3月28日:iPSを冬眠させる:着想に脱帽(Cellオンライン版掲載論文)
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3月28日:iPSを冬眠させる:着想に脱帽(Cellオンライン版掲載論文)

2018年3月28日
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iPSのパワーは、モデルとして広く用いられている実験動物でなくても、多能性の幹細胞を樹立できれば、細胞レベルの研究を繰り返し行える点だ。私が研究総括を務めていたJSTの先駆け研究「iPS細胞と生命機能」でも、たとえば本多さんのように、希少動物であるアマミトゲネズミの生殖細胞分化を研究する目的でiPSの樹立にチャレンジしていた研究員がおり、研究の進展を楽しみにしていた。

このように、モデル実験動物以外の研究が可能になることはよくわかっていたが、今日紹介する冬眠を可能にする細胞メカニズムをiPSを樹立して解明しようとした米国NIHからの論文を読んで、その着想の豊かさに意表を突かれた。タイトルは「iPSCs from hibernator provides a platform for studying cold adaptation and its potential medical application(冬眠動物からのiPSは低温に対する適応研究の基盤を提供するとともに、冬眠メカニズムの医学応用に発展する可能性がある)」で、Cellの5月号に掲載予定だ。

はっきり言って、冬眠をiPSを用いて研究しようと考えた着想だけでこの論文は十分価値があると思う。実際私自身の冬眠のイメージは、エネルギー消費を落として寒い冬を乗り越えるというもので、眠りを誘導する脳の機能として捉えていた。しかしリスの仲間には冬眠中の体温が一時的には0℃に近づく場合もあるようで、ただエネルギーを温存するために寝れば済むというものではなく、細胞自体が低温に耐えて生存する必要がある。この細胞の低温耐性を明らかにしようと試みたのがこの研究だ。

この研究ではアメリカからカナダにかけて生息する「13線地リス(GSと略す)」からiPSを樹立し、そこから神経細胞を誘導して実験に用いている。冬眠しないラットやヒトiPS由来の神経細胞ももちろん摂氏4度で生きてはいるが、細胞骨格の屋台骨と言える微小管を調べると、ズタズタに分解していることがわかる。実際、冬眠しない恒温動物では4℃と言わなくても、ほんの数度温度が下がるだけで微小管は分解する。ところがGSから樹立したiPS由来の神経細胞では微小管はそのまま維持されている。微小管を研究している細胞生物学者なら、絶対注目しそうだ。

次に、低温でも微小管が守られるメカニズムを探索し、ミトコンドリアを構成する分子の発現の変化により、低温で誘導される活性酸素の産生が抑えられ、さらにシャペロンによりたんぱく質の分解を抑えることで、リソゾーム膜の透過性が上がって分解酵素が流れ出すのを防ぐことが、低温耐性の重要な要因であることを突き止める。すなわち、低温耐性のかなりの部分が、分子の質的変化ではなく、量的変化で調節されていることになる。

これを確かめるため、今度は人間のiPS由来の神経細胞でも、この二つの経路を抑えれば、低温耐性を誘導できるか、ミトコンドリアの活性酸素合成を、ミトコンドリア膜上でプロトンの出入りとATP合成の連結を外す化学的アンカプラーBAM15で抑制し、たんぱく質分解阻害剤でリソゾームの透過性の上昇を抑制すると、人間やラットの細胞でも微小管の分解が抑制できることを明らかにしている。 この処置により微小管だけでなく、低温にさらされた神経細胞や腎臓細胞の機能が維持されることも示している。

もちろん他にも様々なメカニズムが動員されていると思うが、冬眠による低温耐性が、特殊な分子ではなく、どの細胞にもあるメカニズムをうまく調節することで獲得されているという結果は、理にかなっているように思う。もちろんタイトルにあるように冬眠の理解だけでなく、培養細胞の保存という面でも様々な可能性が広がるのではないかと思う。冬眠と言うより、細胞の低温耐性のメカニズムの研究だが、楽しく読むことができた。
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3月27日:母親の愛情とトランスポゾン(3月23日号Science掲載論文)

