2017年4月23日
病気の原因が体内を循環している体液のバランス異常だとする考えは古くから存在する。最も有名なのは、ヨーロッパやアラビアの医学の基礎となったガレヌスの4体液説で、この考えに基づいて刃物や時にはヒルまで使った瀉血療法が医療として広く行われた。
この考えは医学の近代化が始まる19世紀にも受け継がれる。特に有名なのは、現在幾つかの病気に名前を残しているロキタンスキーで、4体液説の様に少ない成分に単純化するのではなく、「血液や体液には多くの成分が含まれており、その微妙なバランスの狂いが細胞を変化させる」という体液病理学を唱えた。しかし彼の説は、病気は各組織の細胞自体の変化によるとするウィルヒョウの細胞病理学、あるいはコッホの細菌学により衰退への道をたどり、現代の医学教育ではまず顧みられることはない。
とはいえ、体液説系譜は分子生物学の現在も根強く存在しており、特に老化した組織を若返らせるという研究には、2匹の動物の血管をつないで血液交換を行うパラビオーシスを用いた研究が、思い出した様に発表される。
個人的には、老人の組織を若者の血で再活性化するアイデアには抵抗があるが、わかりやすく、受けも狙えるのでこの方向の研究は途絶えることはない様だ。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文も私から見るとこのラインの研究で臍帯血を用いて老化した海馬を再活性化するという研究だ。Natureオンライン版に発表されたが、最初に投稿したのが2015年の11月になっているので、レフリーも抵抗する人が多かった様に思える。タイトルはズバリで、「Human umbilical cord plasma proteins revitalize hippocampal function in aged mice(人間の臍帯血血清タンパク質は老化マウスの海馬機能を再活性化する)」だ。
私がこのグループが体液説の系譜につながると強く感じたのは、この研究を始める動機として、著者らが最初から「若い血液に記憶に関わる海馬の機能を高める」という信念を持っている点だった。
しかしこの信念に基づいて臍帯血、青年、そして61歳以上の高齢者の血液から血清を分離、これを拒絶反応のないNOD/SCID(NG)マウスの静脈に投与すると、なんと期待通り神経刺激に伴い初期に発現する遺伝子の海馬での発現が、臍帯血投与群で上昇していることを発見する。
この現象がNGマウスだけでなく、普通のマウスでも見られることを確認した後、臍帯血を投与された老化マウスの脳海馬切片を用いた試験管内実験で、LTPと呼ばれる長期記憶に対応する神経反応が高まっていること、そして最後にさまざまな脳機能テストを用いて、臍帯血血清を投与された老化マウスの記憶力が回復することを突き止めている。
最後に臍帯血に存在して、青年や老人の血液に存在しない分子を探索し、最終的にメタロプロテアーゼの阻害タンパクの一つTIMP2とGM-CSFが海馬の機能を回復させている主役であることを示している。全く知らなかったが、GM-CSFは海馬の記憶機能を回復させるという報告があるらしく、この研究ではTIMP2に焦点を当てて調べている。
結果、1)老化とともにTIMP2の量が減ること、2)TIMP2タンパクは老化マウスへの静脈内投与で脳内に入り、初期活性化遺伝子の上昇を促進し、学習や記憶機能を高めること、3)TIMP2 ノックアウトマウスの脳スライスではLTPが低下すること、4)TIMP2に対する抗体を若いマウスに投与すると場所記憶が低下することを示している。
実際に記憶の形成が重要なのは生後なのに、なぜ臍帯血だけに効果があるのかなど、疑問も多い研究だが、現在もなおロキタンスキーの子孫が生きていることはよくわかった。
2017年4月22日
論文のタイトルは一目で人を引き付けることが重要だ。トップジャーナルですら毎日毎日数多くの論文が掲載される。しかし、科学雑誌を端から端まで読む研究者はまずいないだろう。ざっと目次を見て、自分に関わる分野や、面白そうなタイトルを見つけて初めて、サマリーに目を通す。上手に目を惹きつけるタイトルの中には、しかし直感的に「受け狙いの論文か?」と疑ってしまう場合もよくある。特に、起こっても不思議はないが、起こるかどうか気にしたこともなかったような現象、すなわち「どうしてこんなことに気づかなかったのか?」と思える現象についての論文にはしばしばそんな気持ちを抱く。
今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文もタイトル(「Macrophage facilitate electrical conductance in the heart(マクロファージは心臓での電気刺激伝達性を高める)」)を見たとき「どうしてこんなことがわからなかったのか?」と思ってしまった。しかし本当なら臨床的にも重要な発見で、当然4月20日号のCellに掲載された。
