7月21日 造血幹細胞の造血再構成能力を決める遺伝子(7月23日号 Nature 掲載論文)
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7月21日 造血幹細胞の造血再構成能力を決める遺伝子(7月23日号 Nature 掲載論文)

2020年7月21日
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造血幹細胞研究は細胞系譜追跡技術とともに発展してきた。幹細胞のコロニー形成法、limiting dilutionと骨髄移植、FACSによる幹細胞の濃縮、レトロウイルスによる幹細胞ラベル、そして単一幹細胞移植など、今から考えると懐かしい。しかし、FACSによる幹細胞の濃縮を除くと、研究手法は最近急速に変化した。これを支えるのがバーコードによる細胞ラベリングと、single cell RNA sequencingだ。

今日紹介するハーバード大学からの論文は新しい世代の造血幹細胞研究の典型といえる研究で、新旧の手法を見事に組み合わせて造血幹細胞の骨髄移植時の再構成能力を決めている遺伝子TCF15を特定した研究で、7月23日号Natureに掲載予定だ。タイトルは「Single-cell lineage tracing unveils a role for TCF15 in haematopoiesis (単位いつ細胞レベルの細胞系譜追跡によりTCF15の造血における役割が明らかになった)」だ。

この研究ではFACSで濃縮した造血幹細胞を、バーコードを組み込んだレンチウイルスに感染させ個々の幹細胞を識別できるようにする。その上で、1000個の標識した細胞を放射線照射マウスに移植、4ヶ月後にマウスの骨髄中に存在する様々な血液前駆細胞と最も未熟な造血幹細胞を別々に調整、scRNAseqでバーコードによる細胞の系譜と、遺伝子発現を同時に特定し、移植した1000個の中に含まれていた幹細胞の能力を分類しようとしている。

結果はこれまでの長年の研究で確認されてきた結果とほぼ同じで、幹細胞の中には早く分裂して多くの分化細胞を供給する幹細胞と、ゆっくり分裂し供給する分化細胞数は多くない幹細胞の2種類に分かれ、それぞれは発現遺伝子が異なっていることが確認された。

この研究ではこうして解析したドナーの骨髄から精製した未熟幹細胞をもう一度移植して、やはり4ヶ月後に骨髄細胞を採取してscRNAseqで解析することで、一次ドナーの造血系に存在するどのタイプの幹細胞が、造血再構成能力が高いかも調べている。さすが、バーコーディングならではと思える実験だが、結果は従来の結論を見事に確認している。すなわち、転写因子の発現パターンで決められているゆっくり自己再生して、分化細胞リクルートには大きく寄与しない血液幹細胞は、移植を繰り返しても同じ能力を維持して、造血の核として働くという結果だ。

ここまでだと、見事な結果とはいえ新規性がないと言われる可能性があるので、最後にクリスパーによるマウス内でのノックアウトを行い、その結果分化した幹細胞分画が増える遺伝子を探索し、TCF15を特定する。

TCF15は初期発生に重要な働きをすることが知られているが、造血幹細胞に関してあまり注目されてはこなかった。そこでノックアウトの効果を、クリスパーによる造血幹細胞のTCF15ノックアウトで確かめると、期待どおりゆっくり増殖する未熟幹細胞が消失する。また、蛍光遺伝子をTSF15に挿入してTCF15陽性、陰性の幹細胞を移植すると、陽性幹細胞のみ造血を再構成することを確認している。

幹細胞の自己再生に必要な分子TCF15まで到達している点も重要だが、従来の造血幹細胞研究と、新しい造血幹細胞研究を結びつけるという意味で、古い世代の私としては高く評価したい。

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7月20日 脳脊髄液に癌が浸潤する髄膜癌腫症(7月17日号 Science 掲載論文)

2020年7月20日
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癌が腹膜に浸潤して腹水が貯留して患者さんの体力を奪う状態は、癌のなかでも最も進んだステージで、治療が困難だ。ただ、これよりさらに恐ろしい状態が知られている。これが、髄膜に癌が転移し、脳脊髄液を介して癌が中枢神経系全体に広がる状態で、おそらく免疫系が起死回生の逆転劇を演じてくれない限り、治すことは難しい。

