9月15日:光遺伝学のサルへの応用(9月8日号Cell掲載論文)
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9月15日:光遺伝学のサルへの応用(9月8日号Cell掲載論文)

2016年9月15日
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   つい4日前に光遺伝学を応用した眠りの研究について紹介した(http://aasj.jp/news/watch/5763)。この時、人間以外の動物にこの技術を応用した研究が進んでいるだろうと述べたが、早くもCellにアカゲザルのドーパミン神経についての研究がロンドン大学から発表された。2006年にこの技術が報告されたことを考えると、当然のことだろう。タイトルは「Dopamine neuron specific optogenetic stimukation in rhesuss macaques (アカゲザルのドーパミン神経を光遺伝学的に刺激する)」だ。
   この研究の主目的は、サルにも光遺伝学が使えることを示すことだ。実際、遺伝子操作が簡単なマウスで開発された技術をそのままサルに応用するのは簡単ではない。特に光遺伝学の場合、光に反応するチャンネル遺伝子を特異的な細胞に発現させることが必要だが、これを確かめるためにはかなりの数の動物が必要になる。ところが、倫理的な問題は棚上げにして、問題を実験コストに絞っても、サルを使うハードルは高い。今後、CRISPR技術などが使われ、特異的神経の光遺伝学を同じ条件で使うための系統が整備されるように思うが、繁殖の問題を含めまだまだ時間がかかる。
   そこでこの研究では個体ごとに目的の脳細胞に遺伝子導入を行う方法を用いて、ある程度納得のできるレベルで光遺伝学が使えれば良いと割り切って研究を行っている。そのため、まずドーパミン神経細胞で遺伝子発現の特異性がよく研究されているTHプロモータを用いてCreリコンビナーゼを発現させ、この Creにもう一つのベクターを使って導入したチャンネルロドプシン(ChR2)遺伝子を活性化型に変えるという方法で、個体間で導入効率にばらつきのない、95%レベルの特異性を実現している。
   研究自体は、この方法で確かにChR2遺伝子がドーパミン神経細胞に発現し、光によってドーパミン神経だけが興奮していることを示した後、行動実験を行っている。
   ドーパミン神経は、期待が実現した時に興奮して満足感を与える報酬回路に関わることが知られている。研究では、まずサルにご褒美を与えると同時に光刺激をすることで、ドーパミン神経がより強く興奮することを示し、報酬系を光が刺激していることを確認している。
  次にサルに2枚の図を見せて、片方を選んだ時にはご褒美だけ、もう片方を選んだ時にはご褒美と光刺激を加えて、どちらを選ぶか追跡すると、光刺激を受ける方を選ぶようになることを示し、今回用いた光遺伝学で操作したドーパミン神経への光刺激が、確かに報酬系を活性化していることを示している。
   もちろん同じ実験をマウスで行っても、論文はCellには掲載されないだろう。話は簡単だが、サルで行ったところが評価されている。実際、報酬系を調べる実験は、サルでないとできないレベルの実験だ。マウスではできなかった多くの実験がこの技術を待っている。その一歩が始まった。
   さらにこのような研究から、脳細胞へ遺伝子導入する時の効率や、新しい手法が開発されることも期待される。その結果、脳細胞を標的にする遺伝子治療に対して重要な情報をもたらせてくれるだろう。期待したい。
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9月13日:ビデオゲームの脳への影響(Annals of Neurology 9月号掲載論文)

2016年9月14日
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   少し専門性の高い論文紹介が続いたので、一般の方にも十分理解できる論文を探していたら、スペインのdel Mar病院から発表されたビデオゲームの脳に対する影響を調べた論文に出会ったので紹介することにした。タイトルは「Video gaming in school children: How much is enough ? (学童のビデオゲームの限度)」だ。
  学童を持つ両親にとったら、子供のビデオゲームをどう規制すればいいのか頭の痛い問題だが、脳研究から見た時ビデオゲームは必ずしも悪い面だけではない。例えば2013年9月には高齢者の認知機能を高めるビデオゲームについての構想がNatureに掲載された(http://aasj.jp/news/watch/407)。一方、英国の10歳から15歳の学童についての研究ではビデオゲームで遊ぶ時間と、行動障害の罹患率が相関するという報告が出ている。
