8月26日:Nudeマウス原因遺伝子Foxn1の機能(8月22日Nature Immunology 掲載論文)
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8月26日:Nudeマウス原因遺伝子Foxn1の機能(8月22日Nature Immunology 掲載論文)

2016年8月26日
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    一般の人でも、ほとんどの人がヌードマウスの写真をどこかで見ているはずだ。なぜなら、iPSが様々な細胞に分化できることを示すため、細胞をこのヌードマウスに注射して、テラトーマを作らせる。一時はテレビでiPS研究の成果が報告されるといつもこのヌードマウスの写真が登場していた。なぜiPSを注射するホストに選ばれるかというと、このマウスは胸腺が欠損しているため機能的T細胞が欠損し、拒絶反応が低いからだ。
   ヌードマウスで胸腺が欠損し、毛根の異常で毛が早く抜ける原因遺伝子Foxn1が特定されたのは二十年以上前の1994年だった。胸腺でT細胞の増殖と選択に関わる胸腺上皮細胞の増殖分化にFoxn1が関わることが示されると、なるほどと私も納得していた。
   今日紹介するバーゼル大学からの論文はFoxn1の転写因子としての機能をさらに詳細にわたって追求した研究でNature Immunologyオンライン版に8月22日掲載された。タイトルは「Foxn1 regulates key target genes essential for T cell development in postnatal thymic epithelial cells(Foxn1は生後の胸腺上皮細胞でT細胞分化支持の鍵となる分子を調節している)」だ。
   この研究は発生過程ではなく、成熟マウス胸腺上皮でのFoxn1分子の機能に焦点を当てている。これはFoxn1の発現が大人になっても続き、当然T細胞の教育に重要な機能を持っているからだ。この目的のためにFoxn1に標識をつけて免疫沈降できるようにしたマウスを作成し、交配によりヌードマウスに標識Foxn1を導入している。そして、この分子が欠損した時、片方の染色体で発現した時、両方の染色体で発現した時、それぞれの胸腺を調べ、Foxn1の転写因子としての機能と、標的遺伝子を関連づけようと試みている。
   まず胸腺細胞の解析から、Foxn1が濃度依存的に胸腺内でのT前駆細胞の維持、T細胞のポジティブ、ネガティブセレクションに関わっていることを明らかにした。すなわち、胸腺上皮がT細胞分化のほとんどすべての段階に関与し、その際Foxn1が上皮の支持機能全体を調整していることを明らかにした。
   後は予め導入した標識分子を使ってFoxn1と結合している断片をゲノム全体について調べ、
1) Foxn1がGACGCというモチーフに結合している。
2) ほとんどプロモーターの転写開始点近くに結合している。
3) Foxn1の機能が低下するマウスと、正常マウスを比較して発現に変化がある遺伝子と、Foxn1の免疫沈降からわかる標的遺伝子を比較すると、最終的にFoxn1が結合し、転写されたmRNAと相関する遺伝子が450程度見つかる。
4) さらにAtack-seqと呼ばれる開いた染色体を特定する方法と組み合わせて調べると、特定したほとんどの遺伝子が染色体の開いた場所に存在する。
5) 標的遺伝子リストができたが、この中にはポジティブ、ネガティブセレクションに必須のMHC分子の発現に関わる遺伝子や膜タンパクが含まれており、重要な例としてPsmb11, Cd83がFoxn1の直接の標的であることを示している。
今後、今回リストされた遺伝子を基盤として、胸腺でのT細胞の増殖と選択に必要な条件がより深く理解できるだろう。胸腺上皮に代わって、試験管内で狙った方向へT細胞を教育するヒトの細胞が作られる日もそう遠くないと思う。免疫学は今、30年の成果を刈り取り時期にあることが実感される。
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8月25日:鰭条から指へ(8月17日号Nature掲載論文)

2016年8月25日
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    胸ビレから四肢の進化は、脊椎動物の進化研究の中でも最も進んだ分野と言える。魚類の進化の過程で骨格が大きく変化することを化石や現存の魚で見ることができるし、何よりも使われている分子の共通性が高く、実験的に進化を研究できるという面白さがある。
   今日紹介するシカゴ大学からの論文は四肢の指の進化に注目した実験進化の研究で8月17日号のNatureに掲載された。タイトルは「Digits and fin rays share comm.on developmental stories (指と鰭条は共通の発生の物語を持っている)」だ。