今日紹介するスローン・ケタリング癌センターからの論文は、この髄膜癌腫症の治療法開発を目指した研究で7月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Cancer cells deploy lipocalin-2 to collect limiting iron in leptomeningeal metastasis (髄膜癌腫症ではガン細胞がleptocalin-2を使って結合した鉄を集めている)」だ。

この研究もsingle cell RNA sequencing (scRNAseq)の臨床医学への貢献を示す例で,髄膜癌腫症を発症した乳がん患者さんの脳脊髄液中のガン細胞をscRNAseqを用いて解析し、脳脊髄液(CSF)への浸潤が起こる条件を探っている。その結果、腹水と同じで、髄膜癌腫症でもCSF中にガン細胞をはるかに超える数の白血球やリンパ球の浸潤が見られる炎症が起こっていること、そして調べた全てのガン細胞で鉄の細胞内輸送に関わるlipocalin-2(LCN2)とその受容体が強く誘導されていることを発見する。

もともとCSFは栄養に乏しい低酸素環境で、がん細胞の増殖に適した環境ではない。このことを考慮すると、鉄を集めてくる分子が強く誘導されることは極めて理にかなっている。

そこでマウスモデルを使ってメカニズムを解析し、

  • CSF中でのがん細胞の増殖にはLCN2が必須で、発現を抑えると増殖が止まる。特に鉄イオンは低酸素条件での増殖に必須で、LCN2の機能が抑えられると、低酸素状態で細胞死に陥る。
  • LCN2は血液細胞から分泌される様々な炎症性サイトカインによって強く誘導される。

を明らかにしている。すなわち、鉄イオンを他の細胞との競合に勝って取り込んで、低酸素状態でも増殖できることが髄膜癌腫症の条件になる。とすると、鉄イオンをCSFから除去すると腫瘍の増殖を抑えられる可能性が出てくる。

最後に、鉄のキレート剤を脳室に投与してCSF内でのガンの増殖を調べると、期待通りガンの増殖を抑えることに成功している。

以上が結果で、臨床例の解析からスタートして、マウスモデルではあっても一つの治療法の可能性にたどり着いており、臨床まで進むことを期待したい。個人的印象だが、髄膜癌腫症の場合、すべてのタイプのT細胞が浸潤していることがscRNAseqから見て取れるので、うまくこれらを活性化して、ガンを除去する方法もぜひ開発してほしいと思う。

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7月19日 空腹は乳ガン治療を助ける(7月15日号 Nature 掲載論文

2020年7月19日
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最近私の周りでも乳ガンにかかったという人が増えたが、手術しか手がなかった時と比べると、ネオアジュバント、手術、アジュバントを組み入れた治療へと大きく変化しており、年寄りにはよりはっきりと医学の進歩を感じさせてくれる。

ただ、まだまだ改良の余地があるようで、今日紹介するミラノ大学からの論文は、これに一種の断食、あるいは断食と同じ状態を再現できる食事を合わせると、ホルモン受容体陽性/HER2陽性乳がんのコントロールを高めることができるという研究だ。タイトルは「Fasting-mimicking diet and hormone therapy induce breast cancer regression (断食と同じ効果を持つ食事とホルモン治療により乳ガンの縮小を誘導できる)」だ。

この研究で用いた断食とは1週間に2日間水以外は摂取しない方法で、研究の真の目的は、Xentigenと名付けられた低炭水化物を中心とした食事療法が断食の代わりになることを示すことだ。

研究ではまず、Xentigen食により、断食と同じ効果が得られ、インシュリン、IGF1そしてレプチンの血中濃度が低下すること。それに伴い、エストロジェン阻害剤による乳ガン治療の効果がさらに高まることを動物実験で示している。

また腫瘍増殖を抑制するだけでなく、「嘘か?」と思えるほどの多様な効果を発揮する。まず、タモキシフェン治療による子宮内膜の増殖や内臓脂肪の増加を防ぎ、アディポネクチンの分泌を低下させ増殖をさらに抑制する。また、ガンの増殖を抑制する因子の一つEGR1を強く誘導することでもガンの増殖を抑える。これらの結果、薬剤耐性ガンの発生を抑え、さらには最近期待のCDK4/6阻害剤の効果を高める。