   私も、ビデオゲームは脳の発達に大きく影響すると思っている。それが人類にとっていいか悪いかは、経験しない私たちだけが判断し得ることではないが、この影響について繰り返し調査を行うことは、将来のためにも重要だ。
   この研究ではスペインの39の学校から7−11歳の2897名をリクルートし、まずビデオゲームを日常行っているグループと、行わないグループに分け(2442名がゲーマー)、様々な脳機能、性格を親からのアンケートを含む様々なテストで評価するとともに、MRIを用いて、白質の大きさの変化、拡散テンソル法を用いた神経結合、機能的MRIなどを駆使した画像診断を278人の学童に行い、脳機能や性格と相関させている。通常行っているゲームの種類も調べているが、極めて多様で、今回はその内容で層別化することはしていない。
   結果だが、これまでの多くの研究と同じで、ビデオゲームは明らかに学童の運動反応を高める。ただ、これは週1時間ゲームで遊べば十分で、それ以上遊んでも特に反応が高まることはない。また、学業の方も、少しではあるがゲーマーの方が良い。睡眠時間、作業記憶、注意力など他の様々な指標についても調べているが、今回の調査では差は見られていない。
   一方、行動障害を見てみるとゲームで遊ぶ時間が2時間を超えると、時間に比例して頻度が上がる。これは英国の調査を裏付ける。
   以上を総合すると、週1時間程度は明らかに運動機能を高める効果があるビデオゲームだが、やはりのめり込むと行動障害につながるという結果だ。
   次に、この行動異常と相関するMRIによる脳画像を調べている。結果だが、
1) 運動機能の上昇と相関して、運動機能に関わる線条体の神経線維の豊富な白質部分が、ゲーマーで明らかに増大している。
2) 拡散テンソルで調べた神経結合性でも、線条体の側方につながる部分が上昇している。
3) 被蓋と尾状核との機能的結合の上昇もゲーマーで見られる。特にゲーム時間が長い対象では、前帯状皮質との情動に関わる部分のとの結合性が上昇している。
脳画像については素人なので、どこまで行動と相関させられるか評価のしようがないが、要するに運動機能上昇は脳の変化として検出できるが、行動異常については明確な相関を特定できるところまでは至っていないということだろう。
いずれにせよ、やりすぎはいけないが、ゲーム自身は大丈夫ということだ。しかし、これは親が規制が効く学童の話で、独立して生活している若者だと、全く規制が効かない場合もある。次はその辺の調査も重要ではないだろうか。高齢者にゲームが効果があるなら、青年の脳に及ぼす効果はもっと大きいはずだ。
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9月13日:試験管内での魚の細胞分化(9月13日号Stem Cell Reports掲載論文)

2016年9月13日
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   脊椎動物の発生研究は様々なモデル動物を使って行われているが、ゼブラフィッシュ、アフリカツメガエル、ニワトリ、そしてマウスの4種類が中心になっている。それぞれの動物に、実験上の有利な点、不利な点があり、解きたい問題に応じて使われてきた。
  この4種類の中でゼブラフィッシュは最も新しいモデル動物で、短いライフサイクル、発生過程の観察の容易さなど、大規模突然変異誘導に基づく発生遺伝研究上の利点から20世紀後半から急速に普及した。
   大規模発生遺伝学が可能なモデル動物としてのゼブラフィッシュ確立に向けて踏み出したパイオニアはオレゴン大学のチャック・キンメルだが、始めた時はもちろんこれほど成功するとは思っていなかったようだ。熊本大学でようやく自分の仕事がで始めた頃、ケルン大学のスプリングミーティングに招待された。この会議は多くの発生学者と出会う機会になったが、この時、朝食の席でたまたま一緒になったキンメルと同じく線虫の研究でノーベル賞を受賞したホーヴィッツが、研究人口が少ないゼブラフィッシュや線虫ではなかなか論文が通らないとぼやいていたのを覚えている。
   少し脱線したが、今日紹介する中国武漢大学からの論文はゼブラフィッシュ胎児細胞から心臓を誘導する培養系の開発の研究で、9月13日号のStem Cell Reportsに掲載された。タイトルは「Directed differentiation of zebrafish pluripotent embryonic cells to functional cardiomyocytes(ゼブラフィッシュ多能性胎児細胞から機能的心臓細胞への分化誘導)」だ。
   もともとゼブラフィッシュを実験に選ぶ時、細胞培養が可能かどうかあまり問題にならない。ただ、研究が進んで実験材料としての厚みが増すと、様々な方法を適用してみたくなる。例えば心臓を考えると、細胞分化培養が可能になり、特定の分化中間段階が分離できると、構造と細胞との関連を調べるための新しい系が完成することは間違いない。