   この研究は、四肢の指の形成と鰭条形成の共通性についてゼブラフィッシュを用いて調べている。マウスを用いた研究で、指の発生にはHox遺伝子群の後ろの方の遺伝子Hox13が鍵を握っていることがわかっているが、鰭条の発生にHox13が関わるのかは明らかでなかった。
   まずHoxa13の発現が鰭条発生の場所に一致して発現することを示した後、実際にHox13を発現した細胞が鰭条細胞になるのか、遺伝的な細胞系譜研究手法を用いて検討し、哺乳動物と同じようにHoxa13細胞が前腕骨と共に、ヒレの末梢へと移動して鰭条を形成する骨芽細胞へと分化することを証明している。
   ゼブラフィッシュというと、突然変異を誘発して変異を選び、その変異の原因になる遺伝子を特定する前向きの遺伝学に適していることで選ばれてきたが、この研究で行われた細胞系譜実験を見ると、これまでの遺伝学的蓄積の上にあらゆる遺伝子操作技術を使えるモデル動物に発展しているのがよくわかる。    この実験ではさらに進んで、Hoxa13をノックアウトする実験をCRISPR/CASシステムを用いて行っている。一般にはCRISPRを用いれば何でも簡単と思われているが、実際に実験に用いるとなると大変な努力がいったと思う。いずれにせよ、Hoxa13aとHoxa13b、及びHoxd13ノックアウトフィッシュを作成して、これらの分子が鰭条形成に関わっているかどうか調べている。
結果はHoxa13a+Hoxa13b両方の遺伝子をノックアウトした魚を作ると見事に鰭条が欠損し、その代わりに鰭条の発生する根元の細胞が増加することがわかった。
   以上の結果から、ヒレ形成後期で発現するHoxは間質細胞が移動し鰭条へとまとまっていく過程を指令する分子だと結論している。このHox遺伝子発現と機能の共通性をとっかかりに、指の骨と鰭条形成を比べることで、指の進化のシナリオも明らかになるだろう。もちろんマウスの指の発生はさらに詳しく調べられており、Hoxd10の役割と染色体の高次構造についての素晴らしい研究がある(http://aasj.jp/news/watch/3533及びhttp://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000013.html)。このような多くの結果を総合することで、なぜ私たちは別々の形をした5本の指を持つのか子供達にわかりやすく語れる日が来るだろう。期待しよう。
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8月24日:近代的化学発ガン実験(Nature Cell biologyオンライン版掲載論文)

2016年8月24日
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    分子生物学が発展する前の発ガン実験というと、山極勝三郎から始まる化学発ガン実験か、ラウスから始まるウイルス発ガン実験だった。しかし、遺伝子操作技術の開発は状況を一変させ、細胞や個体に発がん性を調べたい遺伝子を順番に導入して自由にガンを発生させることができるようになった。その結果、トップジャーナルに化学発ガン実験が登場することはほとんどなくなった。
   その意味で今日紹介するサンガー研究所からの論文は久しぶりに化学発ガン物質による食道ガン誘導を行った研究で懐かしい気がした。著者を見るとPhil Jonesだ。彼は医学部卒の皮膚ケラチノサイトの研究者で、流行からは一線を置いた研究を続けており、化学発ガンを使うとは彼の仕事らしいと納得した。
   タイトルは「A single dividing cell population with imbalanced fate drives oesophageal tumor growth (運命決定のバランスが狂った増殖細胞によって食道癌が増殖する)」で、Nature Cell Biologyオンライン版に掲載された。
   化学発ガンと言っても、山極・市川のようにコールタールを塗り続けて3年というわけにはいかない。この研究はガンの治療に使われる特異性の低いキナーゼ阻害剤ソラフェニブの副作用が皮膚や食道のガンを誘発するという臨床的事実からスタートしている。おそらく医師であるJonesの一つの興味はこの機構の解明ではないかと推察する。従って、この研究もこの興味から派生したような気がする。
   実験ではまず、ソラフェニブを全身投与したマウスの食道を調べ、細胞が多いスポットができることを確認、増殖能力を持つ子孫細胞が少しだけ増えることがこのスポットの原因であることを確認している。
   次に定番の化学発ガン剤ジエチルニトロサミン(DEN)を飲み水とともに与えると、今度は細胞の異形成を伴う前癌状態が起こる。しかし、結局3ヶ月ぐらいの実験ではガンにならない。そこで、発ガン遺伝子KRASを遺伝子操作で発現させ、ようやく致死的なガンを発生させている。