2018年3月27日
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単一細胞レベルのゲノム解析が行われ、脳の発達期に、ここの神経細胞のゲノムに様々な突然変異が入り、多様な細胞のモザイクになってしまうことがわかってきた。そもそも、神経が興奮すると、DNAが切断されることすらあることはすでに2015年6月に紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3560)。また、神経興奮はエピジェネティックな変化を引き起こし、さらにエピジェネティックな変化によりDNAにストレスがかかることも知られており、これに分裂が加わると、ゲノムがダイナミックに変化するのは不思議ではなくなる。ほとんどの細胞では生まれた後DNAが大きな変化を遂げることはほとんどなく、起こるとしたらガンのような異常状態だけだが、こと神経細胞となると別と考えられる。

この問題を長く研究してきたのがソーク研究所のGageの研究室だが、母親が子供のケアに時間を割くほど、脳細胞のゲノムが安定するという驚くべき結果をを3月23日号のScienceに発表した。タイトルは「Early life experience drives structural variation of neural genomes in mide (生後初期の発達期の経験はマウスの神経ゲノムの構造的変化を引き起こす)」だ。

この研究ではゲノム上に存在するL1トランスポゾンの数の変化をゲノムの不安定さの指標として用い、新生児期の母親のケアの程度によりその数がどう変化するかを算定している。方法としては、新生児期遺伝子の数を正確に測ることができるデジタルPCRという方法を用い、L1トランスポゾンの遺伝子数を、領域ごとにカウントしている。

よくこんな実験を着想したと思えるが、驚く結果で、生後2週間、親が新生児と寄り添っている時間をもとに新生児が受けたケアの程度を算定し、その条件で育てられた子供の脳細胞のL1トランスポゾン数を数えると、手厚いケアを受けたほど、ほぼすべての領域でL1の数が少ない。言い換えると、母親のケアの程度が低い子供ほど、ゲノムが不安定になっていることになる。

この実験では、自然の状態で個々の母親が示す、ケアにかける時間の個体差を用いて、ケアと遺伝子不安定性の関係を調べているが、次に親を一定時間子供から隔離するという人為的手段を用いて、ケアにかける時間を低下させる実験を行い、ケアにかける時間が減るほど、子供の脳細胞のゲノムの不安定性が上昇することを確認している。

最後に、ケアが少ないとゲノムが不安定化する原因を、神経細胞の分裂の違いか、L1トランスポゾンのDNAメチル化を介するエピジェネティックな変化によるのか、2つの可能性について調べている。結果だが、細胞分裂はケアを受ける時間が減っても変わりはなかった。一方海馬の神経細胞でL1遺伝子のDNAメチル化について調べると、ケアが少ないマウスではメチル化の程度が低下していることが明らかになった。これに対応して、新たにDNAをメチル化するときに働くDNMT3aの発現がケアを受ける時間が少ないマウスでは低下していることも明らかにしている。

以上の結果は、発達期にトランスポゾンは新たにメチル化され不活化されるが、母親のケアが低下するとDNMT3aの発現が下がり、メチル化が低下して、ゲノムの不安定性が発生することを示している。マウスの話だが、子供のネグレクトがいかに重大な変化を脳に及ぼすのかを具体的に教えてくれる重要な論文だと思う。
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3月26日;細菌叢の研究と細菌培養(3月19日号Nature掲載論文

2018年3月26日
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如何に単純な生物といえども、同時に全ての性質を把握するのは難しい。そのため、生物学では常に全体と部分の問題が常に議論される。ゲノムやコンピュータのおかげで、全体が把握しやすくなると、全体を扱う研究が多くなるが、これらの結果が私たちの頭の中の理解をどう深めるのかになると、はっきりしないことが多い。これは、因果性を明らかにするためには、どうしても部分の詳細を知る必要があるからだ。もちろんAIのように過程の因果性を問わないで済ませればそれでいいのだが。

この部分と全体の問題が今最も問い直されているのが腸内細菌叢の研究だろう。ゲノム解析技術の進展によって腸内の何千、何万種類もの細菌の構成を知ることができた。また、統計的相関として様々な症状と、細菌叢の変化を関連付けることもできる。しかし、例えば免疫系の研究でわかるように、無菌動物で一個一個の細菌の免疫系への影響を見る研究の重要性は極めて高い。

今日紹介するドイツ・ハイデルベルグにあるEMBLを中心に我が国の奈良先端大学院大学も加わった論文は、腸内細菌叢の研究も個々の細菌の培養データと組み合わせることが重要であることを示した論文で、3月19日号のNatureに掲載された。タイトルは「Extensive impact of non-antibiotic drugs on human gut bacteria(人間の腸内細菌に対する抗生物質以外の薬剤の強い影響)」だ。