   この研究では、ゼブラフィッシュの心筋細胞が成熟後も再生能が高い点について将来研究するという目的を掲げて、その前段階としての心臓細胞培養法の確立を行っている。
  研究ではまずマウスでの多能性維持に関わるマーカーを指標に、多能性細胞を分離できるステージを選び、そこで得られた細胞から心臓細胞を誘導するための条件を検討している。実験自体は、私たちがマウス胎児を用いていろいろ試行錯誤を繰り返した時代を彷彿とさせる古典的なもので、未熟細胞を分離したり、中間段階を分離したりする技術はまだ利用できない段階の研究だ。
   一言でまとめると、ゼブラフィッシュ胚から取り出した多能性細胞から2日で拍動し、組織学的にも、生理学的にも完全な心臓細胞を誘導するためのフィーダー細胞や、増殖分化因子の条件が決まったというのが結論だ。
   今後、細胞移植や遺伝子発現研究を通じて、なぜ私たちの心筋細胞では再生能力が失われたのかを調べたいということだろうが、そこまでには多くの難関が立ちはだかるだろう。実際、研究人口が多いということが、研究推進の最も重要なファクターになっている。それから考えると、例えばES細胞が安定に培養できるようになり、十分な細胞数を用いて中間段階でのエピゲノムが解明できるというような大きなブレークスルーがないと、この程度の培養だけでは研究人口増加につながらないように思える。   再生だけでなく、他にも、発生での細胞と器官の関係を研究するためにもゼブラフィッシュの細胞培養は大きく貢献できる可能性がある。その意味で、コツコツ人とは違ったことをやり続けるこのグループの努力に期待したい。
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9月12日:RNAのアデニンメチル化の機能(Natureオンライン版掲載論文)

2016年9月12日
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   このホームページでも何回か紹介しているが、ヒト細胞でもアデニンがメチル化されたRNAが存在することが明らかになり、現在はメチル化されたRNAの機能に研究の焦点が当たっている。特に、RNAを直接メチル化する酵素Mettl3が特定されてからは、この分子を欠損させた細胞を使った解析が進んでいる。
   今日紹介するコーネル大学からの論文は、これまでRNAメチル化の機能を調べた研究の中でも、インパクトの大きさと、研究の徹底性では高いレベルにあると思ったので紹介する。タイトルは「m6A RNA methylation promotes XIST-mediated transcriptional repression(m6A RNAメチル化はXISTによる転写抑制を促進する)」だ。
  女性の細胞はX染色体を2本持っているため、そのまま両方のX染色体から遺伝子が発現すると、その遺伝子は男性の2倍量発現してしまう。2倍でもいいのではと思われるかもしれないが、ほとんどの細胞にとっては致命的になることが確認されている。そのため、一本のX染色体がそっくり不活化される。その時最も重要な働きをするのがXISTと呼ばれるRNAで、片方のX染色体をマークして、遺伝子抑制型のクロマチン構造形成の引き金になっている。
  これまで著者らはXISTがアデニンメチル化されていることを示している。この結果をもとに、この研究の著者らは最初から、XIST-RNAのアデニンメチル化がX染色体の不活化に必須であることを証明するのに狙いを定めて研究を進めている。
  まずRNA結合活性を持つRBM15分子は、一方でXIST-RNAに直接結合し、また他方でRNAメチル化活性のあるMETTL3などの分子複合体と直接結合して、XISTのメチル化に関わることを明らかにしている。ただ、RBM15には、ほとんど同じ機能を持つRBM15Bが存在するため、細胞から片方だけを欠損させてもXISTのメチル化は阻害されない。しかし、RBM15とRBM15Bの両方をノックダウンすると、METTL3を欠損させた時と同じで、XISTのメチル化が強く阻害を受ける。そこで、ES細胞でXISTを誘導して遺伝子発現抑制を誘導する実験系で、RBM15/RBM15B両方を欠損させる実験、あるいはMETTL3遺伝子を欠損させる実験を行い、XISTのメチル化を阻害すると、いくらXISTが発現しても、X染色体上の遺伝子発現抑制が起こらないことを明らかにしている。すなわち、XISTがメチル化されないとX染色体不活化が起こらないことを確認している。