生化学の詳細は省くが、要するに断食状態を導入してくれる食事療法が乳ガン抑制に予想以上の大きな効果を持つことを示している。とは言っても、動物モデルだけでは論文は採択されない。この研究では36人の患者さんでXentigenベースの食事療法の効果を調べた治験で効果が見られたケースがあることを示している。また、期待通り食事療法でIGF1やアディポネクチンを低下させることも示しており、腫瘍増殖を助ける因子の分泌を抑えることは示している。しかし、これらは全て1/2相の段階で、実際には臨床効果についての最終結果は示されていない。

その点でフラストレーションは残るが、一部の例と、腫瘍増殖因子の抑制は達成できており、いい結果が期待され論文が採択されたのだと思う。早く結果を示して、乳ガンの治療に組み入れてほしいと期待している。

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7月18日 新型コロナウイルスに対するT細胞記憶 (7月15日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年7月18日
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前回、新型コロナウイルスに対する抗体反応は、もともと人間が生まれついて持っている(germ line:GL)抗原反応部位遺伝子(V遺伝子)(Vgl)の組み合わせで、十分高い活性の抗体が形成されるため、ウイルス抗原に合わて突然変異を蓄積するという通常の成熟過程があまり必要でないことを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/13476)。その後同じ結果を支持する論文が私が知る限りで2報発表されているので、人間はもともと活性の高い抗体を作れるように生まれついているのだろう。中和抗体を目指したワクチン開発には朗報と言える。

さらに、現在急速に進んでいる中和活性の高いモノクローナル抗体による治療開発も、実現は近いだろう。ウイルスに対する抗体が病気を悪化させる危険(ADE)も議論されているが、一旦中和活性のあるモノクローナル抗体まで到達すると、抗体分子に操作を加えることでADEを十分回避できる。高額ではあっても、治療の切り札の一つが手に入る日は近い。

しかし、ウイルス感染に対する免疫反応は、抗体反応だけではない。ウイルスがコードするタンパク質に対するT細胞反応が重要な鍵を握っている。いくらVglの組み合わせでいい抗体ができるとはいえ、反応が誘導されるためにはT細胞の助けが必要だ。さらに、多くのウイルスで、感染細胞標的にするキラー細胞がウイルス防御に重要な働きをすることが知られ、このようなウイルス特異的キラーT細胞を誘導できるワクチン開発が、様々なウイルスに対して進められている(https://aasj.jp/news/watch/12433https://aasj.jp/news/watch/13369)。

ただウイルスに対するT細胞の反応を調べるのは抗体を調べるよりはるかに難しい。というのも、ウイルス抗原(ウイルスのタンパク質から切り出される短いペプチド)を認識するためには、このペプチドが組織適合性抗原(MHC)と一緒に細胞の表面で提示されないと、T細胞は反応できない。そして最大の問題はこのMHCの組み合わせが個人個人で大きく違っており(だからこそ移植臓器拒絶が親子間でも起こる)、T細胞がウイルスペプチドを認識する確率は、どのMHCを持っているかで大きく変化することが知られている(https://aasj.jp/news/watch/12923)。

このように、ウイルスに対する免疫の議論には、抗体だけでなくウイルスに対するT細胞の反応を正確に測定することが必要になる。事実、困難を乗り越えてこの難しい課題にチャレンジした研究は読んでいても面白い。驚くことにLa Jolla研究所からの論文では、新型コロナウイルスに感染した人だけでなく、感染していない人にもT細胞免疫が成立していることが示唆された(https://aasj.jp/news/watch/13125)。

今日紹介するシンガポール・デューク大学からの論文は、この研究をさらに進めて、異なるコロナウイルス感染によりT細胞免疫が成立する可能性について調べた研究で7月15日号のNatureに掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2-specific T cell immunity in cases of COVID-19 and SARS, and uninfected controls (Covid-19感染者、SARS感染者、および非感染者のSARS-CoV-2に対するT細胞免疫)」だ。

この研究では最初からコロナウイルス間でペプチド配列がよく似ている4種類のウイルスタンパク質に絞ってT細胞の反応を調べている。2つは構造タンパク質、NP-1,NP-2で、非構造タンパク質として選んだNSP7とNSP13はベータコロナウイルス間で完全な相同性が存在している。