腸内細菌研究は、私たちの体の中にもう一人の自分がいること、またそれを無視して私たちの体の状態を把握することができないことを明らかにした。とすると、私たち自身の細胞に対する薬剤が、腸内の細菌にも影響があると、作用や、副作用を身体の細胞への直接影響だけで判断するのは危険だ。事実、抗生物質以外の多くの薬剤が腸内細菌叢に影響があることは示されていたが、系統的な研究は難しかった。

今日紹介する論文は、様々な薬剤の腸内細菌叢への影響を最も古典的な方法、すなわち腸内の常在細菌の培養を用いて調べた論文で、昔だったら当たり前すぎてNatureには掲載されなかったかもしれない。しかし、全体についての論文が溢れる中では、大変新鮮に見える。研究では、常在細菌のそれぞれの種を代表する細菌株40種類を選び、各細菌の増殖について1000種類以上の薬剤の効果を調べている。全部で40000種類のスクリーニングにはなるが、今の技術レベルではそう難しくないはずだ。

この結果、抗生物質は言うに及ばず、抗菌剤や様々な病気に使われている薬剤のうち約25%が40種類のうちいずれかの細菌の増殖に作用がある。中でも、向神経薬はポンプやチャンネルの阻害剤が多く、影響を受ける細菌が多い。

後はこうして発見した、常在細菌の増殖を持つ薬剤が、本当に体の中でも作用しているのか、これまで調べられた薬剤と腸内細菌叢の関連を調べた研究と対比して、古典的細菌培養法によるアッセイが、実際の体内での影響をかなり反映できることを示している。また、抗生物質以外の薬剤での臨床治験で出てくる副作用の中には腸内細菌叢への影響を介したものも存在する可能性を示している。

他にも、抗生剤以外の薬剤も長期間服用することで、耐性菌を誘発する可能性があることも示している。しかしこれ以上の詳細はいいだろう。この研究の重要性は、細菌の培養法は決して過去の方法ではなく、今こそ新しい方法が開発されるべき重要な分野であることを示している。

あと、内服薬を作るということは、製薬会社の重要な目標だと思うが、今後は持続的に注入する簡便な方法の開発など、経口投与とは異なる薬剤の形状開発も重要になるように思う。
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3月25日:空腹は慢性の痛みを抑える(3月22日号Cell掲載論文)

2018年3月25日
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痛みは、切ったり、打ったりした時にすぐ感じる痛覚神経などの直接刺激と、組織の炎症により様々な分子が分泌されることによる痛みに分けられる。他にも精神的要因による痛みも存在するが、医療の対象として最も多いのは、最初の二つだろう。確かに入口や刺激のされ方は両者で異なっていても、脳内での処理は同じだと思っていたが、中枢での痛みの感じ方にも実際には大きな違いがあるようだ。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、急性の痛みおよび炎症による慢性の痛みが空腹によりどう影響されるのかを調べた論文で3月22日号のCell に掲載された。タイトルは「A neural circuit for suppression of pain by competing need state (競合するニーズが並存する状況で痛みを抑える神経回路)」だ。

研究ではBCGが入ったフロインド・コンプリート・アジュバント、フォルマリン、熱など、急性の痛覚刺激と、炎症による慢性痛を誘導する実験系で、24時間の絶食効果を調べている。驚きの結果で、空腹により刺激後30分ほどで現れる炎症性の痛みが選択的に、ほぼ完全に抑えられる。一方、急性の痛みには全く影響がない。一般的に痛みが強いと食べることもできず、治療を妨げる。これが正しければ、炎症性の痛みは、痛みで食べられず、空腹を覚えだすと抑えられてくることになるが、病気による痛みは複合しており、そう簡単な話ではない。

次に、この痛みを抑制する神経回路を調べている。空腹により活性化される神経細胞についてはダイエットの関係でよく研究されている脳弓状核などが存在する腹側部のAgRPと呼ばれている摂食活動に関わる領域をスタートとして、光遺伝学的に刺激をして痛みが抑えられる回路を特定している。結論としては期待どおり、AgRPが刺激されると、後脳にある結合腕傍核と呼ばれている痛みに関わる領域にシグナルが伝わり、痛みの感覚が直接抑えられることを示している。面白いのは、この回路が効果を示すのは、炎症性の痛みだけで、他の痛みには全く影響がない。また、脳の各部に神経伝達の抑制剤や、刺激剤を注入する実験から、ニューロペプチドYが痛みの抑制に直接関わることなどを示している。