   最後に、メチル化されたXISTだけが遺伝子発現抑制に効果があるのかについて、メチル化RNAに結合するタンパクとXISTやそれ以外のメチル化RNAとの結合を詳細に調べ、YTHDC1(DC1)分子だけがメチル化されたXISTに特異的に結合できることを突き止める。そして、DC1とXISTを直接結合させた分子を使って、XISTのメチル化がなくとも、DC1とXISTが結合しておれば、遺伝子を抑制できることを示している。すなわち、XISTのメチル化はDC1を特異的にXISTに結合させる機能を持っていることを示している。    この研究をもう一度まとめると、   「XISTはRBM15及びRBM15Bを仲立ちとしてメチル化作用を持つ分子複合体と結合、メチル化される。このメチル化によって初めてDC1がXISTと結合し、結合部位の遺伝子発現抑制の引き金になる」という結論になる。    一般の方には難しすぎたと思うが、RNA研究のプロの力が存分に発揮された研究だと感心した。
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9月11日:眠りを抑える中枢(Nature Neuroscienceオンライン版英紙論文)

2016年9月11日
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   脳内に光を照射することで目的の神経細胞集団を刺激、あるいは抑制することを可能にした光遺伝学によって、様々な行動の支配神経が続々明らかにされている。特定の神経操作は光照射に限らない。薬物を使う神経操作、磁気を使う神経活動操作が可能になり、これらを組み合わせて研究が加速している。
   今のところこれらの方法の利用は、遺伝子操作が簡単なマウスに限られているが、CRISPRが組み合わさることで、人間以外であれば、ほとんどの動物でこの技術の利用が可能になると予想される。
   この状況をみれば、おそらくCRISPRだけでなく、光遺伝学もノーベル賞の受賞はまちがいないと思う。
   この技術の最大の特徴は、神経操作を行いながら、動物の行動を長期間観察できる点だが、睡眠の研究はこの技術の恩恵を最大に生かすことができる分野だ。2014年9月このホームページでも、slow wave sleepを誘導する中枢を、光遺伝学と、薬物による神経操作を組み合わせて解明した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/2210)。
   ただ、睡眠は一つの睡眠中枢が特定できればそれで話が終わるほど簡単ではない。
   今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、これまで睡眠との関係がほとんど研究されてこなかった腹側被蓋野(VTA)が、覚醒状態を維持する中枢であることを示した研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは、「VTA dopaminergic neurons regulate ethologically relevant sleep-wake behaviors (VTAのドーパミン作動性ニューロンは行動と関連する睡眠—覚醒行動を調節する)」だ。
   VTAにあるドーパミン作動性ニューロンは、覚醒時の様々な行動にかかわる領域であることが知られていたが、この研究ではまずVTAの神経活動を蛍光で測定できるようにしたマウスに、睡眠記録のための電極を併設し、睡眠時、覚醒時のVTA神経活動を調べ、VTAドーパミン作動性ニューロンは深いノンレム睡眠時に活動が抑えられることを発見している。
   覚醒とVTAの活性が同期していることが分かると、後は、このVTAドーパミン作動性ニューロン(今後VTADNと略する)を抑制、あるいは刺激して睡眠や行動への影響を調べれば仕事は完成する。この研究では、この分野の最新の技術を駆使した一種の物量作戦が繰り広げられている
  結果をまとめると、
1) VTADNを抑制すると、脳波でも行動でも確認できる睡眠状態に入る。
2) VTADNを抑制すると、食べ物、異性の存在、あるいは天敵の匂いによる覚醒誘発がいちぢるしく抑制される。
3) 新しい環境(巣が準備できていない環境)でVTADNを抑制すると、本来なら寝るはずのところ、まず寝るための巣作りを始める。
4) VTADNを刺激すると覚醒するだけでなく、巣作り行動もなくなる。
5) VTADNのうち側坐核に投射するニューロンがこの行動にかかわる。
になる。結論としては、VTADN活動は、覚醒と同期しており、睡眠行動を抑え、覚醒を維持するのにかかわるという結論になる。個人的には、巣作り行動が眠りの準備行動として、睡眠と一体化しているのに驚いた。
   また、従来の光遺伝学実験から睡眠中枢として他の領域もリストされていることを考えると、睡眠は一つのコントロールセンターで話が終わるものではないことがよくわかった。
   しかし、光遺伝学、化学的神経操作、発行による神経活動測定、電極による神経活動測定を組み合わせた今回のような大掛かりな研究を見ていると、我が国で独立したばかりの若手がこの技術を駆使した研究ができるようになっているのか少し心配になる。若手が物量作戦を前に沈没しないでいいような研究助成を望む。