これらのタンパク質からT細胞が認識すると予想できるペプチドを216種類作成し、40種類ずつプールして刺激に用いている。T細胞は末梢血に存在するT細胞で、反応はペプチド刺激によるインターフェロン分泌、および刺激されたインターフェロン分泌T細胞の数をフローサイトメータで数える方法を用いている。全てシンガポール在住の成人で、半分がアジア系なので、我が国での免疫状況を考える意味で参考になる。

結果は以下のようにまとめることができる。

  • 新型コロナウイルスに感染した後回復したひと達は、全員ウイルスの構造タンパク質NP1およびNP2由来ペプチドに対してT細胞免疫が成立しており、直接インターフェロン分泌T細胞数を調べたケースではCD4,CD8両方の反応が見られた。一方、NSP7,NSP13に対して一定程度以上の反応が見られたのは3割程度の人だった。
  • 以前SARSに感染した人で調べると、低いレベルではあるがやはり新型コロナウイルスNP1,NP2に対する反応を見ることができる。そして、このとき反応するT細胞は、試験管内でもう一度刺激しなおすと、100倍近い反応を示す。すなわち、刺激に反応して増殖し、さらに強い反応を示す記憶が成立している。
  • SARSにも、新型コロナウイルスにも感染経験のない人を調べると、なんと半分以上の人(19/37)がウイルスペプチドにはっきり反応する。この反応も、SARSに感染歴のあるケースと同じで、試験管内で刺激に応じて細胞が増殖する記憶反応を示す。特に驚くのは、非感染者はベータコロナウイルス間で保存されたペプチドにだけ反応している点で、ベータコロナウイルスのNSP7やNSP13に対するT細胞記憶が、新型コロナウイルスでも動員される可能性が示された。
  • 非感染者で実際に反応しているペプチドを特定し、その由来を探ると、人間のコロナウイルスより、動物が感染しているベータコロナウイルス由来である可能性が高い。

以上が結果で、新型コロナウイルスに対する免疫をT細胞の反応から見ると、今議論されているウイルス型といった細かな差異とは全く関係なく、ウイルス間の共通部分に対する複雑な交差性をもった記憶が成立していることを示している。すなわち、様々なベータコロナウイルスに対する感染歴により、新型コロナウイルスに対するT細胞免疫が、地域ごとに成立している可能性すら示唆している。

今ウイルスに対する免疫については、様々な説が展開されているようだが、我が国でもまずこのレベルの免疫反応検査を行った上で議論しないと、結局何も結論は出ないと思う。

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7月17日 細胞レベルの老化を探る(7月15日号 Nature 掲載論文)

2020年7月17日
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バーコード技術と単一細胞遺伝子解析技術を組み合わせたsingle cell RNA sequencing (scRNAseq)は、これまで器官や組織としてトップダウンに眺めてきたシステムを、細胞側からボトムアップに見ることを可能にした。その結果、発生、ガン、感染症など様々な状態を、全く新しい目で定義することが可能になっている。

今日紹介するマウスに存在する細胞のscRNAseqデータを集約するためのスタンフォード大学を中心にしたコンソーシアム、The Tabula Murisからの論文は、このマウスの細胞アトラスを異なる年齢で作成し、老化による変化を調べた研究で7月15日号のNatureに掲載された。タイトルは「A single-cell transcriptomic atlas characterizes ageing tissues in the mouse(単一細胞のトランスクリプトーム解析によりマウス組織の老化の特徴を明らかにする)」だ。

研究は単純で生まれてから、0、1、3、18、21、24、30月齢と異なる年齢のマウスから23種類の臓器を取り出し、細胞浮遊液を作成、scRNAseqを行い、この全てを一つの図上に展開したTabula Murisを作成する。結果、このテーブルでは細胞が由来した組織と年齢については色分けされており、これにより同じ血液細胞でも臓器別に遺伝子発現から特徴を調べることができる。

膨大なデータが集められたことは間違いなく当然紹介しきれない。そこで、論文としてまとめるために、幾つかの例に注目してこのテーブルの有用性を示したというスタイルになっている。その中の面白いと思った点だけ紹介しておく。