最後に、逆の回路も調べ、今度は炎症ではなく急性の痛みだけが、摂食行動を抑制することも示している。

研究としては、高いレベルとは思えないが、1)炎症の痛みと、他の痛みが全く違う神経回路で調節されていること、そして2)痛みと空腹という共に生命に直接関わる状態が、相互に連結して、急性の痛み、食欲抑制、空腹、炎症による痛みの抑制と階層性を持った合目的行動につながっていることを示した点では面白い仕事だと思う。
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3月24日:糖尿病は貧しい洞窟暮らしを助ける(Natureオンライン版掲載論文)

2018年3月24日
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 2014年5月このブログで北京ゲノム研究所の行なったホッキョクグマのゲノム解析の論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/1531)。極地で生活するためには、脂肪の多い動物を必要とするため、血中のコレステロールは当然高くなる。もちろん、ある程度の動脈硬化が極地の寒さへの抵抗性を与えてくれる可能性はあるが、基本的には健康に問題になる。これに対抗するため、ホッキョクグマはAPOBを始めとする多くの動脈硬化や心臓血管障害に関わる遺伝子を変化させ、うまく極地の食事に対応している。このように、私たちがメタボとして目の敵にする状態も、飽食の人間ならではの話で、多くの動物はこのメタボ遺伝子を生活環境に適応するために用いている。

今日紹介するハーバード大学からの論文はそんな一例で、インシュリン抵抗性の糖尿がえさの少ない洞窟での生活への適応に関わるという研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Insulin resistance in cavefish as an adaptation to a nutrient-limited environment(洞窟魚のインシュリン抵抗性がえさの少ない環境への適応に関わる)」だ。

このグループは、同じ種の魚で通常の環境と洞窟環境に生息する魚を比べ、えさの少ない洞窟への適応にどのような遺伝子変化が必要か調べていたようだ。この研究の中で、洞窟魚の血液ブドウ糖濃度が高く、また24時間えさを与えず測った空腹時血糖も高いことに気がついた。

そこで詳しく糖代謝を調べ、基本的には臨床的にインシュリン抵抗性、すなわちインシュリンに組織が反応しにくいことが、洞窟魚の特徴であることを見出す。そして、抵抗性の本丸とも言えるインシュリン受容体に洞窟魚の身に見られる変異を発見する。人間でもこの変異は発見されており、インシュリンに対する反応が低下しているため、成長が抑えられ、予後は悪い。ところが、洞窟魚ではこの変異をホモで持っていても、逆に成長が更新している。

重要なことは、通常の環境から採取した魚にはこの変異は見られず、洞窟魚に限られていることだ。そして、クリスパ−/Cas9を用いた遺伝子編集実験から、この変異が体重の増加、脂肪肝などほぼ全ての異常を説明できることも示している。

人間の場合、糖尿病が続くと糖化された最終産物が血管を障害し、様々な異常を引き起こす。ところが、洞窟魚ではこのような最終産物のレベルは血中ブドウ糖が高くとも特に上昇しない。おそらく、他の代謝ブロセスが発達して、これを防いでいるのだろう。 実際この洞窟魚は14年以上健康に生きているようだ。

このように人間だけを見ていると、ほとんどありえないことが、他の動物では自然適応として起こっている。この事実は小説より奇なりという点が、動物の多様化を見ることの面白さだが、医師として考えると、この魚から糖尿病の代謝について学び直すことは多いと思う。
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3月23日:アジア人とデニソーワ人との関わり(3月22日号Cell掲載論文)

2018年3月23日
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私自身は結局情報処理技術を身につけることはなかったが、京大にいる頃に、この分野のわかる人が必要だと思った。幸い、京大にいるときにMartin Jakt君と巡り合って、まったく情報音痴の私でも、ゲノムやエピゲノム研究の進展についていくことができた。とはいえ、情報処理の妙を競う研究がこれほどまでにトップジャーナルを賑わすようになるとは思わなかった。この状況の最も重要な原因は、古代人ゲノムの解読をきっかけに、歴史的記録としてのゲノムの大きな価値が明らかになったからで、トップジャーナルの編集者が飛びつく面白いQuestionがこの分野に目白押しだ。