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9月10日:37億年前の生物の痕跡(8月31日号Nature掲載論文)

2016年9月10日
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    ガラパゴス島に行くと、人間に侵されない生命の息吹が感じられるのに対して、アイスランドは地球のエネルギーを感じる。9月2日にアイスランドに来てからすでに1週間以上、あちこちドライブしたり、歩いたりしているが、毎日が新しい発見だ。今日は、地球のプレートの動きによる割れ目が見えるというシンクヴェトリルを歩いてきた。他の渓谷とどこが違うのかと言われても答えようがないが、知識と景色が合わさって頭の中で感じる興奮だろう。
   同じ様な興奮を期待して、体の動くうちにぜひ行きたいと思っているのが、アイスランドのすぐ近く、グリーンランドのイスア地域だ。というのも、ここには38億年前に形成された地層が表面に露出している。38億年前は、言うまでもなく生命が誕生したと考えられる時期で、この地層にもし生命の痕跡が残っていたら、生命誕生時に最も近い痕跡と言える。
   今日紹介するオーストラリア・Quest研究センターからの論文は、イスアで新たに見つかった37億年前の地層に、ストロマライトと呼ばれる新たな生命の痕跡が見つかったこと示唆する研究で8月31日号のNatureに掲載された。タイトルは「Rapid emergence of life shown by discovery of 3,700 million year old microbial structures (37億年前の微生物の構造から生命が急速に発展したことがわかる)」だ。
   この研究の結論を一言で表すと、「グリーンランド・イスアの地表に露出した37億年前の地層に、ストロマライトと呼ばれる、粘液を出す細菌が沈殿した層が発見される」、になる。
   生命の痕跡を探すということは、物理化学現象としては説明できない痕跡を探すことになる。ストロマライト層は、地学上の地層形態、アイソトープによる生命関与の検出、そしてドロマイトの中に形成されていることなどから、物理化学では説明できない最も古い生命の痕跡とされてきた。
   これまで最も古いストロマライトはオーストラリア・フィルバラに存在する34億年前の地層で見つかっている。この地層ではさらに、微小化石と呼ばれる細菌様の形態をした化石も発見されている。同じ様なストロマライト構造がもっと古い地層にないかを探したのが今回の研究だ。
   もちろん従来から、グリーンランド・イスアで生命の痕跡を探す研究が進められており、東北大学のグループにより、生命の関与を匂わすグラファイト層が存在することも報告されている。しかし、オーストラリアで見られるストロマライトはイスアでは発見されていなかった。
   このグループは、最近氷が溶けて地表が露出した場所の地層を調べ、オーストラリアで見られるのに似たストロマライトが存在することを発見した。このストロマライトが、物理化学的に合成されたものでないことを確認するために多くの研究が行われているが、詳細の説明は必要ないだろう。
   ストロマライト層の形態学、沈殿・蓄積の仕方、地層の非対称性、地層の平坦さ、炭素同位体による検証などから、今回発見されたストロマライト層は生命により形成されたもので、現在知られている中で最古生命の痕跡であると結論している。考古学的アプローチで37億年前の地層に生命の痕跡が認めれたとすると、38億年前、そしてそれ以上前の生命誕生の痕跡を探すことも将来可能になるかもしれない
   21世紀に入って無機物から生命が誕生するための条件の理解が急速に進んでいる。その意味で、今日紹介した論文の様に、考古学的アプローチの重要性がますます高まっている。次にアイスランドに来るときは、ぜひグリーンランドにも足を伸ばして38億年前の太古を感じてみたいと思っている。
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9月9日:硬骨魚の免疫進化は面白い(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2016年9月9日
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   2011年、タラの仲間ではクラスII組織適合抗原だけでなく、CD4やCD74などクラスIIMHCを介するT細胞の認識に関わる全ての遺伝子が同時に欠損していることが報告され、免疫システムの多様性と可塑性が改めて認識された。
   硬骨魚の多様性と進化の早さは免疫システム以外でも明らかだった。例えば、Icefishと呼ばれる南極に住むスズキの仲間には、ヘモグロビンもそれを運ぶ赤血球も存在しない。ただIcefishの場合、極低温と溶けた酸素分圧の高い特殊なニッチで生きるために発展した形質あることは明らかで、少し高い水温ではIcefishのような魚は生息できない。