  • 老化とともにp16を発現した静止期の老化細胞がほとんどの臓器で蓄積している。これと並行して、抗老化遺伝子としてよく知られているsirtuinファミリー分子の発現している細胞の割合が低下する。(これまでも紹介してきたように、このような老化細胞を積極的に除去するsenolysis治療の有効性を示しているように思える。)
  • 例えば膀胱を例に比べると、老化とともに上皮細胞の割合が上昇し、逆に間質細胞の割合が低下する。これを反映して、コラーゲンなどのマトリックス形成遺伝子の発現が低下、一方で上皮細胞の遺伝子が上昇する。間質細胞の減少に伴い血管の量が低下するが、それでも浸潤血液細胞の数は増加する。(血管も含めた組織を支えるストローマ細胞が老化により疲弊する一方、慢性炎症は続くと言える)。
  • もちろん上皮細胞自体も低下する器官も存在する。例えば腎臓では、血管系の減少だけでなく、メサンジウム、細尿管などの現象がみられ、これらが老化に伴う腎臓機能の低下の背景にある。
  • リンパ組織では、T細胞の割合が低下し、逆にB細胞や形質細胞の数は上昇する。一方抗原受容体の多様性を調べると、TもBもクローンが老化とともに増加し、多様性が低下する。
  • どの細胞で最も大きな変化が見られるか調べると、脳と腎臓の存在する免疫細胞で最も大きな変化が認められる。特に脳では、この変化を担うのはミクログリアで、老化の影響を強く受けることがわかる。

他にも多くの変化の例が示されているが、省略する。これまで描いていたイメージと特に変わることはなく、老化した細胞が蓄積することと、慢性炎症が老化の重要な要素であることが確認できたが、これを詳細にわたって解析するための一つの基盤が提供されたと言っていいだろう。多くのアイデアがこのテーブルから生まれることを期待する。

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7月16日 バーコードで神経回路を解析する(7月9日号 Cell 掲載論文)

2020年7月16日
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現在神経投射を調べるためには、神経細胞に蛍光色素を注入し、そこからのビルアクソンがどこに到達しているかを蛍光顕微鏡で見る方法で行なっている。しかし、蛍光色素の数をある程度増やせるものの、同じ動物で同時に様々な神経からの投射を調べることはほぼ不可能に近い。しかし現在ではこのような場合、色素の代わりにバーコードを利用することが可能だ。

今日紹介するコールドスプリングハーバー研究所からの論文は、バーコードを用いて神経投射を追跡する可能性を検証した研究で7月9日号のCellに掲載されている。タイトルは「BRICseq Bridges Brain-wide Interregional Connectivity to Neural Activity and Gene Expression in Single Animals (BRICseq法は脳全体の領域間の結合性と、神経活動及び遺伝子発現を同じ動物で橋渡しする)」だ。

この研究では30塩基対のバーコードを挿入したシンビスウイルスベクターを脳の特定の領域に注射、その領域の神経細胞に感染させることで神経をラベルしている。シンビスウイルスは神経のアクソンを通って、支配領域まで到達するので、どこに特定のバーコードを持ったウイルスが存在するかを調べることで、投射の有無を確認できる。

実際には細胞体が存在する場所で最もウイルスの数が多く、神経軸索ではほんの少しのウイルスが存在していると考えられる。これを利用すると、バーコードの存在を追いかけることで、神経の投射を再構成することができる。

ただ神経の結合性を知りたい場合は、脳の解剖学的情報は必須になるので、ウイルスを投射した後、脳組織を小さなブロックに分けて、各場所のブロックにバーコードが存在するかを調べ、この情報から神経投射を再構成するという手間が必要になる。ただ、これが可能になると、あとは同じ脳の別の場所に何箇所もウイルスを注入し、異なる領域間の結合性を同時に再構成することが可能になる。

このために、脳全体をさらに小さなブロックに分け、それぞれのブロックからレーザーで細胞を取り出し、シークエンサーでバーコードの存在と種類を特定している。

何か極めてハイテクに見えるが、著者らは、この方法は手間はかかるが、多くの領域にバーコード付きウイルスを注入して、脳全体を各ブロックの配列を決め、結合性を再構成するためのコストは1ヶ月1万ドルで、どんな研究室でも可能な方法であることを強調している。