イントロダクションを見る限り、何か強い動機でこの研究を始めたわけではなさそうだ。マクロファージの中には、組織に居着いて機能する集団がある。典型的なのが肝臓のクッパー細胞で、古い赤血球を取り込んでヘモグロビンの分解に関わっている。当然心筋の中にマクロファージが多く存在すると言われても誰も不思議に思わない。ただ、このグループは心臓でのマクロファージの分布を房室結節(AVN)と心室に分けて詳しく見たところ、AVNに密集していることに気づき、何か機能があるのではと疑ってかかった。
あとは蛍光抗体法や遺伝子発現、あるいは血管を融合させるパラビオーシスを用いて、AVNのマクロファージ様細胞が循環によってリクルートされるマクロファージであること、そして心筋と同じ様にコネキシンを発現してギャップジャンクションをAVN細胞と確立していることを明らかにしている。
次に、遺伝子発現からマクロファージ自体もチャンネルを発現しており、生理的にも興奮性の膜を有しており、心筋の興奮に応じて同じ様に興奮していることを確かめる。
ここまでくると、なるほどと読む方も真剣になる。これに続いて、様々な生理学的実験が行われ、マクロファージがあると心筋の膜電位がプラス側に偏り、より興奮しやすくしていることを明らかにする。これを体内で確かめるために、チャンネルロドプシンをマクロファージで発現させ、取り出した心臓に光を当ててマクロファージを興奮させると、刺激中に房室電導率が上昇することを発見する。
最後にマクロファージのコネキシンをノックアウトしたり、マクロファージ自体を一過性に除去する実験から、マクロファージと心筋や伝導系との結合が消失すると、刺激伝達速度が低下し、マクロファージを完全に除いた実験では、最終的に房室ブロックに至ることを示している。
細胞生物学、生理学、分子遺伝学実験を組み合わせた説得力のあるデータで、なぜ関与する様になったのか、進化的疑問はともかく、十分納得できた。今後様々な不整脈へのマクロファージの関与を調べる研究が増えるトレンドを作る、臨床的に重要な論文になるかもしれない。
タイトルで惹きつけて、読後も納得できる論文は面白い。
2017年4月21日
鳥類や哺乳類では、子育てが種の保存に必須の行動になっている。子供が独立できるようになるまで親が甲斐甲斐しく世話をやく野生動物の行動をみて、親の愛に感動するが、この時子供に愛を傾ける「親」の内容は大きく異なる。
子育てはもっぱら父親という種も存在するが、多くの場合やはり主体は母親になる。また、主役が母親でも、父親の協力形態には大きな差がある。この差の一つに、social monogamyとgenetic monogamyがある。Social monogamyではオスとメスがペアを形成して子育てをするのだが、わかりやすく言えば子育てペアが子作りペアと必ずしも一致しない。一方genetic monogamyはこれが完全に一致している。
今日紹介するハーバード大学からの論文はこのsocial monogamyとgenetic monogamyの違いの多様性が生まれる遺伝的背景についての研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「The genetic basis of parental care evolution in monogamous mice(一夫一婦型のマウスでの子育て形態の進化の遺伝的背景)」だ。
これまでsocialとgenetic monogamyのような夫婦形態の多様性についてはPrairie Voleと呼ばれるハタネズミが用いられることが多かった。この研究から、オキシトシンやバソプレッシンと夫婦の絆が明らかになっていた。この研究も基本的には同じ方向で計画されているが、組換え体の作成という古典的遺伝学的手法と、ゲノム配列決定を組み合わせて、より体系的に研究している点が新しい。
オスメス掛け合わせると言っても、本当は簡単でない。野生のハタネズミを実験室に慣らすためには途方もない時間がかかるだろう。この研究ではハタネズミの代わりに、すでに感染症研究で実験室で繁殖が行なわれており、夫婦の絆の強さが明らかに異なる行動を示す2種類のシロアシネズミ属、P.maniculatusとP.polionotusを選び、用いている。両者の夫婦形態は異なっているが、掛け合わせが可能であることが重要な点だ。
まずそれぞれの子育て行動の違いを、巣作り、リッキング(子供を舐める)、身を寄せあう性質、子供を集める習性に分けて調べると、子供を集める習性以外は、両者は大きく異なり、P.maniculatusはオスメスとも子育てがぞんざいだ。この違いが、親の行動を学習した結果でないこと、すなわち遺伝的形質であることを確認した後、両者を掛け合わせたF1を作成、次にF1同士を掛け合わせて769匹のF2世代を作成し、それぞれの行動パターンの分布を調べている。