今日紹介するワシントン大学・生物統計学部門からの論文は、現代人のゲノムとネアンデルタール人、デニソーワ人のゲノムを情報処理して各人種と古代人との関わりを調べた典型的ゲノムインフォーマティックス研究だが、テーマが面白く3月22日号のCellに掲載された。結果は、我々日本人についても教えてくれている。タイトルは「Analysis of human sequence data reveals two pulses of archaic denisovan admixture(人のゲノム配列データの解析により2波のデニソーワ人との交雑が明らかになった)」だ。

これまで全ゲノムが解読されている古代人は、ネアンデルタール人とデニソーワ人で、デニソーワ人が発見されたアルタイ山脈の同じ場所からネアンデルール人も発見され、ゲノムが解読されている。デニソーワ人はこのようにユーラシア大陸の東側に分布していたと考えられ、その遺伝子は南ルートを通ってアジア、オセアニアに移動した現代のパプア・ニューギニア人に多く流れ込んでいる。私自身これまで、日本人にはデニソーワ人の遺伝子は入っていないと講義をしていたが、実際には漢族、チベット人などに明らかにデニソーワ人由来の断片が見つかっており、日本人に入っていないなどありえないことは明らかになりつつあった。

この研究の目的は、現代の各人種にネアンデルタール人やデニソーワ人などの古代人ゲノムがどのように流入し維持されているかについての歴史をゲノムから解明することだ。多くの研究では、これまですでに解析されている古代人ゲノムを参照して、我々のゲノムのどこにその断片が入っているのか調べてきた。ただ、この研究では我々の持つ古代人ゲノムの断片を、レファレンスなしに特定してから、拾い出した断片を後で古代人ゲノムと比べるという方法を取っている。

なぜ古代人ゲノムレファレンスなしに、私たちのゲノムの中の古代人ゲノムが特定できるのか?私の理解した範囲で説明すると、遺伝子配列の違いが大きい断片ほど、組み換えが起こりにくい。このため、ネアンデルタール人やデニソーワ人由来の断片は、長いまま薄まらずにゲノムに残っている可能性が高い。すなわち特定の多型同士がリンクして動く可能性が高いところから、レファレンスなしでも断片を特定することができることになる。この方法を用いると、あまり交雑がないと思われている西アフリカ人も、特定できない他の古代人と交雑していた痕跡が認められることから、この方法の可能性がわかる。

この研究ではこれまでのレファレンスなしで古代ゲノムを特定する方法を更に改良して、50kb以上の断片ならかなり正確に特定できる方法に仕上げている。この方法で、バイアスなしに断片をリストした後、後はアルタイで発見されたネアンデルタール、デニソーワ人ゲノムをレファレンスに、それぞれの断片のレファレンスとの距離を算定し、2次元グラフとして展開して、交雑の程度を調べている。表示の方法も、FACSに見慣れた血液学者でも理解出来る優れた表示法だと思う。

詳細を省いて結論をまとめると、次の2点になる。

まずデニソーワ人由来の断片は、パプア・ニューギニア人、アジア人、ヨーロッパ人の順に多い。ただ、アルタイのネアンデルタール人ゲノムとの距離をもう一方の軸に2次元展開することで、ヨーロッパ人に流入したデニソーワ人ゲノムは、ネアンデルタール人との交雑で流入したことがわかる。すなわち、ネアンデルタールにまずデニソーワ人のゲノムが流入し、ネアンデルタール人と現生人類の交雑で、ヨーロッパ人やアジア人に流入した断片だ。

この流れを第1波とすると、アルタイのデニソーワからは少し離れたデニソーワ人のゲノムがアジア人、パプア・ニューギニア人には流入している。これが第二波で、我々日本人にもこの時に新しいデニソーワ人のゲノムが流入している。

後は、こうして流入した古代人ゲノムの中で選択され残っている新しい免疫系分子なども特定しているが、紹介はいいだろう。間違いなく、私たちの先祖はネアンデルタール人とも、デニソーワ人とも交雑を行い、その遺伝子が我々の体に残っていることは間違いない。
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3月22日:子供が描く科学者は男か女か?(Child Developmentオンライン版掲載論文)