この研究のハイライトはあくまでも方法についての着想で、結果については、かなりの精度で投射を追跡することができるという以外にない。ただ、異なるマウスで同じ実験を繰り返してもほぼ同じ地図を作成できることから、再現性の高い方法であることを示している。

そして、この方法の妥当性を確かめるために、カルシウムイメージングで特定した機能的結合性とBRICseqを同じマウスで行い、BRICseqによる結合性と、カルシウムイメージングによる神経興奮の結合性が一致していること、さらにこれにアレン研究所で作成された遺伝子発現マップを重ね合わせ、10種類の遺伝子の発現でこの結合性が予想できることを示している。

要するに、脳の解剖学的結合性が、機能的結合性を支え、さらにこれが遺伝子発現の結果であるということを再確認させて、この方法の重要性を示している。しかし、バーコードの発展、すなわち「見るから読む」への転換はとどまることを知らない。

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7月15日 嚢胞性線維症で緑膿菌感染が起こる理由(7月7日号 Cell Reports 掲載論文)

2020年7月15日
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嚢胞性線維症(CF)はCFTRクロライドチャンネルの機能不全により発症することがわかっている。現在はCFTR分子の移動や機能を補助する薬剤が開発され、また遺伝子治療も試みられ、少しづつ原因分子に対する治療が進んでいる。この病気が肺だけでなく全身性の病気であることを考えると、内服でCFTRの機能を助ける方法は期待できるが、その価格は1年間で3000万円と極めて高額で、いつもなんとかならないかと思う。

ただ、この病気で最も辛い症状は肺の感染症で、特に緑膿菌の感染は厄介な問題だ。痰のキレをスムースにするためにDNase Iが効果があり、症状軽減に大きく貢献しているが、感染に対しては決定的対応ができていない。

なぜ緑膿菌感染がCFで多いのか?単純にクロライドチャンネル異常による粘液分泌上昇のせいかと考えていたが、今日紹介するジュネーブ大学からの論文はCFの気道が特に緑膿菌が接着しやすい性質を持つことが感染が起こりやすい原因である可能性を示唆している。タイトルは「Vav3 Mediates Pseudomonas aeruginosa Adhesion to the Cystic Fibrosis Airway Epithelium (VAV3は嚢胞性線維症の気道上皮への接着を媒介する)」だ。

この研究ではまず患者さんの気道上皮と正常人の気道上皮の遺伝子発現を比較し、患者さんでは細胞接着に関わるβ1インテグリンとファイブロネクチンの発現とともに、GDP/GTPの変換に関わるVAV3と呼ばれる分子の発現も高まっていることを発見する。この発見が研究のすべてで、あとはここから緑膿菌の感染までどのようなシナリオが成立するかになる。

詳細を省いて、最終的シナリオだけを紹介すると次のようになる。

  • CFTR機能不全によりVAV3の発現が高まる。
  • VAV3はGタンパク質の一つCDC42を調節して細胞骨格を再構成させる。
  • VAV3はインテグリンとファイブロネクチンの気道内への分泌を調節している。
  • CFの気道細胞でも、VAV3をノックダウンすると、構造は正常化する。
  • CFで分泌が高まっている粘液によりファイブロネクチンは分解され、この分解産物が緑膿菌を結合する。
  • 試験管内実験系だが、CFの上皮のVAV3をノックダウンすると緑膿菌の接着が抑えられる。

以上がシナリオで、納得のできる説明だと思う。問題は実際の気道で緑膿菌の接着や感染が防げるかについてのデータが示されないため、論文としてはフラストレーションが残った。とはいえ、VAV3の阻害剤の吸入、あるいはインテグリン分解産物と緑膿菌の接着を阻害する分子の吸入が開発できれば、この病気の治療はさらに前進するように感じた。

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7月14日 タンパク質同士を共有結合させて分子機能を阻害する方法(7月9日号 Cell 掲載論文)

2020年7月14日
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最近アムジェンが開発したK―RAS阻害剤の特徴は、化合物が変異アミノ酸と共有結合して離れなくなることで(https://aasj.jp/news/watch/11638)、化合物のアフィニティーは低くとも、十分な阻害活性が得る事ができる。同じ標的と共有結合する薬剤は広く普及しており、現在使われている薬剤の3割にも及ぶようだ。