結果は期待通りで、先に分類した行動パターンを遺伝的に分離することが可能になった。同時に、舐めたり、寄り添う行動は遺伝的相関が高いが、巣作りだけは完全に独立した遺伝形式を取ることも明らかに成った。
後は定法に従って、分離した形質と相関を示すゲノム領域を特定することで、子育て時の行動パターンの違いに関わる遺伝子座を特定することが期待され、実際12個のQTLと呼ばれる形質に相関した領域を特定している。
次はそれぞれの領域で行動変化に関わる遺伝子を特定することになるが、全ての遺伝子変化を特定するには時間がかかるだろう。この研究では、第4染色体上のQTLとして特定された遺伝子バソプレシンの発現が相関していること、またバソプレシン投与により巣作りが大きく影響されるという、常識的な結論を示して、この論文を終えている。
今後は、今回QTLとして特定した領域で行動に直接関わる変異を一つ一つ特定し、その進化を探るという大変な仕事が残っている。ただ、すでに実験室で飼われていると言っても、気性は荒く、おそらく違う行動パターンを取るネズミ同士の繁殖は簡単でないだろうと想像する(野生ネズミの繁殖を勧められた故森脇先生を思い出す)。このような地道な仕事を、ハーバード大学、しかもハワードヒューズ財団が支援し続けているのを見て、我が国の役所も、科学振興を支援するための心構えとは何か学んで欲しいと思う。
2017年4月20日
トランプが自信に満ちた顔で語るAmerica Firstの言葉の背景には、未来への計画や準備は必要ないという思想がある。一方、基礎科学についてみれば、未来を語らない限り、一般の人の共感は得られない。すなわち両者は本来相反する思想の上に立っている。トランプだけでなく、我が国の政治家の多くが、エビデンスを無視し、科学を軽視、あるいは敵視するのも、未来に向いている科学思想が彼らの刹那主義・エビデンス嫌いを否定しているからに他ならない。
当然のことながら、アメリカ科学振興協会の機関紙であるScienceは数年前から、貧困問題、温暖化、環境問題など、21世紀の課題は科学的エビデンスに基づき解決を図るべきであると未来志向を明確に打ち出している。そして、科学軽視の政治家たちと戦っていくと思う。
今日紹介するオランダ・ナイメーヘンにあるRadboud大学からの論文はHuman firstという思想がいかに多くの動物を絶滅させてきたかを示した研究で4月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「The impact of hunting on tropical mammal and bird populations(熱帯の哺乳類や鳥類に及ぼすハンティングのインパクト)」だ。
アフリカでは現在も野生動物の密猟が横行し、保護区でさえも動物が減り続けていることが問題になっている。様々な理由で行われるハンティングの影響を、世界規模で調べることは実際には簡単ではなく、気づいたときにはすでに手遅れになっていることが多い。
この研究では、これまで動物や鳥の生息数調査に関する176論文を集め、それぞれの研究で算出されている97種類の鳥類、254種類の哺乳動物についてのデータを、それらが集められた地域でハンティングが許可されているかどうかで分類している。この一手間で、ハンティングがどの程度動物絶滅に手を貸しているかがわかると着想したことがこの研究の全てだ。
もちろん密猟の有無など、本当は様々な要因が重なるはずだ。しかし、まずハンティングが許可された領域と、動物が保護された領域でどの程度の差があるかを調べてから次にいけばいいという割り切りは納得できる。
結果はほとんどの皆さんが様々な報道を通して描いておられるのとほぼ一致する。
まず保護区と比べ、ハンティングが許可された領域では鳥類も哺乳類も減少率が高い。例えば鳥類では保護区と比べ平均で60%より早く減少している。哺乳動物になるともっと悲惨で、減少する速度はほとんど倍近くになっている。
また、この減少率は動物の生息地域が、都市からどの程度離れているかと相関し、哺乳動物では距離や到達にかかる時間とほぼ完全に反比例して動物が減少している。
ハンティングの影響を最も受けるのが大型哺乳動物で、商業的ハンティングが入ってくると動物の減少は急速に加速する。そして、この傾向はアフリカ、アジア、南アメリカ全ての熱帯地方で同じだ。
結果はほとんどの人がすでに知っていることと同じで、それを確かめただけだと言える。しかし、エビデンスを嫌い、未来を忘れた為政者に対してこそ、このように一つ一つ地道なエビデンスを積み重ね、自由な判断に提供するしかない。
