騒いでいる新型コロナウイルスの大きさは3万塩基程度で、コードしている遺伝子もどう数えるかによるが30種類ぐらいだ。しかし、世の中にはバクテリアより大きなゲノムサイズで、なんと1000種類以上の遺伝子を持つウイルスの存在が知られている。巨大ウイルスの中には、ウイルスとして必要のない代謝に関わる遺伝子が見つかったり、逆にウイルス由来と思われるRNAポリメラーゼが発見されたりし、両者に密接な共進化関係が想定される様になり、巨大ウイルスの起源に注目が集まっている。
今日紹介するバージニア工科大学からの論文は、既にデータベースに蓄積されている65種類の緑藻植物のゲノムを解析し、巨大核質DNAウイルスゲノムと真核生物の交流を調べた研究で、明確な問題意識さえあれば、インフォーマティックスだけでNature論文が書けることを示す典型だ。タイトルは「Widespread endogenization of giant viruses shapes genomes of green algae (緑藻植物には巨大ウイルスの内在化が広く認められ、ゲノムの形成に関わることを示す)」で、11月18日Natureオンライン掲載された。
既に述べたがこの研究は、巨大ウイルスが緑藻植物のゲノムの形成に重要な働きをしたはずだという構想が全てで、あとはこの視点からゲノムを解析している。と簡単に述べたが、実際にはウイルスのゲノムが巨大なので、どこがホスト部分でどこがウイルス部分かを、しっかり決めることは、高い能力が必要だと想像する。いずれにせよ、この解析を通して、
緑藻植物のゲノムに、18種類の巨大ウイルスゲノムを特定でき、巨大ウイルスゲノムの同化が頻繁に起こっていること。さらに、78kbから1925kbという大きな、場合によりほぼ完全なウイルス領域がそのままゲノムに統合されている。 統合されたウイルス由来遺伝子は76−1782個に及び、緑藻類の新しい遺伝子のソースとして働いていると想像される。例えばT socialisではなんと10%の機能遺伝子が巨大ウイルス由来で、ウイルスがホストの遺伝子として完全に同化されている。しかしウイルス粒子に必要な構造遺伝子や複製遺伝子などは消失している。 同化したウイルス遺伝子にイントロンが挿入されているケースが見られ、これらのイントロンはホストのそれをそのまま使っている。これまで、巨大ウイルス自体のゲノムにイントロンが存在する例が報告されているが、おそらく同化されたウイルスがまた排出されることで進化したと考えられる。事実同化されたウイルスゲノムがまた他のウイルスへ移行する例も特定できる。 同化されたウイルス自体の進化と、ホストゲノムの進化が一致しないことから、巨大ウイルスゲノムの同化は何回もにわたって行われている。
以上が主な結果で、緑藻類とウイルスが交雑を繰り返すことで、それぞれのゲノムを進化させてきたことがよく分かる。ウイルスは複製機械を増やそうと弱毒化することが最近特に指摘されているが、今日紹介した様な例を見ていると、私たちがウイルスなしに進化できなかったことが理解できる。
論文紹介は以上ですが、今日7時からいつも通り岡崎さんを聞き手にジャーナルクラブを行います。既に紹介した新型コロナウイルスに対する免疫反応が非定型であることを示す論文を紹介する予定ですが、加えて最近注目されているRNAウイルスワクチンの科学について、モデルナからの論文に絞って紹介する予定です。ぜひご覧ください。
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2020年11月25日
Covid-19だけでなく、ウイルス疾患の肺炎や重症化にサイトカインストームが関わることは明らかで、このサイトカインストームを抑えるための様々な薬剤が試されてきた。重症例の標準治療として効果が確認されているデキサメサゾンの効果の一部も、サイトカインストーム抑制によると考えていい。しかし、例えば期待されたIL-6抑制治療が期待ほど効果をあげなかったことから分かる様に、我々はサイトカインストームと診断をつけてわかった気になっていたが、本当はその本態について何もわかっていなかった様だ。特に、サイトカインストームがなぜ危険なのかについて、具体的に理解できていなかった。