   いずれにせよ、増殖上昇、前癌状態、ガンと3段階の異なるステージを作ることに成功した。あとは、このグループの得意中の得意の、細胞動態解析を様々な遺伝的テクノロジーを使って行っている。
  例えば、4色に染め分けられる遺伝子を別々の細胞に発現させ、増殖異常を誘導する方法で、前癌状態が複数のクローンからできていることを示している。
  ただ、重要なのは細胞分裂についての動態解析で、発現させた蛍光物質が細胞分裂で薄まる方法を利用して、各段階を通して起こっているのは分裂能を持った細胞がほんの少し多めに作られ、分化が少し減ることが前癌状態からガンを通して見られる動態異常であることを示している。
   これが実際の食道癌にも当てはまるかは今後の問題だろう。しかし、細胞死が抑えられるわけでもなく、ガンの幹細胞を中心とした階層があるわけでもないというこの系の特徴を知った上で、食道癌を見直してみることは、何でもかんでもガンの幹細胞を引っ張り出す現状を考えると重要だ。
    また、食道癌の前癌状態とも言えるバレット症候群でKRAS遺伝子の変異が報告されているが、この研究から、3ヶ月ぐらい発ガン剤を投与しても、そう簡単にRAS変異が入らないこともよく理解できた。
   それなりに面白いのだが、読んでみて、ソラフェニブの恐ろしい副作用のメカニズム解明の過程で、わかっているところでまとめておこうという印象を与える論文だった。この目的を達成した論文が出るのを待とう。
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8月23日:脱ユビキチン化酵素OTULIN機能不全による自己炎症性疾患(8月25日Cellオンライン版掲載論文)

2016年8月23日
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   今日も一般向けの話題ではない。
   タンパク質にユビキチンを添加して印をつけ、印を指標識としてタンパク質を分解する過程は、細胞の活動の様々な場面で登場し、生きるために欠くことができない。この過程は、ユビキチンをポリユビキチン化して標的タンパクに結合させる過程から始まるが、炎症や免疫シグナルの中核分子NFkB活性化経路ではメチオニン1番目のメチオニン(M1)を介したポリユビキチンが特異的に関わっており、このM1ポリユビキチン合成酵素、及びこれを特異的に分解する脱ユビキチン化酵素OTULINによりM1ポリユビキチン量のバランスが取られている。
   今日紹介するイギリスバーミンガム大学からの論文はこのOTULIN遺伝子変異により発生する悪性の自己炎症性疾患の発症メカニズムを解析した論文で8月25日号のCellにオンライン掲載された。タイトルは「The deubiquitinase OTULIN is an essential negative regulator of inflammation and autoimmuneity (脱ユビキチン化酵素OTULINは欠かすことのできない炎症と自己免疫抑制因子)。」
   この研究は同じ家系に発生した3人の自己炎症性疾患の患者の遺伝子解析から始まっている。このうち2人はステロイドを始め様々な抗炎症剤治療に反応せず、16ヶ月、5歳で亡くなるが、抗TNF抗体治療を始めた一人は症状が改善し10歳になる現在も生存している。
   遺伝子解析の結果OTULIN分子の272番目のロイシンがプロリンに変異した遺伝子が原因の劣性遺伝病であることを突き止めた。この変異の結果OTULIN遺伝子活性は1000−10000倍低下する。    遺伝子がわかったので、次にこの患者の病態を理解する目的で、様々な細胞でOTULIN遺伝子を欠損させることができるモデルマウスを用いて、この変異による自己炎症性疾患メカニズムについて解析している。
この実験から、
1) 成長してからでもこの遺伝子が全ての細胞で欠損すると、ほとんどその日のうちにマウスは死亡する。
2) 変異マウス骨髄を正常マウスに移植し、血液だけで遺伝子欠損が起こるマウスを作成すると、病気を再現できる。
3) この欠損により血液細胞が様々なサイトカインを多量に産生し、サイトカインストームの状態になる。
4) 抑制のないサイトカイン産生は顆粒球やマクロファージのみでおこり、リンパ球は比較的正常。
5) リンパ球で持続炎症が起こらないのは、OTULIN欠損によりM1ユビキチン合成に関わる分子が低下してM1ユビキチンの量が上昇しないため。
6) OTULIN欠損は予想通りNFkBの持続的活性化を誘導するが、この結果誘導されたTNFが同じ細胞のNFkB経路を活性化するサイクルが回ってしまう。
7) 抗TNFによりこのサイクルを切ると、炎症を治療できる。
が明らかになり、病気発症のメカニズムをほぼ解明するのに成功している。
   ユビキチン化過程の重要性を再認識するとともに、小児の病気の原因がわからないときは、国費でエクソーム検査ができるようにすることの重要性がよくわかる論文だった。