我が国を含む世界中で、今政治家が報道を規制しようとしていることが問題になっている。この底流には科学軽視と同じ思想がある。これを書いている時、ひとつ言葉を思い出したので書き留めておく「・・・君主が統治を行う上で何よりも心がけるべきなのは、人々を上手に騙し続けることであるようだ。・・・・一人一人の自由な判断を先入見で覆いつくしたり、何らかの仕方で制限したりするなら、誰もが有している自由と真っ向から矛盾することになる」(スピノザ:「神学・政治論」)。17世紀には未来に向いたスピノザのような人は少数派だった。しかし現在も君主の思想は変わっていなくても、はるかに多くの人が自分のいない未来を考えている。これが力になるかどうかで、世界は変わると思う。
2017年4月19日
チャンネルロドプシンを用いて、光で目的の神経を興奮させる方法が開発され、動物の特定の神経を、生きたま刺激したり抑制したりすることが可能になり、神経生理学や行動科学は大きく進展した。21世紀初頭のビッグイノベーションを3つ挙げろと言われたら、iPS, CRISPR,そしてoptogeneticsが私の答えになる。重要なことは、optogeneticsがオリジナルな方法を超えて様々な新しい方法を生み出している点だ。すなわち、研究者の想像力の連鎖を引き起こす点だ。
今日紹介するデューク大学からの論文は特定の細胞のシナプスにまず薬理活性のある物質を貯めたあとで、光でその物質を遊離させ、特定の神経を刺激する方法の開発で4月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「Deconstructing behavioral neuropharmacology with cellular specificity(神経行動薬理学を細胞特異的に脱構築する)」だ。
特定の神経だけを刺激する方法は現在数多くあるが、そのほとんどは刺激したい細胞本来の薬理学的特性を無視して刺激が行われる。一方、長年の薬理学的研究により特定の分子を刺激したり抑制したりする薬理物質のレパートリーは膨大なものがあり、この薬理学的手法をもちいて、もっと生理学的に特定の神経を刺激できると新しい分野が開けると予想できる。
この課題をdrugs acutely restricted by tethering(DART)と彼らが呼ぶ方法で実現したのがこの研究で、実際にはHaloTagと呼ばれる小さな化合物に結合するバクテリア由来の分子を目的のシナプスに発現させたあと、HaloTagとスペーサーを介して結合した薬理活性物質を低い濃度で投与すると、細胞は刺激されないが薬理活性物質をHaloTag結合タンパクを介してシナプス膜上に貯めることができる。こうして特定のシナプス膜上に溜め込んだHaloTag-薬理活性物質に光を当てると、HaloTagが切れて、薬理活性物質によるシナプスの刺激が起こるというアイデアだ。
脳のスライス培養を用いて特異性や、スペーサーの長さなどを至適にした後、この方法を線条体に存在する興奮性のD1ドーパミン受容体陽性細胞(D1細胞)と、抑制性のD2ドーパミン受容体陽性細胞(D2細胞)の機能を明らかにするために使っている。というのも、両者とも同じAMPA型グルタミン酸受容体を発現しているため、グルタミン酸刺激の効果を区別して解析することは難しかった。ただ、この問題を解決しない限り、ドーパミン刺激が低下したパーキンソン病患者さんの運動障害を解析し、運動能力を高める新しいリガンドの開発などは難しい。
この研究では、黒質細胞を除去したパーキンソンモデルを用いて、AMPA型受容体抑制剤が運動機能を改善する効果のほとんどがD2細胞を介していることを明らかにしている。
最後にD2細胞を詳しく分けて、ほんの一部しか存在しないコリン作動性の集団も細胞数は少ないものの抑制により運動機能が促進できることを示している。今後このポピュレーションを標的とした薬剤が開発できればパーキンソン病の患者さんも助かるだろう。
この研究では他の薬理活性物質も同じように使えることを証明しているが、紹介はいいだろう。著者らが期待した通りの効果が得られたという結果だ。読んでみると、今のままではこの方法が爆発的に他の方法に変わるのは難しいように感じる。しかし、今後脳内への投与ではなく、全身投与でリガンドが脳に到達し、リガンドを切り離す他の方法が開発できれば、これまでの薬理学の蓄積をすべて味方につけて、この方法はブレークするように感じた。
我が国でも光遺伝学や遺伝子編集に大きなお金が投資されているらしいが、世界に伍していくための本当の戦略があるのか、これほど世界の進歩が激しいと、その成果は厳しく問われると思う。私も注視していきたい。
2017年4月18日
ガンに対する免疫反応は、現時点で根治が可能な切り札として大きな注目が集まっているが、患者さんがガンが発現するどの抗原に反応し、この時チェックポイントに関わるPD-1などの分子がどのように発現するのかなど詳しい解析を進めるのは難しい。というのも、ガン局所に浸潤するリンパ球を取り出して反応性を調べることはそう簡単ではない。