今日紹介するメンフィスのSt.Jude小児病院からの論文は、サイトカインストームで上昇が見られる一つ一つのサイトカインの細胞死誘導効果を調べ、この活性と病態を相関させようとした研究で11月13日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Synergism of TNF-α and IFN-γ triggers inflammatory cell death, tissue damage, and mortality in SARS-CoV-2 infection and cytokine shock syndromes (TNFαとIFNγが共同して新型コロナウイルス感染時の炎症性の細胞死、組織障害、そしてサイトカインショック症候群の引き金を引く)」だ。
これまでの研究は、サイトカインストームで(CS)で上昇するサイトカインを抑制して症状が軽減するか調べる研究が中心だった。この研究では、サイトカインが致死的な炎症を起こすのは、誘導されたサイトカインが細胞死を誘導するからだと考え、直接症状との関わりを調べる代わりに、 CSで誘導される様々なサイトカインを組み合わせて骨髄由来マクロファージの細胞死を誘導できるか調べた。
その結果、CS で上昇する全てのサイトカインを混合したミックスは当然のことながら、その中のTNFαとIFNγの2種類だけを組み合わせたときにも同じ効果があり、また全部のミックスからこの2種類を抜いてしまうと、細胞死を誘導する効果が全くないことを発見する。また、実際の臨床例のデータベースでも、重症例では必ず両方のサイトカインが上昇していることを確認している。
この細胞レベルの結果が臨床症状と相関するか調べるため、マウスにTNFα、IFNγを注射する実験を行い両者を同時に注射したときだけマウスがショック死をおこすこと、また組織で多くの細胞の細胞死が誘導されていること、そして血小板減少、リンパ球減少、好中球上昇などの臨床指標も実際の例と一致することを明らかにする。
以上の結果から、CSにより炎症細胞の細胞死が誘導されることが組織障害の原因と考え、このサイトカインの組み合わせにより誘導される細胞死のタイプを調べ、アポトーシス、ピロトーシス、さらにはネクロプトーシスまで、複数のタイプの細胞死が誘導される、極めて恐ろしい組み合わせであることが明らかにされる。
最後に、遺伝子ノックアウトを丹念に調べ、2種類のサイトカインで刺激したときに強い細胞死ショックが起こるシグナル経路を調べ、予想通りJAK, STAT1, IRF1 が主要経路であることに加えて、なんとiNOS発現によるNO産生が下流の細胞死経路を活性化し、様々なタイプの細胞死を誘導、その結果ショック症状につながることを明らかにしている。
結果は以上で、マウスの実験とはいえ、これまで持っていたサイトカインストームの曖昧なイメージを刷新し、より明瞭なシナリオを提出した研究だと思う。すなわち、CSは細胞死を誘導するから強い肺炎及び全身症状を引き起こすという話で、経路が整理された結果様々な介入ポイントが示された。事実、JAK1/2阻害剤の効果が最近アカゲザル、人間のcovid-19感染で示されており、またTNFα阻害剤を使用中の患者さんがCovid-19に感染した場合重症化しないことも示されているので、この研究と矛盾はないが、まだ実際の臨床で両方のサイトカインが組み合わさってほとんどの病変が起こるというところまでは確認できていないと思う。この研究でも、両方のサイトカインを抑えて新型コロナウイルスを感染させる実験が行われているが、効果は完全ではないので、実際のCSはさらに役者が多いかもしれない。
個人的には、CSの主役にTNFα+IFNγが浮上したのとともに、NFκB経路に代わってiNOS、NO経路が主役に躍り出た点が印象深かった。また、TNFαは以前紹介した、自己免疫型の抗体産生に深く関わっていることから、この経路の治療可能性を大至急追求することは重要だと思う。
最後に、CSについて様々な介入手段が示されたのは大きいが、これをいかに迅速に臨床へ持ち込めばいいのか、医療機関や製薬会社をまとめて、効果を調べるためのしっかりした組織が必要な気がする。TNFαはもちろん、IFNγにもFDA承認の抗体薬が存在するが、どのぐらい増産して確保可能なのかまで計画できる組織が必要になる。公衆衛生学的介入が経済的な理由で簡単でなくなってきた現在、ワクチンとともに効果の高い標準治療の進化は鍵になる。早急に体制整備を進めてほしいと願っている。
2020年11月24日