2018年3月22日
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大人が科学者を思い描く時、男性を思い浮かべるのが世界共通のようだ。科学者だった自分はどうかと考えてみると、正直固定したイメージはない。唯名論的な科学者のイメージは、私から綺麗さっぱり消え、私にとっては個別の科学者がいるだけだ。

ただ科学とは何かについては明確なイメージがある。17世紀ローマカソリックの恣意的捏造と戦ったガリレオが語ったように、何が正しいか判断する時、他の仲間と判断を共有するための実験、観察、数理などの客観的手続きを経て判断するのが科学で、何が真実かを争うことではない。従って、これらの手続きを飛び越して、自分の判断が正しいと主張することは全て捏造になるし、もちろんデータを操作することは手続きを無視する事に等しく、科学を否定するのと同じことだ。

ちょっと大上段に構えすぎたが、今日紹介するNorth Western大学からの論文はあくまでも一般の人が持つ科学者のイメージの話で、大人ではなく子供の持つ科学者のイメージが男性か女性かを調べた研究でChild Developmentにオンライン出版された。タイトルは「The Development of Children’s Gender-Science Stereotypes: A Meta-analysisof 5 Decades of U.S. Draw-A-Scientist Studies(子供の科学と性別の関係についての思い込み:半世紀に及ぶ米国の「科学者を描いてみよう」研究のメタアナリシス)」だ。

私は全く知らなかったが、この研究の下敷きには、1966-1977年にかけて5000人の学童に自分が持っている科学者像を絵に描いてもらったChambersらによる調査が存在している。なんとこの時描かれた絵の99.6%は男性科学者で、明らかに子供の頃から科学者は男性というイメージが植え付けられていたことが明らかになった。しかしこの当時と比べると、米国の女性科学者の比率は上昇を続けており、生物学や化学では50%近くに上昇している。とすると、子供の持つイメージも同じように変化しているのではないかというのがこの研究の課題だ。

この課題に対し、著者らはChambersらが行ったのと同じような方法で調査を行った研究論文を集め、個々の論文の結果を分析し直し、結果を調査が行われた年代別にプロットしなおす、いわゆるメタアナリシスを行うことで調べている。

驚くことに、「科学者を描く」というキーワードで論文サーチをかけ最終的に条件にあった論文が78編もあることだ。即ち、米国では常に科学者像についての調査が行われていることになる。我が国も見習う必要があるだろう。

様々なデータ解析が行われているが、今回のメタアナリシスにより見えてきた重要な結論は2点に絞れる。

まずいつの時代も、科学者を男性として描く子供の比率は、年齢とともに上昇する。すなわち、6−7歳では特に科学者=男性というイメージを持っているわけではないのに、16歳ぐらいになると男女共7割以上が男性科学者を描く。すなわち、様々な情報がインプットされることで、児童の科学者のイメージが作られていることを示唆している、メディアなどで描かれる科学者は男性であることが多く、この結果メディアを通してステレオタイプな科学者像が児童に形成されるというわけだ。事実、子供が描いた科学者は、男性というだけでなく、白い実験着を羽織り、メガネをかけ、長髪という像が圧倒的に多い。鉄腕アトムのお茶の水博士と同じだ。

とはいえ、時代と共に子供達が科学者を男性として描く確率は着実に低下している。2015年になると、半数以上の女児は女性の科学者を描き、男性も4割が女性として描くようになっている。これは全体の数字で、高学年になるともちろん男性として描かれる割合は増加するが、それでも着実な変化が起こっていることがわかる。おそらくこれも、メディアに登場する科学者像の変化を反映している可能性が高い。この可能性を更に確かめるためには、子供達が目にするメディアの科学者の描き方について時代別に調べる必要があるだろう。また、他の職業のイメージの変遷についても同時に知る必要があるだろう。

話はこれだけだが、私自身が考えもしなかった方法で子供達の科学者像が繰り返し調べられていることに本当に感銘を受けた。我が国の状況について全く把握していないが、一般の人の科学者像を自分勝手に想像するのではなく、このように調査を繰り返して知ろうとすることこそが科学的態度と言えるのだろう。見習う必要がある。
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3月21日:クリスパー/Cas9システムのデザイナー(Natureオンライン先行発表)