今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、転移性の子宮ガンの局所に浸潤したリンパ球を試験管内で増幅した後患者さんに戻すという免疫療法によりガンの完全退縮が観察された2例について詳しく免疫反応を調べた臨床研究で、4月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「Landscape of immuneogenic tumor antigens in successful immuneotherapy of virally induced epithelial cancer(免疫療法が成功したパピローマウイルスにより誘導された上皮ガン抗原の包括的解析)」だ。
最近のゲノム研究はほとんどの子宮ガンのゲノムに数多くのパピローマウイルスが入り込んで発がん遺伝子を活性化していることが明らかになっている。このことは、多くの子宮ガン細胞ではウイルス抗原が発現して、ガン特異的免疫を誘導している可能性が考えられる。しかし、パピローマウイルス抗原を用いたガンのワクチン療法はうまくいっていない。そこで、この研究ではガン免疫療法が成功した患者さんを選び、この時ガン抗原として働いた分子をT細胞の機能アッセイで詳しく調べている。
結果は、ウイルス抗原に対しても、ガン細胞が発現する変異分子に対しても、T細胞が反応していたという結果だが、この結果よりも少ない症例を徹底的に調べ尽くしている点が最も高く評価できる。我が国でも、ガン特異的リンパ球の移入療法は行われているが、結局効いたか効かないかだけで評価されるだけで、将来へ向けてできるだけ多くのデータを集めようとした研究は少ない。
この研究では、化学療法前にガン局所をIL-2と共に培養し、増殖するリンパ球を集めている。その間、患者さんにはガン増殖を抑えるだけでなく、リンパ球を完全に除去できる化学療法を行い、抑制性のT細胞の働きを抑えたところに、増殖させたリンパ球を注射する。このトライアルで9人の内3人が完全寛解に到達している。そのうち、2人は寛解が54ヶ月、46ヶ月と続いており、この確実に免疫療法が効いた患者さんについて、以下のことを調べている。
まず、ガン浸潤T細胞(TIL)をパピローマウイルス(HPV)抗原とIL-2で増幅して得られるT細胞の反応を調べると、期待通りHPVに対する反応に加え、ガンの遺伝子解析から明らかになったガン抗原に反応するT細胞が含まれていることを確認する。
次に、このT細胞の反応性を、個々の抗原ペプチドを用いて一つづつスクリーニングし、それぞれの患者さんが反応しているガン抗原を同定している。
次に、パピローマウイルスに対するT細胞と、ガン抗原に対するT細胞の抗原受容体を、得られた受容体遺伝子を細胞に導入して再構成する実験で全て決定している。
こうして得られたTILのT細胞受容体の遺伝子配列をもとに、今度は患者さんの末梢血に、ウイルス特異的、あるいはガン抗原特異的T細胞がどの程度存在するのかを調べ、子宮ガンではガン特異的抗原に対する反応が臨床経過に応じて増減していることを明らかにしている。
この大変な実験から、2人の患者さんともパピローマウイルス抗原に対して反応しているが、それ以上にガン特異的抗原に対して反応していること、反応性の細胞は全てPD-1を発現していること、及びガンの増殖が抑えられている間はガン特異的T細胞が末梢血に存在すること、などが明らかになっている。
この結果を基盤に、今度は全ての患者さんに効果を示す治療法の開発が行われるだろう。人間でガン免疫反応を調べるのは、治療を通してしかありえない。この千載一遇のチャンスをしっかり生かしたこの研究は、我が国の臨床研究者も見習うべき点が多いと思う。
2017年4月17日
転写因子NFkBをハブにした炎症メカニズムは、実際には炎症だけでなく、というより炎症より前にシグナル依存的な形態形成のメカニズムとして発生してきている。おそらく使い勝手がいいので、外来の刺激への反応にもこのメカニズムが使いまわされたのだろう。その後新しい組織ができるときには常にこのシグナルが顔を出す。京大時代教室の重要テーマの一つだった骨髄、毛根、末梢リンパ組織は全てこの機構を使い回ししている。骨髄は両生類が陸に上がってから、毛根や末梢リンパ組織は哺乳類から発生する新しい組織で、すでにできている組織に何かを足すという形で進化したことを考えると、局所に入ってきた刺激に対する炎症のメカニズムはうってつけだ。