先日、東大の医学部の学生さんと、東京芸大の学生さんたちが集まって、脳科学と芸術の交流を深められないか話し合う、エキサイティングなzoomミーティングに参加する機会を得て、新しい知的な刺激を受けることができた。その日のテーマは、デザイン科の学生さんが提起した「脳で触れるか?」、もう少し解題すると「映像で触覚を刺激できるか?」だった。その日は講義をするというより、まず提案の趣旨を聞くということだったので、断片的にしか私の考えを伝えることができなかったが、自分でもこの問題についてはまとめてみたいと、その時考えた。
脳科学を少しでもかじっておれば、彼女の提起した問題は、皮質の感覚野と視床の関係だとわかる。この会に参加している芸大の学生さんも、視床が鍵だというのは自習しており、感銘を受けた。視床は感覚野から神経を受けると同時に、感覚野に神経を送ることで、感覚の刺激閾値を変化させる。さらにこの回路は、first order と higher orderに分かれ、後者は皮質の様々な層、様々な領域へと神経を送ることで、より高次の調節に関わることが最近注目されてきた。実際、higher order回路は高次機能の発達に応じて拡大し、解剖学的にも大きなシナプス端末を特徴としている。
このhigher order視床についてみなさんの参考になりそうな最近の論文を探していたら11月13日号Scienceに掲載された、フランクフルト・マックスプランク脳研究所からの論文があったので紹介することにした。タイトルは「A thalamocortical top-down circuit for associative memory (視床皮質間のトップダウン回路が連合記憶に関わる)」だ。
もちろん私も専門外で詳細を理解しているかおぼつかないが、まさに学生さんたちが視床の役割を知るためには最適の論文だと思った。
この研究で焦点を当てているのが聴覚で、皮質の聴覚野と、視床で聴覚野を受け持つ領域が研究の対象になる。まず、これまで聴覚に関わるとされているhigher order 視床(HOMG)から皮質のどの範囲に神経が出て投射しているかを調べ、聴覚野に広く勾配をもって分布していることを確認する。また、脳から切り出して光遺伝学的にHOMGを刺激すると、様々な層の介在神経、錐体神経と結合していることを確認している。
解剖学的にHOMGが視床からのシグナルを聴覚野の広い範囲に送っていることがわかったので、次に音と足に加えたショックを連合させ、その時皮質に伸びたHOMGシナプスの反応を調べ、一種の恐怖として触覚と聴覚が連合した記憶が、聴覚野の第一層への刺激として伝えられることを示している。また、この連合記憶は、HOMGの活動を止めてしまうと、成立できないことから、higher order視床領域が、記憶した様々な感覚を統合して、聴覚を変調させる過程の鍵になっていることを実験的に示している。
最後に、HOMGは、皮質での錐体神経の刺激を調節する聴覚野第1相の介在神経の作用により抑制される可能性について、介在神経が遊離する神経伝達因子の阻害や活性化実験を通して示している。すなわち、統合された記憶の情報が、局所の統合を受け持つ介在神経によりさらに調節される複雑な回路を形成していることを示している。
以上が結果で、おそらく芸大の学生さんにはまだまだわかりにくいかもしれないが、異なる感覚は視床で統合されて、個々の感覚に影響することができることを教えてくれる実験だ。おそらく、これが何かを見たとき、他の感覚が動かされる回路の基本なので、「脳で触る」ことは可能だととりあえず結論しておこう。
考えてみると、医学教育はどうしても教師からまとまった知識を詰め込む方向で進められる。その意味で、違った領域の学生さんからの問題提起を考えるこの会は生きた知識を身につけ、次世代の研究者を育てるのに重要な活動だと実感した。
2020年11月23日
今もFDAが認可したアルツハイマー病 (AD)で起こる神経変性を止める薬剤はないが、引き金になるアミロイドβの発生を抑えたり、除去する薬剤、Tau分子の沈殿を抑える薬剤、そして神経炎症を抑えて病気の進行を遅らせる薬剤の開発が今も続いていると思う。ADの発症過程の複雑さを考えると、当然他にも様々な治療対象が存在すると思う。例えばAPOEなどは可能性があるが、どう介入できるのか明確ではない。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は家族性の前頭側頭葉型認知症の原因変異として特定されたValosin-containing protein(VCP)遺伝子の変異の解析から、アルツハイマー病治療のための新しい標的のヒントを示す面白い論文で、11月23日号Scienceに掲載された。タイトルは「Autosomal dominant VCP hypomorph mutation impairs disaggregation of PHF-tau(体染色体優性遺伝形式を示すVCP機能低下変異はPHF-tauの凝集分解を阻害する)」だ。