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8月22日:多くのガンでメチル化DNAが上昇する一つの理由(8月17日号Nature掲載論文)

2016年8月22日
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   染色体の構造の変化を媒体として遺伝子発現を調節するエピジェネティック機構の研究は21世紀に入って急速に進展した。その中の一つが、メチル化DNAのメチル基をハイドロオキシメチル基に変え、最終的にメチル基を外してしまう酵素TETの発見だろう。私が特に興味を持っていた血液の腫瘍でこの分子が欠損しているという発見は、DNAメチル化の調節が発ガンを抑えるのにいかに重要かを示してくれた。特に、TETは転写と連動して特定のメチル基を変化させると考えられ、この発見はガンのエピジェネティックス解明に大きく貢献したと思う。
   今日紹介するベルギー・ルーベンカトリック大学からの論文は、これまで原因のはっきりしなかったガンでメチル化DNAが上昇する現象の一部が低酸素によるTET分子の機能不全によることを示した研究で8月17日号のNatureに掲載された。タイトルは「Tumor hypoxia causes DNA hyper-methylation by reducing TET activity(腫瘍の低酸素はTETの活性を低下させメチル化DNAを上昇させる)」だ。
   白血病のようにTETが欠損するケースは、メチル化DNAの上昇を説明することは容易だが、ほとんどのガンでTET遺伝子は正常なことが多い。従って、メチル化DNA上昇をTETで説明するのは困難だった。この研究では、多くのガンが置かれている状況、すなわち低酸素状態がTETの機能を阻害して、その結果ガンでDNAメチル化が上昇するのではと着想した。
   多くのガン細胞株を低酸素状態で培養し、TET活性の指標となるハイドロオキシメチルDNA(hmDNA)の量を調べたところ、期待どおり著明に低下していることが明らかになった。次にこの原因が、低酸素によりTET分子の発現が低下しているからではなく、TET自体の活性が低酸素により変化するためであることを示している。TETがPHDドメインを持っており低酸素で直接活性が変化することは私にとっても初耳だった。この結果から、TETの変異や発現異常がなくとも、低酸素でTETの機能が低下し、hmDNAが低下し、結果としてメチル化DNAが上昇することが明らかになった。
   次に、TETの作用に特異性があるかどうか、ガン細胞が低酸素にさらされることでhmDNAが低下し、メチル基が外れないゲノム部位を調べると、決してランダムではなく、少なくとも半数の部位は、低酸素で特異的に影響されることが明らかになった。
   以上の結果から、
1) TET活性が低酸素により阻害されることが、ガンでメチル化DNAが上昇する重要な原因であること、
2) メチル基が残る部位は決してランダムではなく、特異性があり、これが発ガン促進に関わること、
3) 従って、ガンを低酸素状態にさらさないことが重要で、ガンの血管新生を抑制する治療は注意が必要であること
が結論として導き出される。
   個人的には、なぜ白血病だけがTET変異が起こるのかわかった気になった。固形ガンではわざわざ変異がなくとも低酸素でその活性を抑えられるが、多くの血液細胞は正常酸素分圧で生きているため、TETを欠損させるしか活性を抑える方法がない。ガンのDNAメチル化調節機構の重要性を再認識した。
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8月21日:風邪ウイルスはラクダ起源?(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2016年8月21日
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    「ちょっと鼻風邪をひいた」などといつも話にのぼる風邪は、様々なウイルスによる複数の病気の集まりで、症状は似ていても一つの病気ではない。ただ一年を通してかかる心配のある風邪は、ライノウイルスかコロナウイルスが原因であることが多い。
   一般的にコロナウイルスによる風邪にかかっても寝ておれば治るが、最近SARSとMERSと呼ばれたタチの悪いコロナウイルス感染症が発症して、一躍このウイルスの監視体制の必要性が問題になってきた。このうちSARSは吸血コウモリの中で病原性を高めたという説が広く受け入れられている。
   一方昨年韓国で流行して大きな騒ぎになったMERSは中東が起源であることから、ラクダの中で強い病原性が獲得されたと考えられている。
   今日紹介するドイツボン大学を中心とした国際チームからの論文は、ラクダがMERSだけでなく一般の風邪の原因となるコロナウイルスのキャリアーになっている可能性を調べた論文で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。