これと並行して、加齢とともに起こってくる動脈硬化や糖尿病などもすべて炎症として捉えられるようになっている。症状がなくとも、高齢になると炎症の存在を示すサイトカインが上昇してくる。これは、様々なストレスが加わった結果と普通考えるが、最近この炎症も、腸内細菌の加齢変化によると考える人たちが出てきた。
今日紹介するカナダ・マクマスター大学からの論文もその一つで4月12日号のCell Host Microbiome紙に掲載された。タイトルは「Age associated microbial dysbiosis promotes intestinal permeability, systemic inflammation and macrophage dysfunction(高齢に伴う細菌叢の失調により腸の透過性が上昇、全身炎症が高まり、マクロファージ機能異常が起こる)」だ。
研究では、高齢(18ヶ月以降)のマウスのマクロファージの細菌貪食能が低下しており、これがマクロファージが慢性的に炎症のメディエーターTNFにさらされた結果であることを示している。
次に、TNFやIL-6が高齢マウスで上昇している理由の一つが、腸内の細菌叢が生産される炎症刺激物質が腸上皮を通って循環に入るからではないかと、分子量3000程度の分子を用いて腸の透過性を調べ、確かに透過性が高まっていることを示している。
この透過性が腸内細菌叢の変化によるなら、当然無菌マウスではこのような加齢変化は起こらないことになる。これを確かめるため、高齢無菌マウスを調べると、加齢変化が見られない。すなわち、腸内細菌叢が変化することで、加齢に伴う慢性炎症が起こっていることが確認される。
この後、加齢が先か、細菌叢が先かという実験をいろいろ行っているが、細菌と相互作用する中で両方が変化してしまうというわかりにくい結論になっている。
まとめると、何が細菌叢の変化を誘導するのかははっきりしないが、ホストと細菌叢が相互作用をする中で、細菌叢もホストの加齢に合わせて変化することで、腸の透過性が上がり、炎症物質が体内に入り、炎症が起こることになる。
いずれにせよ、細菌叢への介入によりひょっとしたら炎症を抑えることができるかもしれない。実際、プロバイオでも、プレバイオでも高齢者に効果が高いことが報告されている。その意味で、IL-6やTNFは腸内細菌叢の変化を知るいいマーカーになるだろう。食品メーカーにとってはチャンスだ。しかしできれば、しっかりとした長期的テストで効果を確かめて効果がはっきりしたものだけ残るようにしてほしい。というのも、結局個人にとったら、効かなかったら後の祭りで、2度と確かめられない。
2017年4月16日
何度も強調してきたが、大きなイノベーションはあらゆる分野に広がる。CRISPR/Cas研究を見ればそのことがよくわかる。すなわち効率の良いゲノムやRNA編集が可能になれば、生命情報をいくらでも操作できるということで、DNA,RNA情報に依存する生物を思い通り操作できるということだ。もちろん、中間の過程は理解できているわけではないが、その有効性は情報生物学とも言える分子生物学によって証明済みだ。これは生命を操作するという目的だが、情報操作であれば、人間に情報を伝える方法の開発にも使える。
今日紹介するハーバード大学のFeng Zhang(CRISPR特許をめぐる法廷闘争で現在話題の研究者だが、光遺伝学を始め様々な技術を開発するアイデアマンだと思う)研究室からの論文はこのシステムを高感度の微生物診断に使える可能性を示した論文で、Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Nucleic acid detection with CRISPR-Cas13a/C2C2(CRISPR-Cas13a/C2C2を用いた遺伝子検査)」だ。
CRISPR/Casは特異的な核酸を検出するための最強のシステムと言え、このおかげで細菌は外来の核酸から身を守っているが、特異的核酸を認識してから行う酵素反応はまちまちだ。全く知らなかったがZhangのグループはCas13aが特異的に核酸を認識した後、周りに存在する核酸をランダムに分解する活性があることを報告している。直感的に、この方法を用いれば将来特異的に細胞をアポトーシスで殺してしまったりすることができるのではなどと思ったが、Zhangらはまずこの方法を感染性の病原体の検出に応用できるのではと着想して開発を進めている。
原理は簡単で、目的のRNAやDNAがあればそれにCAS13aが結合し、これにより核酸分解活性がオンになる。この分解活性を使って、同じ反応系に加えておいた蛍光プローブと結合させたRNAが切断されることで誘導される蛍光を指標に、標的遺伝子を検出する方法だ。
実際には37度で可能な遺伝子増幅を利用して標的核酸を増幅する方法を組み合わせているが、アトモル(10のマイナス18乗)レベルの感度で、特異的な検出が可能になっている。