タイトルにあるVCPはATPを加水分解するATPaseの一つで、様々なタンパク質の安定化に関わる一種のシャペロン機能に関わる分子の一つだ。これまでこの分子の活性が高まる変異により、様々な組織の変性が起こるmultisystem proteinopathyと呼ばれる状態が起こることが知られていた。
この研究では、前頭皮質に病巣が限局している前頭側頭葉型認知症(FTD)が多発する家族のゲノムを調べ、これまで知られていなかったVCPの変異で起こることを発見する。そして、この変異による病気がmultisystem proteinopathyとは異なること、そして神経変性がTsuのフィラメント型凝集と関わることを発見し、VCPがTauの凝集に関わると考え、研究を進めている。
まず、今回発見されたVCP変異を、multisystem proteinopathy(MSP型)を誘導する変異を、酵素学的に調べるとMSP型ではATPase活性が2倍程度に上昇する一方、新しい変異は正常の30%に活性が落ちることがわかった。すなわち、この様なシャペロン機能に関わる酵素は、活性が高くても、低くても様々な以上が引き起こされることがわかった。
いずれにせよ、VCPの活性低下がTauの凝集を促進することがわかったので、TauとVCPとの相互作用を調べ、最終的にフィラメント化したTauがポリユビキチン化された後に働いて、Tauの凝集を溶かす働きがあることを確認する。すなわち、凝集Tauをユビキチン化して分解しようとする私たちの防御機能を助けていることが明らかになった。
最後に、この変異を誘導したマウスを作成し、Tauの凝集の分解が起こらず、Tauフィラメントが蓄積することを明らかにしている。
以上が結果で、Tauやアミロイドの変異とは全く独立に、VCPの機能が低下するとTauの凝集蓄積が進むことが明らかになり、今後一般的なアルツハイマー病でもこの分子の機能を調べることで、VCPへの介入を通してアルツハイマー病の進行を遅らせる可能性が生まれたと言える。期待したい。
2020年11月22日
私たち人間が進化的に近いのは当然サルの仲間だが、このサルの仲間に最も近いのが最も実験動物として用いられるネズミだ。これがよくわかるのが胎盤で、ネズミと人間はよく似ており、機能的にも母親のIgGを子供に移行させるメカニズムを備えている。従って、胎児期から抗体を通した抵抗力を持つことができる。一方、多くの哺乳類では母親の抗体は生後母乳を通して初めて与えられる。本来胎児は無菌的で、母親に守られているのに、わざわざ早くから抗体がなぜ必要なのかよくわからないが、このシステムの問題として母親のアレルギーが、抗原とは無関係に子供に伝えられる心配がある。
しかしこれまでIgGが胎児に伝わることの問題は考えたことがあったが、IgEが子供に移行してアレルギーを起こす可能性は考えたことはなかった。今日紹介するシンガポールA*STARからの論文は、「どうして今まで問われなかったのだろう」と思ってしまう、母親のアレルギーの胎児への移行の問題を取り上げた研究で、11月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Fetal mast cells mediate postnatal allergic responses dependent on maternal IgE(胎児のマスト細胞は母親由来IgE依存的に生後のアレルギー反応に寄与する)」だ。
この研究ではまず胎児期の皮膚のマスト細胞の表面形質を調べ、一部の細胞が中途半端とはいえ発生とともに分化を始めていることに気づく。そして、この分化が母親から移行してきたIgEがマスト細胞に結合することで起こるのではないかと考えた。
そこで抗原特異的IgEをかなりの量(100μg)投与し、胎児の皮膚マスト細胞に注射したIgEが結合しているか調べると、はっきりと結合が見られ、IgEが結合したマスト細胞は対応する抗原にさらされると、脱顆粒を起こしてアレルギー反応を起こすことを確認している。また、これは胎児期だけでなく、胎児期に母親から移行したIgEは生後もマウス皮下マスト細胞に保持され、最終的に皮膚の接触過敏症を引き起こすことを明らかにする。