   一方、Class II/MHC遺伝子セットが欠損したタラの仲間は、今や全世界の様々な環境で繁栄し、硬骨魚の中では一大集団を形成している。即ち、Class II・MHCが欠損したのは、決して特殊なニッチで生存するための戦略とは思えない。外来抗原に対する抗体産生は硬骨魚にとって存在しないほうがいいのかなど、疑問が次々に広がっていった。
   今日紹介するノルウェーオスロ大学からの論文は、ClassII・MHCを介する抗原認識システムが存在しないタラがなぜ繁栄しているのかについて調べた研究でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Evolution of immune system influences speciation rates in teleost fishes(免疫系の進化は硬骨魚の種形成に影響する)」だ。
    繰り返すが、この研究の目的は、Class II/MHCを介する免疫システムが欠損したタラがなぜこれほど繁栄しているのかを理解するためだ。この研究ではまずタラ科の27種について全ゲノム解析を行い、これまでゲノム解析が行われた66種類の硬骨魚を比べ、class II/MHCとそれに関連する遺伝子欠損が起こった時期、その後のタラ科の進化について調べている。この結果、Class II/MHCを介する免疫に関わる遺伝子セットが、タラ科の先祖で約1億年前にそっくり抜け落ちたことを明らかにしている。即ち、遺伝子が欠損する順番をうかがうことができる中間段階は存在しない。いずれにせよ、タラ科が栄えていることは、Class II/MHCの欠損がその後のタラ科の繁栄の引き金になった可能性は大きい。
   これまでの研究で、Class II/MHC欠損のタラ科ではClassI/MHC遺伝子のコピー数が増加することが知られている。この増加と種形成による種の多様性との関わりを次に調べ、タラ科でのClass I/MHCのコピー数の多様性が極めてお大きいこと、及びClassII/MHCの欠損のないタラ科以外でもClass I/MHC遺伝子のコピー数の多様性と、種の繁栄に相関があることを示している。
   最後に情報処理技術を駆使して種の多様化に関わる要因を計算してClass I/MHC遺伝子のコピー数が20を超えると、種形成が促進されることを示し、Class I/MHCコピー数の多様化がタラ科の魚の多様化と繁栄につながっている可能性を示唆している。
   以上をまとめると、Class II/MHCの欠損、Class I/MHC遺伝子コピー数の増加のような免疫系の変化が、硬骨魚の繁栄に大きく関わるという結論だ。しかし、この免疫系の変化がなぜ種の繁栄に繋がるのか、肝心なところは結局わからないままフラストレーションが溜まってしまう論文と言える
   とはいえ、今新たな免疫学の繁栄の時代を迎えているが、免疫系がこれほど多様化した硬骨魚類から習うことが多くあるような気がした。
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9月8日:MRIは妊娠初期の胎児に影響を及ぼすか?(9月6日号アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2016年9月8日
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   妊娠中の女性が、病気の情報をネットから仕入れている最も大きな集団らしい。私自身、ネット上に残されている妊婦さんの声を集めて見るチャンスがあったが、ほとんどあらゆることが心配の種になっていることがよくわかった。
   例えば「アルコールフリービールは妊娠中でも飲んで良いでしょうか」という質問を見たとき、私ならどう答えるだろうかと考えてしまった。個人的には、アルコール0なら他の食品や飲料と同じで問題はないと思う。しかし、もしノンアルコールビールとビールとの共通の製造法に何か落とし穴があったとしたらどうしよう、などと考えだすと、結局明確な答えがないことに気づく。即ち、特定の食品の一個一個の安全性が科学的に示されない以上、妊婦さんの心配を科学的に取り除くことはできない。
  同じことがMRI検査にも言える。もちろん放射線を使う検査は、妊婦さんは止む得ないとき以外避けたほうが良い。しかし放射線は使わないとはいえ、強い磁場や電磁波、さらには高い騒音にさらされるMRI検査は大丈夫かどうか、はっきりと妊婦さんに答えることは難しかった。