後は現在最も問題になっているデングウイルスとジカウイルスの検出を試み、驚くことに20個という少ないウイルス粒子の検出に成功している。また、実際のヒトの血液や尿を用いて同じ方法が利用できることを示している。
驚くのは、同じシステムを紙に染み込ませた検査スティックを開発できることまで示して、将来誰でも調べることができる、安価な方法の開発が可能であることを示している点で、Zhangら医学のニーズを的確に捉えていることがよくわかる。
他にも検出の特異性の検定、血液型検査並の簡便な遺伝子型検査方の開発まで書いているが、詳細はいいだろう。Zhangが稀代のバイオテクノロジー開発者として今後も活躍することがよくわかった。
2017年4月15日
4日前にC90RF72遺伝子の繰り返し配列の増幅変異によるALSを、ポリGPに対するアンチセンスRNAで治療する可能性を示す動物モデルを用いた前臨床実験を紹介したばかりだが、次の週のNatureにまた新たな治療標的 ataxin-2についてのスタンフォード大学の論文が発表されたので紹介する。タイトルは「Therapeutic reduction of ataxin-2 extends lifespan and reduces pathology in TDP-43 mice(TDP-43マウスモデルでataxin-2を治療的に低下させると病理変化を軽減し、生存期間が伸びる)」だ。これほど相次いで論文が出ると、紹介する方もうれしい悲鳴を上げることになる。
ALSの治療標的を確かめるにはモデル動物が必要で、前回はC90RF72遺伝子内のGGGGCC繰り返し配列が何百倍にも増幅するタイプのALSモデルが用いられた。このタイプは原因遺伝子が明らかになっているALSのかなりの部分を占めているが、おそらく半分以上の患者さんには対応できない。同じようにALSモデルとしてSOD1と呼ばれる遺伝子の変異マウスが使われるが、この場合多くて5%程度の患者さんが対応できるだけだ。ただ、両モデルともアンチセンスRNAを用いて原因となる分子の発現を低下させると、生存期間が延長することが確認できている。
従って、もっと多くの患者さんでの病気のメカニズムを突き止めて、治療標的を開発するための研究が進んでいる。今日紹介する論文では、TDP-43と呼ばれるRNA結合タンパクが、ほとんどのタイプのALSで細胞内のストレス顆粒に蓄積していることに着目して、この蓄積を抑える方法の開発にチャレンジしている。ただ、残念ながらTDP-43は細胞の生存に必須であるため、直接標的にすることは難しい。そこでこの研究では酵母とショウジョウバエで明らかになったTDP-43の蓄積にataxin-2が関わっているという発見をもとに、同じことをマウスのような高等動物で再現できるか調べている。
研究ではまず正常ヒトTDP-43を脳細胞で過剰発現させたトランスジェニックマウスを用いて、ataxin-2ノックアウトと掛け合わせることで運動神経障害を抑制できるか調べている。これまでの研究でTDP-43を過剰発現させるだけでマウスは急速にALSを発症1ヶ月で死ぬことがわかっている。
結果は予想通りで、ataxin-2遺伝子が完全欠損したマウスでは病気の発症は遅れ、生存期間も400日以上に伸びる。片方のataxin-2を欠損させるだけでも生存は40日程度に伸びる。すなわち、完全にataxin-2を欠損させ、早期に治療すれば病気の発症を抑制することが可能だ。
次にヒト細胞を用いて試験管内でataxin-2の機能について調べ、ataxin-2がTDP-43ストレス顆粒と呼ばれる構造に連れてきて沈殿させることを確認し、ataxin-2に対するsiRNAでストレス顆粒の生成を抑えることを示している。また、ataxin-2遺伝子欠損マウスの脳内で、TMP-43がストレス顆粒に蓄積しないことを示している。
これらの結果をもとに、TDP-43トランスジェニックマウスが病気を発症する直前に脳室内に一回だけアンチセンスRNAを投与する実験を行い、生存期間が平均で35%延長し、一部は120日以上生存することができることを示している。今後、もっと早い段階での治療や、繰り返し投与などさらに実験が行われることを期待する。
このように、変異遺伝子を見つけて治療標的にしなくとも、タンパク質がストレス顆粒に蓄積するのを抑制することができれば、病気の進行を遅らせることができることを示した点でこの研究は重要だ。
同じ号のNatureにユタ大学のグループがCAGリピートが増幅する脊髄小脳失調症の進行を同じataxin-2に対するアンチセンスRNAが有効であることが示されており、ALSのみならず他の神経変性疾患にも同じ戦略が利用できることを示す論文を発表している。まだ動物モデルの段階だが、かなり期待が持てる治療標的が見つかったと言える。
2017年4月14日