2018年3月21日
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ハーバード大学のDavid Liuは、クリスパー/Casシステムと、変異を導入してDNAの塩基A/TをG/Cにを変えることのできるようにしたRNAデアミネース変異体を合体させた編集方法を開発し、昨年のScienceが選んだ10大ニュース、およびNatureが選んだ2017年の10人にも選ばれていた。彼の研究を見ていると、目的さえ明確に設定できれば、あとは溢れる知識とアイデアを元に解決方法を編み出していく、最高のデザイナーのような印象を受ける。言い換えると、世界最高の編集者と言えるかもしれないが、この編集者がクリスパ−/Cas遺伝子編集と運命の出会いを果たし、完全なシステム開発へ邁進しているといったところだろう。

今日紹介する論文はCas9がガイドRNAに結合してDNA切断活性を発揮するために必要なPAM(protospacer adjacent motif)の制限を取り除くための研究でNatureがオンラインで先行出版している。タイトルは「Evolved Cas9 variants with broad PAM compatibility and high DNA specificity(進化した多様なPAM配列でも機能でき、しかも高い特異性を持つ進化型Cas9変異体)」だ。

Cas9がDNA切断するときの場所決めにはPAM配列が必要で(Cas9ではNGG)、この配列の特異性のために、ゲノムのすべての場所を編集できないという問題がある。16塩基に一回は出てくるので問題ないと言えるかもしれないが、どんな配列のPAMでも機能できる完全なCas9を開発するためには解決すべき問題になる。

クリスパー遺伝子編集は効率が良く、PAMだって2塩基だけの制限と思って満足している凡人と異なり、ゲノムのどの場所であれ編集できるようにするのだという編集者の執念こそが、彼の非凡なところだろう。

自然に存在するCas9のPAMレパートリーを広げるため、彼らが開発したPACEと呼ぶ、一定数のバクテリアの中で、ファージに組み込んだ遺伝子と、彼らがAccessory plasmidと呼んでいるファージの外殻タンパク(GeneIII)をコードしたプラスミドが相互作用して感染性のファージを生産するいわゆるone hybridシステムを使って、多くのPAMに反応するほどファージが増殖できるようにすることで、多様化と自然選択が猛スピードで進むようにした分子進化システムを使っている。

詳細は省くが、この方法で6種類の、PAMレパートリーの広がったCas9変異体を分離し、そのうちプラスミド上のgene III転写活性化アッセイではほぼすべてのPAMを利用できるdxCas9(3.7)を選んでその後の実験に進んでいる。

このxCas9と様々な酵素活性を組み合わせて、DNA切断活性やA/TからG/C転換の効率などを比べ、期待どおりNGG以外のPAMに対応できることを示している。ただ、スクリーニングに用いた転写の場所決めとは違って、標的DNAの切断部位や編集部位の場所決めとなると、PAMのレパートリーはそれほど広がっていない印象を持つのは私だけだろうか。何十億年もかけて至適化された分子もそう簡単には編集されないのは当然だと思うが、完全を目指すLiuにしたら、本当は許せないレベルのプロダクトかもしれない。とはいえ、PAM配列による制限はかなり外れたことも確かだろう。 しかしこの研究で最も驚くのは、PAMのレパートリーが広がった一方、配列とは関係なくDNAを切ってしまう副作用が大きく低下していることだ。なぜこのようなことが起こるのか?新しい問題が設定できれば、Liuたちはまた新しいプロダクトを開発することだろう。
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3月20日;昼に強い眠気を感じる高齢者ではβアミロイド蓄積が進んでいる(3月12日号米国医師会雑誌掲載論文)

2018年3月20日
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年をとると確かに昼間眠くなりやすいことをいつも感じている。事実、眠気に襲われるとガムを噛むことが癖になってしまった。論文によると、高齢者の2−3割が昼間に寝込んでしまった経験を持つようで、自分も間違いなくこの予備軍ではと心配している。しかしなぜ高齢者はお天道様の高いうちから眠たくなるのだろう?