   まず研究ではサウジアラビアとケニアで飼われているラクダが、風邪コロナウイルスの代表として選んだHCoV-229Eに近いウイルスに感染しているかどうかをPCRを用いた遺伝子解析を用いて調べ、ほとんどのラクダがウイルスに感染しており、また感染しても何の症状もないことを確認している。
   次にこれらのウイルスを、ヒトのコロナウイルスの分離に使う細胞株に感染させてウイルス株を分離、その後の研究に使っている。
   遺伝子の比較から、ヒトの風邪の原因となるコロナウイルスはラクダから分離されるコロナウイルスと近縁であることが明らかになった。実際、感染に使う受容体や、インターフェロン感受性など、ラクダ由来コロナウイルスは風邪の原因になるコロナウイルスと多くの性質を共有している。しかし、気管や腸管の上皮に感染させる実験で、ほとんど感染できないことから、これがラクダでウイルスが病気を起こさない原因ではないかと推察している。
  この結果が示す一番重要な点は、ラクダの体内でウイルスは病原性もない代わりに免疫から逃れ、遺伝子変異を蓄積するポテンシャルがあることだ。この結果、急に上皮感染可能な株が現れ、MERS騒ぎにつながる可能性が大いにある。
   現在鳥インフルエンザについては、鳥が感染しているウイルスを定期的に追跡して、大流行の発生を未然に食い止めようとする国際的監視体制が整備されている。おそらくラクダとコロナウイルスについても、同じような監視体制が必要だろうと思う。
   ラクダが砂漠のロマンを表現する時代は終わっている。
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8月20日:shhによる刺激分子メカニズムの解明(8月25日Cellオンライン版掲載論文)

2016年8月20日
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発生や癌に興味のある研究者なら、sonic hedge hog(Shh)を知らないものはいないだろう。最初ショウジョウバエの一つの突然変異として分離され、その後ほとんどの動物発生に必須の分子として研究されてきた。シグナルとしては古参中の古参と言えるだろう。
   ただ、同じように古参シグナル分子Wnt,TKRやBMPと比べた時、そのシグナル伝達の仕組みの複雑さにいつも驚かされてきた。まず最終的にシグナルを伝える分子はSmoothened(Smo)だが、これにShhが結合するわけではない。SmoはPatched (Pth)と呼ばれる分子と膜上で結合しており、これによりSmoの活性が抑えられている。ShhはこのPtchと結合するが、この結合によりPtchがSmoから離れて、Smoに対する抑制が外れシグナルが入る。
   教科書としてはこれで一件落着だが、本当はSmoを活性化しているリガンドが何かという問題が残っていた。コレステロール合成系の異常でShhシグナルが入らないという研究結果からステロールがリガンドとして働いていると考えられているが、それが何かを実際に特定するには至っていなかった。
   今日紹介するハーバード大学からの論文はこのリガンドがコレステロールであることを特定した研究で8月25日号Cellオンライン版に掲載された。タイトルは「Cellular cholesterol directly activate smoothened in hedgehog signaling(細胞内のコレステロールはヘッジホッグシグナル伝達系のsmoothenedを直接活性化する)」だ。
   おそらくこのグループは構造生化学のプロだろう。これまでSmoに結合して活性化することが知られているオキシコレステロール、及び合成リガンドシクロパミンを結合させたSmoとリガンドが結合していないSmoの分子構造をX線回折を用いて行い、またこの結果をもとに、Smoのリガンド結合ブイの変異を誘導して同じように構造解析を行い、Smoが活性化されるための構造基盤を明らかにしている。
   このステロール結合部位の解析から、最も豊富に存在するコレステロールが構造的にSmoリガンドになりうることを着想、最後に構造や分子刺激実験からこれを確認し、Smoはコレステロールにより活性化される分子であることを証明している。    以上の結果から、PtchはSmoと結合することで、Smoとコレステロールの結合を阻害しているが、Shhと結合するとSmoから離れ、すぐにコレステロールがSmoに結合してシグナルが入るというシナリオを提出している。
   豊富に、当たり前に存在するコレステロールがリガンドとして働くというこの発見は、どうしてコレステロールの結合が阻害されるのかなど、多くの問題を残した。これを解いていく中で、Shhシグナルの進化や、あるいは発がんとPtchの関係がより深く理解できるだろう。私にとっては、分子進化のいろんなイメージが湧いてきて、示唆に富む論文だった。