   今日紹介するカナダトロントにある聖ミカエル病院からの論文は、この問題に答えるために、妊娠初期3ヶ月にMRI検査を受けた妊婦さんから生まれた子供を出産時から4歳児まで追跡して、MRIを受けなかった妊婦さんから生まれた子供と比較した研究で、9月6日号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Association between MRI exposure during pregnancy and fetal and childhood outcomes (妊娠中のMRI検査の胎児期及び幼年期への影響)」だ。
   結論は極めて明快で、妊娠3ヶ月までの胎児が、様々な外界からの刺激に対して最も過敏性の高い時期にMRIを受けた場合でも、胎児の成長、発生異常、成長異常、ガンの発生率などで、MRIを受けなかった妊婦さんの子供と特に大きな差異はないという結果だ。これで「MRIは妊婦さんにも安全ですよ」と言うことができる。
   この調査で追跡したMRIを受けた妊婦さんは約1700人で、さらに大きな規模での研究が行われると、確実に妊婦さんをさらに安心させられるだろう。また、この研究では小さな変化を詳しく調べるということは行っていないので、影響が0であるとまでは言えないのが難点だ。
   ただ研究対象が500人程度しかいなくとも、統計学的に優位な異常を発見することは可能だ。この研究では、単純なMRI検査だけでなく、ガドリニウムによる造営MRI検査を行った妊婦さんについても同じ調査を行っており、胎児の発生異常では受けなかった妊婦さんと変わりはないが、4歳までにリューマチや炎症性の疾患の頻度が高まることを報告している。このことから、妊婦さんはどの時期でもできるだけガドリニウム造影検査は避けたほうが良いことわかる。
      妊娠すると、これまで当たり前に行ってきた様々な生活習慣に対して急に疑問が生まれてくる。こんな妊婦さんの不安を取り除くために、これからも科学的なコホート研究が行われることを期待したい。
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9月7日:デコード社の最新論文(7月25日号Nature Communications掲載論文)

2016年9月7日
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   せっかくアイスランドに行くのだから、滞在中に是非DeCode Genetics社からの論文を紹介しようと決めていた。というのも、アイスランド・レイキャビックに本社を置くDeCode社は、アイスランド議会を通してアイスランド国民全体と契約してゲノム解読を始めるという画期的なアイデアを実現させた、ゲノム研究の申し子とも言える会社だからだ。
  この契約により、アイスランド国民から医学レコードや家族歴の提供を受け、その代わりにDeCode社が全ての国民のGWASを中心としたゲノムを解読し、その結果を国民にも提供するという画期的なビジネスモデルを作り上げ、ゲノム解読の個人サービスの先駆けとなった会社だ。高々30万人強の小さな国だから、このような取引が成立できたと思うが、個人ゲノム研究の伝説を作ったと言って良い。
   実際、創立後現在まで、トップジャーナルに多くのゲノム解析の論文を発表しており、研究を最も重視するゲノム企業として高く評価されてきた。デコード社の論文を読むと、システムができると、病気の遺伝子リスクを叩き出すのがいかに簡単になるかがよくわかる。この点を、デコード社から発表された最新の論文を例に見てみよう。
   残念ながら8月、9月にはdeCode社からの論文がなかったので、7月25日にNature CommunicationsにdeCode社から発表された論文を見ながら、deCode社のビジネスモデルについて説明してみよう。このために選んだ論文のタイトルは、「Common variants upstream of KDR encoding VEGR2 and TTC39B associated with endometriosis(VEGFR2をコードするKDR遺伝子とTTC39B 遺伝子の上流のコモンバリアントは子宮内膜症と相関している)」で、7月25日号のNature Communications に掲載された。
   この研究では子宮内膜症に注目しているが、deCode社にとって患者さんのデータを集めるのは簡単だ。アイスランドの医療機関で子宮内膜症として組織学的に診断がついた1800症例の様々な検査結果を即座に集めることができる。これができると、あとはすでに解読が終わったゲノム全体にわたる多型データから子宮内膜症との相関を示すSNPを探せば良いだけだ。実際国民と契約を交わしているdeCode社にとって、組織学的に診断が確定した1840名の子宮内膜症患者さんの情報を集めることは簡単だ。おそらくサンプルを集めるという手間を全て省いて、血管内皮細胞増殖因子受容体の遺伝子上流と、TTC39B遺伝子上流に存在する種類のSNPが、比較的高いオッズ比で子宮内膜症と相関することができるのだろう。