今日紹介するミネソタ州ロチェスター大学からの論文は、この眠気がアルツハイマー病に関わるβアミロイドの蓄積と相関するという恐ろしい可能性に狙いを定めて、強い眠気とピッツバーグ化合物B (PiB)と呼ばれるβアミロイドと結合する分子を用いたPET検査データの間の相関を調べている。タイトルは「Association of excessive daytime sleepinesss with longitudinalβ accumulation in elderly person without dementia (痴呆のない高齢者では昼間の強い眠気とβアミロイドの蓄積が相関している)」で、3月12日号の米国医師会雑誌に掲載された。

研究では283人の高齢者で、痴呆症状がないと診断された人達に、メイヨークリニックで開発された昼間に起こる強い眠気(EDS)についての質問表に答えてもらい、これに連れ合いがいる場合はその証言も参考にして、自己申告された答えを基礎にEDSの程度を24段階に分類、このうち10段階以下の人達を強い眠気(EDS)陽性と診断している。

この指標を用いると、283人中63人がEDSと診断され、これまでの論文の結果とEDSの率は大体一致している。EDSと診断された人は、正常と比べ年齢が2歳ほど高いが、あとの様々な身体的指標では両群に大きな差はない。

こうしてEDSとnonEDSに層別化した後、全員に炭素同位元素で標識したPiBを用いて脳のPET撮影を行い、βアミロイドの蓄積具合を診断している。結果は明確で、調べた全ての脳領域で、EDSと診断された人の方が、有意にPiBの結合が高い。すなわち、βアミロイドの蓄積が進んでいることになる。

これまで不眠がアルツハイマー病の一つの診断基準と考えられていたが、少なくとも昼間眠たいかどうかで判断すると、眠たい人の方がベータアミロイドの蓄積が見られることになる。

結果はこれだけだが、この研究が正しいとするとEDS該当者としては気味が悪い。というのも、PiBが結合するのはアルツハイマー病と関係するアミロイド線維やプラークで、可溶性のアミロイド分画とは反応しないとされているからだ。誰でもある程度のアミロイド蓄積はあると笑って済まされない年になったことを思い知る。

以下に私の理解の足りない点を指摘してもらっております。その指摘もお読みください。

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3月19日 成熟ミクログリアは脳内で完全に独立した自己再生システムを形成している(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2018年3月19日
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アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患はもとより、発生時のシナプス形成など様々な過程におけるミクログリアの機能が続々明らかになっている。このミクログリアは発生初期に卵黄嚢から発生した最も最初の血液細胞が一回だけ脳へ移動して形成され、その後は新しい血液細胞のリクルートがないことが知られている。すなわち、血液細胞なのに他の血液システムとは完全に独立した脳内の組織として一生を過ごすと考えられるようになった。とはいえ、これだけ大活躍だと、細胞はもちろん失われる。その時、どこでどのように新しいミクログリアは造られているのかは、実際には決まっていたわけではなかった。

今日紹介する中国深圳にある科学アカデミー研究所からの論文は、確かめたわけではないが、皆がおそらくこうだと思っていたことを、様々な材料と方法を駆使して証明してみせた研究でNature Neuroscienceにオンライン出版された。タイトルは「Repopulated microglia are solely derived from the proliferation of residual microglia after acute depletion(急性的に失われたミクログリアの再生は残存ミクログリアの増殖のみに依存している)」だ。

まずこの研究では、ミクログリアの維持に必須のcfmsを抑制する化合物を経口投与することで、脳内のミクログリアを90%以上除去した後でも、3ー5日間急速に増殖を繰り返し、1週間でほとんど元に戻ることを示し、この実験系を用いて再生するミクログリアの起源を調べている。

次に、GFP標識されたマウスと循環系を繋いだパラビオーシスを用いて、血液循環からの供給が全くないことを確認している。

あとは、脳内の様々な細胞系列特異的に、標識分子をコードする遺伝子をCre-組み換え酵素を用いてオンにする標識実験を行い、ミクログリア再生に関わる起源が、アストロサイト、オリゴデンドロサイトなどのグリア細胞、あるいは神経細胞ではないことを確認している。 このように、ミクログリア再生が完全に骨髄由来の血液系から独立し、神経やグリア由来でないとすると、あとはミクログリア自身だけが起源として残る。そこで、cfms抑制でも脳内に残ったミクログリアを同じように標識する実験を行うと、残存しているミクログリアそのものから再生されたミクログリアがリクルートされていることがわかる。また、骨髄造血のように前駆細胞からミクログリアが分化するのではないことも否定して、 結局成熟したミクログリアが刺激に応じて急速に増殖して、脳内で必要とされる数のミクログリアを必要に応じて常に供給していると結論している。新発見というわけではないが、もし人間でもそうなら、ミクログリアの動態を調節する方法の確立につながる可能性は大きいと思う。しかし、個人的には、血液が完全に独立した脳組織に同化するという話は気に入っている。
カテゴリ:論文ウォッチ
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