この移行はIgGと同じ胎盤に発現しているTcRN受容体を介して起こることや、生後1ヶ月に渡って母親のIgEが保持され、アレルギー反応に関わる可能性があることが示されているが、詳細は必要ないだろう。
大量のIgE抗体を母親に注射しており、この結果を額面通り受け取っていいのか懸念はあるが、可能性としては母親のIgEが移行することは間違い無く、条件によっては子供にアレルギーが移ることもわかる。実際同じことが人間でもありうるのか、人間の胎児皮膚や肺のマスト細胞を分離して検討し、マウスと同じ様にマスト細胞の成熟が起こっており、表面にIgEが結合していることも確認しており、母親からアレルギーが移る可能性を今後考慮すべきだと結論している。
今後多くの新生児をこの可能性を頭に見直すことが重要になると思うが、何故こんな危険なシステムが淘汰されずに残っているかも面白い点だ。この論文では出産時の産道感染から皮膚を守ることが一つの要因だと議論しているが、この論文を読んで私の頭に浮かんだのは、阪大病理の教授をされていた北村幸彦先生の実験だ。
北村先生は、現在同じ阪大病理の仲野さんの先生で、マスト細胞発生や病理の世界のリーダーだった研究者だ。ただ破天荒な性格で、決してオーソドックスでは無く、工夫に満ちた多くの実験を発表されている(仲野さんのキャラクターの一部は、こんな北村先生由来かもしれない)。中でも私の印象に残っているのは、マスト細胞の欠損マウス皮下にマスト細胞を注射し、その上に小さなケージを置いてダニを数匹飼う実験で、マスト細胞が存在するとダニの吸血能が抑えられるという実験だ。
皮膚にケージを置くなどなんとキュートな実験かと感心するが、この結果を考慮すると、生まれた時から皮下に成熟マスト細胞が存在するのは、ダニやノミから子供を守るためだったという可能性が私には最も納得できる。ただ清潔な環境で生きる様になった人間の子供には、この防御機構がアレルギーとして見えてしまうだけのことだ。ぜひ北村先生の意見を伺ってみたい。
2020年11月21日
新型コロナウイルスのようなプラス鎖RNA ウイルスは、細胞に入ると特殊なキャップ構造ですぐに翻訳が始まるようにできており、次の複製ステージに必要なタンパク質を合成する。このとき、助けてくれる味方は存在せず、細胞の中に情報を担うウイルスRNAだけが単独で存在することになる。頭で考えると、感染できても前途多難に思えるが、この最初の過程はほとんど単一分子の問題で、基本的には想像の世界だった。
今日紹介するオランダ ユトレヒト大学からの論文はウイルスの単一RNAからの翻訳された分子を一分子レベルで可視化し、ウイルスの細胞内での増殖過程を単一分子レベルで観察できるようにし、感染初期の様々な問題を解決したワクワクする論文で12月23日号Cellに掲載予定だ。タイトルは「Translation and Replication Dynamics of Single RNA Viruses (一本鎖RNAウイルスの転写と複製のダイナミックス)」。
以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/5290 )、このグループは蛍光標識したラマの一本鎖抗体を細胞内で発現させ、タグづけされたタンパク質が翻訳されてくるのを単一分子レベルで観察するSun-Tagと呼ばれる技術を開発し、細胞内での翻訳過程をリアルタイムで観察する研究を続けている。まさにこの技術は、感染後最初に翻訳がすすむプラス鎖RNAウイルスの感染過程の可視化には最適で、今回はコクサッキーBウイルスを試験管内で感染させた後、ウイルスゲノムの複製が終了するプロセスをビデオで観察している。すべてのデータは新鮮で学ぶところが多かったが、特に印象に残った結果をまとめておく。
まず、細胞質に侵入した一本のウイルスゲノムはかなりの効率(7割以上)でポリゾームを形成転写を始める能力がある。 ウイルスゲノムの転写と複製は同時進行というより、どちらか一方へとスイッチオン・オフして調節される。最初の翻訳が始まらないと、もちろん複製も起こらないが、翻訳は複製が始まると、停止する。残念ながらこのスイッチの本体は特定できていないが、ゲノムの複製や、ウイルスタンパク質とは別に存在する。そのため、ウイルスタンパク質が十分準備ができていないと、次の複製段階が完全に終了できず、細胞はウイルス粒子を排出することなく死ぬ。 翻訳と転写のサイクルは、2回続く。