   結果はこれだけで、deCodeのことを何も知らないで読んでしまうと、なるほど血管新生に関係ある遺伝子の上流が内膜症に関わるのかと納得するだけで終わるのだが、この会社の歴史を知っていると、最初からやり直さなくても、多くの病気についてリスクの高い多型を特定するのはdeCodeにとっては朝飯前として提供ができるようになっているのがわかる。恐るべしdeCodeモデルと感嘆する。
   しかし、このdeCodeは最近アメリカの製薬会社アムジェン社に4億ドルで買収され、現在はdeCode/Amgenがこの論文の著者の帰属になっている。これは、アムジェンがdeCode社のゲノムテクノロジーとデータに強い興味を示していたからだが、皮肉な見方をすると、ゲノム解析だけでは21世紀を生き残れないことをdeCodeが悟ったからではないかと思う。実際、SNPの特定ならdeCodeに取っては朝飯前でも、このSNPでとKDRの発現は相関するのか、疾患の成立メカニズムはどう考えるかなど、deCodeの論文にはバイオロジーが欠損していることがよくわかる。
   今後アムジェンの血が入って、ゲノムとバイオロジーが融合した新しいdeCodeが生まれるのか、今後も楽しみに論文を読んでいきたい。
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9月6日:ガンの化学療法開始後30日以内に死亡した症例分析(The Lancetオンライン版掲載論文)

2016年9月6日
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    通常ガンに対する化学療法などの治療効果は。長期的な追跡調査をもとに算定され、五年生存率という言葉は一般の人にも広く知られている。しかし、例えば化学療法を勧められた知人と話すと、5年生存率として示される効果はよく理解していても、薬の副作用により命が縮まるのではないだろうかという不安を持っている。これは、治療の性質を考えると当然のことで、この不安に対する答えを医学は示す必要がある。
   今日紹介するイングランド公衆衛生局からの論文は、治療開始後30日以内に亡くなるケースを分析することで、副作用の面から調べるだけではわからない化学療法の課題を明らかにしようとした研究でThe Lancetオンライン版に掲載された。タイトルは「30-day mortality after systemic anticancer treatment for breast and lung cancer in England: a population-based observation study (乳がんと肺がんに対するシステミックな抗がん治療による30日以内の死亡:集団ベースの観察研究)」だ。
   この研究の基盤は2012年から始まり、2014年には英国のすべての医療システムに課せられたガンに対する化学療法や抗体治療の概要や経過についての報告義務により集まったデータベースだ。このデータベースの本来の目的は、治療の長期予後の判定だが、もちろんこの研究のように短期の様々なデータを分析することも可能だ。乳がんで約23000人、非小細胞性肺がんでほぼ1万人のデータがすでに利用できるというのは羨ましい。
   結果だが、化学療法を受けた乳がん患者さんの2%、肺がん患者さんの7%が治療開始後30日以内で亡くなっており、化学療法が命を縮めるのではという患者さんの不安をある程度裏付けている。
   特に根治が難しく、病状を緩和する目的で治療を受けた場合、乳がんで7%、肺がんで10%が30日以内に亡くなるという結果は、根治が難しくとも、がんを少しでも小さくしようと化学療法を使って見ることが普通に行われている現状を考えると看過できない数字だ。
   研究では30日以内に死亡するリスクについて様々な分析を行っているが、主だった点だけ紹介すると、
1) 根治療法として化学療法が行われる場合年齢が高いほど30日死亡率が高いが、症状改善のために行うケースでは若年者の方が30日死亡率が高い。
2) 以前に化学療法を経験した患者さんは30日死亡率が低い。
3) 一般状態が悪いと当然ながら30日死亡率は上がる
4) 根治療法として化学療法を行う肺がん患者さんの場合、肥満気味の方が30日死亡率が低い
などだ。
   それぞれの現象について説明はしているが、結果を解釈するためにはまだまだデータが少ない。今の所は現象として受け止めれば良いだろう。
   もう一つ重要な発見は、30日死亡率が高い施設や団体が発見されたことで、がん登録の義務化とデータ開示の重要性を示している。
   この論文を読んで、化学療法の安全性をさらに高める努力が医療に課せられた課題であることがよくわかった。我が国のがん登録データについても大至急このような調査が行われることを願っている。
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