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8月19日:刺激による脳皮質神経のグループ化(8月12日号サイエンス掲載論文)

2016年8月19日
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   脳回路の面白いのは、ただ電線が張り巡らされるのではなく、刺激に応じてそれが再構成される点で、AIの研究にとってもこれをコンピュータ上で再現することは重要な課題だ。この再構成はシナプス結合の強さの調節で行われるようだが、感覚から反応まで外部刺激により階層化された機能的ネットワークだけでなく、同じ階層に属する神経細胞同士も刺激によってグループ化されると考えられている。
   今日紹介するコロンビア大学からの論文は、同じ階層にある皮質ニューロンを刺激によってグループ化できるか確かめた論文で8月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Imprinting and recalling cortical ensembles (皮質神経グループの刷り込みと再呼び出し)」だ。
   この研究で問われたのは、他の階層の神経刺激により組織化するのではなく、同じ階層の神経を刺激して、強いシナプス結合で結ばれた神経細胞グループを形成させられるかという問題だ。一見やさしそうな課題に思えるが、神経が階層的に組織化されているため、これと無関係にグループ化するのはそう簡単ではない。わかりやすく言えば、ある地域にたまたま住んでいるだけという近所同士が固いつながりを持てるかと同じようなものだ。
   この課題を達成するため、この研究では光遺伝学を駆使し、神経の刺激と、神経の興奮の記録全てを光で行う系を用いている。実験ではマウスの頭を固定しながらトレッドミルで歩かせて刺激を与え続ける。これ自体が皮質神経をグループ化する刺激になるが、これに加えて特定の領域の皮質神経を光刺激で興奮させる。
   もし刺激により神経細胞のグループ化が起こるなら、階層とは無関係に光刺激を繰り返すと、他の階層により制限されていない神経同士のシナプス結合が高まり、グループ化できると期待できる。結果は期待通りで、だいたいその領域の20%程度の神経細胞が同じ光刺激で同調して興奮するようになる。この時の神経細胞はその領域全体に散らばっており、光刺激で興奮した細胞がランダムにグループ化されたことを示している。
   次に、このグループの一つの細胞だけを刺激してこのグループ全体が反応するかどうか調べると、予想通りで、グループ全体に反応が及ぶ。また、このグループは次の日も安定に維持される。
   結果は以上で、一見当たり前のことが確認されただけのように思えるが、今後階層とは無関係にグループ化したこと自体の影響を調べたりできるようになると、結構面白い実験系に発展するように思う。
   「脳の自由意志の形成」といったタイトルの論文が出てくるのも時間の問題だ。
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8月18日:RNAワールド完成へもう一息(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2016年8月18日
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    個人的な話になるが、今17世紀から21世紀の近未来に続く有機体研究についてまとめようとずっと材料を集め、考えを書きとめ続けている。この1年ほどはずっと地球上での生命誕生のシナリオを自分なりに理解できるかについて集中してきた。このときの資料や、考えたことについては現在顧問をしているJT生命誌研究官のホームページに掲載し、ようやく終わったところだ。すなわち、生命誕生が自分の頭の中でシナリオとして描けるようになった。とはいえ、シナリオで考えた一つ一つのステップの実現可能性については検証が必要だ。ただ、嬉しいことに21世紀に入ってこの検証が急速に進んでいると実感を得ている。
   今日紹介するスクリップス研究所からの論文は、生命が複製という能力を獲得する過程の実現性について大きな一歩を記した研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Amplification of RNA by an RNA polymerase ribozyme (RNAポリメラーゼ活性を持つリボザイムによるRNAの増幅)」だ。
   生命の誕生を考えるとき、有機物の持続的生産、閉じた型でのエネルギーの持続的供給、複製、自己性の獲得、シンボル記号性を持つ情報の誕生などが条件として考えられる。このうち複製については、情報と機能が共存できるRNAワールドでまず完成した後、現在の形に変化したと考える人が多い。そしてこのRNAワールドを支える鍵になるのが、RNAポリメラーゼ活性を持ったリボザイムだ。これが完成すると、全てのRNAは複製されるようになる。