今日紹介する広州にある南方医科大学からの論文は、同じ原理をタンパク質同士の反応に応用しようとした面白い研究で、こんなことも可能なのかと膝を打った。タイトルは「Developing Covalent Protein Drugs via Proximity-Enabled Reactive Therapeutics(結合により可能になる共有結合型タンパク質薬剤)」だ。

この研究では現在ガン治療に広く使われているPD-1,PD-L1の結合阻害を目的に、抗体とは異なる治療法を開発しようとしている。そのために、PD-1のPD-L1結合部位の近くに、特定のアミノ酸が近くに来ると共有結語する人工アミノ酸(fluorosulfate-l-tyrosine)を導入することから始めている。実際には、新しいコドン、tRNA を設計して、翻訳時に人工アミノ酸(FSY)が決められた場所に挿入できるようにする大掛かりな方法でFSYをPD-1に導入している。

このアミノ酸は、リジン、ヒスチジンに近接すると共有結合するように設計されており、もちろん分子内のリジンなどとも反応するので、どこに挿入するかには立体構造に基づく正確な検討が必要だが、この研究ではPD-L1結合サイトに近接した129番目のアミノ酸としてFSYをど運輸した時、最も効率にPD-L1にPD-1が共有結合できることを示している。

この結果がこの研究の全てで、あとは動物モデルでFSYを導入したPD-1が、標的PD-L1に結合することで、T細胞上のPD-1の機能を阻害できるか確かめている。

結論的には、ヒト大腸ガン細胞株を移植した実験系で抗PD-L1抗体より優れたガン抑制効果を示すこと、また免疫系をヒト化したマウスを用いた腫瘍移植実験でも同じように抗PD-L1抗体より優れた効果を示すこと、さらに腫瘍特異的CAR-Tを用いたガン治療システムでも、CAR-Tの疲弊を抑えて治療効果を高めることなどを示している。

そして最後に、アフィニティーなどの問題から、未だ未だ抗体を置き換えるまでには至っていないアフィボディーにこの技術を導入することで、HER2にアフィボディーを共有結合させられることを示している。

結果は以上で、アフィボディーについてはガン抑制実験結果は示されていないが、本来のタンパク質同士の相互作用を利用して、この結合を共有結合で固定してしまう方法が可能であることが示された。抗体と異なり、本来の分子結合を利用する方法なので、細胞表面上での相互作用なら短い開発期間で、阻害剤を開発できることから、今後発展する予感がする。

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7月13日 エクソーム検査をいかに迅速に行えるか(6月23日号 米国医師会雑誌)

2020年7月13日
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新型コロナウイルスで露呈してしまったが、我が国は遺伝子検査やゲノム検査の後進国と言えるだろう。これはゲノム研究が遅れているからではない。ゲノム解析を検査として診断に利用する体制が整っていないことを意味する。新型コロナについていえばPCR体制になるが、あらゆる分野のゲノム検査で同じ問題が存在する。

今日紹介するオーストラリアからの論文は、ゲノム解析を検査として定着させるために、技術だけでなく医師の努力と、それに応える体制の整備が重要かを示す論文で6月23日号の米国医師会雑誌(JAMA)に掲載された。タイトルは「Feasibility of Ultra-Rapid Exome Sequencing in Critically Ill Infants and Children With Suspected Monogenic Conditions in the Australian Public Health Care System (重篤な状態にある単一遺伝病が疑われる新生児や小児について超特急でエクソーム配列決定を行うためのオーストラリアの医療体制)」。

今やあらゆる先進国でタンパク質に翻訳されるゲノム領域、エクソームの全配列を決定する検査を行うことができる。ただ、最速でも2週間は必要で、通常1ヶ月はかかるのではないだろうか。実際、私の友人のガンのエクソーム検査を某研究機関に依頼したら、2ヶ月以上かかっても結果が出ず、結局友人はエクソームの結果を知る前に亡くなってしまった。

ガンの場合それでもまだ検査を受ける意味はあるが、遺伝変異が疑われる病気で重篤な状態にある小児の場合、2週間もかかるとほとんど検査する意味はなく、どんなに技術的に可能でも検査を諦めざるを得ない。