最初は侵入したRNAの翻訳(phase1)、それに続く複製(phase2)、新たにできたプラス鎖の翻訳(phase 3)、そして複製(phase4)、そして新たな翻訳(phase5)。この時、複製がすすむphase2,4では翻訳は止まる。 それぞれのサイクルは細胞によってまちまち。特にPhase1の期間は数分から数時間に及ぶ。この時、プロテアーゼで複製などに関わるタンパク質が用意されるので、常に治療のターゲットとなる。 タンパク質が足りずに複製が止まると、もう一度翻訳のphase1に戻る。すなわち、初期の複製過程が最もセンシティブな時期で、ここを狙って治療を行うと効果が高そうだ。 ウイルスの翻訳が始まると、すぐにホストのelF4Gが分解され、ホスト側の翻訳が抑えられる。ただ、ホストの翻訳の程度自体はウイルスの翻訳や複製には影響はなく、おそらくこの初期の翻訳抑制は、ホストの抗ウイルス反応を抑える目的がある。 ウイルスタンパク質はインターフェロンにより誘導されるRNA分解酵素をはじめいくつかの分子を抑制して、自然免疫から逃れている。したがって、外部から1型インターフェロンを加えても、ウイルスを制御することは難しい。
他にも面白い話が示されているが、コロナウイルスを考える上では上記の結果が重要だと思う。
残念ながらコロナウイルスについての言及は全くない。事実、コロナウイルスは、エンテロウイルスの4倍ぐらいの大きさを持っており、さらに小胞体膜の再構成を通して、ウイルスの細胞内での動きが極めて複雑だと思う。しかし、Sun-Tagにより感染の初期過程を追跡する可能性は開けた。おそらくコロナウイルスでも準備が進んでいる思うが、エンテロウイルスでも見るということがこれほど重要であることがわかると、早く見てみたいと期待する。
2020年11月20日
標的分子の機能を抑制する化合物の中には、分子に結合してE3ユビキチンリガーゼをリクルートして、標的分子を分解するタイプが存在し、抗癌剤として利用されている。最もポピュラーなのは、サリドマイド・アナログのレナリドマイドで、標的分子に結合したレナリノマイドにCUL4–RBX1–DDB1–CRBNと4種類の分子からなる複合体が結合し、例えば骨髄腫細胞の増殖に必要な転写因子IKZF1などを分解してくれる。通常阻害剤の開発が難しい転写因子に適用できることから、現在もこのメカニズムの探索が進んでいる。
今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、レナリドマイドと同じように標的分子の分解を誘導する化合物だが、新しいメカニズムでBリンパ腫を誘導するBcl6を分解する化合物の開発研究で、11月18日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Small-molecule-induced polymerization triggers degradation of BCL6 (Bcl6を重合させて分解する低分子化合物)」だ。
詳しくは書いていないが、Bcl6依存性に増殖するリンパ腫細胞株などを用いて化合物の探索を行う過程で発見された化合物の一つBI-3802で細胞を処理すると、Bcl6が特異的に分解されることを発見したところからこの研究は始まる。
この分解に至るメカニズムを探ろうと、Bcl6に傾向分子を結合させBI-3802で処理すると、分解される前に、まず分子が凝集して大きなスポットを作り、それが分解されることを発見する。クライオ電顕などを使って、この凝集塊を調べると、螺旋状のフィラメントが形成されることがわかった。すなわち、レナリドマイドとは異なり、BI-3802はBcl6同士を結合させる作用があることがわかった。
では凝集した分子を分解するメカニズムは何か?これを調べるため、BI-3802によるBcl6不活化に関わる分子をクリスパー/Cas9を用いて探索し、E3ユビキチンリガーゼの一つSIAH1が特異的に分解に関わることを発見する。そして、凝集することでBI-3802結合部位の反対側に存在するBcl6のVxPモチーフが露出しそこにSIAH1が結合、分解に至ることを明らかにしている。
話は以上で、新しいメカニズムに基づくBcl6阻害剤が発見されたという結論だが、今後Bcl6のような対称型の分子について、同じメカニズムを用いた阻害剤を開発できる可能性がある。多くの転写因子が発癌に関わり、その一部しか阻害剤が開発できていないことを考えると、サリドマイド型のメカニズムに加えて、分子を凝集させて分解させる新しいメカニズムの発見は重要だと思う。