   リボザイムがRNAポリメラーゼ活性を持ち得ることは20年も前に報告されている。私もこの論文をもとに、RNAワールドの複製は可能だとしてきた。しかし、RNAワールドのもう一つの条件は、RNAの複雑な3次構造による酵素活性の発現だ。残念ながら、これまで合成されたポリメラーゼはほとんど伸びきったモデルRNAは複製できても、3次構造を持ったRNAを一本鎖へとほどきながら複製するところまではまだまだ至っていなかった。
   この研究では、これまでの研究で到達したRNAポリメラーゼ活性を持つリボザイムの5’端に、合成させたい鋳型RNAとペアリングできるプライマーを結合させる。次にリボザイムのRNAポリメラーゼ活性を使って、鋳型に従って5’端を伸長させ、こうした伸びたRNA部分の立体構造をもとに、正確にポリメラーゼ反応を行ったリボザイムを選択するというサイクルを繰り返して、リボザイムを進化させる。このサイクルを24回繰り返して突然変異を蓄積させ完成したリボザイムについてその活性を調べている。
   こうして進化したリボザイムは、進化前のリボザイムと比べてなんと100倍高い効率のポリメラーゼ活性を持ち、複雑な3次構造をとるRNAも複製でき、収率はまだ0.07%と低いものの、最も複雑な3次元構造をとるtRNAの複製が可能になっている。
  さらに、PCRのように熱を加えて3次構造を物理的にほどく方法を用いると、RNAの増幅も可能で、持続的複製に一歩近づいている。
  今後、さらに長いRNAが複製できるようになり、最後に自分自身を全て複製できるように試験管内で進化させることが次のステップだろう。この研究の重要性は、進化を達成するための選択の方法を開発した点だ。時間はかかっても、ゴールは目の前に見えてきた気がする。    RNAワールド完成が近いことを実感する。
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8月17日:腫瘍は血管内皮を殺して組織内に侵入する(8月11日号Nature掲載論文)

2016年8月17日
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   ガンで一番恐ろしいのは転移だ。ガン細胞が血管内皮を突き破って血管内に入ると、転移が始まる。そして、血液を流れるガン細胞が離れた組織で成長するためには、また血管内皮を破って組織へと浸潤する必要がある。それぞれの過程の研究は、癌研究の最も重要な分野だ。
   ガン細胞が遠隔組織で血管内皮のバリアーを越えるとき、白血球などと同じように血管内皮同士の接着部位をすり抜けるとこれまで考えられてきた。今日紹介するドイツ・バードナウハイムにあるマックスプランク心肺研究所からの論文はなんとガン細胞が血管内皮を殺して血管に穴を開ける可能性を示す研究で8月11日号のNatureに掲載された。
   タイトルは「Tumor cell induced endothelial cell necroptosis via death receptor 6 promotes metastasis (腫瘍細胞によりDR6を介して誘導される血管内皮のネクロプトーシスにより転移が促進される)」だ。
   この研究は極めて単純だ。試験管内で、血管内皮とガン細胞を混合して相互作用を調べているとき、血管内皮がネクロプトーシスと呼ばれる特殊な死に方をすることに気づく。
  同じ現象がマウス体内でも起こっていることを確認した後、あとはこの特殊な死に方を誘導するシグナル経路を探索し、DR6と呼ばれる受容体を介して血管内皮のネクロプトーシスが誘導されることを発見する。DR6が体内でも働いていることを調べるため、この分子を欠損させたマウスや、あるいはこの分子に対する抗体を注射して転移を調べると、DR6が機能しないと転移が強く抑えられることを明らかにしている。
   最後にこの受容体に結合するリガンドを探索し、アミロイド前駆体が癌に発現して血管内皮のネクロプトーシスを誘導することを、この分子を欠損させたガン細胞が転移しなくなっているという実験から結論している。
   話はこれだけで、残念ながら、人間の臨床例でも同じような分子の発現やネクロプトーシスが認められるのかデータを知りたいところだ。おそらく研究は進んでいるだろう。とはいえ、癌の転移についてこれまで全くなかった新しい視点を示した意義は大きい。
   最後になるが、この研究が行われたバードナウハイムのマックスプランク研究所は血管研究では長い伝統を持っていた。ただ、Werner Risauが亡くなってから低迷していたが、新しい人材をリクルートして急速に業績を伸ばしている。血管研究では今後も目が離せない。
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