これを克服しようとしたのがこの研究で、2018年から1年間、オーストラリアの10箇所の病院に、重篤な状態で入院してきた新生児および幼児108人について、できる限りのスピードでエクソーム配列決定を行う体制を整備し、その体制が機能するかどうか調べている。もちろんオーストラリアでも、一つの機関が外部にエクソーム検査を依頼した場合、結果を知るまでに6ヶ月以上かかっていたようだ。これを、ゲノム倫理についての要件も全て満たして10日前後で結果が出るような体制を作ったというのがこの研究の全てで、あとはこの体制を検証している。

結果は予想以上で、サンプルを採取してからエクソーム解析レポートが出てくるのになんと平均3.3日で終わっている。また、入院日からかぞえても平均17.5日で結果が出る。そして、86%の患者さんで、入院中(退院および死亡前)にレポートが間に合っている点だ。この体制を作り上げた努力には頭が下がるが、一般の病理検査以上のスピードに持っていけることを見事に示した。

その結果、半分の患者さんではなんと変異遺伝子が特定され、そのうちの8割近くで検査は役に立ったという結果だ。

具体的な点についても述べられているが、全て割愛する。要するに、迅速なゲノム検査は、先進国ならやる気になればできる。あとは、金銭的、人的コストをかけて良いとするコンセンサスと、医師の強い意志にかかっている。

新型コロナ感染ではPCR体制ばかりに議論が集中したが、PCR検査体制だけにこだわっては、コストだけがかかる歪ものになると思う。ぜひPCR体制にとどめないで、ゲノム検査体制の問題として真剣に取り組んでほしいと願っている。

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7月12日 ポリネシアとアメリカ大陸の人類学的接点(7月8日号 Nature 掲載論文)

2020年7月12日
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全く知らなかったのだが、南米に最も近いポリネシア、イースター島ではアメリカ原住民とポリネシア人が、それぞれの地域にヨーロッパが進出するずっと以前にコンタクトがあり、文化や遺伝子が南米から流入した可能性が議論されていたようだ。そこでゲノムの出番と、今までに少人数のイースター島住民のゲノムを調べているが、その証拠は見つかっていなかったようだ。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はこの可能性を調べるために、イースター島だけでなく、広い範囲のポリネシア人と太平洋岸の様々な地区のアメリカ原住民のゲノムを比較し、確かに両者にコンタクトがあったことを証明した論文で7月8日号のNatureに掲載された。タイトルは「Native American gene flow into Polynesia predating Easter Island settlement(イースター島への移住前に、アメリカ原住民からポリネシア人への遺伝子流入が存在した)」だ。

それぞれの関係を調べると、マルキネス諸島より東のポリネシア人には北部中南米とチリ付近のアメリカ原住民のゲノム流入が明らかに存在していることを発見している。ただ、それぞれの地域には別々にヨーロッパ人が進出し、さらには奴隷として連れ去られる悲しい歴史が残っている。そのため、アメリカ原住民の遺伝子流入を正確に推定するためにはヨーロッパ人からのゲノム流入を詳しく調べる必要があり、これとは独立に起こったアメリカ原住民との交雑を特定する必要がある。

結果、中南米北部のコロンビア付近の原住民のゲノムが、たしかにポリネシア人に存在し、それはヨーロッパ人の影響とは全く無関係に起こったことを明らかにしている。すなわち、コロンビア付近のアメリカ原住民が、自力でポリネシアのどこかの島にたどり着いたことを示している。

最後にこのイベントが起こった時期を計算し、ヨーロッパの植民による南米からの遺伝子流入とは別に、各島ごとにばらつきはあるが紀元1150年から1230年までに収まることを明らかにしてる。

以上が結果で、海流が存在するとはいえ、進んだ航海技術なしにアメリカ原住民とポリネシア人がどうコンタクトしたのかは明らかでない。著者らは一つの可能性として、ポリネシア人が移住していなかった島にアメリカ原住民がまず流れ着き、そこでポリネシア人との交雑が起こったと考えるのが、一番今回の研究結果と合致することを示唆しているが、他にも様々な可能性があるかもしれない。いずれにせよ、多くの島に別れて住んでいるポリネシア人には別々の歴史が存在するはずで、今後個別の調査によって、歴史が明らかになるのではと期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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