大きな研究室に長くいて、そのまま教授になれるのは限られた人で、多くは慣れ親しんだ研究室を離れて独立する。こじんまりとした研究室であまりコネもなく研究していた私も、30代で幸い独立することができたが、お金のないこの時が一番大変だった。当時様々な遺伝的形質を示す突然変異マウスの遺伝子を決めるトレンドに乗って、現在鳥取大学の教授をしている林さんらが大理石病マウスの遺伝子を決め、これでお金もなんとか来るようになった。ただ苦労は多いが、今振り返ると独立したばかりの時代が最も楽しかったのも確かだ。その意味で、若い人が一人でも独立して挑戦できる環境を整えることが我が国の科学力を高める最も重要な課題だと思い、京大再生研やCDBの設立に関わった。
独立して以降の発生学を考えると、最初突然変異マウスの遺伝子特定から始まった遺伝学的手法の導入は、その後遺伝子ノックアウトから始めるreverse geneticsに変わっていった。そして、CRISPR-Casの登場は、reverse geneticsが違うレベルに拡大する予感を抱かせる。
しかし、いったん人間に目を移せば、これとは別にWhole Genome Sequencing(WGS)遺伝学が始まっていることがわかる。昨年暮れ
「第二段階に入った個人ゲノム」というタイトルで、米国ヘルスサービス会社Geisingerが行った50000人規模のエクソーム研究を紹介し、1200程度の遺伝子で、機能欠損型の突然変異を両方の染色体持つホモ接合体を特定できるという驚くべき研究を紹介した。1200遺伝子に突然変異の入ったマウスを作成するのは、CRISPRを用いても大変なことだ。
この確信をさらに拡大させたのが今日紹介するペンシルバニア大学とブロード研究所からの論文で4月13日号のNatureに掲載された。タイトルは「Human knockouts and phenotypic analysis in a cohort with a high rate of consanguineity(血族間結婚の高いコホート集団での遺伝子ノックアウトと形質の解析)」だ。
責任著者の二人の名前をみると、おそらくパキスタン出身だろう。元々イスラム圏は血族を大事にするせいでいとこ結婚が多いが、パキスタンは全結婚の3割近くに達しているようだ。従って、機能欠損遺伝子が両方の染色体で揃う確率が圧倒的に高いと期待される。この研究では、パキスタンで始まったコホート研究の参加者約1万人のエクソーム解析を行い、変異の中で遺伝子機能が失われた突然変異を特定し、その変異を両方の染色体で持つ人(ホモ接合体)を特定、発見した幾つかの遺伝子について形質との関係を調べてて報告している。
研究の鍵になるのは、突然変異が分子機能の欠損につながるかどうかを決めることだが、この研究ではコンピュータだけでなく、人海戦術でアノテーションを行って、ほぼ9割が間違いなく機能欠損突然変異であることを確認している。
結果は期待通りで、1万人調べただけで1317の機能欠損変異をホモで持つ人が特定できている。前回紹介した5万人規模の研究を超えており、確かにパキスタンでは血族間結婚が多いことがわかるとともに、特定の遺伝子欠損による効果を調べるとき、パキスタンは格好の国であることがわかる。
実際、今回新たに発見された幾つかの遺伝子欠損について深堀をしているが、その中のAPOC3と呼ばれる血中から脂肪を除去する機構のブレーキ役の分子が欠損していた一人の家族を呼んで調べると、妻も同じ変異のホモ接合で、従って九人の子供も全てAPOC3欠損であることがわかった。すなわち、この遺伝子の機能を調べるための十分な数のポピュレーションがパキスタンでは簡単に集まることがわかる。調べてみると、親も子供も全て血中の脂肪の除去効率が高まっている。
他にも幾つかの遺伝子の機能について明らかにしているが、製薬企業が喉から手が出るほど欲しい耐糖能の異常や脂肪代謝などに関わる遺伝子とともに、チトクロームP4502F1をコードする遺伝子の欠損がIL-8の上昇を示すなど、面白そうな話が満載に見える。
この研究ではGeisingerの結果とは比較していないが、これまでのエクソーム研究で明らかにできなかったホモ接合体の変異をなんと734種類も発見している。しかし最も重要なのは、家族を調べることで、ホモ接合体やヘテロ接合体を数多く得ることができるという点だ。おそらく多くの製薬企業が殺到しているのではないだろうか。
長くなるのでこれ以上の紹介はやめるが、70億という人口を抱える人間のゲノム研究がいかに重要かを示す研究だと思う。これまでWGSは遺伝病の解析に用いられてきた。今後、明確な症状がない人でのWGS遺伝学が進むと、生活習慣病や精神疾患に関する理解が深まると期待される。この周りに、iPSやCRISPRと動物モデルなどが集まり、私の現役時代にはほとんど考えられなかった、動物から人まで一直線に繋がった遺伝学が始まっていることを実感する。